「ここも違う。この地区を中心に活動しているわけじゃなさそう」
中空知の机には大量にピンが立てられた地図が置かれていた。
全ては現在巷を騒がせている殺人事件の現場。そして、その地区から半径数百メートル以内に設置された監視カメラなどの映像を分析し、穴倉から提供されて周囲の音のデータを駆使して調べているのだが一向に掴める気配がない。監視カメラを避けているのだとすればルートは限られる。ならば、何故警察の目を盗めているのか。
「見えない犯人。やっぱり、直接現場に行かないと何もわからないよね」
ここまでの調査は全てこの室内で行なっている。
元々通信科という事もあり、現場検証の技術も経験も少ない。かと言って、他の人を巻き込む訳にはいかない。
一人で進むには困難で険しい道。でも、それでも私は追いかけると決めたのだ。
それにしても、どうやってこの犯人は被害者の居場所を知り得たのだろうか。
いや、そもそもの問題としてどこから被害者の情報を手に入れたのか。
公安が警戒している以上、何らかの形でフィアナさんが関わっていてもおかしくはない。だが、なんだろう。銃弾の薬莢を残した。その行為自体が彼を指し示すのではなく、何か別の意図があるように思えてしまう。
通常、プロの殺し屋の場合ならば私が行ったという印を残す事が多い。だが、そもそもの問題として今回の一連の事件は殺し方に一貫性がない。それが原因で警察は一連の事件を個々として捜査しているのだ。
今、目の前に提示されているのは全て真実だ。疑いようのない。
プロファイリングの基本は犯人ならばどう考えるか。全ての行為に意味があるのなら――。
「犯行に一貫性がない事こそ、犯行の証明?」
才能とは技術の一点特化だ。武装探偵にもそういう人間は多い。
事実、武偵校はそれ故にカリキュラムが科ごとにわけられている。だが、究極的な意味で求められているのは何なのだろうか? 穴倉の撫子が語ったパッケージ化された暗殺者。それの求める究極の完成形。
究極の形から求められるのはどのような状況下においても対応出来る適合力。生存力。
才能の平均化。それを誇示しているという事はつまり――。
「プログラムの中で生まれた人間。なら、この痕跡の意味は『フィアナさんへの挑発』」
そう考えればパズルのピースがみるみる埋まっていく。
殺し方の一貫性のなさは平均された才能の誇示。
残された銃弾はプログラムを破壊した彼への挑発。
しかし、この程度の事ならば穴倉も気付いていない筈がない。彼らが情報を隠し持っているのは確実だろう。
ならば、この裏にまだ何かある筈。彼らがそれに気付いても手出しが出来ない理由が。
犯人像。プログラム。それらの観点から考えられるのは穴倉から与えられたフィアナさんの経歴情報か。
彼を挑発するという事はどこかで接点があったという事、そして、プログラムが絡むとするとやはりここに編入する前にいたという一般高校。ここで起こった立て籠もり事件に何かがある筈なのだろう。
「生存者は十数名。死傷者多数。財界の人間の子息も多く被害にあった事もあり、全てのデータは非公開。この中からプログラムの関係者を探し出すのは……無理ですよね」
財界の子息にも死者が出ている事から、死亡者そのもののリスト化もされていない。
恐らく、死んだ人間が生きている事になっている。そんな事例もあるのだろう。
だとすれば、生存者そのものも怪しくなってしまう。公安が絡んだ事件ならばそのような存在はデータ上抹消されていてもおかしくないからだ。
ならばどうするか。名簿を取り寄せ、一人一人確認するのが確実な方法なのだろうが一つの学園に在籍していた人間を全て調べ上げるには時間と労力がかかり過ぎてしまう。とても一人で行なえる量ではない。
かと言って、他の人間を頼る訳にはいかない。
ここまでだろうか。流石に一人で調べられる領域を遙かに超えている。
「逃走方法。犯人像。まるで雲を掴むような犯人」
掴めそうで掴めない。色々な物が邪魔をする。
今の私にはここが限界。そう諦める事も出来るだろう。きっと、そうするべきなのだ。
分かっている。ここから先は危険な事は。ただの武装探偵如きが関われる山ではない事くらい。
こういう時、フィアナさんならばどうするだろう。あの人はどんな思いでそこにいたのだろう。
近くにいた筈なのに私は彼女の事を何一つとして理解していなかった。理解出来ていなかった。
捜査の原点に帰るならば足を使うべきなのだろうが、何を調べる。
容姿も解らない。次の標的も不明。そんな中でどうやって犯人を追うのか。そして、追って何をするのか。
