じりじりと肌を焼く不毛の太陽が、乾燥しきった郊外の地平線を白く霞ませていた。風が吹くたびに、細かな赤茶色の砂埃が舞い上がり、通り過ぎるすべてを容赦なく黄砂の外套で覆い尽くしていく。新エリー都の洗練されたコンクリートジャングルとは対極にある、法も秩序も届かない荒れ野――それがブレイズウッドを抱く、この「郊外」の日常だった。
ガタガタと、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない大型トラックのサスペンションが、荒れた未舗装の道路に激しく悲鳴を上げる。
「ふぅ……ようやく帰ってきましたわね。一週間以上もあの埃っぽい街道を走り続けるなんて、お肌にとっても精神衛生上にとっても最悪な業務でしたわ」
トラックの助手席で、愛用のアカシアの木で作られた特製の扇子をパタパタと忙しなく仰ぎながら、ルーシーことルシアナ・デ・モンテフィオーレは深く溜め息をついた。その身なりはさすがに長旅の疲れからか、こめかみのあたりにうっすらと疲労の影が滲んでいる。
「まあまあ、お嬢ちゃん、そう尖りなさんなって。新エリー都の連中から仕入れた高級チーズや乾燥スパイス、それにいくつかの新薬は、これからのチートピアの再建には絶対に欠かせない『ご馳走』になるんだからさ」
運転席で、気の抜けたような、しかしどこか絶対的な安心感を与えるのんびりとした口調でハンドルを握っているのは、パイパーだった。彼女は小さな身体で巨大なステアリングを器用に操り、絶妙なスロットルワークで悪路をいなしている。
「わかっていますわ。ダイナー『チートピア』をブレイズウッドで最も輝かしい、自由と活気に満ちた社交場へと生まれ変わらせる。そのためには、ただの肉と酒だけではなく、都会のスパイスや高品質な食材で『ここでしか味わえないムード』を作り出す必要がありますもの。そのための予算を算出するだけでも、私の細い指が何本あっても足りないくらい計算を繰り返したのですから」
ルーシーは不機嫌そうに唇を尖らせつつも、その視線の先にある「我が家」の姿を見つめていた。
前方に見えてきたのは、カリュドーンの子たちの生活の要であり、新たな覇者としての威信をかけて絶賛再建中のダイナー『チートピア』だ。まだきちんとした防音壁や自動ドアすら完備されていない、荒削りな木造と鉄骨が入り混じった無骨な建物。しかし、それでも彼らにとっては、砂漠の中に咲いた唯一無二のオアシスだった。
トラックがチートピアの前に停まり、砂煙が収まると同時に、ルーシーはすかさず車から降り立った。まずは今回の長旅の成果である物流の管理、そして留守中の売上金の確認をするため、彼女は足早にダイナーの入り口へと向かう。
「さあ、私が留守にしていた間、どれほどのディニーが金庫に貯まっているかしら。しっかり管理できているはずですわよね……?」
だが、ダイナーの暖簾代わりの布を押し分けて中に足を踏み入れた瞬間、ルーシーは違和感に足を止めた。
店内に漂うのは、焼き立てのジューシーな肉の香りと、お馴染みの特製ニトロフューエルのツンとした匂い――そこまではいつも通りだ。しかし、店内の空気が妙に冷え切っている。そして何より、カウンターの奥で調理器具を磨いていたスタッフたちの肩が、これ以上ないほどに小さく丸まっていた。
ルーシーの姿を認めた瞬間、チートピアの若手スタッフの一人が、まるで生き別れた母親に再会したかのような、涙目の表情で駆け寄ってきた。
「る、ルーシーさん! パイパーさん! お、お帰りなさいッス……! 待って、本当に待ってたッスよおぉ!」
「ちょっと、何ですのそのお見苦しい泣き顔は。まさか、私が留守の間に、トライアンフの残党か何かがここに勝ち込みでもかけてきたとでもおっしゃるのですか?」
ルーシーは眉をひそめ、身構えるように腰の猪たちに目配せを送った。カリュドーンの子が新たな覇者となって以来、彼らの利権や縄張りを狙う不届きな走り屋がいつ現れてもおかしくはない。
パイパーもまた、のんびりした表情を引き締め、トラックの荷台から武器を引き抜く準備を始める。
しかし、スタッフから返ってきたのは、全く予想もしていない奇妙な悲鳴だった。
「い、いえ、襲撃とかそういうのじゃないッス……! もっと、もっと恐ろしくて、理不尽な災害に襲われているようなものッス……!」
「は? 災害? はっきりおっしゃいな。何が起きましたの」
「今日、今日も……あの客の『無銭飲食』を、俺たちの力ではどうしても止めることができなかったんッスよおぉッ!」
「……は?」
ルーシーは扇子を握ったまま、完全に固まった。隣のパイパーも、口に咥えていたキャンディを思わず噛み砕きそうになりながら、首を傾げる。
「む、無銭飲食? たかが食い逃げの一件で、カリュドーンの子のダイナーのスタッフがそんなに怯えているというのですか? つまみ出して、砂漠の砂をたらふく食わせてやれば済む話でしょうに」
「それが、そんな簡単な相手じゃないんッス! とにかく、話を聞いてほしいッス……」
スタッフは涙を拭い、一週間前に遡る恐怖の出来事を、震える声で語り始めた。
それは、ルーシーとパイパーが運送業務のためにブレイズウッドを発った翌日の昼下がりのことだった。
チートピアの入り口から、およそこの埃っぽい郊外には似つかわしくない、異様な存在感を放つ人影が現れたという。
