BanG Dream!×仮面ライダー詰め合わせ(になる予定) 作:湯豆腐に季節のエクレアを添えて~
今回は、祥ちゃんの出番があるので安心してください。
「祥ちゃん。今日だね。武道館のライブ・・・」
どこまでも穏やかに晴れ渡った、休日の昼下がり。
私たちは公園のベンチに腰掛け、そんな会話を交わしていた。
彼は隣で、私に向かっていつもと変わらない笑みを投げかけてくる。
「ええ。そうですわ。朔。・・・・これも、あなたのおかげですわ・・・」
「う、うん?・・・凄いのは、祥ちゃんや睦ちゃんたちで・・・。僕は何もしていないんだけど・・・。」
困惑したように、彼は八の字に眉根を寄せた。
お世辞などではなく、本当に自分の言葉の意味が分かっていないようだった。
「ば、バンドについては僕、全然役に立ってないし、そもそも祐天寺さんや八幡さんは僕のこと知らないし。・・・スケジュールは祥ちゃんが組んでいて・・・・・。舞台のシナリオは祥ちゃんで、セットはスタッフさんが・・・」
そのまま、彼は頭を抱え込むようにして真剣に悩み始めてしまった。
そんな彼の様子がひどく不器用で、それでも愛おしく感じてしまって、笑みが零れる。
察しが良いのか、悪いのか、分からない子だ。
そのまま、ぶつぶつと小さな声で独り言を呟きながら、彼は考え込みーーーー。
ーーーーー静かに、数分が経過した。
「そういう実務的なことではなく、朔が、私を支えてくれていたから、という意味ですわ」
あまりにも悩み過ぎていたので、少し可哀想に思えてしまい、そろそろ答えを教えることにした。
それを聞くと、一瞬だけ、彼は得心のいったような表情を浮かべた。
・・・・が、すぐに、その表情をあの日の曇天のように重く曇らせる。
「祥ちゃん。僕は、祥ちゃんのことを・・・・」
「朔。少し歩きましょう?」
私は彼の言葉を遮るように、その手を引いて立ち上がった。
彼は、私が感謝の言葉を告げようとすると、決まってそれを否定しようとする。
そして、哀しそうに謝るのだ。
私のことを貶めてしまった、と。
私の力に少しもなれていない、と。
ーーー謝るべきは彼ではなく、私の方であるというのに・・・。
いつも彼に寄りかかり、虚勢と忘却という仮面で、自身が強いと錯覚させている。
そんな私が、純粋な彼の傍にいてもいいのか・・・・。
いや、だからこそ、今日の舞台で失敗など絶対に許されない。
朔の手を強く引きながら、私たちは街を歩く。
周囲の喧騒の中で、彼が何か、言葉を紡ごうと口を開きかけていた。
私が傷つかないように、けれど、私に自身が感じ、考えていることを伝えるために。
口をもごもごと動かした後、意を決したように、彼は口を開く。
「祥ちゃん。僕は、やっぱり・・・・んむっ・・・!」
私は周囲の目も憚らず、彼の唇に自身の唇を激しく重ね、その先を強引に封じた。
何とか言葉を告げようと微かに抗う彼の舌を、自身の舌で抑え込む。
そして、離さないように彼の肩を強く掴んだ。
彼はしばらくの間、驚いたように身をよじって抵抗していたが、
・・・・やがて諦めたように脱力し、私のことを受け入れた。
本当に、卑怯で浅ましい方法だ。
彼の純粋さゆえの優しさを、あの日の罪悪感に漬け込んで無理矢理に抑え込む。
ただ、自身が都合の悪い現実から目を逸らしたいという、醜い我欲のために。
それを自覚しながらも、彼の優しさという名の薬と毒に侵されてしまった私は、止まることは出来ない。
彼に私を刻み込むように、さらに舌を絡めていった。
数十秒後、少し苦しそうに朔が私の肩を軽く叩く。
ーーーゆっくりと、唇を離す。
至近距離で交錯した彼の瞳には、反抗的な色などはなく、ただ罪悪感だけが湛えられていた。
「祥ちゃん。ダメだよ・・・。こんな街中で・・・」
「大丈夫ですわ。人から見えない場所でしたでしょう?」
ちょうど、深い木陰が私たちを遮ってくれていたようで、実に好都合だった。
そんな建前を口にしながら、彼の手を軽く握る。
彼は、まだ抗議しようとするがーーーー、
やがて、諦めたように顔を伏せ、固く口を閉ざした。
私の視線から隠された彼の表情は、今、どれほどの慙愧と哀しみに満ちているのだろう。
