新エリー都とA・U・O   作:ナゴン

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スタレのfateコラボを終えて思いついた後悔はない。


第1話 パエトーンと邪兎屋とA・U・O

 新エリー都の夜は、いつだって狂った色彩に満ちている。

 空を覆う巨大なホロウの影、そこから漏れ出すエーテル光球の妖しい紫、そして地上を埋め尽くす下俗なネオンサインの洪水。人工の光が網膜をチカチカと灼く街の片隅で、六分街の路地裏は、奇妙なほど静まり返っていた。

 

 その一角に佇むビデオ屋『Random Play』の店内は、外界の喧響を遮断したノスタルジーの箱庭だ。

 棚に整然と並ぶ、今や旧文明の遺物となりつつあるVHSテープの山。カウンターの奥で頼りなく回る古い扇風機の羽。そして、どこか古びたポップスのメロディが、スピーカーから小さく流れている。新エリー都という、明日をも知れぬ絶望の都において、この場所だけは時間が止まっているかのように穏やかだった。

 

 カウンターの奥で、アキラは古ぼけた帳簿に目を落とし、電子ペンをリズミカルに叩いていた。 店の経営状態は、良くも悪くもない。時折、映画マニアのレイダーや、物好きな治安局の職員がやってきては、古い名作を借りていく。それがこの店の表の顔だった。だが、彼の頭の中にあるのは、今月の売上金のことではない。彼の視線は、帳簿の端に映る、隠しディスプレイの文字列に向けられていた。

 

 インターノット。

 新エリー都の裏社会を繋ぐ、巨大な情報ネットワーク。アキラとその妹であるリンは、その深淵で『パエトーン』という名を冠し、ホロウの闇をナビゲートする特別な存在として生きている。だが、表向きはただのビデオ屋の店員だ。その境界線を維持することこそが、彼らの生存戦略だった。

 

 平和な静寂を破ったのは、乱暴に跳ね上がった店の自動ドアの音だった。

 

「ちょっと!アキラ、リン!大変よ、今すぐお店の鍵を閉めてちょうだい!文字通り『人生一発逆転』の、とんでもない美味しい話が転がり込んできたんだから!」

 

 トレードマークのピンクの髪を振り乱し、息を切らせてカウンターに飛び込んできたのは、民間専門組織『邪兎屋』のボス、ニコだった。その背後には、いつものように冷静な、しかしどこか警戒を怠らない目付きのアンビーが、マイペースにジャンクフードの袋を抱えたまま静かに続いてくる。そして最後尾から、派手な赤いレザージャケットを羽織った知能生命体ビリーが、二挺の愛銃を大袈裟に回しながら滑り込んできた。

 

「ハーッハッハ!店長!今夜の邪兎屋はいつもと一味違うぜ?なんたって、スターライトナイトの限定ゴールドフィギュアを千体買ってもお釣りが来るレベルの大仕事だからな!ついに俺たちにも、主役級のスポットライトが回ってきたってわけだ!」

 

「ビリー、アンタのフィギュア基準で話すんじゃないわよ!……いいからこれを見て、プロキシ!」

 

 ニコはビリーの頭を軽く小突くと、自身のスマート端末をカウンターに叩きつけるようにして画面を提示した。画面に映し出されていたのは、どこかのホロウ内部の、ひどく画質の荒い隠し撮り映像だった。

 

 そこには、新エリー都の治安局や大企業が血眼になって集めている『エーテル結晶』とは明らかに一線を画す、妖しい黄金の輝きを放つ「槍のような物体」が、地面に深く突き刺さっている光景が記録されていた。

 

「これ、ただの武器じゃないわ。ホロウの超高濃度汚染区域で見つかった『旧文明の遺物』――いや、それどころか、既存のエーテル工学の歴史を根底からひっくり返すレベルの、未知の構造を持ったお宝なんですって。今、インターノットの裏スレッドはこの話題でもちきりよ」

