緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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訓練 編集済み

 午前の一般科目が終わり、午後の自由履修の時間になると通信科に向かう筈のフィアナはなぜか射撃訓練場にいた。しかも、辺りには今朝の一件の事もあり、人だかりが出来ている。その視線は明らかに快く迎える物ではなかった。

 辺りの人間の気持ちもフィアナは理解できるが、こちらも来たくて来た訳ではない。最初から蘭豹の話など無視して逃げるつもりだったのだ。わざわざ尻尾を振る理由もない。あとで適当に言い訳をすればなんとかなる。誤魔化せる。そんな甘い考えを抱いていたからだ。それこそが間違いの始まりだった。

 何事もなく穏便に午前の一般授業を終わらせたと思ったら、蘭豹に先手を打たれてしまったのだ。つまるところ、教師の特権である名指しの呼び出しである。しかも、前項放送で教務課にだ。まさか、そこまでの強硬手段に出ると思わなかっただけにその際は苦笑いを隠しきれなかった程だ。

 ただ、呼び出されてしまった以上、忘れたなどという理由など通用しない。自由履修の時間でいきなり何か案件を熟すなど、転入初日では無理だ。

 つまり、完全に詰み。土台からひっくり返してもいいが、そんな事をすれば無駄に労力を使う上に余計に目を付けられてしまいかねない。そうなったら、疲れるだけにフィアナに残された選択肢は諦めるだけだった。

 

 

 しかし、はっきり言って面倒だ。

 

 

 こんな射撃訓練など今更感が付き纏う。

 

 

 現場でいちいち耳栓する余裕などない。

 それに加え、こんな動きもしない影絵的な標的ではどの部位を狙えば効率的かが見えてこないのだ。こんなもので何が出来るのか分からない。相手は動く標的の筈だ。

 セオリーで言えば、銃器を狙うらしい。だが、それこそ馬鹿らしい。そんな命中率があるのなら、眼球を狙って撃った方がよほど有意義だ。その銃弾は眼球を潰し、脳にまで達するだろう。即死とはいかないまでも、十分なダメージはある。二度と戦場には戻ってこられないだろう。

 あと、狙うとするなら喉。大きな動脈がある上に気管を潰せれば致命傷だ。口内も捨てがたい。あそこは細菌の宝庫。生き延びたとしても、感染症を狙えるかもしれない。

 まぁ、ここでの妥当性を考えれば足を撃って動きを鈍らせるのが精々アリなレベルだろう。殺し殺される世界でそれは甘いといわれても仕方がないのだが……。

 ただ、巷でよく言われる脳天を狙うというのは頭蓋骨が邪魔されてしまい、生き伸びてしまう可能性が高い為、反撃の機会を与えてしまう事にもなりかねない。

 それなりの貫通性が期待出来る銃ならいいが、選択肢としては増援を呼ばれてしまう恐れもあるので一撃で決めるという意味では却下だ。

 心臓も同じく、多くは防弾チョッキという防壁で守られている為に狙いにくい。銃声だけが虚しく響き渡り、これまた敵を呼び寄せると言うお粗末な結果になるかも知れない。却下だ。こうなると、余計にどこを狙えばいいのかフィアナは迷ってしまう。

 よく銃というのは一撃必殺と思われがちだが、実のところは失血死で死ぬ場合が多く反撃の隙を与えてしまい易い武器でもあるのだ。

 馬鹿みたいな口径の銃を使えばいいかもしれないが、それは本当に馬鹿のすることなので有り得ない。反動が大きくなり、次弾までの隙が出来る。威力と連射性を考えれば。一対多を常に頭に入れている身からすれば小回りの利く銃を選択したい。

 結局の所、一番使いやすく恐ろしいのは散弾銃のような拡散する弾薬だろう。

 あれなら、適当に撃ってもあたる。うん、あたる……。いや、肉片が吹き飛ぶと言う方が正しいかもしれないが……。まぁ、アレを人に向けて撃つというのは危険と言うレベルを通り越している為、流石に武装探偵の銃検に通らないだろう。

 何より、フィアナとしての美学にも反する。矜持にもだ。

 まぁ、普通に当たるとヤバい弾薬も色々とあるのだが……。

 

「おぅ、わわざこうして見てやってるんやから結果を示すのが普通やろが!」

 

