緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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終幕

 身体に衝撃が走る。

 死角からの突進だ。完全なる不意打ち。してやられた。銃身がそれ、弾丸は蘭豹の額からずれる。

 身体の重心もずれ、体勢を崩してしまう。そんな隙を蘭豹が見逃す筈がない。

 

「悪いけど、こっちも強襲科を受け持っとる矜持ってもんがあるんでな」

 

 相手は素手。確かに一撃の早さは蘭豹の方が有利。

 こちらは身体を持ちなおすのにワンテンポ遅れてしまう。

 しかし、その程度の問題なら無意味だ。瞬発力だけで言えばこちらが上。

 紙一重で避けて反撃を――。そう思ったのだが、目の前の光景に思わず舌打ちしてしまう。

 先程の突進を行ったのは星伽粉雪。そして、蘭豹はその乱入者に気付いていない。

 フィアナが避ければ確実にその攻撃は粉雪を襲う。よくて、複雑骨折。悪ければ即死。

 ここでの選択は見捨てる事だ。もはや、粉雪に価値などない。

 だが、咄嗟に身体が動いてしまう。粉雪を引き寄せるとその一撃を敢えて受けた。

 

「随分と温いパンチだな」

 

 入り方が悪かったのか、一瞬意識が飛びかける。

 だが、それでも意識を保てたのは……なるほど。腹部が熱い。

 視線を下に落とすとそこには小刀が刺さっていた。傷口は浅い。戸惑ったのだろう。

 だが、これ以上深く刺されてしまったら不味い。

 粉雪を蘭豹の方へ突き飛ばすと一旦距離を置く。

 抜けば出血は増える。だが、抜かなければ動きを阻害する。

 その二択の中でフィアナは抜く事を選択した。出血というリスクを取って。

 仕掛けては来ない。蘭豹も粉雪の安全を確認しているのだろう。

 

「なんで! なんで、姉さまを!」

 

「おいおい。まさか、姉さまは絶対に死なないなんておめでたい事を考えていたんじゃないだろうな? 刀も銃も人を殺すための道具だ。それを振り回しといて自分だけは大丈夫なんて温い思考してんじゃねぇぞ!」

 

 そう叫ぶとフィアナは刺さっていた小刀を粉雪に向かって投げる。

 そして、その小刀は粉雪のすぐ真横の壁に当たるとカランと音を立てて冷たいコンクリートの床に落ちた。

 

「それに自分は清廉潔白な人間とか思ってるんだろうが、お前も同類だ。お前は確かに殺意を持って俺を刺した。その時点でお前も十分に穢れきった人間って訳だ」

 

「ちが……わた、わたしは……」

 

「同じだ。違いはただ建前があるかないかだ。建前で罪を雪げる。お前は大好きな姉を免罪符にして俺を殺そうとした。俺は――星伽白雪という存在が邪魔だから殺した。殺しに綺麗も汚いもないのなら、同罪だ」

 

「それで、お喋りはお終いか? 人質はもういない。逃げ場はないぞ」

 

 蘭豹が会話に割り込んで来る。これ以上は子供に聞かせる話ではないと言いたいのだろう。

 確かに箱入り娘には刺激が強過ぎたか。身軽になった以上、蘭豹に構う理由はない。引き時は弁えている。

 スカートの中へ手を入れると発煙筒に手をかける。

 蘭豹も足手まといを連れてまで追ってこない筈だ。何より、これで両者の安全は確保された。

 後は魔剣と追っ手の公安だけだ。腹を刺された事は完全に予想外だったが……。

 

「それはどうかな? お前が武装探偵である以上、博打は出来ない。違うか?」

 

 地下の区画の地図は頭に入っている。目を潰された所で問題なく辿り着ける。

 カンという音を立てて発煙筒が床を転がる。それと同時に煙が吹き出し、辺り一面が煙に覆われた。

 蘭豹の手には銃はない。そして、近くには一般人である粉雪。もしも、見捨てる事を選んだのなら追う事も出来るだろうが、武装探偵である事がソレを許さない。

 個人ではなく、職業を優先する。だからこそ、分かり易い。

 刺された傷口を縫合しながら、暗い通路を進んでいく。開けた空間に出ると、そこには予想通りの物が存在していた。脱出艇。星伽白雪を奪取後の事を考えれば当然だろう。

 問題はそれがどう考えても魚雷を改造したものにしか見えない事なのだが……。

 

