夕食を食べるために食堂に行く傍ら、テラスはヒロと出会った。
「...テラス...先日はありがとう。あれは正しい行いだった」
ヒロはテラスの顔を見るなり、どこか苦悶の表情を浮べて感謝を伝える。
「あ、そう。それじゃ」
テラスは興味なさげにバイバーイと手を振り別れようとする。そこに恨みなどはなく、ただの無関心があった。
「ちょっと待って!テラス、貴女は本当に記憶喪失になってしまったのか?」
「ん?そうだけど...ああ、なるほど。キミも以前の私を知ってるってタチ?」
テラスが想起したのはエマとの初対面だった。その時と同じ雰囲気を感じる。ようやくヒロの顔をみた。
そこにはどうしようもない申し訳なさが顔に書いてあった。
「ええ...今の貴女に言っても伝わらないでしょうけど、これは、何度言っても良いわ。あの時は...本当にありがとう...そして、すまない...」
それについてテラスは、無難にすませる。
「まー、良いってことよ。知らんけど。この流れで本当に知らないことってあるもんだね」
そう言うと、テラスは今度こそ去っていった。
ヒロはそんな背中を見ながら小さく呟く。
「あの時助けられなくて...本当に、すまない...」
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テラスが一人で夕食を食べている時、食堂では【バルーン】の話題でもちきりだった。
「マジだって!あてぃし本人に聞いたもん!有名なアーティストの【バルーン】だって!」
沢渡ココが興奮気味に言う。それに対して、1人でコソコソと小耳を立てていたテラスが考える。
(バルーン...確か、インターネットで活躍しているかなり有名なアーティストだ。...と言うか、こんなことを知っているなんて、私は意外とインターネットオタクだったりしたのかもね)
「あてぃしさー、ここから抜け出したあとに配信でそれを載せるために【バルーン】の絵を撮らせて貰ったんだよねー!」
そう言うと、ココはスマホの画面を皆に見せていた。
皆も、その絵の精緻さに唖然としている。
(...それにしても、私って人が多いところ苦手なんだなぁ。集団が孤独か、どちらか選べと言われたら間違いなく後者を選ぶね。でも、死ぬまで待つ孤独でいろって言われると絶対抵抗するだろうな...いや、これはあんまりに極端すぎるか...それにしても、以前の私もそうだったのかな?そうだったんだろうなぁ...)
テラスは早々に夕食を食べると檻房に帰っていく。
テラスは2段ベットの上段で横たわりながら思考する。
(この四日間で気づいたが、私の記憶喪失はそこまで軽いものでは無いようだ。そして、どうやらエピソード記憶が喪失しているらしい。自分自身の記憶...それが私には欠けている)
不自然...そうテラスは感じ取った。
(なにか作為的なものを感じる。私が記憶を持っていたらなにかマズイ事でもあったのかね...)
そう考えていると、スマホに通知がなった。
それは、レイアとココと佐伯レイアの配信だった。
(そう言えば、夕食を食べ切る際に配信をするなんて言ってた気がするな...一応見てみるか)
テラスはベッドで横たわりながら配信を見つめるが...