もしも私の予想が外れ一連の犯行がフィアナさんだった場合、私はどういう決着を着けるのだろうか。
中空知は一度、思考をリセットする為に外へと出る。何日ぶりだろう。随分と室内にこもって作業をしていた気がする。何気なく都内へと足を運ぶが、やはり人波は減っている。
連日の殺人事件の影響だろう。犯人すら見えず、パトカーが走り回っているのだから恐怖心をあおるなと言う方が無理な物だ。外を出歩いているのは警察と武装探偵が主。ホルスターが擦れる音で判断――。
そこである事に気付いた。街そのものに監視網が完成しているのにどうして捕まえられないのか。
誰もが当然と思い込んでいた。犯人が武装探偵や警察の人間というのは有り得ないと。
制服と言うものはそれだけで信用材料になる。そして、警察の内部データと武装探偵の登録データを改ざんする事が出来れば正規の人間と信じ込ませる事が出来る。
前提。そう。そのデータバンクをハック出来ないと思い込んでいる。
理由はアクセス権限、物理的にアクセスが難しい事。数を挙げていけばきりがない。
もはや、推理の域を飛び出しており、妄想の域にまで達している。そのような行動を行える組織が動いているという大前提なのだから。決して数が多くなく、表舞台に立つ事がない組織……。
ダメだ。リフレッシュする為にわざわざ外へと出たのにこうして考えてしまっては元も子もない。
ウィンドウショッピングでもして気分を。
そう思った瞬間、背中に冷たいモノを押し付けられ、狭い路地へと押し込まれる。
「動くな。東京武偵校通信科中空知美咲だな」
声の調子から判断し、相当追い詰められている。心拍数も不安定。しかも、二人組。
こ、こういう時は。そう考えるのだが身体が恐怖で思うように動いてくれない。
銃を突き付けられ、明確な殺意を向けられるのは初めての経験なのだ。
確かに色々な事件に関わってきた。だが、中空知美咲という人間は常に傍観者でしかなかった。
通信科という観点から見ればなんらおかしい事ではない。だが、こういう場面を想定していなかった事が問題なのだ。絶対に自分は安全な場所にいる。無意識の内にそう思い込んでしまっていた。
初めての経験だけに冷汗が止まらない。引き鉄に添えられている手が。斬鉄が弾かれてもおかしくはない。
うかつだった。公安の人間がフィアナさんを犯人だと考えていた場合、こういう状況も想定するべきだった。確かに明らかに異常な行動ではあるが、私の知る限り公安そのものが極地に立たされた事はない。
攻めには長けていても、守りには長けていない。公安そのものが標的になった事がないからだ。
「は、はい。そ、そうで、そうです」
「おい、銃を取り上げろ。あれの関係者だろ。怯えた振りをしているだけかもしれんぞ」
何かを勘違いしているのだろうか? 重度の警戒心だ。
折り畳みナイフも拳銃も奪われてしまい武器は何もない。強襲科のように近接戦闘が行えるわけでもない。
もはや、天に運を任せる他ない。生殺与奪権を握っているのは二人組の方なのだから。
「肥後守にアナゴンダ。整備はそれなりにされているようだが、スピードローダーを持ち歩いていないぞ。本当に奴の関係者なのか? ありえないだろ」
「おいおい。これまで殺された奴は銃ではなく、体術で殺されていただろうが」
「だけどなぁ……。なら、俺達はなんでこの職業に就いたんだよ」
どうやら、一人は乗り気ではないらしい。
でも、それだけだ。何か打開策が見えたわけではない。私が置かれている立場は最悪だ。
しかしなぜだろう。追い詰められていけばいくほどに頭の中が冷静になって行く。
公安の人間がここまで恐怖しているという事は彼らも何も掴めていないのだろう。後手に回っている。
そして、穴倉までもが後手。いや、本当にそうなのだろうか。
『撫子』は情報を幾つか持っていると告げていた。その際に私にプログラムの存在と言う重大な情報を与えた。
彼女は第三勢力を追っている。そこでようやく違和感の正体に気付いた。
彼女は知っていたのだ。第三勢力の正体に。だから、あの時に調査ではなく、捜索と言う言葉を用いた。
何もおかしな話ではない。公安施設襲撃にも関与している筈だ。もしも、この一連の事件にフィアナさんが絡んでいたのなら彼女の言葉にはいくつか不審な点がある。
計画の関与。もしも、襲撃の際に奪取できなかった人間が起こしているのなら何故、穴倉は静観を貫いているのか。わざわざ公安施設襲撃と言う行動まで起こした人間が。
そう言えば、フィアナさんが公安の人間と話している時に『国益』と言う言葉が出た。、
