「やはり、予測通りですか……」
鬼塚に渡された資料にその場で目を通すが、想定の範囲内の結果だ。
証拠品が明らかに少ない。逃走時に室内を洗浄する余裕は無かった筈なのにも関わらず、形跡はあっても何一つ手がかりが残されていないのはおかしい。
持ち出した材料の割りに、幼稚な反抗――
形跡から考えて、二人組みとは考え辛い。ジャックした割に交渉の席に立とうとしなかった。不可解な点が多過ぎる。
目的が別にあるとしか考えられないか……。
「何が予想通りなんだ?」
「チャリジャックについてです。しかし、ずさんな管理ですね。捜査関係者に被害者の身内をいれるとは……。まぁ、何一つ分からないと言うのが答えでしょうか?」
何一つ分からない。
分かった事は犯人に顔がない可能性。
その場合、厄介なのは誰かだ。変装している場合、ころころと姿を変えられては辿り着けない。まぁ、犯人がいたと思われるホテルの監視カメラと宿泊者名簿から犯人の筆跡は取れた。そして、僅かではあるが、癖が出ていた。
映像では男の姿だったが、恐らく女性だろう。
問題はその男性がホテルを出た映像がない事だ。
入った人間と出た人間が会わない。
そこで、昨日からの出入りした人間を一人ずつ確認したところ、数が一致。いない筈の人間が増えていたという訳だ。
あとは、その人間がホテルを出た後、逃走経路を割り出そうと思ったのだが、監視カメラを避けて逃走。つまり、カメラの位置を知っている人間。
だが、全てを避けるなど難しい。それに、様子から考えるに急いでいたようだ。
「分かったから、その資料の山をどけてくれ……」
「興味ないんですか?」
「あぁ、俺はもうすぐ武偵を辞めるからな」
武装探偵を辞める。
無理だろう。環境に慣れ過ぎた人間は別の環境では生きられない。血に餓えた狼が羊の群れの中で生きられる筈がないのだ。結局、性からは逃れられない。
かつて、母親がそうであったように……
あの人は凄腕の暗殺者だった。
右に並ぶ者がいないとまで謳われ、裏社会のトップまで上り詰めた。生きる伝説――
だが、息子に対しては常に距離を置いていた。人殺しの自分が抱きしめる権利がないなんて理由ではない。
わからなかったのだ――人の愛し方が。
幼少期から人を殺す。騙す。
そんな世界で生き抜いてきた。人の暗い面に接し続けてきた。
だからこそ、息子に対してすらどう接していいか分からなかった。ただ、もしもの為に生き残るすべを叩き込む。それ以外の接し方は出来なかった。
「戻れると良いですね。貴方の考える普通に」
普通と考える時点で普通には戻れない。
一度、そういった環境に慣れてしまえば平穏は毒だ。精神を磨り減らす。
普通と自分の異常との間での板ばさみに最後には精神的に追い詰められる。こんな言い方はしたくないが、遠山キンジは遠山キンジからは逃れられない。
「そうですね。全部、頭にいれましたしそろそろ晩御飯にしましょうか。何か、食べられないものとかあります?」
「いや、ない。って、お前が作るのか? その足で」
「こう見えても料理が趣味なんです。一応、和洋中露までなら作れますよ? 中東とかマイナーな料理を頼まれると困りますけど……それに、この程度の怪我は問題にもなりません」
料理が趣味なのは嘘ではない。
こう見えて、掃除洗濯、料理など主夫的な作業は難なくこなせるのだ。先程も言ったとおり、母親はこの手の作業が苦手だった。効率、隠蔽の癖があり、料理ががさつ。掃除もするにはするのだが、散らかりに関しては手を出さないなど、何がしたいのか……。
それに、殆んど一人で暮らしていたこともあり、全て自分で行わなければならなかった。
一応、家計簿も作成し、食費、光熱費などの管理も行っていた。
「悪いな。苦手なものはないから、簡単なもので構わない」
「そうですねー。遠山くんも男の子ですから中華にしましょうか? 量を作り易いですし、簡単に作れますから」
