主人公の友達   作:quiet

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07話(前)

 

 

「あぁ~……!」

 

 と爺臭い声が隣から放たれて、海まで響いた。

 

 ざぶんと一緒に水面が揺れて、波は廻の首まで届く。隣で顎の下まで湯に埋まった嶺一は、やがて腕を突っ張るようにして身体を起こし、

 

「……あちぃな」

「夏だかんね」

「いや、湯が」

「その感じで熱いのダメなの?」

「どの感じだよ」

 

 江戸っ子みたいな、と廻が返している頃には、嶺一は水栓を探して冒険の旅に出ている。ついでみたいに言う。それお前だろ。東京生まれ東京育ち。確かに、と返すのも何だか大した意味がないような気がして、無言のまま廻は嶺一の背中を眺める。じゃぶんじゃぶんと湯をかき分けて、岩場の裏に回っていく。ねえ、と言うのだから、なかったのだと思う。戻ってくる。

 

 隣で、

 

「……あちぃな」

 

 もう一度言うから、もう一度、廻も答えた。

 

「温泉だかんねえ」

 

 かぽーん、と室内浴場の方から聞こえたこの音は、一体何なのだろう。

 

 目隠しの向こう、清々しいくらいの快晴を見上げながら、廻はそんなどうでもいいことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

「わくわく~……?」

 

 と、控えめに拳を構えるのが特装室主事、佐藤すみれ。

 

「仲直り懇親会~……!」

「いえ~い!」

 

 その拳が突き出されるのと同時にクラッカーを鳴らしたのが、謎のロボット設営師、イル。

 

「な……」

「…………」

 

 クラッカーを顔に浴びて唖然としているのが、謎のロボットメインパイロット、八坂嶺一。その横で我関せずの顔で仕事を続けているのが特装室長、梓間千鶴。ついでにそのさらに横で「そのクラッカーはどこで買ってきたんだろう」と考えながら散らばったテープを拾っているのが、サブパイロットの卯井廻。

 

「なか……何?」

 

 ダンジョン庁舎九階、特装室オフィスでのことだった。

 

 九月に入っても、暑いは暑い。というか、夏の終わりの兆しが見えない。廻はこの間、八坂家で遊んでいるときに山蔵のラジオが『この暑さは十月いっぱいまで続くと見込まれ――』とありえないことを言うのを聞いた。ようやくこの地獄めいた夏に死に場所を定める気になったのか、外ではいよいよやけっぱちのセミが鳴き始めている。アスファルトは一夏の間に色褪せて、ビル群が反射する日差しは懐中電灯のそれにも勝り、千鶴が総務課相手に勝ち取ってきたという設定温度二五度のキンキンのエアコンですら、嵌め殺しのキンキンに焙られたアルミサッシから熱を取り除けずにいる。

 

 ぱちぱちぱち、とイルの拍手の音が響いている。

 

「……を、したいと思います」

 

 一方で、言い出しっぺの佐藤すみれは、へにょへにょと尻すぼみに言った。

 

 特装室のオフィスは、一区画とも二区画とも取れる、微妙な構造をしている。扉から入って見渡す限りが通常の職員用の区画で、その奥にアクリルの仕切りがあって、仕切りの向こうが室長室になっっている。ガラスではなくアクリルというのが微妙なところで、しかも大抵の場合その個室の出入り口は開け放たれたままになっているから、まあ、見ようによっては一区画と言えなくもない。

 

 二区画として見た場合に、その奥の区画に五人はいた。

 

「実は、今度みんなで出張する用事ができまして」

 

 佐藤がタブレット端末に指を置くと、がーっとスクリーンが降りてくる。画面が点けばパッと日本地図が表示される。佐藤が言う。ダンジョンといえば皆さんもご存知のとおり東京ダンジョンが一番有名なんですけど、実は他にも日本各地にダンジョンが点在しています。その多くは官民合同で「杜撰な」調査が――

 

「……室長?」

「…………」

 

 口を挟んだ千鶴を、佐藤がじとっとした目つきで見る。だというのに千鶴は、何も答えない。何事もなかったかのようにまたキーボードを勝手に叩き出す。

 

 おほん、と佐藤は咳払いをして、地図に向き直る。とん、とん、とん、とん、とタブレットを操作して、その地図上にピンを差していって、

 

「官民合同で、そうした点在するその他ダンジョンに対しても『しっかりとした』調査を行っています。ですが最近のギガメムの出現であったり、先日の都立小学校付近の拡張であったりを受けて、一度改めて状態を点検し直した方がいいということで、大規模な一斉調査を行うことになりまして。本来、こうした調査はダン庁の防災観測部が担ってくれてるんですけど、地方支部が付近に存在しない、どうしても人手が足りない場所については、他部署も応援に回ることになりました。そこで、うちが引き受けることになったのが――」

 

 てぃん、と一際大きなピンが立って、カメラがズームしていく。

 やがてそれは航空写真になって、ついでに、土地の名前も書いてある。

 

「珠ヶ浜です」

 

 おいおい、という顔で嶺一が廻を見た。

 千鶴も手を止めて、廻を見上げた。

 

