緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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壊れ始める平穏

「脇が甘い。それから、どこ見ているんです?」

 

「す、すいません」

 

 夾竹桃の事件は夾竹桃の死亡と言う形で幕を下ろした。

 あくまでも死亡扱いなのだろう。現状の身柄は穴倉にある筈だ。

 恐らく、その体面を考えての処置なの筈だ。まぁ、解毒剤の情報を手に入れるより先に間宮ののかは解毒されており、根底にあった問題は解決している。

 武偵殺しの方も逃げられたらしいが、つかの間の平穏は手に入った。

 ただ、つかの間の平穏と言っても武偵高自体は慌ただしい。

 アドシアードという行事があるらしく、学校は忙しなく動いている。

 こうして、戦姉妹である一里塚と夾竹桃の事件後、稽古を付けて欲しいと願い出た火野ライカの訓練をしているのである。ただ、戦姉妹の一里塚は現在は仕事でここには姿はないのだが。

 それにしても、暇だ。アドシアードには関係がない。

 強襲科や狙撃と言った花形がメインだ。通信科にはお鉢が回って来ない。

 

「そう言えば、CQCの部門で先輩の名前を見た気がするんですけど、先輩もアドシアード出るんですか?」

 

 適当に読書をしながら、気配だけで火野ライカの攻撃を避けていたのだが、その発言に一瞬だけ固まってしまう。

 当然だ。そんな話、こちらには来ていない。

 申請してすらいないのに一体誰が……まぁ、考えても仕方がない。出る出ないの決定権は私にあるのだ。

 固まった一瞬の隙を突こうとした火野ライカの手を掴むと、そのまま地面へと組み伏せる。

 そして、関節技に移行し、捕縛。今日の体術の訓練はここまででいいだろう。

 

「それなりにいい動きはするようになりました。ただ、詰めが甘いです」

 

「いや、先輩が無茶苦茶過ぎるだけな気が……。それで、次はいつも通りの銃を使った訓練ですよね」

 

 関節技を解くと火野ライカはそう言いながら立ち上がった。

 それなりに負担はかかっていたらしく、調子を確かめるように腕を回すが壊しには行っていない。違和感が残っている程度だろう。訓練用に用意したワルサーP99。だが、ペイントボールを打つ為の競技用だ。

 本当ならば、銃器というものの怖さを知る上でもゴム弾での訓練がいいのだが、そこまでの物を求めても仕方がない。所詮は武装探偵。公安や組織犯罪を相手にするような場面は少ないだろう。

 

「ええ、いつも通り私はペイント弾を使用します。ルールは私が貴方に銃弾を叩き込むより先に私を組み伏せれば貴方の勝ちです。使用可能武器はナイフだけでいいでしょう。流石に銃器を許可すると色々と面倒なので」

 

「でも、最初の時に一里塚とやってた時は確か、銃の使用許可してませんでした?」

 

「あぁ、あれはあの子が対等な武器でやりたいと言ったのでペイント弾を用いてやっただけです。銃器というものを実に理解していたのでこちらも良い訓練にはなりました」

 

 そう言い切ると、カートリッジの銃弾を装填する。

 銃弾はこれにより、十発。これを撃ち切るまでに火野ライカを仕留めればこちらの勝ちだ。

 辺りに遮蔽物はない。互いに睨み合い。

 先に動いたのは火野ライカだった。

 視線は真直ぐに銃口へと向いている。

 模範解答だ。銃弾はまず避けられない。それでも避けるのなら、撃たれる前に回避行動を取る他ない。

 銃口を見詰めるという方法は回答の一つだ。だが、それでは注意力が一点に集中し過ぎてしまう。

 殺気や気配を読み取り、動くと言うのが模範解答なのだが流石に一朝一夕で身につくモノではない。

 あれはもはや天武の才の域だ。

 だからこそ、ここで火野ライカが行うべき行動はただ一つ。

 自らの射程まで一気に距離を詰める。その際に全体の身体の動きから目を逸らさない事だ。

 それが行えなければ、こういう事になる。

 

「ちょ、目が!!」

 

 銃に神経を集中させている火野ライカの顔に向かって土を蹴り上げたのだ。

 当然、目に砂が入り一瞬、視界から私の姿が消失する。

 目を再び開けるまでは数秒。だが、それだけあれば事は終わる。

 パン。という軽い発砲音と同時に火野ライカの頭は真っ赤に染まった。

 

