アリアを追い返して以後、遠山との間に何かあったらしいが私の日常にはなんら変化なし。
犯人も動きがなく、その静けさが逆に不気味だ。ただ、怪我が治るまでの間、動かないでくれていたのは好都合でもある。
項羽との戦闘の怪我も考えると、相手があのレベルの人間だった場合、良くて五分五分だ。最悪、死が待っている。怪我をしているからといって、手を抜くような敵はいない。
「雨ですか」
遠山がやったのか、部屋の時計がすべて進んでいる。
正確無比な体内時計と比べても十分程度のズレ。何の為にわざわざ時計を遅らせているのだろうか? そんな事をしても遅刻するだけな気もするがまぁ、気にすることもないか。
朝ごはんの用意もして、書置きも残している。
一応、書置きでしているので問題ないだろう。
本当なら、徒歩で行きたいところだがこの大げさな怪我だ。報告とあわせると、まだ普通に通うには早過ぎる。雨という事も考えると、やはりバスか。
「あれ? ファアナじゃないか。こんな時間に珍しいな」
「私がこの時間に登校するのがおかしいですか?」
確か、遠山とつるんでいる……えーっと、後藤? あぁ、武藤だ。確か、車輌科だった気がする。しかし、何故こうも絡んでくるのか謎だ。
それにしても、今日のバス停は人が少ない。
雨と言うこともあり、バスを使う人間も多いはずだがまるでこの場所を避けているかのように人が少ないのだ。何故、武藤しかいない。変に気を使ったのだろうか?
「おかしくはないんだが、ほら授業にもあまり顔出さないだろ?」
「通常授業の単位は既に修得してますから問題ありません。それより、バスはこんなに人が少ないものなのですか?」
「いや、いつもなら人がもっと並んでるんだが……」
人がいる場所のはずに人がいない。
何者かが何らかの目的で人払いをしている? だとしたら、何の目的で?
そんな事を考えていると、背後から鈴の音が聞こえてくる。
感覚で分かる。この気配はやばいと言うことが……だが、心当たりが全くない。
ただ、バスを待つように二人しかいない列の後ろに並ぶ。何もするつもりはないのだろうか? いや、そもそもここは武偵校に通う人間が使うバスだ。それ以外の人間が並べば、怪しまれて当然。なのに、何故誰も怪しまない。
幻術? 催眠? 超能力って奴だとすれば、相当厄介な相手に目をつけられた事になる。
ここは黙っているべきだろうか。武藤がいる手前、下手な行動は難しい。
そんな事をしていると、バスが到着する。その混んだバスに乗り込むのだが、その背後にいる何者かも完全に着いて来ている。なんで、誰もその事について何も言わないのか。
私以外、全員が認識出来ていないという事か?
「やれやれ、気付いておるのだろう?」
「何が目的ですか? 他の人間を巻き込むことはないでしょう?」
「逃げられてもあれじゃからのう。どれ程の器を持っておるのか見極めとう思って、こうして山奥から出てきたのじゃが迷惑じゃったか?」
迷惑なんてものではない。
これだけ人目がある場所だ。なるべく、裏の顔を知られない為に仮面を被ろうと努力しているのだが、それが全て無駄になってしまう。
しかも、この走る密室。どうすればいい。
「誰の差し金です? イ・ウー?」
「あんな奴らと一緒にして貰いたくはないのう。そもそも、我が何故、人間如きに技術を教えなければならぬ? ただでさえ、人外が人間として生きることに対して思うところがあるのだぞ?」
イ・ウー以外?
ならば、可能性は数日前のあの組織? いや、だがそれはない。あの組織は人間が基本だったはずだ。なら、一体どこの組織だ?
だが、そんなのを考えている余裕はなかった。
『このバスには爆弾がしかけられていやがります』
「やれやれ、イ・ウーかのう? あやつら、我の領地で暴れまわりおって……挨拶の一つもないとはどうなっても良いということかのう?」
挨拶? 関東一帯を治めているということか?
