以下、この章の登場人物紹介です。
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○登場人物
鬼人正邪 天邪鬼。背丈はやや低。顔色悪いのは化粧。
犬走椛 白狼天狗。背は高い。真面目で寡黙。無類の不器用。犬耳あり。
少名針妙丸 小人族の姫。背丈は現在、三十cm前後。笑い上戸。輝針剣を背に差す。
ミスティア 夜雀。おかみすちー。割烹着。背丈は低だが下駄を履いてやや低程度。
赤蛮奇 飛頭蛮。ぼっち。ジト目、口隠し。中背。
四季映姫 地獄の裁判長。背は高くてスレンダー。酒乱。
小野塚小町 死神。ボインちゃん。江戸っ子。背は高い。
姫海棠はたて 天狗の記者。ミニスカ。中背。いかなる相手にもタメ口。
藤原妹紅 蓬莱人。もんぺ。ボロを纏うが仕草は雅。
黒天狗たち 天狗の特殊部隊。金属製の烏の面をつけ、黒い忍者装束を羽織っている。体は大きくて、明らかに男性だと分かる感じ。背に忍刀。
その他モブ東方キャラは大体心綺楼ベースな感じのデザインで。
描写がないかぎり、公式と同じデザインの服を着ている想定。
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<ミスティアの屋台 屋台の中 夜 晴れ >
屋台のカウンター席。
提灯の温かい光の中で、一人、席に座っている赤蛮奇。お猪口を片手に黙々と酒を飲んでいる。皿の上の肴は、ヤツメウナギの蒲焼きとお新香。
くいっとお猪口を空ける。
顔を少し赤くして、ほうっ、と息をつく。
徳利を持ち上げてゆっくりと振るが、音がしない。悲しげに顔を曇らせる。
赤蛮奇 「(小声)女将さん、おかわり……」
カウンターの向こうにいるのは、割烹着姿の針妙丸。調理台の上に立っている。にっこり笑って首を傾げる。頭の上にはハテナマーク。
針妙丸 「なぁにー?」
もわもわ、と想像の雲を広げる赤蛮奇。
針妙丸が、背丈とそう変わらない徳利を抱えて、あっちへよろよろ、こっちへよろよろ、どんがらがっしゃーん。
赤蛮奇 「……やっぱいい」
蒲焼きを箸でほぐして、一口食べる。
店の裏手から大声が響いてくる。
ミスティア「(大声)ホラホラ、声が小さぁーい! もっと大きく! 力強く! 愛想良く!」
椛 「(ふるえる裏声)いルぅぁっしゃいませェぇーッ!」
正邪 「(やる気なく)しゃっせー」
ミスティア「(大声)だめだめだぁーめッ! 全然パッションを感じないわよォーッ! あんた達、ホントにカネ稼ぐ気あんのォ? そんなんじゃお客さん、来てくれないわよォーッ!」
顔を曇らせる赤蛮奇。
赤蛮奇 「(小声)もう来てるんだけどなぁ……。」
ちら、と調理台の上の針妙丸を見る。
針妙丸はまな板の上のヤツメウナギに、へっぴり腰で、ピス! ピス! と輝針剣を刺している。その度にうねるヤツメウナギ。
赤蛮奇 「(ナレーション)夜雀の 響く罵声と 乾く喉」
ため息をつく赤蛮奇。
映姫 「(ぐでんぐでんに酔っ払って)まったくれす。わたしものどが乾きました! ここの店主はどうかしています! あとでお説教をする必要があります!」
小町 「まあまあ、映姫さま、抑えて抑えて」
ちらりと隣の席を見て、またも溜め息をつく赤蛮奇。