 

「未知の構造……? でも、ホロウの中にある遺物なんて、大半はエーテルに汚染されたただのジャンクか、良くて高価値の結晶体だろう」

 

 アキラが不審げに画面を見つめる中、隣から覗き込んでいたリンが、端末のさらに深い階層の書き込みを見つけて声をあげた。

 

「あ、お兄ちゃん、これ見て。ただのお宝発見の噂じゃないみたい。この黄金の武器が眠る場所の近くには、決まって『謎の金髪の青年』の影があるって書かれてる。防護服もなしにホロウの最深部を平然と歩いていて、気がつくといつの間にか消えてるんだって。裏社会のレイダーたちの間では、お宝の付近にいつも現れる、絶対に近づいてはいけない謎の人物として都市伝説になってるよ」

 

「そう、それよ!」

 

 ニコが鼻息を荒くして身を乗り出す。

 

「誰もその男の正体を知らない。どの陣営にも属してない。ただ、圧倒的な富の気配を纏って、気まぐれにホロウを散歩している。つまり、その黄金のお宝は、その男と何かしら深い関係があるってことよ!これ一本手に入れて裏ルートで売り飛ばせば、邪兎屋の今月の赤字どころか、この六分街を丸ごと買い取れるくらいのディニーになるのよ! アキラ、リン、お願い!パエトーンのナビゲートがあれば、その謎の男に見つかる前に、先回りで一本くらいかすめ取れるはずでしょ!?」

 

 ニコは必死に手を合わせ、強欲と必死さが入り混じった目でアキラとリンを見つめた。ビリーも「頼むぜ店長! 俺たちの輝かしい未来がかかってんだ!」と親指を立てて調子よく笑う。

 

 アキラはリンと視線を交わし、困惑したように息を吐いた。

 

「そこまで言うなら、調査だけだよ、ニコ。絶対に無理な戦闘は避けてくれ」

 

「そうこなくっちゃ、さすがアタシの頼れるプロキシ!」

 

 アキラはバックヤードへと移動し、パエトーン専用の接続デバイスを起動させる。今回はアキラが意識を送り、リンが現実側からデータサポートを行う手筈だ。

 アキラの意識が現実を離れ、パエトーン専用の特別なボンプ『イアス』の機体へと完全に同調(シンクロ)していく。視界が切り替わり、イアスの感覚がアキラの肉体そのものとなった。

 

 今回の標的は、六分街の近郊に突如として発生した、汚染度『カテゴリー4』の中規模ホロウ。 その最深部に、既存のどのエーテル兵器とも異なる、未知の黄金のエネルギー反応が観測されていた。

 

「接続完了。アンビー、ビリー、調子はどうだい?」

 

 アキラがイアスの体を動かして見上げると、ホロウ独特の紫色の霧に包まれたニコ、アンビー、ビリーの3人が戦闘態勢を整えていた。イアスの頭の横では、リンからのバックアップデータが小さなホログラムとして明滅している。

 

「問題ない。ただし、空気中のエーテル濃度が通常より三分の一ほど高い。空間の歪みも不規則。何より……」

 

 アンビーはトレードマークの片手剣を強く握り締め、周囲の闇を油断なく見据えていた。

 

「先ほどから、ホロウ特有の不快感とは違う……『誰かに常に見下ろされている』ような、奇妙な肌の痒みを感じる、プロキシ」

 

「へへ、アンビーは考えすぎだぜ!もしその怪しい奴が現れたって、俺の『娘たち』が火を噴けばイチコロよ!さあ店長、サクッと宝のありかまで案内してくれよな!」

 

 ビリーは調子よく二挺のリボルバーを回して銃口に息を吹きかけたが、そのセンサーアイはどこか落ち着きなく周囲を捉えていた。

 

「気のせいよ、気のせい!目の前にディニーの山がぶら下がってるのよ、緊張して当然じゃない! プロキシ、ナビを頼むわ!」

 

