「んぅ……」
目を覚ますと、ライザさんの心配そうな顔と木板の天井が目に入った。
わたしは知らないうちに気を失って、ライザさんのアトリエに運ばれたらしい。
「ユイカ……!」
「ライザ、さん……痛っ……!」
全身の痛みがおさまらない。危険な事態だったさっきとは違い、今は安全な場所。気が抜けているからなのか、痛みがより強く感じられる。
ただ、身体の至る所に包帯が巻かれていて……きっと、ライザさんが手当してくれたんだろう。本当に、あったかい。
「大丈夫、ユイカ。えっと……はい、これ。グラスビーンズっていう、薬草を調合した丸薬なんだ。飲んでみて」
「ありがとうございます……」
ライザさんから受け取ったグラスビーンズを飲みこむ。まだ痛むことは痛むが、さっきよりかはだいぶ楽になった。
とはいえ、到底元気に動けそうにない。
「だいぶ楽になりました。ありがとうございます、ライザさん」
「ううん。あたしこそ、ユイカの目が覚めてくれてよかったよ……」
ライザさんはわたしが目を覚ましたことに、心底ほっとしているようだった。
心配させて申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、ライザさん相手に謝るのはよくない気がして、謝罪の言葉を飲み込んだ。
ライザさんから、先ほどの行商人からブルーフィンを追い払ったお礼として1500コールを受け取ったことを教えてくれた。
一応、お金を稼ぐという本来の目標は達成できたことになる……けれど。
格好はつかないよね、こんなんじゃ。
「それと……あの、さっき弓で助けてくれた方は、今どこに?」
「クラウディアのこと? それなら、今は竜が出たことをクーケン島へ知らせにいっているところだよ。竜はクラウディアが追い払ってくれたから安心して」
「一人で……あの、ドラゴンを……」
自分ひとりじゃまったく歯が立たなそうな、あのドラゴンを……弓一本で追い払った。
お嬢様って感じの人だったのに。人って、本当に見かけによらない。
「ただいまライザ! その子は大丈夫かな……?」
すると、アトリエの扉がガチャリと開いた。
「おかえり、クラウディア! ユイカなら、さっき目が覚めたところだよ!」
「そっか、よかった……」
クラウディアと呼ばれた女性は、わたしのもとに寄った。
「初めまして、ユイカさん。私はクラウディア・バレンツ。ライザの親友だよ。
ユイカさんのことは、さっきライザからいろいろ聞いたんだ。よろしくね」
「クラウディアさん……よろしくお願いします。それと、さっきは本当にありがとうございました」
「ううん、いいの。ユイカさんはライザの大切な仲間なんだよね。ライザの仲間は、私の仲間でもあるんだから。
仲間を助けるのは当たり前、でしょ?」
「クラウディアさん……」
ライザさんの親友というだけあって、とても優しくって、芯が強そうな素敵な人だった。
やっぱり、ライザさんの周りには素敵な人が集まってくるようになっているんだ。
「そういえば、クラウディアはどうして旅人の道に来ていたの?」
ライザさんが尋ねた。
「えっとね。最近、商人の間で、旅人の道で空に浮く不気味で大きな影を目撃したという噂話が流れていたんだ。
旅人の道は、クーケン島との大事な交易ルートの一部だから……気になって、自分の目で確かめておこうって思ってこっちに来たんだ」
「前兆はあったんだね……あたし、全然知らなかった」
「そうなんだ。ライザが知らなかったのは意外だね」
「最近、ユイカのことで色んな事があったからねえ……あ、ユイカが悪いわけじゃないからね!」
いえ、全然気にしてないです、とわたしは言った。むしろ、いろんな世話をしてくれる上、戦えるようになりたい、というわがままさえ聞いてくれて、ありがたい限り。
「でも、まさか竜がいるなんて思わなかったよ。あの竜は小柄で、竜にしてはそんなに強くはなさそうだったけど……」
「え、そうなのクラウディア?」
「少なくとも、私たちが初めて戦った竜よりかは弱いかな。……とはいえ竜だから、そこら辺の魔物よりとっても強いし、危険なんだけど」
……あれで、弱い方なの……?