そう告げると、さっさと資料の山をまとめてデータを電子データ化した後、紙媒体の資料は全て燃焼処分する。
シュレッターでもいいのだが、念には念をというものだ。
そこから情報が漏れる可能性もある。その手のことに関しては最新の注意を払わなければならない。
それが終わると、台所に立ち料理を開始する。
材料は――今日、買い物をした。
調理器具も送ったものが届いている。調味料に関しても完璧だ。
やはり、こうして台所に立つと胸が躍る。それだけ、料理が好きという事なのだろう。誰かに食べて貰い、おいしいと言って貰える事は至高の喜びだ。
そんな事を考えていると、何度もチャイムが鳴らされが、まったく興味がない私は雑音など軽く無視すると料理を続投した。
だが、次に飛んで来た声に炒飯を作っていた手が一瞬、止まってしまう。
炒飯は火力とスピードが命。
手を止めるなど持っての他だ! そう思いなおすと、再び作業に没頭する。
「完成です――妥当な合格点でしょう」
炒飯二人前、中華スープ、麻婆豆腐
よく考えたらザーサイがあっても良かったかもしれないが、今から買出しに行けばさめてしまうのでこのままで良いだろう。
食器を持つとダイニングへと運び、机の上へと食器を並べていく。
「さぁ、晩御飯にしましょうか?」
「あぁ、美味そうだ――じゃないだろ!」
「出来立てを食べないと言うのですか!? 作った人間に対してその仕打ちは極悪非道です! もったいないじゃないですか!」
冷めたなら温めなおせばいいかもしれないが、やはり出来立てを味わって欲しいのが作った人間として思うことだろう。
確かに弁当なら冷めても美味しいように作るがこれは弁当ではない。
「あぁ、神崎さん。いたんですか……」
「いたんですかって……あんたね!」
完全に無視していた。
話も右から左に聞き流し、存在自体を視界から抹消。
はっきり言って、大嫌いな人間だけに仕方ない。視界には入れたくない。
こいつを見ながら食べると不味くなりそうなので退場を願いたいレベルだ。もしも、ここで私のは? とか言い出したら一発ぶん殴ってやろう。
「これからご飯なので帰って貰えます? 貴方がいると美味しいご飯も胸糞悪くなりますから――暴れられても困りますしね」
「喧嘩売ってるわよね」
「売ってませんよ? 売ってるのは貴方です」
今朝の件を許した訳ではない。
なのに、よくもまぁ性懲りもなく現れたものだ。その図太い神経に感服すら思える筈がない。ぶん殴りたい。一発、ぶん殴りたい。
だが、ここで喧嘩を買うなど大人ではない。
ご飯が冷めてしまう。ここは冷静にお引取りを願おう。
「私、今日からここに住むから。あんた、出て行きなさい」
「はっ?」
今日からここに住む? 誰が?
そして、出て行け? 何をおっしゃってるんでしょうか? この餓鬼は
怒っていい。殴っていいですか? 本当に
いい加減、堪忍袋も切れますよ?
「遠山さん……確か、ベランダから下は海でしたよね?」
「あぁ……そうだけど、まさか……」
そのまさかである。
近くに置かれていたトランクをベランダから投げ捨ててやった。これなら泊まれまい。
さっきから上から目線でものをいいやがって――頼むのなら礼儀があるだろう。まぁ、下から言われても出て行くつもりなどさらさらないが……。
「あんた、なんてことしてくれるのよ!?」
「これで、泊まれませんね。早く、帰ってください」
「人のものを海へ投げ捨てるなんて正気なわけ?」
「至って正気です。貴方のお頭よりはね。いきなり、発砲するような餓鬼と一緒にされるなんて心外です。まぁ、これで昼間のことは水に流してあげましょう」
あの中に何が入っていたのかは知らないが、ざまぁみろといったものだ
自業自得である。こいつ、絶対に友達いないだろう。まぁ、友達なんて関係を作るつもりもない私が言うのもなんだが――そもそも、知り合いが年上しかいない上にどっか狂った連中しかいない。むしろ、敵以上友達未満? 身内なのか?
