BanG Dream!×仮面ライダー詰め合わせ(になる予定)   作:湯豆腐に季節のエクレアを添えて~

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感想で、主人公が、キバのイメージに合っていないという意見を頂いたので、タグにアンチ・ヘイトを加えました。

原作のライダーとのイメージとかけ離れていたり、バンドリキャラの解釈違いなどが起きてしまう可能性も考慮して追加した次第です。



他にも、ご意見、ご感想のある方は、教えていただけると嬉しいです。




第十一話 覚醒前夜・月光

暗闇の中で、二人の異形が激しくぶつかり合う。

 

 

黒と真紅の鎧を纏った異形が、紫から紅に染まった鬼を拘束しようと、足元から、紋章を広げようとした。

 

 

だが、鬼の異形は、その隙を潰す。

口から火炎を吹き出し、手に持っている音撃棒・烈火を用いて、一気火勢の型を繰り出す。

 

 

 

轟音と共に火花が散り、容赦のない連撃が重厚な鎧を激しく叩き続ける。

 

 

だが、鎧の主もやられるままではなくーーー。

 

 

『ドッガハンマー』

 

ベルトの帯に吊り下がっていた、キバットバットⅡ世に紫のフエッスルを噛み合わせる。

 

 

その瞬間、どこからともなく、巨大な右手を模したような大槌が現れ、彼の手に納まる。

 

 

雷鳴が轟き、大槌がその雷を纏う。

 

 

そして、接敵していた鬼に強烈な一撃を叩き込んだ。

 

 

 

鬼は、その一撃の勢いのままに壁に激突する。

 

 

粉塵が、あたりを包み込んだ。

 

 

 

鎧の主も、この一撃だけで、相手が倒れ伏すとは思っていない。

 

ーーーだが、ほんの一瞬だけ、気が緩む。

 

 

 

 

「隙ありっ!」

 

その一瞬を、相手は見落とさない。

 

 

鬼の異形が、ディスクのようなものを腰の帯から取り出し、投擲する。

 

 

ディスクは、円形手裏剣のように鋭い風切り音を立てて相手へと肉薄しーーー。

 

 

 

 

直前で、赤い鷹に変形した。

 

 

 

そのまま、相手の腰に向かって飛行しーーー

 

 

 

「・・・・っ!」

鎧の主が所有していた笛の内、青と緑のものを奪い取った。

 

 

 

「ナイス!茜鷹ちゃん」

それを確認すると、鬼の異形は、その場を急いで去り、

 

 

マゼンタとシアンに彩られたオーロラの中へと消えていった。

 

 

 

一人取り残された男は、ただそれを静かに見つめーーー。

 

 

宵闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・一人で、自宅のベッドで横になる。

 

 

さっきまで、朔くんも一緒だったけど、用事があるって言って、出て行っちゃった。

 

あの時から、睦ちゃんが起きてから____。

睦ちゃんは、事あるごとに私を押しのけて、表の人格に出ようとする。

 

 

何度、言っても聞いてくれなかった。

 

 

祥子ちゃんに会いたい、会いたい、って、そればっかり。

 

私の言うことなんて、全然、聞いてくれない。

・・・・また、傷つけられちゃうだけなのに。

 

 

 

ーーー今は、私の方が表に出てる。

けど、

 

『モーティス』

頭の中から、睦ちゃんの声が聞こえる。

 

 

睦ちゃんは、度々、私に語り掛けてくる。

何度、説得しても表に出てこようとする。

無視しても、話しかけてくる。

 

 

『大嫌い』って、嘘を言っても、気にせずに出ていこうとする。

 

 

・・・・私はーーー、ただ睦ちゃんに、これ以上傷ついて欲しくないだけなのに・・・・・。

 

 

 

 

ギィ、という音が聞こえた。

 

部屋の扉が、ゆっくりと開く。

 

 

その音と共に、一人の男の子が入って来た。

 

 

薄い茶髪の髪に、血のように紅い、けれどどこまでも優しい瞳。

 

ワインレッドのスーツに身を包んだその華奢なシルエットは、今の私には、すっごく格好良くて、似合っているように思えた。

 

 

 

「朔くん!おかえりなさい!」

私は、その男の子_____朔くんのところへ歩いていく。

 

 

「うん。ただいま。モーティスちゃん・・・」

朔くんは、眉を少し下げながらも、いつもと変わらない穏やかな笑みを向けてくれた。

 

 

 

そのまま、私は、朔くんに抱き着く。

そして、朔くんの広くて温かい胸の中に、顔を埋め、ギューッと抱きしめた。

 

 

心細くて、仕方なかったから・・・。

 

 

「大丈夫だよ・・・。どこにもいかないからね・・・」

朔くんも、その不器用な両腕を私の背中へと回して、優しく抱きとめ、さすってくれる。

 

 

私は、そのぬくもりに流されるようにして、身体を朔くんに預けていく。

 

 

 

 

 

睦ちゃんと言い争っている動画がネットに流れてから、Ave Mujicaの復活が囁かれるようになった。

 

私の最初の目的だったけどーー。

 

 

 

睦ちゃんが、言うとおりにしてくれない。

 

 

それで、パニックになって、睦ちゃんと揉めて、暴れちゃって、鏡とかも割っちゃって。

そんな私のずっと近くにいてくれたのが、朔くんで。

 

 

優しくて。

心強くて。

 

暗くて、心細い世界を照らしてくれる、

 

そんな、私だけの太陽みたいなーーー

 

 

「朔くん。あのね・・・。私ーーー」

私は、自分の心の中に浮かんだ、言葉をそのまま、朔くんに告げようとしてーーー。

 

