緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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違った道

「久し振りね。鈴城折雛」

 

「歯牙かてかけへんか。つれへんわね」

 

 折雛は氷の溶けた刀を鞘に戻すと腰を低くする。抜刀術の構えだ。

 私は即座にそれに気付くと懐に隠し持っていたナイフで受け流す。

 互いに着かず離れずの距離を保ち、鍔迫り合いになってしまう。この距離はこちらの距離だというのに。

 

「こん距離なら流石に聞かれへんでっしゃろ。なんんつもりや」

 

「理解不能。私はその言葉に対する返答は持たない」

 

「何でじゃ戻ってきた。これ以上、彼からなんを奪うつもりかと言うてるんよ」

 

 その言葉に私は下唇を僅かに噛んだ。

 分かっている。自分のしている事が彼を苦しめる結果になる事くらい。

 だが、それでもやらなければならない。何もかもが歪んでしまった。そして、ここから先は闘争の世界だ。

 もはや道は残されていない。しかし、皮肉な物だ。私はいつだって間違いを犯して来た。

 間違いに間違いを重ね、その結果が今の私。それなのに。私は恨まれてしかるべき存在なのに。それなのにまだこうして思われている。全力で止めようとする人間がいる。その事が悔しい。

 

「殺どしたい程に『人形』。アンタが憎い。やて、あんたが間違いを犯どしたら全力で止める。そない親友に約束どした」

 

「その友との約束の為に煮え湯を飲み下すか。戦鬼とまで言われて恐れられていた人間の言葉とは思えないわ」

 

「それをあんはんがしゃべる?親友やった人間ん腕を斬った人間が。たや、あんさんを守ろうとしいやおいやしたんに」

 

 折雛の握る日本刀に押され始める。

 技術で言えば向こうの方が上。何より、こちらは全盛期とは程遠い。

 鈴城は公安部の人間として前線に立ち続けていた。それに比べ、私は牢屋の中にいた為に身体が思ったように動かない。少しばかり分が悪いか。

 流石にこのままでは押し切られると判断すると背後に跳び、距離を取る。

 ナイフを見ると刃にひびが入っていた。あのまま続けていたら刃が砕け散り、切られていただろう。

 

「何を言うかと思ったら、私は人形。今ある関係だって所詮は後付けの設定でしかないのよ」

 

 私の言葉に鈴城は顔を歪ませると大きく息を吸い込み、吐き出した。

 目の鋭さが増す。本気で殺しに来るという意思の表れだろう。相変わらず分かり易い。

 いや、分かり易くなったという方が正しいのだろう。昔の彼女ならば敵に情け容赦をかける事はなかった。

 むしろ、戦鬼の二つ名に相応しく力を欲した人斬りだった筈だ。そんな彼女がここまで変わるか。

 

「設定ね。なら、留まってまで彼に関わろうとしはるんも設定なんかしら」

 

「当然でしょう。彼を殺してようやく私は解放される」

 

「いまやに囚われとるって訳ね。いや、囚われ続けとるか」

 

 小さく鈴城はそう呟くと背を低くし、こちらへと走って来る。

 ナイフはもう使えない。なら、素手で相手をするだけだ。

 互いに交差し、一筋の風が路地を吹き抜ける。

 ドサリという音を立てて倒れたのは鈴城の方だった。それと同時に私の首筋に薄らと赤い線が走る。

 

「滑稽ね。昔んうちなら戸惑う事なんてせいなんだんに」

 

 もしも、鈴城が躊躇しなければ首が落ちていたのは此方だった。立っていたのは彼女だった。

 私が弱くなったのか、それとも鈴城も同じように弱くなったのか。

 分からない。分からないが、私にとってそれは大きな意味を持つ事でもあった。

 彼を殺す。それを行うつもりであるのならばこの程度の力では足らない。

 

「あんさんも気付いとるでっしゃろ? そん胸に今宿っとる想いやけは紛いモンなっとではおまへん。そら紛れもなくあんさんん意志。あんさんは人形なっとではおまへんと」

 

 致命傷を避けたとは言え、動けるような怪我ではない筈だ。

 喋る事すら辛い筈なのに鈴城は口を近くの壁に寄り掛かるとゆっくりと口を動かす。

 

「それにうちは死にたがっとる人間を斬るほど優しい人間ほなあらしまへんよ」

 

