緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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切開

 地下を歩き続け、目的地も間際になった所でフィアナは足を止め、袖で口と鼻を塞いだ。

 異臭がする訳ではない。ただ、咄嗟に何かを感じ取ったのだ。

 先に行かせている星伽姉妹は何も気づいていないようだが――気のせいだろうか?

 辺りを警戒しながらもゆっくりと広場へと足を踏み入れるとそこにはパイプをする夾竹桃の姿があった。

 何故、ここに夾竹桃がいるのか。そんな事を考えている余裕はない。ここは既に夾竹桃の狩場と化しているのだ。空気の流れが少ない空間だけに長期戦を行うのは厳し過ぎる。

 

「安心しなさい。報復なんて無粋な真似をするつもりはないわ」

 

「無粋ですか。毒を使っておいてどの口がいう言葉ですかね」

 

 ばたりと粉雪と白雪が倒れる。

 耐性が無い分、毒の回りが早かったのだろう。だが、ここで死なれては今後の行動に支障が出る。

 それだけに横目で夾竹桃を確認しつつ、粉雪の容体を確認するのだがどうやら今は気絶しているだけらしい。

 容体に現状は異常なし。だが、間宮の事もある。油断させておいてという可能性も捨て切れない。

 あの時は此方の有利に事が進んだだけ。油断ならない相手である事には変わらない。

 夾竹桃はそんな此方の警戒を全く気にする事はなく、紫煙を吐き出した。

 

「これで邪魔者も居なくなった事だし、腹を割って話せるんじゃない?」

 

 状況から考えて彩峰がここにいないという事は奴は来ないと考えるべきか。

 だとするなら、この状況を打破して次にどう行動するか。これ以上星加を連れ回しても邪魔なだけだ。

 

「それが正しい選択よ。もしも、魔剣の計画を破綻させたいのなら星伽白雪を殺してしまえばいい。そうするのが最も効率がいい方法。今の貴女にとってそれは足枷でしかないでしょう?」

 

「何が言いたい……」

 

「単純よ。見捨ててしまえば、単独で包囲網を突破出来たでしょう? 星伽に義理もない。恩を売る意味もない。それなら、見捨ててしまえば良いじゃない」

 

 夾竹桃の言葉がフィアナに突き刺さる。

 確かにその通りだ。こんな事をしなくても、雲隠れなら可能。公安0課を表舞台に引き摺りだすなら別の方法もあった。星伽白雪がどうなろうが無視すればよかったのだ。

 しかし、それを選ばなかった。いや、本当に選ばなかったのだろうか?

 

「正義の味方を名乗るならその選択は理解出来なくもない。でも、あなたのこれまでの行動は公共の正義に反している。常に結果を優先し、過程を無視し続けてきた。人を殺す事も辞さないような此方側の人間」

 

 何も言い返せない。沈黙は肯定。だが、言い返す言葉が見付からない。

 

「悪人だから殺せる。善人は殺せない。そんな簡単な線引きなら、興味もなければどうなろうが知った事ではなかった。だけど、もっと単純に夕闇に留まり続け、殺そうとした人間だけを殺す。そんなプログラムを植え付けられた機械のような人間に負けたとあっては話は別よ」

 

 夾竹桃はゆっくりと此方へと歩いて来るとフィアナに紫煙を吹きかける。

 

「人は一生で一人しか殺せない。私はあなたが他人を殺す事を選んだと思ってた。でも、こうして対峙して確信したわ。あなたはその選択をする事を拒んだ。だからこそ、星伽白雪を見捨てられなかった。見捨てたら――夕暮れ時に留まれなくなるから。押し止めている最後の一欠けらが崩壊してしまって」

 

 狂気の呑まれてしまえば異端にしか映らない。異端と日常。異端であればある程に日常でも浮いてしまう。

 光の中で影が際立ってしまうように。それ故に夾竹桃の目から見ても経歴上、異常に見えてしまうのだった。

 