「銃に集中し過ぎです。身体の微細な動きから相手の行動を予測する。と言う所までは流石に求めませんが、もう少しだけ周りに気を配りなさい。油断すれば死と隣り合わせなんですから」

 

「そうは言っても、銃を気にしながら他の事にまで気を回すのは難しくて……」

 

「それでもです。ただ、最初の頃よりは随分と良くなりましたよ。実戦で信用出来るのは己の直感です。臆せば死ぬ。それを頭に叩き込まれているだけでも随分と違いますよ。それに、恐怖は身に染みているでしょう?」

 

 褒められた事に火野ライカはどこか嬉しそうに笑っていたのだが、恐怖と言う言葉に小さく頷いた。

 夾竹桃。彼女との戦いは実に一方的なモノだった。確かに私が介入せずとも、死ぬ事はなかっただろう。

 だが、もしも夾竹桃が本気で殺しにかかってきていたらどうなっていただろうか。

 あくまでも可能性の話であり、現実味の欠片もないのだが――――確実に毒によって死んでいた筈だ。

 それは毒に対する恐怖を知らなかったからに他ならない。

 そして、この訓練は相手の僅かな動作から何をしようとしているのかを推理する訓練でもある。

 銃と言う分かり易い武器を持つ事によって難易度は下げているが、本気で訓練をしようとするならば分かり易い武器など使わず、全て暗器で行なうのが効果的なのだ。

 どこにどんな暗器を仕込んでいるか。どの部分を狙って来るか。

 それらを一瞬のうちに判断し、攻撃を受けずに戦い抜く。

 

「今、貴女がやるべきは基本的に型の反復訓練ですかね」

 

「でも、型を覚える事に意味はないって言いませんでしたっけ」

 

 型を覚えることには意味がない。

 何故なら、覚えた所で使えないからだ。重要なのは型を無意識下で行なえるか否か。

 付け焼刃の型など実戦では頼れない。だが、無意識下でも行えるならそれは一つの武器になる。

 あくまでも第一段階であり、真の目的はさらに一段階上にあるのだが。

 そして、恐らくそれを一里塚は出来ているのだろう。

 

「いきなり、左右同時に無意識下で動かせるようになれといっても無理でしょう。なら、段階を踏んでまずは無意識下でも自然と防御、攻撃を斬り返れるようになる事です。そうすれば、格段に生存率が上がります。癖を消す事が出来れば、更に――」

 

 火野ライカの攻撃を視線を合わせる事無く防いでいたのもこの発展形だ。

 第六感を頼りに、無意識の中で防御する。危険と判断すれば回避する。

 天才と呼ばれる化物共に対抗するにはこれ位しかない。凡人には。

 そう言おうとしたのだが、教務課から名指しで呼び出しが入る。

 単位互換にも問題はなかった。今更、夾竹桃と武偵殺しとは思えない。

 嫌な予感がする中、小さく溜息を吐くと乱れた服を整える。

 

「丁度いいです。今日はこの辺りにしましょう。あと、アドシアードに出てみる事をお奨めします。自分より数段強い存在と戦う事はいい経験になりますからね。実戦に勝る訓練はなし」

 

「アドシアードは実戦じゃないですけどね。それより、私もいつか先輩みたいに強くなれますかね?」

 

 無理だ。人を殺せない人間など脅威ではない。

 希望を持たせる事は簡単だが、それは残酷だ。

 夾竹桃の時、初めての実戦。その中で自分の未熟さを実感したのだろう。だから、強さを求めた。

 もしかしたら、大切なモノすらも零れ落としてしまったかもしれないから。

 まぁ、これも全て推測でしかないが。本人の口からは何一つ語られていないだけに。

 ただ、そういう気持ちを知らない訳ではないからこそ、こうして訓練に付き合っているのである。

 誰だって大切なモノは失いたくはないのだから。

 

「無理ですよ。貴女は貴女にしかなれない。私に出来るのは貴女にあった戦い方を見付ける手伝いをする事。その土台を作る事だけです。その先は貴女次第です」

 

 それだけ告げると、足早に教務課へと向かう。

 背後で何かをぶつぶつと呟いている火野ライカを放置して。

 

 

 

 

 

「尋問課の綴先生が私に一体、どんな用件でしょうか? 一緒に星伽さんがいるのも疑問ですし」

 

「あんた、私が考えてた前置き……。まぁ、いいか。単刀直入に言うけど、星伽があいつにコンタクトされている疑いがある。そして、最近もう一人の名前が浮上した。山の翁」

 