 そう呟くと鈴城は口から血を吐いた。内臓を損傷しているのだろう。

 私が死にたがっている、か。確かにその通りなのだろう。私は終わりを探し続けているのだ。終焉を。

 あの時、私は終わる筈だった。それが色々な因果により狂ってしまった。色々な運命を歪ませ、生き方すらも買えてしまった。皆が皆、被害者であり加害者なのだ。だからせめて、彼だけは救うと決めた。

 歪み切ってしまった彼を救えるのは私だけだ。その為には手段は問わない。邪魔をするなら全てを破壊する。

 己の願いすらも捨て去ったその先に唯一残った私の意志だ。

 

「鈴城。アンタを見てると私を最後まで信じようとしていたアイツを思い出して気分が悪いわ」

 

 気分が悪い。自らの過ちを目の前に突き付けられているようで。

 過去の亡霊が私を縛り続ける。死してなお、私を止めようとしているのだろうか。

 まぁ、どちらにしろ関係ない。これは私が決めた事なのだ。後に引く場所ももうない。待っているのは地獄だけだ。そう私はきっと地獄に堕ちて苦しむのがお似合いだ。

 

「一言、彼女に謝らないといけなかったけど、彼女は天国だろうし会う機会がない、か」

 

 自分のこれまでやって来た事を考えれば当然だ。だから、私は最後まで人形であり続けなければならない。

 全てを地獄まで抱えて悪役に徹する為に。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、私……」

 

 目を覚ますとそこは裏路地ではなく薄暗い部屋だった。

 隣の部屋で何やら物音がしている。人数は二人。武器はなし。体つきは筋肉がついており、相当な実力者。

 まさか、公安の何らかの施設に掴まって監禁されているのだろうか?

 公安の人間二人に掴まってからの記憶がない。確か、フィアナさんについて調べようとしていて……。

 

「目を覚ましたか。外傷はなかったが気分はどうだ?」

 

 その言葉に顔をあげるとそこには銀髪の女性がいた。

 フィアナさんとは違い、どこか女性らしさの溢れた人。手には珈琲を持っている。

 

「安心してくれ。あー、お前に害を与えるつもりはない」

 

「中空知です。中空知美咲。えーっと、あなたは公安0課の人間ですか?」

 

「違うな。――ジャンヌだ。中空知を助けたのは偶然だ。私が別件で動いていたら襲われていたので介入させて貰った。ただ、相手が相手だけに今帰るのはいささか危険だと思うが……」

 

 別件で動いていた。武装探偵の方なのだろうか?

 ジャンヌという名前に聞き覚えはないが、何かのコードネームなのかもしれない。

 ただ、彼女がいなければ今頃はあの男達に何をされていたか分からない。死んでいたかもしれない。

 それを考えると彼女には助けられてしまった。色々と恩が出来てしまった。

 

「心配、ありがとうございます。でも、他の人を巻き込む訳にはいきませんから……」

 

 恐らく、フィアナさん関係で私が捕まったとするなら、ジャンヌさんを巻き込む訳にはいかない。

 私がここにいればきっと、ここに彼らが襲撃を仕掛けて来てもおかしくはない。それくらい平気でやるヤツラなのだ。それを知っているだけに私はここに残る訳にはいかなかった。

 ソファーから起き上がるとまだ感覚が戻らない身体を起こして部屋を後にしようとする。

 だが、それを当然のようにジャンヌさんが止める。

 

「無理はしない方がいい。それに、君にも少し聞きたい事があるからな」

 

 ジャンヌさんはそう告げると何かを口にする。

 その言葉が何を言っているのか。理解したくなかったというのが正しいのかも知れない。

 彼女は確かにこう言ったのだ。「フィアナ=シュトレーゼについて」

 その言葉を耳にした私は当然身構える。ここで彼について調べているという事は穴倉の人間ではない。そして、彼を雇っていた公安の人間もあり得ない。つまり、まったく別の誰かという事になる。

 身構える私に対し、ジャンヌさんは小さく溜息を吐くと更にこう続けた。

 

「別にアイツを殺したいとか、そういうのではないんだ。ただ、興味が湧いた。アイツを知れば、色々と私の知り合いが関わった事件についての全貌が理解出来る気がするからな」

 

「関わった事件ですか?」

 

