「まだ、続いているのか……アレが……」
頭の中では先程の鬼塚との会話が何度も反響している。
終わらせたはずの計画が水面下で続いているとするならば、それを破壊しなければならない。それが、フィアナ・シュトレーゼが殺した人間との誓いだからだ。
二度と同じ惨劇を繰り返さない。
怪物を創る為に多くの犠牲を生み出した。そして、少女達は闇へと散っていった。
誰も彼らの名前を覚えていない。誰も彼らを知らない。
データベースにすら残らない。記号だけの少女達。
同じ事をまだ繰り返しているのだとすれば、それは許されることではない。
しかし、それにしても何があったのか。サイレンが鳴り過ぎている。まるで、大事件でも起きたかのような騒ぎようだ。
そう思いながら、大通りに出るとそこにはkeep outのテープが張られ、人の入りを制限されていた。奥にはビニールシートが張られている。
相当な事件があったのかもしれない。だが、この状況だと警察の仕事か……。
そう考え、その場を後にしようとするがそれを呼び止められるのだった。
「丁度良いところで会いました。今、お呼び出ししようと思っていたところです」
彩峰の声だ。面倒くさい。
だが、無視するわけにもいかず、最大限嫌味ったらしい顔をするとテープの向こう側にいる彩峰を睨みつけるのだった。
「なんだよ。俺がやったとでも言うのか?」
「違います。我々が踏み込む数十分前にやられた次第で――同じ世界の住人である貴方なら何か分かるのではと思い、声をかけた次第です」
「分かるって何がだよ……しかも、その様子だとアイツの命令じゃないんだろ」
命令でないなら、聞く言われもない。
ただ、公安が踏み込む数十分前に全てを終わらせて目的物を奪取したとなれば、相当な腕の持ち主のはずだ。今後、ぶつかる可能性もある。それなりの知識があってもいいかもしれない。前情報は重要だからだ。
そう考え、テープを潜り、奥へと進んでいくがそこは悲惨な光景だった。
事務所一つが血に染まっている。
調度品は竜巻の通り道だったかのように破壊されつくしている。酷い有様だ。
ただ、硝煙の香りがしない。つまり、銃器は使われなかったと言うことになる。となれば、武器一つでここまでやってのけたという訳か……。
「簡略すると、例の一件に絡んでいた暴力団組織の一つです。貴方のお陰で数件を同時に襲撃する予定でしたが完全にしてやられた次第で……」
「遺体を見せろ」
気が付く前にやられたか?
暴力団組織なら安物の銃程度なら配備していてもおかしくはない。だが、何の反撃もしていない。その一点がどうしてもひっかかってしまう。
まるで、蛇の前の蛙のように萎縮し食べられるのをただ待っていたかのようだ。
そして、何よりこれだけの血だ。返り血をどう隠したか。武器をどうしたか。
追うにしろ、緊急配備をかけるにしろそこが重要になる。
「そうですね。遺体はこちらになっています」
気になる点は残るが先に遺体を調べる方が先決だろう。
横目でもう一度、血に染まる事務所を確認すると彩峰の案内で遺体が移されている別室へと案内される。しかし、酷い臭いだ。噎せ返る。
「遺体は五名。襲撃当時、事務所にいた人数だと思われます。現状、分かっているのはこれだけですね」
「五人……? 足らないだろ、あの血液量だと計算があわないぞ」
事務所一室が真っ赤に染まった。
五人だとすれば、あと二人程度足らないだろう。それに、置かれている遺体は血が完全に抜け切っている訳ではない。事務所にいたのが五人ではなかった?
ならば、どこに消えたのか。死んだならば遺体を隠さなければならない理由。
そもそも、ここで何をしていたのか……不明瞭な点が多過ぎる。
「死因はバラバラですが、凶器は槍です。恐らく、調度品の破壊も薙ぎ払いによるものでしょう。一閃で貫かれたらしき傷跡がある遺体もありますから」
首を切られたわけではない?
噴出すような血はなかった? ならば、どうして真っ赤に染まる。
考えられる点は襲撃者は一人ではなく、もう一人の方が何らかの目的で遺体を隠した。それ以外には考えられないだろう。
新たな問題はその二人が仲間かそうでないのかか……
もしも、仲間であるとすれば少しばかり厄介である。これだけの技量を持つ相手を二人同時は流石にそれなりの準備が必要だ。覚悟も……。
怪我を隠蔽できるだけの手段がなければ、まず無理というところだろう。
薬物がらみだとすれば、藍幇? だとしても、引っかかる。何故、完全な隠蔽を行わなかったのか。いや、行えなかった?