「つまり、前回の夾竹桃の一件を見て、教務課として星伽さんの護衛ですか。私の周りって面倒事ばかりを持ってきますね。結局、武偵殺しのバスジャックもどっかの誰かさん為のおぜん立てだった訳ですし」

 

 ここまで警戒しているという事はイ・ウーなのだろう。

 はっきり言って、関わりたくない。私は攻めは得意だが、守りは苦手だ。

 特に依頼人がそれなりに戦えてしまう人間であると、自分から前に出て行ってしまう。

 その場合、こちらの負担は二倍。いや、十倍にまで膨れ上がる。

 断りたいのが心情だが、山の翁か。どっかで、因縁があったりしそうである。母親の所為で。

 

「アドシアードの期間だけでいい。それに、お前ならこいつの願いも両方叶う」

 

 思わず、舌打ちしたくなるのを必死に堪えながら、愛想笑いを浮かべる。

 つまり、星伽さんは遠山の世話がしたい。だが、ボディガードを頼めば、それが難しくなる。

 教務課としてもアドシアードの警戒が難しくなる期間中はボディーガードを付けたい。

 その両者の願いを聞き届ける役として指名されたというわけか。

 なら、最初から遠山を指名しろと言いたいところだが、それは恐らく無理だ。

 彼の最近の任務を見る限り、ブレが多過ぎる。私は検証材料がないのだが……。

 まさか、蘭豹辺りの推薦か? そんな風に邪推したのだが、分からない以上は意味はない。

 

「ネズミが二匹。潜り込みましたね。いいんですか? 彼らの処分は?」

 

「なるほど。こりゃ、蘭豹が欲しがるわけだ。随分といい耳を持っていやがる」

 

 煙草。いや、匂いから言って薬物らしき何かに火を点けると煙を吹きかけて来る。

 気付いていて、わざわざ試した訳か。これなら、指摘しない方が良かった。ただ、この状況だ。密室。

 強襲するにはもってこいな環境なだけに話を振ったのだが、失敗だったらしい。

 

「神崎アリアと遠山キンジ。星伽さんの要望通りの方たちですよ。通信科の私よりずっといい」

 

「そ、それは、キンちゃんの方が嬉しいけど……」

 

 ここで肯定すれば失礼になると思って、言い切れないらしい。

 普通に考えれば事実であるだけに何とも思っていないのだが、律儀な人間だ。

 だからこそ、この手のタイプは苦手でもある。いや、嫌いの間違いか。

 

「それでは、後は四人でお話合い下さい。アリアさんとは折り合いが悪いので、その方が話が早く纏まるでしょう?」

 

「それ、フィアナさんが会いたくないだけじゃ」

 

 夾竹桃の事件以降、何かと絡んで来るのだ。

 どうして、逮捕しなかったのか。こんな場所で言い争いになっても迷惑だろう。

 まぁ、それを言った所で意味がないだけに無視して、教務課から脱出した。

 丁度、出た時に何か大きな音がした気がするが気にしない。というより、ダストにも侵入防止の罠を仕掛けてるべきではないだろうか? 脱出経路と言う意味合いでも込めているのだろうか?

 そんな事を考えながら、廊下を歩いていると見覚えのない巫女服を着た子供が横を通り過ぎる。

 中学生程度。ただ、インターンにしては違和感を覚える。

 いや、先程の教務課での話にこれから先に何か事件があると思って無意識に警戒していたのだろう。そう言い聞かせて足早に立ち去ろうとするのだが、背後から呼び止められる。

 

「待ちなさい。まさか、お姉さまに会うより先に見付けてしまうとは思いませんでした」

 

「いきなり、敵意を向けられる覚えはないんだけどな。お嬢さん」

 

「覚えはなくても私にはあります。私は『托』で貴女がお姉さまを撃ち殺す瞬間を予見したのですから!」

 

 托? 予見といっているあたり、予言みたいなものなのだろう。

 反応に困る。そのお姉さまに心当たりがないのだ。

 巫女服。白雪さんの関係者? ただ、星伽白雪を殺す理由がどこにもない。

 しかも、相手は恐らく素人。一般人。下手に動いて怪我をさせる訳にはいかない。

 その割に物騒な脇差しをもっている。頭が痛い。

 

「なら、その予見が間違っていたのでしょう。誰にでも間違いはありますよ」

 

「総理大臣から賞まで頂いた星伽の『托』をバカにするのですか!」

 