「国内ダンジョンの中でも一番最初に出現が確認された場所ですね。私もダン庁就職前のことなので詳しくはないんですが、当時のゴタゴタのせいで住民は集団避難を余儀なくされ、特にミサイル周りがとどめになって、民間どころかダン庁の支部すら撤退しています。ただ、ダンジョン装備の実験のために当時、技術推進部がかなりこの土地でイニシアティブを握っていたとのことで、それなら調査も古巣の主導がよかろうということでお鉢が回ってきたんですが」

 

 ぎこちない笑みを浮かべて、佐藤は言った。

 

「珠ヶ浜は、元は海と温泉が名物の観光地だったんです。折角なので、みんなで温泉に浸かったり、海辺を散策して、これを機会にチームの仲を深めてみま、」

 

 せん、か、と。

 

 さらに尻すぼみになった理由は、佐藤がふたりの顔を見たせいだと思う。より正確に言うなら、嶺一と千鶴の顔色を窺って、ふたりともなぜか同じ方向を見ていて、廻で、なんで卯井さんを見てるんだろうと考えて、

 

 そこで、ようやく思い至ったらしい。

 

 国内最古のダンジョン。それを発見したのは誰なのか。

 

 珠ヶ浜なる観光地に宿泊学習に来ていた中学一年生が、それを見つけた後にどんな目に遭って、どんな紆余曲折を経て、今この場に立っているかとか、そういうことに。

 

「大丈夫ですよ。イルから先に聞いてたんで」

 

 けれど、廻はあっさり答えた。

 えっ、という顔で佐藤と嶺一がイルを見る。イルは胸を張って、ふんすと誇らしげにして、

 

「こんなこともあろうかと!」

 

 それ使い方合ってるの、と廻は笑う。

 笑いながら、本当に無理なく、こう言った。

 

「行きましょうよ、懇親会。みんなで」

 

 

 

 

 

 

「……で、ほんとに大丈夫なのかよ」

 

 そうして現在、ホテル珠ヶ浜オーシャンスプリング三階の露天浴場。

 結局隣で落ち着いた嶺一が、畳んだタオルを頭に載せながら訊ねた。

 

「ここだろ。嫌な思い出の源泉かけ流し」

「なんかもう、それどころじゃなくなっちゃった」

 

 答えたのは、紛れもなく本心だった。両手を組む。裏返して、ぐ、と前に突き出して肩ごと伸ばす。

 

「イルからも結構確認されたけど、散々ダンジョンに連れ回されてるし」

「……その節は」 

「この間は、一回離脱できたのに自分から首突っ込み直しちゃったしね」

 

 その伸ばした腕で、うん、と水面を叩いて、力を抜いて、

 

「それに、今度迷っても、別に助けに来てくれるでしょ」

「……おう」

 

 実際、と廻は足を伸ばして空を見た。

 実際、いざ来てみるとそうでもない。

 

 多分もう大丈夫なんじゃないか、という根拠のない自信も、ないではなかった。さっき言ったみたいに、今更だからだ。一泊二日の宿泊学習先、縁もゆかりもないはずが自分の人生をめちゃくちゃにしていったこの土地には、確かに因縁めいたものを感じないでもない。が、それ以前に自分はもう、実際のダンジョンにロボットに乗って突っ込んでいるのだ。そのうえ、逃げ出した先の祭台での新生活も、今や特装室長の正体が明らかになってしまえば、ひょっとすればそれすら『あの日々』の延長戦だったようにも思えてくる。

 

 だからまあ、耐えられないことはないだろうと思っていたし、実際、耐えられている。

 が、理由はそれだけではないとも思う。

 

「あと、人いないし」

 

 露天浴場には、ふたりの他には誰の姿もなかった。

 バスで来て、荷物を置いてすぐだからとか、そういう話ではない。ホテル珠ヶ浜オーシャンスプリングには今、特装室の関係者の他には誰もいない……どころの話じゃない。

 

 珠ヶ浜には、特装室の関係者しかいない。

 

 住民も、観光客も、誰もいない。

 

「普段より緊張しないくらいかも」

 

 温泉なんていつぶりだろう、と廻は思った。

 

 中学の修学旅行なんて、行くわけもない。あったかどうかも知らない。高校ではオリエンテーション合宿という、入学直後にそれこそ懇親会みたいな合宿があったはずだけれど、確か無視した。二年生の修学旅行は秋にあるはずだけれど、積立金の支払いから拒否している。冬は希望制のスキー合宿があった気がするが、行くわけがない。三年は学校と学習塾とでそれぞれ夏期合宿講習があるという噂を聞く。絶対行かない。

 

 銭湯どころか、駅のトイレだって結構嫌だ。

 もしかするとこれが人生で最後の露天風呂になるかもしれない。ホテルを一棟貸し切りでなんて、今後何があってもありえない。そう思えば、かえって気持ちはリラックスしてくる。

 

 そか、と嶺一が頷く。

 

「……仲直り懇親会ってさあ」

 

 あっちが直ればこっちが凹む。

 とばかりに、今度は嶺一が湯面を叩いて、深い溜息を吐いた。

 

「もしかしなくても、俺とアレだよな」

「アレって」

「室長。生徒会長」

 