カオを真っ赤にしてへべれけの四季映姫と、その隣で焦り顔の小野塚小町。
赤蛮奇 「今日はもう帰ろっかな……」
ぐぅ、と鳴るお腹を押さえて。
映姫 「(ぐるぐる目を回して)大体れすねぇ! こまちもこまちれす! このわらしをさしょうのに、こんなちいしゃいやたいなんかで……。(泣き出す)うっ、ひっく、こまちはわらしのこと、きらいなんらぁー!」
小町 「うわぁ! 泣き出したァ! 参ったな、日本酒一献でこんなになるとは。おい、そこのあんた!」
突然話しかけられて、首を右往左往させる赤蛮奇。
小町 「あんただよ、あんた! お願いだよ、ちょっとお水でも汲んできておくれよ! 今、手が放せないんだ!」
露骨に嫌そうなカオをする赤蛮奇。
<ミスティアの屋台 屋台 夜 晴れ>
ミスティア「あーもう! あんたらダメッ! ぜんッぜんダメッ!」
夜の森の広場で、仁王立ちしたミスティアが、ヘビィメタルよろしくヘッドバンギングしながら、ヒステリックな叫び声をあげる。
ミスティア「あんたたちから熱いソウルがぜんっぜん響いてこないのよォ! ロックじゃないわぁ! そんなんじゃ次のフェスに間に合わないわよォ!」
正邪 「趣旨変わってねーか?」
正邪たちもミスティアと同じく割烹着に着替えている。椛は割烹着の尻に穴を開けたのか、フサフサの尻尾が飛び出している。
正邪は両手を頭の後ろに回していかにもやる気なさげ、椛は応援団員みたいに両手を後ろに回し、胸を反らして立っている。
ミスティア「ホラホラあんたたち、もう一回よぉ~ッ!」
椛 「(顔を真っ赤にして、ふるえる裏声)いルぅぁっしゃいませェぇーッ!」
正邪 「(やる気なく)しゃっせー」
暖簾を掻き分けて出てきた赤蛮奇。木桶を抱えている。頭の上には、針妙丸がニコニコしながら乗っている。
正邪達の方を見て、眉を顰める。
そのままこそこそと店の裏手に回って、はぁ、と息をつく赤蛮奇。
屋台の背後の木々が生い茂る斜面を降りてゆく。
<ミスティアの屋台 裏 夜 晴れ>
後方では正邪達の発声練習の声が響いている。
ミスティア「もう一回~ッ!」
椛 「(ふるえる裏声)いルぅぁっしゃいませェぇーッ!」
正邪 「(やる気なく)しゃっせー」
両手で耳栓をする赤蛮奇。
斜面の下には灌漑のされていない小川がある。林の間から広がる空には半月がかかっている。
木桶で水を汲もうとしゃがみこむ赤蛮奇。
針妙丸 「あれ。なにか聞こえない?」
赤蛮奇 「え?」
その時、何処からか、赤ん坊の泣き声が響く。
立ち上がり、眉を顰める赤蛮奇。
<ミスティアの屋台 屋台 夜 晴れ>
ミスティアは握りこぶしを振るって演説。
ミスティア「い~い? 飲食業ってのはね、(指折り数える)一に接客、ニに接客。三四が無くて、五に接客なのよッ!」
正邪 「いやもっと気にすること他にあるだろ。味とか、衛生とか……」
ミスティア「そんなものは二の次、三の次、四の次、五の次よォ~ッ!」
正邪 「そんなだから、お前の屋台は流行らないんだよ」
ミスティア「口答えするなッ!」
バシン、と椛の大きい胸を叩くミスティア。ブルンと胸が震える。
椛 「いや私、何も言ってない……ていうか、叩くのやめろ!」
バシン、バシンと連続して椛の胸を叩くミスティア。その度、パンチングボールのようにブルンブルン震える椛の胸。
