そこは白が支配する空間だった。
あるのはただ、黒い球。いるのは一人の少女だけ。
目を覚ました瞬間、テラスは倒れた。絶叫を上げながら。
「ああっ!!がっ!あああっっ!!!ぎゃあああああああああああああ!!!」
全身をまるで捻って、軋ませて、ぐちゃぐちゃに崩壊させられるような、頭の中身を取っ払ってマグマを詰め込まれるような大激痛。
それに...
「ぐぐっっ...や、や、やばい...し、しかも、ここ、いるだけで...し、死にたくなってくる...せ、精神攻撃くらってる...」
それは、まるで己の脆さを露呈させるような。テラスはそこにいるだけで、自身の根本が破裂しそうな、壊れてしまいそうな、そんな恐怖感や焦燥感に身を犯される。
痛みと相まって、テラスはその場に倒れ伏す事しか出来ない。だがテラスは、技の使用者として、知っていることがある。
「こ、この空間から出るには...黒い球を全て消すまで...オメガバスティオンをかけ続けなきゃいけない...」
今のテラスの発言は正確に言えば間違いである。
この部屋から出るもう一つの条件がある。それは...
「んでもって...わ、私が『諦めた』ら、そこで試合終了。く、空間は閉じて私は灰となって死ぬ...」
テラスの心が死んだ時、その時はこの空間は閉じて、テラスは現世へ、灰となって帰還する。
「く、食事も睡眠も要らないが...こ、この痛みと絶望を前にそんなの、む、無意味すぎる...痛みと恐怖に関しては私も来てから始めて知ったんだけどぉ!ちくしょう!!!」
テラスは技の使用者として、『ここが現世とは別の異空間であること。魔法を、魔女因子を消し去るまでここから出られない』ということはなんとなくわかっていた。
だが、そこに壮絶な痛みと極大な絶望があった。
「ぐうっっ...で、でも、やらないと死ぬってんなら、話は別ぅぅ......」
テラスはとてつもない痛みと絶望感にうちしひがれながら、なんとか立ち上がる。
そうして、始める。途方もない旅を。
「オメガ...バスティオン!」
ピシュン
「オメガ...バスティオン!」
ピシュン
「オメガ...バスティオン!」
ピシュン
「オメガ...バスティオン!」
ピシュン
......
彼女は何十、何百、何千、何万、何十万、何百万回とオメガバスティオンをし続けた。膨大な可能性を持ってして、まるで宇宙を誕生させるかの如く奥義をし続けた。
何年、何十年、何万年が過ぎただろうか。
それでもまだ、黒い球は最初から殆ど変わらない大きさだった。
それが更に、テラスの絶望感を引き立てた。
そうして、テラスは死んだ目をしてここに立っていた。
「オ、メガ...バス...ティ...オ......ン」
ピシュン...
「.........流石に...諦めていいよね...」
テラスは胡乱げな瞳でそうひとりごちる。
(もう...限界...)
頭がだんだんと空っぽになっていく。今までの記憶が思い出が、全てが虚無に堕ちる...
(......もう、全てを、諦めてしまおうか...)
テラスは柄にもない事を思ったと、死んだ顔で笑う。だが、もうそれも合っていると言えるかも知れない。
だって、もう既に、テラスは諦めかけて、復活し、諦めかけては復活し...というサイクルを繰り返し続けている。
今回も復活できると思ったが...
(今回は...もう、無理、っぽそう...)
テラスはその場から、仰向けに、バタンと倒れた。もはや立つ気力すら湧かなかった。
「......は、ははは...もとより、なんで私がこんな事をしないといけないんだ...誰かを助けたい?」
つい、声に出てしまう。
「なんで!私が!!やらないと!!!いけないんだよ!!!!...私以外の誰かがやっておけよ......クソッタレ......」
そう言うと、あまりの惨めさや情けなさ、苦しさと虚無感で死にたくなった。文句を言う度に思い出す。いや、思い出す必要すらない。元より自身が行った事というのを忘れたことはないのだから。
だがしかし...
「...はいはい.....私はもう死にましたよ...これでいいんだろ?早くここから出してくれよ...助けてくれよ...誰か...」
自分の脆さが、比喩抜きに透けて見えるように感じるほど、今のテラスは疲弊していた。
永劫の時を過ごしたが、その痛みや恐怖、焦燥に、一向にテラスは慣れなかった。
「もう、とっくに諦めたって...もう誰かを助けるなんておおそれた事は言わない...だから、私を、私を殺してよ......」
この部屋から脱出する方法。心を殺すこと。
だから、心を殺そうと必死になった。しかし...
