緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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剣士として

 相手は格上。剣士としても魔女としても。

 まずは相手の出方を伺おう。相手を知らな過ぎる。

 そう考えていたのだが、そんな考えは瞬時に消える。

 

「どうした。魔女の分際で人間の小童にも劣るのか貴様は」

 

「何が言いたい」

 

 数度の剣と刀のぶつかり合い。その力の差に逃げに徹していた際に瀧夜叉姫はそう呟いた。

 その眼は私を見下している眼ではない。憐れんでいる眼だ。

 魔女としての力が劣る私を。

 

「その程度で魔女を名乗り、英雄の名を冠するか。その名は随分と汝の身には重かろう」

 

「黙れ! それは私の先祖への侮辱だぞ」

 

「事実であろう。名刀も腕がなければ鈍よ」

 

 その言葉と共にデュランダルが宙を舞う。弾き飛ばされたのだ。力任せに。

 そして、その瞬間に理解してしまった。力量不足とかそんな生易しい差ではない。私と瀧夜叉姫の間に存在する歴然たる差はどうあっても覆せるものではないという事を。

 こんな化物を相手に項羽は引き分けたというのか。アイツ、どれだけ化物なんだ。

 それは娶る男も見つからないわけだと関係ない事に納得しながらも、次の一手を……。

 

「なるほど。どうやら、随分とお利口さんらしい。今も生き延びる事を最優先で考えておる」

 

 銀色の髪が舞う。紙一重で振り下ろされた太刀を避けた。

 分が悪い。おそらく、繁華街。人の多い場所まで逃げれば追ってはこないだろう。戦力的に判断しても、ここは生き延びる事を最優先に……。

 だが、逃げるにしろデュランダルを回収しなければどうしようもない。

 これまでの攻撃を考えるに一撃を躱せれば、二撃目が来るまでに射程外へと逃げられる。

 そして、その作戦通り一撃目をデュランダルの鞘で受け、斬撃を逸らすと横を通り抜けようとするのだが、後ろへと引っ張られそのまま地面へと叩き付けられる。

 抜け切る瞬間に、首を掴まれたのだ。

 だが、こちらもそれくらいは想定の範囲内だ。

 

「なるほど。氷の魔女か。見事に片腕が凍っておるの。じゃが、つまらんのう。項羽もあの男もお主のような負けない戦いなどしてはおらんかったぞ」

 

 そう冷淡な口調で告げると私の凍り付かせた片腕で私の胴を殴りつける。

 肋骨が軋む。息が出来ない。地面を転がっていく。

 しかし、唯一の救いはデュランダルの飛ばされた方角に飛ばされた事だろう。

 

「剣士として終わっておる。貴様の剣には殺気が籠っていない。軽過ぎる」

 

 太刀がのど元へと突きつけられる。

 反応できなかった。手を伸ばせば、デュランダルをつかむ事は出来た。

 だが、その一瞬の判断を恐怖から鈍らせてしまった。ただ、その一睨みによって。

 戦う以前に同じ舞台にすら立てていないのだ。

 

「その剣が泣いておるぞ。汝のような軟弱なモノが担い手で」

 

 返す言葉もない。

 デュランダルはその名の通り、名刀だ。

 瀧夜叉姫の使っているのは名も無き無名の太刀。

 その武器を自在に操り、魔女としての力を見せる事無く、ここまで追い込まれている。

 一太刀も浴びせられる事無く。

 

「黙れ! 私だって必死に!」

 

「必死に逃げようとしておるだけじゃろ。我から。何故に戦おうとせん」

 

 それは私は私の未熟さを知っているからだ。

 だからこそ、強者に勝つ為には策を張り巡らせ頭を使う。そうして、足りないものを埋めるのだ。

 それの何が間違っている。それが私の戦い方だ!