「『大使館員狙撃暗殺事件』、『公安施設襲撃事件』だ。大使館員狙撃暗殺事件に関しても、公安施設襲撃事件にも直接的関与はしていない。にも関わらず、常に事件の中心にいた。アイツは一体、何者なんだ?」

 

 公安施設襲撃については穴倉から情報を得ていた。何者かの介入により失敗したという話だった筈だ。

 ならば、大使館員狙撃暗殺とは何か。どうして、それを私に隠す必要があったのか。暗殺者を育成するプログラム。そんな物を利用しようとする大国は限られる。そういう事か。彼らは最初から襲撃犯の所属する第3勢力を突きとめていたのだ。それが意味する事は動くつもりはないという事。最初から切り捨てるつもりだ……。

 

「取引をしましょう」

 

 相手を信用していいのか分からない。だが、打開するには力が足りない。

 私は無力だ。強襲科のように事件を武力で解決するだけの力がない。狙撃のような技能でサポートする事も出来ない。出来るのは情報を集め、バックアップをする事だけ。確かにそれは重要な役回りだ。でも、事件に直接関わり私自身の手で何かを掴めないのは悔しかった。

 だからこそ、私は取引を持ちかけたのだ。

 

「ジャンヌさんに情報を売ります。その代わり、私に協力して下さい」

 

「それはお前の駒になれと言う事か?」

 

「そう受け取って貰っても構いません。私は力がいる。ジャンヌさんは情報。win-winな関係ではないでしょうか? それに、私は拷問されても絶対に情報は吐きませんよ。そんな事されたら、吐く前に死んでしまいます」

 

 拷問を受ける訓練など受けていない。何から何まで一般人だ。

 だからこそ、そういうのは通用しない。喋る前に死んでしまうからだ。自分が弱い人間だという事は理解している。だからこそ、私は力が欲しい。抗う為に力が。

 そんな私の言葉に返答を渋るジャンヌさんだったが、その背後から現れた人間によって商談が動いた。

 

「問題はないだろう。私達が武力を貸し、その対価として情報を得る。等価だろう。それに、そういう目をした奴は引かないからな。だが、お前こそいいのか? 私達がどういう人間か聞かなくとも」

 

「今更です。決めたんです。私はどんなものでも利用する。大切な物を守る為なら、たとえ悪人であろうと関係ない。使える物は何だって使ってみせる。正攻法だけでは世界は変わりませんから」

 

 それが私の覚悟だ。無力な私にはそうする事でしか繋がりを保てない。

 吹けば消えてしまうような弱い関係だったのかも知れないが、私達は確かに友人だった。その繋がりを斬らせない為ならば私は何だってやる。やってみせる。絶対に彼を連れ戻して見せる。

 その為ならば悪魔とだって契約する。穴倉とも情報共有したのだ。今更罪が一つ増えた所で何も変わらない。

 

「なるほど。然りか。交渉成立だ。今だけはお前の槍になってやる。その代わり、使い捨てるような真似をしたら即座にお前を斬り伏せる。覚えておけ。私は使われてやっているのだからな」

 

 その言葉に背筋が凍る思いをするが、力関係で言えば当然か。いつ裏切られてもおかしくはない。

 互いの信頼関係をどのようにして構築し、それを美味く運用していくかにかかっている。裏切りは自らの首を絞める事に繋がりかねない。もしも、そうなった場合、一番最初に死ぬのは私だ。

 

「分か、分かりました。ただ、一つだけ約束して下さい。フィアナ=シュトレーゼに出会っても彼を殺さないと」

 

「だそうだ。ジャンヌ、お前はどうする?」

 

「お前が関わると決めた時点で他に選択肢はないだろう……」

 

 契約は成立。ただ、私も全ての情報をこの段階で開示するつもりはない。

 あくまでも彼女達が欲している部分に限っての話だ。それ以外の部分に関しては聞かれなければ語らない。語る必要もない。暗殺者育成プログラム、パッケージ化。これらの情報は恐らく、犯罪組織からすれば喉から手が出る情報の筈だ。だからこそ、素性の分からない連中に開かせる手札ではない。

 こちらから提示できるのはフローレアの血統。それに『対抗』する為に作られた殺人兵器。そして、その事件があった場所で穴倉の幹部が死亡しているという事くらいだろう。

 簡単に事実を掻い摘み、彼女達に語るとジャンヌは納得したようだが、もう一人の方が何やら納得出来ないと言いたげな顔をする。だが、それを口に出す事はしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。血統と殺人兵器か。なら、人形がその殺人兵器であり、何かの鍵という訳か。あの穴倉が躍起になっていたのは彼らにとってそれは大きな意味を成すから。大体は理解した」