 

『・・・だ、め・・・』

 

睦ちゃんが、そんな風に小さく呟くのを聞いた瞬間、私の意識は、どんどん深く沈んでいく。

 

 

まただ。

また。

 

睦ちゃんは、私のしたいことをさせてくれない。

 

私は、睦ちゃんのしたいことを叶えてあげるために、出てきたのに。

 

 

なのにーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・朔・・・」

「睦ちゃん・・・」

私は、モーティスを押しのけて、朔の前に立った。

 

朔の体温が、スーツ越しに伝わってくる。

 

 

すごく、温かった。

 

けどーーーー。

 

すぐに身体を離す。

 

 

「モーティスが、変なこと言おうとして、ごめん・・・・」

俯きながら、静かに朔へと謝罪の言葉を口にする。

 

 

朔は、こんな私を助けてくれている。

 

モーティスに文句を言われているのに、怒りもせず、私を祥に会わせようと、その場所を探してくれている。

そよ達に、祥の力になってくれるように話もしてくれている。

 

 

さっきまで部屋を空けていたのも、きっと、私や祥のために、動いてくれてたからだ。

 

 

だから、これ以上はーーーー

 

 

「良いんだよ。気にしないで?」

 

穏やかな表情で、朔は微笑んでくれている。

 

 

・・・・私は、その顔をまともには見れなくてーーー。

 

逃げるように、そっと視線を逸らした。

 

 

それに気づいて、朔は、

 

 

「少し、お話しよう?睦ちゃん・・・」

また、優しく声を掛けてくれた。

 

 

それで、私と朔は一緒に話した。

他愛のない、本当に取り留めのないことを話して。

 

 

それでーーー、

 

 

「朔・・・、祥は?」

私は、祥のことについて聞いた。

 

朔は、ほんの少しだけ躊躇した後、静かに口を開く。

 

 

「・・・・祥ちゃんには、まだ会えてない。・・・・けど、大丈夫だから・・・。ちゃんと、睦ちゃんが、祥ちゃんに会えるようにするからね・・・」

 

本当に、優しそうな声色で話してくれた。

 

 

朔の顔には、不安なんてどこにもなくて・・・・。

本当にそうなるんだと思えて、心の底から安心できて・・・。

 

 

「・・・・うん・・・・」

 

私は、自然と頷いていていた。

 

 

『睦ちゃん!祥子ちゃんと会っちゃダメって言ってるでしょ!』

モーティスが、私の中で叫んでいる。

 

けど、そんなことは、耳に入らない。

 

 

ただーーー。

 

「・・・・朔・・・・」

 

「どうしたの?」

 

 

「・・・・呼んでみただけ・・・」

 

今は、ただ、この時間が心地よかった。

 

 

私は、隣に静かに佇んでいる朔の身体へと、身体を預けた。

 

暗闇に閉ざされた私の世界を、そっと静かに照らし出してくれる、私の優しい月に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身に深く寄りかかる彼女を見つめながら、静かに夜の時間を過ごす。

 

彼女は、ただ何も言わず、静かに僕のそばに寄り添っている。

お人形のような綺麗な顔を安らかな表情にしながら。

 

 

 

彼女は、僕を信頼してくれている。

 

僕が、何とかしてくれると信じている。

それが、どうしようもないほどに嬉しくて。

 

僕も、彼女_____睦ちゃんに・・・。

 

 

『・・・・お前、やっぱり、この世界が心地よくなっちまったんだな』

 

さっきの部外者の声が響く。

 

・・・・違う。そんな訳がない。

 

 

僕が、この世界にいるのは。

 

祥ちゃんと睦ちゃんのためで。

自身の贖罪のためだ。

 

 

ーーー今、こうやって、睦ちゃんの傍にいて、CRYCHICの元メンバーの皆と話をしてるのも。

 

こっちの僕が、引きこもって碌に動こうとしないからだ。

 

 

断じて、あいつの言うような身勝手な理由なんかじゃない。

 

 

 

 

「・・・・朔・・・?」

 

服の袖を引かれる微かな感覚に、再び睦ちゃんの方へと視線を戻す。

 

 

純粋で、優しくて、物静かで、お人形のように綺麗な女の子。

今は、少し不思議そうに、その美しい瞳で僕の方を見つめている。

 

その無垢な姿が、とても愛おしくて。

 

 

 

 

・・・・ここは、僕の世界じゃない。

 

だけど、目の前の彼女は、僕の知っている睦ちゃんで。

その事実が、僕の胸を満たしていく。

 

 

 

「何でもないよ」

 

僕は、そう言って、睦ちゃんをベッドに座らせて、窓の方へと歩く。

 

少し、寂しそうにしていたけど、ずっと部屋を閉め切ったままにしておくのもよくない。

 

 

空気を入れ替えようと、窓を開ける。

 

 

 

さっき、あの部外者と戦った時よりも、外の景色は雲が晴れ、月がその姿を覗かせていた。

 

 

月の光が、暗い部屋を照らしていく。

その穏やかな光が心を安らかなものにしてくれてーーー。

 

その静かな静寂に、意識を沈めーーー。

 

 

 

 

『ブロロロ!ブォオオオーーーーッ!』

 

 

 

ようとした時、バイクの音が鳴り響いた。

 

 

 

眉を潜めて、音が鳴っている方を向く。

無粋な人に、非難の目を向けようとした。

 

 

だけど、視界に映り込んだものに、一瞬、言葉を失う。

 

 

 

そのバイクは、真紅のボディに、背面にはヒレのような装飾がある。

そして、ナンバープレートには、コウモリを象ったような紋章_____キバの紋章があった。

 

