「やれやれ……まぁ、時間潰しにもなりませんか」
雲間から月に照らされ、薄暗い路地に影が出来る。
売人の処分、何の事もない楽な仕事だ。肩慣らしにもなりはしない。
ただ、回収した名簿の中には代議士の子息の名前がある以上、そう言った意味で他に先手を打たれたくはなかったのだろう。
高度な政治的な問題というものだろうか? しかし、この売人の携帯の履歴を見て気が付いたが、そういう方面の連絡先が残っていないのだ。
通りすがりに一撃で仕留めた以上、消す余裕はない。
こんな下っ端が自分が死ぬと同時にデータが消失するような仕掛けを造っているなどとは到底、思えない。
しかし、取引しなければ薬物を手に入れる事は難しい。
しかも、売人の販売していた物は聞いた事もない薬物だ。価格も本来の定価より、大きく下回っている。そんなものを一介の売人が手に入れたという事に首を傾げてしまう。
まぁ、あとは公安がどうにかする事だ。
はっきり言って、関係のない事。どうなろうが知った事ではないからだ。
路地裏には人影もない。既に明け方近くだ。辺りは静まり返っている。
そんな静寂の中で突然、電波ソングが流れ始める。
「始末した。遺体の回収はそちらに任せます」
最近の学生の流行と言って勝手に設定された着メロなのだが、完全に場違いな音にフィアナは苦笑いを浮かべてしまう。
こんな音楽を流せば、こちらの居場所を教えるようなものだ。それを分かっていてこんな曲に設定したのだとすれば、胸糞悪い。
『わかりました。直ちに、回収班を……』
「死にたくなければ、来ない方がいいですよ。ただの売人ではなかったようですから……」
用心深過ぎる事について良く考えれば、分かる事だった。
新種のドラッグ、価格崩壊。実験的な要素も多いが、それ以前にここいら一体のそう言ったルートを一気に飲み込もうとしている。
そんな事をする必要があるとすれば、新たな参入者、呼ばれていない来客者と言った所だろう。
あの男の事だ。こうなる事も既に予測済み。餌として利用された可能性が高い。
しかも、相手はヤクザや暴力団とは違う。マフィアだ。
恐らく、中国系――嫌な予感は良く当たる事を考えると、藍幇と言った所か?
「では、終わり次第また連絡します」
「最期の伝言は終わりましたか?」
「わざわざ、待ってくれてありがとうございます」
武器は売人を殺したナイフが一本。
量販店に流通するそこそこなモノだ。銃器は足が付くという理由で取り上げられ、持っていない。他のナイフも切断面で特殊な形状と分かるからと取り上げられた。
となれば、相手の武器次第では……前言撤回。ふざけるな。
余裕を見せながら、振り返った先にいたのは青竜刀――いや、柳葉刀を両手に持つ女だった。しかも、立ち振る舞いから場数を踏んでいるように見える。
その上、血腥い独特な臭いがする以上、そう言った方面で活動をしていた処刑人の筈だ。
恐らく、マークされた時点で売人を殺す為に派遣されたという所か……そして、そこに居合わせ、薬物と名簿を奪い返すと任務を変更した。
こういう時、どうするべきか……。相手は遠心力と重量で切りつけるタイプだ。
どう考えても、ナイフで何度も受けられるようなものではない。それなりの武器があればどうにかなるものの、一瞬でも気を抜けば首から上がおさらばだ。
なら、ここで取るべき選択肢は一つしかない。
「さて、ではそれを渡して頂きましょうか?」
「断ると言ったら?」
「殺してでも奪うまでです」
殺して奪うか、奪ってから殺すか。
穏便に済む事は決してない展開に思わず、舌打ちをしてしまう。
援軍はない。ここにこいつを押し留める意味もない。
ただ、食い殺す。それ以外に生き残る道はない。
そう意志を固めると、一撃で仕留める為に一気に距離を詰める。本来は柳葉刀相手に距離を詰めるのは馬鹿らしいのだがナイフの射程に入れるにはそれ以外に方法はない。
しかし、それを容易に許すほど相手も脳なしではなかった。
目と鼻の先を柳葉刀が通り過ぎる。あと一歩、背後に飛ぶのが遅ければ頭が半分なくなっていただろう。だが、連撃が終わった訳ではない。
初撃を避ける際に体勢を崩してしまっている為、避けられないと即座に判断するとそれをナイフで受け止める。
金属と金属が火花を散らし、手が痺れる。何度も受けられないという事だ。