 

「本当か!? 私には何一つとして見えて来ないのだが……」

 

「脳筋と言いたいのか? 確かに組織内でも武闘派として見ているかも知れないが、それなりに裏世界にも顔が利く。穴倉の主戦力が動いた理由がようやく理解出来たよ。ロスアラモスが動いた理由も明確にな。要は天才の量産。やれやれ、これは一度教授にお伺いを立てるべきなのだろうが……そうしている余裕はなさそうだな」

 

 ロスアラモスに人形が渡っているのは確実だ。ただ、あの施設での状況を考えるに内部分裂をしている可能性が高い。となれば、接収されるより先に対処しなければ手が出しづらくなる。お伺いを立てて返答を待つような余裕は残されていない。現場判断と言う奴だ。

 それに、中空知の目を見ていれば分かる。全てを話していない事くらい。話すつもりがない事くらい。

 まぁ、交渉とはそういうものだ。互いにカードを切りあう。それが常だ。

 だとすれば、あの小隊の所属も自ずと限られる。装備から考えてアメリカの特殊部隊の一つ。

 

「それでミス中空知は我々に何がお望み? 公安の始末? この事件の解決?」

 

「事件の解決も後始末も興味ありません。私の目的は人形の確保です」

 

 その言葉に思わず返答が出来なかった。

 武装探偵を目指す人間のセリフではないからだ。それが意味するのは過程の放棄。結果だけの追求だ。思わず、笑ってしまう。この糞真面目で気弱そうな人間の口から出るセリフではない。

 確かに武偵憲章には悪党と共闘してはならないとは書いていない。だが、それを何の迷いもなく行える人間は少ない。最後の最後に矜持が邪魔をするからだ。目的の為には手段を択ばないのだとすれば、きっと化ける。

 

「なるほど。了解した。それで、成功報酬はどうする?」

 

「私の知りうる限りのフィアナ=シュトレーゼに関する情報です。どちらにしろ、彼を押さえるには人形の存在は必須になる。どちらが彼を手に入れるにしてもです」

 

「確かに人形は公安が使っていた首輪だったな。それに加え、アイツに関しては私達の情報網をもってしても探りを入れられなかった。もしも、本当に中空知がそれを知っているのなら悪くない取引だ」

 

 ジャンヌの言う通り、それを知っているのならばの話だ。

 腹の探り合いになるが中空知は一介の武偵校の生徒。裏に大きな勢力が着いているとは思えない。

 その段階で彼女に対する信用は難しい。成功報酬が割に合わない。だが、ここまで持っていったその頑張りは魅力だ。非戦闘員だが、今後化ける可能性を秘めているのだからその点に関しては悪くない。

 ここで恩を売っておくべきか。唾を付けておくべきか。

 

「だが、その情報を持っているのか信用できない。こういう取引において信頼関係は非常に重要なファクターとなる。だから、それに対して了承する訳にはいかない。こちらのデメリットが大きい」

 

 その言葉に中空知は顔をしかめた。恐らく、これ以上提示出来る条件が無いのだろう。

 

「私はお前が欲しい。成功報酬はお前自身。これならば他の人間に迷惑をかける事もあるまい」

 

「まさか、お前……。女が好きだったのか!! だから、男に興味が」

 

「私が欲しいのは身体じゃなく技術だ! ここまで啖呵を切れる人間もそうそういない。惜しい人材だ」

 

 確かにイ・ウーの中にある考え方には恐らく合わないだろうが、情報屋やバックアップとしては欲しい。

 後ろで騒いでいるジャンヌを放置し、ジッと中空知を見詰める。こちらからの条件は提示した。

 それを飲むかは彼女次第だ。彼女にとってそれだけの価値があるのか。

 

「私を評価して頂けるのは嬉しいのですが、その……ごめんなさい。私は武装探偵でありたいんです。武装探偵であり続けなきゃダメなんです。綺麗事かも知れない。どんなに足掻いてもこの手から零れ落ちるものがあるのかもしれない。それでも、だからといって諦めてしまったら誰も正義を信じなくなってしまうから」

 

