緋弾のアリア 血濡れた銀狼   作:浅田湊

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来日

「今回は別件か。切断面が綺麗過ぎる。これ、相当な手練れの仕業だろ」

 

 新たな被害者と思われる二つの遺体を確認し、即座にナタリアは結論付けた。

 これまでの遺体の損傷から判断するに犯人は近接戦闘の相当な手練れなのは分かっている。しかし、それだけでは犯行を行った人間が違うと断定は出来ない。

 神崎アリアならば直感や第六感でそう言い切るのだろうが、それは不確かな物だ。

 なら、どうしてこれが別件だと判断したのか。それは一つだ。いくつかの切断面が確認出来るのだが、明らかに切り方が違うという点だ。

 西洋剣は押し潰すというような切り方をする。その形状の傷痕は見た限り、一か所。他の箇所は明らかに切断。日本刀によって斬られた傷痕だ。この二つは取扱いの技術が違う為、そう容易には同じように扱えるものではない。

 その上、切り方を変える理由が見えない。つまり、犯行現場には複数人の人間がいた可能性が浮上して来るのである。これがこれまでの犯行とは明らかに違う点である。

 

「厄介事ってのはこうやって増えていくのよね。見た限り、標的である事は間違いなさそうだけど」

 

 遺体の方に関してはこれまでの標的と同様と考えて問題なさそうだ。

 模倣犯? それにしては隠す気が無さ過ぎる。組織的な動きの中での模倣ならばもっと完璧性が求められる筈だ。

 別組織が動いたにしては違和感がある。思惑が見えて来ない。

 本国が何らかの形で関与している事を理解しているだけに苛立ちが隠せない。別に綺麗事で世界が回っているなんてお花畑な思考をするつもりはない。だが、それにしても少しばかりやり過ぎだ。

 一人の人間を手に入れる為にしては作戦行動が大き過ぎる。見返りがない。

 なら、一連の動きは一体何の為のものなのか。大使館の狙撃に関しても内部の機密情報を入手できなければ政府高官がそこにいるという確証は得られなかった筈だ。国内で何かあるという事なのだろうか?

 どちらにせよ、何か嫌な物が見え隠れしているのは疑いようのない事実だった。

 

「本国に探りを入れたら入れたでこっちに首輪を賭けて来るだろうしなぁ」

 

 武装探偵が国際的な資格だったとしても、関われる境界線は存在している。だからこそ、国際的な捜査権を得られているのだ。内政干渉な事をしたのなら、一発で国家権力によって消されてしまう。

 そんな事を考えていると携帯電話の着信音が鳴り響く。着信相手は予想通りの最悪な相手からだ。

 

「何の用? こっちは捜査で忙しいんだけど。それとも、CIAは暇なの?」

 

『暇じゃないわよ。むしろ、捜査官の人数が足りないから手伝ってほしいくらいだわ。それより、いくらフットワークが軽いからって無闇に藪を突くのはどうかと思うわよ。アンタがそこにいるお蔭で向こうさんも何やら人を動かそうとしてるみたいだし、本当に頭痛いわ』

 

 中央情報局で働く友人の話しぶりからするに遠回しな忠告なのだろう。

 向こうさんというのは『穴倉』はまずない。『MI6』か中国か、ロシアだろう。いや、だがそこは動かす遠回しの理由を持っていない。ロシアが動くなら『穴倉』が動けばいいだけ。イギリスが……疫病神め。

 相変わらずあの女は何もしなくても厄介事を引っ張って来る。大人しく出来ないのだろうか。

 

「情報ありがとう。それより、アメリカ大使館の狙撃暗殺はそっちの犯行? とある筋の捜査妨害で邪魔になったから処分したとかさ。そんなに出て来ちゃ不味いモノでもあった訳?」

 