 

「私は策士だ。その戦い方の何が間違っている」

 

「笑止。策士ならそもそも戦場などにのこのこと現れるでないわ」

 

 その言葉に項羽に一度だけ稽古という名のしごきを受けた時の事を思い出す。

 あの時も私はアイツに手も足も出なかった。アイツは練習用の竹槍。私はデュランダルを用いたのにだ。

 当時、私が負けたのは真正面から戦いを挑んだからだと思っていた。

 項羽もそう言っていたからだ。策士であるならどうして真正面から挑んでくるんだ、と。

 周りにあるものすべてをどうして利用して来ないのか、と。

 私はイ・ウーの中でも弱者だ。それを知っている。

 だから、それを補う為に知略を巡らせることにした。

 

『もしも、剣士でありたいなら策士である事を辞めろ。策士でありたいなら、剣士であることを辞めろ。どちらも選ぶつもりなら、強くなれ。お前はまだ弱い。未熟だ』

 

 槍を突きつけられ言われた言葉は今も私の中に突き刺さっている。

 何が足らないのだろう。剣士としての私には。

 その答えをいまだに見いだせない。そして、いまだに〝どちらも”捨てきれない。

 

「超能力なぞ道具の一つに過ぎん。だからこそ、切り時が重要じゃ。それは認めよう。じゃが、お前さんはそれを生かし切れておらん。瞬時に我に勝てんと見た観察眼は良い。だが、それでは強うはなれん」

 

 瀧夜叉姫は太刀を私から引くと、目でデュランダルを握れと指示してくる。

 私の負けだ。なのに、これ以上一体何をさせるつもりなのだろうか。

 

「この世界、強者ばかりぞ。その中で逃げる事を覚えてしまえば確かに楽かもしれん。じゃが、上は目指せん。戦いは技量、手札で決まるものではない。そうであるなら、これほどつまらんものはなかろう」

 

「何が言いたい」

 

 私は確かに弱い。だが、逃げているつもりはない。

 これまでも多くの任務を成功させてきた。その実績がある、

 それら全てを否定されるいわれはない。こんな私にも意地はある。

 

「そう、その目じゃよ。どうしてそれをせん」

 

 何故か、睨まれているのにもかかわらず嬉しそうな反応をする。

 そして、瀧夜叉姫はゆっくりと太刀の構えを変えると切っ先を私に向けてくる。

 

「殺気も刀と同じぞ。研がねば鈍。磨かねば錆。心技一体。その上で初めて剣は我が一部とならん」

 

「なるほど。そういう事だったのか。これでは項羽があれ以降、稽古してくれないわけだ。奴にあって私になかったもの――剣技以前に心か。…………何故、それを私に教える。瀧夜叉姫」

 

「知りたくば、本気を見せてみよ。僅かでも我に届くかもしれんぞ」

 

 よくは分からないが、遊ばれているわけではなさそうである。

 確かに奴はどんな相手にも勝利してきた。だから、強いと思ってきた。

 だが、本当はそうではなかった。奴は最終的に勝ち続けてきただけなのア。

 項羽が強いのは血筋でも技量でもない。どこまでも貪欲なまでに勝利に飢えているからだ。

 だからこそ、槍が重い。だからこそ、研ぎ澄まされた太刀筋。

 策士に逃げた私が勝てる相手ではなかった。だから、次はもう一度挑もう。剣士として。

 

 

「悪いんだが、その辺りにしてくれないか」

 

 粉塵が舞い、その中から声が聞こえてくる。この声は……どうして。電話では助けるつもりはないと言っていたのに。どうして、この場に項羽がいる!

 

「項羽か。興を削ぐでないわ。ようやく、互いに本気を出せるというのに」

 

「流石にジャンヌにはアンタの相手は荷が重い。だから……」

 

「勝手に決めつけるな。瀧夜叉姫は私に勝負を挑んだ。お前ではない。邪魔するな!」

 

「いや、意地になるのは分かるがお前らしくないぞ。どうして、この勝負に拘る?」

 

 私らしくないか。確かにそうかもしれない。

 だが、それは私が剣士としてあろうとしている証でもある。

 策士としてではない。ジャンヌダルクの末裔として。デュランダルの担い手として恥ずかしくないように。

 

「忘れた物を取り戻すためだ。私は気付かぬ内に捨て去ってしまっていた剣士としての誇りを取り戻すために逃げるわけにはいかないんだ。だから、邪魔をしてくれるな」

 

 私の言葉に少しだけ考え込むと、何やら嬉しげに小さく頷いて見せる。

 

「分かった。そこまで言うなら、止めはしない。だが、死ぬなよ。稽古相手がいなくなるのはつまらんからな」

 

 その言葉は私を剣士として認めたに等しい言葉。

 私はデュランダルをしっかりと握ると大きく息を吸い込んだ。

 今なら目の前の相手の技量がはっきりとわかる。自分の技量の未熟さもだ。

 空気が震える。体中の穴から嫌な汗が噴き出してくる。

 見えていなかったものが見えるとはこういう事なのか。これが項羽の見ていた世界なのか。

 まるで時間が止まってしまったかのようにも思えてしまう。

 それ程までに私の集中力は研ぎ澄まされていた。

 相手の一挙一動を見逃さない。先手必勝で勝てる相手ではないのだから、私は私の戦い方を貫く。

 