それを理解しながらも、私は、彼に縋ることを止められない。
私は、誰にも見えないことを再度確かめてから、彼の細い肩へと、その身を深く預けた。
それから、しばらくの時間が流れた。
私たちは何事もなかったかのように、先程のように話し始める。
彼の表情はまだ晴れていない。
けれども、普段のように取り繕ってくれている。
ぎこちないながらも軽快な足取りで、私の手を引いて歩き出そうとする彼の背中を見つめながら、私は口を開いた。
「朔。私は、今日のライブを必ず成功させますわ」
そんな彼に、私は、彼が求めているものではないと知りながらも、この言葉を告げた。
自分が、彼に嘘偽りなく誓えるものはこれしかなかったのだから。
「うん。ちゃんと観てるね・・・。祥ちゃん」
彼は、いつもと変わらない優しい声で、静かに頷いた。
この表情の内に秘める思いを私に必死に隠し通そうとしながら。
----のちに、彼に誓ったその言葉は、無事に果たされることになる。
ただ、その成功の形は。
私が望んでいたものとは、違っていたのですが。
夕焼けの空が、私の目を眩ませる。
全てが灰色に塗りつぶされていたあの日の曇天よりは、ずっと良い。
けれど、今日の夕日は、一段と日差しが強く感じて、どこか息苦しさを感じさせた。
「うぅ・・・。」
隣を歩く朔も少し嫌そうに呻いている。
彼は、明るすぎる場所よりも、夜の闇の方が断然落ち着くらしい。
ただ、暗ければどこでも良いというわけではないようで、彼はカーテンの締め切られた閉塞的な部屋を極端に嫌っている。
それには理由があるらしいが、その理由を、未だ私に教えてはくれない。
そのまま、呻いたままであると思いきや、
彼は頭を振って調子を取り戻すように小さく拳を握りしめる。
そして、意を決したようにしてーーー
「・・・祥ちゃん。お父さんに、いってきますって言おう?」
彼は、私の瞳を覗き込みながら、そう告げた。
荷物は既に持っている。
わざわざ家に取りに戻る必要はない。
それに、
あの人は・・・・。
きっと、私のバンドのことも知らない。
今日、武道館に立つことも知らない。
毎日、安酒に溺れ、泥のように眠っているだけ・・・。
私の事なんて、お父様は、もう・・・・。
「・・・・祥ちゃん」
彼は、言いづらそうにしながらも私から目を離さない。
「分かりましたわ・・・・」
私は、彼への引け目と、胸の奥底に燻る一縷の望みから、静かに首肯した。
そうして私たちは、お父様のいるアパートへと足の向きを変える。
・・・・・期待などしていない。
今のあの人が、私のことを気に掛けているはずがない。
・・・・・そう、自分に言い聞かせながら、歩みを進める。
だからーーー
「いってまいります。・・・・・お父様?」
「・・・・武道館なんだろう?」
生気のない表情。
投げやりで、掠れた声。
それでも、お父様が今日のことを知っていたという事実に心底驚かされた。
私の中で一瞬にして様々な感情が渦巻く。
今さら、何を言うのか。
それを知っているのなら、何故今も酒に溺れ、変わろうとしてくれないのか。
お父様に対して抱いていた怒りや不満が、一気にせり上がってくる。
けれど、同時に。
お父様が私のことをどうでもいいと思っていたわけではなかったこと。
今日のライブのことを知っていたこと。
そのことを、ほんの少しだけ嬉しいと感じている自分がいて・・・。
「祥ちゃん・・・」
隣にいた朔が小声で囁く。
そして、私が次の言葉を紡ぐのを、静かに待っている。
「・・・・ええ。ご存じでしたのね」
俯いたまま、手元のスマートフォンを弄っているお父様から視線を外しながら、辛うじてそれだけを告げた。
もう少し柔らかな物言いもできたかもしれなかった。
けれど、今の私には、これが限界だった。
「祥子はすごいなぁ・・・。ふふっ、一人でどんどん前に進んで・・・」
お父様は、私の方を向かず、下を向いたまま、自嘲気味に笑う。
その姿は、本当に苦しそうで、そして、お父様自身の大切なものが壊れていってしまっているような声色だった。
「お父様・・・?」
そんなお父様の姿にどうしようもない不安を感じてしまう。
そして、お父様は言葉を絞り出した。