『………………。犯行に関しては我々が関与していないわ。ただ、その男を確保する用意は出来ていたのは事実よ。トカゲのしっぽ切りって奴ね。お蔭で捜査は仕切り直し。日本で特殊部隊を運用したとかで向こうの外事課からは今後の捜査協力はしないとまで言われてるぐらいだから。信用も暴落よ』

 

 CIAが狙撃暗殺された人間を確保しようとしていた。なら、公安が踏み込むまでの下準備に協力したのは彼らなのだろう。つまり、それを察知した人間の情報遮断があの事件の真相か。だが、おかしい。

 その後の人形の輸送計画。みすみす首輪を手放すとは考えられない。犯罪者の引き渡し協定を利用するにしても、彼女の犯行を立証できるだけの証拠もない。アメリカで彼女を立件できないのだ。

 

「なら、よく『人形』を引き渡して貰えたわね。犯罪者引き渡し協定を利用するにしても、突っぱねられてもおかしくはなかったでしょう? それだけ険悪なら」」

 

『犯罪者引き渡し? 何それ? こっちにはそんな話来ていないんだけど……』

 

 その返答に言葉を失ってしまう。

 確かに引渡しの要求には犯罪を行ったと疑うに足りる相当な理由が必要だが、それが存在しない。その上、請求国の裁判所による裁判が行われていない為に正式なルートを用いなかった外交取引の可能性も高い。

 だが、外交筋を経由する話だけに情報程度なら掴んでいてもおかしくはない筈だ。しかも、相手は日本の公安。

 見返りが無ければみすみす重犯罪者を他国へと渡すとは思えない。にも関わらず、何故CIAがその事を一切知らないのか。別口という事だろうか? 頭が痛い。最悪の場合、この件はアメリカ大統領を通さずにすすめられていた可能性すら浮上してしまったのだ。影の大統領とでも言うべき存在がいるとでも言いたいのだろうか。

 どちらにせよ、非常に厄介な件に関わっているという事だけは間違いがない。

 

『――悪い事は言わないからその件から引きなさい。例の特殊部隊に関しても米軍に正式な文章で問い詰めても知らない。存在しないの一点張り。軍以外の何らかの国内勢力がいると考えて間違いないけれど、裏社会に関しては疑っていたらキリがない程の連中ばかりだし、下手したら死ぬわよ。解決したとしても、社会から抹殺される』

 

「まぁ、そうなるでしょうね」

 

 闇社会の連中なら表でもそれなりの権力を持っている事が多い。特に軍事系の会社が絡んでいるとなれば、大スキャンダルだ。公にするか、秘密裏に処理しその会社に対するカードにするか。目に見えている。正義とは程遠い。資本主義と言う名の利益追求だ。そこに誰かの為という恒久的な正義は存在しない。

 

「確かに私が武装探偵の資格を持っていなかったのならあきらめ切れたのかも知れない。でも、そこで誇りを手に入れてしまった以上、私はその喪失感には耐えられない。私が私じゃなくなってしまう」

 

 ここで保身の為に逃げ出したのなら、武装探偵とは何の為に存在しているのだろうか。

 国に縛られない。国際的な捜査権を持つ存在。それが彼らだったのではないのだろうか。

 国際的な捜査権を持つが故に国と言う括りに縛られる。滑稽な話だ。

 

『喪失感? 国外にいる犯罪者を追いかけて潰せないから?』

 

「昔はそうだった。国と言う単位に縛られたら国際的な組織に対応できない。そういう化物達と殺し合えないっていう理由から私は武装探偵を目指してた。でも、今は違う。『深紅』なんて二つ名がついて気付いたら私の周りには誰も居なくなってた。私の渇きをいやしてくれるのは敵だけになってた」

 

 敵を容赦なく潰す。その見返りに得たのは恐怖と畏怖の視線。そして、孤独だった。

 相棒などいない。足を引っ張られるだけだから。常に一人。全ての責任は一人で負う。

 だが、その根底には何があったのか。どうして、そこまで狂信的なまでの闘争心が存在していたのか。

 答えは簡単だ。それは常に目の前にあった。

 