 

 

「・・・マシンキバ―・・・」

 

 

 

そして、マシンキバ―には、一人の少年が乗っている。

僕と同じ姿で。

でも、確かに違う。

 

 

 

 

・・・・どうやら、彼は少し立ち直ったみたいだった。

 

きっと、祥ちゃんの所へと向かおうとしているのだろう。

 

 

自らの愛車に跨って、脇目もふらずに走っている。

必死に、前に進もうとしている。

 

 

僕は、ただただ、その様子を静かに見送った。

 

 

 

『お前の持ってる、その笛みたいなやつ?・・・ちょっと貸して欲しくてよ。』

あの部外者が言っていたことが、再び頭に過った。

 

 

 

懐から、一つのフエッスルを取り出す。

あの男に奪われなかった紫のフエッスル。

 

 

きっと、あの男は、彼に力を貸そうとしているのだろう。

立ち直りつつある彼にーーー。

 

 

だから、僕から二つのフエッスルを奪ったのだ。

 

事情を知らないあの男が、なぜ、これらのフエッスルが、キバの力に深く関与しているのかを知ったのかは不明だけど・・・。

 

 

だが、その狙いは、的確に芯を喰らっている。

 

 

こちらの世界の僕は、あれらのフエッスルを持っていなかった。

まあ、僕自身もあれらを手に入れたのは、随分と後のことであるので、当然ではあるけれど。

 

 

だから、あの力があれば、彼の運命は大きく変わるだろう・・・。

 

 

 

もう一度、手元のフエッスルを見る。

 

 

これも渡せばーーーー。

 

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

頭を振って、その愚かな考えを振り払う。

 

 

彼が、その力に意識を保つことができるのかは、分からない。

それに、あんな貧弱な彼に、自身が得た力を簡単に預けられるわけがない。

 

 

そう自分に言い聞かせて、僕は窓を乱暴に閉め、分厚いカーテンで月の光を遮断した。

 

 

そして、薄暗い部屋のベッドの上で、じっと僕を待っている睦ちゃんの方へと、ゆっくり向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

夜風を切って、マシンキバ―で夜道を駆ける。

 

ベッドの中で、僕自身の口から溢れた想いのままに、鉄馬を走らせる。

 

 

 

今さら、どの面を下げて来たのか。

 

来たところで、何ができるというのか。

 

 

そんな風に思われるかもしれない。

拒絶されても、蔑まれても、仕方がないーーーー。

 

 

けど・・・・。

 

 

 

きっと、今の僕が、偽りなく正しいと信じられる想いは、これしかなかったから。

 

 

 

だから、どれだけ、無様に転んでも、起き上がって進む。

それしかできない。

それしかーーー。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ここだよね・・・」

 

気づくと、三角さんの家があるマンションに着いた。

エンジンを切り、静寂が戻った暗闇の中でマシンキバ―から降りる。

 

 

『二度と、祥ちゃんに近づかないで』

 

かつての三角さんの言葉が頭を過る。

彼女の手から這い出ようとしてた、あの黒い蛇の影の感触と恐怖が蘇る。

 

 

その記憶に、一瞬だけ、僕の貧弱な身体は激しく怯み、足を止めそうになった。

 

ーーーーけれど、僕は止まらない。

もう、目は瞑らない。

 

 

 

強張る胸に掌を当て、歩さんに強く叩かれた時のことを思い出すように息を吸い込むと、三角さんの部屋へと向かって一歩ずつ、足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「祥ちゃん、私もお風呂入って来るね」

 

「えぇ・・。初華」

 

私は、浴室の重い扉の向こうへと初華の気配が消えていくのを完全に確認するとーーー、

 

 

 

「・・・・・っ、あ・・・・っ」

 

 

 

顔に必死で貼り付けていた偽りの笑顔を限界まで崩し、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

ーーー瞬間、滝のように嫌な汗が全身から噴き出してくる。

喉元が激しく痙攣し、息の仕方も忘れるほどに胸が苦しくなっていく。

顔の筋肉が、不規則に引き攣り、どうしても止まってはくれない。

少しでも気を緩めれば、叫び声と共に涙が流れてしまいそうになる。

 

 

何とか、初華にバレないようにはしているが、どうしても抑えられない。

 

 

何度、忘れようとしてもーーー。

 

 

『祥子ちゃんが、変なこと言ったから、睦ちゃんも朔くんも危ない目に遭ったんだよ!』

 

『それに、そもそも、睦ちゃんが傷ついた原因は、祥子ちゃんでしょ!』

 

『もう、祥には、ムジカしかないのに・・・。手を差し出してくれてたのに・・・。気遣ってくれてたのに・・・』

 

・・・・あの時の睦の痛ましい様子が、頭に過り続ける。

 

 

どれだけ都合よく忘れたいと願っても、忘れられない。

 

ずっと、頭にこびりついて離れない。

 

 

 

私の両手が、無意識に伸び、虚空を掴み続ける。

ーーー迷子になった子供が親を探しているように。

 

 

止めようと思っても、どうしても、どうしても止められない。

 

 

ずっと、心のどこかで、どこまでも、愛おしい彼を求めてしまう。

 

 

 

私の傍にいて欲しい。

 

また、あの雨の日のように、私に傘を差し出して、優しい言葉を掛けて欲しい。

 

私の汚れ切った涙を、その白い指先で拭って欲しい。

 

私が壊れそうな時に、支えて欲しい。

 

壊れそうなほどに、優しく、強く抱きしめて欲しい。

 

 

ーーーー私のことだけを、世界で私だけを愛して欲しい。

 