 フィアナはそんな事を考えながら、隣で喚く蘭豹の説教を右から左に聞き流しつつ銃弾の弾薬を込め直す。ご丁寧に銃弾を一つずつだ。

 何がそこまで気に食わないのかフィアナには理解できない。別段、銃弾を全て標的から外した訳ではないのだ。むしろ、自分としては上出来だと言ってやりたいぐらいに上手く標的から分散している。惚れ惚れするレベルの手の抜き方様だと自負していた。これ以上、無い程の最高の出来である。

 スコアで言えば中級レベルの人間が行える程度。ただ、それは世界基準なのでこの学校だけで考えるならば狙撃科を除けば十分に上位に食い込める筈だ。

 命中率は六割強。数発は関節部を撃ち抜いている。実際の戦闘ならば、標的は両足と片腕を完全に潰して捕縛完了している筈である。上々な成果だろう。

 フィアナは持ち前の仮面を被りコレが限界と演じたのだった。しかし、蘭豹も強襲科の教師でありその道のプロである。どうやらフィアナの射撃の際の手振れを完璧に補正し、目標へと着弾させているのを見られていたらしい。

 それ程の技量を持ちながらもこのスコア。風の影響による誤差と考えても、その振れ幅が大き過ぎるだけに手を抜いたと蘭豹に勘ぐられてしまったのだ。

 ただこれ以上のスコアとなると一般的な狙撃科専攻クラスである。しかし、フィアナは通信科に所属している人間。蘭豹は何かとんでもない勘違いしているのではないだろうかと疑いたくなる。通信科にそこまでの技量は必要ない。そもそも、ガンマンになったつもりは毛頭ないのだ。フィアナからすれば早く帰りたいばかりである。

 何より、書類上は通信科の人間にそこまで要求する人間の心情が分からない。

 

「いや、私って通信科ですよ? 強襲ではなくて……」

 

「ほぉ、それが今朝の校門でぇの騒ぎでぇうちを小馬鹿にした人間のゆうセリフか?」

 

 そこを突かれてしまうとフィアナはぐうの音も出ない。

 ただ、蘭豹に言われるがままだ。言い返す言葉が見付からない。

 何せ、あれは実力の伴った人間こそが言える言葉なのだ。今考えれば明らかにやり過ぎたと実に反省している。これは公安の連中も苦言を刺すわけだ。

 ただ、平然とあんなことを言ってしまったのもフィアナが経験した戦いの相手と比べてしまったからである。言い過ぎた事はフィアナも心の中では認めていた。だが、それだけである。あの言葉を撤回する事に関しては矜持が許さない。

 剣術、槍術、狙撃、変装多くの才能を持つ人間と戦って来た。そして、多くの人間の命を奪い、また救ってきた。この身体に染み込んだ幾つもの血、彼らの怨念が今も自身を蝕んでいる。しかし、それ以外にあの時は道がなかった。

 殺す事により救う。矛盾しているかもしれないが、そうする事でしか彼らは止まれない人間も多く存在している。理由と目的が入れ替わり、ただの作業に成り下がる。逃げようとしても。どんなにソレを願っても、底なしの闇が彼らを捕らえて離さないのだから……。

 唯一、彼らに残されたのは死という解放。その終わりを与えて……。

 だからこそ、武偵という存在とフィアナという在り方は完全に相反していた。そう、相反しているのだ。どこまでも相容れず、理解し合えない対極の存在。

 出会って来た中には殺さずを貫く化物もいたが、それは化物――人すらも辞め、大切な物すらも捨て去る覚悟という精神力、他者を寄せ付けぬレベルの実力あってのものである。はっきり言ってそれは常人には理解しがたい領域の話なのだ。

 結局は重要なのは力。フィアナにはその実力は無い。才能もない。

 だからこそ、せめてもの優しさが死という哀しい結末を選ぶほかなかったのだ。

 この世界にはどんなに手を伸ばそうと、掬い取ろうと救えない存在はいるのだから……。――――――――だから、俺は武偵には向かない。

 そうなった場合、戸惑いも躊躇いなくソレを殺すだろうから……。

 だからだろう。思わず、口から零れてしまった。

 

 

 

 

「貴女はは人を殺したことはありますか? ――――私はありますよ」

 

 

 

 

 

 その言葉に蘭豹は顔を顰めた。

 当然だろう。その時のフィアナはまるで幽鬼を見ているように思えるほど生気を感じなかったのだから……。何処も見えていないかのようなうつろな目でただ、黙々と銃に弾を込めていく。まるで、冷徹な機械のように……。