「いざ、尋常に」

 

 瀧夜叉姫が駆け出す。

 それに合わせて、息を吐き出すと雄叫びを上げる。

 何故だろう。先程のような剣圧を感じない。これなら、押し返せる。手を抜かれているようには思えない。

 私がこんな一瞬の内に強くなるわけもない。

 その答えはすぐにもたらされた。

 

「なんじゃ、やるではないか。なぜ、最初からそれをせん。基本中の基本じゃろうに」

 

 簡単な問題だったのだ。

 私は常に次の一手を考えるからこそ、どうしても受ける際の重心が疎かになっていた。

 だから、相手の剣圧を余計に受けていたのだ。今はそれを上手く制御しているだけである。

 だが、それだけでもここまで違うのだ。

 これならばやれる。勝てる。そんな気持ちが頭の中に過ぎり始めていた。

 

「これなら、我も少しばかり本気を出せよう。じゃから、壊れるなよ。小童」

 

 何かが来る。それを感じ取り、一太刀目を直感で受け止める。

 先程より重い一撃だが、それだけだ。何という事はない。そう思った瞬間、身体が横に吹き飛んだ。

 受け止めた筈なのに横から二太刀目が来たのだ。

 身体が悲鳴を上げる。しかし、まだ致命傷には至っていない。

 そこで気付いた。この剣筋は一の太刀も二の太刀も必殺の一撃ではない事に。

 という事は、三の太刀が存在していることを意味している。

 痛みはこない。

 なんとか、間に合ったらしい。左手の手首に自身の氷を纏わせ、三の太刀を受け止めたのだ。

 当然、衝撃を逃がせないのだから左手には激痛が走る。だが、受け切ったのだ。

 

「次は私の番だ」

 

 私は右手に握るデュランダルで切り上げる。

 両手剣を片手で扱うなど無理があるのは百も承知だ。

 だが、今は左手が死んでいる。すぐに回復するめどはない。

 ならば、ここは無理をしてでも一撃を入れに行くべきだと判断した。

 当然、瀧夜叉姫もそれを理解している。だからこそ、片手でその剣を簡単にいなされてしまう。

 

「私の番? いや、ここが終着点じゃ」

 

 目の前に太刀が迫る。

 もう左手は動かない。受けるとしたら右腕一本。確実に押し負ける。

 だが、それでいいのだろうか。私にも意地がある。

 驚愕の表情を浮かべたのは瀧夜叉姫の方だった。

 確かに左手はもう動かない。だが、デュランダルに氷を用いて固定する事は出来る。

 太刀は折れる。当然だ。デュランダルにそこらの刀が勝る筈がない。

 

「これは一本取られたね。見事なりや」

 

 すなわち、それは私が勝ったという事。

 瀧夜叉姫を相手に見事勝利した。その喜びに打ちひしがれようとしていると、身体が宙を舞う。

 分からなかった。何があったのか。

 勝ったのは私の筈。なのに、どうして……。

 

「じゃが、詰めが甘い。まだまだ未熟ぞ。折れたところで十分に武器になる。そして、折れた刃はよく刺さる」

 

 瀧夜叉姫がそう告げたのを耳にする。それを最後に私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「どうして、二の太刀要らずを使わなかった?」

 

「必殺は相手を必ず葬るからこその必殺じゃ。小娘如きに使うものでもあるまいて。何より、一度破られた以上は改良の余地ありとな。よもや、人の身でただその剣の腕だけで破られるとは思わんかったがな」

 

 二の太刀要らずを一度、受けた以上は必殺の一撃である事は知っていた。

 しかし、あの技はその名前の通り、この私の腕をもってしても躱しきれなかった。それを返せる人間がいるとは実に興味深い。いや、興味どころではない。仕合たいというべきだろう。

 

「しかし、最近の者どもは考え違い甚だしい。英雄になるか否かは己の決める事ではない。他人が勝手に決める事じゃ。怪物も英雄も所詮は同じ穴の貉。紙一重よ」

 

