BanG Dream!×仮面ライダー詰め合わせ(になる予定) 作:湯豆腐に季節のエクレアを添えて~
今回は、主人公(朔くん)の置かれている状況や、
彼の周囲を取り巻く環境・設定の説明が多めの回となっています。
(注意)
作中において、三角初華ちゃん関連の重大なネタバレに触れている部分があります。
そのため、アニメ本編をご視聴いただいてからの読了をおすすめします……!
あの日の情景がリバイバルされる。
僕は夢の中で、その情景をどこか冷静に見つめていた。
家の窓からは激しく降る雨と曇天の空だけが見え、心を晴らす事は無い。
僕はベッドの上で横たわり、
その上で彼女は艶やかに踊る。
いつもの淑やかな雰囲気とは違って、情熱的で、扇情的で。
どこまでも僕を見つめていてー。
そして、僕に小さな声で謝罪の言葉を繰り返していた。
自分の今やっていることが正しいことではない、とあの時の彼女自身もきっと分かっていた。
でも、それでも・・・・、
彼女は、溺れようとしている者が頼りにならない藁にも縋ってしまうように、僕を求めていた。
だから、僕はーーー。
あの時、祥ちゃんを拒めなかった。
あのまま、祥ちゃんを放っておけなかったから。
それと同時にーーー
そんな彼女の変わりように胸を痛めながらも、獣のように彼女を求める自分がいて。
逃避的でも倒錯的でも、彼女がー、
・・・・あの激しい雨の中で涙を流し続け、一人ぼっちでいるよりは良いと。
そうやって頭の中で卑しい言い訳を重ねながら、僕はー
『何も変わらないな、お前は』
世界が一転し、陽の射さない暗い古城へと変貌する。
そして、背筋を凍らせるような声が響いた。
僕が最も恐れるあの人の声。
同じ血を分けながら、絶対に分かり合うことのできない相手。
『あの時からー、僕から逃げた時から何も変わらない』
胸元で妖しく輝く、鮮やかなステンドグラス。
自らが絶対的な王であると証明するかのような冠と古城を彷彿とさせる重厚な白銀の鎧。
漆黒のマスクに、強い存在感を放つ鮮やかで巨大な青色の複眼。
銀色のラインは獲物を絡めとる蛇の鱗のようであり、絶対的な支配を意味する鎖のようで。
僕のキバとは違う王の証―。
それを身に纏うあの人は、僕へと手を伸ばしてくる。
抵抗しようとするが、蛇に睨まれた蛙のように身体が震えて一歩も動けない
その様子を呆れ、軽蔑するかのような仕草をしながら、あの人はさらに近づきーーーー
「はあ・・・!・・・ゆ、夢だよね?」
ようやく、窒息しそうな悪夢から目を覚ますことができた。
辺りを見回すと、見慣れたヨーロッパ風の佇まいを持つ我が家の寝室だった。
少なくとも、あんなじめじめとした陰惨な雰囲気の古城ではない。
よかった。本当に良かった。
安心したように胸を撫でおろし、ベッドから降りようとする。
「お~!朔~!起きたか~?」
「ぶふっ・・・!」
その瞬間、正面から飛んできたキバットが僕の顔面にクリーンヒットした。
衝撃でジンジンと痺れる鼻先を押さえながら非難の視線を送る。
けれど、キバットはどこ吹く風といった様子で陽気に飛び回っている。
本当に、このコウモリは・・・・。
「お、朔!やっぱりそれ似合ってんな!」
「・・・・本当にそう思ってる・・・?」
自分の今の服装を見下ろす。
今の僕は、『冷やし中華始めました』と間の抜けた文字が躍るTシャツに、
不似合いなダメージジーンズを着用している。
どうやら、昨夜は、帰宅した後、疲労のあまりそのままベッドに倒れこんでしまったらしい。
「・・・・キバットが持ってきてくれたおかげだね」
「そうだろ~」
「そのおかげで、帰る際中、信号で止まるたびに通行人の目が痛かったよ」
「それほどでも~」
「ほ・め・て・な・い!」
・・・・まあ、夜がもう更けた時間帯だったから、ほとんど人には見られていないのだけれど。
それでも、このお喋りコウモリはもう少し反省して欲しい。
・・・・もっと他に、まともな服は沢山あったはずなのに。
心の中で悪態をつきながらも階段を降り、台所へと足を進める。
冷蔵庫に置いてあったビーフシチューを探す。しかし、
「・・・・ねえ、キバット?何で空っぽになってるのかな?」
昨日までビーフシチューが入っていた鍋には何も入っていなかった。
「朝飯にビーフシチューは重いだろ?」
「・・・そうだね。でも、僕の記憶が確かなら、結構な量が残っていたはずなんだけど?」
「昨日、朔は祥ちゃん家で飯食ったんだからいいだろ?」
「・・・・・」
確かに、一人では痛む前に食べきれるか心配ではあったけどー。
確かに少し落ち込んだ気持ちだったし?