部屋の中で、お互いの肌を重ね合わせ、繋がり合ったあの夜のように、私だけを狂おしいほどに感じて欲しい。

 

 

 

 

そんな、どこまでも自分本位で、身勝手な最低の欺瞞が頭の芯を侵食していく。

 

 

それでも、それでもーーー。

 

「・・・朔に・・・会いたい・・・」

 

 

 

 

・・・・本当に、どこまでも身勝手な人間だ、私は。

 

 

 

逃げて、逃げて。

逃げ続けて。

 

 

なのに、都合よく彼に頼ろうとしている。

 

 

彼を傷つけたのに。

睦を壊してしまったのに。

 

 

なによりーー、

 

 

『ねえ、知ってる?朔くんね。本当は祥子ちゃんよりも、睦ちゃんが好きなんだよ?』

 

 

朔は、睦のことを愛しているのだ。

 

だから、私にはもう、彼の傍にいる資格も道理は残されてはいない。

 

 

だからーーー、

 

 

 

『ピンポーン』

 

 

 

玄関のチャイムが鳴った。

 

 

きっと、お爺様だ。

また、私を連れ帰ろうとしている。

 

 

 

私は、重い足取りで玄関の方へと歩みを進めた。

 

いつもは、初華が対応してくれている。

今回は、私がーーー、

 

 

震える指先で、玄関のドアノブに触れる。

 

 

ちゃんと、言い返せるだろうか。

断れるだろうか。

 

 

何もかも、無くしてしまった私が、あの人の手を振り払えるのだろうか。

そもそも、振り払う理由はーーー。

 

 

そんな、嫌な考えを渦巻かせながら、ドアノブを開いた。

 

 

そこには、険しい表情のお爺様の姿がーーー

 

 

「・・・・ぇ・・・?」

 

なかった。

 

 

そこに立ち尽くしていたのは、月の光を背に浴びている、優しそうな少年。

 

 

「祥ちゃん・・・」

 

恋焦がれていた彼の_____黒瀬朔の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「祥ちゃん・・・」

 

僕は、彼女の名前を呼んだ。

 

 

祥ちゃんは、ビクリと肩を震わせ、少し怯えたような眼差しを僕へと向ける。

 

でも、確かに、僕に手を伸ばそうとしている。

 

 

 

その時の祥ちゃんの表情はーーー。

 

 

泣いているのか、笑っているのかも分からなくて。

目元からは涙が流れ落ち、口元は引き攣り、眉は不自然に吊り上がっている。

 

 

・・・・本当に苦しそうな表情だった。

 

 

 

小さく息を吸い込んで、口を開く。

 

自分が、何を言えば良いか、分からない。

 

祥ちゃんに何を言うのが、正しいか、よく分からない。

 

きっと、今の祥ちゃんに僕が何を言っても、暴力になってしまう気がする。

 

 

 

ーーー睦ちゃんを追い詰めてしまった時のように。

 

 

 

でも、それでも。

自分の胸の中の想いを抑えられなかった。

 

 

 

「・・・会いたかった・・・」

 

 

僕は、嘘偽りのない言葉を彼女へと告げた。

 

 

 

その時の、祥ちゃんの表情は、怒っているようで、泣いているようで。

 

でも、ほんの少しだけーーー。

 

 

 

「朔・・・。私もーーー」

 

嬉しそうに微笑んだ気がした。

 

 

 

祥ちゃんが、僕を抱き寄せようとしてくれる。

 

 

・・・・僕は、その手を掴んで、自身へと引き寄せた。

 

 

 

 

そのままーーー。

 

 

静まり返った夜のマンションの玄関口で、数十秒間、抱擁を交わした。

 

 

祥ちゃんは、何も言わない。

けど、僕に寄りかかってくれている。

 

 

 

そんな、祥ちゃんに対して、僕は言葉を紡ごうとする。

 

「祥ちゃん、あのね・・・」

 

彼女の身体がピクリと動いたが、拒絶することなく、黙って僕の声に耳を傾けてくれている。

 

 

「僕、祥ちゃんの力になりたいんだ・・・」

祥ちゃんは、静かに黙り込んでいる。

 

 

「小さい頃、僕の手を引いてくれた、太陽みたいな祥ちゃんを、今度は、僕が助けたいんだ・・・」

 

祥ちゃんが僕を抱きしめる力が強くなった。

 

・・・ほんの少しだけ少し息が苦しくなる。

 

けど、それすらも、今はーーーー。

 

 

「今さら、虫のいい話だよね・・・。・・・・大変な時に傍にいなかったのに・・・」

祥ちゃんの目を見つめて、言葉を続ける。

 

 

琥珀色の綺麗な瞳が大きく揺れる。

動揺しているように、怖がっているように・・・。

 

 

そんな様子に胸を痛めながらもーーー

 

 

「でもーーーー」

 

 

言葉を続けようとした。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・祥ちゃん・・・?」

 

 

 

 

その時、部屋の奥の方から、声がした。

 

声の主の方を見てみると、金髪の少女_____三角初華さんが、動揺した表情で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・祥ちゃんが、あの男と抱き合っている。

 

 

あの男が、祥ちゃんの前に現れている。

あんなに傷つけておきながら。

睦ちゃんと不貞を働いておきながら。

 

なのにーーー、

 

 

 

祥ちゃんは、嬉しそうに、安心したように。

その細い両腕で、あの男を抱きしめている。

 

 

 

何で?

どうして?

あんなに酷いことされたのに。

あの男がいるせいで、祥ちゃんは苦しんだのに。

祥ちゃんを裏切ったのに。

 

 

 

・・・・何で、そんな嬉しそうにしてるの・・・?

 

私の近くからいなくなっちゃうの?

