「はっ・・・」
「貴様が手を打っておるという策は、運んでおるのか?」
「上々にございます…効き目は、相手への耐久次第ですが、そう容易く破られはしません・・・その事で私をお呼びに?」
「我が求むのは『紅き夜叉』ぞ・・・光秀がよこしたものは黒き鬼ではないわ…」
「ククク・・・申しあげますと信長公。その『紅き夜叉』、なんの因果か奥州におります。事が運び次第、いずれ手に入りますでしょう・・・それに、私はあの者をよく知っている。私をお側に置かれることに、意義はないと思いますが・・・」
「黒き者よ…貴様は何を企む」
「ククッ…!信長公も人が悪い、初め御目にかかった貴方に、こう申し上げたはず・・・」
「“すべての戦に、勝利を与えるもの”と・・・」
「愚かな・・・いつまでもそのような世迷言を、欺こうとしても無駄ぞ」
「ならば、素性もわからぬ者を配下に置くとはもってのほか…信長公の真意は何故に?」
「・・・失せよ」
「ククク・・・策は動きはじめました。後は、哀れな“生成り”に任せましょう・・・」
夜の帳に、不気味に静寂へと包まれる奥州。
時は子の刻。
この日は涼しい緩やかな風が吹いている。伊達政宗の屋敷で夜明一人、目をつむり片手を刀印の形に結び中庭に佇んでいた。
水の音・・・屋敷を囲んで四方に水路が流れている…
この土地は水が豊富だ。京都の地下水も然り、豊かな土地だ。
この屋敷全体の気の流れは特に問題なし・・・。
やはり、あの国主から漂うモノが原因か。
丑の刻まで後二刻、それまで幽鬼の正体と理を解かなければ。
「troublesome…頼まれたもんを持ってきたぜ」
瞑想にふけっていた夜明に声をかけたのは、武装をしている政宗だった。
「真新しい白い縄に、大量の塩だ」
数人の兵が持ってきた荷車に積み込んだ木箱の中を確認する夜明。縄を手に持ち横にビンと張る。
「うん、強度も申し分ない。これなら使えそうだ。・・・起きた後だ、首の方は、まだ痛むか?」
「ん、いや?ただ跡が残るってもんは胸糞悪ィ」
己の首を触るさきに締められた痕がまだついている。
「幽鬼を追い払えば消える。辛抱してくれ。刀は持ってきたな」
視線を政宗の腰辺りに移す。勘付いたのか、刀を隠すように手で触れた。
「一つ聞く。俺の六の爪も、幽鬼退治に必要なのか?」
「それは見てからの話だ。だから、見せてほしい」
手を差し出す彼女に対し、いぶかしげな表情を見せる。
「これはあまり他人(ひと)の手にはやりたくねぇんだ。特に、今日会ったばかりのアンタにはな」
“今更何言ってんだ”
刹那、二人だけのはずが突然声が響き渡る。その声を聞いた瞬間、政宗は身構えた。
「What!?何なんだ今の・・・!?」
「ああ、丁度帰ってきたか」
「ああ?」
すると、つむじ風が吹き荒れ勢いが増すと、その中から人影が見えた。それが段々と鮮明になると周りのつむじ風も治まり、一人の青年が現れた。年相応で見ると政宗と変わらない。しかし、容貌が人とはいかにも違っていた。一目につく白銀の髪に、黄金色の瞳。頭に獣の耳がぴくぴくと動き、頬にかけて爪痕のような青い模様が目立つ。
「私の式神、銀(しろがね)だ」
「式神だァ?」
「陰陽師が使役する業の一つでしょう」
すると廊下の角から姿を現したのは、小十郎だった。
「ほぅ、意外と詳しいな」
「お前が飯を食っている間、色々調べていた。人形を使った呪術や、人を惑わす術、箱の中身を当てる透視能力。どれもこれも芸じみたものばかりだったがな」
その言葉に気に障ったのか、銀は小十郎に向けて話しを割り込んだ。
「お前、俺の主の癒術(ゆじゅつ)を目の前にしてまだ疑うのか?」
「馬の傷を治したところで、たやすく信じる俺ではない」
「なんだと、この人間…!」
「よせ銀。ここで言い争っている場合じゃないだろう。外の様子はどうだった?」
「あ、おう。特に怪しい人間や場所とか見当たらなかったぜ。二重結界する必要はないんじゃないか?」
「そうか。しかし念のためだ、結界は張っておく。儀式の準備をするぞ」
「はぁ~、御意」
しぶしぶと箱から白縄を取出し、儀式の準備とやらにとりかかった。
「さてと、話の途中だったが、刀を拝見させてもらおうか」
「…聞いてなかったのか?これはそう易々と渡せる代物じゃねぇ。刀は侍の魂!陰陽師が刀を振るえるimageもねぇしな」
「もっともな意見だ。だが剣は時として、今日行う祓えで神聖なものとして扱われる。そう捉えれば見方は変わるんじゃないか?」
政宗は押し黙っていたが、六の爪のうち一本を差し出した。
「政宗さま…!」
「話が分かる人で良かった。誰かさんと違って」
刀を受け取ろうと鞘に手をかけたその時、
「忘れんじゃねぇ、こっちはあくまでアンタの言い分を飲んでんだ。神聖なものなら、ぞんざいに扱うなよ」
「心得ている」
両の手で丁寧に受け取ると、まじまじと刀剣を見据えた。
「では失礼して、すぐ終わる」
くるりと後ろを向き、その場から離れていった。
「!おい、すぐ終わるってなにをだ…」
バリバリッ・・・!