(うんつまらん。やっぱ切ろう)
同接数人の配信は面白い訳もなく、テラスはしばらくみた後配信を切った。
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マーゴから別れたあとも、性懲りもなくテラスが図書館の本を見ているときだった。テラスはとある本を見つける。
「...なんだこれ」
適当にページを開くと、そこには赤く染まった字で『←』と書いてある。
テラスは矢印の書いてある方、すなわちページを捲った。
そうすると、そこには文章がびっしりと書き記してある。
『目が覚めると、牢屋にいた。同じ年頃の子たちが集められていてーーーそこはーーーああーーー憎い、許せない、もう誰も信じれない。とうとう、残り3人になった。今度こそ、私が死ぬ番かもしれない。たすけて。家に帰りたい。お母さん、お父さん、会いたい。どうしてこんな目にあわなきゃいけないの?私はわるくない。私はわるくない。何も悪くないのに、どうして?憎い、許せない。このままじゃ、殺されるだけ。そうだ。いいこと思いついた。どうして今まで気づかなかったんだろう。殺される前に、わたしが殺せばいいんだ。でもきっと、あいつらもそう考えてる。許せない、許せない、許せない。呪ってやる。苦しめばあい。みんな、苦しめ。苦しんで、死ねばいいんだ』
「...」
テラスがその文章を考察し、気づき、憐れんでいる時だった。
最後の文が目に止まる。
『今これを読んでいるお前も死ねばいい』
「っ!」
テラスは咄嗟に本から手を離す。その本は突如として肥大化する。
本は空に浮かび、テラスに襲いかかってくる。
テラスはそのことに内心動揺しながらも、突進してくる本を横に身かわすと、とっさに頭に湧いて出てきたその言葉を呟き、触れても問題はないだろう、本の表紙と裏表紙に向かって腰の入った正拳突きを繰り出す。
「閃拳」
その音は、まるで鞭でも全力で振るったかのようなけたたましい音だった。
スパァン!と音が出る突きを繰り出し、それに当たった本は拳に貫通されながら沈黙した。
テラスは考える。きっとこれは過去の少女が残した遺物のようなものだろうと。
そうして、もう害はなさないであろう破壊した本を本棚に仕舞い込んだ。
しばらくして、己の手を見つめる。
(......いやいや、閃拳ってなんだ?それに、あんな威力の出るパンチを打てるなんて...まさか、これが私の魔法なのか?明らかに生身の人体から出ていい威力じゃなかっただろ...)
テラスはもう一度、閃拳と呟きながら空に向けて正拳突きを放つ。それは先ほどと同じように、けたたましい音を出して空を切った。
(再現性もあるのか...火事場のバカチカラだった訳ではない...と。これは本当、一体なんなんだ...?まさか、記憶喪失する前の私がとんでもない武術家だった...とか?エマやヒロに聞いてみるのも視野に入れるべきかも知れない)
今までは、魔法というモノの曖昧さ故に自身の能力を考察することに生産性を見いだすことができなかったテラスだったが、自身の格闘術は魔法によるものではないかとテラスは考える様になった。
_________
「あれ、テラスちゃん?何してるの?」
娯楽室の中、テラスはごそごそと何かを探しており、それを見つけたようだった。その手に掴む、ハンドボール大の物を見て、ミリアが声をかける。
「丁度いいボール探しだよ」
テラスはそう答えた。
「...えーと、そういう趣味があったり...?」
ミリアは困惑した表情を浮かべる。そこに、テラスは冗談めかしな顔をして言う。
「チキチキ!体力測定を行う!後に続け、ミリア!」
「は、はい!って、えぇ!?...まあ、暇だからいいけど...」
そんなこんなで、ミリアはテラスに引き抜かれたのだった。
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「つまり、何か身体に関する魔法があるかもしれないから、どれだけの能力があるのかを確かめたいってことだね?」
「ああ、その認識でだいたい合ってるよ。ミリアにして貰いたいのはカウント役と、その他諸々の準備役」
ミリアとテラスは会話をしながら充分な空間のある外へ出た。
「ここなら大丈夫そうかな。とりあえず、まずは...」
「まずは...?」
「1メートルの定義から始める!」
「そこから!?」
そうして、テラスとミリアは協力して、なんとか1メートル程度の棒を発見し、それを元に基準を決めていく。
1メートルを割り出したあとは10メートルをカウントし、そこからおおよそ30メートルまで測り終えた。
「だいたい、これぐらいでいいんじゃない?」
「んー、いや、もっと頼む」
「え!そう?30メートルでも私たちからしたらかなりの距離だよ?」
「...多分、足りないと思う」
「そっか...じゃあどこまで測る?」
「感覚だけど、一応80メートルまでお願い。勿論、大まかでいいよ」
「80メートル!?」