 

 

 

そんな焦燥と不安が浮かび続けて、

 

私はーーー。

 

 

「祥ちゃん!」

 

激情のままに激しく足を踏み出し、祥ちゃんの手を強く掴んだ。

 

 

その声を聞いた祥ちゃんは、大きくその身体を震わせて、弾かれたように私の方へと視線を向ける。

 

あまりの動揺に、綺麗な琥珀色の美しい瞳は大きく見開かれていた。

 

心の底から驚いているみたいだった。

 

 

私は、そんな祥ちゃんの様子を一瞬だけ見た後、あの男をすぐに睨みつける。

 

 

だけど、あの男は、前みたいに怯えた様子は見せない。

いや、怯えてはいる。

指先が少し震えている。

 

 

・・・・けど、それでも、私から目を逸らさない。

 

 

 

その様子から目を逸らしたくて・・・。

 

 

「黒瀬くん、何してるの?どうして、祥ちゃんに会ってるの?睦ちゃんと、あんなことしておきながら・・・・っ!」

 

あの男を、糾弾する。

 

前にそのことを口に出した時は、彼は、ただ震えて泣き叫んでいた。

 

 

「違う。僕は、睦ちゃんとそんな淫らな関係じゃない・・・っ!」

 

 

なのに、今回は、真っ向から否定してきた。

 

迷いのない、声で。

はっきりと。

 

 

祥ちゃんが、じっとあの男の顔を見ている。

動揺しているように。

信じきれないように。

 

けどーーー、

 

 

 

どこか、愛おしそうに。

憧れているようにーーー。

 

 

 

それが、どうしても嫌で。

許せなくて。

 

 

だから、

 

 

「朔・・・。・・・本当、ですの?・・・本当に、睦とは何も・・・」

 

「うん・・・。祥ちゃん、あのね。僕は・・・」

 

祥ちゃんの震える問いかけに静かに首肯し、あの男が手を伸ばそうとした。

それを見てーーー、

 

 

 

 

 

「私から、祥ちゃん取らないで!」

 

 

 

 

 

私は、あの男の胸倉を掴み、勢いよく地面に放り投げた。

 

 

重苦しい衝撃音と共に、彼の身体を床に激しく叩きつけられる。

 

 

「・・・・朔・・・っ!」

 

祥ちゃんが、あの男の方に駆け寄ろうとする。

 

私は、祥ちゃんを家の方へ引き入れて、玄関の扉を固く閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・初華・・・・っ!どうして・・!」

私は、激しい動揺のままに彼女へと詰め寄る。

 

 

 

先程の初華の豹変ぶりが信じられなくて。

 

いつも穏やかで優しい彼女が、あんな大きな声で朔を放り投げたのが理解できなくて。

 

 

「あ、ご、ごめん。・・・・祥ちゃん・・」

 

初華は、いつもの様子に戻って、酷く申し訳なさそうに身を縮こまらせた。

 

その様子は、いつもの、私の知っている初華だった。

 

 

 

「・・・わ、私・・、祥ちゃんが、黒瀬くんのせいで傷ついたから・・・。だから・・」

 

「・・・頭に血が上っちゃって・・・・」

 

 

彼女は床に視線を落として俯きながら、消え入るような小さな声で、悲痛な弁明を告げている。

 

 

 

「だからといってーーーー!」

それでも、私は自らの内側から溢れ出すパニックを抑えきれず、さらに彼女を問い詰めようとする。

 

やっと、やっと自分に会いに来てくれた彼に対して、あんな理不尽な暴挙を働いた彼女のことが、どうしても許せなくてーーー。

 

 

 

だけど、

 

 

「・・・・本当に、ごめんなさい・・・」

 

肩を落として、子犬のように弱々しく俯いている初華の姿を見て、途中で口を噤んでしまう。

 

 

彼女も、私のことを思って行動してくれたのだ。

それは分かっている。

 

 

だけどーーー。

 

 

「初華。申し訳ありませんが・・・、今日はもう、先に休んでいて下さる?」

自らの指先を強く握り締めながら、私は彼女から目を逸らし、そう告げた。

 

 

それでも、今は、彼女を受け入れることが出来なかった。

 

 

 

「・・・・・うん・・・」

初華は、何も言わずに、部屋の奥へと歩く。

 

 

 

「・・・・祥ちゃん。・・・私と一緒にいてくれる?」

 

それは、寝る時のことなのか。

それとも、これからのこと全てを含めて言っているのか。

 

不安げに、彼女は去り際に、私にそう告げた。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・」

私は、その問いに何も返すことは出来ず、立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

・・・・それから、どれほどの時間が経った頃だったろう。

 

 

 

 

玄関のドアポストに、二枚の小さな紙が入れられているのに気づいたのは。

 

 

情けなく震える指先を伸ばして、それらを拾い上げる。

 

 

『また、会いに来るから』

 

 

陽光に透ける薄い茶髪を揺らした、あの愛おしい少年の筆跡。

 

紛れもない、朔の字で、そう真っ直ぐに書かれていた。

 

 

 

 

また、彼は、私に会おうとしてくれる。

 

 

ーーーーけれど、私は、彼の手を取っても良いのだろうか?

 

 

さっきの朔の言葉も、心のどこかでは信じられず。

 

睦を壊してしまった罪から逃げて。

 

それからも現実と向き合わずに。

 

ただ、引きこもり、忘却することを望んでいた私がーーー。

 

 

 

「・・・・もう一枚は・・・」

私はもう一枚の、紙も見へと視線を落とす。

 

 

そこにはーーーー。

 

 

『祥ちゃんの幸せは何?』

 

そんな問いが、書かれていた。

 

 

「・・・・幸せ・・・?」

 

今の私の幸せ?