「とにかく、全身がやたらとピカピカしてたッス。髪は眩しいくらいの金髪で、着ている服も、新エリー都の最高級百貨店のショーウィンドウに並んでいるような、ストリート系のブランド物。見るからに気品があって、態度がデカくて……まるで自分の別荘にでも入ってくるかのように、堂々と店に入ってきたんッス」
「都会の観光客……? こんな寂れた郊外に、そんな物好きがよく来ましたわね」
ルーシーは腕を組み、不審げに鼻を鳴らす。
「そう思った俺たちは、これは絶好の商機だと思ったッス! 『ようこそ、ブレイズウッドへ! 郊外名物をふんだんに取り揃えたチートピアでの食事はいかがでしょうか!』って、おもてなしの精神で声をかけたッスよ。そしたら、その青年――いや、観光客は、ただそこに立っているだけなのに、周囲の空気が重くなるような、とんでもないプレッシャーを放ち始めたんッス。背筋が凍るような赤い瞳で俺たちをじっと見下ろして……」
スタッフの脳裏に、その時観光客が放った圧倒的な覇気が蘇り、彼は再び身震いした。
「それで、その観光客は何と言いましたの?」
「『……ふん。二輪の鉄屑を乗り回す羽虫どもの巣窟かと思えば、多少はまともな餌を出す準備があるようだな。よかろう、雑種。我が喉を潤し、腹を満たす栄誉を授けてやる。その薄汚い手で、精一杯の美味を差し出すが良い』……って、ものすごく尊大に言いのけたんッスよ! 俺たち、圧倒されちゃって、慌てて一番いい席に案内したッス」
「まあ、随分と上から目線な扱いですこと。それで、あなたたちは何を料理して出したのです?」
「うちの看板メニューの炭火焼き特大リブステーキと、ブレイズウッド特製の濃厚チーズピザ、それから最高の焼き加減に仕上げたコッパーポテトッス! 腕によりをかけて作ったッスよ!」
「それで? お味はお気に召さなかったかしら?」
「いえ、そこなんッスよ! その男、優雅にナイフとフォークを使って(そんなものうちの店には飾りにしかなかったのに、いつの間にか自分でどこからか取り出してたッス)、肉を一口食べたら、ふっと鼻で笑って『悪くない』って呟いたんッス! 好感触だと思って、俺たちもホッとしたんッスけど……そこからが地獄の始まりだったんッス……!」
「地獄?」
「食事が終わった後、感想を聞きにいったら、その男、うちの料理に対して、恐ろしいほどの精度で改善点を事細かに指摘し始めたんッス! 『肉の焼き加減は外側を焦がしすぎ、内部の脂の旨味を閉じ込めきれておらず、火力が強すぎる。チーズの熟成が浅く、塩角が立っており、この埃っぽい空気の塩分と競合して喉を無駄に渇かせる。ポテトの品種も、荒野の泥臭さが抜けきっておらん』……って!」
ルーシーは思わず目を丸くした。
「な、何ですのそれ。ただのうるさい
「でも、言っていることがあまりにも的確すぎて、プロの料理人でも気づかないような味の調和のズレを完璧に言い当ててたッス! 俺たちのシェフも『この人は只者じゃない、本物の王族か何かに違いない』って戦慄して、メモを取りながら『勉強になります! 次回来ていただくまでには必ず改善し、最高の満足をお届けします!』って活き活きと答えちゃったんッスよ」
「ふむ、そこまでは勉強熱心なスタッフと、耳の痛いアドバイスをくれる高貴なお客様、という美談に聞こえなくもありませんわね。で、問題の無銭飲食はどう繋がりますの?」
スタッフは涙をさらに溢れさせ、声を大にして訴えた。
「その男、『そうか、では明日には用意せよ』って尊大に言い放って、そのまま席を立って出口に向かったんッス! だから俺が『あ、あの、お客様! 明日までに改善するよう努力しますが、本日の分の……お支払いは!』って呼び止めたんッス! そうしたら……!」
「そうしたら?」
「あの男、こちらが息もできないほどの赤い眼光で睨みつけてきて、冷酷に言い放ったんッスよ。 『――痴れ者が。我を完璧に満足させることができぬ不完全な食べ物に、誰が
「はああああああっ!?」
ダイナー『チートピア』の店内に、ルーシーの怒りに満ちた金切り声が響き渡った。あまりの音量に、天井の埃がパラパラと落ちてくる。
「何ですのそれは!? 料理にダメ出しをしたから、アドバイス代として帳消し、どころかむしろこちらが金を払うべきだなんて、そんな屁理屈、どこの詐欺師の口から飛び出す戯言ですのよ!」
「それから、毎日、毎日来るんッスよ……! 毎日やってきては、シェフが寝る間も惜しんで改善した料理を食べて、また違う角度から事細かに、完璧なアドバイスを口にしながら『今日も我を満足させるには程遠い。よって不合格だ。明日までにさらに磨け』と言って、1ディニーも払わずに優雅に去っていくんッス……!」
「完全に味を占めてタダ飯を食いに来ていますわ、その男!」
ルーシーは怒りのあまり、持っていた扇子をカウンターに叩きつけた。彼女のこめかみにはピキピキと青筋が浮かび、自慢のストレートの髪が逆立ちそうなほどの憤慨を見せている。
「それで、チートピアの他の面々は何をしていたのです!? うちには、そんな不届き者を一撃で荒野の果てまで叩き出すバカ力の持ち主が余るほどいるでしょうに! シーザー! バーニス! ライト! 彼らはどこへ行ったのですの!」
スタッフはさらに気まずそうに、視線を泳がせながら白状した。