 そんな蘭豹の様子をさして気にした素振りも見せず、射撃訓練という作業を続けた。

 

 

 

「私の初めての殺しは腹違いの妹でした。それが妹だったと知ったのは後々の事なのですが、何の感慨も湧きませんでしたよ。まぁ、誰を殺したは関係ないですね。ただ、人を殺す。その現実に直面した時、悲しい筈なのに涙すら出ない。口を吊り上げて笑ってるんですよ。これから初めて人間を撃ち殺すって時に」

 

 

 

 そう。初めて人を殺した時、フィアナは笑っていた。

 生き残ったのは自分だと、その勝利に酔うばかりで壊れたように笑った。嗤った。哂った。闇が全てを飲み込んだ静寂の中で、大声で笑い続けた。

 ――笑うしかなかった。

 最後の最期に自分を殺した相手である自身に満面の笑みで「ありがとう。止めてくれて」とその少女は言われてしまったのだ。お礼を言われてしまったのだ。

 理解出来なかった。生き残る事に必死で、少女の事など気にすら留めていなかったのだから……そんな事を言われるほど、自分は出来た人間ではなかった。

 それからずっと考えた。

 必死に考えた。

 一時は、銃を持つ事すら怖くなった。人に刃を向けるという行為にすら、拒絶感を抱いた。その時、初めて誰かを殺すという事に罪の意識を抱いたのだ。

 ただひたすらにその現実に向き合い、自分なりの答えを出そうとした。

 その答えのない自問自答の中で辿り着いた先が自らの未熟さを愚かさを知る事だった。しかし、現実は残酷だ。

 殺す事を拒絶し、悩んだところで抗争は止まらない。戦う以外に道はなかった。

 答えを出す暇もなく、人を殺すことを強要される。そして、現実を理解したのだ。もう一人の自分とも呼べる彼女に直面する事によって……。

 

 

 

「分かった事はどんなに強くなったって守れないモノは存在する。この小さな手のひらから零れ落としてしまう。そんな冷たいどうしようもない程に残酷な現実です。彼女が私に教えてくれたのはそんな現実とどんなに願った所で叶わない決して手の届かない儚い夢でした。二つの世界はどうしようもない程に遠い」

 

 

 

 あの子。

 腹違いの妹は本当に優しい子だった。だからこそ、自分を守るために二重人格となり、狂いそうになるその衝動を抑え込もうとしたのだろう。それも今は全てが推測の域を出ないのだが……少なくとも、もう一人の彼女は自分の行いを理解し、悔いていた。

 だが、利用され、無理矢理に創り替えられ行き付いた先があの末路だ。

 だからこそのあの最期の言葉だったのだろう。憎しみではなく、感謝の言葉……。

 

 

 

「だから、私はもう他人に偽善を押し売りをするつもりはありませんよ。ただ、残酷な現実を突き付ける。殺す時にはきっと、殺すと思いますから向いてないんです。武偵には……矛盾してるでしょう? だから、バックアップが精々なんです」

 

 

 

 フィアナの思想は武偵法に真っ向から違反している。

 その言葉そのものも矛盾しているように感じるが、間違ってはいないのだ。

 確かに色々な犯罪者がいる。だが、中にはそうする事を強要されている人間も少なからず存在してしまっている。だからこそ、そのような人間に死を送るのは間違いではない。それを蘭豹も知ってしまっていた。知ってしまっていたからこそ、そのフィアナの言葉を否定してしまう事が出来なかった。

 そんな答えに行きつくまでにどのような道を辿ったのか、想像に難くなかったから。

 そんな答えを出しても恐らく、この生徒は最後の最後まで自分が傷付く事を選ぶ事を直観的に理解してしまっているち感じ取ってしまったから。

 誰かが傷付くなら、自分が全てを請け負ってしまえばいいと……。全ては代用品に過ぎない。目の前にいる少女はそんな大馬鹿野郎なのだと。

 それを人はバカと蔑むかもしれない。罵るかもしれない。

 確かにそんな武偵が存在して良い訳がない。武装探偵としては明らかに間違っている。どんな事があっても他者の命を奪っていいものではない。

 だが、その答えが人として。一人の人間として決して間違っているわけではない。

 むしろ、こんな世界だ。そんな存在が一人はいなければならないのだろう。

 確かに一人で傷を負うのは抱えきれない。だが、そうやって誰かに寄り添ってもらわなければ壊れてしまう人間も多い。それだけに蘭豹は小さくため息を吐いた。

 

 

 

