もしも薙切薊の性格がマイルドだったら 作:作者さん
遠月学園の頂に位置する総帥室では、下界の混乱などどこ吹く風といった静寂の中で、二人の男が対峙していた。
「——ご覧の通りです、総帥。研究会や同好会といった自治組織の解体手続きは極めて順調。抵抗を試みた連中も幾つかありましたが……まあ、『正しい審査』をして差し上げたら、二度と歯向かってくる気力を失ったようですよ」
豪奢な革張りソファに浅く腰掛け、下品にならない程度に不敵な笑みを浮かべているのは、第九席・叡山枝津也だった。彼は手元のタブレットから流れるようにデータを提示しながら、鼻で笑う。
「審査員の買収——いや失礼、『厳正なる評価基準の統一』による食戟の無力化は、バカな生徒どもにも存分に理解できたようです。あれほど毎日押し寄せていた食戟の申請書類が、今や綺麗さっぱりゼロですよ。ハッ、自分の店を守るために必死だったハエどもが、一斉に静まり返った。傑作だな」
叡山は自らの手腕を誇るように肩を竦めた。食戟というシステムの形骸化。それは学園の絶対的支配を揺るぎないものにするための、最も効率的な一手だった。
対する薙切薊は、手元に提出されたペーパーの書類へ静かに視線を落としていた。その表情には一切の感情が窺えず、白く長い指先が淡々とページをめくっていく。
「……結構だ。滑り出しとしては悪くない」
息を吐くように短く呟くと、薊は書類から目を離さずに、どこかわずかに歌うような軽いトーンで言葉を継いだ。
「だがね、叡山くん。……油断は禁物だよ。追い詰められた人間というのは、時に計算式にない行動に出るものだからね」
「ハッ、杞憂ですよ総帥」
叡山は薊の軽やかな忠告を、鼻で一蹴した。
「会場の手配も『審査員』も、こちら側で完全に握っているんです。万が一、血迷って勝負を挑んでくる身の程知らずがいたとしても、土俵に上がった時点で詰んでいる。勝負にすらなり得ませんよ」
万全の網の目を誇示するように言ってから、叡山はメガネの奥の瞳をギラリと光らせ、本題とばかりに身を乗り出した。
「……それよりも、総帥。俺がこうして手足となって動いている以上の『見返り』……約束した件については順調なんだろうな?」
叡山が口にしたのは、自身が手掛けるフードコンサルティング事業への協力と、総帥の権限を用いた政財界VIPへの強力な口利きであった。一料理人の枠を超え、ビジネスマンとして巨大な資本と権力を握ること——それこそが、叡山が薊の改革に与した最大のモチベーションだった。
提示された下心に、薊はゆっくりと書類から顔を上げた。
その口元には、まるで愛くるしい幼子のおねだりを聞く父親のような、甘やかで、しかしどこか虚ろな笑みが浮かんでいた。
「……もちろんだとも、叡山くん。君が望む成果を私に示し続けてくれる限り……君の事業の発展のために、私の力を惜しむつもりはないよ」
「……けっ、なら結構です。では、次の解体予定団体の処理を進めてきますんで」
薊の完璧な笑みに一瞬だけ居心地の悪さを感じたのか、叡山は短く吐き捨てると、すぐに立ち上がった。薄笑いを浮かべ直し、優雅に片手を振ってみせると、自信に満ちた足取りで応接室を後にしていった。
カチリ、と重厚な扉が静かに閉まる。
叡山の足音が完全に廊下の奥へと消えた瞬間——。
薊の顔から、先ほどまでの「甘やかな笑み」が跡形もなく消え去った。
無表情。ただの硝子玉のような漆黒の瞳で閉ざされた扉をしばし見つめていた薊は、深く、痛切なため息を一つこぼした。そして、部屋の隅に直立不動で控えていた秘書・相田へと、心底困惑した様子で視線を向けた。
「……相田」
「はっ」
「……僕が彼の言動を見ていてね……『これだから最近の若者は』などと内心で思ってしまうのは……いわゆる世間で言うところの、老害というやつなのだろうか?」
「っ!?」
予想だにしなかった総帥からの問いかけに、相田の背筋が跳ね上がった。
いつも完璧で優雅な思想を語る男が、まさか自身の加齢による感覚のズレを真顔で危惧しているなど、誰が想像できただろうか。相田の脳内で、超高速の思考回路が駆け巡る。へたな回答をすれば自分の秘書生命、いや物理的な命すら危うい。