「そ、それが……
「あのアホ大将ぉぉぉぉぉっ!!」
ルーシーの絶叫が炸裂する。
「あのバカの『ツケ』なんて、どうせ最後は私がチームの共有金庫から相殺して、結果的にチートピアの純利益が消えるだけですわよ! どうしてあのイノシシ頭は、お金の流れという最低限の算数すら理解できませんの!?」
「そ、それからバーニスさんは……その金髪の男を見て『うわあ、ガソリンの炎みたいにピカピカしてて、最高にエモくてアツいね!』って大興奮して……。お近づきの印にって、お祝い用の『特製ニトロフューエル 覇者スペシャル』をジョッキで持ち出して、飲み比べを挑んだんッス。けど、その男、宝物庫(?)から取り出した見たこともない黄金の杯で、バーニスさんの度数の高い燃料酒を水みたいに涼しい顔で飲み干して完敗させちゃったんッス。バーニスさんは今、飲み過ぎの影響で完全に潰れて、店の奥のソファで『うぅぅ……頭が燃えるよぉ……』って真っ白になって寝込んでるッス……」
「バーニスもバーニスですわ! 燃料を飲み比べて自爆して寝込むなんて、何の戦力にもなってないではありませんの!」
「じゃあ、ライトはどうしたんだい? あいつは真面目だから、こういう不条理な踏み倒しは許さないと思うんだけど……」
パイパーが顎に手を当て、不思議そうに尋ねた。ライトはカリュドーンの子の「チャンピオン」であり、義理人情と規律を重んじる硬派な男だ。ダイナーの営業を妨害するような無銭飲食者を放置するとは思えない。
「ライトさんは、
「規律を守る方向性が完全に間違っていますわよ、あの石頭チャンピオン!!」
ルーシーの怒りはついに頂点に達した。
一週間、砂埃にまみれながら新エリー都との往復を繰り返し、必死に算盤を弾いて、チートピアの再建資金を稼いできたのだ。それなのに、自分が留守にしていた数日間の間に、身内はアホの大将のせいで食い逃げ犯と意気投合し、エースの着火魔は自爆して潰れ、チャンピオンは職務放棄に近い形での傍観。そして肝心のダイナーの売上は、ピカピカした尊大な「観光客」とやらのダメ出しと無銭飲食によって、毎日ただでさえ細い利益を削り取られている。
「ハァ……ハァ……。もう、我慢の限界ですわ。身内の怠慢も、その不届き極まる観光客とやらも、この私がまとめてとっちめて差し上げますわ!」
ルーシーは拳を固く握りしめ、チートピアの入り口の扉――まだ枠しかない、壊れかけたドアの向こう側の荒野を、燃えるような眼光で睨みつけた。
「お嬢ちゃん、本気かい? でも、シーザーが気に入ってるなら、あまり荒事を起こすと大将のメンツが……」
「メンツなど、チートピアの赤字の前には1ディニーーの価値もありませんわ! 明日、明日その男が再びこの店の暖簾をくぐった瞬間が、その男の不遜な無銭飲食ロードの終着駅ですわよ! 覚悟しなさいですわ、都会のピカピカ観光客!」
砂漠の夕陽が、激怒する令嬢の背中を真っ赤に染め上げていた。チートピアのスタッフたちは、その圧倒的な「金庫番の気迫」に、ギルガメッシュとはまた異なる恐怖を感じて平伏するしかなかった。
◇
翌日の昼下がり、郊外の焼け付く陽光をその身に反射させながら、ダイナー『チートピア』へと続く一本の轍の向こうから、きらきらと光り輝く人影が歩いてくるのが見えた。
それは、赤茶けた砂埃が舞うブレイズウッドにおいて、文字通り異次元から迷い込んだかのように浮き上がった不条理な光景だった。衣服は新エリー都の最高級ストリート系ブランドを気怠げに着崩し、眩いばかりの金髪を熱風に揺らしながら、傲然たる歩調で進む青年――英雄王ギルガメッシュである。
彼は足元に舞う砂塵すら己を避けていくかのような優雅さで、まだドアの枠組みしか完成していないチートピアの入り口へと、当然のように足を向けた。
「そこでお止まりあそばせ、この不届き極まる無銭飲食観光客さん!」
その行く手を阻むように、チートピアの入り口の前に立ちはだかり、鋭い声を上げたのがルーシーだった。
元お嬢様という経歴を持ちながらも、すっかりカリュドーンの子の無骨な空気とバイカー文化を自分のものにした、お馴染みの勝ち気なアクティブスタイルだ。
ルーシーは、肩に担いだ愛用の赤い金属バットをトン、と軽快に手のひらで受け止めると、ギルガメッシュを激しく睨みつけた。
彼女のすぐ後ろには、カリュドーンの子の「チャンピオン」であるライトが、愛用のオフロードバイクに跨ったまま、冷徹な眼光をヘルメットのシールド越しにギルガメッシュへと向けている。さらに大型トラック『アイアンタスク』の運転席からは、パイパーがいつものようにのんびりとキャンディを咥えながら、ハンドルを片手で握って事の顛末を眺めていた。
ギルガメッシュは歩みを止め、赤い切れ長の瞳をルーシーへと向けた。その表情にあるのは、ただひたすらな退屈と不快感だった。
「……ふん。我が至高なる食事の時間を、またしても知性の足りぬ羽虫どもが遮るか。よもや、我が舌を少しは満足させるだけの、まともな餌を用意したという報告ではあるまいな?」
「いい加減になさいですわ!」
ルーシーは激怒し、懐から細かく文字と数字が書き込まれた十数枚に及ぶ『チートピア領収書』の束を取り出すと、それを赤い金属バットの平らな面にペタピタと押し当て、ギルガメッシュの鼻先へと突きつけた。
