仕事帰りに拾ったおねえさんはクソザコメンタル悪魔祓い 作:善い思考
「──私は、あなたが欲しいのです」
彼女が微笑んでいる。
今にも泣きそうな表情で。
声はか細く、しかし溢れんばかりの熱情に満ちていて、俺の心臓に楔を突き立てる。
ああ、なんて美しい。
差し出された手を取れば、俺は彼女にとっての何かになれるんだろうか。
そんな希望と縋る想いが、俺の足を彼女のもとへ、一歩、また一歩と進ませた。
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今日も今日とて、無意味に一日を過ごした。
いや、意味ならある。あくせく働き、対価として給金を得ているのだから。それでも俺の頭は俺自身に、今日も無為に生きているなと冷ややかに囁いていた。
とはいえ、こんな日々が悪いとも思わない。生活全てに意味を見出そうとしても疲れるだけだろう。
ならば何故、こんな鬱屈とした毒にも薬にもならない独白を続けているのか。自宅への近道である路地裏を通る間、暇を持て余した脳でその理由を考えていたが、確かな答えは見つけられなかった。
──だから、この出会いが俺に、俺の人生に何をもたらすのか、その時は知る由もなかったんだ。
「……は?」
ぼんやりした思考に衝撃が走る。幾度となく通った馴染みの風景に、異物が混入しているのだ。ただゴミが廃棄されているとか、他に通行人がいたとかなら、こんな反応はしない。
ではなぜ、俺は呆けた声を漏らし足を止めてしまったのか。
それは当然、地面にヒトが倒れていたからだろう。
女性だ。ゴミコンテナの影に隠れていて、真横に来るまで気がつかなかった。
俺はそばに立ち、呆然とその人を見下ろす。第一に抱いた感情は、困惑だった。
気を失っている。いや、単に眠っている可能性もあるか。頬や手の甲に擦り傷があり、首筋や露出した太ももにも細かな傷が散見された。まるで度重なる戦闘に疲弊し倒れ伏した女戦士だ。
この時点で不審だが、なにより目を引くのはその服装。上から羽織る紺のジャケットに隠れているが、その下にはコスプレ衣装かと思うようなフリフリのドレス──ドレスと言うのか分からないが──を着ているのだ。
面倒事の匂いしかしない。自分でも驚くほど冷淡に、心の中で深いため息をついた。
「あの、大丈夫ですか?」
だからこそ、次にとった行動にはさらなる衝撃を受けた。倒れた女性の、ではない。自分自身の行動にだ。
俺は目の前の事件性マックスな女性へ無意識のうちに声をかけ、あろうことか肩をゆすったのだ。怪我をしているとはいえ、自分は見知らぬ誰かを進んで助けるほどできた人間だったか。
「……んぅ……」
自分自身への不信感を拭えぬまま、時は待たないとばかりに女性が小さく呻いた。長い睫毛がふるりと揺れ、閉ざされていた瞼がゆっくり開いていく。
「むぅ……んむ……」
かと思えば、むにゃむにゃ鳴き声を発しながら瞼を閉じた。
「……あの」
流石にもう一度声をかける。単なる絶賛睡眠中のホームレスなら何もすべきではないが、それにしてはおかしな様子の彼女が気にかかった。
「……んむ……ぅ? ……あっ!?」
ようやく覚醒。女性はバッと顔をあげて飛び起きた。
「あれ私、なんでこんなとこで……」
ボーッと身体の状態を確認する女性の瞳に、俺の姿は映っていないようだった。
「大丈夫ですか?」
「えっ……わ、わ!?」
こちらに気づいた女性は驚愕に目を見開き、まるで夜道で不審者を目撃したかのように顔を引き攣らせた。
……少し傷つく。
「え、え? 貴方は……?」
どちらかと言えばそれは俺の台詞だが、ひとまず事情説明しなければ。
「通りすがりです。歩いてたら倒れてる貴方を見つけたので、一応声をかけました」
「あぁそれは……申し訳ないです。ご迷惑おかけしました」
予想に反し、礼儀正しい答えが返ってきた。てっきり困惑されるか跳ね除けられるかの二択だと思ってたのに。
「怪我してますよね。救急車呼びましょうか?」
「え、あ、だ、大丈夫です。たぶん」
多分ってなんだ。そう言われてしまうと本気で呼ぶべきか迷う。
改めて見ると、普段、他人の容姿をさほど気にしない自分でも自信を持って言えるほど、彼女の顔立ちは整っていた。どこか浮世離れした雰囲気を纏っていて、不安げな表情からは幸薄そうな印象を受ける。
「あの……私の顔に何かついてますか?」