・・・いっそのことキバットが全部食べてくれていることを少し祈っていたけどー。
もうちょっと、何というか・・・・
相棒の好物を少しは残しておいてあげようという気持ちは無いのだろうか、このコウモリには。
「・・・・はぁ・・・」
ため息を溢しながらも僕は朝食の準備をし始めた。
テーブルに置いてあった食パンをそのまま口に咥え、僕は鏡の前に立つ。
寝癖が鶏のとさかのように激しく跳ねていたので、急いで直す。
それが終わり、食パンを嚥下すると、すぐに顔を洗って眼鏡を掛け直した。
鏡の中に佇んでいるのは、ごく平凡で気弱そうな文学少年――。
まあ、そこまで本は読まないので、文学少年と言うのは正しくないかもしれないけれど・・・。
雰囲気的には的を射ている気がする。
・・・・自分で言うのはどうなのか、とは思うけど。
その後は、学校に行く準備を始める。
鞄に筆記用具や教科書、ノートを入れ、
作り置きしていたおかずとキバットが炊いてくれていた白飯を弁当箱に詰め込む。
・・・・・一人で外に出ることも出来なかった僕が随分と成長したものだと思う。
それも、彼女のおかげなのだけれど、結局、僕は彼女に、何もー。
またしても自己嫌悪のスイッチが入りそうになり、慌てて首を振って暗い思考を追い出す。
常に暗い思考を抱えている状態では、日々を乗り切ることができない。
「・・・いってきます」
少し離れたテーブルの上、静かに置かれている写真――、
母さんの遺影に向かって小さく言葉を告げると、僕はそのまま玄関を出た。
お昼時。高層ビルが立ち並ぶオフィス街の広場は、ランチを楽しむ人々で賑わっていた。
カフェテラスから聞こえるOLたちの楽し気な話し声とベンチに腰掛けるサラリーマンの重い溜息。
そんな平和な日常の光景を、一人の男が息を荒げながら見つめていた。
男の目はギラギラと輝き、口元からは大量の唾液が絶え間なく零れ落ちている。
男は眼前に広がる光景に心を躍らせ、気を高ぶらせる。
その瞬間、男の顔にステンドグラスの紋様が浮かび上がり、その姿が大きく歪む。
馬の顔に全身の要所を飾るたてがみを思わせるステンドグラス。
馬の蹄を思わせる爪に、隆起した筋肉――。
ビーストクラスに属する馬型のファンガイア、ホースファンガイア。
彼は自身に襲い来る空腹感と欲求を押さえることをしようとすらしないー。
――先代のキングが亡くなった後、ファンガイアの社会は二つの思想に分かれていた。
人間との友好的な共存を望む者たちと、
これまで通り魔族の頂点として人間を家畜として扱うことを望む者たち。
このホースファンガイアは後者であったが・・・。
彼の周囲にいた同胞たちの多くは、人間と友好的な関係を結ぼうとする動きに積極的であった。
秘密裏に人間社会の地位の高い者たちに取り入るもの、
自身が人間社会で高い地位にいるもの。
手段はそれぞれであるが、大勢の者が人間と共存しようと考えている。
・・・・話に聞くと、チェックメイトフォーのビショップやルークも意見が分かれているようだ。
愚かなことを議論しているものだと彼は鼻で笑う。
人間など、自分達にとってただの家畜でしかない。
・・・・それらと肩を並べるなど、恥知らずにも程がある。
芸術や趣向に肯定的なものは昔からいたが・・・・。
友人関係だけではなく、あまつさえ、恋人関係になるなどー。
今も古からの掟を破ろうとする恥知らずな者たちが増え始めている。
それも全て、恥知らずな先代キングと、忌まわしい裏切り者のー。
「・・・・今は、食事に集中するか」
頭を振って不快な雑念を追い払い、自分好みの獲物を吟味する。
目を付けたのは、程よく肉付きの良い二十代前半の女。
獰猛な笑みを浮かべ、ライフエナジーを吸い取ってしまおうと、吸命牙を放つ。
これから自身の喉を潤すであろう、ワインのような命の脈動を胸の内で心待ちにしながら、
女に牙を突き立てようとした。
――その刹那。
「うがぁぁ⁉」
