BanG Dream!×仮面ライダー詰め合わせ(になる予定)   作:湯豆腐に季節のエクレアを添えて~

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思っていたよりも長めの話にしてしまいました。

最初の考えだと、次の分の話と合わせて一話分として投稿するつもりだったのですが。

やっぱり、難しいですね・・・。

空白と線での区切り方も難しい・・・。


第五話 間奏・不協和音

 

無機質な色彩のカーテンが周囲の視界を支配する。

視界がぐちゃぐちゃして、よく分からない。

 

身に覚えのある光景と心当たりのない光景が混ざり合う。

そして、自分がどこにいるのかも分からなくーーー。

 

そんな風に感じているとーー、

 

『おいおい。ホントにどうすんだよ。こいつ・・・』

『・・・あ、起きそうですよ・・』

猛烈な眩暈の中、僕の視界に二つの異形が映り込んだ。

 

筋骨隆々とした紫色の身体に、鮮烈な隈取を戴いた鬼の貌。

もう一人は、黒いスーツに銀色の装甲、そして赤のラインが入った装備を付けている。

 

どちらもマスクで覆われているから、表情は読み取れないけれど、どこか安心しているような気配があった。

 

 

どうにかして、声を出そうとするが、引き攣った声帯からは掠れた吐息しか漏れてはくれない。

 

『ちょ、ちょっと待て。無理すんなよ・・』

『そうですよ。・・・少し休んで・・・』

 

二人は、心配そうに僕に近づいてくる。

けれど、視界がうまく定まらず、その輪郭は酷くぼやけていた。

 

僕は、まるで醒めない夢現の底に囚われたように、どこか遠くの世界の出来事のように彼らの対話を聴いている。

 

『・・・どうする?流石に、この状態でディケイドと戦わせるのは気が引けるぞ』

 

『・・・あ、あのピンクの悪魔の人って、ディケイドっていうんですね』

 

『おう、そうらしい・・・。というか、俺も、碌に理由話されてねぇから、よく分かんねぇんだけど・・・・。ていうか、マゼンタだって言ったろ。・・・どっちでも良いけどよ・・』

 

 

悪魔?ディケイド?戦う?マゼンタ?

よく分からない内容を話している。

 

 

『・・・と、取り合えず、こいつ、こっそり元の世界に戻そうぜ』

『キバ―ラと鳴滝っていう人にバレないようにですね・・・?』

『おうともよ。お前、足持ってくれ。俺が頭支える』

 

そう言って、二人は、僕の足と頭をそれぞれの手で慎重に持ち上げ、僕の身体を宙に浮かせた。

紫の鬼の人も銀色の装甲の人も、急ぎながらも、丁寧に運んでくれている。

 

『バレねぇように、そーっとだぞ、そーっと』

『はい、そーっとですね・・』

 

 

『何をしているのかしら~?』

『『うわぁお!?』』

 

 

背後から鼓膜に滑り込んできた妖艶な囁きに、二人が同時に情けない悲鳴を上げる。

 

僕の歪んだ視界のなかに、白と紫色の小さなコウモリが滑るようにして舞い降りる。

そのコウモリは、怪しい微笑を浮かべながら、愉しげに翼を震わせた。

 

『別にいいわよ~。気にしないで~』

 

『そ、それなら良かったぜ・・・。サンキューな、キバ―ラちゃん』

『あ、ありがとうございます。キバ―ラちゃん・・・』

 

冷や汗を拭うような仕草をした後、二人は再び僕の身体を抱えて歩みを速める。

 

 

その様子を見ながら、キバ―ラと呼ばれているコウモリは笑う。

 

 

 

『だって、もっと凄い子を見つけたからね~』

 

 

 

『『・・・・・は?』』

 

 

瞬間、周囲の世界が再びマゼンタとシアンの歪な色彩のカーテンに包まれる。

 

 

『まさか、お父様に認められてる子もいるなんてね~』

 

 

そして、ヴェールの奥から、重々しい足音が響き、一人の男が静かに姿を現した。

 

