仕事帰りに拾ったおねえさんはクソザコメンタル悪魔祓い 作:善い思考
「う〜ん、たぶんこっち……」
善は急げということで、俺は一度自宅であるアパートに戻り私服に着替えてから、マヤさんと共に夜の街へ繰り出した。仕事帰りということもあり正直なところ疲れてはいたが、好奇心と興味の方が勝った。
現在は住宅街から少し離れた郊外を歩いており、ぶつぶつと呟くマヤさんの後ろをついていっている。
「敵のいる場所が分かるんですか?」
「はい、なんとなくですけど」
「ていうか普通にそこらへんにいるんですね。俺は見たことないですけど」
「多分、普段は姿を消してるから見えないんだと思います」
透明化した敵影すら捉えるとは、彼女の内蔵センサーはかなりの高性能らしい。
しかし自分の全く知らないところで、平凡な日常と薄皮一枚挟み危険な非日常が隠れ潜んでいたとは、ワクワクするよりゾッとする話だ。
「あっ」
少し離れて前を歩いていたマヤさんが声を上げた。
「いました。あそこ」
「……どこですか?」
マヤさんが虚空を指さす。俺の視界には、よくランニングコースに使われている土手と夜空が映るのみだ。
「あそこです」
「……?」
「もしかして見えないんですか? なんでだろ……」
彼女が分からないのなら答えは出ないが、簡単に想像つくとすれば──
「俺はマヤさんと違って戦えないから、とか」
「そうなん……ですかね?」
マヤさんは困ったように首を傾げた。
「と、とりあえず倒しちゃいますね。下がっててください」
マヤさんが前方に手を突き出す。
次の瞬間、道端の草木がざわりと震えた。
そして俺は、環境の“変化”を感じた。
五感が違和感を感じ取り、自然に俺の視線がとある場所へ向く。
「な、なんだあれ……」
土手の奥、橋の下。
そこに、成人男性の2倍はありそうな影がもぞもぞと動いていた。
「やっぱり見えるんですか?」
「……あれが敵ですか」
「そうです。あんな感じで色んな場所にいるので、たまに倒してます」
「なんかいきなり見えるようになったんですけど」
「うーん……? あ、結界張ったからかな」
「結界?」
「敵に逃げられないように戦う時は発動しておくんです。結界があればアレは逃げられません」
なにかとんでもない世界に入ってしまった気分で『いよいよ魔法少女モノだな』なんて思っていると、
ソレがこちらを見た。
まだ十分に離れているにも関わらず、こちらを向いたことが分かった。
何故なら、高架下の闇に、2つの赤い球体が浮かび上がったからだ。
それが闇に潜む何者かの瞳だと気づいた時、影がのそりと這い出てきた。
「……っ!」
影が空へ浮かび上がる。月明かりに照らされ、初めて全貌を目にすることが出来た。
ギョロリとこちらを凝視する、ザクロのように赤黒く丸い瞳。大きな黒翼と、全身に纏うごわごわした羽毛。黒光りするクチバシと鉤爪が、月光を反射する。
こんな生物は生まれてこの方遭遇したことがないが──しいて言うなら、それは巨大なフクロウだった。
「あ……」
全身から嫌な汗が滲み出て、思わず後ずさる。
想像を超えていた。まさかこんな生き物がいるなんて。
戦いを見たいと願いつつ、実際のところ、この目で見るまでは半信半疑だった。というより、ここまでのものを覚悟していなかった。
今、俺が感じているのは、普通の日常ではまず味わうことのない、生命の危機を感じる恐怖。それを与えてくるこれは、正真正銘の化け物だ。モンスター、妖怪、UMA──そんなフィクションの世界の存在が、実際に目の前にいる。
俺の日常が、崩壊していく。
「いきます」
逃げ出したくなる重圧の中、透き通った声がやけに鮮明に聞こえた。
我に返り視線を落とすと、化け物へ近づいていくマヤさんの後ろ姿が目に入った。その足取りには迷いがなく、俺は頭をガツンと叩かれたような衝撃を受けた。声からもオドオドとした様子は消え失せ、思わず『本当にマヤさんなのか』と己の目を疑うほどだ。