もしも、藍幇の構成メンバーがここにおり、その遺体を隠蔽した。つまり、藍幇がこの場にいた事を隠そうとしたならばどうだろうか?
そして、遺体を隠せても遺体に細工するだけの余裕がなかった。これが一番、妥当な線か。ただ、消えた遺体を殺したのが誰かまでは突き止められていないのだが……
「大体、見えた。それで、誰が通報した?」
「えっ? 遅れて戻ってきた構成員らしいのですが……その……」
数が多すぎて特定出来ないか。
だが、都合が良すぎやしないか。時間を与えない為ならば、自分で通報してしまった方が楽だ。そうすれば、変に賭けをしなくて済む。
声は残るが悪くない方法だろう。
「片方は槍使い。過去の犯罪歴と照らし合わせるとこの犯行を行えるのは五人。その内、今日日本入りが確認されたのは一人。イ・ウー所属の項羽」
「イ・ウー絡みか……って、そこまで分かっているなら何がさせたかったんだよ……」
「無理を言って呼んで貰ったの。一度、この目で見ておきたくてね。繚乱が貴方に何を見たのか知りたくて――なるほど、大体私と同じ結論に行き着いたわけね」
振り返るとそこには車椅子に乗った女性が微笑んでいた。
ただ、微笑んではいるものの感覚で分かる。相当な実力者だと……繚乱の上となうと公安0課課長といったところか? わざわざ、こんな表舞台に出てくるとは。
それにしても、アイツを基準にすると本当に見た目は普通である。
まぁ、そこで判断してはいけないが何事も普通が一番だ。見た目に騙されるつもりはさらさらないのだが……雰囲気から言って暗部出身といったところだろうか?
服にいくらか暗器を隠しているのが見て取れる。
「警戒しなくて良いわ。。ただ、貴方のお願いを叶えてあげようと思って……助けてあげましょうか? 彼女を私の権限で――今後は戦力が必要だから」
「見返りは? 見返りなき提案はないだろう?」
優しい言葉に騙されるつもりはない。
この手の言葉には同等の何かが隠されている。俺から引き出せる情報は――そちら方面で有益になり得る事が多いので絞れるだけ絞りにかかってきそうである。
「撫子の居場所と言ったら貴方はどうする?」
「断る」
断言。
確かに助ける為には手段を選ぶつもりはない。だが、友達を売るつもりはさらさらない。
撫子がいなくなれば、ロシアの穴倉は一気に弱体化する。金の流れを調整、それを管理している。情報統括を行う彼女がいなくなれば、それだけ動きが鈍るからだ。
それに、撫子の姉には色々な物資の横流しの借りがある。恐らく、今後も利用することになることを考えると売るなど出来るはずもなかった。
この女も相当な食えなさ具合である。狸が――。
「断言か……でも、怪物を野に放つのだからソレくらいの代償は支払ってもらいたいのよね。まぁ、野に放たれたとしてもどこぞの世界をリードすると思い上がっている国が黙っていないと思うけど」
「どういう意味だ! まるで、あの研究がまだ続いているみたいなその言い方」
鬼塚も似たことを言っていた。
研究は俺が最高傑作を潰したことで終わったはずだ。怪物は破れ、人に戻った。それで終局になった。全てが終わったのだ。
なのに、それではまるでアレが過程でしかないような言い方ではないか。
「終わらない。分かるでしょう? 求める場所がある限りね。それに、気が付いていないの? 貴方も彼女と同じ名前のない怪物であるということを」
不気味なほどに笑みを吊り上げるとこう続けた。
「怪物を殺せるのは同じ怪物だけ――怪物を殺した時点で貴方も同じ。いや、それ以上の獣よ」
彩峰は震え上がる。
二人の間でぶつかりあう殺気に耐え切れないからだ。
しかし、お互いに本気で争うことはない。そんなことをしてしまえば、本当に助かるすべがなくなる。それだけにフィアナからは手が出せないのだ。
そして、課長が手を出したとしてもここは相手側のフィールド。いくらでも情報隠蔽、改竄は可能であるだけに反撃も出来ない。
「帰る。仕事じゃないのなら、もういいだろう?」
バカらしい。
ここで目の前の女に怒り来るってもいい事は一つもない。だからこそ、煮え滾る怒りを飲み込み、さっさとこの場を後にしようとする。
調査は終了。これ以上、ここに留まる意味もない。もう、新たな情報はここには残っていないだろう。そして、隠蔽された遺体も見つからないだろう。
「ロスアラモス・エリート――そこが、彼女を引き渡せと外交ルートから圧力をかけている。渡すつもりはさらさらないけど、我々は正義と秩序の守護者でなければならないから」
横を通り過ぎる中、課長は俺にだけ聞こえるようにそう呟いた。
アメリカ、ロスアラモス・エリート?