だが、関東一帯は公安の力が強い。公安以外にこの一帯を治める組織? ヤクザ? だが、その可能性はきわめて低いはずだ。マークされていない筈がない。
在野の化物か? 公安のマークすらされていないような……。
爆弾魔に加え、この何者かも相手にしなければならないとは最悪である。思わず、地が出てしまいそうだ。だが、まずはこの混乱の収拾だろう。
「落ち着きなさい! まずは、状況を整理しましょう」
慌てふためく生徒達を一喝する。
ここで取り乱せば、犯人の思う壺だ。それにこれはチャンスでもある。絶対に犯人はこちらを監視しているはずだ。ならば、それを逆に利用する事が出来る。武偵殺しが本当は殺せないとすれば、それは弱さだ。
「それから、爆弾を仕掛けるとすれば中ではなく外です。探すだけ無駄ですよ。それより、いつからその電話はすり替わっていましたか?」
重要なのは電話がすり替わっていた事だ。
まぁ、素人に毛が生えた程度だがスリ如き見抜ける筈だ。つまり、注意の外にいた人間の行いになる。ならば、考えられるのは同じ生徒くらいか。
「その……今朝、かばんに入れた時は……」
確定だ。
家からバス停までだろう。この中に犯人が乗っている可能性はきわめて低い。
ならば、理由だ。バスに仕掛けた理由。一回目は自転車だ。
このバスには遠山キンジは乗っていない。いや、逆か?
チャリジャックは遠山と神埼を引き合わせた。これはそれの続きだとすれば、なるほど。その線で考えるなら、遠山に絞った理由は学生の中でそれなりに遠山を知っている人間になる。つまり、二年と三年の内の誰か。
そして、捜査資料を改竄できるのはその中で探偵か鑑識。
だとすれば、あとは確かめるしかないだろう。
「もしもし、中空知さん? 今、大丈夫ですか?」
『ただいま、バスジャックの件で手が放せない状況です。何かありましたか? 教務科が探していましたが、姿が見えないようなので……」
なるほど、支援要請か。
だが、こちらはそのバスジャックの最中だ。手の貸しようがない。
そう言えば、完全に忘れていたがストーカーをどうするか。
まぁ、一つ一つ片付けていくべきだろう。
「バスジャックの犯人が絞れました。探偵科と鑑識科の二年。それで今学校にいない人間を絞って下さい。その中に犯人がいる筈です。一応、言っておきますが私はそのバスに乗っていますので」
『なるほど。二年――分かりました。少し、当たって見ます。通信はこのまま繋いだ状態にしていてください』
時間が経てば犯人が分かるだろう。
あとはこれで煽ればどうにでもなる。ここからさきは口での勝負だ。
恐らく、犯人も監視している状況で動揺しているだろう。
「俺達の中に犯人がいるってどういうことだよ!」
まぁ、自分達の仲間に犯人がいると言われて怒らない訳がないか。
だが、現実にその可能性がある以上、一番最初にそれを捨てるべきではない。その行いこそが愚かな行為だ。背後から刺されないとは限らない。どれだけ、生温い環境で育ったのか。戦場だと、裏切りなど常なのに――
「そうですね。それ以外に考えられません。それに犯人も動揺している筈ですよ。そろそろ、何らかの接触をとってくると思います。ほら」
ボーカロイドの機械音が消え、通話に変わる。
「こんにちわ。始めましてと言うべきですか? 武偵殺しさん」
『お前、一体何者でいやがります』
切断する。
会話は必要ない。機械にかけてごまかしているようだが、大体の場所は特定できた。
後はここから脱出すれば終わり。サクッと仕事を片付けますか。
「さて、どうしましょうか……って、流石に策を打ってきましたか」
相手はこちらを殺すつもりだろう。
正体がばれたのだ。消されると踏んだのかもしれない。だが、その程度で殺せるほど甘くはない。爆破すると言う選択肢を選べない時点で甘過ぎる。
「やれやれ、防弾ガラス仕様にするのが当然でしょう」
左右からのマイクロウージーによる乱射でガラスが飛び散る。
まぁ、ガラスが防弾仕様だった場合、割るのに手間取るのでアレだっただけに好都合だ。
しかし、これは警備体制の見直しなど色々と問題がありそうだ。
「それで、アンタはどうするんだ? ストーカー野郎」
「酷い言い様じゃな……」
おいおい、ここで殺し合うつもりかよ。
振り向くとそこには日本刀を抜いた着物姿の女がいた。ただ、人間ではない。
頭に角がある。明らかに人ではない。鬼だ。
「丁度良い。その力で何が出来るか見定めさせて貰うとしよう」
「おいおい……」
周りにいる人間の視線を考えると、本気を出すわけには行かない。
逃げるにも……いや、一つだけ手があるか。右胸にはアンカーガンがある。アレを使えば、街灯か信号を利用して脱出できる。
今はそれに賭けるしかないか。
ナイフで日本刀を反らしながら、ゆっくりと後退して行く。
だが、何かがおかしい。何故、誰も反応しない。この状況に……。
「ほう、気付きおったか」
気付いた? と言う事はこれは幻覚?