「は、はっ……! い、いえ……っ!」
額に一筋の冷や汗を滑らせながら、相田は必死に言葉を絞り出した。
「直、直接……ご本人のお口に出して『これだから今の若い者は』と説教を垂れられていない段階で……まだ、その域には達しておられないかと……っ!」
必死すぎる秘書のしどろもどろな返答を聞き、薊は「そうかい」とだけ呟くと、再び何事もなかったかのように手元の書類へと視線を落とした。
「……ふふ、冗談だよ相田」
薊はくすりと小さく微笑むと、手元の書類をトントンと机上で揃えた。
「は、はは……左様でございますか……」
相田は額の汗をハンカチで軽く拭いながら、胸を撫で下ろした。だが、安堵したのも束の間、薊の口元から笑みがスッと消え去り、その瞳に底冷えするような深い落胆の色が宿った。
「……ただ、冗談はともかく、遠月の生徒たちの『劣化』には……心底、失望を禁じ得ないよ」
薊は椅子の背もたれに深く身を預け、天井の一点を凝視しながら、どこか悲痛な面持ちで呟く。
「先代……仙左衛門公は、よくもこれほどまでに無価値で向上心のない雑草どもを放置していたものだ。玉石混交と言えば聞こえはいいが、これではただの不法投棄と変わらないじゃないか」
「あの……総帥。何かご不満な点でもおありでしょうか?」
相田が慎重に問いかけると、薊は視線を手元の書類——申請数『ゼロ』と書かれた統計データへと落とした。
「叡山くんの手腕は見事だよ。だがね……私は解体手続きの通知を出した後も、少なくとも数件程度は、意地を見せて食戟を挑んでくる骨のある生徒がいると思っていたんだ。だが結果はどうだい? 買収の噂ひとつで怯み、誰一人として名乗りを上げようとしない」
本気で残念そうに首を振る薊に対し、相田はおそるおそる言葉を選びながら口を開いた。
「あの……差し出がましい素人意見で大変恐縮なのですが……。審査員がすでに相手側に買収されており、負ければ即退学という極限状態です。生徒たちからすれば、まさに八方塞がりであり、挑まないのが合理的な判断かと思われますが……」
秘書としての客観的な分析。しかし、それを聞いた薊は、静かに、そしてどこまでも冷酷に首を横に振った。
「……普通の人間の意見なら、それでいいだろうね。百歩譲って、学園の外にいる『料理人未満の有象無象』なら、その程度の言い訳も許そう」
薊はゆっくりと立ち上がると、窓辺へと歩み寄り、眼下に広がる広大な敷地を見下ろした。
「だが……ここは遠月だ。世界最高峰を謳う料理の聖地だよ? そこで料理人を志す者が、その程度の絶望で足を止めて良いはずがないじゃないか」
振り返った薊の表情には、料理という概念に対する狂信的なまでの哲学が漲っていた。
「審査員が買収されている? 結構じゃないか。なら、食材の希少性で圧倒すればいい。視覚に訴えかける完璧な美で魅了すればいい。鼻腔を支配する香りで脳を麻痺させればいい。調理の音、熱、存在感……料理人が人間を、その魂ごとひざ伏せさせる手法など、この世には幾らでもあるんだよ」
薊は自らの胸に手を当て、哀れむように目を細める。
「『金』程度のもので買収された程度の信念など、真の料理で簡単に上書きして見せればいい。それだけの気概も知恵もなく、ただ与えられた不公義に動揺し、恐怖して縮こまる……。彼らに遠月の生徒を名乗ることを許したくもないね」
溜息混じりに紡がれる完璧な理想論。しかしそれは混じりけの無い薊の本音だった。
「……はぁ」
心底重苦しい溜息を一つ吐くと、薊は窓辺からゆっくりと振り返り、相田へと視線を戻した。
「……相田。本題の方の進捗はどうなっている?」
「はっ」
相田は即座に直立し、持ち抱えていたファイルを開いて素早く報告を始めた。
「解体手続きを進めている多数の自治組織……その陰で進行させている、優秀な生徒の『セントラル(中枢美食機関)』への引き抜き工作についてですね。……現在、各方面との交渉は概ね順調でございます」
「ほう」