ミスティア「まったくもう! けしからん乳しやがって!」
椛 「(赤面して)やめ、やめろぉっ!」
ミスティア「あんたもう、乳出して接客しなさい!」
正邪 「風俗かよ。発想があの巫女と変わらねぇぞ」
椛の乳が揺れる様をぼーっと見ていた正邪だが、ふと、屋台裏手の林がガサゴソと鳴るのに気づき、目を遣る。
赤蛮奇が出てくる。
正邪 「お? なんだ、客か?」
赤蛮奇 「いや、ずっと前から飲んでたし……いや、そんなことより」
赤蛮奇の手の中には、白い布で巻かれた物体があった。
正邪 「なんだ、それ?」
赤蛮奇に近づいて、手の中の物体を覗きこむ。
突然、けたたましい泣き声が響く。
正邪 「おわっ!」
泣き声に驚いて、尻もちを突く正邪。
ミスティア「なに、なに、なぁに!」
ミスティアと椛も、赤蛮奇のほうに近寄ってくる。
赤蛮奇が白い布の覆いを取ると、そこには人間の赤ん坊がむずがっている。
赤蛮奇 「下の川で拾ったんだけど……。どうしよう、女将さん」
ミスティア「あらら、珍しい。捨て子かしら」
針妙丸 「もしかして、幻想入りしちゃったのかもー」
椛 「美味そうだな」
一斉に、椛の方を見る三人。
針妙丸 「(こわばった笑顔)え、わんこちゃん、この子、食べるの? 本気?」
赤蛮奇 「私は人間に紛れて暮らしているから、それはちょっと……。引くわー」
ミスティア「私もだわー」
責めの視線を受けてうろたえる椛。
椛 「な、なんだよ。妖怪の本分だろっ?」
ミスティア「ま、そりゃあそうなんだけど」
針妙丸 「可哀想だよぉ」
赤蛮奇 「(ジト目で)妖怪の山のお偉い天狗様にとっては、人間もただの珍味扱いなのね」
椛 「なんだよ、みんなして。わ、私は悪くねぇ!」
後方の屋台の暖簾がさっと開いて、小町が顔を出す。胸の谷間も覗く。
小町 「ちょっとあんた! お水、早くしておくれよ! 映姫様、手が付けられないんだよぉ」
赤蛮奇 「それどころじゃないのよ」
目を丸くするミスティア。
ミスティア「ひえっ、ししし、四季様がいらっしゃってるのぉ?」
小町 「そうなんだよぉ、お水、早くしておくれよぉ……。おわっ?」
暖簾の合間から、映姫が出てくる。
フラフラと千鳥足。顔も真っ赤にして、恍惚の表情を浮かべながら。
映姫 「(右手を高く挙げ)みにゃさぁん、こんばんわぁ、えいきっきでぇーっす!」
針妙丸 「うわぁ、本物の閻魔様だぁ!」
赤蛮奇の頭の上で、目を輝かせる針妙丸。
しかし、ミスティアと椛はドン引きしている。
ミスティア「うわっ、もしかして、四季様、酒乱?」
正邪、地面を這いつくばって、こそこそと屋台の陰に身を隠す。
小町 「うわわ、映姫様っ! 危ないですよっ!」
慌てて飛び出した小町が、映姫の両肩に手を置き、掴む。
小町 「ね、映姫様、今日はもう帰りましょう? 飲み過ぎると体に毒ですし……」
映姫 「おんやぁ?」
トロン、とした目で、赤蛮奇の手の中にある赤ん坊を見つめる映姫。
映姫 「それはぁ、ひょっとしてぇ、人間の赤ん坊でしょうかぁ?」
赤蛮奇 「そうですけど……」
映姫 「むむむ」
急に姿勢を正し、笏を構える。
映姫 「なんたることッ! この四季映姫の前で、嬰児誘拐を行うとはッ!」
威厳あふれる声で言う。表情は真面目そのものだが、しかし赤ら顔。
赤蛮奇 「いや、あの……」
