緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

2 / 38
ペースとしては不定期です
なるべく、一回が五千字以上になるように心がけようと思います。


出会い 編集済み

 名前を失った少年は新たに名前を与えられる。

 嫌がらせ以外の何物でもない名前だ。本当に虫唾が走る。

 フィアナ・シュトレーゼというとある事件の犯人にしたてあげられた者の名前――そう、自分が名乗っていたもう一つの自分を表す名前だ。

 また、この名前を使う事になるとは夢にも思わなかった。それだけに感慨深いものもあるが、それ以上にあの男の今回の決定に関しては不明瞭すぎる。意味が判らない。

 奴らが命じたのは東京武偵校への潜入――だが、武偵は管轄が違う。しかも、相手は自分の身内のようなものなのだ。そこへわざわざ、裏からの潜入など何の為に行うのか分からなかった。

 それに、フィアナ・シュトレーゼの犯行履歴は重犯罪者。それも、特級だ。大量殺人のレッテルまで貼られてしまっているこの名前でどう隠密を行えと言うのか……。潜入しろと言うのにも無理があり過ぎる。

 司法取引をしたとしても前歴が前歴だけに警戒を招くだけだろう。

 しかし、フィアナ自身には拒否権は存在しない。

 拒否した時点で人質となっている“あいつ”の処刑を行うと脅されているからだ。

 奴らが約束を守る道理もないのは始めから分かっている。それでも、僅かな希望にすがるしかない。それ以外には今のフィアナに頼れるものは何一つ無かった。

 立花繚乱が公安に舞い戻れば……そう自分に言い聞かせる事によって、煮え滾る怒りを飲み込んだのだった。

 

 

 

「それで?私はそこで何をすればいいの?」

 

 

 一通りの説明を受けたフィアナは一言、そう担当官である綾峰に尋ねた。

 ただで解放するとは思えない。あの男のことだ。他に何かあってもおかしくはない。

 何か監視以外にも仕事を押し付けて来るのは目に見えているのだ。それも、とびきり厄介で面倒なタイプの仕事――それと両立しろと無理難題をふっかけて来るに決まっている。

 だが、綾峰に当たっても仕方がない事なだけに平静を装いながら、ジッと返答を待つのだった。

 

「一応、貴方には表だって処理出来ない案件を担当して貰う事になります」

 

 担当官のその言葉に無表情だったフィアナは顔をしかめた。

 用は暗殺や組織の壊滅と言った類のヤバい仕事を意味しているからだ。そして、何より前提と矛盾している。

 何故なら、日本の武偵は殺しを容認されないからだ。そして、何よりその手の仕事となると武偵とかち合わない保証はない。そうなった場合、対処する方法は口封じ以外に他ならない。つまり、非常に危険な仕事なのだ。

 もしも東京武偵校の生徒にバレた場合、どうなるかなど想像に難くない。

 吐き気がする程にいやらしい事を思い付く男だと怒りを通り越して、尊敬の念すら覚えてしまいそうになる。

 目の前にあの男がいたならば例え銃口を向けられていたとしても噛み付いていただろう。しかし、今はまだ牙を磨く時間。冷静にならなければならない。

 狩りを始めるには早過ぎる。ただ、じっと様子を窺い、相手の隙を突く。

 その為にも実戦の空気に慣らしておくという意味ではこの仕事はある意味、こちらにも有意義な点があるのかも知れない。そうフィアナは自分に言い聞かせる。

 拒絶できないのならば、ポジティブに考えた方がいいに決まっている。

 なら、心配すべきは援助だろう。それによって、作戦の幅も変わってくる。

 単独でこなすにしても、それなりの売買ルートを持たなければ銃を使う事すら難しい。足が付かないようにする為にも――。

 

「武器の支給は?学校側の補給を使うワケにいかないだろ。それとも、現地調達しろっていうのか? 武装犯に対して包丁で挑むなんてな」

 