「了解。ニコ、正面のエリアにエーテリアスの反応多数。左の崩落したビルの影を抜けて、地下鉄のコンコースに降りよう。そこに最短のルートがある」

 

 イアスの姿をしたアキラは、ホロウ内部の空間の歪みをパエトーンの直感で見極め、先頭に立って3人を導いた。

 襲いかかってくるエーテリアスを、アンビーが鋭い斬撃で切り伏せ、ビリーがアクロバティックな銃撃で撃ち抜いていく。普段はコミカルな邪兎屋だが、ひとたび戦闘になればその実力は本物だ。アキラはイアスを操作しながら、空間を流れるエネルギーの数値を読み取っていたが、奥へ進むほどに奇妙な挙動を示し始めていることに気づいた。

 

「……おかしいな。ホロウの汚染度が、中心に向かって綺麗に『減衰』している……?」

 

 現実側から通信を繋いでいるリンが、怪訝そうにノイズ混じりの声をあげた。

 

「どういうことだい、リン?」

 

「通常、ホロウの中心部は最もエーテル濃度が高くて危険なはずなんだけど……このエリアは違うの。まるで、中心にある『何か』が、ホロウの汚染そのものを力ずくで押し返して、空間を無理やり固定しているみたい」

 

 それは、既存のエーテル工学の常識を完全に無視した超常現象だった。

 やがて、アキラたち一行は地下鉄の最深部、かつての巨大な駅前広場であったと思われる、開けたドーム状の空間へと辿り着いた。周囲の壁はボロボロに風化し、不気味なエーテルの結晶がツララのように垂れ下がっている。

 

 だが、その空間の中央だけは、異様なまでの輝きに満ちていた。

 

「……あった。あれよ、間違いないわ!」

 

 ニコが狂喜の声をあげる。

 崩落したコンクリートの瓦礫の真ん中、まるで最初からそこにあったかのように、一本の『黄金の三叉戟』が深く突き刺さっていた。新エリー都のどんなハイテク兵器よりも洗練され、神々しいまでの幾何学的な装飾が施されたその美しさは、見る者の魂を奪うほどの魔力を持っていた。

 

「信じられない……。これ、結晶のエネルギーじゃないわ。純粋な、剥き出しの『力』そのものが形を成しているみたい……!」

 

 ニコは我を忘れたように、黄金の戟へと一歩、また一歩と近づいていく。

 イアスの体を揺らし、アキラはその戟に近づこうとしたが、その瞬間にパエトーンとしてのシステムが、おぞましいまでの異常アラートを脳内に直接叩き込んできた。

 

「待て、ニコ! 近付いてはダメだ!」

 

「ニコ、離れて!」

 

 アキラの叫びと、アンビーの鋭い警告の声が、ドーム内に同時に響き渡った。

 

「上空から、何かが、質量不明の高エネルギー体が急速に接近している!」

 

「え!? 上って……ここは地下よ!?」

 

 ニコが仰天して見上げた瞬間。

 

 ドームの強固な天井が、まるで紙切れのように一瞬で弾け飛んだ。破壊されたのではない。空間そのものが、まるで何かの刃によって『切り開かれた』のだ。

 降り注ぐ瓦礫の雨の中、その裂け目から漏れ出したのは、息を呑むほどに鮮やかな、圧倒的な黄金の光輝だった。

 

 その光の中心、空中を平然と踏みしめるようにして、一人の男がゆっくりと舞い降りてきた。 まばゆい金髪を傲然と揺らし、ストリート系の高級ブランドを纏った青年。その赤い瞳は、地上に群がる人間たちを、まるで肥溜めに這い回る虫ケラのように冷酷に見下ろしていた。

 

 都市伝説の噂通り、お宝の目前に現れた、圧倒的な覇気を放つ謎の人物。

 

「――不愉快だな。我が財の残滓が、このような泥の底に落ちておるだけでも業腹だというのに。どこの馬の骨とも知れぬ雑種が、その汚らわしい手で品定めしようとはな」

 