「いや、それだと予見ではなく、予知ですよ。誰も未来を見通す事は出来ない。だから、人は足掻くんですよ」

 

 じゃなけりゃ、不幸だと知っていたのなら。自分で自分の頭を打ち抜いて人生を終わらせている。

 ある意味、未来が見えない事はそういう意味では幸運なのだろう、例え、決まっていたとしても。

 可哀想な物を見る目で見つめていると、みるみると顔が真っ赤に染まって行く。

 だが、それも教務からか出て来た星伽白雪の言葉で一瞬で収まった。

 

「粉雪……どうしてこんな所に」

 

 どうやら、この巫女は星伽の関係者だったらしい。

 星伽粉雪。托で星伽白雪を殺すと予見した巫女。それが初めての接触だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、警備はガラガラだ。本当に武装探偵を育成する場所なのか?」

 

「まぁ、それはそうですけど……。不味いですよ。なんで、知らない間に私があの人の足止めになってるんですか! 無理ですよ。ただでさえ、底が見えないのに」

 

 喫茶店でアドシアードでの星伽白雪誘拐の計画を立てていたのだが、その言葉に思わず驚いてしまう。

 いや、項羽の話を聴く限り相当な実力者である事は分かっていた。

 だが、生粋の暗殺者である一里塚が嫌がるとは思っていなかったからだ。

 確かに夾竹桃は敗れた。だが、あれは相手の情報から効果的戦略を行ったに過ぎない。

 だからこそ、その有利性を持つ一里塚を起用したのだが、その彼女が渋るとは予想外だった。

 

「ジャンヌ先輩が言いたい事も解るんですよ。あの人はどう見ても、防衛が苦手そうですから。でも、だから怖いんですよ。平然と土台をぶち壊す事をやってのけそうですから」

 

「確かに、そうかもな」

 

 滝夜叉姫と戦った事で一つ分かった事がある。

 人は最後の一線で踏み止まる。死を恐れているから。

 だが、死を恐れていない人間ならばどうなるだろう。

 もしも、その推測が正しいとするならば、神崎アリア以上に強敵として立ちはだかる事になる。

 だからこそ、最初に相手にしないという方策を取ろうとしたのだが……。

 

「それより、今回の標的は先輩より魔女としてのランクは上ですよ」

 

「そうか。だが、魔女のランクが全てを決めることにはならない」

 

「えっ?」

 

 確かに少し前の私であれば、動揺程度はしていただろう。

 だが、今はあの時とは違う。私は魔女であり、策士であり、剣士だ。

 この力も手札の一つに過ぎない。ランクが高かろうが、それを覆す事は可能だ。

 魔女としての力だけで全てが決する訳ではない。それは項羽が証明して来た事だ。

 

「安心しろ。例え、敵がどれ程の強敵だろうが必ず標的を捕らえて見せる」

 

「ジャンヌ先輩、変わりましたね。はぁ、そこまで言われちゃやりますよ。やります。でも、嫌な予感がするんですよね。状況が整い過ぎている事が……」

 

「公安の事か」

 

 国外にいた公安0課の人間の帰国。そして、それに合わせたように項羽が動こうとしている。

 恐らく、呼び戻した原因は大使館狙撃暗殺事件。

 戦力は補完出来た。だが、同時に火種を抱え込んだのも事実だ。

 出来る事なら、爆発するのはもう少し待って欲しい。

 しかし、一里塚が警戒していたのは別の理由からだった。

 

「恐らく、立花班は個人的にアドシアードを訪れると思うんですよね。どうやら、アメリカでSランク武偵に稽古をつけていたらしくて、その娘がアドシアードに出場するから。ただ、嫌な噂を聞いたんですよね。近々、公安0課のトップを据え返るって噂。それが正しければ、後押しを受けていると噂される立花には功績が欲しい。そして、それをあの男は邪魔したい。互いに対立構造が出来上がってしまう」

 

「あの防衛省大臣更迭か。あれで無能な政治家共から反感を買ったのは事実だしな。現状はあのトップの政治力で持っていたが、それを据え変えてしまえば、一気に弱体化する。愚かな選択ではあるが」

 

 だからこそ、なんとしても阻止したいか。

 その為に功績と根回しが必要になる。滝夜叉姫が動いていたのはこの動きを察知していたからなのだろうか?