プログラムの失敗作を売り渡す相手。ロシアは有り得ない。穴倉の地盤があそこにあるのは有名な話だ。
ヨーロッパ? いや、関係性の強化を考えるなら一つか。アメリカだ。
「でも、ならなんで……。公安施設を襲撃してまで奪取したモノがここまで暴走しているのを……」
正しさに何の価値もない。そんな物では何一つ守れない。
そう彼は言った。私に信念を貫けと言ったように彼も信念を貫いたのだろう。
そして、恐らくこの犯人も何か信念がある。全ての行動に理由がある。銃弾を残した事にもだ。
銃弾はフィアナさんへの挑発。なら、一連の犯行の理由は何か。
死者は皆、公安絡み。外傷は殆んどない。それだけの腕があれば雲隠れする事も可能な筈。高跳びしてしまえば、自由を手に入れられた。それを捨ててまで行動する理由。
復讐? それにしては誇示し過ぎだ。無駄が多過ぎる。
憎しみで動くならターゲットが多過ぎる。もっと別の何か。
「さっきから何ぶつぶつ言ってやがる! まさか、連絡を取りやがったのか!? やべぇ。奴が来る。お前だって知ってんだろ。死にたくねぇ。俺はまだ!!」
引き鉄に手がかかる。力が籠められる。あぁ、ここで私は撃ち殺されるのか。
そう思った瞬間、何かが飛び込んでくる。そして、銃声が聞こえると同時に辺りの温度が一気に低下する。
「どうやら外れか。いや、あながち外れではないのか?」
恐る恐る振り向くとそこには銀髪の剣士が立っていた。
刀身を血で赤く染めた絵画から抜け出したかのような少女。
だが、その容姿に反してその眼だけは確かに戦士のものだった。
「魔剣!? 何故、イ・ウーのお前が」
「所詮、貴様らから見ればイ・ウーの有象無象の一人としてしか見られていないという事か。だが、残念ながら今の私はイ・ウーとしてここにいるのではない。私個人としてだ。丁度いい。お前達に聞きたい事がある」
まるで、私を守るかのように間に割って入ると冷たい氷のような殺気の篭った刃を投げかける。
「公安施設襲撃事件。アドシアードの一件。お前達の正義はどこにある」
そう告げると彼女は剣に付着した血を振り払った。
私が貼らずとも狙撃で仕留めていたか。二射目がないという事はこの二人の同僚ではない。
考えられるとするなら武装探偵。だが、ここは狭い路地。狙撃出来る場所は限られる。何より、狙撃対象が保護対象に近過ぎる。その状況で銃を肩を打ち抜くなど有り得ない。
貫通した銃弾が保護対象に向かう可能性が高いからだ。
それでも撃ったのは当たらない事が分かっていたから。それ程の技術を持った人間など限られる。
「逃げるなら追わん。さっさと失せろ」
逃げる奴を追ってまで斬る意味はない。私は斬り裂き魔ではないのだ。剣士としてここにいる。無意味な殺生をするつもりはない。今は個人として動いているのだ。魔剣としてではなく。
だが、どうやら帰ってはくれないようだ。紛れ込んでいた猟犬が。
「そら無理ではおまへんどすか?」
裏路地が朱く染まる。
完全な不意打ちと言うのもあるが、綺麗に首を吹き飛ばした。当然、もう一人は拳銃を抜こうとする。だが、遅い。その距離は奴の射程内。愚策だ。
「これで片付きたんやか。ほしてあんさんはどないします?」
「一体、貴様は何者だ。この一連の事件の犯人は貴様らか」
「かなんね。そない筈へんではおまへんどすか」
否定。なら、なんだ。どうしてこの状況で介入して来た。
切り捨てる必要性などなかった筈。公安に喧嘩を売るようなものだ。
そこまで考え、ようやく理解した。彼女が何者なのか。
「この状況を利用し、公安内部の勢力図を塗り替えるつもりか」
「かな人はそないゆー所が甘いなぁから」
事件とは関係ない部分で厄介な火種を爆発させるつもりか。
そうなると相手の正体は割れる。公安の現トップである主任と渡り合うとすれば立花派閥。だが、彼女自身はそのような行動を望まない。噂通りの人間であるとすれば尚の事だ。
つまりは独断。スナイパーに関してはどういう考えかは分からないが。
「安心しいやおくれやす。狙撃手は手を出しまへんよ。そないゆー約束どすから」
女はそう告げると怪しげに微笑み、刀を構えた。
先手は譲るという事だろうか。だが、無駄な戦いをするつもりはない。
ここで重要なのは背後にいる武装探偵をここから連れ出す事だ。こんな事なら、無駄な正義感など捨てて見捨てればよかった。あれに感化されたのが間違いだったのかも知れない。
「私としては貴様と戦う理由はないのだがな」
「理由ならあります。ソレは穴倉とん接点がおます。なら、言わずもがなでっしゃろ」
穴倉との接点。だとするならば――何かを知っている? それで立花に追われている?