「私はさ。バットマンに憧れてたんだ。でも、個人の正義を貫くには力がいる。目的と過程がいつしか入れ替わって、力のみを追求するようになっていた」

 

 建前と本心の入り混じった言葉。そんな物よりも私は知りたいのだ。

 フィアナの行動原理。その原初の想いを。それを知れば、私の答えも出る気がするから。

 

『分かったからのろけ話はもういいわ。FBIにもやっぱり犯罪者引渡しの話はないわね。しかも、例の部隊も軍内部に実在するものではないという見方が強まってるし、そっちも洗ってみるわ。どうせ、無茶するなって言っても無駄だろうしね』

 

「助かる。今、そっちに戻ったらしばらく動けないだろうから」

 

『でしょうね。例の部隊にしても政府内部に調べられたくない人間がいる。ネバダの研究者暗殺の件にしても何を研究していたのかを揉み消す為に事件そのものをなかった事にした節があるから。今の政府が事実を公にするか、臭いモノに蓋をするかは実質賭けみたいなものね』

 

「人は見たいものを見て、見たくないモノは見ないものよ。そして、有権者には聴こえのいい甘言だけを聴かせて置けばいい。野党辺りに情報を流したら面白い事になるだろうけど」

 

『やめてよね。そんな事されたら、溜まった物じゃないわ。こっちは案件山ほどあるのにバカに付き合う余裕はないのよ。ただでさえ、極秘裏に星伽が死人を入国させたって話もあるし……。本国なら色々と動かせるけど、そっちだと手を出せないのよねェ……。あぁ、繚乱さんがこっちに残ってくれてたらなぁ……』

 

 星伽と言えば、先日のアドシアードで誘拐騒ぎがあった生徒と同じ苗字。

 こんな苗字がそうそうあるとも思えないので恐らくはその家族なのだろうが、死人を入国? 意味が分からない。遺体を国内に持ち込んで何の意味があるというのだろう。この季節、腐敗が進むだけだ。

 

『絶対にその国は荒れるわよ。フローレアの猟犬。通称、アリサが入国したわ。しかも、星伽が正式な客人として招待してるから手が出せない。国際問題になるから』

 

 アリサ=フローレア。犯罪史にも名高い。存在すら疑われている伝説の暗殺者。そんな人間がこの時期に入国した上に星伽と接触する。何かあるのだろうが、今現在はそちらに尽力を回せない。

 ただその忠告を静かに聞き終えると通話を切ろうとするのだが、そこで通話が割り込んでくる。

 相手は一里塚。一応、連絡先は教えていたが彼女が連絡して来るとは思えなかった。

 何事かと考え、通話に出ると彼女はゆっくりとこう口にする。

 

『中空知先輩が行方不明になりました。二人組の男に拉致された可能性が高いと思われるのですが――』

 

 中空知美咲。確か、彼の関係者だっただろうか。確かに誘拐される可能性はあった。見落としていた私のミスだ。彼女に対し、何らかのガードを着けるべきだったかもしれない。

 そう思っていたのだが、次に彼女の口から発せられた言葉に顔を引き攣らせてしまう。

 

『その二人は先程、遺体で発見されました。恐らく、ナタリアさんの目の前にいるお二人だと思われます』

 

「中空知美咲は自ら姿を消したのか、誘拐されたのか問題ね。しかも、彼女は拷問とかそう言うのに耐えられる人間ではなさそうだし、薬物とか不味そうだし……。顔写真を送って貰える?」

 

 中空知美咲。そこまで重要人物では無さそうだが、この状況での誘拐。何かがあるとしか思えない。

 その上、公安が絡んでいる以上最悪の場合は遺体で発見される可能性もある。どちらにせよ、時間との戦いだ。

 一里塚からメールで彼女の顔写真を受け取ると急いで辺りを捜索する為に走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそおいで下さいました。断られると思っていましたが……」

 

「こっちも助かるわ。今は国内へのルートの監視が厳しいからなかなか難しいのよ」

 

 今回の相手はこれまでの交渉相手とは違う。星伽の外交筋として色々な人間と出逢ってきたがここまでとらえどころがない人間は初めてだ。まるで、見えない。普通の人間と話しているようだ。

 高圧的でもなければそちらの筋のうような気配も感じられない。ただ、歩幅などが一定な所などでようやく腕の立つ人間だと分かる。本当に本物なのだろうか?

