緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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それぞれの思惑

「なるほど。確かに少々不味い状況ね」

 

 喫茶店のカフェテラス。雨音がしとしとと聞こえる中、綾峰は私に現在の公安の置かれている立場を説明していた。大体は予想通り。最悪の流れという奴だ。

 現状の問題点は二つ。

 公安0課の解体。そして、それに伴う公安の抑えている犯罪者の移送。

 立場的には公安の人間であっても、0課の人間という扱いではない。

 動けると言えば動けるが、監視の目は存在する。

 

「繚乱さんは何が正しいと思いますか?」

 

「さぁ。それは誰が決める事でもないわ。貴方自身が決める事よ」

 

 この状況だ。公安の正義が声もなき大勢に否定されようとしている。

 これまで私達が培って来たモノ。犠牲にして積み上げて来たモノを簡単に一掃しようとする。

 それに嫌悪感を覚えない訳ではない。ただ、それもまた致し方ない事なのだ。

 結局、人間は自分が被害者に回らなければそれを現実と認識できない。

 だから、私達が否定されて大きな事件が起きて初めて気付くのだろう。

 自らの行った事に対する過ちを。

 

「ただ、あの娘を易々と渡す訳にはいかない。自殺志願者ほど怖いモノはないから」

 

 幹事長の暗殺。防衛省大臣の更迭。

 この二つで現政権との対立は決定的な物になった。

 課長の任命権は政府にある。だが、公安内部の構成員のデータは政府には存在しない。

 それを保管しているのは公安0課内部のデータバンクだ。アクセスキーを持っている人間は極少数。

 課長ですら、全データにアクセスできるわけではない。

 恐らく、内閣総理大臣から任命を受けた課長が敵勢力だった場合を考慮してのものだろう。

 そして、まだ現政権はその事に気付けていない。

 主任グループは現政権側についたとしても、私の構成メンバーまではばれる事はない。

 課長の権限で回覧できるのは班長までだ。班長以下のデータ回覧には班長の権限が必要になる。

 

「そうですね。でも、公安を首になったらどこに行こうやら……。今更、公務員試験を受けれる年齢じゃありませんし、裁判官や弁護士ってガラでもありませんからね」

 

「男でも見つけて腰を落ち着けたらどうだ。いい歳だろう」

 

「本当にそれもいいかもしれません。でも、それをいうなら繚乱さんもじゃないですか?」

 

 既に三十も後半。体力的な衰えも見え始める頃合いだ。

 実際、四十手前で引退を考える女性も少なくはないのが現状だ。

 死と隣り合わせの現場。腕が全てなのだから、その辺りの嗅覚を大切にしているという事だろう。

 けれども、私はここを去るつもりはない。私は私の正しさを証明する為にこの場所に残ったのだ。

 最後まで足掻き続ける。この場所で。

 

「残念ながら、貴女と違って衰えを感じるどころか最近は鋭さを増して来てるのよ。だから、引退はまだまだ先」

 

 私は不器用で他人と言葉を交わす事は出来ないから。

 私に出来るのは刃を交わす事での語り合いだけだから。

 冷たくなった珈琲に口をつけると、小さく溜息を吐いた。

 主任の事だ。何か、次の手を打っている筈。彼が恐れているのはクロエ=フローレアという爆弾。

 なら、どうしてアレを外に置いたのか。カードを失えば、牙を向かれるのは分かっているのに。

 雲隠れされれば厄介。まさか……そう言う事なのだろうか?

 

「彩峰、主任に動きがあればすぐに連絡を頂戴」

 

 あの娘とクロエ=フローレアの同時処分。

 恐らく、戦闘中の誤射という形で片を付けるつもりなのだろう。

 アドシアードになれば、警備も疎かになる。そして、そこに何らかの犯罪組織が絡んで来るとすれば――。

 問題はあの娘を軟禁している施設の場所を知らない事だ。

 それを知るのは課長だけ。だが、更迭されているのだ。新しい課長が別の場所に移送してしまっている可能性もある。いや、ここは信じるしかないか。姉さんが動いている事を。

 

「アドシア―ドに久世を潜り込ませるわ。確か、組み立て式の狙撃銃があったわよね」

 

「はい、用意は可能です。装備管理部も現状、機能していないので持ち出しさえ行えれば名前は残らない筈です」

 

 装備監理部まで機能していないとは。

 課長が更迭されて公安自体が動きを取れない状況になったというわけか。

 ただ、私達が動きやすい状況であるだけに何も言えないのだが……。

 

「そう。なら、私はそろそろ行くわね」

 

 そう告げると、会計を済ませ喫茶店を出ると止まっていたスポーツカーの助手席に乗り込んだ。

 趣味は悪くない。ただ、相変わらず香水臭い。また、ここに女を連れ込んでいたのだろうか?