凄まじい衝撃と共に、ホースファンガイアは路地裏に叩きつけられた。
軌道が逸れた吸命牙は虚空を噛んで霧散する。
女は、少しきょとんとした顔をしながらも、何事もなかったように再び歩き始める。
それを一瞬、憎々し気に睨むと、ホースファンガイアはすぐに襲撃者に反撃をしようとする。
「・・・・ぐっ」
しかし、激しい風切り音と共に伸ばされた腕に、強引に喉元を掴み上げられた。
巨体が難なく宙に上げられ、抵抗する術を奪われる。
そしてー、襲撃者の姿を視認すると、ホースファンガイアはすぐに表情を歪めた。
血のように赤い鎧で包みこまれている漆黒の体――。
肩や足に巻き付く重厚な銀色の鎖――。
ファンガイアのキングが持つはずであったキバの鎧。
「・・・・裏切り者が・・・っ!」
脳髄が腐り、蛆が湧いたキングが生み出した呪いの遺産。
人間とファンガイアの血を流す忌み嫌うべき存在―。
“これ”が存在する所為で、今まで身を潜めていた愚かな思想を持つ者たちが増長し始めた。
自分たちの誇りを貶める癌そのものー。
「貴様がー。存在する所為で・・・」
ホースファンガイアは最後に呪詛を吐こうとする。
「・・・・・」
しかし、キバは、その呪詛を最後まで言わせることをしなかった。
首を掴んだ右手に、魔皇力を込めて握りつぶす。
そして、ホースファンガイアは悲鳴を上げる間もなく、色鮮やかなガラス片となって四散した。
誰もいない路地裏で、王の成り損ないは静かにその手を下ろし、独り言ちる。
「・・・・・知らないよ。そんなこと言われても・・・」
その言葉は誰に聞かれるわけでもなく、オフィス街の騒がしさに呑まれていった。
夕暮れ時、学校からの帰り道、あのファンガイアが言っていたことを思い出す。
『・・・・裏切り者が・・・っ!』
『貴様が、存在する所為でー』
裏切り者・・・、彼らは僕の事をそんな風に呼ぶ。
僕はファンガイアのキングと人間の母さんの間に生まれた。
なぜ、父さんが掟を破ったのか、
どうして種族の違う二人が惹かれ合うことになったのかは分からない。
父さんは母さんと出会う前に家族を持っていたのにも関わらず、母さんとの不貞に及んだのか、
それも分からない・・・・。
分からないことだらけだ・・・。
それでも、二人は、僕を愛してくれていた。・・・・・と思う。
でなければ、僕がキバの鎧を受け継いでいることも、今も生き長らえていることが説明できない。
人間とファンガイアの混血なんて、生まれてすぐに殺されてしまうはずなのだから。
そして、そんな忌み子を、多数のファンガイアは忌み嫌い、
一部のファンガイアは、過度な期待を寄せる。
前者はファンガイアの誇りを貶める存在として。
後者は新たな王になるべき存在であると盲信して。
・・・・どちらの考えにも、僕は同意することが出来ない。
僕が戦っているのは、
太陽のように自らの世界を照らしてくれた彼女と彼女を取り巻く世界を守りたいから・・・・。
それに、僕自身はファンガイアの価値観や社会については全く理解できていない。
・・・・後者の人間と共存したいという気持ちは痛いほど理解できる。
だから、力になりたいとも思う。―――でも、
「僕は王には絶対になれない」
あの人が、兄さんがいる限り、絶対に。
純血のファンガイアであり、正統なキング。
あの人は、僕を絶対に認めない。
兄さんたちにとって、僕は・・・
王が纏うはずであったキバの鎧を受け継ぎながら、兄さんよりもずっと弱くー、
何より自分たちの邪魔をする、裏切り者であり邪魔者でしかないのだから。
そして、何より、僕はあの人に立ち向かえない。
・・・・昔から変わらずに、弱いままの僕は、自らの恐怖心を拭えない。
「・・・朔」
気分を落ち込ませて下を向いて帰っていると、前方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
祥ちゃん以外で僕のことを名前で呼ぶ人は一人しかいない。