「まぁ、だとしても一筋縄ではいかないわな。だろう。魔剣」

 

「ほぉ。気付いていたか。流石と言っておこうか」

 

「おいおい、そんな殺気立ってたらここにいるって教えてるようなもんだろう」

 

 警戒心と策を台無しにされた事から殺意が漏れだしている。

 分かり易い。策士が自分から姿を現してくれるとは……。

 相手が化物である事は理解している。超能力――人智を超えた力だとしても、それが勝負を決める決定的な物にはなり得ない。やり様はいくらでもある。

 袖口に隠しておいたナイフを手の平へと滑り込ませるとそれを即座に魔剣へと投擲する。

 

「そんな小手先の技術など無意味だ」

 

 そう言って、魔剣は手に持っていた剣でそのナイフを弾いた。

 つまり、剣を持つ右手は伸びきった状態。だが、両刃。日本刀なら峰である為、そのまま振り上げる事は出来ないが、西洋剣なら難なく行う事が出来る。

 

「時間がないんで、御託に付き合うつもりないんだわ」

 

 一気に走り込むと剣で切られるより早く拳を叩き込もうとする。

 だが、魔剣へあと一歩の所で足が動かない。そして、目の前には剣が迫っていた。

 

「項羽が評価していたからどんなものかと思えば、この程度か」

 

 至極残念と言いたげな顔をする魔剣に対し、不気味な笑みを浮かべる。

 甘い。甘い。狩りって言うのはそうやって油断した瞬間が一番の絶好の機会なのだ。

 魔剣の刃が宙を斬る。完全に捉えていたはずの斬撃が逸れた。

 その次の瞬間、魔剣の頭を強い衝撃が襲った。その衝撃で二歩後ろに下がる。

 

「なるほど、確かに厄介だ。こうして氷で敵の動きを止めて仕留める。悪くない。悪くないが、この程度で拘束したつもりになっているのだとしたら甘過ぎる。随分と、生温いな」

 

 魔剣との距離は互いに射程範囲外。

 この状況では自由に動き回れる魔剣が有利になる。先程の攻撃の正体を突き止められたのならの話だが。

 

「だが、その氷は私が解かねば逃げられん。袋の鼠だ」

 

「なるほど。確かに壊れそうにない。だが――」

 

 そう言うと、凍り付いた右足に力を込める。

 氷はびくともしない。ヒビが割れるどころか、拘束を強めようと周りへと侵食していく。

 

「何をしようとしているか知らんが、あまり……なん、だと……」

 

 氷を粉砕した訳ではない。氷はまだ右足に張り付いている。

 だが、右足は自由だ。少しばかり重くなってしまったが、武器が増えたと思えば問題あるまい。

 右足にコンクリートの塊を。即ち、氷ではなく床のコンクリートを踏み砕いたのだ。

 その事実に魔剣も驚愕の表情を浮かべる。予想外の方法だったのだろう。

 

「手品は終わりか? なら、次はこっちから行くぞ」

 

 そう宣告するとその右足を魔剣へと振り下ろす。

 壊せない氷。コンクリートの塊。それだけで十分な凶器だ。

 氷を解いてしまえばその凶器は消滅する。だが、右足へと侵蝕を開始したソレが無効化されてしまう。

 それだけに魔剣は迷っていた。どうするべきか。

 だからだろう。咄嗟に判断が遅れ、剣で受けるその一瞬まで氷を解けなかった。

 僅か僅差。もしも、氷を解くのが一歩遅ければ剣を砕かれていただろう。

 

「あらら、解いちまったか。まぁ、お遊びも終わりだ。こっからは本気で行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 下手な超能力は通用しない。