「別にワレのその考えを否定をやるつもりはへん。やーや、出けぇへんが正しい。うちにもちびっとはワレの答えの真意が理解出来るからな。ほんでも、ワレは逃げるのか?」

 

 

 

 逃げる。確かにフィアナは逃げているのかもしれない。

 どこまでも中途半端に逃げて、逃げて、逃げて……。

 その先に一体、自分は何がしたいのだろうと考えてみるが、やはり何も浮かばない。

 結局はあの男への復讐心。ただそれだけで動いているようなものだ。それ以外に欲しいモノも無ければ行動する原動力もない。ガソリンが空っぽの壊れかけたエンジンで無理矢理動いているようなものなのだ。

 今の現状も向こうからの命令。それを破ればアイツが殺されるから従っているに過ぎない。

 確かに奴らが約束を守る保証はどこにもない以上、逃げ出してもいいのだ。しかし、約束を守る可能性も同時に存在している。もしも、ここで逃げ出せばそれはフィアナがあいつを殺したことに他ならない。それだけはできない。

 それに加え、あの男を殺すチャンスも失われる。アイツを助けられる可能性すら奪われるだけではないのだ。

 結局、フィアナはどこまで行っても首輪付きであり、その首輪から解き放たれる事は無い。その選択を選ぶ事はまずありえない。それを向こうもきっと理解しているのだろう。

 だからこそ、虎視眈々と隙を窺いつつ仕留める為に牙を磨き鈍らせないようにしなければならない。それが今のフィアナの選ぶ事が出来る唯一の答え。答案としては点数も付けられないのだが……それ以外にはない。

 

 

 

「確かにそうですね……。結末を迎えた登場人物の先にどんなものがまっているのか分からないように未来が視えるような人間ではないので分かりません」

 

 

 

 答えになっていない答え。

 しかし、明確に断言している事がある。自身の物語の先に興味は無い。何故なら、もうフィアナの物語は既に終わったからだ。あの時、あの男に敗北した時に……。

 だからこそ、フィアナの物語はあの男を殺せさえすればその先は何も書かれていない白紙のページなのだ。あの男の死と共に、舞台は完結する。やっと、あの事件に終止符が打てるのだ。

 その先のページは永遠に白紙のページが続く。壊れた機械が完全に動きを停止するまで……。誰かがあの時のあの子のように死という終わりを与えてくれるまで……。

 分かっている。あの男を殺したところで新しい一歩を踏み出せる訳では無い事は。

 

 

 

「まだ、続けるんですか? もういいでしょう?」

 

 

「せやな……射撃訓練はここまでぇでぇええ。次は近接戦闘や」

 

 

「はっ? ここで訓練は終わりでしょう!」

 

 

 

 蘭豹はフィアナの返答を無視し、別の場所に移動を開始する。

 これまで蘭表は武偵校の教師として多くの生徒を見てきたがこの手の壊れきった生徒を見るのは初めてだった。しかも、実力まで持ち合わせているなら尚の事だ。

 この手のタイプは理由がないからこそ扱い易いと言えばその通りだが、問題は目的の為なら手段を択ばない事だ。どんな手段でも択べてしまう。

 例え、その先に待ち受けるのが終わりであろうとも戸惑いなくそれを選択できてしまう。それが狂人というものなのだ。

 

 

 

「まだ続けるんですか……才能が無いので武術関係は苦手です」

 

「その割に、歩幅が一定。その上、重心が安定。ちゃうか?」

 

 蘭豹の観察眼は間違っていない。普段からの癖が出てしまっていたのだ。

 歩幅が一定なのは自分の居場所を理解するため。重心が安定しているのはそもそも、戦闘においてそれが非常に重要だからだ。

 だが、武術に関する才能がないのは事実だ。

 何せ、暗殺拳を習得していながらそれを用いて人を殺せないのだ。

 一撃で痛みを感じる事なく殺すのが暗殺拳の筈なのにフィアナが扱えるのは部位破壊と受け流しだけだ。

 刀を持てば三流、槍を持てば三流……どこまでいっても三流止まりだ。

 問題はその飲み込み速度。それが才能というまでに飲み込みは早い。

 代々、血筋として鍛えられた分析眼と生まれ持っての身体能力の高さで即座に物にしてきたのだ。しかし、ある一点。才能という壁にぶつかるとそこで成長は完全に止まってしまう。故に箪笥だけは大量にある。それがフィアナという人間だった。

 

 

 