 さあどうでしょう、なんてはぐらかす意味もない。

 嶺一の中では、すでに確信しているらしかった。

 

「折角だし楽しむか! ……とか言おうと思ってたんだけど」

 

 いざ来てみると憂鬱だ、と。

 までは言わないけれど、徐々に体幹が力を失って、湯に沈んでいく。予想は、もちろんしていた。だから宥めるように廻は苦笑して、

 

「大丈夫だって。イルが色々考えてくれたから」

「余計に不安が募るわ。てか、俺にも相談しろよ。なんでお前らだけで計画練ってんだ」

 

 なぜ、と訊かれたので言葉にしてあげようかと思った。

 けれど、それより先に嶺一が付け足す。

 

「いや、わかるけど……」

 

 わかっていただけて何よりで、話はつまり、小学校事件の直後に遡る。

 

 

 

 

 

 

 結局、廻は特装室に復帰することになった。

 

 正直なところ、本当にその必要があるのかどうか、自分では自信がなかった。千鶴が指摘したブルー・ドッグの性能の低さには、何の偽りもない。自分でも感じていたし、データでも見せられた。納得した。廻は自分でわかっている。結局自分は話が聞きたかっただけだし、心配していただけだった。それが解消されたなら、改めて戦力外通告をされるなら、それはそれで構わない。是が非でも戦いたいというわけじゃない。クリムゾン・スパークがあって、クロガネがあって、それで足りているというなら、予備戦力としても要らないというなら、今度こそ素直に受け入れる。そういう思いがあった。

 

 が、

 

「今度、ダメージチェックを兼ねて健康診断をするので、都合の良い日程を教えてください」

「別にいつでもいいけどな。夏休みだし」

 

 たとえば、こんな会話があったとする。

 千鶴と嶺一は、これをじっと廻を見つめながら言う。

 

 距離なんか全然開いていない。手を伸ばせば肩に触れる距離にある。直通で会話すべき相手が目の前にいるというのに、頑なに。

 

 そして廻がいない日は、イルがこれをやられるらしい。

 

「気まずいよ~……」

 

 とひそかにイルはしょんぼりこの上なく、最近は四人で一堂に会したとき、さりげなく背中に隠れられることも増えてきた。廻は思う。復帰してからというもの、精々訓練に顔を出すばかりで、ロボットにすらろくに乗っていない。けれど確かに、自分の役割は残っていた。

 

 そしてこんな役割は、ない方がいい。

 そういうわけで、イルと佐藤の計画に乗ることにした。

 

 

 

 

 

 先に湯を出た。

 

 冷水を浴びてから着替えに入ったけれど、さっきまで夏の真っ昼間の外気に当たりながら風呂に入っておいて、いきなり身体は冷めたりしない。軽く髪を乾かす間はずっと扇風機を最強にして自分に向けて、それでもスリッパを履いて外に出た段階では、大して汗を流す意味もなかったかもしれないと思えてくる。うちわを持ってきてよかった。煽ぎながら、毛羽立ったカーペットの上を歩く。自律移動式の平たい掃除機とすれ違う。自販機は音をなくして、『入浴前後に一杯のお水を』の浄水器はからからに乾いて、エレベーターのボタンがやけにでかい。ぐごごごご、と心配この上ない音を立ててゴンドラは止まる。扉が開けば、色褪せた地酒の張り紙と、ホテル内のレストランとバーの紹介パネルが出迎えてくれる。多分、四年前からある。

 

 一階のボタンの横に、『ロビー』と掠れた説明書きがある。

 押して、降りて、暗がりから出てすぐだった。

 

「お、勤労少年」

 

 真横からの声だった。

 

 一階ロビー、東側のエレベーターホールを出てまっすぐに向かえば、ホテルの受付が見える。が、そこまでの距離が遠い。ちょっとした喫茶店みたいなラウンジが間に広がっていて、向かって右手にはもう少し色々とスペースがあるけれど、左手は椅子と机ばかりがあって、その向こうはガラス張りのオーシャンビュー。

 

 そこに、ふたり並んで座っていた。

 正確に言うなら、真田隆輝と三条遥人が、いかにも年季の入ったマッサージ機に身体を横たえていた。

 

「あぁあああ~」

「やってくか? そろそろ三条は仕事に戻るらしいぜ」

「戻らない~~」

「本人の意思とは関係なく」

 

 貸し切りのホテルには、廻と、嶺一と、イルと、千鶴と、それから特装室職員の半分以上が泊まりに来ている。

 

 仕事だからだ。

 しかも、大掛かりな。

 

 廻には、このダンジョン調査というのがどのくらい重要な仕事なのか、わからない。手順も知らない。が、国も企業もろくに管理していないダンジョンがどのくらい危険なのか、何となく察するものはある。

 

 だから、それ相応の人員がこの場所に来ている。

 真田隆輝は、もちろん非常時に備えるクロガネのパイロットとして。

 

 三条は、

 

「すみません。調査関係の仕事、先輩の肩代わりしてくれるそうで」

「いいってことよ~~~」

 