 

「それで、何の用件かしら? 間宮さん」

 

「間宮一族は現在バラバラになってますし、本家の『暁座』からは除籍されてるので暗部としてそういう風に呼ばれるのはあまり好きではないんですけどね。出来れば、下の名前で呼んでもらいたいです」

 

「そう。それで、伊織がわざわざ出向いて来るという事は元課長から何か言伝でしょう?」

 

 どうやら、当たりらしい。隠す気もないらしく、一通の封筒を渡して来た。

 中に入っているのは一枚の紙。罠という事はないだろう。発信機のような物もない。

 

「相変わらずの警戒心ですね。課長からのプレゼントです。公安内部のデータへのアクセスキーだそうですよ」

 

「なるほど。システム上、誰かが管理者権限を持っていたと思っていたけど、貴女だったとは驚きだわ」

 

「どうして、私だとお思いに?」

 

 課長自体には完全な管理者権限はない。システム上、そうなっているからだ。

 課長の部下で信頼の厚いのは間宮伊織くらいだ。恐らく、元々暗部としての繋がりがあるのだろう。

 そこから引き抜いたと考えれば筋が通る。そして、代々に渡って暗部出身の人間が全データを管理していたのならば、分からなくもない。国への裏切りだけは起こらないからだ。

 まぁ、その為に前任の継承者が試験をするのだろうが。

 

「勘よ。それよりも、貴女の実家はイ・ウーに襲撃されてバラバラになったらしいわね。姪もソレが原因で先日命を落としかけたとか。それでも、貴女は赤の他人という態度をとるのかしら?」

 

「姪っ子といっても、殆んど面識がありませんでしたから」

 

「そう。ならいいわ」

 

 鉄仮面だが、僅かに動揺が見られる。

 実家を除籍されたと言っても、血のつながりまでは断つ事は出来ない。

 彼女もまた、己の血の在り方に迷っているという事か。

 つくづく思う。暗部というのは生き辛いモノだと。

 他人の悪意を処理する為に色々な物を犠牲にし、押し付けられる。

 機械にでもなってしまえば楽なのだろうが、間違いである事を知っているだけに思わず苦笑いを浮かべる。

 

「ところで、課長はこの後はどう動くつもりか分かる? このままだと、公安の存続すら危ういんでしょう?」

 

「推測になりますが、恐らくは世論調整に動くかと。無能共も国民の声となれば無視できませんから」

 

「政治というのは面倒な世界よね。聴こえのいい甘言だけを吐いておけばいいのだから」

 

 よくあの世界で課長は綱渡りをしているモノだと思う。

 私には無理な芸当だ。私には一公安職員が精々。政治の世界まで気を回せるほど、器用な人間ではない。

 課長は私を後任に期待しているようだが……。

 

「確かにそうですね。彼らは我々のような人間を穢れているというのでしょう。そんな我々に守られる事によって平穏を謳歌しているという現実はどこか矛盾しているように思えますけど」

 

「そう言えば、どうして公安に入ったのか聞いてもいいかしら?」

 

「つまらない話ですよ。私は本家とか分家とかそういう括りが嫌いでした。古いしきたりが見えない壁になり、私達を歪ませる。その癖、培われた技術はただ延命処置よ」

 

 分からなくもない。

 間宮は分家が暗殺、諜報。本家が要人警護や有事の備えと仕事を分けていた。

 それがいつしか、しきたりとなって見えない壁を作っていたのだろう。

 そして、その歴史の中で培われてきた技術も廃れて行ってしまう。それを避ける為にただ技術だけはこうして受け継がれていく。ただ、延命処置の為だけに。

 

「だから、私は公安に入りました。間宮という仕事を放棄し、新しい風を吹き込ませようとしたのですけどね」

 

「確かに公安0課は両方を行わなければならない。つまり、両立させてこそということか」

 

 公安は独自に捜査を行い、情報収集もしなければならない。

 だからこそ、諜報、暗殺も行われている。綺麗事だけでは世界は救えない。

 灰色の世界で国益の為に動くのが公安0課という組織だ。

 それを人は汚らしいというのかも知れないが。

 

「そう言う事です。ところで、この後はどのように? 我々も現状の貴女が公安0課に復帰していない為、有事の際の擁護は出来ませんから」

 

「分かっているわ。最悪の場合は私を斬り捨てなさい」

 

「ですが、それはあの男の目論見通りです。それは課長も望まれていないでしょう」

 

「だとしてもよ。私は私の正義を貫く。自分だけは曲げたくないから」

 