「だったらなんだ。邪魔をするなら容赦しない」

 

 銃口を夾竹桃の額へと向ける。

 だが、夾竹桃は動かない。まるでその引き鉄を引けない事を最初から知っているかのように。

 

「撃つなら撃てばいい。私は敗者でしかないのだから」

 

 銃声が辺りに響き渡る。

 ゆっくりと血が流れる。夾竹桃の頬に出来上がった薄らとした赤い線から。

 拳銃を持つ腕の震えが止まらない。どうして、今になって思い出したのか。何故、今更恐怖するのか。

 気付けば両膝を着いていた。負けだ。

 

「人を殺せない殺し屋……ね。聞こえはいいけれど、随分と憐れね。でも、少しだけ羨ましいわ」

 

 夾竹桃が何を思ってそう呟いたのかフィアナは理解出来なかった。

 不完全な殺し屋。人を殺せないから不完全なのではない。敗者を殺せないが故の不完全。失敗作。

 命を賭けた戦いに次はない。勝者には生を。敗者には死を。それが戦いだ。

 しかし、フィアナにはその負けを認めた相手を殺せないという欠点を抱えていた。そして、それと同時にその不完全性を補う形で人を殺すという罪の意識を――。

 

「少なくとも、あなたはいい意味でも悪い意味でも純粋なのね。そして、その腹の中に飼い殺している獣によって破綻とまで言えるソレの釣り合いを保っている。歪が故にそれは美しい。尊いとでもいうのかしらね。本当に穴倉というのは興味が尽きないわ。そうは思わないかしら? 公安0課さん」

 

 夾竹桃が睨んだ先には大荷物を抱えた彩峰の姿があった。

 持っているのは機材。しかし、状況が状況だ。彩峰としても対応を迷っていた。

 主任の部下が辺りを嗅ぎまわっているのにもかかわらず、目の前には戦意喪失したフィアナと死亡認定された夾竹桃。本来、公安としてならば処分すべきなのだろうが状況が悪すぎる。なにより、人質までいるとなれば……。

 

「一応、あなたにもいっておくけれど今の私はイ・ウーの人間ではないから、魔剣の仕事の援護はするつもりはないわよ。あくまでも、見届け人としてここにいるだけだから……『穴倉』の人間として」

 

「穴倉ですか。その割にこの状況はどういう事でしょうか?」

 

 フィアナが戦意喪失している事は想定の範囲外だ。

 主任の犬も鼻を利かせて辺りを嗅ぎまわっている筈だ。流石にここにいる全員を回収して包囲網脱出は不可能だ。彩峰としても自分の身は可愛い。誰だって死にたくはないのだ。

 

「穴倉の盟主から伝言よ。戦う理由がない事で戦えないのなら、その歪みすらも受け入れなさい。そうすれば、あなたに敵はいなくなる。だそうよ」

 

「敵はいなくなる……か。なら、俺はこれ以上何を犠牲にすればいいだよ!」

 

「さぁ。それに対する答えを私は持ち合わせていないわ。ただ、一つだけ言えるのは穴倉の盟主はその答えをあなたが持っていると思っていて、そんなあなたを次期後任として押している事くらいかしらね」

 

 そして、夾竹桃はそう呟くと彩峰を横目で確認しつつ、こう続けた。

 

「それから、貴女の首輪はアメリカの手には渡らなかったようよ。第三者が横からかっさらったみたい。イ・ウーでもなく、穴倉でもない。それだけの力を保有するグループが」

 

「穴倉以外の外部組織による公安施設襲撃……頭が痛い……」

 

 彩峰が頭を抱えるのも無理はない。

 公安の網にそれ程の組織が引っかからなかったのだ。課長が変わったとは言え、そこまでの落ちぶれていたとあれば公安0課の存在意義にまで疑問視されてしまう。

 何より、そんな組織に心当たりが全くない事が問題だ。

 彼女を手に入れる意味。そんな物がある組織は考えうる限り、アメリカと穴倉ぐらいだと思っていただけに。

 