だからこそ、ナイフで受け止めた瞬間、受け止めた腕を掴み、投げ技に移行しようとする。しかし、両手に柳葉刀を持っているのだ。当然、そんな事を許す筈がなかった。
柳葉刀がフィアナに迫る。
そんな状況下でフィアナは即座に袖を掴むのを辞めると、女を蹴り飛ばした。
「一筋縄ではいかない相手と言う訳ですか……」
切っ先が当たったのか、頬を流れる血を拭うと、その血を舐めた。
なんとか、難を逃れたが距離が出来てしまった。策を考えなければ、この状況を打破できない。ナイフの刀身に亀裂が走っている以上、何度も受けられない。
折れた時点で抑えきれなくなる。押し負けた時点で敗走は確定。
それまでに勝負を決められなければ……。
こうなった以上、賭けに出るほかないか。そう決心すると、深く息を吸い込んだ。
相手は血の唾を吐いている。
恐らく、先程の一撃で肋骨が折れたのだろう。
それならば、こちらも好都合だ。それなりに頭に血が上っているだろう。
勝負を仕掛けるならば、今しかない。
そう判断すると、もう一度腰を低くして一気に詰め寄る。
「無駄よ!」
振り下ろされる刃。
横へと振り払われた最初の一太刀を腰をかがめて躱す。だが、二撃目は縦。躱すのは難しい。そう判断するとナイフを持つ手で腕をからめ捕り、そのままコンクリートの地面へと叩き付ける。
肺の中が空気が全て吐き出されたのか、まるで金魚のように口をパクパクさせている。
「貴方の負けです」
何でもないかのように無表情のままそう告げると、首を斬り裂こうとする。
だが、首の骨にひっかかりナイフは折れてしまった。
「やっぱり、安物はダメだね。まぁ、自分の獲物で殺されるってのも一興かな?」
柳葉刀を女の首筋へとあてがうと、それを一気に振り払う。
何かを言っているようだが、気管が裂けている為声にならない。まぁ、どうせ命乞いだ。聞くつもりもない。そういう家業の中で生きてきた連中が死を間際にしてそうやって必死に命乞いをするのも滑稽ではあるが……。
転がる首をじっと見つめながら顔に飛び散った血を拭う。
制服が血で台無しだ。これでは明日の学校をどうすればいいのか……。まぁ、最悪休めばいいか。そんな事を考えながら、持っていた柳葉刀を首のない女の胴体――心臓へと突き刺した。
「終わった。遺体は二体。一人は中国系の女。あとは任せる」
「これからどこへ? まだ、学校の時間には早すぎますが?」
電話をかけるまでもなく到着した彩峰の言葉に時計を確認する。
既に午前四時だ。眠る余裕もない。だが、今から帰ったところで血塗れ……それはそれで問題である事を考えるとどこかで服を調達しなければならない。
だが、時間が時間の上、こんな血塗れでは通報ものである。
「どっかのホテルで服を洗うか……ラブホテル辺りなら監視カメラが無い所もあるだろう」
「杜撰ですね。次からは服の支給も考えた方が良さ気と言う訳ですか。一応、今回の報酬を指定の口座に振り込んでおきます」
「はぁ? 殺されたいのかお前……」
金の為に殺したわけじゃない。
そんな糞みたいな金を受け取るのははっきり言ってごめんだ。俺はそんなモノの為に――だが、彩峰に拳を向けることは出来なかった。
爪が食い込むまで拳を握る以外に何もできない。
「申し訳ありませんが、それがルールですから――それより、データバンクの確認を行った所この人間、藍幇の下部組織の構成員のようです。これは、面倒な事態になりましたね」
「しるか。なら、お前らで対処すればよかっただろう。こっちはこんな市販のナイフ一本だぞ!」
予想通りだが、厄介な事に巻き込まれたという事には変わりない。
これで敵対視されて狙われるなどまっぴらごめんだ。まぁ、下部構成員なら大した人材でもないという事だろう。武器がなかったからこそ厄介だったが、銃器の使用が許可されていたとすれば何の問題もなかった相手だ。
ただ、気になるのはどうやって公安にマークされている事を知ったのかという事だが……。まさかとは思うが、内通者? いや、考え過ぎか……。
あの男は気に喰わないがそれを許すほど馬鹿ではない。となれば、公安ではなくそれを監視する対象……議員の中にハニートラップでも引っかかった馬鹿がいるという事か。
「どこへ行くつもりです?」
「帰るんだよ。仕事は終わった筈だろう」
「せめて、この服に着替えてからにしてはいただけないでしょうか? 我々としても今回の一件を通り魔による物取りと処理するつもりなので」