 それがジャンヌが出した結論だった。

 超能力という優位な力を持っている筈が、それすらも無意味にする。全力で凍り付かせるという方法もあるが、恐らくそれすらも無意味なのだろう。

 なるほど、これでは項羽や滝夜叉姫が認める訳だ。

 魔女とは違い、その技術のみで達人の域に上り詰めようとしている。

 だからこそ、羨ましい。それだけの才能を持ちながらこんな場所にいる事が妬ましい。

 

「そうだな。もうお遊びは止めにしよう」

 

 下手な小細工は通用しない。

 ならば、真正面からの戦い以外に道はない。

 デュランダルを構え直すと相手が動くより先に仕掛ける。

 ナイフ二本。上手い。片手でデュランダルを受け、残りで致命傷とは言えない程の傷を負わせていく。

 何より、先程の攻防で暗器を仕込んでいる事が分かっているだけに下手な行動がとれない。

 こちらの動きを完全に制御している。やり辛い相手だ。これ程の相手がこれまでイ・ウーの中で話題に上がらない事に疑問を覚えてしまう程に。

 恵まれた身体能力。技術。それだけの物を持ちながら環境に恵まれなかった。

 

「イ・ウーに来い。こんな所で使い潰す必要はない」

 

「死者に口なし」

 

 そう呟いた瞬間、ナイフを振る速度が上がった。

 懐に入り込まれている。当然、長い獲物であるデュランダルでは応戦が難しくなる。

 なら一旦距離を! そう思ったのだが、気付けば背後は壁。左右にしか逃げられない。

 だが、逃げに動けば視線を外してしまう。なら、これ以外に方法はないか。

 デュランダルを左手に持ち直すと右手をナイフに向けてはなった。

 

「なるほど。便利だな。武器まで作れるのか」

 

 氷で出来たナイフが宙を舞う。

 その手の武器は使い慣れていなかったが、ここまでとは思ってもいなかった。

 だが、これで注意は逸れた。

 ナイフが突き刺されたのだろう。甲冑の隙間が朱く染まる。

 完全に痛み分けだ。何故なら、目の前には頭から血を流すフィアナの姿があるのだから。

 簡単な事だ。わざと弾き飛ばさせた。そして、宙を舞っている氷のナイフを雹のようにして自然落下させたに過ぎない。殺気すらない死角からの攻撃ならと思っていたが、気付かれたのだろう。致命傷は免れたようだ。

 

「やれやれ、流石だよ。だが、そう簡単に負けは認められんな!」

 

 傷口を凍らせて止血するのも忘れてデュランダルを両手で構える。

 互いに満身創痍。こちらは先の滝夜叉姫との戦いから完全に回復している訳ではない。

 向こうもどうやら何かあったようでわき腹から赤い血が流れ出していた。

 この一撃に全てを賭ける。その意気込みでデュランダルの柄を握りしめると掛け声をあげて斬りかかる。

 フィアナはそれを目にし、面倒臭そうに溜息を吐くとナイフを手の中で一回転させ斬りかかる。

 

 プシュ。

 

 目の前が真っ赤に染まる。

 何が起こったのか理解出来ない。目の前には血だまりに倒れるフィアナ=シュトレーゼの姿があった。

 だが、デュランダルの刃は血に塗れていない。そこでようやく気付いた。自分を狙う赤いレーザーサイトに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ。一発撃たせたか……」

 

 一射必中で仕留めてはいるが、流石に同時に何人も狙撃できるわけがない。

 粗方の狙撃手は片付けたがしくじった。繚乱さんになんと謝ればいいか。

 組み立て式の狙撃銃はどうやらその役目を終えたようでもう銃弾を発射できそうにない。

 残りはサブウェポンで乗り切るしかないが、それでは流石に狙撃は……。

 

「随分と暴れ回ってくれてるようだねぇ。久世ぇ」

 

「暴れ回る?あんな雑魚を倒した所でスコアの足しにもなりはしませんよ」

 

 主任――個人的に一番面倒な人間に見つかっただけにどうしようもない。

 しかも、今は公安の人間ではない。そんな人間が狙撃銃を持って公安の作戦遂行中の狙撃班を壊滅させたとあってはおとがめなしという方が無理だ。

 