「これはあなたがこの一週間にこの店で平らげた、特大リブステーキ、チーズピザ、コッパーポテト、それから熟成チーズと特製ニトロフューエル、すべての飲食代の請求書ですわ! 締めて合計、八万五千ディニー! 今この場で、きっちりと1ディニーの狂いもなく、全額支払っていただきますわよ!」
「フハハハハハハ!」
突如として、郊外の乾いた空気をびりびりと震わせるような、あまりにも尊大で愉快げな笑い声がギルガメッシュの唇から弾けた。
「戯言を。我が至高なる喉を潤し、腹を満たしてやったのだ。むしろお前たちのような雑種に、極上の美食に至るための『改善の極意』という光を授けてやった指導料を要求せぬだけ、我が慈悲に平伏すべきであろうに」
「そんな盗人猛々しい屁理屈、この郊外で通用すると思ってらっしゃいますの!?」
ルーシーはバットをぐっと握り直し、怒りのあまり息を荒くした。
「いいですの、ここは郊外。新エリー都の治安局の法律こそ届きませんが、代わりにここには、ここ独自の『絶対のルール』が存在しますの。――揉め事が起きたなら、すべては鉄馬の爆音とともに、荒野の
ルーシーは一歩前に踏み出し、背後の愛車であるサイドカー付きバイクのキックペダルを力強く踏み抜いた。瞬時に「ドウドウドウ!」と重厚なエンジン音が荒野に鳴り響く。
「私と、パイパーそして我がチームの若きチャンピオンであるライトと、バイクレースによる決闘を申し込みますわ! もし私たちが勝てば、これまでの飲食代をその高価そうな財布からきっちり全額支払うこと。――もし、あなたが勝てば……」
ルーシーは悔しそうにプリーツスカートを握りしめながらも、厳しい賭けの条件を口にした。
「……今後のチートピアでの食事を、すべて、永久に無料にして差し上げますわ!」
「おいおい、お嬢ちゃん。そいつはあまりにも相手に都合が良すぎる条件じゃないかい?」
トラックの窓からパイパーがのんびりとした声を投げかけるが、ルーシーは引かなかった。
「いいえ! カリュドーンの子が、身内の不始末も含めて、不届きな観光客一人をスピードでねじ伏せられないなど、覇者としての名が廃りますわ! どうかしら、都会のピカピカ観光客さん。それとも、その贅沢なブランド服が汚れるのが怖くて、お逃げになりますの?」
「クク、ハハハハハハ! 面白い、実に面白い雑種だ!」
ギルガメッシュは愉快そうに顎を引き、赤い瞳を底知れぬ輝きで細めた。
「二輪の鉄屑を弄ぶ羽虫どもが、よもや我が財を賭けた『遊戯』を挑んでくるとはな。よかろう、雑種。お前たちのその分不相応な度胸に免じて、我が直々に、本物の『乗り物』というものの価値を教えてやる」
ギルガメッシュがゆっくりと、空中に向けて右手を掲げた。
その瞬間、チートピアの前の空間が、まるで熱された透明なガラスのようにぐにゃりと歪み始めた。波紋のように幾重にも広がる、神々しい黄金の光条。それは彼が所有する無限のコレクションを収めた『
「な、何ですの、あの不気味な光の門は……!?」
ルーシーが思わず息を呑み、一歩後ずさる。ライトもまた、その黄金の波紋から放たれる、尋常ではないエーテルエネルギーの奔流を肌で察知し、鋭い視線のまま全身の神経を緊張させた。
黄金の光の中から、ゆっくりと這い出るように姿を現したのは、エンジン音の代わりに天上のラッパが鳴り響くような、精緻にして滑らかな装飾が施された「
タイヤの代わりに、車体の下部で浮かび上がる黄金の紋章が地面との間に強力な反発力を生み出しており、車体全体が砂埃に触れることなく、神々しく静かに浮遊している。
「二輪の鉄屑で我と勝負だと? 戯れ言を。我が宝物庫に眠るこの『神の戦車』の前に、お前たちの乗る玩具がいかに醜悪な物であるか、その身をもって知るが良い」
優雅に黄金のバイクに跨ったギルガメッシュは、ハンドルを握ることすらせず、傲然とカリュドーンの子たちを見下ろした。
「さあ、雑種ども。我が退屈を、少しは紛らわせてみせよ」
郊外の広大な、赤茶けた荒野。
地平線まで遮るもののない乾燥した大地の真ん中で、勝負の号砲代わりとなるパイパーのトラック『アイアンタスク』の巨大なクラクションが、空高く鳴り響いた。
「スタートですわ!」
ルーシーの絶叫とともに、彼女のサイドカー付きバイクと、ライトの駆るフルカスタムのオフロードバイクが、凄まじい砂煙を上げて爆発的に飛び出した。
キキィィィン! と、ギルガメッシュが軽く念じるだけで、黄金の超弩級バイクは内燃機関の駆動音すら立てず、風を切り裂いて一瞬で並び立つ。タイヤの摩擦抵抗が存在しないその神話の乗り物は、物理法則を完全に無視した圧倒的な加速力で、一気に先頭へと躍り出た。
「くっ、何てスピード……! ですが、郊外の悪路を舐めないことですわ!」
ルーシーは赤い金属バットを背中に固定し、必死にスロットルを絞ってサイドカーの傾きを絶妙にコントロールしながら食い下がる。
その横から、ライトが弾丸のような速度でギルガメッシュの黄金バイクへと肉薄した。
ライトの瞳には、一切の油断も傲慢さもなかった。カリュドーンの子の「チャンピオン」としての圧倒的なプロフェッショナリズムと、チームを背負う静かなる闘志だけが、その鋭い眼光に宿っている。
(大将が認め、ルーシーが胃を痛めている男だ。実力は確かに規格外だが、ここは郊外。俺の走りで、この地の厳しさを教えてやる)