差し出された鞄の中に入っていたのは今、着ている服と同じ制服だった。
しかも、事前に回収された武器も完全に装着されている。
「通り魔が柳葉刀使って首を飛ばした挙句、心臓一突きってどんだけ恨みがあるのかね」
そう皮肉りながら、着替えていると彩峰の携帯がなった。
だが、その着信には出ることなく、電源を落とすとまた状況確認を続けていく。
「いいのか、電話に出なくて」
「仕事中ですから……処理する予定の遺体が増えたのでそのつじつま合わせを行う必要性があるでしょう? それに、こんな職業です。今の彼とも長続きはしないでしょうから」
「はっ!? 遺体が増えたのはお前らの情報収集不足だろ! それに、名簿は確保したんだからプラスの筈だ! 勝手に俺が悪いみたいに言うな!」
「解ってますよ。それより、これだけの実力があれば私から程度、簡単に逃げ出せる筈ですよね? 今、貴方に渡した装備があれば」
スタングレネード、発煙筒に使い慣れた拳銃、サバイバルナイフ数本。先程の戦闘でのダメージも軽微だ。確かに何の問題もなく、逃走を図る事は可能だ。
しかし、それを行った場合どうなるかは目に見えている。
「俺の勝手だろう」
「そうですね。ですが、私に言わせてみれば主任が約束を守るようには到底思えませんよ。私ならば、自分の命欲しさに逃げ出しますね。使い潰されて殺される前に」
分かっている。
そうなる可能性が初めから高い事など理解している。だが、それでもアイツを助けることが出来るかもしれないという儚い希望にすがる事しか出来なかった。
それ以外に選べる道はなかったのだ。
それ以降、何も話さないまま武偵校敷地内まで送り届けられ解放。
何をどう通信科の部屋まで来たのかは覚えていない。気が付いたら、通信科のあてがわれた椅子へと腰を下ろしていた。
「藍幇か……」
中国に陣を置くマフィア――
利用できるかと聞かれれば微妙だろう。火種を引っ張ってくるくらいが関の山だ。金で動く奴ほど信用出来ない者はない。
「藍幇がどうかされましたか?」
「別に何でも……って、こんなソフトインストールした覚えはないぞ」
「何を!?標準装備、撫子様の伝達役の伝書鳩君一号の事をお忘れですか」
「ネーミングセンスがない上に知らないんですけど……」
撫子に関しては少し前から交流している情報屋だ。
体が弱く、外出する際は車いすを用いている。ただ、まだ十七にも満たない幼さでとある組織の幹部の一人に名を連ねる人間の一人。公安がマークしている人間でもあり、追われている筈なのだがこうして暇があれば接触を試みて来るのである。
正体を知っているからこそ、寂しがり屋の少女というのを理解しているが、公安のプロファイリングを見た際は吹き出しそうになったものだ。
ごついおっさんが撫子なんて名前で情報を売り買いしていると思われていたのだから……。姉は姉で調達屋をやっており、金さえ払えばどんなものでも調達してくる金にがめつい女なのでまぁ、あまりかかわりたくない人種ではある。
「そんな……まぁ、それは良いとして撫子様から伝言を言付かっております」
「仕事の依頼なら受けないぞ」
「武偵高宛てに依頼を出しておきました。名義は桐島工業。依頼内容は通達の場所へ訪れ次第告げる。という奴そうです」
「あの、依頼は受けないと先ほど言いましたよね?」
「伝書鳩一号の記憶容量はスカスカ!そんなログは残っておりません」
そんな目を輝かせながら言われても困る。
しかし、この依頼を別の人間が請け負った場合の事を考えると、他に選択肢はなさそうである。面倒だが、受けるしかない。
「あともう一つ。繚乱様の方で少しばかり動きがあったようです。恐らく、呼び戻す期間が早まるかと……国内に不穏な冨居気が見え隠れしているようですから」
「藍幇の他にもそう言う組織が地盤を奪いに来ているって事か……イ・ウー関係か?」
「はい、どうやら影響力が薄れ始めているようです。抑止力を失った後の事を考えてそれぞれ動いているのでしょう。超能力を持つ傲慢な存在も多いですから」
超能力――強すぎる力は精神を歪める。
その魔力に取りつかれ、堕ちていけば世界征服と言う訳か。そんな力を誇示するという下らない理由で世界を壊すような真似はしないで頂きたい。
まぁ、超能力なしでも人間を辞めている人外を数人知っているだけにそういう奴らとの戦闘には絶対に巻き込まれたくないというのを身に染みている。
