日の本を恐怖で支配し、破滅へと導こうとする『織田信長』。
第六天魔王と名乗り、神に等しき力を凌駕せんと、多くの寺や社に手をかけていった。
その一つである、比叡山延暦寺に手をかける織田軍であったが、狙う理由は別にあった。
それは、人に在らず。
手に入れれば天下をも掌握できるとされる、『夜叉』なる女・・・
夜叉
騒がしいな・・・
「織田の軍勢が攻めてきたぞー!!」
臭い、木や土が焼ける臭いだ・・・
それと、血肉が焼け焦げる臭いも・・・
「女、子供は奥の倉庫に!何人たりともここを通すでないぞ!!」
寺を焼き討ちか、罰当たりなことをする輩がいたものだな・・・
だが、いい機会だ・・・
「やれやれ・・・出てくるものは坊主ばかりとは・・・」
何百の火が放たれ、暗黒の夜空とともに不気味な色に変わる。
その中でぎらりと、鈍く光る鎌が振り落とされる。
悲鳴と血飛沫が舞い、その中で恍惚とした表情で練り歩く武将が一人。
刃は血で濡れ、まさに死神とふさわしいであろう。
「これではきりがないですねぇ・・・」
「おのれ織田め!仏の大本山でもある比叡山までも手にかけるか!」
「第六天魔王、我が主信長公の命により、ある曰くつきの女を捜しているのですが・・・」
「なっ!?貴様ら、どこでそのような事を・・・」
「その言動…やはりここに居るわけですね。でしたら、あぶりだして見ましょうか・・・ククク!」
不気味な笑みとともに、腕を振り下ろすと更なる火矢が本殿に降り注いだ。
「いかん!!あの者を外に出しては…!ましてや織田の手に渡らせては為らぬ!!」
刹那
轟音と共に屋根が崩れ落ちた。すると、劫火の中から一つの陰が飛び出した。
「出てきましたね・・・」
陰は宙を高く舞い、まだ焼かれにすんでいる塔寺のてっぺんに降り立った。
紫がかった夜空に浮かぶ紅月(こうげつ)。
飛び出した際火の粉が舞いちり、煌びやかに辺りを照らす。
月光で姿は黒い影だけが浮かび、熱風で揺らめくのは一総の長い髪。
そして、虎視眈々と見開いた紅い眼。
「!あぁ・・・!貴女が、人ならざるものですね…!」
なんという、鮮血の色を連想させる輝き…!
「美しい・・・!」
ぞくぞくと背骨まで迸るこの衝動・・・!
貴女は、何者ですか・・・?!
「なんと…!あの強固な結界を抜け出したのか…!」
「かくなるうえは、織田の手に渡る前に始末しなければ…!」
坊主達の言葉に目を細める黒い影。
「うるさいですね・・・」
言動に気に障ったのか、一瞬で坊主達の首を跳ねた白い死神。
その様子を身動き一つせずみていた二つの紅い目。
「これで・・・邪魔をする者はいなくなりましたよ…。あぁ、まずは自己紹介からと行きましょうか。私は織田軍の軍師、明智光秀と申します・・・貴女が、かの『夜叉』ですね?貴女を探していました」
「・・・何ゆえに?」
目の前で人の首が飛んだ光景にもかかわらず、声は恐怖で震える様子も無く、ただしとやかにかつ威厳を放つ。
その声に光秀はカッと目を見開いて、また恍惚な微笑を浮かべた。
「この日ノ本を、恐怖という名の支配をするためですよ・・・!そのためには、貴女の秘めたる力が必要だ…共に来て頂けますよね?」
光秀と名乗る不気味な男に、ましてや初対面である者に誘われるほど甘い話はない。
「私は、お前達の所有物にはならない」
案の上、断られた。だがその答えも、光秀は想定していた。
「おやおや。断るつもりですか?はるばるここへ来た理由がなくなってしまいますねぇ…」
「それはごくろうなことだな」
「仕方ありません。この寺ごと燃やしつくしましょう・・・」
「く・・・!よせ…!中には、女や子供が…!」
「おや、まだ息がありましたか・・・知りませんよ。元はそのつもりでしたからねぇ・・・!」
「なんと・・・!外道な…!!」
「貴女は、どうなさるおつもりでしょう…?この坊主と共に、死にますか?」
ぎらりと光る鎌の刃を、黒い影に向ける。陽動として誘いこんでいる光秀に対し、
「何故私に聞く・・・?」
冷たく言い放った言葉は、負傷している坊主達も然り、織田軍も呆気にとられた。
人の情念というものを感じさせない、声の抑揚と冷徹さ。
「お前達がはじめたことだ。私を巻き込むな・・・」
すると突然、強い突風が吹き、目を伏せた瞬間黒い影と紅い目は跡形も無く消えた。
「困りましたねぇ・・・逃げられてしまいました」
「あぁ・・・『夜叉』が、この世に解き放たれた…!貴様らに次いで、とんでもないバケモノを解き放ちおった…!」
「そんなに・・・あの女が恐ろしいのですか?」
「ふふ・・・もうこうなれば、この乱世に平穏は訪れぬ・・・せいぜい『夜叉』に喰われぬようにな・・・!!」
言葉を最後に、坊主は息絶えた。
「安心してください・・・あの方は、必ず手に入れますよ。そしてあの目、私の側に置きたい…!たとえ屍だろうとも、必ずこの手で・・・ククク、ハハハハハ…!!」
燃え盛る寺院から離れ、深い森の茂みの影には女性と子供、火におわれた怪我人たちがすすり泣いて集まっていた。
「うっ・・・うっ・・・!」
「痛い・・・痛いよぉ・・・」
これで全部か・・・
残りは織田に、逃げ遅れたものは火の餌食か・・・
「あの・・・」
私の袖を引っ張るのは今助けた童。
「助けてくれて・・・ありがとう!」
「・・・・・」
あどけない笑顔でこちらに向けてくる。
だがそれもつかの間、その童の母親らしき女性が引き連れ私から離れていく。
「近づいては駄目・・・!あの女は呪われているんだから…!」
「どうして?」
母親もしかり、周りの者は恐れと軽蔑を混じった視線を向けてくる。
これ以上の長居は無用だな・・・。