映姫 「黙らっしゃい! 知性の無い獣ならいざ知らず。それでも幻想郷の妖怪ですか! 力の無い赤子を拐かし、己の食欲を満たそうなどと……。恥を知りなさい! 私の目の黒い内は、そのような非道な行い、断じて許しはしません!」
映姫は大仰に身振り手振りを咥えて演説する。
椛を肘で小突くミスティア。
ミスティア「言われてるわよ」
椛は一歩進み出て、抱拳礼をして言う。
椛 「お言葉ですが、四季様。人間を襲うのは、我々妖怪の本分でありましょう。そして天狗は、子供を攫うものです。その営みを否定することは、幻想郷の在り方を……」
映姫 「うっさい、犬っころ!」
手に持った笏をアッパースイング。椛の尻を思い切り叩く映姫。ぎゃん、と椛が鳴く。
映姫 「私がダメといったらダメなのです!」
椛 「(涙目)し、しかし!」
小町 「あーダメダメ、今この人酔っ払っているから。真面目に相手しないで。悪いけど、ちょっと付き合ってやっておくれよ」
申し訳なさそうに、手刀を顔の前で切る小町。
映姫 「その赤子は、私が預かります」
相変わらずの千鳥足を、小町に支えられながら、赤蛮奇の前までフラフラ歩く映姫。
映姫は赤蛮奇から赤子を引ったくると、赤ん坊の顔を覗きこむ。
映姫 「うふふ、かわいいですね」
赤ん坊のほっぺたをツンツンする。
途端、つんざくような子どもの泣き声があがる。
映姫 「にょわわ!」
びっくりして子どもを放り出し、尻もちを突く映姫。
子どもは小町がナイスキャッチ。
小町の手の中で、一際激しく鳴き出す赤子。
小町 「(慌てて)う、うわわわ、あたい、ガキは苦手なんだ、誰か代わっておくれよぉ!」
赤蛮奇にズイと差し出す。
諸手を挙げて、首をブルンブルン振るう赤蛮奇。頭にしがみつく針妙丸もぶるんぶるん振るわれる。
赤蛮奇 「わ、私も無理だしぃ」
椛にズイと差し出す。
たら、と涎を垂らす椛。
椛 「喰っていい?」
ズイ、とミスティアに差し出す。
らららー、と発生練習を始めるミスティア。
ミスティア「任せて、私の子守り歌で、鳥目にしてあげるわ!」
さらに激しく泣き叫びだす赤子。
狼狽する小町。
小町 「ほ、ほーら、いいこだね~」
必死になって、薄ら笑いを浮かべながら、揺すったりしてみる。
が、まったく効果がない。
小町 「え、え、これ、どうすりゃいいんだい? 映姫さまぁ~」
椛 「やっぱり喰っちゃうのが一番いいんじゃないのか?」
針妙丸 「(目を回しながら)ダメだよぉ、可哀想だよぉ」
にゅっと横合いから手が伸びて、小町から赤子を引ったくる。
驚いた小町が目をパチクリさせ見やると、ひったくったのは、口をヘの時に曲げて不機嫌そうな正邪。
子どもの顔を覗き込むと、正邪の顔が百八十度変わり、しまりのない笑顔になる。そして、慣れた手つきで子どもをあやし始める。
正邪 「おー、よしよし、いい子でちゅね~」
体全体を使ってゆっくり揺すりながら、穏やかな顔、穏やかな口調で。
みるみる泣き止む赤子。
正邪 「おしめ……じゃないし、おねむでちゅか? それともおっぱいかなぁ?」
唖然として見守る一同。
ミスティア「あらー、意外~」
小町 「人も、いや妖怪か、見かけによらないもんだねぇ」
椛 「お前……なんでそんな上手いんだ?」
