ライザさんのアトリエにたどり着いたとき、日はすでに傾いていた。あんなにも透き通る青色だった空が、気が付けば橙色に染まり、地面にうつる影も長くなっていた。
「とうちゃーく!」
「ふぅ……! ライザさん、疲れました……」
ヘロヘロなわたしに対し、ライザさんは全く疲れた様子を見せない。むしろ、前より元気になってる……?
「ライザさんは疲れてないんですか?」
「まあね。いろいろ鍛えられてますから。さあ、さっそく舟を調合するよ!」
「すごいなぁ……」
わたしたちは、さっそく今日採取したツタと木材を広げた。
改めてみると、普段のわたしでは絶対にお目にかかれないような、規格外の立派さ。太くて丈夫なツタはみずみずしさを保っていて、木材も何かオーラを放っているよう。
「やっぱり、すごい素材ですね。なんだか圧倒されちゃう……」
それでも。たったこの二つだけで、本当に舟は作れるのだろうか? 人が乗れて、沈まない、丈夫な舟を。
わたしから見ると、細かいものがいろいろと足りてないような気がするのだけれど……。
「うんうん、あたしも惚れ惚れしちゃうね! どんな舟になるのか、わくわくするよ!」
でも、ライザさんは自信満々だ。やる気に満ち溢れていて、失敗するという予感を一切抱かせない。
とはいえ、あの大きな釜に、ツタと木材を入れて、混ぜて、舟に……?
「ライザさん。本当に舟って、作れるんですか? 錬金術、ってやつで……」
「ふっふーん! 任せておいて、ユイカ!」
ライザさんは得意げに胸を張った。
「バラバラの素材を組み合わせて、全く新しい形にする……それが、錬金術の『調合』なんだよ。これから調合をはじめるから、ユイカも近くで見てて。きっと驚くと思うよ!」
ライザさんに手招きされ、わたしは錬金釜の近くに移動した。すると、ライザさんが先ほど広げたツタと木材を、おもむろに釜に投入した。
「えいっ!」
「え、ええっ!?」
あまりにもおもむろだった。もっとこう、繊細になんかいろいろやるのかな、と思ったら……全然そんなことなくってびっくりした。
しかも、ツタはともかくとして、木材は釜よりも大きかったはずだ。しかし……釜に入った瞬間、木材は影も形もなくなった。
「うわ……入っちゃうんだ……」
「ふふ、まだ驚くのは早いよ! 錬金術はここからなんだから! 見ててね……!」
ライザさんは大きな木べらを両手でしっかり持って、大きくゆったりとした動きで、釜の中をぐるぐるとかき回し始めた。
「おいしくなーれ、じゃなくて……すごーい形になーれっ! ユイカ、いくよ……せーのっ!!」
ライザさんが何か力を込めると、突然、釜の中からまぶしい真っ白な光があふれだし、わたしの視界を奪った。
「ひゃっ!? ラ、ライザさんっ……!?」
思わず目を覆った。瞼の裏で、真っ白な光がちかちかとしている。
「大丈夫だよ、ユイカ! これは……うまくいった!」
「そ、そうなんですか……?」
「ユイカ、目を開けてみて。舟、できちゃったから!」
ライザさんにうながされ、わたしは目をおそるおそる開けた。
「あれ? 何もない、ですけど……」
「後ろだよ、ユイカ」
「後ろ……?」
後ろ……つまり、さっきツタと木材を広げていたスペース。
そこにあったのは、新品同然のピカピカな木舟だった。
「じゃじゃーん! どう、ユイカ! 立派な木舟の完成だよ!」
「う、そ……え……?」
わたしは呆気にとられていた。
本当に釜に入れて、混ぜるだけで、あのツタと木材が、舟の形をして出現したのだから。
いや、本当はたぶん、ライザさんにしかわからないことをいろいろやってるのかもしれないけど……。
わたしはおそるおそる木舟の方に向かい、触ってみた。
確かに舟はそこにあって、手触りもよく、しかも丈夫そう。木特有のナチュラルな香りもほんのりとする。レプリカでも何でもない。とても出来はよさそうだ。
「ライザさん。もしかして、本当は舟がもともとあって、ライザさんが隠していたものが出てきただけ……なわけ、ないですよね……?」
「あはは! 隠してたなんて、そんなわけないじゃん!」
ライザさんは首を振っておかしそうに大笑いした。
「なっ、そんなに笑わなくても……本気ですごくびっくりしてるんですよ、わたしは!」
「あはは、ごめんごめん。でもね、これが錬金術の力なんだ。素材の力を引き出して、新しい形に作りかえるんだ。あたしも最初は、びっくりしたけどね」
ライザさんは、出来上がった木舟のほうに駆け寄って、撫でた。大満足のようで、にこりとした笑みをこちらに向けた。
「明日、これに乗って湖に出よう!」
「湖? 海じゃなくて、ですか?」
「そう、海じゃないんだ。汽水湖だから、海水交じりではあるんだけどね。そこの中に浮かんでいる島が、あたしの故郷……クーケン島なんだ」
窓を覗いたが、もうすっかり日は落ちていて、島のことはよく見えなかった。
「もうすっかり夜だね。今日は休もうか?」
「休むって……いいんですか?」
「当たり前じゃん。あたしの仲間なんだし」
「仲間……」
ライザさんはわたしのために布団を持ってきてくれた。これも錬金術で作ったものなのかもしれない、なんて思いながら、わたしはライザさんの優しさに甘えることにした。
実際、行く当てもまったくないので、ライザさんだけが頼りだし。
「それにしても、ユイカはこっちに来たばかりなのに、すごく頑張ったよね。採取に調合……全部完璧だったんだから」
「採取はともかくとして、錬金術の調合はライザさんのおかげですよ。わたしはただ、驚いてただけ……」
「ううん。採取の素材がよかったから、調合も上手く行ったんだ。あたしは、ユイカと一緒で楽しかったよ」
「ライザさん……わたしも楽しかったです。ライザさんと一緒で……ふぁ、ぁあ……」
あれ、ここに来て、急に眠気が……。
まあ、それはそうかも。ライザさんが言った通り、今日のわたしはすごく頑張った。
異世界に飛ばされてしまい、見慣れぬ土地で、慣れない作業を行った。何もかも初めて目にする光景の連続で、日常とはかけ離れた体験をたくさんした。
疲れないわけがないんだ。
「眠そうだね?」
「あ……ごめんなさい。はしたなくって……」
「ううん、いいよ。お疲れ様、ユイカ。おやすみなさい」
「おやすみなさい、ライザさん……」
わたしは布団にもぐり、目を閉じる。
森のざわめき、海……じゃなくて、湖の波の音。布団の肌触りも心地がよくて、眠れない、なんてことはなさそうだった。
……でも。どうやって、元の世界に帰ろうか。
ううん、そんなこと、今のわたしに考える余裕なんてない。
まずは、ライザさんについていって、それから考えても遅くない――。