「俺は、もう、頑張れない・・・」
そんな決定的な言葉をーーーー。
お父様が気力を失い、進むことを諦めていることは、今までのお父様の様子を見ていれば、容易く察することが出来た。
けれど、いざ本人からその言葉を聞くと、それを認めたくないという思いが湧きだしてくる。
「今のお父様を見たら、お母様も悲しみます!お母様も言っておりましたわ。お父様の美徳はーーー!」
どうにかして、お父様に前を向いて欲しい。
その一心で、私は必死に声を張り上げた。
お母様が、昔お父様に言ってくれていたことをーー。
お父様が、お母様のことを思い出して、また、奮起してくれることを祈って。
ーーーあの時、泣いている私に誓ってくれたように、またーーー
「うるさい!」
その思いは、お父様には届かなかった。
怒号と共に、あの人の手に握られていたビール缶が投げつけられる。
「・・・・・っ!」
そして、その投げつけられた缶は、私を庇うように一歩前に出た、朔の額を掠めた。
プルタブが掠ったのか、彼の額から、ほんの少し、けれど確かに血が流れている。
「朔・・・・!」
私は声を上げて、彼に縋りつこうとした。
しかし彼は、笑顔を作りながら、私を安心させるように告げる。
「大丈夫。ちょっと掠っただけだから・・・・。それより清告さんを・・・」
彼の言葉を受け取り、私は、再びお父様に向き直ろうとする。
「お父様・・・・」
だが、その言葉は、お父様が両手を畳に叩きつけた音にかき消される。
そうして、あの人はひどく沈んだ声で、告げた。
「もう、放っておいてくれ・・・・」
自分の肺を削り取るように、声を絞り出してーーー。
「お前みたいな立派な娘がいると、俺は、・・・自分が情けなくなる・・・」
うなだれたまま、苦し気に、言葉を紡ぐ。
「だから、頼む・・・・」
本当に苦し気に、自分が今から告げようとしている言葉に苦しんでいるようでーー
そして、私に
「いなくなっ・・・・・・・・っ!」
お父様は最後に、私に対する絶縁の言葉を吐こうとしたーー。
けれど、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「うぐ・・・・・!あ、あ・・・っ!」
「お前・・・・!お前は・・・!本当に・・・!」
凄まじい風切り音。
気づいた時には、朔があの人の喉元を猛烈な力で締め上げていた。
「・・・・朔・・?」
私は目の前の光景が信じられず、呆然としてしまう。
朔は、獣のように声を荒げながら、お父様を締め上げ続ける。
その表情はいつものような柔和で気弱なものではなく、憤怒に満ちたものに変わり、
彼の白い肌に、赤と金色を基調とした、鮮やかなステンドグラスの紋様が浮かび始める。
「君は、まさか・・・!」
お父様は、大きく目を見開き、信じられないものを見るように彼を見る。
夕日に照らされていて、お父様の表情の全容は私からは良く見えなかったけれど。
その視線に触れた瞬間、朔は弾かれるようにその手を急いで離した。
何かに気づいたかのようであり、信じられないものでも見たかのようでもあった。
「・・・・・・・・」
彼は、そのまま沈黙し、慙愧に顔を伏せる。
その様子は、元の気弱な少年、そのままで。
自らがしてしまった行動を後悔していた。
「・・・・・・・・・っ!」
私は、この光景に耐え切れず、家にあった荷物をまとめ始める。
父に対する怒りと自身に対する嫌悪、彼への慕情と罪悪感が渦巻く。
お父様に、あんなことを言わせてしまった。
彼に、あんなことをさせてしまった。
・・・・・すべて、私の所為で・・・。
そんな思いが渦巻き続ける中、私は、荷物をまとめ、朔の手を引き、逃げるようにその場を飛び出した。
その時に彼が見せた、今まで見たこともないほどの罪悪感と苦悩に満ちた表情は、私の脳裏に焼き付き、離れてはくれなかった。
アパートを飛び出した先には、一台の車と、その傍らに佇む睦の姿があった。
おそらく、朔が、呼んでいたのだろう。
「・・・あ、祥、朔・・・」
睦が、静かに私たちの名前は呼ぶ。
私は、先程あの部屋で起きたことへの動揺をまだ頭の中で整理することが出来ず、