「それから、はっきり言わせて貰います。これ以上、そのような態度を取られるのであれば――それなりの覚悟があるという事ですよね?」
「おい、何やるつもりだ! ここで」
「別に戦いませんよ。真正面から戦うことだけが勝負じゃない。例えば、貴方のお母さんとか? 色々と突かれると痛いところはあるんじゃないですか?」
神埼アリアの母親――
確か、資料では留置所の中だったはずだ。この手の話題はタブーだが食いつかない人間がいない訳ではない。悲劇のヒロインのような見方も出来るが、こういう見方も可能だ。
恥さらしの娘――
世間の目というのは冷たいものだ。特に仲間と呼べる人間がいない人間にとって、その環境に耐えうるだろうか? 銃を簡単に発砲する短絡さなどが更にその噂に拍車をかけるかもしれない。武偵として立っていられるか……神経が図太いから立っていられるか。
「アンタねぇ……ママは関係ないでしょう! それに、あれは冤罪よ!」
「世間の目はそうでしょうか? 理屈なんて関係ありませんよ。マスコミはこぞってこういうかもしれませんね。神埼アリアに武装探偵の資格はないって」
「フィアナ……そこまでにしてくれ」
「それでは、最後にこれだけは言わせて下さい。帰れ」
マスコミを例に出すのはやりすぎていたか……
そう言えば、遠山金一が死亡(恐らく、生きているような気がするが)事件の後のマスコミの対応を思い出させてしまった。あれは、会社側が悪いと思うのだが、それを言っても仕方がないだろう。
世の中、自分の身が可愛い連中が多過ぎる。
そう言えば、さっきの資料――遠山キンジが狙われたのは必然か否かについて考えていなかった。遠山金一が関わったのも武装探偵殺しだとすれば、必然?
チャリという個人を狙う理由にもなる。駐輪場にあった多くのチャリの中から選び出した必然。身内犯だとすれば、候補は五人まで絞れる。
捜査関係者三人、星伽白雪、神埼アリアの自作自演
星伽白雪に関してはまぁあるかもしれない程度。捜査関係者が本命、対抗が神埼アリアの自作自演だろう。これで、自作自演なら爆笑ものだが……
さっさと本当に消えて貰えないだろうか? 目の前から――
「疲れてるんです。目障りなんで帰って下さい。それから、キンジさん盛り塩をお願いします。少しは魔除けになるでしょう」
「アンタ、私が幽霊か何かだって言いたいわけ……」
「言ってませんよ。私はただ、魔除けの為にって言いました。あぁ、自覚あるんですね」
「おい……お前ら……」
遠山キンジには悪いがこの手の馬鹿は付けあがらせると始末に負えない。
一気に叩き潰すのが得策と言えよう。それに、この手の人間は嫌いだ。力の意味を履き違えた餓鬼は……。その力で一体、何をするつもりなのだろうか?
「それに、早く取りにいかないと鞄――東京湾に沈みますよ?」
「アンタ、待ってなさいよ。そこで!」
その言葉を聞いたアリアは急いで部屋を出る。
当然、私は待つはずもなく鍵をかけるとチェーンまでかけて万全の態勢を整える。もう一度侵入されたなら厄介だ。ベランダの鍵も忘れない。
防弾用のガラスなので入り込む事は難しい。これならば、特注で地雷などの罠も仕掛けておくべきか? 侵入されて肉片になっても自己責任だ。
「おい……まぁ、助かったからいいんだが……不味いんじゃないか?」
「何がです? アレはアリアさんの自業自得でしょう? それに友達のいないアリアさんを庇う人間はいませんよ。私もですがその時点で互角――後は色々細工して私が上って感じですかね? 負ける要素はありませんし」
「負ける要素がないってお前な」
ない。
それは事実だ。真正面から対戦したら、押し負けるだろうが隙を突けば十分に勝てる。
戦闘において有り得ないは有り得ない。しかし、神崎アリアはそれを念頭に置いて行動しているようには到底思えないのだ。つまり、罠にはめれば容易く落ちる。
煽り耐性もない時点で実戦向きではないだろう。所詮はハリボテだ。
私の敵ではない。殺していいのならばだが……。
「私、あの人が嫌いですから――特に銃器を何の感情もなく、ぶちかます人間は特に」
あれは人殺しの道具だ。
玩具じゃない。誰彼かまわず、持っていいものではない。正しく運用されるべき人を殺せる道具なのだ。それを彼女は忘れている。
持つ以上、持っていなければならない常識がないのだ。そんな相手と対等に話すなど、有り得ない。人間の言葉を介さない獣と対等に話す人間がどこにいるだろうか?