 男の声が響いた瞬間、空間のエーテル気流が完全に静止した。

 

 ギルガメッシュ。

 

 その絶対的な姿を前に、ニコ、アンビー、ビリー、そしてボンプの体と同調しているアキラと、画面越しにそれを見るリンは、呼吸をすることさえ忘れて硬直するしかなかった。

 

 

 地下鉄の最深部に広がるドーム状の空間は、上空から降臨した金髪の青年――ギルガメッシュが放つ、おぞましいほどのプレッシャーによって完全に支配されていた。

 

 彼が一歩、瓦礫を踏みしめて前へ進むたびに、空間そのものの質量が跳ね上がるかのような錯覚を覚える。ホロウ独特の不快なエーテル気流さえもが、彼の存在に恐れをなしたように、ピタリと動きを止めていた。

 

 ボンプ『イアス』の体と同調しているアキラの脳内には、パエトーンのシステムを通じて「計測不能」のアラートが狂ったように鳴り響いている。

 ニコはあまりの恐怖に息を呑み、自慢の武器を握る手を小刻みに震わせていた。 そしてビリーは、愛用の二挺のリボルバーの銃口を青年へと向けたまま、サイボーグのセンサーアイを限界まで鋭くさせていた。

 

「おいおい……冗談だろ……。なぁ店長、ニコの親分、アンビー。俺のセンサーのバグじゃなきゃ、目の前にいる奴、ホロウの汚染を完全に『ゼロ』にしてやがるぞ……? 特撮のラスボスでも、もうちょっと手加減って奴を知ってるぜ……!」

 

 ビリーの声からは、いつものちゃらんぽらんな軽薄さが完全に消え失せていた。彼のアキラに対する呼び方である「店長」という言葉も、今は張り詰めた空気の中でひどく重く響く。

 

 ギルガメッシュは、銃口を向けられていることなど最初から視界に入っていないかのように、不遜な笑みを浮かべたまま、地面に突き刺さる『黄金の三叉戟』へと歩を進めた。

 

「ふん。我が流れ着いたこの泥の都に、何があるかと思えば……。数多の雑種どもが、我の財の残滓を『お宝』などと呼んで浅ましく奪い合っておるではないか。身の程を知らぬネズミめ。我が財は、貴様らのような下俗な小市民が触れてよいものではないわ」

 

 尊大にして容赦のない切り捨て。彼の言葉は、新エリー都の誰もが追い求める遺物や結晶、そしてそれを巡る人間の営みそのものを、最初から価値のないゴミ屑として一蹴していた。

 ニコはお宝を目の前にして、恐怖を強欲が辛うじて上回ったのか、震える声を絞り出した。

 

「ちょっと……アンタ、誰よ……!そこにあるのはアタシたち邪兎屋が先に見つけたお宝よ!どこの馬の骨だか知らないけど、横取りは許さないんだから……!」

 

「ニコ、やめておけ!刺激するな!」

 

 イアスの体を揺らし、アキラは通信を通じてニコを制止しようとした。しかし、ギルガメッシュの燃えるような赤い瞳が、冷酷な光を宿してニコへと向けられる。

 

「横取り、だと?笑わせるな、雌狐。元よりこれらはすべて、我が宝物庫に収められていた至高の財。それがこの世界の歪みとやらに巻き込まれ、一時的に我が手を離れたに過ぎん。天に属する我が財を、地を這う虫ケラが己のものと言い張るか。その強欲さ、滑稽を通り越して哀れだな」

 

 ギルガメッシュは無造作に手を伸ばすと、地面に深く突き刺さっていた黄金の三叉戟の柄を掴んだ。

 その瞬間、ドーム全体がまばゆい黄金の光に包まれる。 ――その光の隙を、アンビーは見逃さなかった。

 

 彼女はトレードマークの片手剣を強く握り締め、驚異的な爆発力で地面を蹴った。一瞬でギルガメッシュの死角へと回り込み、刃を振り下ろそうとした、まさにその刹那。

 

 ギルガメッシュは視線すら向けず、ただ指先を微かに動かした。

 

 ズドォン!!