しまった、熱心に見つめすぎた。
「いえ、すみません。なんでもないです」
「顔も傷ついてますか? 見苦しくてすみません」
「いや別にそういうんじゃ……」
卑屈か。それほど美人であれば出て来なさそうな台詞をさらりと言った。
「あ、ホントだ……わたし色んなとこボロボロ……」
服の裾をめくって傷の具合を確かめる女性。チラチラのぞく素肌は屋内に引きこもりがちな俺よりも白い。
「なんでこんな場所で寝てたんですか?」
「え、その、寝てたわけじゃないんですけど……うぅ」
「……そうですか」
この時になって俺は、本当に今さらだが、あまり関わってはいけない人に喋りかけてしまったかもしれないと思い始めた。
「じゃ、俺はこれで」
君子危うきに近寄らず。俺はスッと立ち上がり、その場を立ち去ろうとする。
「えっ? あっ……」
潤む深緑の瞳がこちらを見上げている。
……なんだその反応。
どうして彼女は、道端に捨てられた仔犬のように縮こまり、今にも泣き出しそうな表情で初対面の自分を見つめているんだろう。
どうしていいか分からず、俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。
数秒見つめ合ったのち、女性は「あっ」と小さく声を漏らしてうつむいた。
「ごめんなさい……はい、さよならです……」
「……本当に大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。何も問題ありません。まったくもって」
うつむいたままなのは気になるが、そこまで頑なに言われてしまえば仕方がない。
「じゃあ、お大事に」
怪我した女性をひとり放置するのは少し気が引けたが、未だ消えない警戒心に身を任せて、俺は路地裏を後にした。
・・・
今日も今日とて、無意味に一日を過ごした。
いや、意味ならある。あくせく働き、対価として給金を得ているのだから。それでも俺の頭は俺自身に、今日も無為に生きているなと冷ややかに囁いていた。
とはいえ──
……ふと気づけば。暇さえあれば。同じことを考えている。
なんなんだこの斜に構えたような思考は。時期をとうに過ぎた遅めの五月病だとでも言うのか。
それとも単なるカッコつけ? さながら人生を憂う詩人のように、達観して物事を見てるオレってカッコイイ……的な。だとすれば恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。
コツコツコツと、革靴が規則的な音を奏で、無人の裏路地に反響する。
答えは出ない。昔から何を考えているか分からないと言われる事はあったが、平凡な日常に疑問を呈する性格ではなかったはず。では貴方はどんな性格ですかと問われても、即答できないのだが。
コンテナが視界に入る。奥から吹く冷んやりとした風が頬を撫でた。
ここのところ、何かおかしい気がする。漠然とした、言葉にならない不明瞭な違和感。精神の奥深くで、形容し難い何かが蠢くような──
「あ、あのぅ……」
物思いに耽る俺の耳にその声が届いた時、心臓が飛び出るかと思った。
うるさい心音を聴きながら、慌てて声の主を探していると、背後から「ひゃっ」と悲鳴がした。
「あ、ご、ごめんなさい……驚かせてごめんなさいぃ……」
そこにいたのは、昨日の退勤時に遭遇した儚げな雰囲気の女性。服装は昨日と変わらず、しかし振る舞いはいっそう弱々しく、それどころかプルプルと震えながら半泣き顔を晒していた。
「昨日の……」
「覚えててくれたんですね……よかったぁ」
女性の目元がふっと緩む。安堵からか眉尻を下げ、ぎこちなく微笑んだ。
こんな人、忘れるわけが無い。別れた後もしばらく、あれは何だったんだと考え続けていたのだから。
「俺に何か用ですか?」
「あっ、えっと……」
用を尋ねると、あたふたしだした。
「あの……そのぉ、実は……」
しばしモジモジした後、意を決したのか、バッと顔を上げる。先ほどまでの表情とは打って変わり、彼女の顔つきは幾分引き締まっていた。
挙動不審だけど普通に話せそうだな、と俺はわずかに安心する。
「貴方を待ってたんです」
「え?」
「貴方の魔力をください!」
前言撤回。十中八九ヤバい人だ。
オリジナルが書きたくなってしまいました。連載中のクロスオーバーの方と並行して進めていきます。こちらはそこまで長くならない予定。