深みのある、返り血を浴びたような鮮やかなメタリックレッドの鎧。

重厚な漆黒のアンダースーツ。

胸部にはコウモリが大きく翼を広げたような漆黒のプレートが配置され、中央にはエメラルドグリーンの魔皇石が妖しく並び。

真紅と漆黒のマスクに、鮮やかなグリーンの一対の複眼が際立っている。

背面には、夜の闇を凝縮させたような漆黒のマントが広がっていた。

そして、ベルトには紅と黒色のコウモリが吊り下がっていて、横には金色のフエッスルが並んでいる。

 

 

僕のキバと似ている、けれど、決定的に異なっている姿。

 

 

その姿は、激しい眩暈に襲われていた僕の脳裏に、消えない呪いのように明瞭に刻み込まれた。

 

 

『・・・・・・・・』

男は一切の言葉を発さず、僕に手を伸ばそうとする。

 

 

『何しようとしてんだよ、お前。』

紫の鬼の人が、男の腕を掴んで、それを防ぐ。

 

『・・・ちょ、ちょっと・・・。バランスが・・』

『んなこと言ってる場合じゃねぇだろ・・・・』

 

二人はお互いに激しく睨み合う。

 

 

静かに、真紅と黒に彩られた男は、腰に手を伸ばす。

『・・・・・・・・』

一言も発しないまま、ベルトから見覚えのない3つの金色のフエッスルを取り出し、無造作に虚空へと投げた。

 

 

青、緑、紫のフエッスルから解き放たれるように。

三体の異形が咆哮を上げて現れる。

 

 

蒼色の凶暴な体毛に覆われ、鋭い牙と爪が特徴的な狼男の怪物。

 

紫の装甲で覆われた頑健な肉体に、巨大な拳から紫電の火花を弾けさせている、フランケンシュタインの怪物。

 

緑色の肌に、胸に宝石を埋め込んだ半魚人の怪物。

 

 

『・・・・・行って・・・』

男は、無造作に、三体の怪物に指示する。

その合図を受け取った瞬間、三体の怪物は、紫の人と銀色の人へと向かっていく。

 

『上等だ・・・・』

『ちょ、ちょっと待ってくださいって・・・』

二人は、その怪物たちに応戦する。

 

 

僕の頭と足を支えてくれていた手が離され、僕の身体はそのまま地面へと落下した。

 

 

「・・・・・っ・・」

その際に、背中を強く打ってしまい、苦悶の声が漏れる。

 

『・・・・この、何なんだよ。お前、急に出てきたと思ったら・・・。鳴滝のおっさんにチクるぞ!』

紫の鬼のような人は、赤く燃え盛る太鼓のばちのようなものを激しく振り回し、フランケンシュタインの怪物と肉弾戦を演じ。

 

『何なんですか!・・・急に・・!』

銀色の装甲の人は、赤く光る刀身が特徴的な剣を構え、襲い掛かる狼男と半魚人の爪を火花を散らして防いでいた。

 

 

 

ーーーその光景を意に介さず、黒と紅の鎧を纏った男は、倒れ伏す僕の方へと静かに歩み寄ってくる。

 

『・・・・・・・・・』

「・・・ぐっ、・・・・・あ・・・っ!」

 

容赦なく、僕の胸倉を強引に掴み上げる。

息が苦しくなり、目を見開く。

それでも、目の前の男を睨みつけようと・・・・・。

 

至近距離で僕の瞳と、男の不気味な緑の複眼が重なり合う。

そしてーーー、

 

 

 

「・・・・・・君は、僕みたいにはならないことを祈ってるよ」

小さな、それでもはっきりとした声で、告げた。

 

 

その声は、どこまでも、取り返しのつかない後悔と、引き裂かれそうな苦しみに満ちていた。

 

 

「祥ちゃんと睦ちゃんを、人形にしないようにね」

最後に、それだけを告げて。

 

 

「・・・・・っ⁉」

彼はそのまま、僕の身体を、マゼンタとシアンが彩る無機質な色彩の渦の中へ向かって、容赦なく放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「・・・・あれ、ここは・・・・」