 

 アンビーが彼に到達する寸前、彼女のつま先の僅か数ミリ先の地面が、凄まじい衝撃と共に爆砕した。

 

 巻き上がった衝撃波に弾かれ、アンビーは激しく地面を転がりながら後方へと退く。刀を地面に突き立てて辛うじて体勢を立て直した彼女の顔は、驚愕に染まっていた。彼女の直感や鋭い戦闘本能を以てしても、今の一撃の軌跡が、文字通り『何も見えなかった』のだ。

 

「……アンビー!」

 

 ニコとビリーが青ざめて叫ぶ。アンビーは荒い息を吐きながら、突き刺さった衝撃の跡を見つめ、小刻みに震える声で呟いた。

 

「……予備動作も、エーテル気流の乱れも、攻撃の軌道すら……何も見えなかった。……プロキシ先生、この男は、戦って勝てる次元の相手じゃない……」

 

 冷徹な戦闘のプロであるアンビーのその言葉に、邪兎屋の一同は完全に凍りついた。

 ギルガメッシュはゆっくりと黄金の戟を地中から引き抜くと、空間を削るようにして無造作にその身へと回収した。そして、硬直する一行を底冷えのする赤い両眸で見下ろし、冷酷に言い放った。

 

「――次はない。我が温情を二度試すなよ、雑種ども」

 

 その一言には、新エリー都のどんな支配者層よりも冷徹な、絶対的な拒絶の意志が込められていた。

 

 ニコは目の前でお宝が消滅したショックと、あまりの恐怖にガタガタと震えて床に膝をつき、ビリーも構えていた銃口を、本能的な恐怖のままにゆっくりと下ろした。

 ギルガメッシュの興味は、すでに彼らから逸れていた。彼の鋭い視線は、邪兎屋の三人の中心に佇む、ウサギ型のボンプ『イアス』の姿をじっと見据えていた。

 

 イアスの電子アイの奥、その視覚と聴覚を共有しているアキラの存在を、まるで魂の輪郭ごと捉えるかのような不気味な視線だった。

 

「……ほう。そこの出来損ないの人形(ボンプ)。貴様、ただの雑種ではないな。暗がりの底で必死に這い回り、蜘蛛のように糸を引く者か。他者を導くなどと大言を吐きながら、己自身がどこへ向かっているかも知らぬ盲目め。……クハハ、良いぞ。貴様らがどれほど深く、この忌々しい大穴(ホロウ)の底へ潜ろうが我が知ったことではない。だが、分を弁えぬ『知恵』を抱えたまま闇を進めば、いずれその足元ごと、すべてを灼き尽くされる結末が待っているぞ?」

 

 不気味なトーンで紡がれる言葉。それは予言であり、同時に彼らにとっての破滅を楽しみにしているかのような、絶対的な強者の余裕に満ちていた。

 イアスの姿をしたアキラは、何も答えられなかった。正体を言い当てられたわけではない。しかし、その抽象的な言葉は、まるで自分たちが大きな運命の糸を操っていることを見透かしているかのような、妙な恐ろしさを孕んでいた。

 

 ギルガメッシュは不敵な高笑いをあげた。

 

「クハハハ! 賢明だな、雑種ども。我が暇潰しのために眺める喜劇の役者としては、及第点をくれてやろう。この世界の終わりとやらがどのような結末を迎えるか、我は特等席の観客として、精々愉しませてもらうとしよう。貴様らのその滑稽な足掻き、途中で飽きさせるなよ?」

 