ライトは深く前傾姿勢をとり、愛車のサスペンションの限界を極限まで引き出しながら、荒野の激しい起伏と段差を完璧な重心移動でいなしていく。彼がスロットルを開けるたび、マフラーから「バリバリバリッ!」と、荒野を引き裂くような硬派で重厚なエンジン音が響き渡り、ギルガメッシュの真横へとぴったりと並んだ。
だが、その凄まじい鉄馬のエンジン音を間近で浴びたギルガメッシュは、不快そうに端整な眉をひそめた。
「……五月蝿いな。我が耳を汚す無骨な雑音め。荒野の羽虫どもは、揃いも揃って自らの愚かさを大音量で撒き散らさねば走れぬのか」
「何だと……?」
ライトが怪訝に眉を寄せた瞬間、ギルガメッシュは黄金バイクの上で優雅に指を弾いた。
彼の背後の空間に再び小さな黄金の波紋が広がり、そこからゆっくりと姿を現したのは、巨大な「
「我が聖歌をもって、その薄汚い雑音を洗い流してやろう。平伏して聴くが良い」
ギルガメッシュが冷酷に告げた瞬間、スピーカーから神々しくも、荒野の地平線の果てまで震わせるほどの凄まじい大音量のクラシック音楽が鳴り響いた。
それは単なる音楽ではなかった。スピーカーから放たれた目に見えぬ音波の波動は、物理的なエネルギーの障壁となり、ライトの駆るオフロードバイクの放つ「バリバリバリッ!」という超爆音を、完璧に『逆位相』のエネルギーで包み込んで打ち消したのだ。
神話の力による、物理的な
「何が……!? エンジンの音が、消えた……!?」
ライトは驚愕し、計器類を見つめた。タコメーターの針は限界を指し、エンジンは確かに全力で駆動している。しかし、耳に入ってくるのは、天から降り注ぐような神聖な聖歌のコーラスのみ。自分のバイクが発するすべての物理音が、周囲から「完全に無音」と化しているのだ。
「音が聞こえねえ……! スロットルの感覚が、掴めねえ……!」
ストイックな走りのプロフェッショナルであるライトにとって、エンジン音からの
「ははは! 坊やが引き離されたのかい? ならば、私の番だねぇ!」
後方から並走していたパイパーが、のんびりとした表情のまま、トラック『アイアンタスク』の巨大なハンドルを急激に切り裂いた。
彼女は一見して気の抜けたような顔をしながらも、そのライディングはカリュドーンの中で最も容赦がない。トラックを強引に横滑りさせ、砂漠の地盤を巨大な鉄輪で抉り取りながら、超高速のドリフトを連発する。
「そぉれ、荒野の砂の洗礼だよ。都会のピカピカなお肌に、たっぷり塗ってあげるからねぇ!」
パイパーの過激なドリフトによって巻き上げられたのは、前方の視界を完全に遮るほどの、巨大な赤砂のハリケーンであった。前方を進むギルガメッシュの視界と、その美しい黄金の車体を文字通り「泥まみれ」にするための、容赦のない砂塵の壁。
普通のエージェントであれば、この砂煙の中で進路を見失い、速度を落とすか自爆するしかない。
しかし、黄金の超弩級バイクの上で、ギルガメッシュはただ鼻で笑っただけだった。
「小賢しい。塵芥の分際で、我が頭上を曇らせようなどと、分不相応にも程があるわ」
ギルガメッシュは片手で進路を保ちながら、もう片方の手を再び王の財宝の門へと差し入れた。 彼が取り出したのは、美しい黄金の骨組みに、最高級のシルクと宝石が散りばめられた、見るからに贅沢極まりない「
パサリ、と、ギルガメッシュは激しく揺れる荒野の上で、優雅に黄金の日傘を差した。
「な、何ですのあれはーっ!?」
後方でスピンを免れたルーシーが、絶叫する。
「バイクの上で片手で日傘を差していますわよ!? なめ腐っていますわ!」
しかし、その日傘はただの傘ではなかった。ギルガメッシュが日傘を開いた瞬間、その周囲に絶対的な『洗車・防塵の魔力結界』が展開されたのだ。パイパーが巻き上げた何トンもの赤砂と濁流のような砂煙は、ギルガメッシュの周囲数メートルに近づいた瞬間、見えない透明なドームに弾かれるようにして、すべて左右へと綺麗に受け流されていく。
砂塵のハリケーンを真っ向から突き進むギルガメッシュの金髪は、風にそよぐだけで、1ミリの砂塵も、一粒の汚れも寄せ付けない。まさに「無傷にして完璧」。日傘を差したまま、彼は涼しい顔でパイパーの砂塵の罠を突破した。
「ああもう、どいつもこいつも役に立ちませんわね! こうなったら、私が直接その鼻っ柱をへし折って差し上げますわ!」
怒りで頭がどうにかなりそうになっていたルーシーは、ついに強硬手段に出た。
「ヘルバ、アルボル、ラテレム、突撃準備ですわ! あのピカピカ観光客に、郊外の『おもてなし』を叩き込んでおやりなさい!」
キーッ! と、サイドカーに乗せられたルーシーの猪たちが、主人の命令に従って鼻息を荒くする。
ルーシーはスロットルを限界まで捻り、ギルガメッシュの黄金バイクの側面へと並びかけた。そして、文字通りサイドカーの重量を活かした「物理的な体当たり」を仕掛けようと、車体を強引に傾けた。
「覚悟しなさいですわ! これまでの食い逃げのツケ、その身で払っていただきますわよぉぉ!」
「ふん。どこまでも無礼な雑種め」
ギルガメッシュは日傘を差したまま、視線すらルーシーに向けなかった。
ルーシーのサイドカー付きバイクが、ギルガメッシュの黄金バイクに接触する――そう思われた瞬間。
キィィィィィィン!