針妙丸 「正邪はねぇ、子どもの扱いがとっても上手いのよ~」
赤蛮奇 「(指を咥えて)……いいなぁ」
映姫 「そういえば」
フラフラと立ち上がる映姫。
映姫 「天邪鬼は、親の留守に子守りをするという伝承がありましたね」
キッ、と一同をにらみつける正邪。
正邪 「(荒い口調で)おい、ガキが腹減ったってよ。そこのお前!」
ビシッ、と小町を指差す。
小町 「(うろたえる)あ、あたいかい」
正邪 「乳ひり出せ、乳」
小町 「な、な、な……」
耳まで真っ赤にして叫ぶ。
小町 「そんなもん、出るわけないだろうっ!」
正邪 「(舌打ち)つかえねーな、何のために付いてんだ、それ」
正邪の視線から逃れるように、胸元を手で隠す小町。
小町を守るように、映姫が身を乗り出す。
映姫 「いけません! 小町の乳は私だけのものです! いくらかわいい赤ん坊といえども、譲るわけには行きません!」
映姫 「ちょっと、そこの犬っころ!」
椛 「うぇ、今度は私か」
映姫に呼ばれてぴしっ、と姿勢を正す椛。
映姫 「赤ん坊のためのミルクを用意しなさい」
椛 「ええっ、そんな、どうやって!」
映姫 「つべこべ言わない!」
椛 「そんなこと言ったって、私……」
ミスティア「私も手伝うわよ。脱脂粉乳くらいならあったかしら?」
ミスティアが椛の背を押して、屋台の中に入ってゆく。
映姫 「そこの貴女!」
今度は赤蛮奇をビシっと指差す映姫。
赤蛮奇 「(うろたえて)な、なによぉ」
映姫 「貴女は寝床を用意するのです!」
ポンと、手を打つ赤蛮奇。頭の上の針妙丸も同じ仕草。
赤蛮奇 「ああ、赤ん坊の。でもこんな夜中にどうしよう?」
映姫 「いいえ、私のですッ!」
赤蛮奇 「ハァッ? い、意味わかんねーしぃ!」
見ると、映姫の足が生まれたての子鹿のようにブルブル震えている。
映姫 「(青い顔)ののの、飲み過ぎてしまったみたいです……」
赤蛮奇 「(プイッ、とそっぽを向いて)そんなことする義理なんてないしぃ。そこの乳袋に膝枕でもしてもらえばぁ?」
映姫 「それはナイスアイデア!」
映姫は小町に甘えるように擦り寄る。
映姫 「こまち、こまち、膝枕ぁ」
小町 「わわわ、映姫様、ちょっと、離れてくださいよ! キショい、キショいですって!」
擦り寄る映姫をなんとか引き剥がそうとする小町。
キッ、と赤蛮奇を睨む。
小町 「ちょいとあんた、映姫様にヘンなこと吹きこまないでおくれよ!」
赤蛮奇 「知らないしぃ。そこの閻魔がだらしないのが悪いんだしぃ」
小町 「なにおう、人が弱ってるときにその言い草!」
びえぇえぇぇん!
途端に赤ん坊の泣き声が上がる。
正邪 「あーもう、うっさいお前ら! もうちょっとで落ち着くところだったのに! ケンカなら他所でやれッ!」
正邪が声を荒らげると、赤ん坊の泣き声が一層強くなる。
小町 「ちょいとあんた! その赤ん坊、泣き止ませなさいよ!」
正邪 「うるせぇ、お前らがやかましいからだろうが!」
赤蛮奇 「私は悪くないしぃ」
小町 「元はといえば、あんたが赤ん坊なんか拾ってくるからだろっ!」
針妙丸 「ばんきちゃんは悪くないよぉ。赤ちゃんを助けて上げたんだよぉ」
赤蛮奇 「そーだそーだ!」
苛ついて、ガシガシと頭を掻く正邪。
正邪 「あーもう、お前ら、ちょっとだま……」
ドォォン!