「提示している条件は様々です。『自治組織の存続・活動資金の補填』を条件にセントラルへ降る者もいれば、総帥の掲げる革新的な理念に傾倒し、自ら望んでセントラルへ身を投じる者も少なくありません。……忠誠心や動機には多少の斑(まだら)がございますが、確実に対象者の取り込みは進んでおります」
「……そうか。なら良いんだ」
薊は満足げに頷くと、自らのデスクへ戻り、優雅な動作で椅子に腰を下ろした。
そう——これこそが、薊の真の狙い、本命だったのだ。
無数に存在する自治組織の無差別な解体宣言、そして審査員を買収して見せしめにする「食戟の形骸化」。それらはすべて、優秀な人材を選別し、セントラルへ取り込むための時間を稼ぎ、裏で交渉を進めるための派手な『見せ札』に過ぎなかった。
叡山は自分が学園のシステムを完璧に支配したと喜々として跳ね回っているが、彼にその真意までは伝えていない。すべては薊の描いた巨大な盤上のうえで、踊らされているだけに過ぎないのだ。
しかし、その完璧な計画を思い返したところで、薊の表情には再び深い影が落ちた。
「……それにしても、ね」
薊は肘を机につき、両手の指を組んで顎を乗せた。漆黒の瞳には、やはり拭いきれない落胆が滲んでいる。
「たかが『見せ札』に過ぎない食戟の形骸化や買収の噂ごときで、こうもあっさりと全生徒がひれ伏してしまうとはね。……時間稼ぎの雑音のつもりだったというのに、誰一人として抵抗の狼煙すら上げられないなんて」
呆れたように首を振る薊は、心底うんざりした様子で相田を見つめた。
「……こんな有様を見せつけられては、やはり僕が彼らに対して『これだから最近の若者は』と思ってしまうのも……仕方がないとは思わないかい?」
「……お言葉ですが、総帥」
相田は手元の資料をわずかに抱え直すと、意を決したように静かに口を開いた。
「もし……もしもですが、この状況下でなお叡山十傑に食戟を挑もうという者があらわれるとすれば、それは相応の実力と確固たる自負、そして何らかの勝算を持った者に他なりません。……大変申し上げにくいのですが、油断の見える叡山十傑では、万が一ということも考えられるのではないかと……」
「……ふふ、もちろんそれは織り込み済みだよ、相田」
薊はくすりと優しく微笑み、組んだ指を解いた。
「私は先ほど、彼に直々に『油断は禁物だ』と警告を与えた。それを無視し、己の過信から敗北を喫するのであれば……それもまた結構じゃないか。彼の中に私に対する確かな『負い目』が生まれる。完全な弱みとまでは言えずとも、今後彼をより扱いやすくするための絶好の『釘』にはなる」
「……左様でございますか」
相田は冷や汗を覚えながら、深く納得せざるを得なかった。叡山が勝とうが負けようが、総帥の盤上においてはどちらも織り込み済みの利益へと変換されるのだ。
薊は背もたれにゆったりと身体を預け、冷徹な理性を宿した瞳で語り継ぐ。
「叡山くんが表立って審査員を買収し、それが食戟という公の場で暴露される……その一連の演出がなされた時点で、彼に課した役割の大部分は既に果たされているんだよ。一つは、卑劣な買収工作すら跳ね返すほどの強固な意志と腕を持った『真の料理人』の選定。そしてもう一つは……他ならぬ『食戟管理局』の発言力と権威の低下だ」
薊は短く息を吐き出し、遠くを見つめるように目を細めた。
「私はね、遠月が誇る食戟という伝統あるシステムを舐めてなどいない。いくら総帥の権限があろうと、たかだか就任初年の新参者がおいそれと潰せるほど、その歴史の重みは軽くはないんだ。だからこそ、内部からその信用を泥塗りにするプロセスが必要だったのさ」
相田は息をのんだ。叡山が「食戟を完全にコントロールした」と自慢げに誇っていた成果そのものが、食戟という制度自体の権威を落とし、いずれ来る本格的な改革のための布石として利用されていたに過ぎなかったのだから。
「叡山くんに関しては……そうだな。私と彼は、互いに利用し合い、利害が一致している完璧な『Win-Win』の関係なんだ」
薊は机の上で両手の指を組むと、どこか楽しげに首を傾げた。