「睦ちゃん・・・?」
僕のもう一人の幼馴染―――若葉睦がそこにぽつんと立っていた。
薄緑色の髪に、まるでお人形さんみたいに綺麗な女の子。
感情が表に出にくくて、口数が少ないけれど・・・・、
自分なりに人を気遣うことのできる優しい女の子。
ただ、あまりに口下手なせいで上手く真意を伝えられずにー、
いや、それは今考えることじゃなかった。
「ごめん、睦ちゃん」
「・・・・?」
「あ、何でもない。こっちの話だから」
不思議そうに小首をかしげながらも何とか納得してくれた。
「それで、どうしたの?睦ちゃん」
「・・・祥と、上手くやれてる?」
―――心臓が跳ねた。
睦ちゃんも、僕と祥ちゃんの歪な関係を知らない。
そのはずなんだけど・・・・。
「大丈夫。上手くやれてるよ」
「なら・・、良い・・」
きっと、睦ちゃんは、何か勘づいている。そんな気がする。
幼少期に初めて会った時から、どうしてかこの子の視線だけは・・・・、
僕にとって少しも心地よいものじゃなかった。
何というか、こちらが望んでいる役を演じているような、そんな感じが。
今まで様々な種類の視線を受けてきたからなのか、元からそうなのか・・・。
そういう類のことに僕は少し敏感になっている。
もちろん、睦ちゃんには、彼らが向けるような悪意は感じない。
・・・・・それどころか、僕のことを友人として思ってくれている温かさすらある。
だけど、どこか底知れない、未知の存在のような気味悪さが___。
「そうだ。睦ちゃん、帰ってる途中?バイクで送ろうか?」
「・・・うん・・・」
「・・・それじゃあ、僕、家からバイク取ってくるね」
どうしても好きになれず、苦手だった。
睦ちゃんの優しい心根は分かっている。
だから、好きになりたかった。
・・・・だけど、どうしても好きになれなかった。
そんな考えを抱いてしまうことに罪悪感を覚えながら、僕は逃げるように我が家へと向かった。
「睦ちゃん、大丈夫?・・・振り落とされない?」
「・・・・大丈夫」
私は、朔といっしょにバイクに乗っている。
バイクを運転しながら、朔はバックミラー越しに何度も心配そうな視線をよこしてくる。
もう、何回もいっしょにバイクに乗っているのに、どうにも朔の心配性は治らない。
朔は、私の大事な友達。
祥と同じくらい大事な。
祥が私にとっての太陽なら、朔は私にとっての月のようで。
祥と同じように私を照らしてくれる。
でも、私を引っ張るんじゃなくて、私と並ぶようにしてー。
そして、朔は、私にはできないことが出来る。
あの日、祥に私は傘を差しだすことできなかった。
それどころか、祥やみんなに雨を降らせてしまっていたのは私自身だった。
でも、朔は祥に傘を差しだすことが出来た。
あの日、祥と朔の間にどんなことがあったのかは分からないけれど、祥は少し落ち着いた。
そして、朔と祥は今までよりも仲良くなった。
朔は、誰かに降る雨をやませることが出来る、優しい人。
「・・・・・・」
けれど、朔は私に自分の秘密を教えてくれない。
朔にも言いたくないことがあることは分かってる。
でも、その見えない壁が、どうしてか私の胸をざわつかせる。
「睦ちゃん、どうしたの?急にくっついて・・・」
「・・・・・嫌?」
「う、うーん。運転しづらいから、ちょっと・・・」
「・・・・分かった・・」
最近、朔の様子がおかしい。
祥とは以前よりもずっと仲良くなったのに、
私との間には、距離が空いていっているような気がする。
・・・・前までは、このぐらいの距離の近さで、運転しづらいなんて言わなかった。
それに、最近の朔は祥と夜遅くまで過ごすことが増えている。
私と過ごす時間も、祥と過ごす時間も、同じくらいだったのに。
・・・・今、私は、祥の助けになりたい。
あの雨の日、何もできなかったから。
今、祥が大事にしているバンドはどうしても守りたい。
それが、私にとっても、祥にとっても、そして朔にとっても一番良い選択のはず。