 それだけ言い残すと、ギルガメッシュは満足したように身を翻した。彼が闇の向こうへと消え去ると同時に、空間を支配していた圧倒的な重圧が、嘘のように霧散していった。 残されたのは、崩落した地下鉄の瓦礫と、激しい脱力感に襲われる邪兎屋の三人、 そしてイアスの姿をしたアキラだけだった。

 

 

 六分街の夜は、相変わらず気怠いネオンの光に満ちていた。 ホロウの境界線からほうほうの体で逃げ出し、ビデオ屋『Random Play』のバックヤードへと転がり込んだ邪兎屋の三人は、ソファーに泥のように沈み込んでいた。

 

 アキラもまた、ボンプ『イアス』との感覚同調を解除し、現実の肉体へと意識を戻した。椅子から立ち上がった彼の背中は、冷や汗でぐっしょりと濡れている。コンソールデスクの前に座るリンも、モニターのログを消去する手が、まだ微かに震えていた。

 

「……信じられない。あんな怪物、新エリー都のどこを探したっていやしないわよ。アタシのお宝を横取りした挙句、アンビーの攻撃をノーモーションで弾くなんて……!」

 

 ニコは普段の強気な態度をすっかり失い、抱き枕のようにソファーのクッションを凝視しながら、恨めしそうに声を絞り出した。邪兎屋の今月の赤字どころか、人生をひっくり返すはずだった黄金の三叉戟。それが一瞬にして消え去った喪失感と、死の寸前まで追い詰められた恐怖が、彼女の脳裏から離れないのだ。

 

 アンビーはソファーの隅で、自分の片手剣の刃をじっと見つめていた。刃に目立った傷はない。しかし、彼女の驚異的な反射神経を以てしても、あの時、何が自分の足元を爆砕したのかが全く理解できていなかった。

 

「エーテル気流の変動がなかっただけじゃない。あの男、筋繊維の収縮も、視線の移動も、一切の予備動作を行っていなかった。……プロキシ先生、思い出すだけで、思考回路にノイズが走る。あんな戦い方は、この世界のいかなる白兵戦の理論にも該当しない」

 

「全くだぜ……。俺も、あの男に銃口を向けた瞬間、安全装置が勝手に作動したみたいにトリガーが重くなりやがった。スターライトナイトの劇中に出てくる『暗黒星雲の支配者』だって、もうちょっと愛嬌があるってのになぁ……」

 

 ビリーは赤いレザージャケットの襟を引っ張り、いつものように軽口を叩こうとするが、その声のトーンはひどく低かった。彼のアキラに対する「店長」という気さくな呼び方も、今はバックヤードの重苦しい空気に吸い込まれていく。

 

 アキラはカウンターから持ってきた安物の紙コップの水を一同に配りながら、腕を組んで考え込んでいた。

 

「二人とも、無事で本当に良かった。……ニコ、あの男が去り際に言った言葉、覚えているか? 『分を弁えぬ知恵を抱えたまま闇を進めば、いずれすべてを灼き尽くされる』って」

 

「覚えてるわよ、あんな胸糞悪い予言!アタシたちがプロキシだって直接言ったわけじゃないけど……まるで、アタシたちがこの街の裏で何をして、これからどこに向かおうとしてるのかを全部知ってるみたいな言い方だったわ。思い出すだけで鳥肌が立つっての」

 

 ニコは配られた水を一気に飲み干し、不快そうに顔をしかめた。

 アキラとリンの胸中にも、同じ不気味な違和感が澱のように沈んでいた。正体を暴かれたわけではない。しかし、あの金髪の青年――ギルガメッシュが放った言葉の端々には、自分たちが『パエトーン』としてホロウの秘密や世界の理に近づこうとしていることへの、冷酷なまでの見透かしが含まれていた。

 

 彼は新エリー都の秩序にも、ホロウの脅威にも興味がない。ただ、その混沌の最中にいる人間たちの足掻きを「喜劇」として楽しむために、特等席の観客としてそこに君臨している。

 