 確かにその通りかもしれない。

 力に善悪が存在しない以上、それをどうやって扱うか。その違いだ。

 だからこそ、超能力如きで実際の戦闘は左右されない事を知っている。

 何故なら、いつだって英雄を殺すのはただの人なのだ。

 

「確かにな。ところで、貴様ここまで動いたのは何故だ」

 

「何故と聞くか。まぁ、覇王。お前も気付いておろう。風向きが変わる。荒れるぞ」

 

 それは肌で感じ取っていた。

 中華街で交戦した特殊部隊。公安0課。姿見せぬ穴倉の連中。

 多くの者たちがそれを感じ取り、準備を始めている。つまるところ、今回の行動は敵情視察といった所か。

 瀧夜叉姫はこれまでの闘争には一度も参加しなかったと記憶している。

 色々と状況が動いているという事か。

 

「それに面白い奴に会っての。そうじゃ、お前さんに少々調べて貰いたいんじゃが」

 

「残念ながら、諜報は私の得意分野ではないのでな。山の翁にでも頼んでくれ」

 

「あの暗殺者か。確か、奴も東京武偵校におった筈よのう。丁度良いか。クロエ=フローレアについて奴なら何か知っておろう。確か、今は一里塚と名乗っておったか?」

 

 フローレア。白銀の狼の異名を持つ暗殺者の一族。

 だが、十数年前の暗殺を最後に裏の世界でもその名を聞くことはなくなったという。

 完全消え去った一族と思っていたが、これはやはり一度東京武偵校に編入してみても面白いかもしれない。

 まぁ、こちらの仕事が全部片付くことはないだけに無理だろうが。

 

「しかし、山の翁か。あれもあれで難儀なモノよの。アサシンの語源にもなったにも関わらず、衰退の一途を辿っておる。まぁ、暗殺の手段の移り変わりに付いていけなかった以上、淘汰されるのは仕方なしか」

 

 山の翁の一族は古来から暗殺に特化した技術をその身に刻み込んできた。

 だが、それも今は昔の話だ。よく言えば、万能型。悪く言えば器用貧乏。

 毒を取れば夾竹桃に後れを取り、変装では峰理子に。イ・ウーの中でも全てにおいて他者に秀でた物がないという変わり種だ。否、だからこそ奴は強いのだろうが。

 ただ、奴の悪いところは戦闘時と通常時の態度が違いすぎるところだ。軽く二重人格染みている。

 

「今回は見逃そう。じゃが、次はないと思えとな。それから、どうやら夾竹桃とやらは負けたようじゃな」

 

「そうか。あぁ、敗者が長く生き残れるほど甘い世界じゃない。アレは毒に頼り過ぎていつか足元を掬われると教えてやったのだがな。才能以前に体力が無さ過ぎる」

 

 おそらく、夾竹桃が負けたとなれば奴の慢心を突いたのだろう。

 それを瀧夜叉姫も分かっているらしく、少しばかり呆れた表情を浮かべながら闇の中へと姿を消した。

 そして、瀧夜叉姫が消えて数分後、ジャンヌが目を覚ます。

 

「私は……生きているのか?」

 

「死んでいるなら、約束通りお前の写真を世界中に公開するが」

 

「貴様! 私を社会的に抹殺するつもりか! ……私は負けたのか」

 

「完膚なきまでにな。だが、いい顔をしてるじゃないか」

 

 ジャンヌの顔は敗者に似合わぬ嬉しそうな顔だ。

 まぁ、当然と言えば当然か。

 足りないものが見えてきたのだ。何より、まだ先を目指す事が出来る。

 ジャンヌはようやくスタートラインに立てたのだ。これで少しは私の練習相手になるだろう。

 

「だといいがな。しかし、心の持ちようでこうも違うものなのか」

 

「当然だろう。逃げ腰では見えぬものもある。要は心の持ちようだ」

 

「技術など、死合では関係ない。心こそが重要、か。お前らしい答えだよ」

 

 貪欲なまでに勝利に餓えていない。それは一度目の戦いで知っていた。

 こいつの戦いはいつだって計算だ。それは逃げでしかない。コインを投げなければ、表か裏か分からない。

 重要なのは投げる事なのだ、投げなければ、答えは出てこない。

 策とは確かにはまれば強い。だが、最大限にコインを投げる事から逃げている。

 いつだって、思惑通りにはいかない。それは頭脳でも技能でもない。相手の覚悟によるものだ。

 その差を知れたのなら、良い勉強にはなったのだろう。

 