彼女に一言も言葉を返せないままでいた。
「睦ちゃん。・・・・祥ちゃんのこと、お願いしていい?」
朔は、少し気弱そうにしながらも、睦に私のことを頼んだ。
「・・・うん・・・」
睦もまた、首肯してそれを了承した。
私は、何も言えぬまま、促されるがままに車の後部座席へと乗り込む。
私が急いで詰め込んだ大量の荷物で、車内のスペースはすでに埋まり掛けていた。
それに何より、彼はAve Mujicaにとって部外者だ。
開演時間の都合や運転手への迷惑を考慮して、朔は後ほど一人で会場へ向かうと言い残し、自身の愛車を取りに一度自宅へと引き返していった。
走り出した車内を、沈黙が支配する。
私は、隣に居る睦には見えないように、顔を両の手で隠す。
睦には、バレているかもしれない。
それでも、今の自分を見られたくなかった。
目を閉じると、あの時のお父様の姿が何度も、フラッシュバックする。
ーーーそして、あの身勝手な言葉を思い出してしまう。
「クソ親父・・・!私が、今までどんな気持ちで・・・・!」
今までの自分の選択を全て無駄にされ、侮辱されているように感じて。
言葉にできない激しい怒りと悔しさが、嗚咽となって零れ落ちる。
もう、あそこには戻れない。
いや、二度と戻るものですか。
私の居場所はもう、あそこではない。
抑えきれない感情の濁流に、肩が激しく震える。
「祥・・・。武道館、大丈夫・・・?」
不意に、隣から向けられた睦の問いかけ。
睦に対して、鏡を見なくても、自身で分かるほど、表情を険しくさせてしまう。
彼女に悪意がないことは分かっている。
それでも、どうしてか、その言葉が無性に私の中の苛立ちを煽ってしまう。
今、自分に残っているものさえも疑われているように感じてーーーー
「・・・・大丈夫に決まっているでしょう」
私が吐き捨てるようにそう答えた時、睦がどんな表情を浮かべたのか、私は知らない。
すぐに、私は、彼女の瞳から視線を逸らしてしまったから。
絶対に、何が何でも成功させなければならない。
Ave Mujicaを。
武道館のライブを。
彼に私が返せるものは、もうそれしかないのだ。
彼に誓ったのだ。
それしか、誓えなかったのだ。
だから、絶対にーーーーーー。
「・・・・・・・」
私は、苦しそうにしている祥に、これ以上、何も言うことが出来なかった。
祥が楽になる言葉を、私は渡すことが出来ない。
それどころか、また、苦しめてしまった。
やっぱり、私は、祥の力になれない。
誰かに降る雨を止ませることが出来ない。
傘を差しだすこともできない・・・。
朔ならきっとできるのに・・・・。
『睦ちゃん。・・・・祥ちゃんのこと、お願いしていい?』
さっきの、朔の言葉を思い出す。
朔は、私に祥を任せた。
私は、朔に祥を任された。
・・・・・だから、祥の役に立てることをしたい・・・。
私にできることで。
私は皆みたいにギターを歌わせてあげることが出来ない。
けれどーーー
思いを胸に秘めながら、
私は、見え始めた武道館を静かに見つめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
静まり返った、古いボロボロのアパートの六畳間。
夕日が差し込む薄汚れた部屋で、どんよりと濁った目元に、だらしない服装を晒したまま、男ーー豊川清告はある者に電話を掛けていた。
「・・・お義父さん。いえ、定治さん。キバを見つけました・・・・」
スマホを握る彼の指先が静かに震える。
「はい。そうです。黒瀬 朔 君です」
電話の相手は、よくやったとだけ答え、すぐに通話を切ろうとする。
ーーーが、
「待ってください」
清告は、声を上げ、電話相手を制止させる。
「・・・・・祥子の、武道館のライブが今日、あるんです。・・・・だから・・・」
「はい、ありがとうございます。・・・・。祥子からは、完全に離れた場所で・・・・」
「ビショップ様に伝えると・・・・。・・・分かりました」
電話が切れ、ツーツーと無機質な音が部屋に響く。
電話相手の返答に安堵しながらも、清告は慙愧に顔を伏せた。
