ブルネン家のお屋敷を後にし、わたしとライザさんはさっきまでいた場所に――尖塔の貯水池、というところに戻ってきた。
その少し外れたところに、フレッサさんという人の雑貨屋があった。お金を稼ぐ方法のひとつとして、ここで素材を売るという手段を、さっきライザさんから教えてもらった。
「おや、いらっしゃい……って、ライザじゃないか! ずいぶんと久しぶりだね?」
店先で帳簿をつけていた、20歳後半くらいにみえるお兄さん。
「ただいま、フレッサさん! 元気にしてた?」
「ああ、相変わらずだよ。君がいない間も、村の噂話は絶えなかったけどね」
「もう、変な噂じゃないでしょうね?」
ライザさんが親し気に話しかけている、この人がどうやらフレッサさんらしい。
「ところで、そっちの連れの人は?」
「こっちはユイカ。あたしの新しい仲間なんだ!」
「へえ、ユイカさんか。よろしく。うちは何でも扱うから、ぜひひいきにしておくれ」
ライザさんに振られて、わたしは軽く自己紹介した。
フレッサさんの雑貨屋は、店の規模こそ素朴でこじんまりとしている。それこそ、わたしの世界での駅の中にあるストアみたいな感じだった。
でも、品揃えはものすごい。数こそ限りはあるけれども、本当にいろんなものが置かれている。本、小物、道具……ここに来れば、生活に困ることはほとんどなさそうだ。
それに、この世界のものはわたしにとってはとても新鮮に映る。ここで一時間使ってしまう勢いかもしれない。
「うちの島じゃ手に入らない、輸入されたものも置いてあるよ。ぜひ眺めていってくれ」
「ありがとうございます、フレッサさん」
「ふふっ、ユイカったら興味津々だね?」
「そりゃそうですよ。ライザさんたちにとっては当たり前かもしれませんけど、わたしにとっては見るもの全てが新鮮なんですから」
「もう、そんなに目をキラキラさせちゃって……」
そんなライザさんの言葉をよそに、わたしは子供に戻ったかのようにしばらく棚を眺めていた。
「あ、そうだライザ! 何か売るものはないかい? 君が持ってくるものは質がいいからね、ぜひ欲しいんだ」
「あはは、商売熱心だなあ。……うーん、今は特に余ってる素材とかはないかなぁ。また今度ね!」
「そりゃ残念。次に期待しておくよ。……っと?」
後ろから何か人の気配と、ほのかな酒の匂いがして、わたしは振り返った。
そこには、いかにも戦いやってました、という感じの筋骨隆々の大柄な中年の男の人が、ふらりと店にやってくるのが見えた。風貌も相まって、ちょっと怖い……。
「なんだあ、騒がしいと思えばライザか」
「あ、ザムエルさん! おじさんこそ、奥さんを探す旅はどうなったの?」
そんな人相手にも、ライザさんは親し気に話している。どうやら、ザムエルさんというらしい。
「う、うるせえ! 余計なお世話だ。まあ、あちこち回っちゃいるがな。そう簡単にはいかねえよ」
「えー、照れてるでしょ? それで、何かいい手掛かりはあったのかな?」
「少しはな。風のうわさでそれらしい話を聞いたところだ。……それよりお前、レントの野郎はどうしてやがる。あいつ、元気にやってんのか?」
「うん、元気だと思う。レントも修行の旅で頑張ってるみたい。手紙でしばしば届くんだ」
……完全に蚊帳の外みたいだった。とはいえ、どうしてもザムエルさんには苦手意識が出てきてる。悪い人でない、のはわかってるんだけど。
わたしはあまり目立たないよう、こっそりとフレッサさんに聞いた。
「フレッサさん、あの男の人はどなたでしょうか……?」
「彼はザムエルさん。ライザの幼馴染にレントっていう男の子がいるんだけど、その父親なんだ。元傭兵でね、昔は荒っぽくて怖かったんだけど……今は奥さんを探す旅をしているんだ」
「なるほど……ありがとうございます」
だからライザさんは親し気にぐいぐい行けるんだ。まるで太陽みたい。
「ん……ところで、このちっこいのは何だ?」
「うっ……」
まずい、目立たないようにしてたのに気付かれた。
「ああ、紹介するね。この人はユイカ。あたしと一緒に行動している仲間なんだ!」
「あん? こいつが、ユイカだぁ? けっ、ライザの新しい弟子か何かか? ひょろっとしてて、とても戦えそうには見えねえがな……」
ザムエルさんの視線が突き刺さる。事実、わたしは特に何も戦えるようなことはできないし、もし、魔物みたいなのが――まあ、こういう世界には、多分いるとして。もし、遭遇しちゃったら、わたしは完全に足手まといになる。
「う……は、初め、まして……」
わたしはライザさんの後ろにそれとなく隠れた。
「ちょっとザムエルさん、失礼だよ! ユイカは弟子なんかじゃなくって、あたしの大切な仲間なんだから!」
「ふん……ライザがそこまで言うなら、ただの足手まといじゃねえんだろうな?」
「そうだよ。ユイカは一生懸命頑張ってるんだから! ……ユイカ、ザムエルさんは大丈夫だよ。ちょっと口が悪いだけだから」
「あ、ありがとうございます……」
足手まといなのは、正直今の段階ではそうなんだけど……たぶん、ライザさんのことだ。そんなこと、どうでもいい、って言ってくれるんだろうな。
「ちっ、余計な事言ってんじゃねえよ。……おい、ユイカ」
「は、はいっ!」
「稼ぎたいなら、そこらの魔物の素材でも集めてフレッサに押し付けな。それじゃあな」
わたしが声を掛ける間もなく、ザムエルさんは背を向けてどこかへ行ってしまった。
「あ、ありがとうございま……行っちゃった……」
「ね。これはザムエルさんなりのアドバイスだよ、ユイカ。まったく、ザムエルさんったら素直じゃないんだから……」
やっぱり、悪いひとではないみたいらしい。苦手は、苦手のままなんだけど……。
「あはは、ウチに押し付けるなんて……でも、ユイカさん。魔物の素材ならいつでも歓迎だよ。もちろん、魔物以外の素材も受け付けているからね」
「はい、ありがとうございます。何かあれば、お世話になりますね」
そのあと、軽くやり取りをして、フレッサさんの雑貨屋を後にした。
……そっか、戦い、か。
やっぱりこの世界には魔物がいるし、当然戦えなきゃいけない。多分ライザさんは戦えるし、強いと思ってる。わたしが戦えなくてもなんとかしてしまうくらいの力はあると思う。
でも、だからといって、守ってもらうばかりじゃいられない。ザムエルさんの言う通り、ライザさんと一緒に行動するのなら、戦えなきゃ足手まといだ。
それに、わたしが戦えるなら、ライザさんだってわたしに過敏に気を使わなくたって済むはず……。