わたしは、柔らかな日差しに揺り起こされた。
「ん……ふぁ……」
目を開けると、そこはいつもの雑多に物が置かれていて、車の往来の音がせわしなく聞こえる自分の部屋……ではなく。
木製の壁に囲まれた、森のさざめき、湖のせせらぎ……そんな、柔らかい場所である、ライザさんのアトリエ。
昨日までの出来事は夢じゃなくて、どうやら本当のことなのだと思った。
でも、そんなに不安がることじゃない。心配がることじゃない。
なぜなら、わたしには……ライザさんがいるから。
「ユイカ、おはよう!」
わたしが身体を起こすと、すでにライザさんは起床していた。今が何時くらいなんて知る由もないけど、少なくとも、久々に充実した睡眠をとれた気がする。
今までは、夜はスマホとかを見ていて、夜更かししがちだった。この世界では、そんなことはもうできない。だから、ぐっすり眠れたのかもしれない。
「昨日の木舟、もう外に運んでおいたんだ。準備ができたら、さっそく島に行こう!」
朝起きたばかりだというのに、このひとはうるさいくらいにすごく元気だ。
でも、不快だとは全然思わない。
「はい、ライザさんっ!」
思わず笑みがこぼれてしまう。
元の世界はどうしよう、とか。そんな心配事、簡単に吹き飛んでしまうくらいに。
朝の支度を済ませると、わたしとライザさんはアトリエに別れを告げ、湖に面した桟橋へとやってきた。ここから見えるクーケン島までは、泳いでいくには遠すぎる距離だけれども……たぶん、1kmもない、と思う。
「すごい、ちゃんと舟が浮いてる……!」
昨日、ライザさんが錬金術で作った新品の木舟が湖に浮いていた。
朝日に照らされて、キラキラと輝いている。
「何せ、錬金術士・ライザリン・シュタウト製ですから。品質もばっちりだよ! さあ、一緒に乗り込んじゃおう!」
ライザさんは、何のためらいもなく、身軽にひょいと木舟に飛び乗った。
木舟はライザさんをしっかり受け止めた。壊れたり、沈んだりする様子はまったくなさそうだった。
「はい、ユイカも。こっちに来て?」
ライザさんはわたしに向かって手を差し伸べた。
とはいえ、わたしはこういう小さな舟に乗るのは初めてで、どうしても少し怖かった。
おずおずと手を差し伸べると、ライザさんは優しくわたしの手を取ってくれた。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいから、あたしの方へおいで?」
「はい。え、えっと……よい、しょ……っと、とと」
「ふふ、よくできました」
舟の上は、やっぱり揺れる。クッションみたいなものは備え付けていない、最低限のものだから、座ると少しお尻が痛い。
でも、これはライザさんの手作りの舟。素材は、一緒に取ってきたもの。そう考えると……ちょっと、わくわくする。不思議だけど。
「よし、出発だね! 湖の上から見える景色も、すっごく綺麗なんだから!」
ライザさんはオールを持って力強く漕ぎ出した。木舟はスイスイと湖の上を進み、さっきまでわたしたちがいた森がみるみるうちに遠くなっていく。
「う、うわ、意外と速い……!」
「あはは、そうでしょ? 風を切って進むのって、すっごく気持ちいいでしょ?」
「は、はい……でもっ、やっぱり揺れが……!」
舟の小ささからくる波の揺れ。ろくな壁もなく、ちょっとバランスを崩せば落ちてしまいそうな感覚。本当はそんなことないんだろうけど、それでも怖いものは怖い。
わたしが身体をこわばらせていると、ライザさんがその様子に気付いて、いったんオールを漕ぐのをやめ、声を掛けてくれた。
「ユイカ、そんなに身体に力を入れなくても大丈夫だよ。もっと真ん中に座って、重心を低くしてみて?」
「こう、ですか?」
言われたとおりに、舟の真ん中に来て、姿勢を低くして座った。さっきよりも、だいぶ揺れが気にならなくなった。
「……これなら、大丈夫かも。ありがとうございます、ライザさん」
「いえいえー。ほら、ユイカ。ちょうど湖の真ん中くらいまで来たよ?」
ライザさんの故郷であるクーケン島の姿が、かなり近くまで来ていた。
「クーケン島がはっきりと見えるようになってきたね、ユイカ! あっちの方に建物が集まってるのがわかる?」
ライザさんが指さした方角には、大きな灯台と、様々な建物、たくさんの木製の舟……。いかにも人がたくさん住んでいます、という感じの場所があった。
「はい。はっきりわかります」
「あそこがラーゼンボーデン村。あたしが生まれ育った、自慢の故郷なんだ!」
ライザさんは目を輝かせ、オールを再び漕ぎ始める。
「さあ、あと少し! 一気にいくよーっ!」
わたしとライザさんは、ライザさんが錬金術で作ったお手製の木舟に乗って、何事もなく対岸のクーケン島に到着した。
ライザさんは手際よく、桟橋に木舟をロープでくくりつけた。
「とうちゃーく! ユイカ、クーケン島へようこそ!」
ライザさんに手を取られ、ゆっくりと慎重に降りる。
「お、とと……」
さっきまで波に揺られていた感覚が抜けず、思わずライザさんの方に倒れこんでしまった。ライザさんはわたしをしっかりと支えてくれた。
「おっと! 大丈夫、ユイカ?」
「ご、ごめんなさい、ライザさん。ちょっとバランスをくずしちゃって……」
「ふふ、大丈夫だよ。ゆっくりで平気だから」
ライザさんって、多分、男の子より、女の子の方からモテそうだなあ。
そう思ってしまうくらいには、対応がサラっとしていて、ちょっとドキドキしてしまった。
そんなことよりも。
わたしは、今、最高にわたしらしくない感情を抱いてしまっている。
そう、好奇心。わくわく。
幼稚園とか、小学生の低学年とか、その時以来の……抑えきれない、わくわく!
「ライザさん」
「どうしたの?」
「わたし……なんだか、すごい冒険をした気分です。こんなにわくわくしたこと、ずいぶん久しぶりかも……!」
誰かに共有したくて、ライザさんに共有したくて、気が付いた時にはこんなことを言っていた。
「あはは、そのわくわく、あたしもよく分かるよ! 新しい場所に行くときって、胸がどきどきして止まらなくなるよね。ユイカもそう思ってくれたなら、あたしは嬉しいな!」
「ライザさん……」
もしかして、ライザさんはわたしに冒険の楽しさとか、未知へ飛び込むわくわくとかを、教えようとして……?
いや、たぶん、それはわたしの考えすぎだ。
でも……心にともされた、ずっと忘れていたこの冒険心。
いい子でいようとして、大人しくあろうとして、封印し、元からないことにしていた……日常のレールから思いきり外れちゃおう、という感情。
ライザさんと一緒なら、多分。
我慢しなくったって、いいのかも!