「あはは、ユイカがびっくりした顔してる。クラウディアはこう見えてとっても強いんだよ」
「もう、ライザ。ライザだってとっても強いでしょ?」
「何というか……ふたりとも、異次元ですね……」
改めて、こんな二人に面倒を見てもらっていいのだろうかという疑問が出てくる。
でも、実際面倒を見てもらえてるし……。
「そうだ、ライザ。竜のことなんだけど、ほかの商人の話で、付近を旅していた2人組の戦士がこの竜の討伐を引き受けてくれるみたいだって」
「あ、レントとディアンじゃない? 最近、ユイカに特訓をつけてもらってたんだ」
「そうなの? あの2人、近くに来てたんだ……」
「うん! クラウディアの弓がいい所に当たったから弱ってるだろうし、あの2人なら大丈夫そうだね!」
確かに、レントさんとディアンくんの2人組なら、ドラゴンが空を飛んでいるとはいえ大丈夫な気がする。とにかく、逃げたドラゴンの追加の被害というのはわたしは心配しなくてよさそうな感じだった。
そもそも、今のわたしがさっきのドラゴンと対峙してどうこうできるかと言われると、多分何もできないだろうし……。
「さて、あたしたちはユイカの面倒を見てあげよっか。クラウディアも、たまにはゆっくりしようよ」
「うん! 今日の商会の仕事は下に任せてきたから……ユイカさんの話も、たくさん聞きたいな」
わたしはライザさんとクラウディアさんの話をたくさん聞いた。
クラウディアさんはクーケン島出身ではなく、ライザさんの幼馴染でもないらしい。
昔、大手の行商人であったクラウディアさんのお父さんとともにクーケン島へ来た際に、この森の中で一人で孤立してしまって魔物に襲われてしまったらしい。
そこで島を初めて出たばかりのライザさんたちに助けられた、というのが出会いだった。
「今日はあの時の恩返しになったかな、ライザ?」
「うん! ばっちしだよ、クラウディア!」
しかし、このふたりは本当に仲が良さそうだ。話してる時の笑顔が絶えない。会話になかなか入れないけど、それでもふたりが話しているのを見ているだけで、つられて笑ってしまう。
そして、わたしのこともクラウディアさんに一通り話して――夕暮れ時になる。
「クラウディア、時間は大丈夫?」
「うん。何なら、今日はライザのアトリエに泊めてもらうつもりで来たんだ。ユイカさんのことも心配だったし」
「そっか、嬉しいな! じゃあ、これからスープを作ってあげるから、みんなでご飯にしよう!」
ライザさんがスープを作りにいったん離れて、わたしの近くにはクラウディアさんだけになった。
……あの時助けてくれたお礼、もっとちゃんと言いたいな。
「あ、あの、クラウディアさん」
「どうしたの?」
「えっと……改めてですけど、あの時、本当にありがとうございました。わたし、なんてお礼したらいいか……」
「もう、お礼とかはいいの。私は、私がやりたいことをやっただけなんだから」
「それをサラっといえるクラウディアさんがかっこいいです……」
「ふふ、そうかな?」
クラウディアさんがわたしの頭にそっと手を置いた。しっかりした手だ。
額に伝わってくる温かなぬくもりに思わず目を細めてしまう。
「私はユイカさんもかっこいいと思ったよ。だって、いきなりこの世界に、たった一人で来ちゃったわけでしょ?」
「それは、まあ……ライザさんがいてくれているから、さみしさはそんなにないですけど……」
「しかも、何かと戦ったこともなかった。なのに、ライザと一緒にいるからには戦えるようになりたいって言って、短期間で戦えるようになったんだよね。
竜が来る前には、ちゃんとブルーフィンを追い払ったんでしょ?」
「あれは……正直、ライザさんに相当助けられましたけどね」
「でも、ちゃんと連携できてたってライザが言ってたよ。……もし、私がユイカさんと同じくらいの年だったら、そういう決断とかってできなかったかも」
わたしは、わたしのすごさというものを分かっていない。
ライザさんをはじめとする周りの人がすごすぎて、それに何とかついていこう、ライザさんの隣にいておかしくない人になろう……って、わたしなりに頑張っているだけ。
「……いいにおいだね、ユイカさん。お腹すいてきちゃった」
「はい、わたしもです。……上手く食べられないと思いますけど」
「それじゃあ、あーんしよっか?」
「こ、子供じゃないんですから……」
「ふふ。……でも、あーんしてあげるのは、私じゃなくてライザの方かな?」
「からかうのやめてくださいよ、もう……」
……その後、結局自力でうまく食べられなかったわたしは、ライザさんにふーふー+あーんのダブルコンボを食らう羽目となってしまった。