「本当に、彼らの条件を飲むつもりなんですか? 彼らは犯罪者ですよ!」
昼時のファミレス。家族連れも多い。
そんな騒がしい空気に中空知美咲の呟きはかき消され、周りには聞こえなかっただろう。
聞こえたとしても、内容は理解できないと思うが――よくて、恋愛の縺れ程度だ。
頼んでいたブラックの珈琲に手に取ると香りを一嗅ぎし、深く息を吸い込んだ。
「誰しもが心の中に怪物を飼っている。気付かない振りをしているだけ――彼らはそれに忠実なだけよ。教務科に通報するならすればいい。貴方の勝手にしてかまわないわ」
構わなくはない。
だが、彼女を止めるすべを持っていないのも事実だ。
力で分からせても、意味はない。彼女が自分から首を縦に振ってくれなければ、結局は同じだからだ。いつもどおりに装えない以上、いつかはばれる。
まぁ、それもいいのかもしれない。彼女が止めを刺すというのなら……。
「私は……貴方のことを……これからも仲良くしていきたいから……止めてるんです……」
「では、逆に聞きましょう。今の現状、本当に世界は正常なのでしょうか?」
この問題が狡賢いのは本人が一番理解している。
誰も誰かを恨まない世界などありはしない。善人にも少なからず、闇がある。その両方を持っているからこそ、人は人なのだ。
片方しか持っていない人間は欠陥を抱えている。そして、そんな人間だけの世界になれば、きっとそれは死にたいほどに退屈な世界だろう。何も変わらない昨日の連続だ。
「話が逸れてますよ……それ……」
拳を震わせている。
長い髪で顔がよく見えないが、泣いているのだろう。私なんかの為に――。
彼女もこんな気分だったのだろうか? 自分の親友だった人間から全てを奪うその一瞬まで、こんな冷たい何かを感じていたのだろうか?
その涙に偽りはない。だが、別世界だ。凍り付いてしまった心を溶かせはしない。
何故、泣いているかは理解できても、それに対して何かが出来るとかは思えない。思ったとしても、やる気になれない。どこまでも絶対に届かない境界線が二人の間にあるのだ。
深くため息を吐くと、珈琲に口に含む。苦い。
今のフィアナと中空知の共通のモノと言えば、この珈琲の苦味だけだった。
「武偵の登場で日本国内での銃器の検挙数は急激に増えました。銃による殺害もです。結局、武偵の登場が返って世の中の澱みを表面化させてしまった。そうは思いませんか?」
銃火器の流通ルートがあからさまに出来てしまったが為に、簡単に銃器が手に入る世の中を作ってしまった。それは法律の抜け穴の問題かもしれないが、コントロールしているようで暴走させて言うということに他ならない。
彼らのような闇とどう付き合うか。なくせないならば、うまく付き合っていくしかない。
それが、フィアナ・シュトレーゼの考えだった。
中空知は何も言い返せない。確かに統計上、増加の傾向にあるのは事実だからだ。
そして、武偵からそちら側へと職を移す人間もいる。その事実は認めざるを得ない。でも、それでも武装探偵という職を目指す以上、超えてはならない一線がある。
闇との関係。それが中空知が考える超えてはならない境界線だった。
「そうかもしれません……」
「認めるならば、私の言いたいことを「違います!!」何がですか?」
中空知は拳を机に叩き付けた。
中空知の珈琲から零れた滴がテーブルクロスにシミを作っていく。
唇をかんだのか、彼女の唇は赤く染まっていた。
「でも、そうであったとしても私達が一線を軽々しく越えてしまったら――しまったら……一体、いいったい、誰がまも、護るんですか……。武偵法なんて……」
「IADA作製の武偵憲章二条――なら聞きますが、貴方はそれを絶対に破らないと言えますか?」
「えっ?どういう意味ですか?」
中空知の言葉にため息を吐いた。
例えば、武偵憲章二条――依頼人との契約は絶対に守れ
なら、受けた依頼が間違っていたらどうなるのか? それを完遂するのか?