 ぐっと親指を突き出して、もちろん彼は廻と嶺一のように、真昼間から露天風呂というわけにもいかない。いつもの見慣れた、いかにも公務員な無地のポロシャツで、今は午後三時。いつまでかかるかわからない仕事に、これから戻ることになる。

 

 罪悪感は、ないこともない。

 

「……というか、若者の仲裁に入るよりも仕事してる方が楽だから。ごめんね。人間関係放り投げちゃって」

 

 けれど、そう言って力なく笑う彼を見ると、痛み分けの感もなくはない。

 

 やるか、ともう一度真田が訊いてきた。いえ、と答えると、まあボロいもんなこれ、と革張りの表面を叩く。ちなみに、と廻は伝えておくことにした。二階にもっと良さそうなのありましたよ。なんか、こう。背中とか丸くなってるやつ。マジか、流石にこの恰好じゃあれだし夜風呂浴びたら行くかな。

 

「まあ、しかし」

 

 真田が、手に持っていたペットボトルの蓋を開ける。ぷしゅっと音がして、残り半分くらいの無糖の炭酸水を傾ける。傾けながら、エレベーターを降りて直後の廻がそうしたように、ぐるりと辺りを見回して、

 

「誰もいない避難地域の宿がこんな綺麗ってのも、不思議なもんだな」

 

 そうですよね、と廻も頷く。

 ホテルに入った一行の第一声は、イルの「きれーじゃん!」だったし、さっきまで嶺一と一緒に風呂に入っていての話題も、真剣な部分を除いてしまえば、もっぱらそればかりだった。

 

 珠ヶ浜は、四年前に国と自治体が管理を放棄した地域だ。

 

 ダンジョンに関して、というだけじゃない。本当に、ほぼすべての。

 

 あまり廻も詳しくはない。詳しく調べようとすると、どこかで自分の情報に突き当たってしまうから、避けてきた。それでもここに来る前に多少は学んできたし、うっすらとした当時の記憶も残っている。珠ヶ浜。日本最初のダンジョンの発生地点。テレビにも新聞にも大々的に取り上げられ、元々観光地として知名度が高かったことも踏まえれば、発生が一年近く遅れた東京ダンジョンに先行して国内ダンジョンの最盛拠点となる目もあったはずなのだが――

 

「ま、誰も住まなくなっちゃったから逆にね~~~」

 

 三条が、マッサージ機に揺られながら言った。

 

「例の事件があって完全避難になっちゃったけど、初期のダンジョン開発拠点はここだったからさ~~~。ミスティック工学の試験運用もここでやったりしてたしぃ、今でも実はこっそり光熱水とかお掃除ロボとかで、色々ね~~~」

「あ、それ。さっきすれ違いました」

「勝手にんなことやっていいのか?」

「今ここ、国の建物だからね~~~~」

 

 へえ、と改めて廻は驚いた。周りを見回した。

 

 全くそんなイメージはない。三条が細かい補足をしてくれる。この建物の箱自体はバブル期に公務員の保養所として建てられた。そののち売却されホテルに転用されたものの、ダンジョン関連のゴタゴタでオーナーが放棄を決め、どうせ二束三文だからと国に売却。一時期はこのホテルをダン庁珠ヶ浜支部として利用する計画も持ち上がってはいたものの、

 

「ま、今は『こっそり』止まりになっちゃったんだけど」

 

 マッサージ機が止まる。三条が身体を起こす。

 ふうん、と三条が炭酸水をもう一度傾けて、

 

「細かいことは知らねーけど。人のいない観光地で海見て湯浴びてマッサージ機があって。これで酒でも入りゃ最高だな」

「酒はダメね。公務中だから」

「俺は半分休暇中」

「隣で飲んでる人がいたら僕のモチベーションが削がれるでしょ? それ公務執行妨害ね」

「転び公妨だろ、それ」

 

 余計なこと知ってるなあ、と三条は立ち上がる。それじゃ、と廻を見て、

 

「表の仕事はやっとくから。後はお気兼ねなく」

「俺もしばらくだらけてるだけだから」

 

 何かあったら、と手を振るふたりに振り返して、ようやく廻は本題に入っていく。

 

 目当てのふたりは、まっすぐ進んで右の奥、売店スペースにいた。

 

「あれ」

 

 きっと食べ物が並んでいた陳列棚は、空っぽになっている。一方でご当地Tシャツや扇子、シャチやシロクマのぬいぐるみは残されたままになっていて、これもご当地ものらしいアニメのパネルやサイン色紙が、うら寂しい博物館みたいに飾られている。

 

 その手前で、

 

「なんか可愛いの着てる」

「メグル!」

 

 気付けばぴょん、と跳ねるように寄ってきた。

 イルが、浴衣を着ている。

 

「でしょ! 見てこれ! 着せてもらった!」

 

 ホテルに備え付けてあるような無味乾燥のものとは、全く違う。

 

 夏祭りにでも着ていくような華やかな装いで、とにかく自慢したくて仕方がなかったのか、目の前でくるくる回り出す。お~、と拍手で答えると、やっぱりイルは胸を張って、

 

「スミレがくれた!」

「え、買ってもらったの?」

 

 思わず訊ねると、同じくそこにいた佐藤すみれは、少しバツが悪そうに笑って、

 