国をあげた研究機関の一種だろうか? そして、怪物を創る研究となれば人間の可能性を引き出す。限界を確かめる。そして、伝説を作り上げるだったか……
しかし、何故わざわざ出向いてまで忠告する意味がある。
鬼塚の監視は恐らくここからの指示だとしても、俺を監視する理由……研究の続行。
分からない事だらけだ。
まぁ、人生分からない事だらけなのだからこれが普通なのだろう。
しかし、あの課長は一体、何を企んでいるのやら。関わりたくないものである。嫌でも関わることになるのだろうが……。あの手の策士は本当にやり辛い。
手の内で踊っていると思わせずに、駒として利用されるなど真っ平ごめんだ。
そんなことを考えながら、今夜の宿探しで近場の商店街を歩いていると前からフードで顔は隠れているが銀髪がちらほらと見える少女が歩いてくる。
何故、その少女に目が言ったのか分からない。ただ、その少女とすれ違う瞬間、背筋が震え上がる。感覚で分かる。アレは化物だと……。
振り返ってはダメだ。このまま歩き去るべきだ。
そう頭では警鐘を鳴らすが、一体、アレが何なのかという好奇心に負け振り返ってしまう。振り返ってしまった……。
だが、そこには先程感じた気配は既になく、ただ人ごみだけが溢れていた。
『貴様の隠蔽工作でどれだけかかったと思っているんだ。分かったら、今後は下手な動きは控えてくれ』
「うっせーな。あんたらがあいつらの弱みを握る為に襲撃しろって命令したんだろ? 目的のブツは奪われちまったけど、俺の実用性は証明されたわけだ」
『イ・ウーの主戦力項羽と戦闘し、無傷で撤退した技量は認める。スペック通りの成果を示した訳だ。だが、GⅢのように発狂されては敵わんからな』
「うわ! 酷い言われようですね。俺は今のこの環境気に入ってますよ? あいつみたいに無駄に正義感ぶるつもりなんてありませんから――俺は殺したいから殺すだけです」
殺しに理由はない。
遊びを覚える要領で殺し方を教えられた。殺し、騙し、犯す。ロスアラモス・エリートが人工的な天才を作る過程で作り上げられた最高傑作の一つ。アリス。
その顔はフィアナ・シュトレーゼよりも妖美さを漂わせている。男を知っている。狂わせるようなそんなオーラを纏っているのだ。
ただ、GⅢとの決定的な違いは最新兵器を好まない事である。使う武器は全て現状の世界に流通している武器を利用する。暗殺者として、他人に罪を擦り付ける為でもあるのだが、いくら薦められても絶対に殺しに最新鋭の武器を用いないのだ。
それが矜持であるかのように……。
本当の理由は最新鋭を使うと使いこなせず、任務に支障をきたすからなのだが……。
『まぁいい。だが、公安との接触は避けてくれ』
「分かってますよ。俺だって面倒ごとになるのは嫌い――」
何かが隣を通り過ぎた。
それが何かは分からないが、どこか懐かしさを覚える。敵なのか味方なのかという話ではない。懐かしさと同時にその存在を許せないのだ。
こんな感覚に陥るのは始めてである。他人に関して関心を持つ事などなかった。
何故、そんな感覚を覚えたのか分からない。自分に瓜二つの外見をしていたからだろうか? だからこそ、胸糞悪さを感じたのか?
