仕事帰りに拾ったおねえさんはクソザコメンタル悪魔祓い 作:善い思考
「家、無い……?」
マヤさんは何でもなさそうな顔で頷いた。
記憶喪失はショックで、家なしは何とも思わないのはどういう基準なんだろう。
「じゃあ、今はどこで生活してるんですか」
「どこで……? どこでもないです」
流石に耳を疑った。まさか、どこかにお世話になってるでもなく、あちこちを放浪しているというのか。
「あの……」
「はい」
「普段、昼間は何してるんですか?」
「いつもの場所で有也さんを待ってます!」
「……俺と会う前は?」
デカすぎるツッコミどころがあったが、一旦スルー。
「魔力反応を探して歩き回ってました」
「魔力反応って……ああ、アレのことですか」
この1週間、夜間に倒し回っていた怪物のことだろう。
「それ以外の時間は」
「え? 特にはなにも……。そ、空を眺めてます」
空の観賞はいいとして、食事や入浴はどうしてるんだろう。野外生活を送っているとは思えないほど、マヤさんは身綺麗だ。
もしかしてこれも魔法でどうこうしてるんだろうか。だとしたら魔法が便利すぎる。
「知り合いの家に泊まってるとか……」
「有也さん以外の知り合い、いないです」
本当にどうやって生活してるんだ。いや、知り合いがいないのは記憶喪失なんだから当たり前なのか。
「そのへん歩いてて、誰かに声かけられたことないですか?」
「んー……ないですね」
そのコスプレ衣装みたいな格好で各地に出没する人物なんて、声をかけられるか話題になっててもおかしくなさそうだが。なまじ顔がいいから、周りが声をかけようにも気後れしてしまう……ということなのか。
だが、それも時間の問題だろう。
「……今日の予定は」
「何もないです。天気いいし、お散歩でもしようかな」
何も考えてなさそうに、ぽやんと空を見上げるマヤさんを見ていると、何故だか漠然とした不安に駆られた。
「マヤさん」
だから次に出た言葉は、何かしら思惑があったわけではなく、自然に、ごく自然に『思わず口に出た』ものだった。
・・・・・
「おじゃまします……」
我が家に他人を招き入れるのはいつぶりだろう。特に意識していなかったが、相当久しい気がする。
「わあ……綺麗なお部屋ですね」
「そうですかね」
綺麗というか、家具が少ないだけだ。趣味も何もない男の、面白みのない殺風景な、アパートの一室だ。
「……自由にしてください」
今さらになって、少し後悔してきた。記憶のない彼女が何をしでかすか不安とか、お巡りさんに連行されないか心配とか、お前は何様だと言われそうな理由はあったものの、知り合って1週間の女性を自宅に連れ込むなんて。
あとで誘拐罪で捕まったりしないかな、これ。
「あの……本当に住まわせてもらっていいんですか?」
「ええまあ、元々住んでたところ思い出すまでなら」
聞けば、身分証も持っていない。他に部屋を借りるのは難しいだろう。かといって警察の厄介になるのは(俺が)ごめんこうむりたいし、彼女が生きるために夜な夜な怪物退治に出かけるというのなら、自由に動けない状況は不味い。結局、記憶を思い出すまでの間だけ、俺の家で匿うのが得策か……と、まあ冷静になれば穴だらけな結論に至ったわけだ。
「わたし、有也さんに迷惑かけてばかりで……なんとお詫びすればいいか」
「仕方ないですよ。記憶ないんだし」
見知らぬ土地で目覚め、何も思い出せないことに気づいた時の彼女は、どんな心境だったんだろう。
不安で不安でたまらなかったはずだ。今、平然としているのが不思議なくらいに。
帰る家があることで、その不安が少しでも和らぐなら、俺としても嬉しい。
「どうしました?」
「え?」
「有也さん、難しい顔してる」