刹那、柄を掴んだ瞬間、刀から青い電撃が走った。
「what…!?」
それに驚く様子もなく、迸る刀剣をためらわず引き抜いた。鞘と刃がこすれ、シュリンと音が鳴り響く。
「ふむ、良い刀だ。曇り一つない刃に、雷の如く荒々しい見事な刃紋…刀は持ち主を選ぶというが、まさにその通りらしい」
小十郎(政宗さまの雷を、いとも簡単に出せるのか…!?いや、今更あの噺を聞いて驚くことはない、か・・・)
―――――政宗を床につかせた跡、小十郎と夜明は軒の外に出ていた。
「“生成り”・・・?」
「フゥー・・・そう、生成り」
夜明は何処からともなく取り出した煙管を吹かし、そう告げた。
「あの、能面のか?」
「へぇ、よく知っているな。『生成り』または『成りかかり』とも呼ぶそれは、般若の一歩手前の状態を指し示す。つまり半分人間で、半分鬼ということだ」
「そいつが政宗様を苦しめているっていうのか」
「ああ、大方な・・・」
(確信はもてないが、解せない問題がありすぎる・・・ましてや幽鬼で、生成りなんて前例がない。そしてもっとも解せないのが・・・)
「クソッ!生きてる人間なら叩斬ってやれるんだが…!」
「それだ!」
ピッと煙管を小十郎に指す。
「!何がだ…?」
「生成りは本来、生きている女が為るものなんだ。だけどあの生成りは、死んでいる。亡者が生成りになるはずがない」
小十郎はただぽかんと彼女の弁論を聞いているだけであった。
「あー、クソッ!こんなことならもっと幽鬼について勤勉しておくべきだった…!」
「だが奴の、倒し方は知っているんだろう?」
「あぁ、祟り系なら浄化の祓えを用いることが出来るんだが」
「・・・母親」
「ん?」
「なぜ、母親と?その生成りと、関係があるのか」
「・・・関係もまだしも、生成りが政宗の母親だと思っている」
「!?なんだと・・・!?デタラメ言うんじゃねぇ!あの奥方様が、化けて出たっていうのか!!」
「そう考えるのが妥当だな。このご時世、陰陽師からしちゃ何も珍しくも無い」
その言葉に怒りの沸点を超えたのか、小十郎は刀を抜き夜明に向かってなぎ払おうとした。
ガキンッ・・・!
すると夜明は左手で持っていたキセルで、襲ってくる刃を防いだ。
「なっ・・・!?」
「フゥー・・・あてられたか、片倉小十郎」
こいつ・・・煙管どころか、なんて力だ・・・!!
「主君が大事なときに、あからさまに刃をふるうのが右腕の本業だったか。私の言葉に一々癪に障るのは致し方ないが、」
ギギッ・・・(煙管を押し出すと刀身が動く)
「そう眩んでいては、目の前の大切なものを失くすことになるぞ・・・」
ギッと睨む彼女の目の奥から、一瞬光ったように見えた。その光に、我に返る小十郎。よろっと身体をくずし、刀を煙管から離した。
「はぁっ・・・はぁっ・・・!!俺は、一体・・・!」
「澱んだ空気、所謂瘴気にあてられたんだ。あやかし特有のな。多少煙で薄めたから、もうさっきのようにはならない」
煙というのは、先ほど吸っていた煙管の煙らしい。薄い煙幕がその場に取り巻いている。
「・・・いつのまに、我を失っていた…」
「政宗が気を失った時からだな」
「!あのときか」
夜明の首元に刀の柄を当てたときから、瘴気は出ていたのだ。
コンッ・・・(煙管の火種を地面に落とす)
「これは相当厳しい祓えになるな。報酬くらいだしてもらわなきゃ命がいくつあっても足りない」
「・・・蘇芳夜明」
刀を納め、うなだれた顔を上げると気難しい表情を向けた。
「こいつは俺の、いや侍の専門じゃねぇ。政宗様を守り通すのが俺の役目だ。お前の陰陽師の力で、政宗様から生成りを取り払ってくれ・・・!」
「・・・・・」