「......なんで死なないんだよ.........」
一向に死ぬ気配はなかった。
...そうして、なんとなく、テラスは立ち上がった。
なんとなくだ。なんとなくだったんだ。そう心に言い聞かせて、だけれど、何故か歩は、彼女は黒い球に向かわせて、繰り返す。
「オメガ...バスティオンっ!」
ピシュンと音がなった。そうして、また始める。
「オメガバスティオン!」
ぶっ壊れて...
「オメガバスティオン!!」
歪んで...
「オメガバスティオン!!!」
腐って...
「オメガバスティオン!!!!」
それでも無くさなかったモノを手に、繰り返し続ける。
(私が死んだら、ユキが.........それは、許さない...私はまだ、頑張れる...)
......
「はは!これやっぱGANTZ玉みたいだよな!!ちっさいけど!!ははは!!私は最強!!きゃはははは!!」
躁になることもあれば...
「.........死にたい逝きたい殺されたい......もう、誰か......私を殺してくれ......」
鬱になることもあった。
そうして、躁鬱の乱高下の中、彼女はーーー
「それでも...」
「まだ...」
彼女は、無限の『まだ』を繰り返し続ける......
「オメガ!バスティオン!」
その時も、ピシュンという音と共に終えるはずだった。
だが、違った。
「......紙...?」
テラスの目の前に紙が落ちてきたのだ。それは、A4サイズの紙。テラスは疑問に思いながら、拾って中を読んでみる。そこにはこう書いてあった。
『お前、何してんねん。というか、どういう脳みそしてたらそないにオメガバスティオンをしようという発想になんねん。脳筋過ぎやろ』
それは、謎の関西弁で書かれたメッセージだった。そして、突然それまであった文字が消え、新たな文字が生成される。
『俺の正体か?今はまあ、コスモゾーンの使者とでも思っておけ』
「コスモゾーン...?」
テラスは思う。謎の紙に謎の概念に、頭がパンクしそうだった。そして、また紙が更新される。
『お前、まさか転生した時に記憶を失くしたか?』
(転生...?転生って、あの異世界系の小説によくある奴か...?)
テラスの疑問に合わせて、紙は更新される。どうやら、テラスの思考が向こうには読める様だった。
『...なるほどな。状況は理解できた。今はかなり接続が悪いが、お前がそのままオメガバスティオンをし続ければ、コスモゾーンも多少はその世界とこっちを繋げれるやろう。一瞬、コスモゾーンがこれまでのお前のオメガバスティオンをしたリソース全部裂いて、ガチで焦って接続したログが残ってるが......その空間だって殆どソウルゲートを流用して作られとる。ああ、あと、俺だって、だいぶ無茶してこの紙送ってんやで?』
(ちょ、待て!)
テラスが文を最後まで読み終えたときだった。紙が突然消えたのだ。
(書き方的に、オメガバスティオンの回数によって、向こう側から私にアクションできる質や量が決まる...って感じか...んで、向こう側もこっちにアクセスするのは大分しんどいですよ...と。んで、コスモゾーンやらソウルゲートってのは一体なんなんだ?なんの固有名詞?)
速急に何かが解決するわけではない。だが、何者かが、己を助けにこようとしているらしい。それがわかっただけでも良いだろう。
そうして、定期的に紙が送られるようになった。
定期的と言っても、送られる頻度は数百万年に一度であったが...
_______
「オメガバスティオ......ン」
立っていたテラスは突然膝をついた。とうとう片脚がもっていかれたのだ。
「はぁ......はぁ......」
テラスは灰になりかけていた。
「.............やばい、な........」
終わりを迎えかけているのがよくわかるほど、心が死にかけている。でも...
【負けるな!】【絶対に勝て!】
その言葉が、テラスを突き動かす。いや、その言葉だけではない。数々の少女たちとの思い出を、テラスは想起し、テラスは...
テラスは...