対等とは、知能が同じだけあって初めて成り立つものである。
再び、チャイムが鳴る。
今度はお淑やかで控えめなチャイムだ。
だが、もう騙されない。そんな手で私が許すとでも思っているのだろうか?_
ここはさっさとご退場願おう。そう心に決めると、チェーンを外さず、僅かに扉を開けた。足を挟んで来たら砕いてやるつもりで……
しかし、そこにいたのはアリアではなく白雪――。
朝、こちらを警戒していた人間である。なぜか、今も怖い。般若だ。
「キンちゃんに晩御飯を持ってきたんだけど、なんで部屋からいい匂いが漂ってきているのかな? キンちゃんは料理あまり得意じゃなかったよね?」
目の色がおかしいです。
単一色の目……この人は私を殺す気なのでしょうか? ここはまず、戦略的撤退を……なんて、物を彼女が許す筈がなかった。足を滑り込ませるとどこからか取り出した日本刀でチェーンを切り裂き、室内へと侵入してくる。
完全に器物損害と不法侵入――警察でも呼んだ方が良いだろうか?
「キンちゃんに近付く泥棒猫は私が容赦しないんだから!」
いつアリアが戻って来てもおかしくないこの状況
チェーンが切れた扉――
最悪である。最大の防御が今、破られてしまったのだ。一度、住まわれてしまえば追い返すのは難しい。ここは、白雪を無視して防御を固めたいがそれを許す白雪ではない。
「言いたい事があるのなら、一応は聞いてあげるよ?」
「あれは親睦の証としてごちそうしてあげただけで他意はありません。ほら、一人分を作るのも二人分を作るのも大差ありませんし、コンビニ弁当ばかりは身体によくないですから」
そうやって弁明する中、ようやく私は彼女が何か手荷物を抱えている事に気が付いた。
様子から考えて、恐らくあれは遠山キンジの為に作った晩御飯――チャリジャックが起こっただけこの弁当に毒が入っていないとは限らない。
室内の物に細工は不可能。
なら、ここは部屋へあげて一緒に食べさせるのがベストだろう。そうすれば、文句を言う事もないし、彼女が犯人かも確かめられる。
こういういい方は悪いが、この手のタイプは恋愛関係の逆恨みが怖い。
勝手に勘違いからと言うのもあり得る話だ。
出来る事なら、そう言う事には巻き込んでほしくはないのだが、無理な話であろう。
「なら、私がさい……さいて、採点を……」
机の上に置かれた夕食を摘まむ度に声が小さくなっていく。
そんなに不味かったかと思ったのだが、味に変わりはない。大丈夫そうだ。
「お口に合いませんでしたか?」
「今日から先生と呼ばせて下さい。料理、特に洋食関係で」
どうやら誤解は解けたようだが、何やら更におかしな方向に話が進んだものである・
料理なんて食べれれば問題ない世界で生きて来た。
むしろ、逆に教わりたい所だ。特に和食系は……待て。これは交渉材料になる。
「分かりました、では私からも和食について色々と教えて頂いてよろしいですか?」
これでギブアンドテイク
なんの問題もない。これならば貸し借りもないし、完璧だ。後は適当に相手を乗せて話を逸らせば……恐らく、遠山の事が好きなのだろう。
「学校に話が出来るような方もいませんし、仲よくして下さると助かります」
どうせ、殆んど任務で家にいないならここはアリアよりは信用出来る白雪に頼むべきだろう。それに、行動がアリアよりは読みやすい。
つまり、駒として動かしやすいわけだ。
情報収集も話の流れで行えるので容易い。まぁ、犯人候補を監視するという意味合いでもいいだろう。残りの神崎アリアとその他だが……泳がせてみるか。
そう言えば、星伽――国とつながりがある筈だよな?
「つかぬ事をお聞きしますが、立花ってご存知ですか?」
暗部を知っているならば、色々と不味い気がする。
聞いた意味が良く分からなかったらしい。
「繚乱さんでしたっけ、何度か稽古をつけて貰った事がありますけど――お知り合いなんですか? 交友関係はあまり広くないとおっしゃっていた気がするんですけど」
なるほど、剣術稽古か。
となれば、ある程度は距離を保ったお付き合いをしなければ、上の世代の人間になら勘付かれる可能性があると言う訳だ。面倒だが、仕方がない。ここでドジを踏む訳にはいかないのだ。最善を尽くさねばならない。
「よろしくお願いしますね。星伽さん」
破壊された扉をどう直し、神崎アリアを撃退するか
今後、星伽白雪とはどのような距離を保った付き合いをするか。
様々な事に頭を悩ませながらも私は満面の笑みで白雪と握手を交わすのだった。
ただ、何故か遠山キンジが怯えているのは何故だったのだろうか?
それだけが分からなかった。
時間をおいてしまったので文章がちょっと自信がありません
では、また次回