「それから、随分と舐められてませんか? そこは私の必中距離ですよ」

 

「あはははは。舐めちゃいねぇさ。テメェの凄さは身に染みて分かってる。サブウェポンでも相当数の人間を葬って来てる訳だしな。だが、いいのか? ここで俺を撃てば大事な大事な繚乱の野郎を極地に立たすことになるぜ」

 

 その言葉に思わず舌打ちする。

 この状況でこの男を射殺すれば逃げ場はない。だが、それを利用して繚乱さんまで吊し上げるつもりだ。

 自分だけなら許容出来るが他人まで背負う程、私は出来た人間ではない。

 問題はここをどうやって切り抜けるかだ。主任の事だ。ただで帰すつもりはないのだろう。

 

「銃を捨ててこっちへ蹴れ」

 

「銃をそっちへ蹴ればいいのね」

 

 銃を床に置くとそれを主任の方へと蹴り飛ばした。

 これで完全な無手。随分と堕ちたモノだ。昔の私ならこれくらいの難所を難なく突破していただろうに。

 これで生殺与奪権は無効に委ねられてしまった。本当に“借り”は作りたくなかったのだが。

 

「おや、こんな所で何をやっておられるんですか? 公安0課課長」

 

「緑松武尊……ちっ、そういう事か」

 

「誤解が解けたようで助かりました。あまり、事を荒立てたくはありませんでしたから。何分、学園島内部に不穏な人間が多数侵入していた為、念の為警備をツテでお願いしていたのですよ。見事、完全排除してくれたようですが……。何か問題がありましたか?」

 

 ここは公安の範囲外。そこで勝手な作戦行動を行った事が世間に公表されればどちらがダメージを受けるか。

 人員と地位。それを天秤にかければどちらを選択するべきかなど一目瞭然。

 何より、主任と言えども緑松武尊を個人的に敵に回したくはないのだろう。

 それ程までに警戒すべき相手なのだが、こちらには友好的で助かった。

 

「へいへい。問題はありませんよ。今回はそういう事にしておきましょう。ですが、次はねぇぞ」

 

「肝に銘じておきましょう。ところで、今回のアドシアードの被害はどこに請求すれば?」

 

 その言葉に主任は苦虫を潰したような顔をする。

 矜持を踏み躙られたようにでも感じ取ったのだろう。ざまぁみろというものだ。

 緑松もしてやったりという顔をしている。主任は緑松から被害総額の紙を受け取ると軽く舌打ちし、屋上から姿を消した。

 

「無事なようで何より。しかし、随分と警戒されてしまいましたね」

 

「助かりました。これで懲りるような男でもありませんし、また何かを仕掛けて来るんでしょうが……。早く戻って来て欲しいモノですね。前公安0課課長に――」

 

「彼女は今は外事課でしたか。まぁ、転んでもただでは起きない人でしたから――色々と外堀を埋めて戻って来るでしょう。あまり、敵に回したくないタイプでしたからね」

 

「まるで、昔を知っているような言い方ですね」

 

「何度か背中を預けた仲ですし、彼女が前線を退く事になった事件にも関わりましたからね」

 

 それは意外。あの雌狐にそんな過去があったとは……。

 久世遙と名乗る前の過去を思い返せば、ここにいる連中は基本的にそういう過去を背負った人間ばかりなのかもしれない。過去という名の鎖からは何人たりとも逃れられないという事なのか。

 

「しかし、随分とやらかしてくれましたね。身元不明の遺体をどう処理するか」

 

「偶然流れ着いたってのも不自然ですからね。あぁ、狙撃地点がここってのも不味いですもんね。あはははは」

 

 身元不明遺体。射殺死体。狙撃地点が東京武偵高校屋上。これで問題が起きなければそれはそれで不自然。

 まぁ、公安ももめ事を起こしたくないのだろうからもみ消しに走るだろうが……今の内閣がどう動くか。

 

「あぁ……やっぱ、別の職場を考えようかなぁ」

 

 煙草を咥えると火を点けようとするのだが、それを無言で止められる。

 どうやら、ここは禁煙らしい。その事実に溜息を吐くと澄み渡るほどの晴天を仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