 それにしても、立花班。出来る事なら、相対したくない人員だ。

 強襲、制圧が行える立花繚乱。

 狙撃、暗殺、援護が行える久世遙。経歴上、警視庁のSAT出身ですらない。経歴が謎すぎる。

 表立った功績が殆んどない鈴城折雛。

 現在、顔が割れている構成員でこれだ。他にも独自に諜報、電子戦専門の人員がいてもおかしくはない。

 嫌な星の巡り方だ。様々な思惑が交差し過ぎている。

 何が起こってもおかしくはない。そして、どう転んでもおかしくはない。

 

「まぁ、だとしても私達は出来る事を出来る限りやるしかない」

 

「ですね。まぁ、死んだらネットでの公開処刑でしたっけ?」

 

「どうしてお前が知っている! というより、なんでもってるんだ!」

 

 一里塚の持っていた携帯にはジャンヌの可愛らしい衣装を着た写真が納まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざ、官房長官自らおこしとは……。連絡を下されば、出向きましたのに」

 

「ふん。ただの連絡事項だよ。本日をもって君を解任する。君たちは危険過ぎる。それから、君たちが確保していたあの小娘もアメリカに輸送する事になった。向こうが欲しがっていてね」

 

「更迭ですか。それで、次の後任は誰を置くつもりです? ここは貴方方素人が思っている程、甘い場所じゃありませんよ? 仮初の平穏で胡坐をかく無能さんと違って」

 

 その言葉に憤怒したのか。分かり易い。

 ただ、政権交代をして聴こえの良い甘言ばかりを吐いている無能な政治屋だと思っていたが、ここまで愚かだとは思わなかった。恐らく、後任はあの男を指名し、問題を起こすと同時に公安0課を解体するつもりだろう。

 それぐらい読めていないと思ったのだろうか。イ・ウーの動きも気になるが、あの娘を手放せば、本当に手に負えない事態になりかねない。それを理解していなさ過ぎる。

 現状、クロエ=フローレアはアレによって公安に繋ぎ止めている。

 それを手放し、あまつさえ殺すような事になれば報復戦だ。どちらかが倒れるまで終わらない。

 ただでさえ、キナ臭い流れになって来ている中でそこまでの爆弾を爆発させるなどバカだろう。何もわかっていない。傀儡政権と陰で言われている訳だ。

 

「君たちは内閣直轄の組織だ。君の罷免件も総理大臣にある」

 

「そうですね。ですが、貴女方の罷免権は国民の声です。そして、その罷免権も国民の声によるものである事をお忘れなく。次の総選挙、楽しみですね。貴方方が全滅するのが」

 

「何が言いたい!」

 

「私がどうしてこの座につき続けていると思いますか? 総理大臣が変わって、政権が代わってそれでも」

 

 答えは単純だ。それだけの地盤があったから。

 だが、それ以上に重要な事は武装探偵出身でもなければ、警視庁出身でもない。

 暗部出身。上澄みで生きていた人間と訳が違う。

 

「後任に関しては御勝手に。ですが、お前はこの部屋から出る事は叶いませんよ」

 

「な……に……き、きさま……わか、っているの、か」

 

 官房長官とは言え、ただの人だ。

 私が女であり、車いすである事で油断したらしい。いくら、課長を罷免されても公安0課の人間である事には変わらない事を忘れてはいないだろうか。人員罷免権までは彼らには無い。

 だからこそ、公安0課の人間として処分する。国の為に。

 

「喚かなくてよろしいですよ。安心して下さい。服毒死という形で処理させて頂きますから」

 

「それで、そちらの用件ですがどうやら私は更迭されてパスワードが変更されるのは今日の夕方まででしょう。暗証番号は『人形』彼女のコードネームです」

 

 気配が消えた。恐らく、あの鬼も動くのだろう。

 本当なら、あの子を此方側に付けておきたかったが、それはもう無理そうだ。

 なら、出来る限り使える形での協調歩調以外には有り得ない。

 解体は先延ばしになっているが、期限付きの死刑宣告だ。

 タイムリミットはあまりない。それまでになんとか巻き返さなければ、本当に終わってしまう。

 

「こんなのだから、日本は下に見られるのよ」

 

 武装探偵であっても人を殺せない。

 射殺出来ない日本警察。

 現状、凶悪犯に対処できていないのだ。

 それに加え、公安の解体。イ・ウーや国外組織犯罪において、対抗するカードを失うに等しい。

 

「この男を処分しておきなさい。いつも通り、足が着かないようにね」

 

 部下に処分の指示を出すと、窓の外。

 何も知らずに蠢き続ける人混みを眺めながら、今後の行動に思わず溜息を吐いた。




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