 課長が言っている事は恐らく正しい。

 どうしようもないくらいに間違いを犯そうとしているのは私の方だ。

 それが分かっていても私は間違いを犯さずにはいられない。

 間宮伊織はその言葉に静かに頷くとそれ以上は何も聞かなかった。

 

「分かりました。ご武運を」

 

 ご武運か。

 最悪の場合、次に出会う時は敵同士だ。

 そのような言葉を吐けば、決意が鈍る。

 だが、それも解った上での言葉なのだろう。間宮として生きてきた時間があるのだ。

 その程度の事を理解出来ない筈もない。

 だとすれば、この言葉の真意は一つだ。

 

「あぁ、精々足掻いてみるさ。この腐った世界でな」

 

 車から降りると雨は上がっていた。

 雲一つない晴天だ。しかし、どうする。公安のデータバンクにアクセスする鍵は手に入れた。だが、アクセスするには公安0課まで出向かなければならない。現状、公安0課の人間ではない為、それは難しい。

 内部の人間に頼むのは無理だ。信用出来る人間は少な過ぎる。

 何より危険だ。だとすれば、一つしか方法はないか。

 そう考えると、私は電話帳から一人の電話番号を選択し、通話をかける。

 

「もしもし、久し振りね。番号を変えていなくて助かったわ」

 

「貴女からの通話とは珍しいですね。どのようなご用件でしょうか?」

 

 通話先の相手は僅かに驚くとすぐに何かに納得したように何かの準備を始めたのを感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度の任務はイエローモンキーの誘拐か」

 

「ですが、今回の任務の襲撃場所は公安部の施設です。前回のような甘い任務ではないかと」

 

 確かに前回の任務は一人の戦死者を出したが、それ以外は成功。

 二人の介入者が入らなければ、αは死なずに済んだだろう。

 それを踏まえて言うのならば、今回の作戦はこの国の裏の最高戦力と言って過言ではない。

 表の最高戦力であるSATも同時に相手取る可能性もある。事をしくじれば事態の流れは分からない。

 何より問題は久世遙の帰国だ。それに加え、イ・ウーの動きも不透明。

 それにしても、上はどうしてこの女を欲しがっているのだろうか。分からない。

 

「でも、現政権とは取引している筈よ。それをどうして、我々が動く必要があるのか」

 

「恐らく、取引の失敗を回避する為かと。立花班とイ・ウー、穴倉の連中が動く可能性があります」

 

 取引の中断を危惧したという事か。

 だが、向こうもバカではあるまい。何かしらの手回しをしている筈だ。

 それなのに、そこまで重要な人物であるように思えない。

 日本でも有数の大事件を起こした極悪人。それをわざわざ手中に収めようとしている理由が見えない。

 何か裏があるという事だろう。わざわざ、イ・ウーと穴倉が動くのがその証拠だ。

 

「メンバーの選抜は任せる。項羽が出た場合は私が押さえる」

 

「御意。そのように指示しておきます」

 

 そう告げるとリスティはそそくさと室外へと出ていく。

 残された室内で今回の任務の状況を確認する。

 施設内部の警備状況を見る限り、厳重な警戒だ。殺しを許容される公安0課が生きたまま捕らえた重犯罪者を入れる為の施設。どうやら、収容者名簿を見る限りアメリカ人も数名いるようだ。

 だが、彼らの奪還作戦ではない。身元不明の犯罪者だ。

 犯罪歴を見た限り、公になっているのは捕まった際の一回だけ、か。

 

「まぁ、与えられた任務をこなすだけか」

 

 敗北は弱者である証明。

 だからこそ、勝ち続けなければならない。自分達の存在証明の為に。

 ただ、気がかりなのはあの時にαを撃破したもう一人の人間だ。

 情報収集に失敗し、どのような人物だったかの足取りはない。

 それだけに不気味だ。公安の命令で動いていた節がある為、公安内部の人間と推測されているが。

 送られてきた指令所にライターの炎を近付けて燃やすと灰になるのを確かめ、標的の写真にナイフを突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。そこが収容されている施設というわけか。しかし、意外だな。それを穴倉ではなく私に教えるとは」

 

「穴倉の連中は別口で情報を入手しておるであろう。ならば、保険としてじゃ」

 

 確かに穴倉の連中の戦力は認めざるをえない。だが、今回の裏で動いている連中との戦闘経験はない。

 それ故に奴らと相対しており、それなりに動ける項羽を別働隊として今回の事件に組み込もうとしているのだ。

 項羽もその事を理解しており、何も言わない。ただ、公安0課課長から手に入れた情報を流し読みしている。

 

「大体は理解した。だが、本当にここに収容されている保証はあるのか?」

 