気づくと、僕はあの無機質な色彩の渦から一転して、見慣れたヨーロッパ風の洋館のリビングの床に倒れこんでいた。

ーーー間違いなく、僕の家だった。

 

「・・・う、うーん。あれ?何で俺たち、家に帰ってんだ・・?」

倒れている僕の耳元で、目を回してふらふらと飛び回るキバットが、ひどく混乱した様子でそう呟いた。

 

「キバット・・・!無事だったの⁉」

ビショップの容赦のない断罪によって、共に水底に沈んだはずの相棒が五体満足で生きている。

その事実に激しく驚き、僕は掠れた声を張り上げた。

 

すると、キバットも嬉しそうに翼を広げ、

「おうともよ!キバって元気だぜ~」

 

調子よく、部屋の止まり木に逆さにとまる。

そして、僕を安心させるように翼をバサバサと羽ばたかせていた。

 

 

そのいつもの日常の光景に深く胸を撫で下ろしながらも、僕の頭の中では、じわじわと巨大な疑念の塊が膨張していく。

 

 

ビショップとの戦いに敗れた後、僕は胸を貫かれた。

その後、水底にーーーー。

 

普通なら、死ぬはずだ。

だけど、僕は生きている。

 

それにーーーー、

 

「・・・・一体何だったんだろう、あの人達・・」

 

あのマゼンタとシアンが無機質に彩るカーテンの中で見た、人達(?)の姿が思い浮かぶ。

 

面倒見の好さそうな雰囲気の紫の鬼みたいな姿の人。

少し気弱そうだったけど、優しそうな雰囲気で、銀色の装甲を纏っていた人。

 

見るからに怪しそうな小さなコウモリ。

 

そしてーーーーー、

 

「キバの鎧?・・・・でも、僕のとは全然違う・・・・」

黒と紅の鎧に身を包んだあの男のことを思い出す。

・・・・あの姿は、僕のキバに似ていた。

それに、ベルトにはキバットによく似たコウモリが吊り下がっていた。

 

 

「キバット・・・。僕の他にキバの鎧使っている人っているの?」

 

 

「ん?どうしたんだ?急に・・・、俺の爺さんはもういねぇし、父ちゃんはどこいるか分かんないしな・・。まあ、いないんじゃねぇか?・・・どうして、そんなこと聞くんだ?」

 

「そっか・・・。・・・というか、もしかしてキバット覚えてないの?あの分けわからないオーロラの中での光景!」

 

「あ~。その、俺、さっきまでずっと気絶したから分かんねぇわ~」

キバットは、翼で気まずそうに自分の顔を掻きながら、視線を泳がせている。

 

・・・か、肝心な時にいつも、いつも・・・!

 

「・・・はぁ・・・」

「な、何だよ!急に、ため息ついて⁉」

「・・・別に・・・・」

 

本当に、頼りになるか、ならないのか、よく分かんない相棒だ。

本当に・・・・・。

 

 

そんな相変わらずのキバットの態度に僅かな不満を感じつつも、少し安心感を感じ、急激な眠気が襲ってくる。

そのまま、寝室に向かおうとーーーー、

 

「いや、そんなことしてる場合じゃない」

 

僕はきつく頭を振り、泥のような眠気を強引に振り払った。

世界で最も大切な彼女ーーー祥ちゃんの顔を思い浮かべる。

 

祥ちゃんは、今、大丈夫なんだろうか。

あの日、実のお父さん____清告さんの一言に、ひどく傷ついていたし・・。

 

それに、清告さんは・・・・、僕の見間違いでなければ、きっと・・・。

 

そもそも、これから僕は一体どうすればいいんだろう。

下手に動くと、また、ビショップに・・・。

 

いや、僕の身の安全なんかよりも、祥ちゃんを・・・。

 

 

「取り合えず、着替えないと・・・!」

今の僕の服装は、血や泥に塗れている。

外を出歩けば、間違いなく職質されてしまう。

 

周囲に僕の存在を目立たせるわけにはいかない。

 

急いで二階の寝室へ駆けあがり、クローゼットの扉を乱暴に開けて中を漁った。

 