「気絶してたのか……」

 

 右肩が動かない。どうやら狙撃されたらしい。二射目がなく生きている事を考えれば、狙撃者は排除されたという事だろう。何者かの手によって。

 まさか、久世が来ていたというのだろうか? いや、今はそんな事はどうでもいい。早く止血しなければ……。

 弾は貫通しているらしい。重要な臓器は避けている。致命傷にはならなそうだ。

 

「動くな。今止血する。でなければ死ぬぞ」

 

「うる……さい。さぁ、続きだ。決着を……」

 

 血を流し過ぎている。虫の息という奴だ。

 だが、主任の事だ。狙撃以外にも部下を配置している筈。あの男の事だ。遺体を回収するまで油断する筈がない。恐らく、すぐ近くに……。

 

「なんだ。もう死に体じゃない。そんな奴をいたぶる趣味はないんだけどなぁ」

 

 陰から荒れ割れたのは煙草を咥えた女だった。

 火気厳禁の筈の地下で平然と煙草を吸い、ガバメントを構えている。

 言われなくても解る。分かってしまう。コイツは敵だと本能が訴えかける。

 

「勝手に満身創痍にしてんじゃねぇぞ。テメェらを殺すのなんざ、腕一本動けば十分だ」

 

「ふーん。腕一本か。随分と大きく出たか。それとも、舐められてるのかな?」

 

 そう言われても無理はない。

 公安0課の人間は荒事に対処出来るだけの実力を持った人間の集まりだ。

 手負いの人間が同行出来る相手では本来ない。本来は……。

 

「まぁ、久し振りの仕事だし嬲り殺すってのも面白味がないものね。精々楽しませてよね」

 

 ガバメントから薬莢が放出される。

 いつもなら動く身体が重い。普段なら避けきれる弾丸をいくつも掠る。

 だが、それでも歩みを止めない。覚悟は既に出来ている。

 

「私達の正義の前にお前らのような悪は地理に等しいんだよ」

 

 悪と漆黒の意志と罵るならそれでいい。正義を語るつもりはない。

 その通りにやらせて貰うだけの話だ。

 何かが床へと落ちる。確かめなくても解る。人差し指だ。両利きでない限り、これで射撃は封じたも同然だ。

 

「やってくれるじゃない。雑魚の分際でさぁ!」

 

「ぬかせ。テメェなんじゃ通過点に過ぎないんだよぉ!」

 

 銃を捨て近接戦闘を仕掛けてくる。

 いつもならソレにも対応できるのだが、身体が思うように動かず真正面からその打撃を受けてしまう。

 当然、受け身も撮れる筈もなくコンクリートの床を転がって行く。

 そのままトドメを刺すつもりなのだろうゆっくりと歩いて来る。

 ナイフはもう残っていない。銃も落とした。

 

「終わりだ」

 

「お前がな!」

 

 口に含んだ血を顔目掛けて吹きかける。

 そして、目を閉じた瞬間に動く左手を突き出した。

 ヌルリと何かを潰したような感覚がする。だが、目が見えなくても防衛本能なのだろう。やみくもに蹴り上げていた足が的確に腹を捉える。

 息が出来ない。肋骨が何本か折れた感触がする。

 

「テメェ……よくも……よくも!!」

 

 右眼を潰したと言っても、人差し指を落としたと言っても殆んど無傷に等しい。

 逆に此方は満身創痍。これ以上は戦闘続行は難しい。

 ここまでの負傷でもう指一本動かせそうにない。流石に狙撃と刺された傷。その他諸々の怪我は大きかったらしい。意識を保つ事すらままならない。

 それでも、なんとか意地だけで意識を保っているのだが、それももう難しそうだ。

 

「悪いが邪魔させて貰うぞ」

 

 見えていない右からの不意打ち。しかも、切られた傷口が氷結している。

 一撃。ソレで動かなくなった以上、死んだのだろう。

 どういうつもりか分からないが、一先ずは助かったという事だろう。借りだと思うつもりはないが……。

 

「公安か……。そろそろ、引き時だな。一人とは限らないだろう」

 