「着たことないっていうから、つい」

 

 すごいなこの人、と廻はひそかに思った。

 大人のお金の使い方だ。仕事上の関係があるとはいえ、血縁でもない年下の女の子に浴衣を買う。廻の中からはおそらく一生、その発想は出てこない。そういう発想が出てくる人だから、イルの話に付き合って、今回の懇親会の幹事を買って出てくれたのだろうけれど。

 

 んふふふふ、とご満悦でイルは笑う。あとでリョーイチにも見せてあげよっと。

 

 あ、と佐藤は廻を見て、

 

「先にお風呂入ってきたんですね。さっきはお弁当の運び出し、ありがとうございました」

「あ、はい。どうしようかなと思ったんですけど、嶺一が温泉は一日三回入るっていうんで、付き合いで」

「あはは。醍醐味ですもんね。……あ、でも。ちょっと顔が――」

 

 そこまで言われて、途中で止まる。

 顔が? 何だろう、と廻は自分の頬に触れる。特に何もついていない。ふと気付く。マスク、つけてないや。暑いからいいか。ずっと佐藤が自分の後ろを見ている。何だろう。

 

 振り向く。

 

 ぎょっとするような距離に、千鶴が立っていた。

 

「えっ、わ」

 

 しかも、顔を掴まれた。

 

 両手で頬を、ぴたりと動かないように。引き寄せられるから、膝と腰が曲がる。転びそうになって、さらに距離が近付いて、だというのに千鶴は何らの動揺もなく、

 

「――顔、赤いけど」

 

 凝視して、言った。

 

「のぼせてる?」

 

 息もかかるような距離で訊ねられて、いや、と廻は咄嗟に答える。

 

「元々、赤くなりやすいんです。今は全然」

 

 前言いませんでしたっけ、とまで言っていいのかいけないのか。

 

 千鶴は少なくとも、それ以上のことは求めなかった。へえ。そう。それだけ言い残して去っていく。なぜこの売店スペースに立ち寄ったのか。どこへ去っていくのか。そんなことは廻にはわからない。ただ、ものすごくびっくりした。どきどきした。

 

 そしてそれは、別に廻に限った話でもない。

 

「……あの。重ね重ねいつもありがとうございます。卯井さんも、イルさんも」

 

 佐藤が、頭を下げた。

 

「最近はもう、ほんと室長もあんな感じというか。私が用意した浴衣も着てくれないし。そんな感じなんですけど」

「かわいそう」

「ありがとう……」

 

 この人、先輩の分も浴衣買ってたんだ。

 

 というのはともかくとして、前から聞いていたとおりではあったし、察していたとおりでもあった。千鶴の妙に刺々しい態度は、別に嶺一に対してのみ発揮されているものではない。もちろんそれで仕事に支障が出るようなこともないはずだけれど、

 

「でもあの、前に卯井さんが言ったとおり、室長もちょっと背負いすぎて気が張ってるところが大きいと思うので……。あんまり詳しいことは言えないんですけど、色々裏では皆さんのために走り回ってることも確かなので」

 

 少なくとも、実質的に千鶴の秘書を務める佐藤がフォローの必要性を感じるだけの変化は生じているようで、だから廻は、はい、とか、うん、とかイルと一緒になって答える。イルは途中から佐藤の肩を撫で始めたりもする。すると徐々に佐藤の口も軽くなり、仕事の愚痴も始まり、同期入庁組ががんがんコンサルに転職していて何だか私のライフステージこれで正しいのかと不安に駆られていますみたいな高校生の手に余るお悩み相談が挟まれ、最終的には胃のあたりを押さえて、

 

「というか室長がずっとあの調子だと私の心が保たなくてぇ……! 最近、イルさんと卯井さんだけが職場の癒しでぇ……!」

 

 切実なんだか、大人としてどうなんだかなことを言う。

 

「任せて!」

 

 それが、かえってイルの心を打ったらしい。

 佐藤の手を取って、高らかに、

 

「私も気まずい職場やだ! 円陣組も!」

「はい!」

「え?」

「我らが幹事組の誇りにかけて、特装室に平和を取り戻すぞー!」

「おー!」

「平和、最高ー!」

「最高ー!」

 

 このノリで本当に大丈夫なのかな、と廻は思う。

 

 いや、と思い直す。他人事ではいけない。自分も幹事組に数えてもらっているのだから、思い浮かべるべきは、こうだ。

 

「ということで、まずは海だー!」

 

 大丈夫に、しよう。

 おー。

 

 

 

 

 

 

「ダメに決まっているでしょう」

 

 ダメだった。

 

 それから三十分後、ようやく集合時間が訪れる。大人はすっかり出払って、一、二、三、四、五人が残る。うち三人はずっとこの場所で計画を練っていて、どうせやることもないはずなのに、残りのふたりは本当にギリギリのギリギリで現れた。

 

 そして、冷や水をぶっかけられた。

 

 高らかに掲げられたイルの拳が、行き場を失った。

 徐々に力が失われていく。頭の上から胸の前までするする下がっていって、最終的に、自分を庇うみたいな恰好で背中が丸まる。廻を見る。佐藤を見る。

 