自身が、先程娘に告げてしまった言葉と、今、自分がしたことにどうしようもない嫌悪と罪悪感を感じながらも、清告は、そのことを忘れたいと願い、再び酒に溺れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は、衣装に着替え、控室で、今夜の舞台の流れを頭の中でリフレインする。
今夜は絶対に失敗することは許されない。
絶対にーーー。
「祥ちゃん。今日のライブ絶対成功させようね」
そんな風に自身に言い聞かせている最中、優し気な声が私に向けられた。
私は声の主の方へと振りむく。
ショートヘアの金髪に、大人しそうな表情、私の幼馴染の三角初華。
彼女にも本当に助けられている。
あの日、私の身勝手な願いを聞き届けて、今は、私と共にAve Mujicaをやってくれている。
「ええ。初華。もちろんですわ」
私は、初華に微笑みながら、告げる。
私と運命を共にしてくれた彼女のためにも、失敗するわけにはいかない。
『ピコン!』
突然、初華のスマートフォンから着信音が鳴った。
初華はすぐに画面へと視線を落とし、その通知の内容を確認する。
「ふふっ・・・。良かった・・・」
瞬間、彼女は表情を明るくし、微笑む。
「どうしましたの?初華?」
彼女が笑っている姿など、今までに幾度となく見てきたはずだった。
・・・・けれど、今の笑みは、いつもとどこか、決定的に様子が違うように感じられた。
純粋に喜んでいるようだった。
けれど、その裏側に、何か薄暗いものを感じて・・・。
・・・・何故か、胸をざわつかせた。
「な、何でもないよ!祥ちゃん!・・・そ、その、友達が来れそうだって言ってたから・・・」
初華は酷く慌てた様子で、私から隠すようにスマートフォンの画面を胸元に伏せた。
「まあ、そうでしたの」
彼女のことだ、きっと真実なのだろう。
私も、朔から似たような報せを受け取れば、今の初華のように喜ぶだろう。
「・・・・・本当に、良かった・・・」
初華は自らの胸にそっと手を置き、心の底から安心したような声色で小さく呟いた。
その声色は、本当に慈愛に満ちていて、幸福を感じているようだった。
「・・・・ふふっ・・・」
だが、彼女の瞳の奥底で一瞬、何かが燻ったように感じてーーー、
「・・・初華。私、少し席を外しますわね・・・」
私は、何かを恐れるように、何かかから逃げるように、その場を去った。
・・・・良かった。本当に良かった。
これで、もう、彼も、祥ちゃんも、あの男のせいで苦しまなくて済む。
祥ちゃんが去ってしばらく経った後、誰もいない楽屋で安心し、胸元に隠したスマートフォンのメッセージをもう一度見つめた。
状況の説明だけが書き連ねられた、事務的な連絡のように冷たい文字列。
けれど、所々に送り主の不器用な優しさが滲んでいる。
それは、祥ちゃんと同じくらい、大事な彼からの言葉。
それには、あの男の終わりが近いことが書かれていた。
・・・・彼は、どうしてか、あの男を今まで消さなかった。
あんなに苦しそうだったのに、あんなに憎んでいるのに。
『初音、君だけは・・・・君だけは、いなくならないでくれ・・・!頼む、頼むから・・・!』
『もう、僕には、僕には何もないんだ。・・・み、皆、朔の方が・・・!』
ある日、プライドをかなぐり捨てて私にしがみつき、ボロボロと涙を流していた彼の姿が脳裏をよぎる。
いつも毅然として、頼もしくて、自信を持っていた彼が・・・。
あんなに泣いて、あんなに苦しんで・・・・。
私なんかにまで縋りついて・・・・。
「・・・・・・・っ!」
・・・・こめかみが軋み、瞼が不規則に痙攣する。
堰を切ったように、あの男への憎悪が湧きだし始め・・・・
がちゃり、と音がした。
楽屋のドアが開き、祥ちゃんと睦ちゃんが並んで入ってくる。
さっき、出た時は、祥ちゃん一人だったはずだったけれど・・・。
睦ちゃんが着替え終わった時にでも偶然、会ったのだろう。
それに、睦ちゃんは祥ちゃんの幼馴染だ。
私よりも祥ちゃんと付き合いの長い・・・・。
一瞬、胸の奥底からドロリとした昏い感情が湧きあがりそうになったが、どうにか振り払い、いつもの笑顔を作って祥ちゃんの方を向こうとする。
「祥ちゃん、どうしたの?・・・大丈夫?」