「まだ何人か犬がいる筈だ。逃げるならさっさと逃げろ。奴らの狙いは俺一人だ」

 

 それに、そろそろ来る筈だ。

 足音が聞こえてくる。その足音が聞こえるに近づき、ゆっくりと壁に手をつき立ち上がる。

 ケジメは付けなければならない。自分のした行いに対しては。

 

「さっさといけ。今なら魔剣が誰かなんて誰にもわからないままだ。全ての罪を俺に擦り付ければいい」

 

 何か言いたいのだろうが、足音が近づいてくる。

 その足音に納得出来ないと言いたげな顔をしながらも、足早にこの場を立ち去る。

 それに合わせるように立ち上がると着崩れた服を直し、身だしなみを整えると持っていたもう一丁の銃を握りしめた。

 

「見付けたぞ。白雪をどこにやった」

 

「あぁ、遺体が見つかったでしょう。そういう事ですよ。それとも、私の口から彼女を殺したという言葉が欲しいですか? それに何の意味があるか分かりませんけどね」

 

 怒りで普段と様子が違う。何を言っても聞く耳を持たないだろう。

 人間というのは自分の耳に心地いいもの以外は聞き流してしまうものだ。

 唯一動く左手で銃を構えるとそれを遠山キンジに向けた。

 この距離だ。外しはしない。恐らく、その事を向こうも解っている筈だ。

 撃たせる前に撃つ。それ以外に方法はない。

 

「そんなに憎いなら憎しみのままに殺せばいい。撃てるものならの話ですけどね」

 

 日本の武装探偵は殺せない。だからこそ、他国の武装探偵からも舐められる。

 裏社会からしてもそうだ。それを美徳だという奴もいるが、違う。

 矜持なき覚悟に意味はない。裏付けなき決意に意味はない。

 ゆっくりと引き鉄を引いて行く。

 動揺からだろう。僅かに遠山の撃った弾丸は心臓を逸れた。

 それと同時に驚愕の表情を浮かべる。当然だ。まさか、防弾制服を着ていないとは思わなかったらしい。

 普段なら防弾制服で遮られる銃弾も肉体を貫通する。その衝撃で持っていた拳銃を落とすとそのまま水路へと落下した。冷たい。水が。血が水を朱く染めていくのが分かる。

 何かを叫んでいるようだが何も聞こえない。

 水門が開いたのか、水流に流されるままに意識を手放した。




報告書

フィアナ=シュトレーゼの遺体は発見できず。
しかし、出血の量から判断し、死亡した可能性が高い事から死亡扱いとする。
また、星伽白雪と思われた遺体は別の遺体である事が判明。捜査混乱の為に用意していた物と推測される。本人に関しては星伽神社に保護された事から、目的は不明。
遠山キンジに関しても正当防衛が考えられたが検証の結果、最後に所持していた拳銃は本物の銃ではなく競技用の液体を噴射する拳銃である事が判明。
狙撃。謎の襲撃者など不透明な事が多過ぎる事から本案件を機密扱いとし、遠山キンジに関しては正当防衛として処理するものとする。


「胸糞悪いな。全部、有耶無耶か」

「私物もすべて回収されたらしいですし、公安内部のもめ事で処理されるそうですよ」

 公安内部のもめ事。
 前日には公安施設が襲撃され、収監されていた犯罪者が全滅したらしい。
 目的も犯行グループも不明。死人に口なし。全ては闇に葬られたという事か。

「そう言えば、鬼塚はどこにいたんだ? アドシアードの時に姿を見なかったが……」

「校長の命令であと始末ですよ。久世遙の撃ち殺した狙撃手とその証拠の隠滅。後、色んなルートにあたって情報操作ですよ」

 そう言うと、煙草を吹かしながらこう呟く。

「そう言えば、地下で負傷していた公安の人間は命を取り留めたらしいですよ。しかも、前線復帰だってさ。いやぁ、化物だらけですね」

 その言葉に蘭豹は嫌な予感を覚えながら、書類製作を終えるとPCの電源を落とした。







感想待ってます
ちなみにブラドとの戦闘はやりません。
あと、まだ続きます
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