「だからこそ、彼がこのまま何の障害もなく、すべての計画を順調に成し遂げてくれるなら、それはそれでまったく問題ないんだよ。」
一拍置き、薊の瞳に悪戯っぽい、しかし冷酷な光が宿る。
「まぁ、私の正直な『本音』を言うなら……彼に立ちはだかる『壁』や『障害』があらわれてくれることを、どこかで期待してもいるんだ」
「期待、でございますか……?」
「ああ。……相田、言っておくがね、私は彼の誇るコンサルタント能力など、実は何一つ必要としていないんだ」
悪びれもせず言い放たれた事実に、相田は思わず息を呑んだ。薊は優雅に肩を竦め、事もなげに言葉を続ける。
「もちろん、あれば便利程度の役には立つよ。だが……彼の持つ市場の開拓力やVIPとのパイプなど、私が本気を出せば、世界の第一線で活躍する旧知の友人や政財界の伝手で簡単に代用できてしまうんだ。彼のビジネス手腕は、私の求めるスケールにおいては決して唯一無二ではない」
完璧なまでの自負。だが、それならばなぜ薊は叡山をここまで重用するのか。相田の疑問を察したように、薊の口元に柔らかい笑みが浮かんだ。
「それでもなお、私が叡山くんを高く評価している理由……それは彼がそうしたビジネスの手腕や権力構造を理解し、最大限に活用できる『料理人』だからだよ」
薊は愛おしそうに胸に手を当て、静かに言葉を紡ぐ。
「ただの商人、ビジネスマンなら、この学園の外にいくらでも転がっている。だが彼は、料理人の領域に踏みとどまりながら、その力を行使できる希有な才能だ。だからこそ……もし今回の件で彼を脅かす存在があらわれ、彼が挫折を味わい、一人の『料理人』としてさらに成長できる機会が得られるのなら……私にとってこれほど喜ばしいことはないんだ」
自分を利用して肥大化しようとする叡山すらも、一つの「磨くべき才能」として見下ろし、愛でている。その底知れない傲慢さと歪んだ愛情に、相田は背筋に冷たいものが走るのを感じるのだった。
「……まあ、その期待すらも……今の遠月では高望みというものかもしれないけれどね」
薊がどこか諦めを孕んだ声音で小さく呟いた、その瞬間——。
ブブッ、ブブッ、と静寂を切り裂くように、相田の胸ポケットでスマートフォンが激しく振動した。
「失礼いたしました……っ」
「構わない、出るといい」
薊が優雅に手招きして促すと、相田は深々と一礼し、端末を耳に当てた。
「はい、相田です。……何? ……なっ、何だと……!?」
普段は冷静沈着な相田が、思わず素の声を張り上げる。受話器越しに聞こえる切迫した報告を聞くにつれ、彼の顔からはみるみる血の気が引いていった。
「……承知した。追って指示を出す」
通話を終え、スマートフォンを収めた相田は、未だ衝撃を隠しきれない様子で激しく呼吸を整えた。
「相田。……その顔は、どうやら何かしら面白い報せのようだが?」
薊が愉悦を孕んだ瞳で問いかける。相田はゴクリと唾を呑み込み、報告を口にした。
「……食戟の申請が入りました。解体予定の自治組織の保護を求め、叡山十傑へ直接勝負を挑んだ生徒があらわれたとのことです」
「ほう……」
先ほどまでの深い落胆が嘘のように、薊の口元にすっと明るい笑みが差し込んだ。
「素晴らしいじゃないか。この八方塞がりの状況下で、なお牙を剥く愚か者が残っていたとはね。……して、対象となっている自治組織はどこだい?」
「……極星寮、でございます」
「ほう!」
その名を聞いた瞬間、薊の眉が跳ね上がり、声色が格段に艶を増した。
極星寮——かつて自身が若き日を過ごし、そして何より「彼」が存在した思い出の地。その場所を守るために立ち上がった存在に、薊の好奇心は一気に跳ね上がる。
「面白い……実に面白いじゃないか! ならば相田、その無謀にして気高き挑戦者の名を教えてくれ給え。一体誰が、極星寮のためにその身を投げ打ったんだい?」
心底楽し気に問いかけてくる総帥に対し、相田はわずかに喉を詰まらせながら、その名を告げた。
「……高等部一年、幸平創真……という生徒でございます」
「……彼か……っ!」
その名を聞いた瞬間、薊の身体が歓喜で大きく震えた。