「睦ちゃん。着いたよ」
「・・・・うん・・」
そんなことを考えていると、私の家に着いたようだった。
私はヘルメットを外し、朔に返す。
そのまま、私は家へと入ろうとした。
「それじゃあ、またね。睦ちゃん」
「・・・また。・・・朔・・・・。」
「?どうしたの・・・?」
「・・・帰る時、気を付けて」
「うん。大丈夫だよ」
少し笑って、朔は再びエンジンを轟かせた。
けれど、バイクが車道に出てすぐ、運悪く前方の信号が赤に変わった。
朔はほんの少し進んだ交差点の手前で停車する。
私は、朔のバイクのバックミラーから、自分の姿がはっきりと見えるであろう位置まで歩いた。
そして、小さく、けれどはっきりと分かるように手を振った。
以前までの朔なら・・・・、
どれほど小さな動きであってもすぐに気づいて、嬉しそうに振り返って手を振り返してくれた。
「・・・・今日も、振り返ってくれなかった」
きっと、ただ気づかれなかっただけだろう。
最近の朔は、何かに追われるように忙しそうだから。
それでも、何故か、胸のざわめきは消えてはくれなかった。
「・・・・・・睦ちゃん・・・」
後方で手を振ってくれていた彼女のことを考える。
本当に彼女は優しい女の子だと思う。
・・・祥ちゃんのことだけじゃなく、僕のことまで気に掛けてくれている。
・・・・今の僕に、そんな価値はないはずであるのに。
彼女を救い上げられず、ただ、いっしょに堕ちていくことしかできない僕。
そんな自分が、睦ちゃんのような純粋な存在のそばにいていいはずがない。
何より、睦ちゃんは彼女と僕の歪な関係を知ったら、きっと僕を許さない。
彼女という女神様に、同胞たちの血に塗れた手で触れ、あまつさえ貶めた自分をー。
あの純粋な少女は、絶対に。
「・・・・あれ?」
マシンキバ―を走らせている最中、ドロリとした嫌な二つの視線が僕に絡みついた気がした。
一つ目は、嫉妬と憎しみが。
二つ目は、憎悪と底冷えするような殺意が込められていて、でも、どこか懐かしいようなー。
僕は、本能的な悪寒に突き動かされ、マシンキバ―を急に道路脇へと滑り込ませた。
ヘルメットの奥から周囲の喧騒を見渡した時、街灯の下に佇む一人の少女の姿が目に入る。
「・・・・・あの人は、三角さん?」
深く帽子を被り、金髪のショートヘアを覗かせている少女―三角初華。
sumimiでアイドルをしていて、Ave Mujicaのギターボーカルでもある。
帽子や目立たないような服装でファンの人達にバレないようにしているけれど・・・、
祥ちゃんの幼馴染同士で何度か顔を合わせていたから分かる。
まあ、僕自身は三角さんとそこまで親しいわけではないから、特に話したりもしないけれど。
「・・・・隣に居る人は誰だろう・・・?」
三角さんは、見覚えのない同い年くらいの青年と話している。
青年も帽子を深く被っていて、この距離だと顔が良く見えない。
身長は僕より10cmは高い、180cmぐらいだと思う。
佇んでいるだけで周囲の空気が凍り付くような、圧倒的な威圧感を放つ人。
だけど、どうしてか、その姿に、僕は強烈な既視感を覚えていた。
胸の奥のざわめきが、警報のようにけたたましく鳴り響く。
「・・・・気にしないようにしよう・・・」
僕は、頭を振って気を取り直し、逃げるようにして帰路を急いだ。
私は、何かから必死に逃げだすようにその場から去ったあの男を見ていた。
黒瀬朔。あの男の所為で、あの男がそばにいるせいで、祥ちゃんはおかしくなった。
離島の、ほんの一回きりの短い時間しか一緒に過ごせなかったけれど、祥ちゃんは昔からずっと、
私の神様だった・・・・。
分かっている。自分が祥ちゃんの近くにいていい人間ではないことはー。
―――でも、
それは、あの男も同じことだ。
私は知ってる。
あの男が、どれだけ罪深い存在なのかー。
私と同じで、この世界に存在していいはずがないのに。