敵意を感じたのか、フクロウは翼を大きくはためかせ、さらに上へ舞い上がったかと思うと、自由落下の勢いを乗せて一気に突進してきた。
風が荒れ狂い、草木が悲鳴をあげる。あんな巨体に押し潰されてしまえば、普通の人間ならひとたまりもない。
「マヤさっ……!」
彼女の背中へ手を伸ばす。震える足に鞭を打ち、彼女のもとへ一歩踏み出す。
しかし、俺の必死な声は彼女の耳に届いていなかったんだろう。
マヤさんが棒状の何かを手にしたかと思うと、
瞬きの間に、忽然と消えた。
気づいた時にはずっと遠くに立っていて──
空から、黒い物体が降ってきた。
ズン
と、重い落下音が鼓膜を揺らす。
舞い上がる砂埃から顔を守りながら、俺は何が起きたんだと混乱していた。
風が収まり目を開けてようやく、上空から降ってきたのが化け物フクロウの巨体だと理解する。先ほどまで活発に動いていたフクロウは、胴体が泣き別れになりピクリとも動かない。
「はい、終わりました」
呆けていた俺は、その平然とした声で我に返る。
顔を上げれば、怪物の巨体を挟んで向こう側にいたマヤさんが軽やかなジャンプを見せ、俺の前に着地するところだった。
明らかに重力を無視した動きだったが、今の俺にツッコむ気力は無い。
「……どうしました?」
マヤさんが不思議そうに首を傾げる。
どうしたもなにも……
「私、なにか変でしたか……!?」
「え」
「もっもしかして怖かったですか!?」
「いや」
「そうですよね……こんなもの振り回してる女、怖いですよね……」
マヤさんが俯くと、手に携えていた物が消えた。完成に消えてなくなる直前に辛うじて認識したそれは、翠色に煌めく『大鎌』だった気がする。
「そうじゃなくて……あの鳥みたいなのに驚いたんです」
「な、なぁんだ、よかったぁ」
「……それを倒したマヤさんにはもっとびっくりしましたけど」
そう言うと、マヤさんはハッと口を押さえた。
「わたし、カッコつけすぎでしたよね」
「ん?」
「有也さんに良いとこ見せたいからって……うぅ」
「えぇ……」
再び涙目になるマヤさんを遠い目で見つめながら、俺は重大な事実に気づく。
前から思ってたけど、この人──
「調子乗ってごめんなさいぃ」
メンタルが弱すぎる……!
・・・・・
「落ち着きましたか」
「はい、取り乱してすみません……」
もはや慣れてきたので大丈夫です、とは言えなかった。言えば再び謝り倒してきそうだから。
「……こんなのがホントにいるんですね」
それにしても、とマヤさんの背後に倒れ伏す巨大フクロウをまじまじと見つめる。平和そのものと思っていた日常の中に、こんなモンスターが紛れ込んでいたなんて、実物を目の当たりにした今でも信じ難い。俺の生きる世界は、俺が思っているよりもファンタジー要素が強かったらしい。
そんな現実逃避じみたことを考えていると、フクロウの肉体が、風にさらわれる砂のように、さらさらと空中に溶けていることに気づいた。
「あっ、早くしないと」
マヤさんが膝を屈めてフクロウの前に座り、両手をかざす。すると、フクロウの肉体から出ていた粒子がマヤさんの手に吸い込まれていき、やがてフクロウの巨体は影も形も無くなった。
「き、消えた……」
「魔力を取り込ませてもらいました」
「ああ……そういえば魔力を貰ってるって言ってましたね」
まさか吸収した相手が消滅するとは思わなかったが。
「有也さんと比べたら貰える量は少ないですけどね」
「それって、なんでですか? 俺の魔力が多い理由って」
「え、な、なんででしょう」
マヤさんは分かりやすく困った表情を浮かべた。おそらく本気で分からないんだろう。
「他の人の魔力はどうなんですか?」
「たまに持ってる人はいますよ。それでも、有也さんと比べれば格段に少ないです」
そうは言うが、俺にその自覚はまったく無い。今の言い方からして全人類が持つエネルギーではないんだろうが、そもそも魔力ってなんなんだろう。フィクションでよくある魔法を使うためのエネルギーとでも考えておけばいいのか。