漆黒の瞳が爛々と怪しい光を放ち、胸の前に掲げた白く美しい両手が、興奮を抑えきれないかのように強く握りしめられる。
「それで、その注目の食戟は……いつ執り行われる予定だい?」
薊は机に身を乗り出し、まるで宝物を見つけた子供のように瞳を輝かせながら尋ねた。
「は、はっ……それが、申請が受理され次第、本日午後に執り行われるとの報告でございます!」
「本日……! 全く以て急な話だ!」
思わぬ返答に薊の目が見開かれた。
「相田、今すぐ今日の午後のスケジュールをすべて変更、いや空白にするように」
「えっ!? は、はい! いえ、午後は海外の有力パトロンとのオンライン会談、夕方からはセントラル幹部との戦略会議が入っておりますが……」
「すべてキャンセル、あるいは延期だ。まったく、叡山君も少しは焦らしてくれて良かったのだがね」
迷いなくスケジュールを切り捨てる総帥の指示に、相田の額からドッと汗が吹き出す。
「よ、宜しいのですか!?」
「構わないさ。骨を折りたくなるような出来事が訪れたのだからね」
薊はそう断言すると、立ち上がってジャケットの胸元を整えながら、興奮冷めやらぬ様子で楽しげに思考を巡らせ始めた。
「久しぶりに仕入れから始めることに、いや直接振舞いたくもあるな。相田……すぐに極星寮の大御堂ふみ緒さんに連絡を入れてくれ給え。急で申し訳ないが、食堂の調理場と設備と食器類を完璧に整えておくよう頼みこんでくれ」
「極星寮の寮母に、でございますか? 審査会場の手配ではなく……?」
「当然だろう。仕入れに関しては伝手ですぐ用意できるものにするしかないか。妥協はしたくはないが……仕方がない、司君に借りを作るとしよう」
鼻歌交じりにアイデアを次々と口にし、食戟後の宴席の準備を露骨に創真側のために画策し始める総帥。普段の冷徹で絶対的な支配者像からは考えられないその立ち回りぶりに、相田はただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……あの、総帥。失礼ですが……そこまで一人の生徒、それも敵対勢力となる者に肩入れされるのは、いささか公平性に欠けるのでは……」
恐る恐る差し挟まれた相田の言葉に、薊は足を止め、悪戯が成功した少年のようにくすりと微笑んだ。
「なに、そう硬く考えないでおくれよ相田。自分の出身寮の後輩が、無謀にも十傑へ立ち向かって頑張ろうとしているんだ。……元寮生として、先輩が少しばかりの『贔屓』をしてあげたくなるのは、ごく自然な人情というものじゃないかい?」
「……そ、その。総帥。またお言葉を返すようですが……」
相田は額の汗を拭いながら、意を決して慎重に言葉を紡いだ。
「相手は叡山十傑です。買収による圧倒的に不利な状況も含め、幸平創真が敗北する可能性の方が極めて高いかと……。その場合、予定通り極星寮は解体となり、存続は絶望的となりますが……」
「……ふふ、そうだね」
薊は至極あっさりと頷くと、完璧で親しみやすい、しかしどこか底冷えするようなにこやかな笑みを浮かべた。
「もし敗れるようなことがあれば、当然ルール通り解体だ。だが……私だって鬼ではないよ。追い詰められた後輩たちのために、最高級の食材で『最後の晩餐』を振る舞い、思い出を語り合う程度の慈悲くらいは持ち合わせているつもりさ」
(さ、最後の晩餐……っ!?)
穏やかなトーンで恐ろしい言葉を口にする総帥に、相田の背筋を冷たい悪寒が駆け抜ける。負ければ容赦なく潰すが、その前の慰労会だけは最高のものにしてやるという歪んだ情愛。相田の冷や汗は止まらない。
「だがね、相田」
薊は窓の外へ視線を向け、どこか愛おしむような、確かな期待を瞳に宿してつぶやいた。
「私は信じているよ。あそこは城一郎さんや私が青春を過ごした、極星寮だ。そしてその血と魂を継ぐ幸平創真くんならば……そんな絶望的な状況すらも軽々と飛び越えて見せてくれるとね」
絶望と希望、そのどちらが転んでも楽しむ気満々の総帥の横顔に、相田はただただ平伏するしかなかった。
AIがえりなに滅茶苦茶厳しく創真にやけに甘くしてくるあたりゲイのサディストなのかもしれない。