 銃弾は学校側の補給出来る。だが、別に弾薬を用意しなければ足が付く可能性が高い。なぜなら、弾薬にマーキングを施しているかもしれない。ソレに加え、使った弾と買った弾の数の計上が合わない事がバレたらその時点で終わりだ。

 武偵高校の教師はそちら側のプロ。それらの目を欺くとなれば一筋縄ではいかない。一度でも気を抜けばそこからボロが出てしまうからだ。

 特にフィアナに支給された武装がこれでもかと目立つ逸品。

 特殊弾を使用するだけに学校側の補給は難しいのだ。しかも、大量生産もされているか怪しい特殊部隊専用の銃。ロシアのFSB用に開発されたOTs-38は消音器付きのリボルバー。

 その性質上PSS消音銃と同じく独自規格の7.62mm×42mm弾を使う事になる。

 つまり、アメリカ軍経由での入手は無理。

 ロシア側の武器商人、もしくは関係者からの買い取りになるがそのルートが現状で使えない。自由に弾薬の調達もままならないような武器は武器とは呼べない。

 つまるところ、公安のルートを頼らせて貰うしかないのだ。

 リボルバーで音が出ないスパイ用の銃であり、初めて人を撃ち殺した銃でもある。それだけに色々な思い入れがあり気に入って入るのだが、こういう面倒な事に巻き込まれて初めて銃の選び方が重要である事を酷く実感し深い溜息を吐いてしまう。

 そんなフィアナに対し、綾峰は淡々と感情の篭っていない機械的な口調でこう答える。微動たりしない姿はまるで、本当に人形と話しているかのようだ。

 

「仕事の際には毎回、違う武器を支給します。我々は表に目立ち過ぎてはなりませんから、適正に処理出来ない武器は御用意しない予定です。そちらはあくまでもお返ししただけですので、ご安心して下さって結構かと」

 

 その言葉に騙されるつもりはない。あの男が何かを企んでいるかもしれないからだ。だからこそ、念には念を入れ渡されたOTs-38に変わった部分が無いか最小まで分解して丹念に調べ始める。

 撃てない銃などただの無用の長物。使えない武器など邪魔なだけだ。それに見合った技能と、信頼性のある武器が揃って初めて本当の意味で運用できるのだから。

 暴発するような細工を施された銃なら、近場で手に入る不良品の黒星の方がまだ役に立つ。まぁ、それはそれで使いたいとは思わないが……。

 

「信用がないようですが、細工は致しておりません。いつでも使えるように完璧に仕上げている筈です」

 

 一つ一つパーツを調べるフィアナに綾峰担当官も思わず、苦笑いを浮かべてしまっている。だが、確かに彼女の言う通り手入れは行き届いている。細工どころか新品そのものと言えるレベルの手入れだ。ガンスミスにでも頼んだのだろうか?

 稼働に関しては問題もない。上手く、手に馴染んでいる。

 まぁ、目下の問題である弾薬の補給以外はだが……。

 フィアナはその銃を懐へ取り付けたホルスターへとしまうと、手渡された今後の作戦資料冊子に目を通し始める。

 任務は遠山キンジへの接触及び神崎アリアの監視。

 長期任務の類になるだろうが、まず難易度はそこまで高いものではないだろう。

 こちら側は何の問題も無い。しかし、学校の方に今さら感を覚えてしまう。

 先月の時点で実力を考えれば、殺しの技術もそれなりに持っている。今更、お綺麗な言葉を並び立て、『殺してはいけません』と説法を説くような平和ボケした世界で学ぶ事など何も無い。そんな甘い言葉では何も救えない。

 工作から暗殺技能に関するまで否が応でも学ぶ機会が多々あり、それを目の前で世界の裏側を否応なく見続けて来た。

 生き延びたのはそれらを理解し、奪ってきたからに他ならない。

 両手を真っ赤に染めた時点。一人を殺してしまった時点でそんな事では何も変えられないという現実を見た。闇の底の更なる深淵。殺すことでしか救えないモノ。正義では守れぬ思い……。そう言ったやるせない物を見てしまったのだ。