「……とにかく、あの黄金の武器が眠る場所には、あの男が必ず現れる。裏社会の噂は本当だったんだ。ニコ、しばらくあのエリアの調査は見合わせよう。僕たちのナビゲートでも、あの男の目をごまかすのは不可能だ」

 

「わかってるわよ……。アタシだって命は惜しいわ。……はぁ、それにしても大赤字よ、大赤字! 今回の発掘のために用意した予備のバッテリー代、どうすんのよ!」

 

 ニコが再びソファーに突っ伏して嘆き始めた、その時だった。

 

 ――チリン、とレトロなドアベルの音が、表の店舗から響いてきた。

 

 アキラとリンは本能的に肩を震わせ、顔を見合わせた。時計の針はすでに深夜の営業時間を回っている。こんな時間に、六分街のしがないビデオ屋にやってくる客など、そうそういるはずがなかった。

 

 アキラはバックヤードのカーテンをそっと開け、薄暗い店舗の様子を窺った。

 自動ドアが静かに滑り開き、そこから一人の人物が悠然と足を踏み入れてくるのが見えた。

 

「げっ……」

 

 アキラの口から、情けない呻き声が漏れた。

 まばゆいばかりの金髪。夜の六分街には場違いなほどに洗練された、現代のストリート系の超高級ブランドを完璧に着崩した衣服。そして、ガラス玉のように冷酷で、同時に燃え盛る炎のように赤い、鋭い両眸。

 

 さっきまで、ホロウの最深部で自分たちを死の恐怖に陥れた張本人――ギルガメッシュが、何食わぬ顔で『Random Play』の店内に立っていたのだ。

 

「お、お兄ちゃん……嘘でしょ……?」

 

 後ろから覗き込んだリンが、声を失ってアキラの袖を強く引っ張る。

 バックヤードのソファーから「何よ、お客さん?」と顔を出したニコ、アンビー、ビリーの三人も、店内に佇むその姿を目撃した瞬間、文字通り石像のように完全に硬直した。ビリーのセンサーアイが、恐怖による過負荷で一瞬パチパチと火花を散らしたほどだ。

 

 しかし、ギルガメッシュは彼らの動揺など一顧だにせず、まるで自分の宮殿の書庫でも歩くかのような足取りで、ゆっくりとビデオの棚を眺めていた。ホロウの内部で見せたような圧倒的なエーテルの威圧感(プレッシャー)は、今は完全に消え失せている。表向きは、ただの「風変わりで尊大な、異常に雰囲気のある金持ちの客」そのものだった。

 

 彼はカウンターの前に立ち、ポケットに手を突っ込んだまま、引きつった笑顔で立つアキラを冷徹に見下ろした。

 

「ふん。薄汚い穴倉かと思えば、随分と埃臭い巣窟だな。おい、そこの雑種。我を退屈させぬ至高の映像を持て。……何だこの『カポエイラ・イン・ホロウ』というB級品は? 貴様らの眼識はその程度か」

 

 カウンターに置かれていた、ビリーが昨日返却したばかりのビデオテープを一瞥し、ギルガメッシュは底冷えのする声で鼻で笑った。

 先ほどホロウの底で顔を合わせた(アキラはボンプ越しだが)ばかりの男。しかし、その時とは打って変わって、ただの風変わりで尊大な客として振る舞う王。その赤い瞳の奥には、彼らの動転ぶりを最高に愉快なエンターテインメントとして楽しんでいる、最悪な悪意がギラギラと輝いていた。

 

 アキラは喉の奥の引きつりを必死に抑え、震える声をどうにか繋ぎ止めた。

 

「い、いらっしゃいませ。……あいにく、お客様のお気に召すような上等な作品は、うちの古い棚にはないかもしれません。うちは……ご覧の通り、しがないビデオ屋ですので」

 

