赤ひげ王弟と凍漣の雪姫序章 バルバロス伝説バラベザ海戦 作:Brahma
ムオジネル艦隊から放たれた火矢はザクスタン艦隊の帆に当たって燃え始める。
「!!」
パチパチ….ゴォォォォォォォォォォォォ…..
火が帆と帆柱に燃え移る。
異変に気づいた兵士たちが飛び起きて
「火事だ~火事だ~。」
と叫ぶが一面火の海でどうしようもない。
火の海で燃え盛っているザクスタン艦隊にムオジネル艦隊が接近する。
「クレイシュ様、距離50アルシンです。」
「ふむ。全艦20パルサバ砲発射だ。」
「御意。」
ドガーン、ドガーン、ドガーン、ドガーン…
轟音が繰り返され、さすがに寝ていたザクスタン兵もおきるが船が次々に炎上し火の海になっており、巨砲によって打ち抜かれて沈んでいく。さらにムオジネルの船体につけられたカタパルトから陶製の玉が投げ込まれ割れると発火した。
「敵襲だ。火を消せ。」
しかし、それは無駄な試みだった。
火矢、20パルサバ砲に続きザクスタン船にカタパルトで撃ち込まれた弾には、「ヘラスの火」の薬剤が仕込まれていた。「ヘラスの火」とは、ムオジネルが40年前にすっかり弱体化したヘレネス帝国の首都ビザントゥムを陥落させたときにヘレネスの技術奴隷をとらえ、極秘とされた製法でつくられた特殊な液体火薬である。一種のサイフォンで混合させると発火し、陶製の弾にも仕込むことができる。消そうとしても火は燃え広がるという性質をもち、ムオジネルはいつも苦しめられていた。
攻守かえてザクスタン船に使われたというわけである。ザクスタン船では一生懸命水をかけて消火を試みるが、燃え広がるばかりで、隣の船にも燃え移り、炎上することとどまることを知らない有様で、夜の空を明々と照らす。
そして接近したムオジネル船からは、放射器で「ヘラスの火」そのものが放射される。
ザクスタン艦隊は、まとまって停泊していたために押し合いへし合いぶつかり合って被害は拡大するばかりだった。
「艦隊を立て直すのだ。散開せよ。」
ドーリア・アンドレアスが命令し、ようやく艦隊を散開させ立て直したときには、370隻がしずみ、90隻が大破もしくは航行不能になっていた。気がついたときにはムオジネル艦隊はいずこへ逃げ去ってしまっていた。
「蛮族め。復讐戦だ。」
ドーリア・アンドレアスはあせり始めた。このまま帰還するわけにはいかない。まだ540隻が健在だ。まだ相手を圧倒できるだろう。やつらは、接近戦を挑んできたが白兵戦はおこなわなかった。おそらく数がすくないのだろう。
「ウルグ・ベイとシェケムよ。最後尾で操船しザクスタンの連中にエサをちらつかせてやるのだ。」
「はつ。」
クレイシュは、ウルグ・ベイとシェケムにザクスタン艦隊に目立つように沿岸から潮流に乗れない位置に数隻の漁船を浮かべさせた。おとり兼情報収集の小船団である。この船団をつかって風上の位置を維持するためだった。
ドーリア・アンドレアスは見覚えのあるその小船団をみつけた。
「あれは先日つかまえたムオジネルのうそつき使者のものです。」
副官がアンドレアスに告げると、
「うぬぬ。こしゃくな。あの船団を撃て。」
「御意。」
ドーン、ドーン、ドーン…
しかしその小船団は砲撃に驚いたようにさっさといずこへ逃げ去ってしまった。
夜中になって北西の風が吹きはじめる。
クレイシュは、ザクスタン艦隊の正確な位置をつかんでいた。ムオジネル艦隊は停泊中のザクスタン艦隊の風上でその背後に回り込んだ。
「クレイシュ様、300アルシンです。有効射程にはいりました。」
「よし、撃て。」
200隻の15パルサバ砲が、300アルシンの距離から火を噴く。
轟音が繰り返し響く。