恥知らずにも祥ちゃんと過ごし、挙句の果てには正義の味方の真似事までしている。
お前がいるせいで―――お前さえいなければ。
「そんな怖い顔をしないでくれ。初音」
私の耳元で優し気な声が聞こえる。
「うん。大丈夫だよ。気にしないで」
私は一瞬で険しい表情を消し去り、いつものように彼と話す。
私の幼馴染で、唯一、私の本当の名前を知っている人。
いつもは、堂々とした立ち振る舞いで威圧感のある彼だけど・・・・。
私の前でだけは、昔のような優しい顔を見せてくれる。
それが、本当に嬉しくて。
・・・・それと同時に、
彼が昔のように心から楽しそうに笑えなくなった原因を作ったあの男が、心の底から憎かった。
彼は、ファンガイアのキングで、それを彼は誇りに思っている。
・・・・けど、あの男がいるせいで、その場所も奪われようとしている。
もう、彼には、その場所しかないのに。
あの男さえいなくなったら、全部うまくいく。
祥ちゃんも元に戻ってくれる。
彼はもう何も恐れる事は無い。
彼の境遇に何も思わないわけじゃない。
私も似たようなものであるし、何より、私も・・・・。
「今日も私のところに来ない?おいしいプリンを用意してるから」
「ああ。喜んで」
気を紛らわせるために、私は少しだけ声を弾ませて彼に笑いかける。
・・・・・あの秘密だけは彼にも言えない。
私の血の秘密を知ったら、彼はきっと、きっと・・・。
私を殺してしまうだろうからー。
「えっと、おいしい?」
「ああ。とても」
僕は、彼女の家でプリンを頬張っている。
初音は、その様子を見ながら、少し嬉しそうに、安堵したように微笑んでいた。
僕は、そこまで食に執着がある方ではないし。
甘いのはそこまで好みではない。
というより―――酷く苦手だった。
舌の上に残る甘ったるい感触が、幼少期に、奴と共に食べたケーキの味を思い出させる。
『兄さん!誕生日おめでとう!』
『ありがとう!朔もいっしょに食べよう!』
『良いの?』
『もちろん!』
『えへへ・・・・!』
途端に、自分の顔が歪むのを感じた。
・・・・奴の顔を思い出すだけで、こめかみが軋む。
猛烈な胃液のせり上がりに襲われ、視界が激しく明滅した。
「大丈夫?」
心配そうに、初音が僕の顔を覗き込んできた。
何とか、表情を取り繕う。
「ああ、大丈夫。問題ないさ。」
それでもまだ、彼女は不安そうに眉をひそめている。
・・・・本当に彼女は優しい。
自分自身、過酷な生い立ちだけで、心はとうに擦り切れそうになっているはずだというのに。
・・・それなのに、いつも僕のことを気に掛けてくれる。
彼女の生い立ちのことも本当の名前も。
そして、彼女の血の秘密も僕は知っている。
・・・・・自分がしなければならないことを自覚しながらも、目を逸らす。
彼女は誰にもその事実を言っていない。
だから、誰も知らない。
知らないのだから、僕は彼女を殺す理由は持てない。
それで良い。それが良い。
「・・・・また、初音の友人、祥子という人について話を聞かせてくれないか?」
どうにかして、初音の曇った表情を晴らしたいと思い、あの女のことについて聞く。
「う、うん!良いよ!祥ちゃんはね!」
途端にパッと表情を明るくして、彼女は堰を切ったように語り始める。
本当に楽しそうに、嬉しそうに、話してくれている。
その笑顔が自分に向けられているものではないと知りながらも胸の奥が暖かくなる。
だが、それと同時に、あの女についての嫌悪が胸の奥に広がっていく。
他人の言葉を聞こうとせずに、口を開けば綺麗事。
一人で立てると宣いながらも、結局は誰かに寄りかかる。
運命共同体、などと嘯いているが、結局自分と共に堕ちていく人間が欲しいだけ。
今だって、あの女は彼女を利用している。
彼女の、“いっしょにいたい“という純粋な思いを知りもせずに・・・・。
・・・・・それが、今の僕があの女――豊川祥子に抱いているものだ。