祥ちゃんの表情はひどく暗く、不安そうだった・・・。
・・・・・私が、目を離したすきに何かあったのかな・・・。
「大丈夫ですわ。初華。祐天寺さんと八幡さんは?」
「えっと、にゃむちゃんは、メイクが少し崩れたからって・・・。八幡さんは、ベースの最終確認を・・・」
「そうですの。・・・・私たちも、祐天寺さんを呼んでステージに。」
「う、うん!」
祥ちゃんはそう言って、いつもの凛とした雰囲気に戻った。
ただ、それでも手元は微かに震えていて、不安そうだった。
それでも、彼女は私に何も言わない・・・。
何も言ってくれない・・・・。
そんな想いを胸の奥に燻らせながら、私たちは薄暗いステージ裏の通路を歩きだす。
その最中だった、
「・・・・・・朔。・・どうしたんだろう・・・」
前を歩く睦ちゃんが、ぽつりと、そんなことを口にしたのは。
ーーーーまた、あの男だ。
あの男は、祥ちゃんを貶めただけではなく、苦しめている。
今も、まだ祥ちゃんをーーー。
でも、もうすぐで、祥ちゃんもあの男に苦しめられないで済む。
元の祥ちゃんに戻ってくれる。
それを思うと、不安の中に、一片の安堵が生まれる。
・・・・・私は、再び、今夜のライブに意識を向け始めた。
「・・・・・・・・」
私は、ステージを見つめながら、舞台の袖で息を整える。
先程の、彼からの連絡を一瞬思い浮かべてしまう。
けれど、すぐに、頭を振って、そんな雑念を追い出した。
彼のことだ。
きっと理由がある。
そもそも、彼の背中には、既に抱えきれない程の重荷が載っているのだ。
仕方ない。
そう、仕方のないことだ。
だから、私は自分のできることを・・・・・。
彼に誓ったことを果たすだけ・・・・。
「祥。・・・・朔は・・・」
睦が私に弱々しく声を掛ける。
その声音は、本当に不安そうで、心細そうでーーー。
その様子が、まるで鏡写しの今の自分自身を見せつけられているようで、目を背けたくなってしまって。
「朔は、今は関係ありませんわ。今からのライブに集中して」
突き放すような言い方をしてしまった。
自分の中に渦巻く不安を直視しないために。
「でも・・・・」
「・・・・睦、始まりますわよ」
私は、睦の言葉を切るように告げ、漆黒の仮面を、自分の顔へと深く嵌め込んだ。
睦もそれ以上は何も言わずに、仮面をその顔へ戴いた。
初華や八幡さんもそれぞれ、仮面をつけた。
ーーーただ、
「アモーリス。仮面を」
声を掛けると、祐天寺さんだけは、露骨に不服そうな視線をこちらへ投げかけていた。
・・・・何か、納得していない様子だった。
『・・・・まあ、祐天寺さんからしたら、顔と数字を理由にスカウトされたのに、いつまでも正体隠したままっていうのは納得いかないだろうしね・・・』
ある日の、朔が言っていた言葉を思い出す。
騙しているわけではない。
いつか、そう、適切なタイミングで。
朔も祐天寺さんも、まだ分かってないだけだ・・・。
今よりももっと・・・・。
「はーい」
祐天寺さんは、どこか、投げやりな様子で仮面をつける。
そんな様子に眉を顰めながらも、ステージへと向き直る。
そうだ。
決して、己の秘密を抱えたまま、仮面で隠し通し続けたいわけではない。
これは、必要な事なのだ。
そうやって、私は、己の中の疑念や不安、思いを忘れようと。
舞台へと上がった。
そしてーーーーーーーー
『やっぱり、にゃむちだった!』
『ディスラプションの海鈴!?』
『嘘!森みなみの娘!?』
それが、この結果だ。
アモーリス、祐天寺さんの暴挙により、仮面は外された。
仮面の外れた私に祐天寺さんが、告げる。
「いい顔~!」
その言葉に表情が歪む。
自身の中で余裕が消えていく。
一瞬、私は、彼の姿を客席から探そうとーーーー
『今日のライブ、行けない。・・・・本当にごめん・・・』
彼は、今日は来れない。
開演直前に、そのように連絡が来たのだ。
今まで仮面で隠していた自分の中の弱さが、一瞬顔を出そうとしてしまう。
あの日から、変わっていない、あの弱さがーーー。
それでも、何とか、表情を取り繕う。
「で、あんたは、どうする~?」
私は、祐天寺さんが、初華にそう問いかけるのをどこか、遠い世界のことのように聞いていた。