だが、引っかかる。これほどの幻覚を用いれる超能力が存在するのだろうか?
念のため、唇を噛み切るが痛みは本物。紛れもない現実だ。それ以外の何物でもない。
「有り得ないなんて有り得ないか……だが、そんなバケモンに喧嘩売った覚えはないぞ」
「そちにはないかもしれんが、我にはあるのでな。お主と戦う理由がな」
この幻覚に囚われている限り、俺の敗北だ。
となると、まずはこの世界から抜け出さなければならない。しかし、方法が思いつかないのが現状だ。痛みも本物であるなら、自分を傷つけるのは愚作。
ここでの死が何を意味するのか分からない以上、自殺と言う考えも危険だ。
外部である武藤達におこされる可能性に賭けるにしても、現実と此方の時間の流れがどうなっているのか分からない状態でそれは高望みと言える。
やはり、この鬼を倒すしかないのか?
「随分と厄介な相手に目を着けられてしまったみたいだな……桃太郎じゃあるまいし、鬼退治かよ」
「やれやれ、鬼を退治するのは桃太郎だけじゃないぞ。それに、魔物を退治するのは常に人じゃ。人を食らうのもまた、魔物じゃがな」
確かに間違いではない。
いつの世も化物を殺すのは人だ。魔物を殺すのも人、英雄を殺すのも人。
しかし、先程から古臭い喋り方だ。いやまて、そもそもこいつは一体、何歳だ? 鬼であるのだから、人と同じ尺で考えていい筈がない。
まぁ、それ以前に規格外な能力を相手にどうするかの手がない。
カテゴリー上は確実に魔女であり、世界でも五本指と言うより、人と言う括りでない以上は国一つを一人でどうにか出来るレベルという事も有り得る。
そもそも、これを超能力と同義と考えて良いのかも疑い深い。
周りの風景がバスから何もない平野に変わる。
武器も日本刀から大太刀だ。恐らく、これが本来の武器なのだろう。
幻術という事がばれた以上は本気で行くと言う心構えな訳か。
「まずは名乗るべきじゃな。平将門候が娘、五月姫じゃ。いや、滝夜叉姫と名乗った方がお主らにはわかりやすいかも知れんな」
「おいおい、どんだけ生きてきた化物だよ……」
「女子に年の事は禁句であろう? いつの世でも」
「こっちも名乗るべきか? フローレアが末端。クロエ=フローレアだ。記憶しないで構わない。どうせすぐに忘れる名前だ」
本名を名乗ったのは礼儀に則ったに過ぎない。別段、名前に意味はない。
フローレアは弱さにならないからだ。身内は既に一人。あの母親が簡単に死ぬようなたまではないのはよく理解している。
千年前の化物と血を啜り続けてきた殺しの集大成とも言える一族の最後の一人。
ネームバリューを考えると、前者の方が遥かに上。だが、それでは勝負は決まらない。
「来いよ。化物」
ナイフを逆手に持ち替える。
そして、唇を軽く舐めると息を止めて一気に駆け出した。