ありえないだろうと思いつつもミリアは80メートルまでなんとか測り終えた。
「...テラスちゃん。大丈夫かな...80メートルってこのぐらいの距離だけど...」
ミリアは80メートル地点から位置についているテラスをみる。そこから見るテラスは等身大よりかなり小さくなっており、元から囚人達の中でも大きくない方だった華奢な体はまるで小学生の様にも見えた。
ミリアはそれを少し、外見から心配してしまう。
それもそうだろう。同世代のハンドボール投げの飛距離が何メートルなのかは知らないが、自身でやったら10メートルがせいぜいだろうとミリアは感じていた。
だが、それが杞憂だと知るのは5秒後だった。
「いくよー!!!」
テラスはミリアに向けて声を大きく発すると、自身の思う最大飛距離を出すための運動をする。
その結果はあり得ないモノだった。
「...どういうこと...」
その光景を見たミリアは絶句した。
それもそうだろう、女子の手では持ち上げるのも難しいハンドボールをここまで飛ばす事なんて普通、できやしないのだから。
「記録...」
「78メートル...」
_________
テラスは考える。ハンドボール投げで最も重要なのは運動連鎖であると。そして、テラスはその運動連鎖を、自身が求めた超複雑的な形で出来るかどうかを確かめる為にこの種目を選んだ。
テラスはまず、半径1メートルの円の外側、縁ギリギリに立ち、そこから運動をスタートした。
まず、軽い助走をつける。円の中で済ませねばならない為、それは本当に軽いもの。しかし、最後の一歩には全体重を乗せた。
そして、ここからが本番だ。テラスは自身の中で考える、到底一般人では出来ないだろう運動連鎖を思い浮かべる。
テラスがイメージしたのは、超精密な機械仕掛けの時計、そして避雷針。
全身のあらゆる部位が連結し、一点の結果に全力を注ぐような、そして極限まで尖っている避雷針も想像する。
その針の先は究極の点。雷すらもつい惹かれさせてしまうような、そんな点。それをイメージした。
本来ならば、単なるイメージで終わってしまうそれは、テラスの中ではーーー
ーーー可能性として昇華される。
後ろ足で助走、地面を蹴ったあと、その力を骨盤の回転に繋げた。そして、体幹の強さを用いり姿勢を安定化させると今度はその骨盤の動きを上半身へと移行させる。上半身では胸と肩を稼働させた。
助走から下半身に至るまでの全ての力を上半身に移し切り、胸と肩からも力を取り出す。胸には大胸筋から小胸筋まで、全ての筋肉から力をもらい、肩からは、僧帽筋などの力も借りつつ、肩鎖関節などの巨大な関節部位から力を借りる。
ここまでで、177個の関節と、400の骨格筋と本来なら使えないはずの601の平滑筋、総じて1001の筋肉を用いり、テラスはその一連の全身運動を完成させようとしていた。
最後に、角度を45度に合わせて、
「おんどりゃあ!!!!!」
シャウト効果により力を増大させる。
記録は78メートル。
テラスはこの全身運動を通じて考える。
そして、思う。
「流石に魔法...だな...うん。どんなに訓練している奴でも、15歳の武術家がこんなの出来る訳がない。というか、私本来動いてないはずの筋肉まで使ってなかった?してる最中は全力でボールを飛ばす事のみに集中していたけど、こんなの普通ありえない...それこそ、生理現象さえ自在に操作できるようなもんだ...」
テラスがぶつぶつ呟いていると、ミリアが近づいてくる。そうして、テラスはこの結果から自身の魔法を定めた。
『超精密な動きを思考に沿って出来る魔法』
【肉体操作】
そう、テラスは結論付けた。
だが、これだけでは説明出来ない事柄もある。それはヒロの手首を掴んだとき、図書館で本の格闘したとき...あのとき、自身の動きに思考はしていなかった。反射で体が動き、そして極めた武術家の如く技を決めていた。
それに...
「それに、このままじゃ私、B級妖怪を名乗らないといけないような気がするし...いや、そう言えばアイツも元武術家か。そう思うと今の私みたいだ...私は武術家じゃないけど...うーん。アレみたいにカッコよくなれるならいいかな?でも嗜好とは若干それるんだよね...でも、古風な厨二感があって私は好きだし...」
テラスはそれらを考えるが、頭は平静を保つ為かふざけたことばかりを考えるので、結局答えは出ず、最後には放っておくことにした。そうして、改めて自身の状態の意味不明さと不気味さにため息をついた。
魔女図鑑:
【名前】閃テラス
【情報】華奢な身体なのにも関わらず、ハンドボール投げで78メートルを記録するほどの圧倒的な身体操作を行える。本人はこれに関し、魔法であると考察している。
【技】『閃拳』:腰を入れた正拳突き。だが、その威力はおおよそ、人に出せるモノではない。
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