何故だろうか、あの女に対する嫌悪が日に日に強まっている。
あの女が朔と歪み切った関係を結んでいると知ったあたりからだろうか。
今や、朔よりもあの女への嫌悪が自分の中で大きくなっている気がする。
そんなことを感じてしまう自分に違和感を覚えながらも、
眼前で楽しそうに話している彼女に意識を向ける。
・・・・彼女が、楽しそうに嬉しそうに話しているそれだけで何か救われる気がして。
自分がキングになった時の彼女との未来を少し思い浮かべてしまう。
そんな幸せな未来が訪れることを夢見ながら、僕は、奴らへの憎悪を募らせる。
「・・・・・何だか、嫌な気分だぜ・・・」
俺は、朔の家の止まり木で羽の手入れをしながら、ぽつりと独り言ちた。
最近、妙なことが起こり過ぎている気がしてならねぇ。
朔と祥ちゃんの関係はどこかおかしいし、そのことについて聞いても朔は何も話しやがらねぇ。
・・・それに、あの夜に見た祥ちゃんの新しいバンド『Ave Mujica』のライブ。
前に見た祥ちゃんのバンド『CRYCIC』と全然違っていた。
何つーか、全然楽しそうじゃねぇんだよなぁ。
忘れたがってる奴に、義務感でやってる奴に、自分が売れることしか考えてなさそーな奴、
何考えてんのか、分かんねぇ奴に。
あ、でも、初華ちゃんっていう子は何かちょっとだけ楽しそうだったかも。
「何より、朔も見てて、あんまし楽しそうじゃなかったしな~」
何か、表面上は楽しそうだったんだけどなぁ・・・。
いや、あいつ自身も気づいてないのか?
「あいつ、肝心なところで鈍いからな~」
まったく、手間のかかる相棒だぜ。あいつは・・・。
それにしても・・・・。
「あの時に戻れたらなぁ・・・」
俺は、朔の机に置かれている一枚の写真を見ながらため息をつく。
もう、戻れないなんて分かってる。
だから、そよちゃんがCRYCICを復活させようとしていたのを朔に伝えなかったんだ。
だが、どうしてもそんな馬鹿な考えを拭いきれねぇ。
もし、あの時に戻れたなら、俺はあいつのためにもっと違う方法でー。
「キバット、帰ったよ」
玄関の方で、気弱な相棒の、いつもの頼りない声が響いた。
俺は普段の調子を取り戻してあいつの方へ飛んでいく。
「おーい。朔。今日もビーフシチュー作ってくれよ~」
「えぇ・・・・。また、全部食べないでよ・・・?」
「大丈夫だって~。今度はいっしょに食べようぜ~」
あいつの背中には、もうこれ以上は載らないってほどの重荷が載っかっている
祥ちゃんのこと、睦ちゃんのこと、
そして、朔の兄貴のことー。
きっと、朔は、心の奥底の、一番触れられたくない傷口の裏では・・・・、
できることならまた幼少期の頃みたいに、あの兄貴と笑い合いたいって願ってやがるんだ。
いや、これこそ、考えても仕方ない、世界で一番無駄な妄想だな。
『CRYCIC』と違って、こちらは絶対にどうしようもないことなんだから。
舞台が始まる直前の暗転で、二人の王は人形にそれぞれの想いを募らせる。
一人の王は、依存を忘却の愚者に、畏怖を多頭の怪物に、
恐怖と心の底に秘めた親愛を虚勢の王に捧ぐ。
もう一人の役者は、情愛を悲しみと痛みに震える愚者へと注ぎ、
殺意と本人さえも気づかない程のほんのわずかな親愛を紛い物の王に手向ける。
舞台はもうすぐ開き始める。
ほんの些細なきっかけでこの欺瞞に塗れた暗転は終わりを告げ、物語の幕が上がる。
第二話の閲覧ありがとうございました。
・・・・・仮面ライダーキバ×豊川祥子と書いていたのですが・・・。
・・・・おかしいですね。
今回の話、祥ちゃんが一度も直接登場していません。
祥ちゃん関連だったら、睦ちゃんや初○ちゃんあたりの視点はいるかなって・・。
つ、次の話では、思いっきり出てくるのでご安心を・・。
あと、余白の使い方、難しいですね。
読みやすくなるよう、手探りで調整を頑張っていきます。
感想や評価もぜひ・・・・。
それでは、次回もよろしくお願いします。