仕事帰りに拾ったおねえさんはクソザコメンタル悪魔祓い 作:善い思考
前回のあらすじ。
ヤバい人にエンカウントした。
「だ、ダメですか……?」
沈黙で答えると、女性は目尻に涙を浮かべて半泣き顔に早戻りした。
「ちょっと言ってる意味がよく……」
「あっ! で、ですよね! ごめんなさい!」
今気づきましたと言わんばかりに両手をわたわたと動かしている。常識が通用するか不安になってきた。
彼女は「何から話したらいいんだろう」と呟いてから、
「私は貴方の魔力が必要で……えっと、人にあげれるぐらい魔力をたくさん持ってる人はとっても珍しいんです。だから昨日貴方と会った時は本当にびっくりしちゃって……あっ魔力が欲しい理由ですよね、えーっと、魔力がいっぱいあればそれだけ長い間戦えて……あ、いやそもそも魔力が何か分からないですよね……えと、その」
「?????」
理路整然とは正反対の有様だ。思いついた単語をその都度その瞬間吐き出しているのかと思うほどゴチャついていて要領を得ない。うろ覚えの漫画の内容を寝起きで朗読してるみたいだ。
「あっ困った顔してるぅ……ごめんなさいぃ〜……」
「大丈夫ですから、一旦落ち着いてください」
またも半ベソかき始めた女性を宥める。好きに喋らせると収拾がつかないので、こちらから質問を投げかけた方が良さそうだ。
「聞きたいこと色々あるんで、俺から質問してもいいですか?」
彼女は素直にコクコクと頷く。
……とはいえ、俺も何から訊いたものか。
自分よりも取り乱している人がいるせいか多少は冷静でいられるが、怪しさ満点すぎてこの状況を呑み込めずにいる。
「……まず、貴方は誰ですか?」
だから、とてつもなく曖昧な質問を第一にしてしまったことは許されて然るべきだろう。
「だれ? 誰って……」
「すみません、ふわっとしすぎました。魔力が必要とか言ってましたけど、魔力ってなんですか?」
「えっと……魔法を使うために必要な力です」
「……魔法」
この人、アニメゲームの話でもしてるのか? それともポ〇ター的な話?
「私は魔法を使って敵と戦います。でもそのためには魔力が必要で」
「ちょっと待って。敵ってなんです?」
「えっと、私も名前は知らないんですけど……色んな場所にいて……こう、なんかトゲトゲうねうねしてて……」
敵とやらの姿形をジェスチャーで表現しているのか、手と腕をぐにゃぐにゃと動かす女性。必死さだけは伝わるが、当然わかるわけもなく。
「ただの動物じゃあ、ないんでしょうね。人を襲うとか?」
「あ、そうです。たぶん」
多分ってなんだ。昨日も思ったなコレ。
なんというか、随分とあやふやだ。ただの気弱ゆえの口癖である可能性もあるが、なんとなくこの反応は本当に自信が無いように見える。
「そんなのがいること自体あんまり信じられないんですけど、なんでそれと戦ってるんですか?」
「うーん……と、なんでだろ。な、なんとなく、かな?」
なんとなくと来たか。人々の平穏を守るためとか、強くなるためとか、もしくは仕事だから、とか──確たる理由があると思っていたのに。
「そんな理由で……?」
「あ、でも! 魔力を貰ってます! コレ、戦う理由です!」
「戦って……魔力を貰ってる? 貰ってるっていうかそれ、奪ってるんじゃ」
「はい、そうとも言います!」
そんな笑顔で自信満々に言われても。なんでちょっと嬉しそうなんだ。
「というか、それだったら俺から魔力とる必要ないんじゃ」
戦いというからには危険が伴うのだろう。安全かつ効率的に魔力を補給するという名目なら、人から貰いたいのも頷ける。それでも、見知らぬ一般男性に声をかけてまで必要な行為かと首を傾げたくはなる。
「あります!」
突如、彼女の端正な顔立ちが目と鼻の先まで接近してくる。
「貴方の魔力はヤツらと比べ物にならないほど多いんです! だから欲しいんです!」
「そ、そうですか」
「あっ……ごめんなさい……」
さっきの弱々しさはどこに行ったと言いたくなるような圧で迫ってきたかと思えば、すぐに申し訳なさそうな顔へ戻ってしまった。
「敵から取れる魔力は少ないんですか?」
「はい。1回の戦いで使い切っちゃうくらいで」
「……効率悪いですね」
「うぅ、そうなんです」
シュンと俯き髪を垂らす姿は、折りたたまれた犬の耳を幻視するほど悲しげだった。