 

「それで、手引きしたからにはそちらから要求があるんでしょう? 一応、聞いてあげる」

 

「出来れば、大人しくして頂ければと頭首様より言伝を承っております。ただでさえ、公安の事で荒れている中で貴女のような方が動かれると……」

 

「まぁ、そうよね。イ・ウーの弱体化。それに伴う穴倉の対外的な態度が激変し、これまでの静観から本格的な戦争状態に突入した。この状況だけを踏まえるなら、私のような時代遅れは事を荒立てるだけの障害でしかないか。でも、貴方達も問題を先送りにし続けたのが原因でしょう?」

 

 その言葉に何も言い返せない。

 穴倉の対外的姿勢に関しても、全ては過去の人間が問題を先送りにして見ないふりをしたのに端を発している。

 イ・ウーが消えればそれにより蓋をされていた連中が暴れ出す。恐らく、穴倉の目的はその闇の更に底にいる有象無象を一掃する事なのだろう。彼らのこれまでの行動目的を考えれば理念には反していない。

 

「それは……そうですが……。ですが、イ・ウーを認可しなければ……」

 

「そうね。それも理解してるわ。私もイ・ウーのトップと殺し合って引き分けた過去がある訳だし」

 

 今、目の前の人は何と口にしただろうか? イ・ウーがどうしてイ・ウー足り得ているのかはトップが強大な力で暴走を抑えているからだ。そのトップと引き分けた。その言葉に耳を疑わない訳がない。

 ただ、世界には理の壁を越えた人間も少なからずいる。

 例を挙げるとするならば穴倉に所属する四季星遊馬もその一人だろう。恐らく、先の事件で死亡したと思われているフィアナと呼ばれた人間も境界を越えようとしているのかも知れない。

 

「絶望。それをアンタらは知らな過ぎる。イ・ウーの連中も。だから、主導権争いにしか見えないのよ」

 

 穴倉は確かに各国の主要犯罪組織と戦争状態にある。だが、一般市民や裏社会への被害は全くと言ってなかった。それは少なくとも裏社会自体がその社会の中での秩序を確立し、その中のシステムとして穴倉が存在しているからに他ならない。だからこそ、彼らに賛同し後押しを表明している組織も存在している。

 

「彼らは敗残者なのよ。正義から取りこぼされたさ。だから、惨めさも地獄も知っている。四季星なんていい例でしょう。あの子の過去は星伽の人間なら知っているでしょう?」

 

「一族郎党を皆殺しにした挙句、母屋に火を放った。奇跡的に妹であった立花繚乱は無傷で生還を果たした近年まれに見る重大犯罪だったと聞き及んでおります」

 

 生存者は立花繚乱以外にはなし。多くの人間は即死だったものの、中には焼死した遺体もあったという話だ。

 何が彼女をそこまでの狂気に駆り立てたのかは想像に難くない。彼女はこの国の暗部に幼い時から関わって来た人間だ。だからこそ、人の汚さをずっと見てきた。職務に忠実であればある程にそれは増えて来る。

 特に個人の正義と国家の正義は違う。それが部分的に一致する事もあれば、対立する事もある。

 綺麗事だけで世界は成り立たない。正しいだけでは正義は語れない。

 

「そうね。当時の彼女はこう呼ばれてたそうよ。刀。道具は持ち手を選ばない。ただ、道具としての職務を全うすればいいだけ。酷く残酷な話よね」

 