「……いえ、なんでもないです。お茶淹れてくるので、適当に座ってください」
「あ、はい……」
そう考えると、この善意は俺の為なのかもしれない。
誰かを助けることで、誰かの何かになりたい──そんな思惑がある、俺の。
・・・・・
数日過ごして分かったことがある。
「有也さん有也さん! ち〇かわ始まりましたよ! 一緒に観ましょう!」
「今日も元気ですね……朝から……」
この人は、女児だ。
「ちいちゃんかわいい……うふふ……」
言動が幼いというより、何にでも興味を示し、無邪気なところが。
それだけならいざ知らず、困ったのは現代の生活に対するあらゆる知識が欠落していることだ。
初日から色々と驚かさせてもらったが、一番はシャワーの使い方を知らなかったことだ。泣きそうな顔で半裸のままリビングに現れた時は、流石に椅子から転げ落ちそうになった。
とはいえ大抵の事は一度教えれば覚えるし、鈍臭いわけでもない。
最初はおっかなびっくりだったスーパーへの買い出しも、数回付き添えば一人で行けるようになった。初めて一人で行かせた際には、心配で影から様子を窺っていたのだが、はじめてのおつかいの親気分を完全に理解した。難しい顔で店内をちょこまかと歩き回る姿は庇護欲を唆るが、保護者的立場としてはハラハラしっぱなしだった。
最初の頃はマヤさんとの同居にドギマギしていた俺も、彼女の幼い言動ですっかり邪念が吹き飛んだ。
「じゃ、仕事行ってきます」
「今日は何時くらいにお仕事終わりますか?」
「たぶん暗くなる前に帰れます」
「わ、よかった。ご飯の用意して待ってますね」
マヤさんはふにゃりと破顔する。
この態度。戦闘時の凛とした佇まいはどこへ行ったと言いたくなる。
だがしかし、こんな優しい人が家で待っていてくれるというのは、まあ素直に嬉しいもので。というか、こんな状況を喜ばない男がいたら嘘だろう。
ちなみに相変わらず怪物退治は続けていて、最近は2日毎ぐらいのペースで夜に出かけている。と言っても、俺はマヤさんが一方的に怪物を狩る様を眺めているだけだが。
これが今の俺の日常。
昼間の平凡な日常と、夜の非日常を往復する日々。
変化があったのは、マヤさんが家に住み始めてから2週間ほど経った頃だった。
・・・・・
いつものようにマヤさんの案内のもと怪物を探して、速攻で退治した。今日あったことを楽しそうに話すマヤさんに相槌を打ちながら、帰路に着く。
真夏に近づき夜も蒸し暑くなってきたが、肌を撫でる夜風はまだ涼しい。
「そういえば、最初にあげた時から一回もあげてませんね」
「え?」
「俺の魔力。あれから一度もあげてないなと思って」
単純に気になっただけで、もう一度“アレ”をして欲しいとかそういう邪な意図は無い。
「そうですね……あの時いっぱい貰ったので、今は倒した敵から吸収するだけで十分だから」
「ダメってわけじゃないんですけど、無理に戦わなくてもいいんじゃ?」
マヤさんは眉をひそめて怪訝な表情をした。彼女にしては珍しい、わずかに否定的な感情を含んだ顔だった。
「ほら、危険だし。俺から吸収できるなら頑張って戦う必要もないかなって。そっちの方が効率もいいだろうし」
「でも、アレは倒さなきゃいけないんです」
「……? なんでですか?」
マヤさんは少し考え込んだのち、「人を襲うから」と答えた。
「人が襲われてるところ見た事ないですけど」
「でも……」
「悪魔は問答無用で倒さなきゃ。私たちから大切なものを奪っていくんだから」
今のはマヤさんの言葉じゃない。背後から飛び込んできた高い声が、夜の空気を切り裂いた。
振り向くと、そこには──
「お前らも悪魔祓いだな」
気の強そうな茶髪の幼女と、全身黒マントの、見るからに怪しい巨人が立っていた。