命がいくらあっても足りない。
「まぁ、世界はそれでも回るんだ。そう簡単には壊れやしないだろ。だろ、撫子」
「気が付かれていましたか……。しかし、油断は禁物です。気を付けてください。どこに監視の目があるか分かりませんから……」
キナ臭い動き。
神崎アリアの件。恐らく、繋がっているのだろう。
アレの母親はイ・ウーに罪を着せられている。だとすれば、イ・ウーを捕まえて無実を証明しようと躍起になっていてもおかしくはない。
一を取るか、万を取るかと聞かれれば即座に万を取ると言えるがその辺りの事情を一切、知らないのだから、まぁ確実に敵対に進む筈だ。
ならば、監視の理由もその辺りの調整。イ・ウーという抑止力を失う事は確実としてもそれまでの地盤を固める時間稼ぎと言った所か。
「なら、神崎アリアの母親にも接触を図る必要がありそうだな」
「では、例の依頼。いい返事を期待しています」
そういうと、画面に写っていたよくわからない生物は消える。
恐らく、向こうも自分の仕事に戻ったのだろう。時間は気が付けば七時。そろそろ、学校に人が集まり始める時間だ。寝てない上に進級に関してははっきり言って興味が無いのでサボるつもりなのだが、クエストに関しては他のやつに受けられては厄介なので先に押さえておかなければならない。
そう考え、立ち上がるとクエストボードへと向かうのだった。
「これか……」
数十もあるクエストの中から目的の物を見付けるとそれを懐へとしまった。
報酬の高さも相成り、こんな仕事は確実にすぐに取られる筈だ。まぁ、この工業が危ない企業の下請けとなっているという事を知っている事情通がいたとすれば迂闊には手に取らないだろうが、そちらに関しては全く知られていない為、有り得ないだろう。
しかし、こう見渡す限り多種多様な依頼がある。
ピンからキリまで――レベルも様々だ。
「ありゃ? これは昨日大騒ぎして蘭豹に目を付けられた子じゃない」
その声に振り向くと見事なまでに下着に白衣を羽織っただけの変態がいた。
しかも、女性なだけに始末が悪い。関わり合いになれば、面倒だ。そう判断すると、何事もなかったかのようにその場を後にしようとする。
だが、次の言葉に足を止める事となる。
「さっき、風の噂で薬の売人が何者かに殺されたっていう話を聞いたんだけど、何か知らない?」
「知りません」
「そう……まぁ、通りすがりにナイフで一撃。見事なまでの殺し方に拍手を送りたかったんだけどねー」
始末のされ方まで知っている。
まだ、公表されてない上に警察にも遺体を見付けられていない筈だ。それを知っているという事は考えられるのは藍幇の人間。もしくは、公安……。
始末するべきか迷うが、ここは武偵高校だ。遺体が上がるのは不味い。
それに煽っているだけの可能性もある。不用意な真似をする訳にはいかない。
いきなり、撫子に言われた事が当たっただけに溜息がでてしまう。
「それで、もう行ってもいいですか?」
「うん、構わないよ。一応、言っておくと私が通信科の担当教師だから」
つまり、通信科にいる限り、この女の影が付き纏うと言う訳だ。
今後の行動に関しては目を光らされている可能性もあるのでそれなりに注意を払っておいた方がいいだろう。この女の正体が突き止められるまでは……。
「そうですか……よろしくお願いしますね。えーっと……」
「鬼塚千尋よ。千尋先生でいいわ。これから、よろしくね。フィアナさん」
その釣り上がった笑みに恐怖心を覚えながらも差し出された手を握る。
そして、気が付いたのだった。その右腕が冷たい。機械の腕である事に……。
しかも、その腕は一見人体と同じように見える。つまり、通常では市販されていない義手である筈……完全な面倒事だ。
ただ、今は一睡もしておらず朝食も抜いている為、頭が働かない。
片隅にその件を置くと通信科へ戻り、睡魔に身を任せるのだった。
通信科の先生をオリキャラとして追加
情報屋撫子登場
通信科のオリキャラに関しては右腕が義手です。あと、それなりに耳が早い。白衣に下着と言う変態チックな格好を平然としている先生です。まぁ、あの講師陣の中でならアリかなと……。自分を守る殻を作るという意味合いで……そういう恰好をしているキャラです。
という事で、変態チックな格好に関しては気にしないで下さい。
感想待ってます