 正義を語るつもりにも悪を裁くという行為にすらバカバカしさを覚えてしまう。

 そんな自分自身に武装探偵が務まるのか。フィアナには到底思えなかった。

 それ以上に問題があるとすれば、ど素人に実力を合わせ……いや、誤魔化せたとしても、その空気に自分を落とし込める気がしないのだ。そんな光景を想像しただけで憤りを押し殺し、笑っていられるとは思えない、。

 完全に手を抜くとしても、下手な記録はかえって目立ってしまいかねない。

 適度な手抜きがベストなのだろうが、それはそれで難しい。

 特に戦闘という分野においては脊髄反射レベルでの直観と本能が物をいう世界だ。変な癖を付けてしまえばそれだけで命の危機につながってしまう。

 目的である主任を殺す為にもそれだけは避けなければならない。

 戦場で物を言うのは信念。最後の最後で引き鉄を引けないなどごめんだ。

 

 

「無理だな。そんな餓鬼どもの中に今更混じれるとでも? お遊戯会なら別の人間でも探した方が良いんじゃないのか?」

 

「現在の貴方の実力は理解しております。故に、通常の戦闘系の学科においてあなたは目立ち過ぎてしまう。かといって、捜査を行う学科は犯罪心理をトレースする事が容易な貴方は危険だ。ならば――」

 

 そんな中で提示されたのは一つの科だった。

 

通信学部

 

 用は前面に出ないサポートである。

 特に重大事件になると外部連携が必要になるだけに情報収集や通信に置いて非常に重要な役割を果たす事になる。それに加えて、他の科と違い情報が集まり易い利点もある。問題点があれば、直接戦闘の機会はまずないという事だろう。

 だが、それはこの場に限って言えば利点。面倒なごまかしもいらなくなるのだ。

 何より、衛生学部や兵站学部、諜報学部、探偵学部、強襲学部の知識を有していても不思議ではない。問題の犯罪心理のトレースもそれらの情報から推理したと誤魔化す事が可能だろう。まさに諜報にはうってつけの役職である。

 だが、それだけでは足らない物――武装探偵として重要なのは資質を表すランク足らない。それがなければ事件に関わる事が難しいからだ。

 特に通信科は技術がモノを言う世界だ。強襲や探偵ならまだしも通信となれば今のフィアナではどのレベルか判断が難しい。

 だが、そんなフィアナに対し、綾峰ははっきりと断言した。

 

「あなたは通信科Sランクとして行動して貰います。我々としても、貴方の索敵、諜報スキルはその域にあるものと推測しています」

 

「随分と高評価なことだな。……まぁ、そっちはいいか。だが、問題は犯歴――そっちはどうするつもりだ?」

 

 フィアナの問いかけに対し、綾峰は黙り込み何も返事が返って来ない。

 その無言をフィアナは肯定と受け取った。

 いくら実力はあっても犯罪者だ。そこから信用を得るのは至難の業。背後から裏切られて撃たれるなど笑い話にもならない。信頼が築けなければ潜入任務は不可能だ。

 特にフィアナの場合は身内を含め、二百人ほど殺している事になっている虐殺者。

 実質、フィアナが殺したのはその内の十人程。身内の死者はその際の敵によるもの。それ以外の死者数は別の人間――あの男が起こした事による被害者数の記録なのだが……そんな事は隠蔽されており、世間一般。裏稼業の情報屋でも知る良しがない。

 その事実を知っているのは当事者と極僅かだけだ。

 全ては闇に葬られ、あるのは嘘塗れの虚言。

 真実などどこにも存在しない。そんなフィアナに対し、綾峰は淡々と業務内容の最終項目を読み上げる。

 

 

「犯歴に関しては既に処理されました。あくまでも、隠蔽ですが問題ない筈です。後は貴方が実力を示して下さい。以上です」

 