「その割にちょっと時の対応の仕方は悪くなかったな」

 

 

 

 あの時、フィアナはマフィアの下部構成員に対して合気の要領で相手の姿勢を崩し、頭蓋骨骨折を起こさせた。それは一番楽であり、安全だったからだ。

 フィアナの強みは先程述べたように才能が無いだけに多岐に渡る選択肢を有しているという事だ。つまり、一本道しか納めていなければ選べない選択肢を選べる。その強みの為に他の全てを削ぎ落とし、どんな場面でも対応出来るように適応した人間。だからこそ、戦いにおける矜持に関してはそう言った人種とは決定的に違うのだが……。

 ただ、こんな話を蘭豹にする義理はフィアナには無い。

 

 

 

「そうですか? 貴方の教え子が助けてくれていたら骨を折らずにすんでいたのですけどね。こんな事にもならずに済みました」

 

 

 蘭豹はその嫌味に思わず、苦笑いを浮かべてしまう。

 フィアナも言い返せない事を分かって言ったのだ。その表情をして貰わなければ困るというものである。

 何せ、この体術練習場には何人かあの場所にいるのを見た顔がいるのだ。それでよく強襲科が務まるものだと思ってしまう。しかも、先程よりも人混みが増えているおまけ付きだ。

 もしも、そんな連中がフィアナの体験した地獄を体験すれば生きて戻って来れないだろう。生き残れそうなのは……若干数名? いや、身内が殺されて逆上するなどを考えれば、仲間内と言う連携を逆手に取られる可能性も捨て去れない。

 生存率は0%だろう。

 そもそも、あの男が軍事力というレベルで乱入して来た時点で対処が出来る人間がここにいると聞かれたらまずいないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 最終的に強襲科の体術訓練を見学するという事で蘭豹が折れ、解放されたころには既に放課後になってしまってた。

 射撃訓練でいろいろとあり過ぎたために近接戦闘の体験させられなかったのが唯一の救いだろう。もしも、誰かと訓練させられていた場合、相手が弱すぎては色々と手を抜かなければならず余計な体力を使うからだ。ソレに加え、条件反射で相手を潰してしまいかねない。出来る事なら、穏便に済ませたいフィアナにとってそれは避けたい。

 そして、念の為に明日からの生活の為に辿り着いたのは本来の部署である通信科。だが、時間が時間。当然の如く、静けさに包まれていた。

 自由履修も終わり、生徒は寮へと帰宅した後なのだろう。

 

「配給されたPCなどは問題ない。コーヒーサーバーとポット、茶葉でも用意しておけば上々でしょうか?」

 

 PCに武偵校側が何らかの監視用のソフトがインストールしているか確認するしたのだが、どうやらフィアナの杞憂だったらしい。まぁ、設備としての評価は六十点。出来る事なら、公安レベルの設備が欲しいモノだが、まずそんなレベルを学生に使わせるとは思えないので仕方ない。妥協点というものだ

 そんな事を考えながら、鼻歌交じりにネットサーフィンをしているととある記事に目が留まる。嫌でも忘れられない事件――。

 だが、その事件に関する正確なデータは一切残っていなかった。全てがでたらめな筋書きに書き換えられてしまっている。まるで、その事件で死亡した人間も存在しない扱いにされているようで少しばかり心が痛い。

 多くの人間に爪痕を残したあの事件は公式には存在しない事になっているのだ。

 何事もなかったかのようにこうして時は流れていく。そして、忘れ去られていく。

 それはまるで自分のしてきたことを否定されているような気分になってしまい、気が付くと拳を壁に叩き付けていた。

 コンクリートの壁は凹み、拳からは酷く朱い血が流れる。だが、痛みはなかった。

 

 

「結局、全ては闇のなかってか……」

 

 

 そう呟くと気分を害したフィアナは静かにPCの電源を落とした。

 元々、電気もついていなかった部屋だ。外が暗くなるにつれて次第に闇に覆われていく。その暗闇すらも今のフィアナには心地よい。

 そんなひんやりとする暗闇の中でフィアナは朱く血が流れる右腕にまかれた手作りのミサンガを眺めながら大きく深呼吸をする。それから、心を落ち着けるために深く椅子に腰かけ直し、瞑想を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

そして、目を開けた先には知らない顔があった。

 

 

 

 

「あの、その……寝てるなら毛布でも掛けようと思って……」

 

「あぁ、すいませんでした。少し、精神統一していたもので部屋に入って来た事に気が付きませんでした。それより、通信科の人ですよね?」

 