正しい間違っているではなく、仕事として完遂するのか? それとも、人間としてそれを放棄するのか? そこで道は大きく左右されるだろう。
特にその十条を破れば武偵でなくなるというのならば……
武偵九条を破れば武偵ではない。もしもそうならば、それを許可している国の武偵は間違っていることになる。同じライセンスを持っている筈なのに……
銃を持っているのに殺す覚悟も出来ない幼子同然だ。本物の怪物を知らぬ、ただの幼子。
多くの矛盾を抱えたまま成り立っているようにしか思えない。
裏組織一つをまともに相手に出来る人間がどれだけいようか? 彼らは彼らで協定と呼ばれるそれぞれとの関係で成り立っている。
結局、そこに頼り切ってしまっているようなものなのだ。
どこまでも甘い、上澄みしか見ていない。綺麗な済んだ場所ばかりが世界ではないというのに……。
にしても、ここのブラックは苦過ぎる。そう感じると、角砂糖を数個入れて、かき混ぜ始める。
「はっきり言いましょう。誰もが傷つかない世界などありえない。人が人である以上、暴力は存在し続ける。その事実と向き合わずして、何が一体護れるというのですか? 綺麗事ばかりを並べても何も変わらないのに」
すっかり、甘くなってしまった珈琲を口に含むと中空知から窓の外に見える青空へと視線を移動させる。どこまでも青く高い空だ。
今の自分にはまぶしすぎる程に澄み切った青……昔はこんな青も好きだったが、今は嫌いだ。いや、嫌いになってしまった。
「忠告しておきましょう。誰をも助けられる正義の味方を渇望しているのなら……それは夢と知るべきです。私達の手はあまりに小さい。どんなに足掻いても、この手から零れ落ちるものは存在してしまうのですから……」
「えっ?」
その言葉に中空知は驚きの声を上げた。
やってしまった。ここまで淡々と話してきたにもかかわらず、熱を込めてしまった。
熱の篭った言葉は人を動かす。だが、それは本心を暴露する諸刃の剣だ。だからこそ、常に顔色を変えず、話してきたというのに……全てが水の泡だ。
本当に大馬鹿野郎だ。いつも肝心なところでミスをする。
唇を噛み切ると、小さく舌打ちをした。
「身の程をわきまえろという意味です。それ以上の意味もそれ以下の意味もありません」
「でっでも、その言葉をフィアナが言うって事は貴方は……貴方はそう願い続けたんじゃないの? 誰しもを助けてみせるって?」
現実を知れば嫌でも思えなくなる。
自分の身一つを護るので精一杯なのだから……強大な暴力の前に人はあまりにも無力だ。
そして、何よりも人は一瞬で怪物へと変わってしまう。
どんなに綺麗事を並べていようが、堕ちる時は一瞬だ。聖人ぶった人間も、人の業には逆らえない。人である以上、誰かを憎む。蔑む。それこそが、正常なのだ。
だからこそ、答えは決まっていた。
「笑わせないでください。私は私の目的を成し遂げる為ならば、何だって利用する。全てを投げ出してみせる。私はヒトデナシ。貴方が思っているような善人ではないわ」
それだけ中空知に告げると会計の為に席を立った。
「いくら、私から嘘を見抜こうとしても無駄です。では、会計は私が払っておきますのであとはご自由に――教務科に報告するもしないも貴方の自由です」
それから、振り返ることなく店の外へ出ると空を見上げた。
眩しいほどに青い空だ。自分の醜さが際だつほどの……。反吐が出る。
自分には一生、日の光が出ない暗い雨雲に覆われた空がお似合いだ。日の光が眩しすぎる。光が影をより強くしてしまう。
「どうしましょう……これから」
目的もなく、歩いていたがそれもそろそろ限界だ。
時間は有限。無駄にする時間はない。それに、そろそろ公安の方から命令が入ってもおかしくはない。過労死してしまいそうだ。
休む暇すらない。
これだけ、人が町にあふれていても常に孤独だ。一人。
いつか、その重荷に押しつぶされないかびくびくしながら毎日を生きている。
本当に死にたい気分だ。
「よく、ここが分かりましたね。適当に歩いていただけなのに――鬼塚先生」
「勘だ。確かに分かりにくいが、ある程度は読める。そこからは運に頼ったがな」
ここに鬼塚が来たと言う事は中空知が喋ったという事か。
まぁ、その可能性も考えていなかった訳ではないのでまぁ、仕方がない。相手が殺すというのであれば、黙って殺されるつもりはない。
厄介な相手は排除しておきたかったところだ。
だが、こちらが身構えても鬼塚は身構えなかった。
「中空知は話していない。色々とカマをかけてみたが、一言も喋らなかったよ。証言が取れなかった以上、今の私はお前を追及出来ないという訳だ」
話さなかった?