 実力を示し、信用を勝ち取れ。

 簡単なようで難しい事を平然と言ってくれるとフィアナは思わず溜息を吐いてしまう。何しろフィアナがいたのは裏の中でも異常な世界なのだ。

 表の平和ボケした連中の実力など知る由も無い。強すぎる光は他者を寄せ付けなくなる。同様に深い闇はすべてを飲み込んでしまう。だからこそ、余計に難しい。

 自分の立ち位置すらもあいまいなフィアナにとってその判断基準がそもそも不透明なのだ。線引きが出来ないのならば、果たして自分は今もどちら側にいるのかわからない。いや、正しく言うのならばどちら側の人間なのかという事だが……。

 けれども、そんな事を考える暇などなかった。

 世間一般的に言えば、転校先の学校と登下校の際に利用する路線を下見しようとしていた際に見事に不幸に見舞われてしまったからだ――。

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずついていませんね。いきなりですか……」

 

 

 学校へ編入前にも関わらず校門で何やら騒ぎがあり巻き込まれ、黒人のタトゥーを入れた強面の男に襟首を掴まれ今に至る。

 女装しており、いかにもか弱そうな外見からいけると思ったのだろうか? はっきり言って面倒臭いので早く本物の武装探偵に助けに来て欲しいモノだ。

 そんな危機的状況にも関わらずフィアナは第三者目線で状況を観察する。

 辺りで暴れる集団の両手には手錠がされている。恐らく、護送中だったの犯罪者が逃げ出したのだろう。しかし、辺りに監視らしき影はいない。殺されてしまったのだろうか? だとしても、応援が駆け付けるまで時間がかかり過ぎだ。どれだけ平和ボケしているのだろうか? もしも、これが刑務所なら即座に武力行使されて鎮圧されていてもおかしくはないだろう。

 どんだけ杜撰な警備態勢で、対処も出来ないんだと頭が痛くなってしまう。

 

(それにしても、辺りにいた武装探偵達は背中を向けて逃げ出したのでしょうか? 声なんてかけるんじゃなかった……。裏方なんで何もしなかったと陰口をたたかれても面倒だからと時間稼ぎをして差し上げようと思ったのですが、そもそも間違いでしたか)

 

 適当に時間を稼げば騒ぎを聞きつけて誰かが来ると思ったのが間違いだったらしい。

 辺りを見回しても遠くから傍観する野次馬はいても、助けようという強者はいない。プロを養成する学校の筈が、素人しかいないのかと苦言を呈したくなる。

 それに、こんな簡単に制圧される犯罪者の移送車とはいかがなものか。これならば、あと数人のメンバーがいれば簡単にこの場は制圧され、逃亡を許してしまうだろう。そんな事を考えながら盛大に溜息を吐くと、空を見上げた。

 眩しい程に、空は青い。雲一つない晴天だ。胸糞が悪い程に――。

 

「悪いけど、そろそろ離して貰えないかしら? まだ新品の服だから皺になると大変なのよ。それとも、そのできそこないの頭では理解できないかしら?」

 

 先程から周りの犯罪者が会話に利用しているのは中国語だ。つまり、中国系のマフィアの下っ端……いや、行動基準から判断すればただのチンピラだろう。

 最近では中国系の活動範囲も広がっているので英語だけでなく、こちら側では中国語も必修だと思うのだが誰も交渉できないのか何を言っているか分からないという顔だ。

 そして、相手も同様に日本語を理解していない。交渉の場がそもそも築けていない。

 もしも、日本でヤクザと仕事をするならば中国語だけでなく、日本語も習得していなければ不利になる。それを考えれば、使い捨てられた超下っ端共なのかもしれない。

 ただし、そんなゴミ屑に対して哀れに思うような気持ちは欠片もないが……。

 これ以上、関わるのもアレなので通じない事を分かっていてワザと日本語で話してみたのだが、やっぱりその最終通告も無意味そうだった。

 フィアナとしては言葉を合わせて交渉の余地を残すより、分からないフリをして殲滅してしまう方が後々の言い訳を考えるのも楽。何より、向こうから先に手を出させ、自身を襲わせてしまえばこちらにも正当防衛という理由が付けられる。