 佐藤が言った。

 

「み、水着なら持ってきてますよ!」

 

 どこかのブランドショップで買ったらしい大きな袋を手に持って、

 

「室長の分も用意しておきました! 私が!」

「なんで佐藤さんが私の分の水着を用意してるんですか……?」

 

 それは確かに、と廻はひそかに頷いた。

 浴衣はまあ、と呑み込めても、水着は流石に呑み込めなかった。大人のお金の使い方というか、失礼ながら、この人はちょっと変な人だと思う。

 

「ちなみに、俺も持ってきてねーけど」

「そっちはわたしが持ってきたからだいじょぶ」

「――なんでお前が!?」

 

 そっちも確かに。

 

 ではあるが、こっちはちゃんと理由があった。イルが言う。サンゾーに訊いたら押し入れから出してくれた。ちゃんと洗ってあるから汚くないって。ああ、なるほど。嶺一が「いや洗ってあっても普通に恥ずいわ」と言う一方で、廻はそれなりに納得した。佐藤については、まだ全然納得していない。

 

「日焼け止めも持ってきてますよ!?」

「そういうことじゃなくて……」

 

 本当にそういうことじゃない攻め手を見せる佐藤を、千鶴は大して相手にしない。スマホを取り出す。いくつかの操作を経て、他の全員にそれを見せる。

 

「今日、気温四〇度超だから」

 

 それからゆっくりと、全員で、受付向かって左の方を見た。

 それはそれは綺麗に磨かれたガラスの窓の向こう。生卵を落としたらそのまま目玉焼きになりそうな、それはそれは見事なピーカン照りが、網膜まで熱を伝えてくる。

 

 四〇度。

 確かに、まあまあ今日も暑いなと思ってはいたけれど。

 

「それに、このメンバーで外に出て軒並み熱中症になったら、緊急出動がかかったときに困るでしょう。調査班にトラブルがあったときのバックアップ役というのも、満更建前だけではないんですから」

「……んな固いこと、言わなくてもよくねーか」

 

 げ、という顔をイルがした。

 佐藤もした。

 

「計画立てて、準備してきてくれたんだし。てか、海なんだから水に浸かってればそんな熱中症ってほどにはならないだろ」

「海水温も三十六度くらいありますから、学校の水泳授業なんかは中止のラインですよ。それに、レクリエーションを想定するなら、海で泳ぎっぱなしじゃなくてビーチバレーでもするつもりだったんでしょう」

 

 じっと千鶴に見つめられるから、廻は思わず頷く。

 図星だ。証拠に、イルの腕には膨らまし切ったビーチボールが抱えられている。ラメがちりばめられて、透明で、夏のきらめきがいっぱいに詰まっている。

 

 お構いなしに千鶴は、

 

「この気温と照りで運動したら、死にますよ」

 

 死を宣告し、

 

「特に八坂さん」

 

 照準も絞る。

 

「は、」

「この間の健康診断はいま分析しているところですが、あなたは運動で体温が上がりやすいタイプです。今の場面に限らず、普段から気を付けて過ごした方がいいですよ。温暖化も進んで、熱中症も身近になっていますから」

 

 余計なお世話だ、とすら言わなかった。

 

 嶺一はうんともすんとも言わなくなって、ぐうの音も出ていない。隣で見ていて廻は、その内心に察しがついた。怒ろうとしてみたり、呆気に取られようとしてみたり、心中忙しなく揺れ動いて、最終的に何にもならずに終わった。そういうのが何となく、顔を見ればわかる。

 

 やっぱりそうだよな、と思った。

 

「ビーチバレーの代替なら、屋内競技に切り替えた方がいいんじゃないですか」

 

 千鶴が言う。

 きょとん、とした顔をしたのは三人とも。

 

「宴会場なんかは机さえどかせば広く使えますし、大浴場周りに卓球台とか、ビリヤード台とか……ゲームコーナーもありましたし。それじゃ計画に支障が出ますか」

 

 千鶴もそこまで言えば、後は続かない。けれど三人とも、まだ上手く今言われたことに反応できていない。

 

 だから廻が、代表して答えた。

 

「出ないです。いいですか。予定変更して」

「私は別に」

 

 と千鶴も答えてくれるから、今度は廻はふたりの名前を呼ぶ。イル。佐藤さん。ふたりも頷く。嶺一は、名前を呼ぶまでもなかった。目が合えば頷く。

 

 珍しく、廻が音頭を取った。

 

「それじゃ、行きましょう!」

 

 まずは大浴場周りで何ができそうか、確かめるところから。

 行き帰りの方法は、さっきもう覚えた。一番前を歩いて、エレベーターに向かう。ようやくイルと佐藤が我に返って、どうしようか何しようかと予定を相談し始める。パネルを押して、少し離れた位置で歩く嶺一と千鶴を、廻はちらりと横目で見る。

 

 千鶴は澄ました顔をして、嶺一から少し目を逸らしている。

 嶺一も何も気にしていないような顔をして、けれどときどき、千鶴の方に目線が寄る。

 

 そしてふたりは、つかず離れずの距離で歩いている。

 