「つまり、貴方は魔法が使えて、日頃その変な敵と戦っている。だけど戦うためには魔力っていうのが必要で、敵からも奪えるけど少ないから、俺から魔力を貰いたい……と。そのために昨日と同じここで俺を待ってたってことですね」
彼女はこちらの様子を伺うような上目遣いで、コクコクと頷いた。
「……なるほど」
頭が痛くなってきた。じゃあなんだ、この人は日夜悪しきヴィランと果てなき戦いを繰り広げる魔法★少女だとでも言うのか。ああ、正気度がゴリゴリ削られていく感覚がある。
しかし、魔力を奪うために戦い、その戦いで魔力を消費する──か。それで最終目的が無いのでは、ただ無意味な戦いを永遠に続けるだけだ。やはり、全ての敵を殲滅するとか壮大な目的があるんじゃないかと思ってしまう。
というか冷静になって考えれば、これってオカルトサークルか怪しい宗教の勧誘だよな。
危ない、何故かすんなりと受け入れてしまうところだった。
「他に仲間とか、同僚とかいないんですか?」
「仲間……ですか? いないですよ?」
組織だった行動じゃない? どういうことだ。この情報リテラシーの高さが求められる現代社会において、一人で臨むにはあまりに無謀で杜撰な商法じゃないか。(※組織だとしても無謀)
「……あのですね、正直言っていいですか」
「え? はい、どうぞ」
「めっちゃ胡散臭いです」
「──!!???」
この世の終わりみたいな絶望顔に変わった。そのうえ体を震わせてヨロヨロとよろめいている。そんなにショックか。
「そ、そんな……」
「誰でもこんな反応になると思いますよ。魔法とか魔力とか全く分かりませんもん」
「うっ……じゃ、じゃあ、実際に見せれば信じてくれますか」
「まあ、そうですね。見てみてですけど」
肯定したが、俺はマトモに取り合う気をとうに失っていた。
「分かりました! ……あっ、でも魔力がもう……」
両の手のひらを上に向けたかと思えば、すぐに止めてプルプルと涙目で見つめてくる女性。
……ちょっとかわいそうになってきた。
「俺の魔力、いります?」
「いいんですか!?」
「ええまあ、副作用とかないなら」
「ちょっと疲れるだけなので大丈夫です。……たぶん」
不安だ。
とはいえこちらから提案した手前、怖いからやっぱやめますは流石に酷だろうか。
「全部取らないように気をつけてもらえれば」
やれるもんならやってみろと、了承する。
「ありがとうございますっ……!」
なんだかおかしな流れになってしまったが、これで彼女の話がデタラメか妄想の類だとハッキリして、ほどなく俺は解放されるだろう。家に帰っても特にやることはないが、精神が疲れたからさっさと帰りたい。
「では、失礼します」
次の瞬間、両手でガっと掴まれる右腕。そこへ近づく彼女の唇。
「え?」
「ぁむ」
ちくりと腕に走る、ピンで刺されたような極小の痛み。そして広がる柔らかな感触と、湿った感覚、他者の熱。
「──は」
まともに声を発せず、思考がフリーズする。今の俺の背後には、無窮の宇宙空間が背景として広がっていることだろう。
何してんだ、この人。
どこからどう見ても、噛んでいる。俺の腕にかじりついている。
まさか彼女は、言葉巧みに人間を騙し、新鮮な生き血を啜る吸血鬼だったのか。
「ぅんっ……んっ」
目を閉じ、眉を八の字に曲げて腕をかじる様はどこか色っぽい。さらに甘い声まで漏れ出てしまえば、こちらまでおかしな気分になってくる。
おそらく15秒くらいは噛んでいた。いや1分はあったかもしれない。
とにかく、路地裏で女性に腕を噛まれるというおかしな状況のまま時間が経過し、俺が自分自身の正気を疑い始めた頃、やっと腕が解放された。
「おいしい……」
美味しいとか言ってるし。やっぱり吸血鬼なんじゃないか。
噛まれた部分に目をやると、ポッカリと1cmにも満たない小さな穴が空いていた。中の肉が覗くはずの噛み跡は傷など存在しないかのように黒く染まっていて、何故か血も出てこない。
生まれて初めて目の当たりにする異常現象を凝視していると、先ほどから女性の反応が途絶えていることに気がついた。
「あの……」
声をかけて、異変に気づく。
女性は視線を宙に投げ出して、座り込んだままゆらゆらと揺れていた。しかも目元がトロンとして、桜色の唇から不規則に漏れ出る吐息は、甘い熱を帯びている。薄暗い路地裏でも分かるほど頬が紅潮しているように見えるのは、気のせいではなさそうだ。
俺がどうしたものかと考えあぐねていると、彼女の華奢な身体がぶるりと震えた。
「あぁっ……濃い……」
……何が!?