 

今の私が幸せだと感じること?

 

そんなものは、どこにもーーーー。

 

 

 

『これから私たちはバンド、共に音楽を奏でる運命共同体となるのです』

 

『春日影は、私たちの歌ですのね』

 

『燈の歌詞に相応しい曲を書いて見せますわ』

 

 

 

「・・・・・ぁ・・・」

 

脳髄の奥底から、無意識の内に、かつてCRYCHICでの眩しい日々の中で、私が口に出していた言葉を思い出す。

 

 

あの頃の私は、今よりもずっと、笑えていていただろう。

 

間違いなく、幸せだと言える時間だっただろう。

 

 

『祥ちゃん、睦ちゃん・・・。えっと、凄かったよ・・・!』

 

『・・・カラオケ?・・・僕と行くよりも先に・・・?』

 

『え?高松さんと星を見た?・・・僕も誘ってよ・・・』

 

 

彼も_____朔も、今よりもずっと楽しそうだった。

幸せそうにしていた。

 

 

いつも、人知れず何かを恐れて、ずっと、重いものを背負っていた彼も、きっと、あの時だけは、本当に幸せを感じてくれていたのだと、そう、思えた。

 

 

 

戻れるならーーー。

 

 

 

「そんなこと出来るわけが・・・・」

 

 

出来るわけがない。

私が壊したのだ。

 

私が壊したから、今のような罰を受けなけらばならないのだ。

 

それに、今、ここで、もう戻らない過去に縋ってしまったら、あの雨の日に傘を差し出してくれた、彼の優しさも否定してしまう気がしてーーー。

 

 

でも、その考えを止められず、私は、その場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

祥ちゃんにも、何か伝わったのかな・・・。

それすらも、分からない。

・・・・というか、僕自身、自分が彼女に何を伝えたいのか、その芯の部分すら曖昧だ。

 

 

けど、祥ちゃんに、何か伝えたいと思って。

そんな一心で、あの二つの紙を入れた。

 

 

 

「・・・・はあ・・・」

 

自然と重いため息が出てきた。

 

やっぱり、僕は、まだ自分が何がしたいのか、何を信じれば良いのかが、分かってない。

 

・・・・ただ、自分のやりたいことを、ライブ感で動いて、やってみただけだ。

そんなことで、祥ちゃんのことを助けることが出来るわけがない。

 

 

もっと、こうーーー、具体的に、祥ちゃんのために、何かーーー。

いや、睦ちゃんのこともーーー。

 

 

 

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 

そんな風に考えながら、俯いて、夜道を歩いていると一人の男の人にぶつかった。

 

 

慌てて見上げたその男の人は、僕の身長を遥かに凌駕する2m近い背丈に、落ち着いた黒髪。

少し大人しい雰囲気で、良く似合っている茶衣着を身に纏っている。

 

 

 

「・・・・歩さん?」

 

「おう!数時間ぶりだな・・・!」

 

先程、マゼンタとシアンのオーロラに包まれて姿を消したはずの、安達歩さんが、目の前にいた。

 

 

「・・・あの、歩さん・・・」

僕は、今、自分が抱いている悩みを、口に出そうとする。

 

数日前に会った人に、そんなことを言うのは、良くないけど・・・。

 

また、僕を前に向かせてくれそうでーーー。

 

 

「・・・ん?、んん?」

 

 

歩さんは、少し不思議そうに僕の表情を見つめてーーー

 

 

「よし!大丈夫そうだなっ!」

 

そう言って、朗らかに笑いかけた。

 

 

大丈夫?

今の僕が?

はっきりとしたことが考えれてない。

こんなーーーー。

 

 

 

「お前に、スゲェ良いもの渡すからよ。ちょっと時間くれねぇか?」

 

「えぇ?・・・で、でも・・」

 

 

歩さんは、僕の細い肩をその分厚い片腕でガシリと組みながら、有無を言わせぬ調子でそう言った。

そして、逆らうことの出来ない圧倒的な力で、僕をぐいぐいと引っ張っていく。

 

 

「ラーメンでも食いながら、話そうぜ~」

 

・・・・・本当に、この人はラーメンが好きなようだ。

そんな呑気な考えが浮かぶ。

 

 

 

けど、すぐに、その考えを振り払う。

 

 

今の僕に、そんな暇はない。

歩さんに背中を押されたんだから、ちゃんと、自分の足で前に進んでいかないと。

 

祥ちゃんのことに、睦ちゃんのことにーーー。

やらなきゃいけないことがーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・別について行っても良いよ。睦ちゃんは、今、寝てるから」

 

 

 

背後から、不意に一人の少年の声が響いた。

 

 

すごく馴染みがあって。

でも、あまり聞いたことがないような。

 

そう。

 

 

 

まるで、録音した自分の声を、後で聞いてみたような感覚で。

 

 

 

そんな違和感に苛まれながらも、後ろを振り向いた。

 

 

 

 

薄い茶髪。

血のように、紅い瞳。

ワインレッドのスーツに身を包んで、眼鏡もつけていないけど・・・。

 

 

 

それは間違いなく・・・

 

 

「・・・もう一人の僕・・・」

 

いつも鏡で見ていた顔だった。

 

そんな道理の合わないことがーーー。

 

 

祥ちゃんや睦ちゃんが会ったと言ってた僕。

睦ちゃんが、苦しそうに叫んでた動画で、睦ちゃんの傍にいた僕。

高松さんや千早さんが話してた、雰囲気の違う僕。

高松さんや長崎さん、椎名さんに、祥ちゃんのことを話してたーーー。

 