 あとは適当に手を抜いて、偶然を装い潰せばいいだけの話だ。

 実力を見誤ったこの男共の自業自得――だが、その最後通告は理解されなかったらしい。まぁ、初めから分かってやっていただけに期待していない。

 けれども、雰囲気ぐらいで殺気程度なら感じ取れるだろと呆れるフィアナは無表情のまま相手の顔に唾を吐きかけた。

 当然、それを払い除ける為に目を閉じる。その僅かに目を瞑った瞬間に手を振り払い、拘束から逃れる。そして、流れるように延髄に手を振り下ろすと、一撃で相手を気絶させ足払いでコンクリの地面に叩き付ける。頭蓋骨が砕ける感触が手に残る。

 適切な治療が間に合えば、死なない程度に半殺し。本来なら、首を切り裂くか、心臓を潰し、確実に息の根を止めて数を減らしていくのだが今回はそういうわけにはいかない。武装探偵が回りにいるからだ。まぁ、それ以前にこの程度の相手ならそこまでする必要がないという事も大きな理由ではあった。それ位しないと、死んだと思ったら生きていたりする化物が本物の中には多いいだけにできる限りはそうしたいのだが……。

 だが、まぁそれをするにしても、証拠を残せば一発で捕まるので表立っての行動の際に亜h出来ないだろう。

 今回も頭を強く打ち付けて、頭蓋骨骨折止まり。まぁ、重体ではあるが即死ではない。十分に上出来と言った所なのではないかとフィアナは自負していた。

 

 

 

 しかし、一人潰したところで相変わらず辺りには野次馬はいても助けに入ってくるような気配はない。もとより、既に期待すらしていないのだが……。

 まぁ、温室育ちの力量の底が見えたと思えばいいだけの話だ。この程度の相手にしり込みをする雑魚が本物を相手に出来る訳がない。そもそも、あちら側の人間という名の化け物と真っ向からやれる人間はそういないのだから仕方がない。

 所詮はどこまでも微温湯に浸かった温室育ち。この程度ですら荷が重い。

 さっきのバカの仲間らしき連中が仲間がやられた事に気が付き、威嚇して来るがフィアナにとっては猿回しの猿にしか見えず逆に笑いが込み上げてくる。

 そんな殺気の飛ばし方では身震い一つできない。完全に三流のやり口だ。

 怖さも感じなければ、何の感慨も浮かばない。

 恐怖とはナイフのように研ぎ澄ませてこそ、意味がある。辺り構わず振り回すなど獣でもしていないことだ。

 手が拘束されても足がある。牙ならいくらでもある。それすら有効活用できていない。使えるものはすべて利用する。それが裏側で生き抜く基本的なことの筈なのだが……どうやらこちらも微温湯に漬かり過ぎているのだろう。

 フィアナ自身なら瞬時にこの場を強行突破し、完全に逃げ切れる自信があるだけにそのアホさ加減、滑稽さは見るに堪えないというものだろう。

 はっきり言って、見ているだけでその実力不足にイライラする。

 さっさと逃げ出してくれたのなら追うつもりなど毛頭ないのだが、突っかかってくる以上は相手にせねばならない。ただ殴られるのは性に合わないからだ。

 手加減無しで潰していいのなら、即行で潰せるのでまだ許せるのだが今の立場上はそれは許されない。はっきり言って、すべてが面倒くさい。それがフィアナの今の心情を一言で表したものだった。

 

「手早く終わらせたいのでまとめてお相手しましょう。全員でかかって来て構いませんよ。糞餓鬼ども」

 

 今度は挑発する為にロシア語。使ったのはただの調査、そして保険。

 一つは周りの雑魚に話を聞かれない為……そして、もう一つは中国系でロシア系の言語を使えるならばそれなりのルートを有している事になるからだ。逆恨みは怖い。

 この手の組織は販売経路獲得の為に英語は必須。ロシア語は深い闇に関わるのならばある程度は話せた方がいい。そのスキルが無いという事はその程度の実力しかない潰す価値もない三下以下の存在。所謂、不良のたまり場という奴だ。