正邪の言葉を遮るようにして爆発音。
正邪の後ろで、ミスティアの屋台が吹き飛ぶ。
黒い煙があがっている。
ばらばらと落ちてくる屋台の木材の破片の雨。
あっけに取られて、正邪たちは目を丸くするばかり。
赤ん坊もびっくりして、泣き声を止める。
黒い煙が晴れた先には、真っ黒になってドリフヘアーのミスティアと椛。
ミスティア「(ヒステリックに)信じらんない! なんでミルクを火にかけるだけで爆発すんのよォォ!」
椛 「(半べそかきながら)だから言ったじゃん! 砂糖は、砂糖はだめなんだって、わたし!」
ミスティア「意味わかんねぇ! あああ、私の屋台があぁぁぁぁあぁ!」
頭を抱えて、声にならない声をあげるミスティア。口からは泡を吹いている。
それを見て吹き出す針妙丸。
あっけにとられた赤蛮奇の頭の上で笑い転げる。
椛はミスティアを放っておいて、正邪の方へ駆け寄ってくる。
椛 「どうしよう、正邪、屋台が爆発した!」
正邪 「おまっ……、何やってんの、ねえ何やってんのォォ!」
さすがの正邪も、信じられねえ、という顔。
正邪 「金稼ぎにきて借金増やすってなんなのお前ぇ!」
椛 「だってわたし……実は、料理下手で……」
正邪 「程があらぁーっ!」
正邪は椛に罵詈雑言を繰り返しながら、ビンタを連打する。
椛 「や、やったな!」
椛もそれに応えて、正邪と取っ組み合いのケンカが始まる。
それを呆然と横目で見ていた小町。
小町 「い、一体何が……ん?」
小町の胸に深く顔を埋める映姫。
小町 「映姫さま、ちょっと……」
映姫 「うっぷ。(吐く)うおえぇぇおぼろろろろ」
<人里近くの森 深夜 晴れ>
夜の静かな森。
小町 「ぎゃあああああー!」
小町の悲鳴が轟く。
針妙丸の笑い声と、赤ん坊の泣き声も続いて響き渡る。
<人間の里 夜明け前 晴れ >
うっすらと明るみ始めた空。
一つの翼をもった人影が、上空から舞い降りてくる。
トイカメラと文花帖を手にしたはたて。
人間の里の入り口からすこし離れたところへと降り立つ。
地上に着いて、ほっ、と息をつく。
はたて 「まったくもう。にとりのやつ、ホントに払わせるとは、友達甲斐のない。おかげでこんな時間になっちゃったじゃない」
肩に手をやると、拡げた翼がシュッと消える。
はたて 「さて、取材と行きたいところだけど、さすがにまだ何処も開いてないかなぁ?」
前方に目をやると村の入り口を守るようにして仁王立ちする、一つの人影が見える。
はたて 「お、第一村人発見! ちょっとちょっと、そこの人、お話をば……」
前方の人影が腕を振るうと、鉤爪のような三筋の炎がはたてに向かって走る。
はたて 「うわっと!」
さっ、と身をかがめてそれを避けるはたて。
目を走らせると、先ほどの人影がない。
ハッ、として上空へ目を向けると、炎の翼を拡げ、長い銀髪をなびかせた妹紅が飛び蹴りを放っているのが目に映る。
はたては横に転がると、今さっきまでいた場所に爆炎とともに妹紅が突っ込んでくる。
派手に上がる土煙。
その土煙の中に、ゆらりと恐ろしげに揺れる妹紅の影。
はたて 「いきなり何すんのよ、蓬莱人! どういうつもりよっ!」
急いで立ち上がりって身構えながら、はたては叫ぶ。
土煙を割いて現れる妹紅の姿。
ゆらりゆらり、炎のように左右に揺れながら、美しい銀髪をなびかせて近づく。
妹紅 「(冷たい声)いきなり? どういうつもり?」
妹紅の目が赤く妖しく光ると、土煙が逆巻く炎の渦に変わる。
熱気が押し寄せ、はたては腕で顔を覆う。
妹紅 「それはこっちのセリフだ。どういうつもりだ、天狗」
はたて 「ななな、なに怒ってるのよ。なにがなんだか分からないわよ!」