「……なるほど。主任もあせっているって訳か」

 

 アメリカに移送する筈だった交渉材料を横からかっさらわれた。

 それはフィアナに対して公安がかけていた首輪が外れた事を意味している。つまるところ、これ以上の失態は許されないという事だ。これ以上の失態は重ねられない筈。

 もう失うものは何もない。いや、あるじゃないか。

 

「彩峰――星伽白雪を連れて離脱しろ。予定通り、雑な隠ぺいをしてな。俺は星伽粉雪を使って奴らを釣り上げる。恐らく、主任の部下は俺を追う筈だから逃走には苦労しない筈だ」

 

「確かにその通りですが……大丈夫なのですか?」

 

 先程までと明らかにフィアナの様子が違う。目の焦点があっていない。

 あの目は死に場所を求める物の目だ。だが、それを分かっても止める事は出来ない。

 そんな風に彼をしてしまったのは他ならない。公安0課なのだから……。

 

「そう、なら私もお暇させて貰うわね。あんな獣たちに囲まれたらなすすべがないモノ」

 

 そう告げると夾竹桃はフィアナの隣りを通り抜ける。

 

「せいぜい、足掻いて見なさい。もしも、生き残れたのならあなたは本物よ」

 

 耳元で夾竹桃はフィアナにそう呟くと姿を消した。

 何の為にここに現れたのか。足止めだったのか。理解に苦しむが障害は消えた。ならば、前に進むしかない。そう結論付けると、フィアナは粉雪を抱えて更に奥へと潜って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、東京武偵校の地下。しかも、アドシアード中に殺しか?」

 

 先程、フィアナと夾竹桃が話をしていた区画。時間にして十五分後。

 そこには大量の血痕と空の薬莢が落ちていた。血痕もまだ乾き切っていない。

 蘭豹の目に飛び込んでくるこの状況をどう結論付けるか迷っていた。

 第一の可能性が星伽。第二がフィアナ。第三が敷地内で不穏な動きを見せている人間。

 候補が多過ぎる。何より、証拠を隠滅しようとしていない点が不自然だ。

 何か別の意図があるのだろうか? そう言えば、フィアナと共に星伽姉妹が消えたと報告が入っていた。

 そこである可能性が頭に浮かび上がる。

 だが、それを決定付けるには肝心の死体が足らない。

 

「久世の話が本当なら――公安0課の線は消える。アイツらがこんなあからさまな証拠を残す筈がない」

 

 徹底した洗浄を行い、足跡を消す筈だ。だからこそ、同時にフィアナの線も消える。

 公安絡みではないとするなら、浮かび上がるのは星伽。出血から考えて、大きい動脈が損傷しており、失血死だろう。血はそのまま水路に続けており、そこから投げ込まれた、か。

 遺体が見つかるまで時間がかかる。それまでは星伽白雪もしくは粉雪が死亡したかもしれないという曖昧な情報に振り回される事になる。状況証拠からだ。血もDNAの検査をしなければ判断出来ない。

 ここから推理されるのは一つ。時間稼ぎ。外部に協力者がいたのなら、血液と遺体を用意する事は難しくない恥だ。それを分かった上でやっているとすれば、白雪もしくは粉雪のどちらか一方は脱出している事になる。

 

「そこまで踏まえた上で推測したなら、この状況の目的は一つか」

 

 時間稼ぎと誤報を飛ばす事。

 恐らくはフィアナを追うであろう公安を無意識の内に武装探偵に囲い込ませるという思惑があるのだろう。

 ならば、ここはどうするべきか。選べる選択は乗るか。降りるか。

 降りた所で事実が突き止められるまで時間は短い。だが、これは状況を整える為の罠と考えれば……。

 

「あー。高天原、東京武探校地下で大量の血痕と空薬莢を発見。状況から考えるに星伽白雪が死亡した可能性が浮上した。殺人犯がまだ学園島付近に潜伏していると推測される。警戒態勢を敷くように指示しろ。流石にこの時期にこんな不祥事は大臣まで来ている状況では大問題だからな」