「奴から伝言だ。クロエ=フローレアについて調べてほしいだそうだ」

 

「クロエ=フローレア? 確か、お前に前に渡した資料にあった筈だが」

 

「いや、あれは女だったぞ? クロエ=フローレアは男だろう?」

 

「あぁ。だが、クロエ=フローレアは女装しているぞ。銀髪のたいそう美しい御仁らしい」

 

 その言葉にこの前、共闘した銀髪の女の顔が頭を過ぎった。

 確かに公安の犬であり、歳も近い。技量としても申し分ないモノを持っていた。

 しかし、そうなると何故フローレアが公安につながれていたのかという事になる。

 これは数か月前のあの事件について少しばかり調べる必要があるかもしれない。

 

「なるほどな。少し、用事を思い出した」

 

 私は後ろで喚くジャンヌを無視し、ある場所を目指して移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分前

 

『媚薬よ。強すぎて体に毒だけど』

 

「やれやれ、言ったとおりになりましたか。まぁ、お蔭で動きやすくはありますが」

 

 照準を夾竹桃のスカートから除くわずかな素肌に定めると、無言で引き鉄を引く。

 そして、音もなくVSSから発射された銃弾が着弾し、貫通銃創を作ったのを確認すると即座にもう一方の足へと向けて照準を合わせる。

 相手からすれば音もなく狙撃されたのだ。恐怖以外の何物でもないだろう。

 しかも、武偵にあるまじき致命傷を与えたのだ。予想外以外の何物でもない。

 

「これで夾竹桃の足は潰れた。一応、腕も潰しておきたいところですが、まずは姿を見せましょうか」

 

 狙撃地点から距離にして四百。中距離狙撃だ。

 狙撃科ではないものの、この程度の狙撃ならば精密射撃は容易にできる。

 しかし、あれだけ色々と忠告していたのにもかかわらず、真正面から挑んだのか。

 まぁ、あのメンツだ。遠距離から狙撃を行える人材もいなければ、それだけの度胸を持った人間もいなかった。

 地面へと着地すると素早く銃弾を交換する。

 おそらく、夾竹桃の服は防弾繊維。ならば、それ用に開発された軍事用の特殊弾を用いる必要がある。

 どれだけ防弾繊維が発達しようが、必ずそれを突破する銃弾が開発されるのが常だ。それだけの需要がある。

 だからこそ、思う。本当に必要なものをそれによって鈍らせる意味があるのか、と。

 

「チェックメイトです。暗殺向きの毒使いが直接戦闘を挑むとは愚の骨頂ですね」

 

 倒れ伏せる夾竹桃を見下ろしながら、そう告げる。

 どうやら、大きな血管を傷付けたらしい。早く応急処置しなければ、最悪失血姓ショックで死ぬ。良くて両足を二度と使えなくなるだろう。まぁ、毒使いとしては終わったようなものだ。

 

「せん……ぱい……」

 

「興奮剤でも打たれましたか。これでも飲んでおきなさい。少しは楽になる筈です」

 

 ポケットから錠剤を取り出すとそれを火野ライカへと投げ渡す。

 その一瞬、わずかに夾竹桃が動いたのを見逃さなかった。

 振り返ると容赦なく、左肩を狙い撃つ。防弾繊維を突破し、その銃弾は肩の骨を砕く。

 

「私は彼女たちほど甘くはありませんよ」

 

 左肩を粉砕。両足は動かない。

 死に体も同然だ。逃げ場はないどころか、自決すらも許さない。

 これで夾竹桃の確保は出来たのだが、どうする。どうやって、これを引き渡す。

 

「貴女……何者……」

 

「毒で痛みを和らげられないですもんね。まぁ、自業自得でしょう」

 

「私はお前に名前を聞いているのよ!」

 

 名前を聞いて後で復讐でもするつもりなのだろうか?