『どうした? なにかあったのか?』
「なんでもありません。このままアメリカ大使館に合流地点の向かいます」
気になりはしたが、今は任務中だ。
無事に合流して任務終了。それまでは脇道へ走るわけには行かない。
任務中に気を抜けば、それは死に直結する。一人の死は全体の破綻を招きかねない。だからこそ、一瞬も油断は許されない。
油断は任務終了したその一瞬だけに許されるのだ。
それに、殺すにしても今の装備では面白くない。項羽との戦いで相当な消耗をしているのだ。殺し合いになるにしても万全の状態で味わいたいのが通と言うものだろう。
互いは互いを認識しながらも擦れ違う。
だが、磁石が引き合うように同じ遺伝子を持つ二人はどんなに拒もうが出会ってしまう。
数時間後、フィアナの携帯が鳴り響き、次の襲撃場所が指定される。
そして、それは同じくこの少女の襲撃予定場所と重なるのだった。
しかし、それだけではない。その渦中はそれだけに留まらない。
「次の標的はここか」
中華街に軒を連ねる店の一軒。その前に項羽は立っていた。
日本に置かれている藍幇の支部。数時間前に襲撃した暴力団の構成員から聞き出した情報を元にようやく辿り着いた。
恐らく、内部では連日の強襲について会議がなされているだろう。今後、どのような対応をなすのか。自分の身をどうまもるのか。
本当に腐っている。闇の住人である以上、他人のことを言えた義理はないが……。
ゆっくりと店へと足を踏み入れる。当然、入った瞬間にマイクロウージーを装備した構成員に取り囲まれてしまう。
しかし、まるでそのことがなんでもないかのようにため息を吐くと背中に背負っていた袋を手に取るのだった。
決着は一瞬。
意外にもあっさりと着いた。
一片も血に染まらぬ純白の中国の民族衣装を纏った項羽だけがそこに立っていた。他には地べたを這うものはいても、立っている人間は一人もいない。
「舐められたものだな……私がこの程度で止められるなど」
「やはり、その程度では足止めにもならんか」
「吟愁――中国本土から左遷させられてここまで来たか?」
元は藍幇の幹部の一人だったが、ここまで流れてきたことを考えると随分と落ちぶれたものである。まぁ、知ったことではないが。
しかし、これだけの騒ぎを起こしたのだ。もう、幹部に返り咲くことは不可能だろう。
所詮は捨て駒といったところか。まぁ、こいつを潰せば藍幇の日本での地盤は完全に消滅する。データは公安に渡ったが、薬物の元締めはこの男。この男を潰せばソレで終わる。
情報を持ち帰り、揺さぶりをかけたかったがまぁ仕方ないだろう。
向こうもトカゲの尻尾切りで終わらせようとする筈だ。そこが落とし所だろう。
「忌々しい娘だ。私が長年かけて築き上げた物を!」
「こんな小娘一人に潰されるなど、よほど脆弱な地盤だったんだな」
たかが一人に潰される。その時点で大したことがなかったと言う事だ。
元々、落ち目だったこともある。所詮、小物だったと言うことだ。器を知らぬからこういうことになる。
槍を転がる遺体から引き抜くと見下ろしてくる吟愁を睨み付けた。
時間はあまりない。
この男を狙って公安もあの謎の女も動いているはずだ。乱戦になる前に仕留めなければ、色々と面倒な事態になる可能性が高い。
法で裁けぬ悪もあるのだから……。
「貴様、言わせておけば」
この程度で沸点とは……。
だが、厄介な事になったものだ。一応は地位がある。金がある。
だからこそ、それなりの人間を雇えてしまう。これは少しばかり骨が折れそうだ。
「薙刀か……少しは私を楽しませてくれるんだよな」
現れたのは薙刀使い。それなりの実力は持っているのだろう。
どの程度、戦えるのかまでは分からないが先程のように瞬殺とまではいかないだろう。
「分かっているな。私がここから逃げるまでの時間稼ぎ。任せたぞ!」
「了解。頂いた料金分は働きますよ」
そういうと、薙刀の穂先をこちらへ向けて来る。
物言いはちゃらちゃらしているが纏う雰囲気は武人そのもの。それなりの鍛錬を積んでいるのだろう。敵になりえるほどではないが、それなりには味わえそうである。
「いざ、参る」
その言葉と共に、薙刀使いはこちらへかけてくる。だが、その瞬間、窓ガラスが割られ何かが投げ込まれ床を転がった。
「ちっ……予想より早いか……」
辺りを煙が覆いつくす。
足音から推測するに数人――ある程度、小隊を組んでいるのだろう。組織立った動きが見られる。
恐らく、先程の事務所でやりあった奴らと同じと考えるべきだろう。
項羽は深いため息を吐くと、目的を達成する為に槍を握りなおすのだった。
一応、オリキャラは出揃った感じです
原作沿いのほうがいいのかと思う今日この頃ですがなぜか、原作沿いに持っていけない。アリアが登場させられない。
因みに、人工天才の子についてはフィアナの母親の血を基に作られているため、一応はGⅢとキンジのような関係になります。
感想待ってます