「魔力……」
魔力だった。一瞬でも邪な想像をした俺を殺してくれ。
何はともあれ、このままでは埒が明かない。
「大丈夫ですか?」
「ぅ……」
途端にハッと見開かれる、大きな目。
「ご、ごめんなさい。貴方の魔力が想像以上にすごくて」
あんな艶めかしくなってしまったと。
魔力というのは媚薬成分でも含まれているんだろうか。もっとこう、厳かで神聖なイメージを持っていたんだが。
「今のは、俺から魔力を取ったってことでいいんですよね」
「は、はいそうです。ごちそうさまでした」
「あんな直接吸う感じなんですね」
「あれが一番キレイに吸収できるので……」
「よだれ垂れてますよ」
「あっ、や、やだ……!」
咄嗟に手で拭おうとしたので、俺はハンカチを差し出す。顔を赤らめながら口元を拭く様をまじまじと見つめていると、今さらながら、彼女の奇抜な服装が気になった。
「その格好……」
「え?」
「なんかの衣装ですか?」
「? 普段着です」
そのフリフリしてるコスプレ衣装みたいな服が?
てっきり魔法使いの戦闘服的なものかと思ったがそういう訳でもないらしい。
「よ、よし! かなり回復しました! 魔法見せます!」
彼女が勢いよく立ち上がる。
そういえばそういう話だった。理解の範疇を逸脱した事が起こったせいで脳内から抜けていた。というか既に満腹気味だ。
「いや……なんかもう、大丈夫です」
「えぇ!? なんで!?」
今日一番デカい声が出た。よし頑張るぞと意気込んでいたところに頭から冷水を浴びせられた気分なんだろう。
「もう充分おかしなところを見ちゃったので」
「えぇ……そんなぁ……うぅ〜……」
「……すみません、やっぱり見せてもらっていいですか」
暗闇の中に一縷の望みが差し込んだかのように、彼女の表情がパッと明るくなる。
あんな心底悲しそうな顔を見せられては拒絶できるわけがない。これで良心が痛まない奴がいれば、そいつは多分人間じゃない。
「えと、それじゃあ簡単なものを」
再び手のひらを空へ向ける。
すると、手の中心に一点の光が灯り、淡く輝き始めた。光は翡翠に色づき、青く無機質な路地裏を照らし出す。
見上げれば、視界は光に満ちていた。
今の自分は、目を疑ってしまうような怪現象を目の当たりにしている。これが彼女の言う“魔法”なのだとしても、ファンタジーとは縁遠い現代社会を生きる一般社会人には非現実的すぎる。
なのに何故だろう。これが手の込んだトリックとか、現代のハイテク技術だとか、そんな考えは元より浮かばなかった。
ただ純粋に、綺麗だと思った。
高層ビルから眺める街の夜景や、満天の星々が煌めく夜空なんかじゃない。通り慣れた路地裏で見る、弱々しい光の束。
なのに、なによりも美しく、心が躍った。
「どうですか……? ただ光らせただけですけど」
彼女が、期待と不安の入り交じった表情でこちらを見ている。
「すごい……です」
光が虚空へ溶けていく。視界が見慣れた路地に戻っていく光景は、夢の終わりを感じさせた。
「信じてもらえますか、私のこと」
「まぁ、はい。信じざるを得ないというか」
「よかったぁ……えへ」
ふにゃりと相好を崩す彼女を見て、俺の中でひとつの願いが生まれた。
「魔力は定期的に必要なんですよね」
「そ、そうです。たまにちょっと吸わせて貰えれば嬉しいかな〜って……」
「いいですよ。その代わり、敵と戦うところ見てもいいですか」
「え?」
「ご迷惑じゃなければ」
「はっ、はい! 大丈夫です、是非!」
何故こんなことを言ったのか、自分でも分からない。俺はあまり他人に興味を抱かない人間なはずなのに。
無理やり理由をつけるなら、面白みの無い日常に彩りをもたらした彼女という存在に、興味が湧いたからだろうか。
「……」
理由なんてどうでもいいか。
ただそうしたいと思ったから。
それだけでいい。
「えっとじゃあ、よろしくお願いします」
次の言葉を言おうとして、ふと気づく。
「そういえば自己紹介してなかったですね」
どうやら、俺は未だに冷静さを欠いていたらしい。そんな基本的な挨拶すら忘れるとは。
「俺、
彼女は「ゆうやさん……」と呟いたのち、
「マヤです」
と控えめに答えた。
「よろしくお願いします、有也さん」
キャラクター設定画的なの描きました。男のビジュに既視感を覚えた方はおそらく想像している通りでしょう。正直めちゃくちゃ意識してます。