 しかし、負け犬に教える名前はない。名前を記憶する価値すらない。

 敗者は等しく泥塗れで死に絶える。それがこの世界の常だからだ。どんなに栄光があろうが。

 

「答える義理はない。それより、貴女には二つの選択肢があります。敗北を認め、私に従うか。それとも、ここで死を選ぶか。首を縦に振るか、横に振るかで答えなさい。それ以外の事をしたら、次は右肩を撃ち抜くわよ」

 

 いくらイ・ウーの毒使いと言えども、まだ子供だ。

 どうやら、死は恐ろしいらしい。唇を噛み、悔しげな表情を浮かべると首を縦に振った。

 苦渋の決断なのだろう。だが、お蔭で簡単に事が進む。

 負けを認めた以上はVSSで狙いを定める意味はない。銃を肩にかけると、夾竹桃の両足の止血を開始する。

 

「これで止血は完了ですね。銃弾も残っていないので大丈夫でしょう。後は本業の方に任せるとして……そろそろ、出てきて頂けますか? コレが目的なのでしょう?」

 

「先輩、何言って!!」

 

 火野ライカもどうやら、相手のヤバさに気付いたらしい。

 撫子が寄越した引き渡し相手がまさか――四季星遊真とは驚きだ。

 確かに今は立花繚乱が日本にいないとはいえ、公安がこんな大物が滞在しているのを見逃すものか。

 いや、どうせ奴らの事だ。大使館辺りに手を回しているのだろう。治外法権を上手く利用して……。

 

「相変わらず、手際が良いものです。今回は別段、戦闘の意思はありません。夾竹桃の回収が私の仕事ですので」

 

「そう言って貰えるとありがたいですね。流石に、私も貴女とはやりたくない。命がいくらあっても足りませんからね。欲しいものは引き渡したんです。さっさと引いてもらえませんか?」

 

 降参とばかりに両手を上げるも、火野ライカは何かを言いたげだ。

 分かっている。言いたいことは。

 ここで夾竹桃を失えば間宮ののかを掬う手立てはなくなるからだ。

 だが、同時に目の前の相手をどうすることもできないという事も知っている。

 敵に回せば即座に切り捨てられる。それだけの力量差がある。

 きっと、自分の弱さを嘆いている事だろう。しかし、またそれも成長だ。

 

「今からいう事をメモしなさい。それがあの子に打った毒の解毒剤の作成手順よ」

 

 解毒剤の作成方法を口伝されると、すぐに四季星遊馬に連れられて夾竹桃は姿を消した。

 残されたのは私と火野ライカだけだ。

 

「行っちゃいましたね。あぁ、怖かった。本当に寿命が縮んじゃいましたよ。十年ほど」

 

「…………クソ! 夾竹桃を逮捕できなかったどころか、手も足も出なかった!」

 

「まぁ、生きているんですからいいでしょう。次がありますよ。死ぬ気で頑張るっていうのは生きている人間だから出来る事です。なら、せいぜい足掻き続けてみればいいんじゃないですかね」

 

 足掻き続けてもおそらく火野ライカは四季星までは届かない。

 あの強さは異常だ。常軌を逸脱している。

 失って得た強さ。失わないために得た力。いつの間にか手に入れていた力。

 力を得る手段にも様々ある。恐らく、そのどれでもあり、どれでもないのだろう。彼女の力は。

 

「それでは、私はそろそろ帰りますね。明日も早いですし、おやすみなさい」

 

 後は一年に任せても大丈夫だろう。

 夾竹桃は掻っ攫われたが、目的の解毒剤の作製方法は手に入れた。妥協点だ。

 博愛が解毒剤の作製方法が届くまでに治療を終わらせられるかは分からないが、これで死ぬことはなくなった。

 誰も死なないというのはいいことだ。それはとても、幸運な事だから。

 ただ、引っかかるのは夾竹桃の行動だ。何故、湾岸部を目指したのか。

 あのまま街中で戦っていた方が、毒の事もある。市民への被害を考え、迂闊には手を出せなかった筈なのだ。

 峰理子と言い、夾竹桃と言い甘すぎやしないだろうか。弱すぎやしないだろうか。

 一芸特化とはいえ、あれではあまりにお粗末すぎる。

 ただ、いくら考えても答えが出ない事だけに気にせず、床に就こうと思い壁に寄りかかって眠ろうとするのだが、その瞬間に携帯の着信音が鳴り響く。

 一体、何だというのだろう。非常に機嫌が悪い。

 だが、かけてきた相手が相手だけに無視できなかった。

 そこにあったのは中空地。通信科の中空地からの深夜の電話。嫌な予感がしない筈がなかった。




ジャンヌがまるで別人のようになってしまった気がします。
今年も気まぐれ更新ですが、よろしくお願いします
このままゆったりとやっていくか、話を巻いていくか悩み中
アリア達が全く話に絡んできていないので
恐らく、次で一巻の話は閉めるつもりです。
そろそろ、公安の方も動かしたいですから
感想とかもらえると嬉しいです
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