 やっぱりそうだよな、と廻は思っている。

 

 

 

 

 

 

「ちきちき! 材料争奪ゲーム大会~!」

 

 気を取り直して、イルがそう宣言した。

 

「……ちきちきって何?」

「自分で言ったんだろ」

 

 千鶴が言ったとおり、大浴場の周りにレジャー空間は確かに存在していた。

 

 大浴場の奥に、遊技室と掲げられた場所があった。ちょっとした商業施設のそれくらいには広くて、卓球台、ビリヤード台、ダーツボード、それから少し小さめのアーケードゲームコーナーまで抱えている。ドーム型のプライズゲームの中には流石にお菓子は残っていない……けれどクレーンゲームの方には、ちょうど売店跡地で見かけたアニメキャラクターのぬいぐるみが取り残されて、無邪気な顔でこちらを見つめている。すりガラスの大窓から差し込む夏の日差しはあのアクリルの部屋まで届いて、閉じ込められて、ダニ一匹生きていられないほどほかほかに温められているに違いなかった。

 

「材料?」

 

 と千鶴が訊けば、よくぞ訊いてくれましたとばかりにイルは、

 

「皆さんにはこれから、夕食のカレーの素材を取り合ってもらいます!」

 

 二種類ご用意しました、と佐藤がタブレット端末を掲げて見せる。

 

 妙に採光の良い部屋だ。嶺一も千鶴も覗き込むようにしたから、「あ、見えますかね」と佐藤も少し角度を調節して、

 

「黒毛和牛をはじめとした高級食材のグループA!」

 

 ちなみに、資金源は副室長の三条遥人だ。

 別に相談をしたわけでもないのに、聞きつけて払ってくれた。そういうことを補足すると、主にイルが盛大な拍手をする。嶺一もする。なんと、千鶴もした。

 

「そして一方、わたしとメグルで色んなスーパーに行って好奇心の赴くままに買ってきたグループB!」

「……どっちが主導した?」

「わたし」

「食えんのか?」

 

 食えはします、と廻が補足した。

 今度は、拍手は起こらなかった。

 

「で、本当はビーチバレーを予定していたんですが、晴天につき種目変更ということで」

「ふたつしかグループがありませんけど、チーム戦なんですか?」

「あ、そうそう、そうです! ふたつのチームに分かれて、どっちが勝つかな~って感じで」

「結局種目は? 別に、卓球台どかしゃビーチバレーもいけそうだけどな。板張りだし」

「んーとねー。どうしよっかなって感じなんだけど、やっぱり二対二でやれるのがいいかなって思うから……タッキュー? っていうやつ? これで勝った方が総取り――」

「待て待て待て待てい!」

 

 びっくりした。

 いきなり、人のいないはずの方から声が聞こえてきたから。

 

 ゲームコーナーの奥だ。全然音がしないから気付かなかった。のっそりと立ち上がった影がある。

 

「黙って聞いてりゃふわふわした話をしやがって」

 

 真田だ。

 

 なぜか室内でサングラスをかけて、マッサージ機の後に結局ひとり風呂を楽しんでいたのか、ほかほかの浴衣を着て、びしっとこっちを指差した。

 

「ゲーム性が低い」

 

 ケチをつけてきた。

 

 あのなあ、とこっちに歩み寄ってきながら言う。まず、と言うからには第二弾第三弾のケチもあるのだろうと予感させる。

 

「卓球だけやって終わりってのが味気なさすぎるだろ。ビーチバレーと違って絵的に地味すぎる」

「別に誰に見せるわけでもないですけど……」

「自分が見るだろ、自分が! お前、お洒落は他人のためにするタイプか!?」

 

 口を挟んでみたら、全く予想しない方向からの詰めを食らった。

 実際そうなので、廻は何とも言えなくなる。外に出ない時期は髪だって伸ばしっぱなしにしていたし、服も清潔で地味なら後は何でもいい。

 

「どうせ一日長いんだから、場所を広く使え。広く」

 

 部活の顧問みたいなことを、真田は言った。

 

「卓球をやるなとは言わん。が、総取りはやめろ。グループAとか言うくらいなんだから、当然食材は複数あるんだろ?」

 

 佐藤が「はいっ」とタブレットを見せる。うむ、と真田は頷いて、

 

「こんだけあるなら、台どかしてビーチバレーもやりゃいいだろ。んで、ダーツかビリヤードもどっちか片方入れて、ここまでで三種目。あと、向こうにガンシューがあったからそれも入れるぞ。四種目だと勝敗がわかりづらいから、最後に……。私物のノートPC持ってきてるから、それに入ってる人生ゲームでもやるか」

 

 三条とかとやるつもりだった、と真田が言う。三条さんとかとやるつもりだったんだ、と廻が大人たちの人間関係に思いを馳せている頃、「はい、はいっ」と佐藤がその場で進行表を整えていく。イルが隣に来る。口元に手を当てるから、廻はちょっと屈んで耳を貸す。イルが言う。海水浴の時間なくなっちゃうからちょうどよかったね。ねー。

 

 がしっ、と両腕を掴まれた。

 そうやって話している途中に、後ろから。右は嶺一に。左は千鶴に。

 