目を怒らせる妹紅。
妹紅 「今日もまた、子どもが消えた。この一月の間で、もう十人目だ」
はたて 「(眉を顰める)ほえっ?」
妹紅 「村の外れの森じゃあ不審な騒音に爆発音。お前たちがやったんだろう? 天狗は人を攫うものだからな」
妹紅は右腕を振りかぶり構える。
はたては逡巡した後、意を決したように笑った。
はたて 「かもね」
途端、妹紅の腕が振り下ろされ、再び炎の爪が走った。
はたては胸の位置に構えたトイカメラを連写。
フラッシュに包まれた炎の爪が掻き消える。
妹紅はひゅう、と口笛を吹く。
妹紅 「やるな」
妹紅は再び右腕を振りかぶる。
そこに、トイカメラが放り投げられる。
胸トラップして、足でリフティングして受け取る妹紅。首をかしげる。
妹紅 「何のつもりだ」
はたてはカメラを投げたままのポーズで。
はたて 「わたしもそれを調査しに来たのよ、猪突猛進の猛禽類さん」
妹紅 「天狗が天狗の調査だと?」
はたて 「フッ。私は天狗である前に、ジャーナリストなのよ」
キマッタ、という感じで、恍惚の表情を浮かべるはたて。
それを見て、ふっ、と息を吐く妹紅。
途端、背後の炎の渦が掻き消える。
慧音 「妹紅―っ!」
人里の中心のほうから、慧音が走ってくる。
それを見た妹紅は、トイカメラをはたてのほうに放り投げる。
妹紅 「どうやらお前は本当に何も知らないようだな。お前のような阿呆を実行犯にするほど、天狗も馬鹿ではあるまい」
はたて 「(両手でカメラをキャッチして)むっ、それどういう意味ぃ?」
慧音 「妹紅―っ」
慧音は走り寄ると、荒い息をして妹紅の肩を掴む。
慧音 「どうした、妹紅、何があった、大丈夫か、ケガはないかっ!」
妹紅 「(ちょっと引く)お、おうっ。大丈夫だよっ」
慧音 「そうか……、よかった、お前にまで何かあったら、私は……」
一息ついて、はたてのほうに直る。
慧音 「貴女はたしか、天狗の新聞記者の」
はたて 「花果子念報の姫海棠はたてよっ、よろしくね。お近づきの記念に、一部いかが?」
スッ、と「花果子念報」と書かれた新聞を差し出す。
慧音、それを手で断る。
慧音 「はたて殿。人間の里は今、非常な緊張状態にある。取材でいらっしゃったのだろうが、今は少し自重をしていただきたい」
そう言って頭を下げる。
はたては特に気にした風もなく。
はたて 「神隠しね。正邪と何か関係があるのかしら……」
口元に手をやって考えこむ。
慧音 「心当たりがあるのか?」
慧音は険しい目。
はたては少し怖気づいて言う。
はたて 「いや、実は……」
正邪が一面に載った新聞を取り出すはたて。
<ミスティアの屋台跡 朝 晴れ>
朝晴の薄い空。
森の中は薄く靄がかかっている。
ぎゃーてー。
遠くから響子の声が木霊する。
赤蛮奇 「ハッ……」
木陰にもたれていた赤蛮奇が目を覚ます。
頭上の針妙丸はまだ寝ていて、赤蛮奇の頭によだれをたらしている。
赤蛮奇 「あ、朝……寝ちゃったのか」
大きく伸びをする。頭上の針妙丸がずるりと少しすべる。
赤蛮奇のその耳がピクリと動く。
小さく声が聞こえてくる。
赤蛮奇 「(眉を顰めて)まだやってる……」
次第に大きくなる声。
声のほうに目を向ける赤蛮奇。
正邪 「馬鹿、阿呆、間抜け、役立たずのあんぽんたん!」
椛 「なんだとっ、三下妖怪の分際で、このっ!」
椛と正邪が取っ組み合い、地面を転がりながらキャットファイトしている。両者引っかき傷だらけ。
その脇には目を開けたまま気絶する、吐瀉物まみれの小町。さらに、うつろな目でぶつぶつと何事かつぶやくミスティア。大股開きで無造作に地面に寝っ転がる映姫の胸の上には白い布にくるまれた赤子、しゃくり泣きしている。