ザクスタン艦隊は暗闇の中で背後をつかれて動揺し、反転も砲撃もできない。
いや例え反撃をしたとしても中途半端なザクスタンの砲手の腕と48門もあるとはいえ最大射程が150アルシンと短く破壊力も少ないカルブリナ砲では、ムオジネル船を攻撃できなかったであろう。
「なにが起こったのだ。」
「敵襲です。」
「あんなに遠くから撃ってくるのか。」
「アンドレアスよ。知らなかったのか。やつらの船につんであるのは、射程の大きいカノネ砲だ。しかも、300アルシンの射程距離を誇り、しかもわれわれの船に積んだカルブリナ砲よりも破壊力がある。ただ、15インチ仕様だろうから、2発以上まともに食らわなければ船は沈められん。どうだ、本国から補給と一緒に運んでくるか。」
副将のベネディット・ペーザロが提案する。
しかし、ペーザロはリグリアのライバル都市ヴェネタ出身であることからアンドレアスは容易に首肯できなかった。
「たしかに射程は大きいかもしれない。しかし、まとまって行動しなければたいしたことはない。近くに小島がたくさんある海域がある。そこへさそいこむ。いかに遠距離砲といえども小島のある海域ではうまく撃てないだろう。」
「まあ、それもそうだが。」
ドーリア・アンドレアスは、ムオジネル艦隊を小島のある海域にさそいこむようにおいかける。しかし、追いかけているうちに15パルサバ砲を喰らって15隻ほどが損壊し航行不能になる。
「撃て!」
ドーン、ドーン、ドーン
威嚇射撃でザクスタンのカルブリナ砲がいっせいに火を噴く。
ドーリア・アンドレアスは今度こそムオジネル艦隊を追い詰めたつもりだった。
「隠れつつ接近するのだ。」
「御意。」
ザクスタン艦隊は、複数に分かれ小島に隠れつつ進む。
しかし、小島からのろしが上がる。
「!!」
ムオジネル艦隊も小島に隠れて砲撃を行う。のろしによってザクスタン艦隊の隠れている島はまるわかりである。
かくれんぼのようにザクスタンとムオジネルは島の影から出たり入ったりしている。それが何日も続く。ムオジネルの15パルサバ砲は、ザクスタン船をじわじわと損傷させて進めない船がだんだん増えていった。
「アンドレアス様。各個撃破をくらい、また50隻が航行困難になっています。」
「アンドレアスよ。おいかけっこもここまでだな。立て直す必要があるぞ。食料も減っている。カルブリナ砲もあと数発撃つとこわれる砲門も出てくる。」
「そうだな。」
アンドレアスは部下たちに命じる。
「しばらく休暇と待機だ。しかし、やつらは何を仕掛けてくるかわからん。警戒を怠るな。」
「御意。」
「クレイシュ様。ザクスタン艦隊が攻撃をやめました。」
「ただし、敵は巧みに散開し、警戒も厳重です。」
クレイシュは赤ひげをいじりながらほくそえんだ。
敵の布陣に隙がない。しかも警戒も厳重だ。
「ちょうどいい。われわれは休暇と補給を行う。そうだ、敵も補給を行う頃だろう。
やつらの港へ向かう船と出てくる船を沈めろ。まあ15隻程度いけばいい。」
「御意。」
「!!」
ドギューン、ドギューン、ドギューン
「うわあああ。」
15パルサバ砲が火を噴き、補給のため本国に近づいていたザクスタン船が次々に沈む。
本隊へ引き返そうとする船が撃沈された。情報を知らせてはならないのだ。
ほうほうの態でようやくオートランドの港についたザクスタンの船員がみたのは、物資が焼き払われ、奪われた港だった。
「プレンデイシへ行くのだ。」
しかし、そこも焼き払われていた。
あっけにとられて引き返すとムオジネル船に囲まれて捕虜となってしまった。
一方、シラクサ島のメッシナやヒタリア半島西岸のオスティアまで行って物資を運んだ船は...