「……?」

「で、最後はチーム分け――」

 

 怪訝な顔をしている最中にも進行表は完成に近付き、それで廻は、このふたつの手の意図するところに気付く。

 

「二対二でしょ」

「じゃ、こうだな」

 

 所有権の主張。

 右と左にまっぷたつにされる勢いで、腕を引かれた。

 

「八坂さんはイルさんと組むのがいいんじゃないですか。普段から一緒ですし」

「いやいや。いつも一緒にいる相手と組んでたら懇親会にならないじゃないすか。ここは珍しいの同士で組むべきっすよ」

「へえ。八坂さんと卯井さんって珍しい組み合わせだったんですね」

 

 当然の話をすると、廻はこのふたりと組む気は、さらさらない。

 だって、このふたりを組ませるためのレクリエーションなのだから。

 

「いや、おれはイルと組むんだけど……」

「そうだそうだー! 大岡大裁きだー!」

「イルそれよく知ってるね」

「サンゾーの本棚で見た」

 

 ていうか、とイルがふたりの手首を掴んで、

 

「わたしあぶれてハズレくじみたいじゃん! リョーイチはせめてわたしと迷ってよー!」

「いやお前、ルールと流れを考えれば――」

「じゃ、四対二だな」

 

 真田が言った。

 いいか、と言い聞かせるように、

 

「チーム決めで揉めたらどうせ後で禍根が残る。はないちもんめとおんなじだよ。あれ考えたやつ絶対性格悪いよな」

「何の話すか」

「ここは二対二にこだわらず、四対二で協力プレイに挑め。それなら文句ないだろ」

 

 真田の隣で、佐藤は普段の業務上の習慣なのか、とても素直にその言葉を書き留める。

 

 よんたいに。

 

 顔を上げる。

 数を数える。

 

 計六人で、

 

「――あ、私もですか?!」

「豪華な夕食を賭けて俺たちと――勝負だ!」

 

 

 

 

 

 

 盛り上げ上手屋さんのトップランナーが手を入れてくれただけはある。

 そこからは、白熱の戦いになった。

 

 第一戦、卓球。

 

 三度の飯より卓球が好きでしょうがない……という体で、廻とイルがダブルスで出場。イルが完全初見ということでこちらが不利かと思いきや、佐藤がそれを上回る下手さを見せつけたり、真田が自己流の変なサーブこだわって自滅したりで、辛勝となった。うっすら接待の匂いがしないでもない試合だった。

 

 第二戦、ビーチバレー。

 

 ところで廻は、嶺一と千鶴の運動能力の程をうっすら知っている。嶺一は体力テストが毎年満点で、中学時代はバスケットボールで少なくとも県選抜までは行っている。千鶴の中学時代は吹奏楽部だったらしいが、それはそれとしてリレーではアンカー以外走ったことがないとか。ふたりともなぜかあまり自分の実績を話さないので、それ以上のものが眠っている可能性も高い。

 

 そのふたりが、ボコボコに負けた。

 佐藤すみれが、バレーボールでインターハイに出たことがあったからだ。

 

 ちなみに、それなりにレシーブをこなしていた真田も、中学でバレー部に所属していた過去があるらしい。部員全員を引っこ抜いてEスポーツ部を創設し、地元では伝説になっているそうだ。配信での鉄板エピソードらしく、生で聞けた嶺一がちょっと感動していた。何その感動、と廻は思ったが、口には出さなかった。

 

 衝撃の第二戦から第三戦。ダーツ。

 

 ここは負けられない戦い。勝ち癖のついたふたりが行く……という体で廻とイルが出場。真田以外は全員初見で挑み、真田が上手ぶって高得点を狙いまくり自滅。接待の匂いがしすぎて、本当にただ面白いだけの人なのではないかという疑惑が芽生える一戦だった。

 

 そしていよいよクライマックス目前、ガンシューティング。

 

 アーケードゲームのふたりプレイで、進めるところまで。「流石に本職だしハンデ要るだろ」と真田の気遣いもあり、大人組はハードモードで挑戦。流石にここは、佐藤が足を引っ張った。残機をひとりで使い切って、最終的には五面のボスでゲームオーバー。

 

 そして未成年組。

 ゲーム慣れしている嶺一が千鶴をリードするかと思いきや、イルが隣で呟いた一言が全ての試合になる。

 

「ざっこ」

 

 一面のボスを相手に大パニックからの両頓死。

 

 本当にゾンビが出たらふたりもこんなものなのかな、と切なくなってしまうくらいのプレイングで、あえなく敗退。

 

 ここまで二対二。豪華食材も、両チームにふたつずつ。当然ここで真田が何のサプライズもしないはずはない。対決ものバラエティというのは、最後の一戦で勝ったら今までの勝敗は全部チャラと宇宙開闢以来決まっている。

 

 そういうわけで、勝ったら総取りの最後の一戦。

 人生ゲームが始まって、

 

「あっ、おい! なんでさっきから俺狙い撃ちなんだよ!」

「しょうがないでしょ運なんだから……はあ!? また子ども生まれたの!? 私たちのこと厚生労働省だと思ってる!?」

 

 揉めていた。

 

 

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