「分からん。じゃが、つい数時間前までは確実にそこに収容されておった。我の式で見張っておるが、まだ動きはないのじゃから今の所は問題ないじゃろう」

 

 だが、あくまで今の所である事には変わりない。

 公安0課課長が更迭されている以上、いつでも自由に政府の命令で動かす事が出来る。

 国外に移送されるとするなら、アメリカ軍基地を経由するだろう。

 基地に入られてしまえば、穴倉の連中は手出しが出来ない。

 そうなる前に確保できればいいのだが、そう上手く行くとも到底思えないのが心情だった。

 

「分かった。なら、私もその施設の近辺で様子見をして来るとしよう。はぁ、こんな事なら山の翁の奴をこっちに連れて来るんだったよ。魔剣の手伝いより、アイツ向きの仕事だったのに」

 

「物事はそう上手く行く物でも無かろうに。しかし、その様子だとあの剣士は一皮剥けたようじゃな」

 

「まぁな。お前と戦ったお蔭で剣士としての道を取り戻したらしい。まぁ、精々なるようになるだろう。今回の仕事は恐らく失敗するだろうがな」

 

 なるほど。長年の勘という奴か。

 確かに星見でもそのように出ているのは認める。だが、それが覆る事も希に起こる。

 特に今回は色々な物事が複雑に絡み過ぎている。何より、肝心のこの目標を誰が確保するのか分からない。

 いや、もしかしたら誰にも確保されないのではないか。そんな言葉すら頭に過ぎってしまう。

 収容された人間にしては大人しい。経歴も殆んど不明。

 先の事件で精神面が死んでいる可能性もあるが、どうにもそれはキナ臭い。

 実際にあった事はないが、その手の事を平然と騙せるだけの人間である気がしてならないのだ。

 あくまでも、多くの人間を見てきた上での直感でしかないのだが。

 

「まぁ、その時はその時だよ。それに、不可能と言われた方が燃えるというものだろう」

 

「それはお前くらいじゃろう。それより、分かっておると思うが、今回は絶対に穴倉の連中とは揉めるなよ。奴らが出て来たとしても、無視せよ。その事を肝に銘じて置け」

 

「了解。無駄な争いは好まないし、今回は標的の確保が最優先だ。敵の敵は味方ってやつだろう?」

 

 項羽の言葉を一応は信用しているのだが、嫌な予感がしてならない。

 何故なら、項羽が探していた相手は穴倉にいる。そして、恐らくは今回の一件に絡んで来るからだ。

 戦闘狂として知られる項羽がその事を知って、それを抑えられるか。やはり、ここは私も出向いて……。しかし、あまり表の世界に首を突っ込めば他の妖怪共に迷惑がかかってしまう。

 特に星伽白雪誘拐の方で向こう側は険悪になりかねない。その中での行動はあの老狐に嫌味を言われかねない。

 普段なら軽くあしらってやるのだが、今後の戦争の事まで踏まえるとあまり荒立てたくないのだ。

 恐らく、アレが最も警戒するであろう存在が我であるだけに。

 

「信用はならんが……。まぁ、今は信じるしかあるまい」

 

「ところで、アンタは教授が死んだあとはどちらに着くつもりなんだ?」

 

「愚問じゃな。我はどちらにもつかん。それが前戦争からの盟約よ」

 

 その言葉に何度か項羽は頷いた。

 そして、不敵な笑みを浮かべるとこう返答して来る。

 

「なるほど。なら、私もそうしよう。その方が面白そうだ」

 

 面白そう。なるほど、今回の戦争の私の立ち位置を理解したらしい。

 この戦闘狂はそれでもその選択肢に賛同したという事だ。全てを敵に回すという選択肢を。

 研磨も主戦も関係ない。バカな化物共に現実を突き付ける。我らは陰の存在であり、表に出るべきではないと。

 

「それでアンタだけがそこの戦力って訳じゃあるまい」

 

「さぁな。お主にそこまで応える義理はあるまい」

 

 その言葉に満足した項羽は一人、闇に姿を消した。

 現状の勢力図から恐らく主戦派が有利と見ている。研磨など弱者だからだ。殺し殺されの世界でこそ、強者を作り上げる。だが、同時にそれはもはや人とは呼べなくなるのが現実だ。

 穴倉の連中もそれを知っており、だからこそその主戦派の連中を抑え、混乱を最低限で抑える為に動き始めているのである。恐らく、ここに来たのと同様に各方面への通しは既に終了させているだろう。

 時代が変わろうとしている。それが人の世なのか、怪物の世なのかは誰にも分からないが、時代の潮目はこくいっこくと迫っていた。




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