 相手を怒らせたのにも理由がある。三流の雑魚ならば、怒りで単調な動きになりがちだ。それに加え、此方側に周りの観客の視線を集めておけば、この事態に対する弁明を通しやすくなる証人が多数出来る。周りへの被害も出ず、そちらの責任も追及しにくくなることだろう。

 何故なら、この手のタイプは頭に血が上り易く、冷静さを失えば周りが見えなくなり、フィアナだけを狙って来るからだ。

 恐らく、犯行も計画性が無い。

 もしも、人質を取られた時の事も考えていたのだがそちらは何の問題もなさそうだ。

 まぁ、フィアナにとってその人間は人質の価値が無い以上、平然として接するつもりだったのだが……。

 そんな事を考えているといつの間にか背後には人が高く積に上げられていた。

 無意識のままに身体が反応してしまう程に怖いものはない。

 

 

 

 だが、課題は見えた。

 何の捻る必要もない低レベルな連中に“ここまで苦戦”する現実――。

 今使ったのも護身術程度にある人物から盗み出した合気術の応用に過ぎない。本当なら首の骨を叩き折り、反撃するよりも先に仕留めるのだがそれは法律違反だ。

 だからこそ、本来の意味での力の発揮が出来ず、上手く次へとつなげられない。

 そんなふざけた法律の話を聞かされた時は本当に驚いたが、確かに平和ボケしたこの世界にはお似合いの法律だ。

 何故なら、本来ならば、人を殺さないという道筋を手に入れられるのは実力の伴った人間だけだからだ。そんな人間ですら常に相手を殺すという選択肢を頭の中に置いている。どんな時でもしたたかに、だ。

 まぁ、力量の無い人間がいくら人を殺せないと吠えた所で相手は殺しに来る。自己責任で勝手に死ぬなら問題ないが、巻き込まれたくはない。

 フィアナは適度に制服を叩いて汚れを落とすと、これ以上ここに留まり、面倒事に巻き込まれるのは御免だと、さっさとこの場を立ち去ろうとする。

 衆人の視線というのがイライラするからだ。別に猿山の猿ではない。この程度ならば、普通に出来る事なのだからそんなにジロジロと視られる筋合いはない。

 だが、こんな時に限って面倒な事がやってくるものなのだ。

 

「へぇ。なかなかやるじゃない」

 

 こんな出会い方はしたくなかった。

 監視対象からは適度に離れていなければならないのが基本だからだ。にも関わらず、一日目から印象付けてしまう失態。しかも、こんな興味を引くようなやり方は最低だ。

 しかし、来るならもっと早く来てくれればこんな事にはならなかったのだが、今更いくら言った所で後の祭りだ。

 ただ、資料で見るのと実際に見るのではやっぱり。印象が変わってくる。

 本当なら顔立ちが大人びているだとか、雰囲気に覇気があると言うべきなのだろう。しかし、フィアナからしてみれば全くの逆で青臭さが増し、全く血の匂いが感じられないそのあり方に反吐が出た。

 フィアナの鑑定眼が正しければ自分の敵にすらなり得ない存在であり、何より出来る事なら組みたくないタイプの面倒な相手だ。

 この手のタイプは地が強く、それを押し付けて来る傾向がみられる。そのようなタイプとそもそもが単独行動メインのフィアナが一緒に行動するにはいささか無理があるというものだ。スタンドアロン同士は互いに互いを認め、折れなければ話にならない。

 ソレに加え、上から目線のその発言。何様のつもりなのだろう。礼儀というものを知らないのだろうか? 今にも一発殴りたい衝動に駆られるのだが、それを堪えなければならない。ここに来たのは餓鬼のおもりをするためではなければ、目の前の神崎アリアを殴る事でもない。目の前の餓鬼の監視なのだ。