 多くの人間を救おうとすればするほどに少なくない数の人間が闇に葬られている。

 もしも、自分が同じような立場に置かれたらどうするか。考えたくもない。

 

「そういう人間は強いわよ。信念を持った人間は絶対に折れないから」

 

「そうですね。この奥で頭首様がお待ちで……えっ!?」

 

 横目に入ったのは懐からファイブセブンを取り出そうとしている姿だった。頭首様とは話をするだけだった事だけに何をしようとしているのかが理解出来ない。だが、すぐにその行動の意味を理解する。

 

「どういうつもりかしら? 公安の人間がここに居合わせるという話は聞いていないのだけど」

 

 そこにいたのは立花繚乱。だが、その腰には刀はない。敵意はないという事なのだろうか?

 それに対し、彼女は険悪な雰囲気を纏っている。いつこの場で血が流れてもおかしくはない。

 

「恐らく、貴女が動いたとするならばここに現れると踏んで待たせて貰ったわ。敵意はない。今現在は公安としてここにいる訳ではないわ。立花繚乱個人としてここにいる。貴女の息子の件は私の責任でもあるから」

 

「そんな事を言いに来たの? それで私が許すとでも思ってる?」

 

 いつ、引き鉄がひかれてもおかしくない。繚乱さんも避けるつもりがないのか微動だりしない。

 もしも、ここで星伽として公安での地位を後押ししたいと考えている立花繚乱に死なれてしまったら、本当に公安0課を主任に言い様に使われてしまうからだ。どうするべきか。必至に考えを巡らせるが答えが出て来ない。

 

「息子が死んだのはあの子が弱かっただけの話よ。もしも、こっちの世界に関わり続けるならそういう可能性は十分に想定していた筈ででしょう。それより、どの面を下げて私の前に現れたの?」

 

「言いたい事は分かってるわ。人形をこちらで押さえようとしたのにも失敗。あの子の護衛も失敗。私の行動が全て裏目に出た挙句、この有り様よ。私は私の道を貫くと言いながらこの為体……笑えるわよね」

 

「そうね。でも、足掻くと決めたのなら最後まで足掻き続けなさい。私が貴女に対して怒りを覚えているのは単純。あの子を救うと言いながら、見殺しにした事よ。結局、貴女があの子を此方側へと引き摺り込んだ。私が必死になって日常に留まらせようとしていたのに」

 

 その目はとても冷たい目をしていた。まるで、永久の凍土のような冷たさだ。

 この人は地獄を知っている。裏世界の深い場所を生き続けてきた。だからこそ、同じ道を歩かせたくなかったのだろう。守り通しかったのだろう。その過程で一度、身を引いた。その結果、フィアナ=シュトレーゼは公安の狗に成り下がった。道具に成り下がった。その結果が許せないのだろう。母親として。

 

「私の人生は失敗続きだったわ。息子にしてもそうだし、こういう家業を続けていった中で多くの物を失った。友人だって私の所為で死なせてしまった。だから、常に一人。孤独にて孤高。孤立にして超越。でも、そんな私には何一つとして残らなかった。貴方はどうなのかしら? その生き方は間違っていたのかしら?」

 

「それは……分からないわ」

 

 

「なら、もう一度自らのこれまでの行いを思い返してみる事ね。もしも、天秤の片側だけで判断しているのならおこがましいわ。貴女が見捨てたものがあるように貴女に救われた物もある。確かに失敗だったかもしれないけれど、間違いだとは限らないわ。私が今の貴女に言える事はそれだけね。精々、足掻きなさい」

 

 それだけ告げるとファイブセブンを懐へと納める。まるで、興味を失ったかのように。

 一人で行かせる訳にもいかず、私も後に続くのだが分からない。この人が何を考えているのか。

 

「自分の息子が行方不明なのにその言葉は余りにも辛すぎはしませんか……」

 