空間に、硬質なガラスがぶつかり合うような、凄まじい金属音が響いた。
ギルガメッシュの黄金バイクの周囲に、王の財宝の魔力によって自動展開されている『
ルーシーの突撃は、ギルガメッシュの車体に触れることすらできず、その見えない障壁に真っ向から激突した。
「え……? 痛っ――!?」
突如として、何もない空間に激突したかのような凄まじい反動が、ルーシーのバイクを襲った。 ぶつかったエネルギーがそのまま倍になって跳ね返り、ルーシーのバイクは荒野のど真ん中で激しくスピンを開始した。
「きゃ、きゃあああああああっ!? 回る、回る、回る、回りますわぁぁぁ!」
ぐるぐると猛烈な勢いで独楽のようにスピンするサイドカーの中で、ルーシーは目を回し、猪たちも目を回して「ピギィィ!」と悲鳴を上げる。
彼女の黒いライダースジャケットとダークレッドのプリーツスカートが激しく風にたなびく中、ルーシーのバイクは制御を失って荒野の砂山へと突っ込み、派手な砂煙を上げて完全に逆さまにひっくり返った。
「……ハァ。やはり、知性の足りぬ羽虫との遊戯など、この程度か」
ギルガメッシュは黄金の日傘を優雅に回し、天上の聖歌を荒野に響かせながら、一人、地平線の彼方へと優雅に独走していった。
ライトとパイパーが慌ててバイクを止め、砂山から突き出たルーシーの足を引っ張り上げるために駆け寄る。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「大丈夫なわけ、ありませんでしょう……頭が、ぐるぐるいたしますわ……」
砂まみれになり、ニーソックスをボロボロにしたルーシーは、渦を巻いた目で荒野の空を見上げながら、力なくうめくのだった。
◇
地平線を真っ赤に染め上げる郊外の夕陽が、広大な荒野に長い影を落としていた。
風が吹くたびに赤茶けた砂塵が舞い上がる不毛の地で、逆さまにひっくり返ったサイドカー付きバイクから、ようやく一本の細い脚が引き抜かれた。
「うぅ……頭が、地球の自転の三倍くらいの速さで回転しておりますわ……。ヘルバ、アルボル、ラテレム、無事ですの……?」
「キ、キィ……」
ライトとパイパーの手によって、砂山からどうにか救出されたルーシーは、トレードマークのライダースジャケットを埃まみれにし、プリーツスカートに大量の砂を乗せたまま、よろよろと立ち上がった。お嬢様としての意地だけでどうにか水平を保とうとしているが、そのニーソックスはあちこちが擦り切れ、両目は完全に渦を巻いている。
「おいおい、ルーシー、無茶しすぎだぜ。あのピカピカのバイク、どう見ても物理法則を無視して浮いてやがった。そこに体当たりを仕掛けるなんて、さすがの俺でも止めちまう無謀さだ」
ライトは愛車のオフロードバイクの泥をグローブで払いながら、呆れたように、しかし心配そうにルーシーの肩を支えた。彼のヘルメットの奥の瞳には、先ほどの規格外の勝負に対する興奮と、冷徹なまでの自己分析が残っている。
「坊主の言う通りだよ、お嬢ちゃん。あの黄金の乗り物、エンジンどころか、風の抵抗すら自分で引き裂いて走ってた。私の『アイアンタスク』の全開ドリフトでも、煙一つ触れさせられなかったんだからさ」
パイパーはトラックの荷台から飛び降りると、ストローキャンディをペロリと舐め、遠くの砂丘の頂点を見つめた。
その砂丘の頂には、夕陽を背に受けて燦然と輝く、一台の黄金の鉄馬――いや、神話の魔戦車が、静かに宙に浮いたまま停止していた。
ギルガメッシュは黄金の日傘を片手で優雅に肩に立てかけ、もう片方の手でバイクのフロントカウルに肘をつきながら、眼下にいるボロボロのカリュドーンの子たちを、極めて退屈そうに見下ろしている。
「……終わりか、雑種ども。我が走りの万分の一にも満たぬ鈍足で、よくもまあ『決闘』などという大層な言葉を口にできたものだ。その身の程知らずな滑稽さ、我が宝物庫に眠る喜劇の道化師すら霞むほどだぞ」
王の嘲笑が、遮るもののない荒野に冷ややかに響き渡る。
ルーシーは、バットを杖代わりにどうにか砂地を踏み締めると、ボロボロになった身体に鞭打って、泥だらけの顔を真っ赤にして叫び返した。
「ぬ、盗人の分際で、偉そうに勝ち誇らないでくださいまし! 確かに……確かに今のレースは、あなたのそのインチキ臭い浮遊バイクの性能の前に、私たちの敗北ですわ! でも……でも、これで終わりだなんて思わないことですわよ!」
ルーシーは、赤い金属バットをギルガメッシュに向けて力強く突きつけた。そのプリーツスカートが激しい熱風に煽られて揺れるが、彼女の瞳に宿る不屈のバイカー魂は、一ミリも揺らいでいなかった。
「カリュドーンの子は、一度の敗北でへこたれるようなヤワなチームではありませんの! 次は……次はもっと強力なニトロを積み、ライトの超一流のライディングと、パイパーのドラフトテクニックを限界まで噛み合わせて、必ずあなたのそのピカピカの鼻っ柱を、この荒野の泥の中に叩き落として差し上げますわ! だから……だから覚悟しておきなさいですわ!」