「だから、これからも戦う前とかに魔力を貰えたら嬉しいかな、なんて……」
ただの口約束が心配だったのか、念押しするように定期供給を要求するマヤさん。
「それはいいですけど、魔力って無くなったら不味いんですか?」
「倒れちゃいます」
「じゃあ戦わないでジッとしてればいいんじゃ?」
「何もしなくても少しずつ消費していってるので……定期的に外から摂取しないと」
「なるほど」
思ったよりも現実的だ。食事を取らないと倒れてしまうのと同じような理屈なんだろう。
これなら“なんとなく”戦っている理由も分からなくもない。
「今までもずっと、さっきみたいなのと戦いながら生活してたんですか?」
「そうですね……ずっとって言うほどずっとではないですけど」
「?」
「戦い始めたの、つい最近なんです」
生きていくために定期的な魔力摂取が必要なのに、その間接的な手段となる戦闘をし始めたのがつい最近とは、どういうことだ。
「それまではどうやって魔力を補給してたんですか?」
「それまで……? それまでは何も無いです」
「???」
「わたし、気がついたらここにいたので」
「それはどういう……」
「気がついた時にはこの街にいて、魔力のために戦わなきゃいけないって分かってたから……さっきの敵と戦い始めました」
なんだか事件の香りが漂ってきた。
わずかに不安を覚えつつ、俺は質問を続ける。
「元々どこに住んでたんですか?」
「分からないです」
「……え」
気づいた時にはこの街にいて、それ以前のことは覚えていない。
つまるところ、それは。
「……記憶喪失ってことですか?」
「記憶喪失!?」
なんで貴方がそんなに驚いてるんだ。自分のことだろうに。
「えぇ……記憶喪失なんてそんな、うぅ〜……」
「いや、違う、違います。間違えました。記憶喪失じゃなくて、たまたま忘れてるだけかも……」
慌てて訂正するが、俺の口から出たのはまったく解決に繋がらない支離滅裂な内容だった。
その後は、記憶喪失という事実を突きつけられたのが相当ショックだったのか、完全にメンタルブレイクした彼女を全力でなだめ続け、その日は解散した。まだまだ訊きたいことはあったのだが……今日はもう話をできる状況ではなかった。
・・・・・
次の日の仕事帰り。
「こ、こんにちは」
その日もマヤさんは路地裏にいた。
昨日のことがあったからか、少し気恥しそうに挨拶した。
「こんにちは。今日もアレ探しますか?」
「あ、はい。お忙しくなければ」
「いいですよ、特にやることないんで」
その日もモンスターハントを達成して、解散。
その次の日。
「こんにちは、有也さん」
またいた。
ので、その日も怪物探しに街を放浪。
そのまた次の日。
「こんにちは!」
「……」
彼女は変わらずいた。
この時点で、俺は強い違和感を感じていた。
さらに次の日。
休日なので家でゴロゴロしていたのだが、なにかを直感した俺は、いつもの路地裏に足を運んだ。
「あ、こんにちは! 今日はお仕事終わるの早いんですね!」
やはりいた。これが第六感というやつか。
「……今日、仕事休みなんで」
「そうなんですか!? じゃあ、ここにいても意味なかったんですね……」
しゅんとするマヤさん。
もしかして、仕事が終わる夕方まで待つつもりだったのか。
「あれ、じゃあなんでここにいるんですか?」
「マヤさんがここにいる気がして、見に来ました」
「私のために!? うぅ、すみません……」
この1週間、マヤさんはこの路地裏に毎日いる。昼間は俺と同じように仕事をして、夕方のみ俺から魔力を貰うため路地裏に通っているのかと思っていたが──休日である今日、しかも昼間からいることで、その予想は外れた。
俺はいよいよ、うっすらと感じていた違和感を晴らすため、彼女へ質問する。
「マヤさんって、家どこですか?」
問われたマヤさんはキョトンとして──
「ないです」
「は?」
「おうち、ないです」
とんでもないことを言った。