 気付けばそう彼女に尋ねていた。

 それに対して、彼女はこちらに振り向く事もせず前を見据えたままこう告げる。

 

「死んでいないわ。殺そうとしてもしなないから、フローレアなのよ。そういう血。そういう呪いなのよ。私達の一族の中に流れている脈々と受け継がれてきた本能は、ね」

 

 本能。そう言い切ったそれは一体何なのか。そこまで信じるに足るモノなんか理解出来ない。

 ただ、一族においてそのような技術を血でもって受け継ぐ事があるのもまた事実だ。それは品種改良であり、現実に行われているものを長期間の時間をかけて行ってきたのが人間の歴史という物だ。

 一つだけはっきりしたのはこの方は理の先にいるのだろう。私達には理解出来ない世界にいる。

 

「私達の一族が求めて来た完成形があの子だったんだから、皮肉な事にね。彼らからしてみれば、ね。まぁ、こんな話はここまでにして、と」

 

 その人は頭首を前に座る事をせず、じっと前を見詰めたままこう告げた。

 

「お初目お目にかかります。星伽頭首様。私がここに出向かせて頂いたのは今回の一件に関しての見届け人としてですので介入のつもりがない事は先に宣言させて頂きます。第一に人形の遺体に関しては臓器は此方で回収。骨に関しては砕いて海に撒いて処理して下さい。第二に今回の事件に介入している第三者に関しては手を出さない事。その二点をお守り頂けるのであればの話ですけどね」

 

「待って下さい! それは我々星伽としての責務を放棄せよという事ですか!?」

 

 対外的な仕事を取り仕切っている私からしてみれば聞き捨てならない言葉だ。

 特に現状は公安も正常に機能していない。その状況で第三者の介入を防ぐ防波堤になるのは星伽しかいないと自負していた。国内の暗部を取り仕切っていた間宮も今は散開しており機能していない。そんな状況でその取引を素直に受け入れられる筈がなかった。

 そう思っていたのだが、どうやら頭首様は違うらしい。

 

「分かりました。但し、条件があります」

 

「そちらが条件を出せる立場だと思っているのですか? 日本国内の暗部の崩壊に関しても静観を貫いていたが為のこの現状。その責任をここで追及する事も出来るのですが……」

 

「その件に関しては確かに我々にも落ち度はあります。それは認めましょう。ですが、風雪のいうように我々にも通すべき責務がある。今回の一件でどう転ぼうとも、今後の風向きを考えれば何も手を打たない訳にはいきません。ですので、貴女の補佐に風雪を着けるとしましょう。対外的な方面での経験もあるので役に立つとは思います。我々としても、あの方にしても『穴倉』とは友好的な付き合いをしていきたいと考えていますので」

 

 …………え? 補佐。ならば、私の仕事は誰がやるのだろうか。

 お姉さま? いや、流石にお姉さまにはこの仕事は向いていないと思われる。ただでさえ、ここまでの人脈を作るのに苦労したのだ。確かに粉雪の暴走を止められなかった責務はあると感じてはいるがそれは……。

 

「自分の娘を人質にするつもり?」

 

「社会勉強と言って貰いたいですね。この子は上澄みを知っただけで世界を知ったつもりになっている節がある。貴女の近くで学べば少しは世界が変わって見えて来るのではないかと思うので……。何より、『穴倉』の次期後継との接点を持っておくのは悪い事ではないでしょう?」

 

「腹に一物を抱えているのはどこも同じか。まぁ、せいぜい蛇に絞殺されないように気を付ける事ね」

 

「あの……どういう事か理解出来ないのですが……」

 

 『穴倉』の次期後継。とんでもない言葉が出来てた気もするのだが、そんな事よりも私の返答を待たずこの国に滞在している間のこの人のサポートをする事が勝手に決まった瞬間だった。




話が動くと言いながら全く動きませんでした。
箸休め回だと思って下さい。少しゆっくりし過ぎてるかなという想いもありますが……その辺りが少し不安です。
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