ボロボロになりながらも、決してプライドを捨てず、むしろさらに激しく闘志を燃え上がらせるルーシーの姿。
ライトもまた、彼女の言葉に呼応するように、静かにエンジンを再び吹かした。
「ああ、その通りだ。エンジンの音をかき消すスピーカーなんて妙な小細工、次も通じると思うなよ。俺はチャンピオンだ。お前さんがどんな規格外の力を持っていようと、次に対峙する時は、必ずその先を走ってみせる」
パイパーものんびりと、しかし獰猛な笑みを浮かべてトラックのハンドルを握り直す。
「そうだよ、都会の王様。郊外の走り屋はね、転べば転ぶほど、砂を噛めば噛むほど、さらに速く走るようになるんだ。次は、私のアイアンタスクの排気ガスを、たっぷりその綺麗な顔に吸わせてあげるからな」
泥まみれになり、ボロボロになりながらも、底抜けた明るさと不屈の闘志で笑いかける雑種たち。
その壊滅的なまでの規律のなさと、いかなる理不尽な
かつて彼が治めた古代ウルクの民も、泥にまみれながらも逞しく生き、天の神々にすら泥を投げつけるような不屈の強さを持っていた。目の前の、知性を忘れてきたような走り屋たちに、一瞬だけ、その泥臭い「人間」の原初たる輝きを見たような気がして――ギルガメッシュは、すぐにふんと鼻を鳴らしてその思考を打ち消した。
「……ハァ。どいつもこいつも、知性というものを母親の腹の中に忘れてきたに違いない。我が真面目に相手をする価値すら見出せぬわ」
ギルガメッシュは優雅に日傘を閉じると、それを無造作に空中へと放り投げた。日傘は波紋の中に吸い込まれるようにして消えていく。
「二度とこのような埃っぽい場所に我が足を運ぶと思うなよ、雑種ども。我が至高なる時間を無駄にした対価、その身の程知らずな頑丈さに免じて、支払ってやる」
ギルガメッシュが軽く指を鳴らした。
その瞬間、彼が跨る黄金の超弩級バイクの背後の空間が、一気に十数箇所も歪み、目も眩むような黄金の波紋が広がった。
「ひ、ひえっ!? まさか、またあの理不尽な武器の雨が……!?」
ルーシーが身構え、バットを盾のように構える。
しかし、そこから落ちてきたのは、武器でもなければ、爆発物でもなかった。
ドサッ! ドサドサドサッ!
鈍い音を立てて砂地に転がり落ちたのは、大人が三人でも抱えきれないほど巨大な、見事な霜降りの入った、見たこともない巨獣の生肉の塊。そして、黄金の金具で厳重に密閉された、ぷんと芳醇な香りを漂わせる巨大な木樽の数々だった。
「……な、何ですの、これ……?」
ルーシーは呆然と、目の前にうず高く積まれた「財宝」を見つめた。
「我が宝物庫に眠る、神話の時代に生け贄として捧げられた、至高なる神獣の肉。そして、天上の果実を数百年もの間、黄金の樽で熟成させた秘蔵の美酒だ。我が食い散らかした雑種の餌の代金としては、いささか過剰な支払いだが……我を満足させられぬ雑種どもへの、王としての慈悲と知れ」
ギルガメッシュは黄金のバイクの出力を上げ、車体をゆっくりと反転させた。
「せいぜい、その泥臭い胃袋に、天上の美味を詰め込んで咽び泣くが良い。さらばだ、荒野の羽虫ども」
キィィィィン! と、空間を切り裂くような高音を残し、黄金の超弩級バイクは夕陽の彼方へと、一瞬にして光の筋となって消え去った。
静まり返った荒野に、ただ、うず高く積まれた最高級の肉と、芳醇な香りを放つ酒樽だけが残される。
ライトが恐る恐る肉の塊に近づき、その香りを嗅いだ。
「おい……なんだこれ。ただの肉じゃない。匂いだけで、身体のエーテル適応度が活性化していくのがわかる。それに、この酒の匂い……」
「わあぁぁ……! これ、めちゃくちゃ美味しそうな匂いがするぜなぁ!」
パイパーが目を輝かせて肉を突っつく。
ルーシーは、バットを握りしめたまま、その圧倒的な「支払い」の価値を頭の中で高速で計算しようとしたが、すぐにその計算が
「……ハァ。結局、あのピカピカ観光客のペースに、完全に巻き込まれたままですわ。ですが……」
ルーシーは、砂埃を払いながら、ふっとその勝気な唇を綻ばせた。
「……これほどの極上のお肉と、極上のお酒を目の前にして、ただ見つめているだけなんて、カリュドーンの子の名が廃りますわよね。ライト! パイパー! この財宝をトラックにすべて積み込みなさい! 今夜は……チートピアの再建を祝した、大収穫の大宴会ですわよ!」
「キィィィッ!」
猪たちも大はしゃぎで飛び跳ね、郊外の夕暮れに、カリュドーンの子たちの元気な笑い声が響き渡った。
その日の夜、ブレイズウッドにあるダイナー『チートピア』は、かつてないほどの熱気と大爆音に包まれていた。