「!!」
ドギューン、ドギューン、ドギューン
バリバリバリ...
6~7隻程度まで撃ち減らされると、ムオジネル船10数隻が接近し、白兵戦をしかけ、物資を奪っていく。
物資を奪われようやく本隊へ逃げ帰った数隻は、アンドレアスに報告した。
「オートランドもプレンデイシもパーリも焼き払われたり、物資を奪われています。」
「メッシナやオスティアまで行きましたが物資を奪われ...。」
「おのれ。海賊どもめ。」
「再編し、短期決戦しかないな。」
ペーザロの提案に苦虫をかんだように
「うぬ。」
とアンドレアスはうなずいた。
ザクスタン軍は、速度を落とし450隻で再編を行い始める。
進みながら再編を行なっているザクスタン艦隊。じょじょに潮が引き始めた。
「!!」
ドスン…バキバキ…
島と島の間に潮が引くと浅くなる場所がある。そこには杭の列が仕掛けられていた。
「また、わなか!」
「撃て。」
クレイシュが命じると、
ドギューン、ドギューン
とムオジネルの15パルサバ砲が轟音を放っていっせいに火を噴く。
300アルシンから砲弾が次々に当たり、ザクスタン船はメキメキと音を立てて次々に撃沈もしくは航行不能になる。
「アンドレアス様、このままでは…。」
「後退だ。」
にっちもさっちもいかず、ようやく満ち潮になって動けるようになったときには、さらに70隻が沈没、40隻が大破、若しくは航行不能になっていた。
再編を終えたザクスタンとムオジネル両艦隊の距離は350アルシンになっていた。
「ふむ。」
クレイシュは赤ひげをいじくりながらほくそえむ。
「よし敵船に接近しろ。カレブリナ砲の射程ぎりぎりだ。」
「御意。」
ムオジネル艦隊は、ザクスタン艦隊に対し、155アルシンまで接近する。
「きたな。撃て。」
アンドレアスが命じて、ザクスタンのカルブリナ砲がいっせいに火を噴く。
しかしぎりぎりとどかない。
しかも悪いことにカルブリナ砲のうちいくつか破損するものがではじめる。
「アンドレアス様。」
「うぬう、こしゃくな。」
ザクスタンの戦い方はこうである。最初にカルブリナ砲を撃つ。そして損傷した敵船にのりつけて白兵戦を行うのだ。つまり白兵戦が主であって、砲戦は従であり、最初に砲撃を行ってから敵船に切り込んで勝負を決めるのである。そのためカルブリナ砲については一発か二発撃てればいいような整備しかしていない。故障する砲門が続出するのは当然であった。
貧弱な海賊船はザクスタンの正規艦隊が出てきたら、その大ガレオンに兵装、兵員ともにかなわなかったので、その戦い方が通用したが、遠距離砲を使った戦法に得意の白兵戦が使えない。
からかうように150アルシン前後の距離を維持するムオジネル艦隊190隻。
それを追うザクスタン艦隊340隻である。
ときどき砲撃される15パルサバ砲がじわじわとザクスタン艦隊を痛めつける。
接近している分だけ損傷がおおきく、一隻、また一隻と損傷浸水し、320隻になっていた。
「クレイシュ様、あと一刻でクリート島です。」
「うむ。予定通りだな。」
150アルシンの距離を保ちながらクリート島の南側の村バラベザ沖へさそいこむ。
「あと半刻ほどで東風です。」
クリート島は東西に細長い島で南岸の海には岩礁がある。
ムオジネルのリベンジ船にとっては問題はない場所だった。
ムオジネルのリベンジ船にとっては...。
「敵は、あの島へ逃げ込む気でしょうか。」
「そのようだな。よし、船団を二つにわけろ。160隻を北岸から、160隻をやつらの逃げ込んだ南岸へ向かって追わせる。」
「わかった。北岸の160隻は自分が指揮しよう。」
ペーザロが答えると、アンドレアスはうなづく。
「アンドレアス。ただ、あと半刻から一刻ほどで東風になるぞ。」