そこまでする理由がどこにある。鬼塚は今朝の段階で色々と嗅ぎ回っていた。その追求の一環で中空知が今日の事を隠した理由が理解出来ない。
何故、怪物でしかない自分を信じようと思ったのか――
「あいつが言ってたよ。お前を信じると――自分は騙されているのかも知れないけど、誰かが信じてあげないと、本当に……一人になってしまうからだそうだ。まぁ、優秀だが人との付き合いが苦手だっただけに何となく、感じたんだろうな」
「だから、なんです?」
「私も教員だ。だから、手を出す訳には行かない」
確か、武偵は自分達で解決しろというのがあった。
一年までは教員が協力するが、二年からは独自で何とかしろと――プロとしての意識を持つ為なのかは知らないが。そもそも、アマチュアとプロの境界線にすら辿り着けていない人間が多いだけに、そのルールを聞いた時は笑ったものだ。
戦闘意識はない。
そう判断していいのだろうか? 何を考えているのか読めないだけに、やり辛い。
ただ、厳戒態勢を解くマネだけはしなかった。
「だが――いや、まぁいいか」
何かを言いかけるが、黙り込んでしまう。
だが、口元が笑っているのを見過ごさなかった。あの目は何かを企んでいる目だ。
互いににらみ合い、一歩も動かない。
そんなことをしていると、辺りからサイレンの音が聞こえ始める。
「事件でもあったみたいだな」
「だったらなんです?」
その言葉に鬼塚はため息を吐いた。そして、タバコをくわえると火を点け、紫煙を吐き出す。私に向かって……。喧嘩でも売っているのか?
「事件があれば動くのが武偵ってもんだろうが――お前が武偵という仮面をかぶり続ける以上、それはこなさなければならない責務なんじゃないのか?」
「通信科の人間がどうして、わざわざ強襲紛いのことをしなければならないんですか?」
咄嗟に身を屈める。
後ろに飛んでいたら、勢いは殺せたとしてもそれなりのダメージを負っていただろう。
殺気に警戒していただけに、何も感情が動いていないその拳が見えなかった。ただ、反射的に体が動いたからこそ助かっただけだ。拳圧で髪が舞う。
どれだけ、馬鹿力だというのだろう。この女は……。
「おいおい、路地裏だからっていきなり生徒を襲うのはどうなんだ?」
「どこぞの牙を抜かれた駄犬に喝をいれてあげようとしただけよ。力がありながら、それを使わないのはそれだけで罪よ。救える命を救わないのは」
「勝手な理想を押し付けないで貰えますか? 他人など、どこまで言っても赤の他人です。自分以外は全て敵。何故、敵に情けをかけなければならないのですか?」
公安ではない。
武偵にしては少しばかり、毛色が違う。裏の人間特有の臭いがしない
となれば、考えられるのはボディガードという訳か。不殺を貫き、拿捕を行う。それならば、この女が昨晩の件を知っていた理由も見えるというものだ。
恐らく、この女は公安に顔が利く。そして、その経歴上、太った豚共にもある程度のルートを持っているのだろう。なるほど、実に苦手な人種だ。
聖人君主様には地べたを這い蹲り、泥水を啜って生きている虫けらの気持ちなど分かるはずもない。最初から分かり合えないのだから。
しかし、真正面から挑んできたということに違和感を覚える。
勝てる自信があるのか? だが、それにしては、怪しい……嫌な予感が!!
「なるほど、狙撃班ですか。悪くない考えですね。三班に分けて取り囲んでいる。貴方も十分、ペテン師ですね」
危なかった。
もしも、切りかかっていたら頭が吹き飛んでいただろう。
しかし、問題は狙撃班が何班あり、どこに展開しているかということだ。
恐らく、一斑だろうが念には念を入れておいた方がいい。そして、誰を雇ったのか……
教務科の人間? いや、狙撃科の生徒の可能性もある。それに、強襲する為に待機している人間だ。先程の件といい、確実に口が堅い連中だろう。
そう考えると、一人は想像がついた。アルコールの臭いがする。
しかし、それにしては何かが引っかかる。
「あら、私は一人よ?」
「何言って……そういうことか……」
超能力
目の前の鬼塚が超偵である可能性を失念していた。
もしも、それが事実だとすれば、今は手のひらで踊らされている事になる。
「負けです。私も面倒なのは嫌いなので素直に負けを認めますよ」
超能力相手にわざわざ本気になる意味合いもない。
もしも、これが死線ならどうにかして乗り越えるが別段その意味合いもないのだ。
ならば、わざわざ無茶をする意味もないだろう。今後の為にも――
(引き際をわきまえているか……どの程度か調べようと思ったのだが……)
認識齟齬であたりに数人の人間がいるように錯覚させたのだが、それも見破ったのだろう。それを踏まえての敗北宣言。次への布石という訳か……。
