「うわあ……」
ライザさんに連れられて、わたしは槍を作るための最後の1ピース……『綿毛草』が生えているという場所に移動した。
そこには、とても幻想的な風景が広がっていた。ひときわ大きな古い木がそびえたつ場所。その大きな木――ランタン樹からは、ランプのような実からほのかな灯りが漏れていて、周囲を幻想的な光の粒が舞っていた。
「ライザさん。こんな場所が、あるんですね……」
「ふふ、驚いた? ここ、あたしも大好きな場所なんだ」
「そうなんですね。すごく綺麗……」
その場でしばらく立ちすくんでいたが、わたしたちにはここに来た別の目的がある。
「あ、見てユイカ。ここに生えているやつ!」
ライザさんが指をさした先には、白くてふわふわとした綿毛をつけた草があった。
タンポポとはまた違う植物。大きさをはじめとして、明らかにいろいろな箇所がまったく違う。
「これが綿毛草なんですね、ライザさん」
「うん! あの綿毛はね、風が吹くとすぐ飛んでっちゃうくらいに軽いんだよ。慎重に採取してね?」
「わかりました、とってきますね!」
ふわふわと揺れる綿毛は、ボリュームもあるし、見るからに軽そうだ。
わたしは綿毛が飛ばないよう、綿毛草を何本か慎重に採取した。
「……これだけあれば、十分ですか?」
「うん、ばっちり! さあ、アトリエに戻って、さっそく調合だ!」
わたしとライザさんは、アトリエに戻った。木材とアンバーと綿毛草。槍の材料は全部そろっていたはずだった。
しかし。
「あ、あれ?」
ライザさんがいざ調合を始めようとしたとき、何かが足りないことに気が付いたようだった。
「ユイカ。アンバーの力を上手く引き出すための特別な水が足りないみたい……」
「特別な水、ですか……?」
「うん。森の奥に湧いている水でね、透明度とか、いろんなものがその辺で採れる水とは全然違うんだよ。……でも、あそこには魔物が出るかも……」
「……魔物、ですか」
魔物。わたしがライザさんと一緒に行動するにあたって、絶対に避けては通れない存在。
「わたし、行きます。……守ってもらって、いいですか?」
即答した。だって、わたしが決めたことだから。怖いのは、本当だけど。
「うん、任せておいて!」
そして、ライザさんは引き受けてくれる。今はずっと、頼りっぱなしだけど……いつか、きっと。
「木の棒……何か、役立つかな。かく乱くらいはできるかも……」
昨日、アトリエの外で拾った木の棒。本当に戦いで使うことになるなんて。
……まあ、どうあがいても、敵を倒せるような代物ではない。投げるとかして、気を引くくらいなら、できるかもしれない。
「なるほど……うんうん、ユイカも立派な冒険者だね」
「そんな。やっぱりライザさん頼みですし、わたしはわたしで、何とかできることをしなきゃ……って感じなので」
「ありがとう、ユイカ。でも、無理は禁物だよ?」
「はい、もちろんです。でも……どうせ、戦わなきゃいけないんですから。一度、見ておきたいです」
わたしは決意を込めた目で、ライザさんを見つめた。
「……うん、分かった。一緒に行こう、ユイカ」
「はい、ありがとうございます……!」
空はだんだんとオレンジ色に染まってきていた。
わたしとライザさんはアトリエを出た。森の小道を抜けると、水の流れる清涼な音が聞こえてくる。
「ここが、目的の水がある場所なんですね」
「そう。……待って、ユイカ。魔物だ」
澄んだ泉の周りには、数体の見慣れない、青い真んまるの生物。まるでマスコットみたいな姿だが、大きさは案外大きくて、わたしの腰の高さよりも大きそうだ。
そんな魔物たちが、わたしたちの姿を見て、何やら警戒している模様だった。
「これが、魔物ですか? ……なんだか、意外と可愛いですね。でも、危険なんですか?」
「うん。見た目はぷにぷにしていて可愛いけど、油断しちゃだめだよ。体当たりされると、結構痛いんだから。あたしも昔、それで痛い目を見たことがあるんだ」
ぷにぷにした魔物のうちの一体が、こちらを睨みつけて、今にもとびかからんとしている。わたしは木の棒を持って、ライザさんの後ろにそれとなく隠れる。
「……戦うっていうより、ちょっとどいてもらうって感じかな。あたしが追い払ってみるよ」
ライザさんが杖を構えて近づく。わたしはタイミングが合えば、木の棒を投げつけでもして、気をそらすくらいは……なんて、考えていたけど。
「え、ユイカ!? 危ない!」
「え……!?」
魔物が向かって行ったのはライザさんではなく、わたしのほうだった。その丸い体を大きく膨らませて、ものすごい勢いでこちらに転がってきた。
「わ、わっ……!?」
もしかしたら、という気持ちはあったけれど、本当にわたしが狙われるなんて……!
わたしはなんとかギリギリで回避し、地面にごろごろと横に転がった。奇跡的に無傷だったけど、真正面からもらえばただじゃすまなかったはずだ。
多分、大人の男の人に思いきりタックルをされるくらいの威力はあるはず……!
わたしが顔をあげる。あの転がってきた魔物は、勢いあまってスキをさらす――なんてこともなく、ポヨンと身軽に反転し、再度わたしに向かって転がってくる。
わたしは横になっていて、もうこれ以上避けることは――!
「っ……!」
わたしは目を閉じ、頭をかかえて、せめてもの防御態勢を取った。
しかし、わたしは無事だった。
「はぁっ!」
地面で光のような何かがはじけ飛ぶ音がした。顔をあげると、ライザさんが杖から魔法の光弾を放ち、ぷにぷにした魔物の足元で炸裂させて動きを止めている。
「ユイカ、立って! その棒で追い払って!」
「は、はいっ……!」
わたしは無我夢中だった。必死で、かっこ悪く、あがくように木の棒をめいっぱい振り回した。
魔物たちは驚いて、一斉に森の奥へと逃げて行った。
「はぁっ、はぁっ……」
魔物たちが去り、わたしとライザさんのふたりきり。
初めての魔物との邂逅を、わたしは無傷で切り抜けたことになる、けれど。
「やったね、ユイカ!」
わたしは足が震えて、立っているのもやっとだった。
安堵の笑顔を浮かべるライザさんの顔を見ると、わたしの中で抑えていたものがあふれてしまった。
「こ、これが魔物なんですね……ライザさん、怖かったぁ……!」
わたしの意思とは反して、地面にへたり込んで、目から涙があふれてしまった。
ライザさんはわたしの隣に慌てて駆け寄ってくれて、肩にそっと手を置いてくれた。
「ユイカ、怖かったよね。急に襲ってきて、びっくりしちゃったでしょ」
まるで小さな子供みたいにうなずくわたし。
「でも、すごかったよ。ちゃんと避けて、追い払うのも手伝ってくれたじゃん」
ライザさんはしゃがんで、わたしに目線をあわせてくれた。こんな時でも、ライザさんは笑ってくれている。
「実はあたしも、最初は足がガクガクだったんだよ。だから、立ち向かったユイカは本当に勇敢なんだ。自信をもって!」
「ライザさんっ……!」
もう、無理だった。わたしが大声をあげて泣くと、ライザさんは優しく抱きしめて、頭をなでてくれた。
そのやさしさと温かさが、とってもあたたかくて……もうこれ以上泣けないくらいに、わたしは泣いてしまった。