 時間からして忘れ物でも取りに来たのだろうか? いや、仕事の可能性もある。

 ただ、妙に挙動不審な女性の登場に内心、面倒事に巻き込まれたと苦笑してしまう。

 この手のタイプは気弱で押しに弱い。

 その為、此方からボールを投げないと返って来ないだろう。そう判断して、投げ返したのだが顔を真っ赤にするばかりで返事がない。その代わりに何故か通信機を渡されてしまう。

 全く意味が分からないフィアナはそれを耳に装着するのだが、そこから綺麗な日本語で挨拶が聞こえてきた。

 

「こちらこそ、初めまして。通信科の中空知と申します。以後、お見知りおきを」

 

 目の前にいる人間は別に先程、声を出していたのだから声は出せる筈だ。なのに、何故このような周りくどい事をするのか分からず首を傾げてしまう。

 声紋を変えるにしても、何か変わったようには感じない。恐らく、元々の声のままの筈だ。随分と話し方が変わった事には引っかかるが……。

 そんな返答に思わずフィアナは苦笑いを浮かべてしまう。

 恐らく、様子から見るに恥ずかしがっている。つまり、人見知りだ。ただ、どれだけ人見知りなんだよと言いたくなるが、それを突っ込んだら負けな気もする。

 そう考えたフィアナは何事もなかったように自己紹介を始めた。

 

「この度、東京武偵校に編入する事となったフィアナ=シュトレーゼです。至らぬ点は多々あると思いますが、此方こそ遅ればせながらよろしくお願いします」

 

 そう言うとフィアナはそっと手を差し伸べる。

 握手だ。しかし、中空知はそれに対してどうしていいのか分からずテンパったあげく、盛大にずっこけてしまう。

 大体、予想できた結果だが、ここまで予想通りだと逆に清々しい。

 フィアナは呆れ果てながら中空知の手を取ると通信機越しではなく、はっきり聞こえる声でこう告げた。

 

「中空知さん。それで、ちょっと聞きたいのだけれど、この住所ってどこか分かるかしら?」

 

 そう言えば、学校側から寮の住所を聞いていたのだが、日本語の勘違いでなければ妙におかしな事になるのだ。

 今日から住む事になる寮なのだが場所の文字が決定的に一文字違う。

 住所を見る限り男子寮であり、その場所に住まう事が出来るのは男子だけの筈だ。

 しかし、今のフィアナは男子であるが女装している。女装しているのだ。

 問題があるとすれば、戸籍上では女性となっているだけにその対応には少しばかり疑問の余地が残ってしまう。

 

「えっと、男子寮ですね――って別に、変な事なんて考えてませんよ!」

 

 顔を真っ赤にしたところで説得力の欠片もない。

 この手の話に弱いとなればこれ以上、この話をする訳にはいくまい。自分の世界に入り込まれても面倒だ。うん、自分には変人を集める才能しかない事がこれでよく分かったというものである。

 こうなったら、同居人には迷惑になるかも知れないがここに住めなくなれば、行く当てはない。野宿しかないだろう。

 ただ、ここは私有地であるだけに野宿などすれば捕まる可能性が高い。

 

「それでは、一応今日はこの場所に泊まる事にします。それでは……」

 

 何やら悶えている中空知に寒気を感じるモノの関われば厄介だと判断する。

 中空知を通信科教室内に放置し、通信科から外に出るとそこで中空知に通信機を返し忘れている事に気が付いた。

 ただ、今戻っても面倒になりそうと考えたフィアナはその通信機をポケットにしまうとそのまま寮へと向かうのだった。

 そして、寮に着くと部屋番号を確認して部屋を探す。

 周りからの視線が痛いが仕方ない。背に腹は代えられないからだ。

 しかも、何やら話し込んでいる。たらしや何やらと聞きたくない言葉も聞こえてくる始末だ。

 ようやく、部屋番号が一致する場所を見つけるとそこの表札にはこう書いてあった。

 

 

『遠山キンジ』

 

 

 つまり、監視目標と同じ部屋に住むという事である。

 監視対象との接触を極力避けるのが基本である。……その為、明日には別の部屋を探す事を固く心に誓い、インターホンを押すのだった。




ようやく、主要登場人物の登場
銃に関して、なんとなくリボルバーを選択しました。
変な銃にした理由はまず、弾薬の確保が難しい事
使った場合、誰が付かったか明白に分かる事です
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