まだ自動ドアも防音壁も完成していない、吹き抜けに近い粗末な店内に、これでもかとばかりにバイカーたちの改造バイクのエンジン音が響き渡り、即席の照明がチカチカと夜空を照らしている。
「う、うめえええええええっ! 何だこの肉! 噛んだ瞬間に、口の中で旨味が爆発して、魂まで燃え上がるようだぜ!」
チートピアの真ん中で、巨大な骨付き肉を豪快に齧りついているのは、カリュドーンの子のボス、シーザーだった。彼女は口の周りをタレと脂でギトギトにしながら、これ以上ないほどに幸せそうな大笑いを浮かべている。
「でしょ、でしょー! シーザー、このお酒もすごいよ! 飲むと喉の奥がカッと熱くなって、まるで体内のエンジンに直接最高級のガソリンを注ぎ込まれたみたいに、エネルギーが全身に満ち溢れてくるんだよぉ!」
昼間の飲み比べでの二日酔いから完全に復活したバーニスが、黄金の樽から直接ジョッキになみなみと注がれた秘蔵の美酒をグイグイと煽り、大はしゃぎでシーザーと乾杯している。彼女の周りには、特製ニトロフューエル 覇者スペシャルよりも遥かにアツい、至高の酒の熱気が漂っていた。
「おいおい、お前たち、少しは落ち着いて食べろよ。その肉は、ルーシーが必死の思いで勝ち取ってきた『戦利品』なんだからな」
ライトは呆れ顔をしながらも、自分も神獣の肉を串焼きにしたものを口に運び、その圧倒的な美味さに言葉を失っていた。彼は無言で、しかし信じられないほどのスピードで、二本目、三本目の串へと手を伸ばしている。
「本当に……何ですの、この美味しさは……!」
カウンターの片隅で、ルーシーは、昼間の泥まみれの衣装から着替える暇も惜しんで、上品に切り分けられた神獣の肉をフォークで口に運んでいた。
肉が舌の上に乗った瞬間、それはまるで上質なバターのようにとろけ、濃厚でありながらも一切の雑味のない、天上の旨味が脳を直接揺さぶった。
「はふぅ……っ、本当に悔しいですけれど、こんなに美味しいお肉とお酒、新エリー都のいかなる高級レストランでも、逆立ちしたって味わえませんわ……! ああ、お肉が……お肉が美味しすぎて、昼間の敗北の悔しさが、半分くらいどうでもよくなってしまいますわぁ……!」
ルーシーは、頬を薔薇色に染め、半分涙を流しながらも、幸せそうに肉をモグモグと貪り食っていた。
「ははは、お嬢ちゃん、お肉を食べる手が全然止まってないぜぃ。私も、この肉を食べたらあと三十年は現役でトラックを転がせる気がしてきたよ」
パイパーものんびりと肉を齧りながら、店内を埋め尽くす走り屋たちに酒を注いで回る。
「みんな、新しい覇者の誕生と、チートピアの再建に、かんぱーい!」
シーザーがジョッキを高く掲げると、ダイナー全体から、天井を吹き飛ばさんばかりの凄まじい大歓声と、バイクの空ぶかしの爆音が荒野の夜空へと響き渡った。
一方、ブレイズウッドの街並みと、大騒ぎするチートピアの灯りを遥か遠くに見下ろす、静かな崖の上。
不毛の砂漠を冷やす夜風が、サラサラと心地よい音を立てて吹いていた。
ギルガメッシュは、崖の端に、王の財宝から取り出した美しい白銀と黄金の簡易の玉座を展開し、その傍らに黄金のパラソルを立てて、優雅に腰掛けていた。
彼の片手には、細緻な細工が施された黄金の杯があり、そこには彼が自ら注いだ、お気に入りの葡萄酒が静かに揺れている。
(……やはり、静寂こそが、我が至高なる休息にふさわしい。あの薄汚い雑種どもの騒々しい羽音から解放され、こうして月を愛でる時間こそが――)
ギルガメッシュが、優雅に杯を口元へと運ぼうとした、その瞬間だった。
「お肉うめええええええええッ!」
「ガソリンより燃えるぜえええええッ!」
「ドウドウドウドウッ! バリバリバリッ!」
「キャーハハハハハ! もっと飲もうよぉぉ!」
防音壁すら完備されていない、吹き抜けのダイナー『チートピア』から放たれた、カリュドーンの子たちの規格外の大爆音の宴会囃子と、無数のバイクの空ぶかしの騒音が、遮るもののない荒野の夜気を通じて、崖の上のギルガメッシュの耳へと、寸分の衰えもなくダイレクトに突き刺さってきた。
ピキ、と、ギルガメッシュが黄金の杯を握る手に、青筋が浮かんだ。
「………………」
彼は無言で杯を下げ、遠くで眩しく輝き、物理的な爆音の波動を撒き散らしているチートピアの灯りを、凄まじい赤い眼光で睨みつけた。
その爆音は、彼が昼間に展開した「超古代の音響宝具」の消音結界すら、その野生の熱気で強引に突破してくるかのごとき、理不尽極まるエネルギーに満ちていた。
ギルガメッシュは、胃のあたりをぎゅっと痛そうに押さえるようにして、眉間を細い指で強く揉みほぐした。
「……やはり、あの郊外の雑種どもは、知性というものを、母親の腹の中に忘れてきたに違いない」
英雄王は、かつてないほどにげっそりとした、深い、深い溜め息を、郊外の冷たい夜空へと吐き出すのだった。