 

今までの事態がすっと、頭に入ってきて・・・・。

 

 

ほんの少しだけど早く、この異常な現実に対して落ち着きを取り戻すことが出来た。

 

 

「・・・思ったよりも、呑み込みが早いね」

 

彼は、少し意外そうに両目を丸くして僕を見つめる。

 

だが、すぐに表情を戻した。

 

 

「いや、それよりも、君に聞きたいことがあるんだ・・・。君はーーー」

 

彼がそう口を開こうとしーーー

 

 

 

 

 

 

 

『らっしゃっーせ!!』

 

突然、そんな快活で威勢の良い声が鼓膜を震わせた。

 

 

「「・・・・・は?」」

 

 

 

僕ともう一人の僕は、そんな気の抜けたマヌケな声を発していた。

 

 

 

さっきまで、僕らは暗い夜道にいた。

 

 

なのに、

 

 

「注文、どうしますかー?」

 

「お、巴もバイトか・・・って、こっちじゃ、俺の事知らねぇか・・・。豚骨醤油ラーメン3人前で。」

 

 

なんで、ラーメン屋さんにいるんだろう?

 

 

 

「貴方は・・・、本当に・・・」

ワインレッドの僕が、額にピキピキと青筋を立て、憎々しそうな視線を歩さんに投げかける。

けれど、それに対しても、安達歩さんは1ミリも怯む様子すら見せない。

 

 

「これが、キバ―ラと鳴滝に協力したメリットだな。・・・行っても構わねぇんだろ?・・・お前が、そう言ったんだぜ?」

 

歩さんはそう言って、不敵に笑うと、一番奥の席へと腰掛けた。

 

 

「・・・・それは、こっちの僕に言ったんですけど・・・」

 

もう一人の僕も、そんな風に呟きながらしぶしぶ、席に座った。

 

 

・・・僕も、少し迷いながらも、席に座った。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「替え玉、おかわり!」

 

 

僕とワインレッドの僕は、黙々とラーメンを啜り、歩さんは替え玉を頼んでいる。

 

 

・・・・一体何なんだろう、この息の詰まるような、それでいて間の抜けた空気は・・・・。

 

 

「まあ、取り合えず、自己紹介でもしたらどうだ?」

 

 

替え玉を待っている間、歩さんは、僕たち二人にそう問いかけた。

 

・・・・そんな、日常的なノリで言わないで欲しいんだけど・・・。

 

 

「えっと、黒瀬朔です・・・」

 

「あぁ・・・。お母さんの方の苗字なんだね。僕は紅朔」

 

彼は、少し驚いた様子で。

でも・・・、調子は崩さずに、告げる。

 

その苗字には聞き覚えがある・・・・。

確か、それはーーー

 

「お母さんの苗字・・・。何で、君が・・・」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

彼は、何も話さない。

 

話す必要がないと言わんばかりに、何も。

 

 

 

「ふーん。お前ら、苗字違うかったんだな~」

 

運ばれてきた替え玉を豪快にスープへ投入しながら、歩さんが呑気に声を弾ませている。

 

本当に、この人はどこまでもマイペースというか、大物というか・・・・。

 

 

「で?紅の方の朔は、黒瀬の方の朔に何の用なんだ?」

 

「・・・・紅と呼んでください」

「あ、じゃあ・・・。僕も黒瀬で・・・」

 

「ん?そうか。じゃあ紅、お前は黒瀬に何の用なんだ?」

 

何だか、調子が狂う。

 

 

「僕が、君に言いたいことは、沢山あるんだけどーーーー」

彼は、唇に指を当て、少し考えた後ーーー。

 

 

 

 

「・・・・君が、嘘偽りなく、告げられる思いは何?」

 

そう告げた。

有無を言わさない調子で。

偽りを抱えることは許さないという眼差しで。

 

 

 

「・・・・それはーーー」

 

出自も、正体も分からない彼にそんなことを伝える必要はない。

でもーーー、

 

 

 

「祥ちゃんを助けたい・・・・!祥ちゃんを今度こそ守りたいっ!」

 

 

 

僕は、自らの胸の奥底から這い出てきた、一切の嘘偽りのない本心の言葉を叫ぶように告げた。

 

あの暗い毛布の中から這い出し、マシンキバーを狂ったように駆り立てて走らせた時から、僕の内に宿っていた、たった一つの純粋な思いを。

 

 

「・・・睦ちゃんのことは言わなかったね・・・。でも、まあ、仕方ないか・・・。僕も、そうだったし・・・」

 

彼のそのどこか哀愁を帯びた言葉を聞き、罪悪感で胸が痛む。

 

・・・そうだ。僕は、どこまでも、身勝手だ。

僕の所為で、睦ちゃんは苦しんだのに・・・。

 

なのにーーー。

 

まだ、睦ちゃんへ抱いている、得体の知れない恐怖を拭えていない。

 

 

 

だが、僕のその見苦しい動揺を全く意に介さずに、彼は、再び口を開く。

 

 

「・・・それで、君は、その言葉にどのくらいの覚悟があるの?」

 

「・・・・え・・・?」

 

「今の弱い君で、一体何ができるっていうの?」

 

「・・・・それはーーー」

 

どこか、聞き覚えのある問いだった。

 

・・・・・祥ちゃんが長崎さんに言ってた問いと、似ていた。

 

 

・・・・弱い僕に、できること・・・。

そんなこと、ほとんどない。

 

 

 

できることを考える。

 

 

いっしょにいる?

そんな弱気な逃避じゃ、何も変えられない。

 

 

傘を差し出すように、盾になって祥ちゃんを守る?