 

 あくまでも可能性だが、もしも事実ならば大問題。

 その可能性すらも僅かすぎるものなのだが、気にしない。重要なのは大臣が来ている場で不祥事が発生したのならば、生徒ではなく教務科の人間も対応に当たる必要が出て来るという事だ。

 何より、公安の相手は生徒には荷が重いだろう。まだ青臭い餓鬼どもには。

 

『星伽さんが……わ、わかりました。すぐに他の先生たちにも動いて貰うように連絡を取ります。蘭豹先生はどうします? そのまま犯人を追うんですか?』

 

「一応な。あと、お前の友人にも伝えといてくれ。どうやら、予想よりも不味い事態になりそうだとな」

 

 星伽白雪が死亡したという情報から魔剣がどのような動きを取るか分からない。

 そして、それに加えてフィアナを追う形で公安0課が動いている、この状況、死者が多数出てもおかしくはない。だからこそ、セミプロでしかない生徒には荷が重過ぎる。遠山や神崎でもだ。

 相手は殺しのプロ。殺さずの精神を貫けるだけの力量がない人間には辛い相手だ。

 蘭豹は煙草を咥えると火を点け。紫煙を吐き出す。

 そして、M500に弾薬のリボルバーに銃弾が装填されている事を確認する。

 逃走ルートは二つ。一つは奥に。一つは地上に。

 地上は久世が押さえている。ならば、地下を進むべきだろう。

 意識を昔の物へと切り替えると腰を低くし、一気に駆け出す。

 確かに距離は取られているが、推測が正しければ相手はまだ重荷を抱えている筈だ。ならば、追い付く事だけに絞れば問題ない。何を考えているのか問いただす余裕もある筈だ。

 ――勝てるかどうかわからないが。

 曲がり角に近付くと声が聞こえてくる。小娘が大騒ぎしているような声だ。恐らく、粉雪。

 不意を打つ為に息を殺すと壁に寄り掛かる。

 勝負はいつだって一瞬だ。勝者がいて、敗者がいる。

 

「そこまでだ」

 

 そう言って通路から飛び出すとM500を構えるのだが、問題のフィアナの姿が見えない。

 視界から消えた? 一瞬、判断が遅れるのだがそれでも身体が何をすればいいのかを覚えていた。

 フィアナのナイフが首をかすめる直前、M500を突き付ける。

 互いに動けない状況。目と鼻の先にいる相手。

 完全な不意打ちを突いたと思ったのだが、どうやら相手の手の中で踊っていたのは此方らしい。

 

「まさか、ここまでやるとはな。予想外だよ」

 

 互いに動けない状況。その事を即座に判断するとフィアナは蘭豹から距離を取るのだがその隙を見逃す筈がない。即座にM500の引き鉄を引いた。フィアナの腕を狙って……。

 だが、その銃弾をまるで予期していたかのようにステップで躱すとそのまま此方に突っ込んでくる。

 

「おいおい。それだけの技能があれば別の道もあったやろうが!!」

 

 腕でガードした事により、左腕にナイフが突き刺さる。突き刺さった瞬間、傷口を広げるようにナイフを捩じった事により激痛に顔がゆがむが気にせず、右腕でフィアナを殴りつける。

 しかし、どうやらフィアナは殴られた瞬間に後ろに跳んでダメージを軽減したらしくすぐに体勢を立て直す。

 

「別の道か。それを潰したのはアンタ達だろうが」

 

 その言葉に蘭豹は一瞬だけ判断を戸惑ってしまう。

 そして、それが決着を着ける事になった。

 蘭豹の持っていたM500は宙を舞い、水路へと落下する。そして、フィアナは取り出したOTs-38を突き付けた。

 

「俺の勝ちだ」

 

 フィアナは蘭豹にそう告げると引き鉄に指をかけた。




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