「わかっている。だがやつらを叩くのは今がチャンスなのだ。」
ドーリア・アンドレアスは、ムオジネル軍を挟み撃ちにするつもりだった。
ドシン、ドシン、バキバキ
ザクスタン船の船底からあまり好ましいことを暗示しない異音が発する。
何かにぶつかって、船が動かなくなったのだ。また何かに浸水して動けなくなった船もある。
「何!岩礁か??」
「そのようです。」
そうこうしてるうちに風向きが東に変わる。
150アルシンの距離を保ってきたムオジネル艦隊では、クレイシュが命じる。
「いまだ、撃て。それに敵に火矢を射かけよ。」
岩礁にはまってうごけないザクスタンの大ガレオン船に向かってムオジネルの快速リベンジ船からいっせいに火矢が射掛けられ15バルサバ砲が火を噴く。
「火を消すのだ。水をかけろ。」
ムオジネル艦隊は岩礁に引っかかって動けないザクスタン艦隊に接近し、またもや「ヘラスの火」を浴びせられる。
「ぎゃあああああ…。」
悲鳴が上がるのは火の海になったザクスタン艦隊の船からだった。
身動きの速いムオジネル船に動揺しているザクスタンのカルブリナ砲や矢はほとんど当たらない。
さらにムオジネル艦隊は50アルシンまで接近し、20パルサバ砲を50アルシンの至近から撃ち込んだ。
ザクスタン艦隊は赤々と炎上し次々に沈んでいった。一方向かい風で北岸の160隻は、全く進むことができない。
「退却だ。」
ドーリア・アンドレアスが命じる。
副官は疲れきった顔で無言でうなづき船員たちに退却を指示する。
10隻程度まで撃ち減らされたザクスタン艦隊は風向きの方向へすごすごと移動していった。
一方風向きが変わり、クリート島北岸を航行していた160隻がようやくムオジネル艦隊を挟み撃ちにするはずの海上に来たときには、接近して攻撃してたはずのムオジネル艦隊はいずこかへ逃げ去っていた。
「アンドレアス様、追いますか。」
「いや。ここは敵に地の利がある。しかもこちらは補給がゆきとどかず、食料も弾薬もない。船体は無傷でもカルブリナ砲も大半がつかえないから、追いかけたところで次のわなが待っている。ついに敵よりも少数になってしまった。これ以上損害をふやすわけにはいかん。」
こうしてザクスタンの大ガレオンによる1000隻の大艦隊は、750隻が撃沈または沈没した。
80隻が大破、または航行不能でそのうち半数が沈没も時間の問題になっていた。無傷な船は170隻であり、最初の1/5に満たない数になっていた。ムオジネル側の被害は、補給船団を襲ったときに数隻、接近戦で数隻失ったものの、あわせて10隻前後であった。
こうしてメディト海南岸のムオジネルの交易路は守られた。
この戦いによってクレイシュの名はとどろき、彼の特徴である「赤ひげ」にちなみ、ザクスタンでは、「名将バルバロッサ」、ムオジネルでは「名将バルバロス」と称されることとなった。
その報告は、ジスタートの南部オルミュツツ公国にももたらされた。
青い髪のあどけない少女は、母の副官である初老の騎士からこの話を聞かされ、
「お嬢様ならどうしますか?」
と質問される。
「わたしなら....。」
初老の騎士は目を細めてかわいらしく優秀な自分の生徒の回答に耳を傾けていた。
一方、ムオジネルでは、大ガレオン艦隊を整備することになる。
しかし、それはザクスタンの艦隊をそっくりまねたものだった。
皮肉なことに10年後にレパティウム海戦において攻守ところを変えてドン・ファン率いるテナルディエ艦隊の砲撃にアリー率いるムオジネル艦隊は手痛い敗北を喫した。
アルサス=テナルディエ戦役につけこんだクレイシュがオルメア会戦において4万の兵力のうち1/3を失ってブリューヌの南岸一帯の占領をあきらめる契機をつくることとなる。