「誰かを助ける為なら何だって利用する。その覚悟は嫌いじゃない。むしろ、好感を覚える。だけど、その先は地獄だぞ。それにお前がどんなに足掻いた所で救えない者は必ずある」

 

「分かってます。でも、もう何も出来ずに見ているだけの傍観者は嫌なんです」

 

「分かった。中空知、その覚悟の先に何があるのか見届けさせてもらう」

 

 ここで私が拒否したとしても彼女は必ずこの件に関わってくる。

 どういう形であれだ。それが無用な犠牲になるのであれば、彼女に手を貸すのも私の矜持に反していない。

 無用な犠牲は出さない。項羽の名に懸けて。正義とか悪とか関係ない。

 

「ただし、約束しろ。危険な真似だけはするな」

 

 中空知にそう告げると部屋を後にする。その願望が押し付けな偽善であったとしても、その想いに偽りがないのだとすれば、それも真実なのだろう。

 何より、公安施設での借りが公安0課にはある。やられた借りはきっちりと返さなければならない。施設内部に毒ガスを巻くなど正義を語る人間の所業とは思えなかった。さて、問題はこれからの行動だ。恐らく、人形の行動目的は終焉だ。中空知にはあんなことを言ったが、恐らくこの結末でクロエか人形のどちらかが死ぬ。

 完成させるとかそういう問題ではない。彼らにとってそれが決着なのだ。それが始まりなのだ。

 それを何となくではあるが、理解しているだけに私は大きなため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと小さな灯りが揺れていた。

 生きているのだろうか? 全身に力が入らない。

 

「目を覚まされたのですね。ご主人様」

 

 頭を打ったのだろうか? 見た事もない女性にご主人様と呼ばれている。

 人に恨まれる事をした覚えは多岐に渡るが、人にご主人様と言われる覚えはない。何かの罠か? そんな事を考え警戒するのだが、そんな此方の態度を無視して血圧を測り始める。

 

「一つ、聞いていいでしょうか? ここはどこです?」

 

「イ・ウーです。もう三週間も眠っていましたのでとても心配しました。でも、良かったです。無事にお目覚めしたようで……。何か入用なものはございますか?」

 

 イ・ウー。つまり、ここは敵地同然。捕虜という訳か。

 この後に待っているのは拷問で情報を聞き出されるのだと考えれば、取るべき行動手段は一つ。

 身体が動かせれば即座に行動に移せるのだが、今はそれすら難しい。

 なら、頼む事と言えばその為に必要な物を手元に置いておくこと以外にない。

 とは言え、それをすんなり渡してくれる訳がないのも理解している。諦めるか。

 

「ありませんよ。拳銃とナイフを用意してくれと言っても、用意はして貰えないのでしょう。もしも、暴れられても困りますし、自決されては情報も聞き出せませんから」

 

 そう告げると目の前の女性が愛銃であるOts-38を手渡してくる。弾も装填済み。予備の弾丸まで用意されている。それだけに反応に困ってしまう。イ・ウーは一体、何を考えているのか。

 

「拳銃はOts-38というのは分かったのですが、ナイフに関しては趣向が分からなかったのでこれと言った物が用意出来ませんでした……。何か仰って下さればすぐにでも用意いたしますが」

 

「足がいる。すぐに東京に戻らないと……」

 

 こんな所で寝ている余裕はない。力の入らない身体に鞭を打って立ち上がろうとするのだが、上手く立ち上がれない。よろけて目の前にいた女性に寄り掛かってしまう。

 

「まだ、動かせるだけ体力が回復してません。食事だってこれまで点滴で栄養剤を打っていたんですよ……」

 

「俺がどうなろうが構わない。邪魔をするなら……」

 

「公安部施設襲撃は失敗。『人形』は東京で公安の人間を殺して回っています。今のご主人様で何が出来るんですか……。少しは自分をご自愛ください」

 

 アイツが公安の人間を殺して回っている。理解は出来るが目的が見えない。

 自由を求めていた人間のする事ではないからだ。だが、これで余計に東京に戻らなければならなくなった、だが、今は監視の目がある。ここは素直に従い、ベッドに戻るべきだと判断すると身体を休める為に目を閉じた。




次回辺りから恐らく本格的に話が動くと思います。
出来る限り、早く投稿できるように頑張りますが……忙しくてなかなか時間が取れない。
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