置かれている立場が理解出来ないのだが、少なくとも武装探偵を引き渡す訳にはいかない事だけは分かる。
問題はここをどう乗り切るかだ。太刀筋を見れば分かる、厄介な相手だ。
まずは様子見。そう考え、デュランダルを横に薙ぎ払ったのだが、彼女は微動だりせずそれ受け止めて見せる。
「剣が泣いてますよ。担い手がこん為体ほなね」
一太刀。まだ一太刀は放っただけだ。
それで私の技量を見透かしたようにそう告げた。まるで詰まらないものを見るかのように。
あの時の滝夜叉姫と同じように。だが、あの時と同じではない。アドシアード以降、何もしていなかった訳ではない。舐めて貰っては困る。
一度距離を取る為に後ろへと跳ぶのだがそれを目の前の女が許す筈もない。
逃げに動いたと判断したのだろう。逃がさない為に追撃に動いた。
だからこそ、即座に反転し一気に距離を詰めた。
鍔迫り合い。互いに一歩も引けない。隙を見せれば喰いついて来るかと思ったのだがどうやら違うらしい。
思った以上にやりにくい相手だ。瞬時に攻勢に出たのにも即座に合わせてきた。
「あんさんは地獄を見た事がおまっか?こないな生温い世界ほなあらしまへんよ」
その言葉に刀の突かへと目をやるとそこには左手が添えられているだけ。右手がない。
しまった。完全にしてやられた。この女、最初からこれを狙っていたのか。
右手は既に脇差しを握っている。引けば躱せる。だが、自由になった左手から追撃が来る。
なら、どうするべきかはおのずと決まっている。
私は剣を引くと身体を逸らして脇差しを躱す。だが、完全に躱しきれず辺りに数本の髪が舞った。
「しまいや」
当然、予想通りに刀が迫る。想定通りにだ。
だからこそ、それを氷の壁で防いだ。人の首を容易く刎ねて見せたその剣筋を。
予想外だったのだろう。けれども、流石だ。咄嗟の状況にも即座に対応しようと動いて見せる。
だが、数秒遅い。私はデュランダルを首筋に突き付けていた。
「とんや博打を打ったと思ったら、存外なかいなかやるんやね」
生殺与奪権は握った。それなのにこの余裕。どういう……。
辺りが騒がしい。どうやら、この女は最初から私を足止めするつもりだったという事か。
だが、この二人をやったのはこの女。刀を調べれば簡単に分かる事だ。誤魔化しようがない。
「やて、甘い。仕留めて初めて安堵しはるべきやったな」
コロンと何かが地面に落ちる音がする。
スタングレネードだ。だが、ピンは抜かれていない。その事に気付き、顔を上げるとそこにはもう女の姿はなかった。ピンを抜いて落としていたのなら、完全に殺されていたのは此方だった。
それを敢えて見逃された。私もまだまだという事か。
足音が近づいてくる。恐らく公安なのだろう。包囲して抑えに来る筈だ。ならば、即刻突破しなければ厄介な事になる。
「大丈夫か? 動けないようなら背負うが」
返事がない。そこでようやく、この少女が気絶している事に気付いた。
私は少女を背負うとその場を即座に後にした。少女を連れて項羽と共に利用しているアジトを目指して。
「どないどしたか? ちゃんとあんじょういかはったでっしゃろ?」
流石に刀に氷をはり、刃を殺された時はどうなる事かと思ったがまだまだ甘い。
アドシアードで彼と戦っていると聞いていただけにこの手の小細工が通用したのは少しだけがっかりだった。
流石に二度も同じ手が通用する相手とはあまり死合いたくないものだ。
この手の小手先は彼の独壇場。それと戦ってそれを即座に模倣した私に対処できないとは。
『ったく、ひやひやしたわよ。まぁ、発信機は付けられたのなら上出来ね。これで向こうのモニタリングも出来る。但し、私は奴の部下二人を殺していいとは言わなかった筈だけど』
「ほんまにあんさんも甘い」
雑魚に構う暇はないと言うが、狙撃手なら分かる筈だ。恐怖こそ、群れを分裂させるのだと。
特にあの主任は部下との連携が取れていない。何故なら、部下を部下と思わず盤上の駒程度の考えだからだ。
部下に疑心暗鬼を植え付けてしまえば勝手に自壊してくれる。あの時の二の舞は踏まない。
「あんさんもそない思うでっしゃろ。人形はん」
その言葉に通話相手が戦慄した事に気付くが私はそれを気にも留めず通話を切った。
感想待ってます。
最近と言うより、ここまでずっとアリア達の影が薄いのだがこれでいいのだろうか。
あと、今回ジャンヌと戦ってたの前にちらりと登場してた立花の部下です。
京都弁を色々と調べながら書いたので間違ってたらご指摘くださると助かります。
その内、蘭豹の口癖も直せたらいいなぁ。方言は難しい。