「ふふっ・・・」
僕は、あの女、豊川祥子の一瞬崩れた表情と、脆い虚勢を視認し、笑みをこぼしていた。
ただでさえ、最高だった気分が、さらに甘美に跳ね上がっていくのを感じる。
今日は、本当に自分にとって都合が良く、物事が進む。
自身の側についている者がどこからか朔の正体を掴み、僕の腹心へとその事実を告げた。
正直なところ、まだ、放置しておこうと思っていた・・・。
余計なことをされた、という不快な思いもあるが・・・。
まあ、良い。
僕自身が手を下す手間が省けた、ということにしよう。
まあ、自身の腹心に朔の正体を告げた者に、思うところはあるが・・・・。
今は、良いだろう。
『sumimiのういちゃんだ!』
舞台で、堂々と自身の素顔を晒した彼女ーーー三角初音のことを見つめる。
僕は、いつもは騒々しいとしか思わない周囲の歓声を心地よく感じながら、彼女に視線を送る。
彼女は、それに気づいたようだった。
バックスクリーンに映し出された彼女が微笑む。
彼女が、あの女の様子に気づかなかったことに、胸の奥で深く安堵していた。
どうやら、本当に気が付かなかったようだった。
彼女は、あの女のことを特別に思っている。
僕には、その理由は分からないが・・・。
バックスクリーンに映る彼女の笑顔に周りの観衆が歓声を上げ、僕自身も笑みが零れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「黒瀬朔。・・・・あなたは、変わりませんね。あの方の足元にも及ばない」
武道館からは遠く離れた誰もいない広場で、僕は目の前の男を鋭く睨む。
長身痩躯。漆黒のロングコートを纏い、顔には知的な丸眼鏡。
見覚えのある、けれど、世界で二番目に会いたくない存在。
「ビショップ・・・!」
「あなたに、そのように呼ばれたくはないのですが・・・。仕方のないことですね・・・。あなたは、その呼び方しか知らないのですから・・・」
ビショップは苛立たし気に細い目を歪め、吐き捨てる。
「・・・・それにしても、何故、あのお方は、今まであなたを放置していたのか・・・・。・・・まあ、いいでしょう。私は、キングの意志のままに、動くだけのこと。」
ビショップは冷淡に僕に告げる。
「早くキバを使っては如何です?・・・・・愛しい相手への連絡も先程済んだのですから、思い残すこともないでしょう?」
その様子が、僕の神経を逆撫でする。
あんなに傷ついていた祥ちゃんを、放ってまで向かった戦いの場を侮辱された気がして。
僕の中の、普段は眠っていたものが動き出す。
「キバット!」
「おう!キバって行くぜ!」
僕の呼び声と共に、夜の闇の中から金色の蝙蝠―キバットバット三世が現れーーー、
「ガブッ!」
迷いのない軌道を描き、僕の手に噛みついた。
それと同時に、体が熱を帯び、僕の身体をキバの鎧が覆う。
それを視認すると、ビショップも顔にステンドグラス状の紋様を浮かべ、ファンガイアの姿へと変貌する。
エメラルドグリーンの翅を広げた蝶のような頭部。
司祭を象徴するように、黒い法衣やロングコートの裾を翻したような造形の腰回り。
そして、ファンガイアの中でも四人のみが持つことを許される左肩の彫像。
「・・・・・・・・・・・」
僕は、声を上げず、静かに。
でも、確固たる意志と共に、ビショップ_____スワローテイルファンガイアへと駆け出した。
少女の仮面は剝ぎ取られ、その姿を白日の下にさらし、
王の成り損ないは、自らの運命から逃避する術を失う。
虚勢の王は、未だその虚勢と、愛しい者との間にある愛情の齟齬に気づかず、
嘘に塗れた少女は、一方的な信仰と、少しずつ歪んでいく情愛を、正す術を知らない。
物語は、甘美な序曲と欺瞞の暗転を終わらせ、ようやく、開演へと向かった。
第三話の閲覧ありがとうございました。
オリキャラたちとのそれぞれの関係性は、後々しっかりと描写していくつもりです。
……ただ、少し詰め込みすぎて展開を早くしすぎてしまいましたかね……?
もしよろしければ、今回のテンポ感について感想などでご意見をいただけると嬉しいです……!
では、次回もよろしくお願いします。