「...ごめん......」
...どんどんと体が灰になっていく。
「ごめん.....」
テラスは気づいた時、泣いていた。だが、それはいつもと同じ事。
なのだが、いつもは騒がしく泣いていた。空元気も元気というように、意識して喚いていた。
なのに、今この時は、四つん這いになり、静かに、静かに泣いていた。
「..........ごめん...」
誰に謝っているのかもわからなかった。意識が朦朧とする。真の絶望がテラスを支配しかけたその時。
頭にペラりと方が紙が降ってくる。テラスは、残った右腕でその紙を覗き込んだ。
『諦めてもええんやで?』
「......ぇ?」
紙にはそう書いてあった。いつもよりも、極端に短い文だった。
『お前はよく頑張った。その痛みや絶望の中で、よく、そこまで頑張った』
「......」
『そこまで出来る奴を、俺は知らん。もう諦めてくれ。お前のことだけはなんとか.........助けたる。記憶のない今のお前は赤ん坊の様なもんや...17億回目までいけばなんとか戻せそうやから、なんとかなる思ってたけど、もうええ。だから、もうーーー』
それは、今、テラスが最も欲しかった免罪符。『諦めてもいい』。
「...」
テラスは知らない誰かのそれに、酷くすがりたくなった。欲しくなった。その最も欲しかったものを。
「...............」
だが...
「......うっさい...」
テラスは、灰となった箇所を飲み込み、また足や腕を生やすと、再び作業に戻った。
テラスは紙を放り投げた。残された紙にはこう書いてある。
『......テラス...やっぱり、お前がナンバーワンや』
_______
その日も、テラスは休み休みでありながらも、オメガバスティオンを繰り返していた。
だが、いつもと違うのはその目だった。静寂に凪いでいる目。とうとう、彼女はこの環境下で適応を果たしたのだ。
「オメガバスティオン」
「オメガバスティオン」
「オメガバスティオン」
......
だが...
「くっ...」
テラスの脚が急に崩壊する。テラスは急いで灰を体内に取り入れると、また脚は再生される。
「もう...限界は近いか...」
テラスは極限の状況の中、これといった休みは取れずに作業を続けていた。もしも、この数億年の間に一度だけでも、数分だけでも万全な休息が取れれば、こうはならなかっただろうが...
「私は......まだ、諦めて...いない...」
瞬間、片腕が持っていかれた。
「まだ、舞える...」
右脚がもっていかれる
「まだ、頑張れる...」
左脚がもっていかれた。
「はは、ははははははっ...」
テラスは狂気的な笑みを浮かべる。
チリチリともう片方の腕も灰になってゆく。
「......それでも...叫び続ける勇気を!」
腕は、最後までは灰と化さなかった。
「オメガバスティオン!」
そうして、片腕でオメガバスティオンを発動した。
ピシュン
紙が降ってきた。それをなんとか片手でキャッチし、中身を読むと、そこには...
『お前のオメガバスティオンの回数が約17億回を突破した。これはお前にしか無理な不可能や。例え俺でも...トウシにもできん事や』
(...んで、なんか用?)
ボロボロの状態で、テラスは思念する。
『誇れ。お前はようやく、記憶を取り戻せる。こっちの回線もかなり弱いが、大分繋がってきとる...今でも、記憶だけなら、なんとか取り戻せるんや』
(...記憶...ユキの?)
『ちゃうな。己の、今までのや!その世界ではない、こっちの世界での記憶!1777776555回という途方もない数をこなせたからこその、ご褒美みたいなもんや!とっとと覚醒せえ!テラス!』
(っ!!!)
彼女は、繋がる。ユキに封じられた記憶を突き破って、魂に刻まれた、真実の記憶へと。
脳を介さない、魂という酷く不明瞭なモノを辿って、彼女は...
「そうか...思い出した。私は...」
「神界の深層を統べる暴君にして、運命を調律する神威の桜華...」
「究極超神センテラス...」
胴体と頭部、そして片腕一本。両脚はもう灰と化している。
だが、全てを思い出した彼女は口ずさむ。それは決して意味のある言葉ではない。だが今、この場で紡ぎたくなったのだ。
全身が崩壊し、灰となりかけながら、それでも、彼女は唱える。
「...悪鬼羅殺は表裏一体、私は独り、無間地獄に立ち尽くす。どこまでも光を求めて彷徨う旅人。ここは幾億の夜を超えてたどり着いた場所。さあ、詠おう、詠おうじゃないか。喝采はいらない、賛美も不要。私はただ、絶望を切り裂く一振りの剣であればいい...」
それは、なんの価値もないただの言葉。だが、彼女は守り通す。己の覚悟をここに示す。全少女に、全人類に、そして、ユキに対して!!!
「私は諦めない...みっともなく、ぶっ壊れて、歪んで、腐って、『それでも』と叫び続けた全てをーーー叫んでやるっ!」
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「――/\**【【ヒーロー見参】】**/\――」
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