赤蛮奇 「じ、地獄絵図……」
溜め息を吐いて立ち上がる赤蛮奇。
土埃をたてて喧嘩する正邪達をよそに、映姫の方に近づく。胸の上で泣く赤ん坊を抱き上げる。
赤蛮奇 「うふふ、ちょっとやってみたかったんだよねぇ」
赤蛮奇が揺らすと、赤ん坊は少しおとなしくなって、ぐずり始める。
喜ぶ赤蛮奇。
赤蛮奇 「おっ、私ってば、才能あり? ほーら、いないいないばあ~」
赤蛮奇がいないいないばあでヘンなカオをすると、赤ん坊がキャッキャッと笑う。
赤蛮奇 「いないいない……ばぁ!」
ばあ、で首を飛ばす赤蛮奇。
赤ん坊はびっくり。
けたまましい音量で泣きわめき始める。
赤蛮奇 「(首を戻して)うわわ、喜ぶかと思ったのにぃ、ごめんねぇ」
赤蛮奇は狼狽し、慌ててふつうのいないいないばあを繰り返す。
赤蛮奇の頭上の針妙丸が目を覚ます。
針妙丸 「んもう……うるさいよぉ」
目をこすり、欠伸をする。
正邪は赤ん坊の泣き声を聞くと、ピタリと止まり、振り返る。
椛 「あっ!」
勢い余った椛の拳が、正邪の後頭部にクリーンヒットする。
頭を押さえてうずくまる正邪。あちゃあ、と口元に手をやる椛。
ギロ、と椛を睨む正邪。
椛 「な、なんだよ、余所見したお前が悪いんだぞ」
正邪はプイと椛に背を向けると、赤ん坊をあやす赤蛮奇の下へ近寄り、赤ん坊を引ったくる。
無言で首元の青いスカーフを外し、歯を使って半分に裂く。二つの布の端を固結びしてたすき掛けする。
椛も赤蛮奇も、それを呆然と見ている。
針妙丸 「なになに? ケンカしたの? 二人とも」
首をキョロキョロさせる針妙丸。
正邪は、バッテン掛けした紐を使って赤ん坊を背負うと、そのままスタスタとその場を後にしようとする。
赤蛮奇 「あ、ちょ、ちょっと!」
振り返らずに立ち止まって正邪が言う。
正邪 「このガキは人質だ。追ってきたらガキを殺すと、そこの閻魔に伝えとけ」
赤蛮奇 「な、なにぃ?」
振り返る正邪。その顔はむっつりとして、不機嫌そう。
正邪 「それとも、お前らに世話できんのかよ」
赤蛮奇 「う……」
赤蛮奇は言葉に詰まり、力なくうなだれる。
正邪は歩き出し、そのまま森に中に消える。
針妙丸 「追いかけないの? わんこちゃん」
椛 「誰が」
椛はプイっとそっぽを向く、
針妙丸 「もうっ!」
赤蛮奇の頭から飛び降りて、そのまま正邪の後を追おうと駆け出す赤蛮奇。
そのとき、針妙丸の脳裏にフラッシュバック。
――フラッシュバック
紅の空を背に立つ、鋭い目をした霊夢。
霊夢 「違う。見張るのは、天狗のほうよ」
――フラッシュバック終了
とてとてと駈け出した足が次第に力無くなり、藪の前で止まる。
針妙丸 「正邪……」
不安そうな針妙丸の顔。
<森の中 朝 晴れ>
ガサゴソと藪の中を歩く正邪。
相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
正邪 「あんな奴らといたって、碌なことにならねえ。一人のほうが気楽だっての」
途端、赤ん坊が泣き始める。
正邪 「あはは、そうだな、今は一人じゃないな」
優しい笑顔を見せる正邪。
その顔が一瞬で凍りつく。
目の前に立つ、黒い忍者装束を羽織った黒天狗。
正邪 「!」
目を左右に走らせると、四、五匹の天狗に囲まれている。
天狗達は正邪の周囲十メートル程度を、物音も立てずに滑るように周回しながら、徐々に距離を詰めている。
目の前の黒天狗が、背に差した忍刀を抜き放つ。ギラリと光る白刃。
周りの天狗達も一斉に白刃を抜く。
静かな森の中。赤ん坊の泣き声だけが大きく響き渡る。
正邪の頬に、一筋の汗が伝う。