 まぁ、それ以前に戦闘になれば少しは苦戦を強いられることになるだろう。

 確かにフィアナにとって神崎アリアを相手にするぐらいなら何の問題もない。赤子の手を捻るようなものだ。問題は――背後の無口そうな少女を相手にした方。神崎アリアと比べても数倍は厄介だろう。第六感がフィアナに訴えかける。アレは相当な化物だと。

 持っている武装から考えて中近距型狙撃手であると推測される。ドラクノフと呼ばれる銃の公式にはアイアンサイトを用いれば千二百まで狙えるらしいが、基本は中距離制圧のための狙撃銃だ。

 ただ、コンセプトは市街地線を想定しており、「遠くから敵の重要人物を狙撃する」ではなく、「最前線で戦う歩兵が使用する」に基づいて開発されている。

 何より、絶対的に有利な状況から始められてしまうからこそ、狙撃手というものは恐ろしい。戦場でも捕まれば捕虜にならず、殺されているという事がその職業が戦場で最も恐れられている証明になっているだろう。

 ただ、すでに時代錯誤な銃の気もしなくもないのだが……。

 フィアナは背後の狙撃手の観察を終えると神崎アリアを無視し、無言のまま早々に立ち去る為、その横を通り抜けようとする。

 だが、それを神崎アリアが許す筈がなかった。

 

「待ちなさいよ。人が折角、褒めてあげてるんだから」

 

「褒める? 何をです。別に貴女に褒められてもうれしくはありませんし、何の価値もないでしょう。それなら、時間の無駄というものですよ」

 

 フィアナはその言葉に一瞬にして辺りの空気が凍り付く。

 何故なら、Sランク武偵であるアリアに対して平然と素人呼ばわりしたのだ。

 実力的にトップクラスである筈の人間に対して平然とそう言ってのける人間は実に滑稽な存在として映ったのだろう。ただ、それが解っていてもフィアナは口を止めない。

 

「何を考えているんでしょうかね? この場におそろいの皆さんは――数では貴方方の方が明らかに多い筈なのに誰も助けには入らなかった。自分は傷付きたくないから、弱いから。誰かが助けに来てくれるのをただ待っていた。これじゃ、この学校のレベルが知れるというものでしょう? そんな人間に誰が背中を預けますか?」

 

 その答えにアリアは苛立ちを隠せないようだが、口を開いて答えない。いや、答えられる答えが見つけられないのだろう。

 もしも、頷けばこの学校のレベルの低さを認める事となる。

 だが、否定すればアリア自身の実力不足を認める事となる。

 つまり、どちらをとっても代わりは無いのだ。

 それだけ、嫌らしい問いかけをしたのだから……。

 何も言い返せないアリアに対し、フィアナはニッコリと微笑み小さくお辞儀をすると後は全てをアリアに押し付け、颯爽と校門を後にする。

 

 

 

 

 そして、女子トイレの中へと入ると。やはり狙ったかのように綾峰担当官から連絡が入ってきた。

 

『不用意な接触は避けろと命じた筈ですが』

 

「別段、何か問題があったとは思えないのですが? 何より、あの時点で彼女には印象付けられてしまったはずです。まして、これまでの彼女のやり方は優秀な駒で周りを固めて最大火力でもって一気に制圧という馬鹿らしい作戦。そのメンバーに選ばれる可能性も高かった。それを切り捨てるにはこれ以外にない筈です。しかし、よくもまぁそんな方法でこれまで一度も失敗しなかったと素直に驚きますね」

 

 一度、印象強く覚えられてしまった。その上、チームに誘われるとあっては監視は出来ても行動に制限がかかってしまう。それならば、敵対者になり、外野からの監視を続けるという方法の方が妥当性が高い。