違う、今の僕じゃ、すぐ壊れる。

盾になんて、なれるはずない。

 

 

 

考える。

考える、考える、考える、考える。

 

 

 

彼は、僕の方をじっと見ている。

 

歩さんも、何も言わない。

 

 

どんどん、心細くなって。

逃げ出したくなるほど不安になってーーー。

 

 

 

 

 

『私と友達となってくださる?』

 

 

その刹那、僕の脳裏の暗闇に、不意にある日の柔らかな残照が差し込んできた。

 

優しいお日様の光が射す、あの懐かしい木漏れ日の中で。

祥ちゃんが、優しく微笑んで。

 

ーーーーその白くて綺麗な手を、僕の元へと真っ直ぐに伸ばしてくれた、あの瞬間を。

 

 

手を引いて、僕を暗い世界から連れ出してくれた。

太陽のような眩しい笑顔で。

 

 

僕は、その笑顔に憧れて、恋焦がれて。

 

 

 

ああ、そうだ。僕はーーーー。

 

 

 

「・・・・祥ちゃんの手を引くことが出来る」

 

祥ちゃんの手を引いて、明るい場所に連れ出したい。

 

彼女の世界をもっと広げたい。

 

祥ちゃんを、幸せにしたい。

 

 

ーーー祥ちゃんが、僕にしてくれたように・・・。

 

 

僕も、祥ちゃんを、照らしたい。

 

傲慢だと言われるかもしれない。

どの口で、と言われるかもしれない。

 

 

けど、それが、僕がしたいこと。

 

僕にしか出来ないことだと思ったから。

 

 

 

「覚悟もある・・・」

 

 

僕は、それでもまだ試すように僕を睨みつける、ワインレッドのスーツの彼に向けて真っ直ぐに告げた。

 

 

 

 

 

「僕の人生、全部祥ちゃんにあげる」

 

 

 

胸を張って、嘘偽りなく。

祥ちゃんに対する誓いを立てた。

 

 

「・・・・そう・・・」

 

彼は、その言葉を聞くと、ほんの少しだけ笑って、一つのメモ用紙を取り出す。

 

そして、手元で静かに何かを書き付けると、カウンター越しに僕の手へと手渡してきた。

 

 

「この時間に、RINGに祥ちゃんを連れてきて。睦ちゃんや高松さん、長崎さん、椎名さん_____CRYCHICの皆を集めるから・・・」

 

「・・・・え?」

 

「話は、皆に通してあるから、君は、祥ちゃんのことだけ考えて・・・」

 

 

「僕は、睦ちゃんとモーティスちゃんのことだけ考えるから・・・」

 

 

そう言った後、彼は、静かに椅子から立ち上がり、ラーメン屋の暖簾をくぐって出て行ってしまった。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って・・・っ!」

 

僕は慌てて席を立って、外へと急いで飛び出した。

 

けれど、どこを見渡しても、彼の姿は見当たらない。

 

 

あんな、訳の分からない人に、睦ちゃん達のことを任せられない。

そう思って、必死に彼を追いかけようと足を踏み出す。

 

 

 

「大丈夫だって」

走り出そうとした瞬間、僕の肩を、歩さんの掌が優しく、力強く引き留めた。

 

 

すぐに反論しようとーーー。

 

 

「俺が、ちゃんと裏であいつのことを見てるからよ。安心してくれ」

 

したが、歩さんが僕を宥めてくる。

 

 

そしてーーー

 

「それに、さっきプロポーズみたいなこと言ってたんだから・・・。ドシッと構えとけ」

 

歩さんは僕の背中を、鼓舞するようにバンッと豪快に叩く。

 

 

「これもやるからよ」

 

その後、僕の手のひらに、二つの笛_____青と緑のフエッスルを渡してくれた。

 

 

見覚えのないフエッスル。

 

正体不明で、どうして歩さんがこれらを持っているのか、僕には訳の分からないものだったけれど。

 

 

だけど、どうしてか、心強く感じて・・・。

 

 

「・・・・はい・・・・っ!」

 

僕は自然にそう頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーその後、僕は一人でラーメン屋の外へと出た。

 

会計は、歩さんが「男の約束の代金だ」と言って、後でまとめて払ってくれるとのことだった。

 

 

ゆっくりと、けど確かに。

歩みを進めていく。

 

 

 

「・・・・綺麗だなぁ・・・」

 

ふと見上げた夜空には、美しい月が浮かんでいた。

 

まん丸の満月が、暗闇を照らしてくれる。

 

 

そんな穏やかな光を浴びながら、帰路を歩く。

 

 

僕は、祥ちゃんのように_____太陽のように、照らすことは出来ないかもしれない。

 

 

けど、今夜の夜空に浮かぶ満月のように。

 

暗闇で迷子になっている祥ちゃんを、静かに、優しく、どこまでも、どこまでも照らし続けることが出来るようになりたい。

 

 

そう、強く思うことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

成り損ないの王は、月光の下で自らの答えを手に入れ。

王の影は、彼の在り方を、幾分か認めた。

 

欺瞞が剥ぎ取られていく、覚醒前夜の帳が静かに更けていき。

 

王は、愛しい者への慕情を強めーーー、

 

 

再び、舞台へと上がる。

 

 

 

 




第十一話の閲覧ありがとうございます。

やっと、朔くんが立ち直りました。

八話のボロボロ状態から何とか頑張りましたね。

これからの話では、カッコいい出番も増えていくのでお楽しみに!


誤字などがありましたら、報告お願いします。


あと、感想や評価などもモチベーションなどに繋がるので、よろしければ、ぜひ・・・・。
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