「隠すな、とは言わん。貴様らがどれほど深く、あの忌々しい『大穴』の底へ潜ろうが我が知ったことではない、と先ほども言ったはずだ。我が愉しんでいるのは、貴様らが淹れたこの出がらしの茶が、意外にも我が喉を通るという事実、そして……」

 

 ギルガメッシュはそこで言葉を区切り、バックヤードのカーテンの隙間から、青ざめた顔でこちらを凝視しているニコ、アンビー、ビリーの三人へと、愉しげな視線を走らせた。

 

「我が財に目が眩み、泥の中で醜くのたうち回るネズミどもの、その滑稽な生き様よ。……だが、そこな雑種。貴様だけは、あの暗がりの底で随分とマシな『眼』をしておるようだな。空間の歪みを見極めるその手際、雑種の知恵にしては、ほんの僅かばかり我が退屈を凌ぐ価値がある」

 

 その言葉に、アキラの心臓がドクンと跳ね上がった。正体を直接言い当てられたわけではない。しかし、あのホロウ最深部でボンプ『イアス』を完璧に制御し、最適ルートを導き出していた自分たちの『技術』そのものを、この男は完全に評価しているのだ。

 

「……何のことでしょうか。うちはしがないビデオ屋ですよ」

 

「白々しい芝居は不要だ。我は貴様らの素性など興味はない。ただ、貴様らのホロウへの造詣、そしてその足掻きが、どこまで我が財を追い求められるか……。それを特等席で見物したくなっただけのこと」

 

 ギルガメッシュは満足したようにクハハと小さく笑うと、懐から見たこともない超古代の文様が刻まれた『黄金のアンティークコイン』を取り出し、カウンターへパチンと弾いた。

 

「これは前金だ。今後、あの忌々しい大穴を這い回る合間に、我が財の残滓……これと同じ輝きを放つ遺物を見つけ出し、我の元へと届けてみせよ。集めた数と価値に応じ、貴様らが夢にも思わぬ極上の『対価』を支払ってやる。……精々、治安局の犬どもに見つからぬよう、哀れに駆けずり回って我を愉しませるがよい。次なる喜劇の準備、退屈させるなよ?」

 

 それは予言ではなく、この世界で退屈する『王』がプロキシに与えた、傲慢で甘美なゲームの始まりだった。

 

 それだけ言い残すと、ギルガメッシュは身を翻し、ネオンの光が渦巻く六分街の夜へと、霧のように静かに消えていった。

 外界の雑音が嘘のように戻ってきても、店内の五人はしばらくの間、一歩も動くことができなかった。カウンターの上では、新エリー都のいかなる通貨とも違う、おぞましい価値を秘めた黄金のコインが、妖しく輝きを放ち続けている。

 

「……お、お兄ちゃん。あの金ピカさん、コイン置いていっちゃった……。それと、なんか、ホロウでの宝探しを依頼されちゃったみたいだけど……」

 

 リンが魂の抜けたような声で呟き、アキラは激しい脱力感と共にカウンターに両手をついた。

 

「あ、あぁ……とりあえず、ニコ。……このコイン、邪兎屋の今月の赤字の補填に使いなよ。ただし、治安局に見つからないように換金してくれ」

 

「……喜んで引き受けたいところだけど、アタシ、あの男が怖すぎて、そのコインに触るだけで寿命が十年縮みそうなんだけど……!でも……あの財宝を集めたら、もっとすごい報酬がもらえるってことよね……!?ねえプロキシ、アタシたちの契約、まだ有効よね!?」

 

  恐怖を瞬時に強欲で上書きしたニコが、目を爛々と輝かせて詰め寄ってくる。

  新エリー都の日常に現れる、不気味で、理不尽で、 そして最高にエゴイスティックな『王』。

 彼がもたらした未知の財宝収集という気まぐれな暇潰しに、アキラたちパエトーン、そして新エリー都の住人たちが本格的に巻き込まれていくのは、まさにここからだった。




なお、本作のA・U・Oはドラクエにおけるメダルおじさんポジション。
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