 今後とも、互いに対立する事があるだろう。嫌でも目に入り易くなる。だが、そう言った行動すらも周囲からはそう言ったものとして見られやすくなるのもまた事実。

 状況を逆に利用し、周囲に思い込ませてしまった方が後々の布石になる。

 まぁ、フィアナ自身が神崎アリアという存在に毒される可能性があるが、それはまず起こり得ない自信がある。そんな物に眩む目はないからだ。

 潜って来た死線の度合いが違い過ぎる。見てきた地獄が……。この背に圧し掛かる十字架の重みも……。

 

『わかりました。引き続き、任務を続行して下さい。但し、今後は不用意な行動は避けるように』

 

「了解」

 

 これで大体の武装探偵という存在のレベルを把握した以上はフィアナが自分から行動を起こすつもりは毛頭なかった。

 何より、あのタイプは相手にするのが疲れるだけだ。下手に動けばまた絡まれるのは目に見えている。ならば、静かにだらだらと過ごすのがベストだろう。

 そんな事を考えながら通話を切るといきなり肩に手を置かれた。

 その瞬間、内容を聞かれたと袖に隠した折り畳みナイフに即座に手を伸ばした。

 

「お前、噂の転入生やないのか? 個人的に知り合いの繚乱から大体の話は聞いてるが、こないな女子トイレの中でどなたはんかと通話なんてなにやってるんだ?」

 

 繚乱という名前にフィアナは袖口に仕込まれたナイフへと指先を這わせたまま、警戒心は抜かない。ただ、相手に対する殺気だけは抑え込む。

 その様子に何やらいいモノに目を付けたと言わんばかりに目を輝かせるその女はゆっくりとフィアナのもう片方の肩に手を置いた。

 

「あぁ、自己紹介が遅れたな。蘭豹や。それよりもお前、何科に入るつもりなんだ? あぁ、聞く必要もないか。当然強襲科に決まっておるからな」

 

「いえ、通信ですが何か?」

 

 一切の無駄のない筋肉の付き方、即座に対応しようとした反射の域に達している危機管理能力から勝手にそう判断したのだろう。

 もしも、フィアナの推測が正しければ目の前の人間は油断ならない相手という事だ。繚乱の知り合いという事も考えれば更に厄介な人間であっても納得がいく。あの人の関係者はいちいち面倒な相手が多いのだ。二度と関わりたくないレベルで。

 何よりこの学校になら、あの変態どもクラスが平然といた所でおかしくはない。

 恐らく、現状は裏の裏側に着いた為にもう会う事はないだろうが……。

 

「その才能を殺すのは勿体ないぞ?放課後、強襲科の見学に来い。試してやろう」

 

「えっ、いや、その初日ですので通信科の方に」

 

「安心しろ!こっちから通信科の方へは直々に伝えておいてやる」

 

 余計なお世話だ。そんな事をされてしまっては本当に逃げられないではないか。フィアナはそう悪態を着きたくなるがぎりぎりで飲み込んだ。

 それを言ってしまえば、余計に目をつけられかねない。

 ただ、同時に強襲科には絶対に向かいたくないというのも事実だった。

 なぜなら、監視対象が在籍している学科……。もう一人は探偵科だが、元は強襲科。何かしらの情報網を持っていてもおかしくはない。何より、銃器に関してのフィアナの使い方も色々と指摘されかねない。こんな特殊な銃は目立つ。その上、銃の使い方は致命傷を狙える箇所。やはり、新たな銃を手に入れておくべきなのかもしれない。ソレに加え、ダメージが少ないタイプの銃弾もだ。

 まぁ、それは今更な話である。置いて置くしかない。

 ただ、フィアナからすれば強襲科への転科だけは断固として避けなければならない。

 入ってしまえば、監視されている事がばれる危険性が高まる上、周囲から情報を吸い上げるのが難しくなるからだ。

 

「ですから……」

 

 結局、持ち前の有無を言わせぬその女性の物言いに何も言い返す事が出来ず、一般授業が終わり次第、強襲科に向かうと約束させられてしまう。

 だが、今回が一回だけと言う約束だ。だからこそ、誓うのだった。

 もう、あの野蛮な女には二度と関わるまいと。

 そして、己には女運が無いのだと……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。