蘭豹が気に入ったわけだ。まさか、認識齟齬の超能力に関しては国にすら申請していないだけに、見破られるとは思っていなかった。
確かに本来の糸を用いた二重の戦法だが、今はもう難しい。
「引き際の潔さも良しか……。私のことも嗅ぎ回ろうとしていたみたいね?」
「当たり前でしょう? 背中を襲われたくはありませんから」
どこまで用心深いのやら……こりゃ、警戒する訳だ。
ということは、私がどこに所属しているかはまだ理解していない。まぁ、分かったところでどうと言うこともないのだが……。公安に対するカード程度にはなるだろう。
しかし、アッチもアッチで何を考えているのか分からないところがあるから困り者ではあるのだが―ー例の人体実験のこともある。何もなしで信用できる相手でもない。
一番、怖いのは公安と何かやらかすことなのだが、安全保障上の問題と言って漬け込んでくるつもりなのか? まぁ、一応教え子である以上はそれなりには護るつもりではいるが
「用心深いか……まぁ、そこにい続けるつもりなら、忠告しておいてやる。誰も信用するな。誰にも尻尾を振るな。それが長生きのコツだ」
恐らく、今はまだ障害にはなり得ない。
ただ、今の目下の目的を達成した後にはどうなるかは分からないだろう。
しかし、アレだ。右手を提供してくれた貸しをこれで無しにするとは言っていたが、フィアナ・シュトレーゼに何があるというのかが理解出来ない。
この義手の提供も機関ロスアラモス・エリート方面からだ。つまり、そちら方面。人工の天才の作成だろうが――天才のように思えない。
確かに殺しの腕はそれなり、鼻も利く。だが、決定的に生きる意志が欠如している。
それなくして、たった一人で軍隊を相手にした完成品と対等に渡り合えるのか?
まぁ、そちらに関しては知ったことではないのだが。
「……あんた一体、何を?」
「言った筈だ。私はお前の監視役だよ。だから、私も信用するな」
まぁ、コレだけ言っておけばいいだろう。
アソコにみすみす教え子を渡すのも癪だ。仕事はしても、それとこれとは別問題。
そう言えば、あいつらは名前がなかったか……数字の名前。
名前のない怪物? どこかで聞いた覚えがあるような……。
何年か前に裏で話題になった極秘文書があった気がする。完全なる暗殺者を作り上げようとした計画――名前が思い出せないが。
もしも、ソレ絡みだとすれば躍起になっている理由が分かる。
つまり、機関ロスアラモス・エリート復活の切り札とする為――だが、一体こいつに何があるというのだろうか?
「信用はしてませんよ。それよりも、行って構いませんか?」
「あぁ、構わないよ。せいぜい、私に見られないようにな」
フィアナが横を通り過ぎる。
その瞬間、背筋が凍り付いた。
この感覚、一度だけ感じたことがある。たった一度だ。
初めて、戦う前から敵わないと理解した相手――暗殺者の中でも五本指に入る化物だ。そして、それだけの実力を持っていながら活動期間は僅かに五年と短かった天才。
何故、そんな人間の面影を感じたのかは分からないが一つだけいえるのはそれだけの実力を隠し持っているということだ。
「怪物に魅了されて、自ら怪物を作り上げようとした愚か者」
口から零れた。
どこで聞いたか、覚えていない。ただ、まだボディガードをしていた頃だった筈だ。何の一節なのかは分からないが、今でもその言葉を鮮明に覚えている。
そして、その言葉はフィアナにとって重要なものらしく、振り向いてこちらをじっと睨み付けていた。まるで、憎い存在を睨み付けるかのように……。
「どこで聞いたんですか! その言葉」
睨まれたところで分からない。
本当に覚えていないのだ。数年前だったかもしれないし、数十年前だったかもしれない。
一体、どのような人間が零した言葉かも分からないぐらいだ。
しかし、そんな私の言葉を無視し、フィアナは何やら呟いている。
「怪物を創る計画は続いてる? だが、量産体制も失敗。教育プログラムも全ては消滅した筈だ――まさか、原点へ帰り元の本流を目指しているのか?」
完全に自分の世界へと入ったフィアナを見送ると、私は近くの壁に寄りかかり、先程の言葉を思い返す。
怪物。原点。量産。教育プログラム。
まるで、機関ロスアラモス・エリートと同じ事をしようとした組織が別にあるような言い方だ。ならば、彼らの目的はその研究成果の奪取?
情報が少ないだけに結論は出ないが、何やら不穏な気配だけは流れ始めるのだった。
感想待ってます
因みに、GⅢ達はまだ出る予定はありません。
たまに不安になるが、今のままの路線で良いんだろうか。
一次創作してても言われるが、どこかズレてる。最近、目下の悩みです。
名前のない怪物に関しては今更ながらMONSTERにはまったのが原因です。完全に話が大きく逸れてしまいましたけどね。
そして、気が付いた。
あれ、このままでアリア達と絡ませられるのかと