取り合えず、素顔を隠せる厚手のパーカーにジーンズ、深く被れる帽子も引っ張り出す。

あ、度付きサングラスもここに・・・・。

 

 

 

「・・・・朔・・・?」

 

 

後ろから突然声がした。

 

その声は、聞き覚えのあるもので。

そう、いつも静かな様子で、お人形さんのようなーーー。

 

「睦ちゃん・・・?・・・・何でここに・・」

 

驚愕に視界を震わせながら僕が振り返った先。

僕の幼馴染で、友達の、若葉睦ちゃんが、僕のベッドの中から、ゆっくりと身体を起こしていた。

 

何故、睦ちゃんが僕の家にいるのか。

何故、睦ちゃんが僕のベッドにいるのか。

 

頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

 

それでも、何とか行動を起こそうとーー、僕は睦ちゃんに向き直った。

彼女は、パジャマなどではなく、普段着のまま、ベッドに入ったようで・・・。

 

けど、何より気になったのは・・・・。

 

「睦ちゃん。・・・大丈夫?」

 

「・・・・え・・・・・・」

 

睦ちゃんの様子はどこか不安そうで、少し疲れが溜まっているように見える。

疲弊の色が、顔に少し現れている。

傍目から見ただけでも、明らかに疲れていることが分かる。

 

「・・・・朔。・・私・・・」

 

睦ちゃんは、少し驚いた表情をした後、元気のない声で僕に何かを告げようと口を開こうとする。

 

その姿は、今まで見たことないくらい、弱っていて。

 

今まで、僕が彼女の瞳の奥にどうしても感じてしまっていた、どこか底知れない未知の存在のような気味悪さを忘れてしまうほどに。

その姿は、鮮烈に僕の脳裏に刻み込まれてーーーー。

 

 

ーーーその無防備な悲愴が。

あの日、激しい雨の日で泣き続けていた祥ちゃんの姿と重なって。

 

 

「・・・・・大丈夫だよ、睦ちゃん。ゆっくりで良いから・・」

 

気づけば、睦ちゃんの手を握っていた。

自分でも、少し驚いている。

 

祥ちゃんを貶めてしまった罪悪感と、睦ちゃんに一方的に抱いていた苦手意識から、距離を置いていたくせに、今さら、どの面を下げてこんな風に優しい幼馴染を演じているんだ、と。

自分の頭に、そんな声が響き渡る。

 

それでもーーー、

 

「何があったのか、教えて・・・?」

 

「・・・・うん・・・」

睦ちゃんは、躊躇いながらも、首を縦に振ってくれた。

 

そして、僕がいなくなった後_____一週間の間に何があったのかを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

私は朔にこの一週間の間に起きたことを全て話した。

 

にゃむが私たちの仮面を外したこと。

それで、バンドはさらに注目されるようになったこと。

でも、また私が話したせいで、祥の居場所が壊れそうになっていること。

全てを話した。

 

「・・・そっか。そんなことがあったんだ」

朔もショックを受けているみたいで、声に力がない。

 

・・・やっぱり、私が話すと、皆傷つく。

全部、ダメになる・・・。

 

「・・・・ごめん。・・・朔・・・」

謝罪の言葉が唇の隙間から零れ落ちる。

 

私は、朔との約束も守れなかった。

祥を任されたのに。

祥を守ると約束したのに・・・。

 

 

「睦ちゃん。・・・それだけじゃないよね?」

「・・・・え・・・?」

 

私は、朔に全部話した。

話したはず・・・。

話してないことなんて・・・。

 

「・・・・・あ、朔に、・・・沢山、電話してた・・・」

「そ、そうなの・・・。・・・・・あ、本当だ・・・」

朔は、泥の付いたズボンのポケットからスマホを取り出し、画面に並ぶ私からの無数の不在着信の履歴を見て、その白い額にじっとりと嫌な汗を垂らした。

 

・・・・やっぱり、朔も迷惑に思っている。

 

約束も守れてないのに、何回も掛けてたから・・・。

 

「え、えっと・・・。気にしてないから・・。僕が聞きたいのは・・・」

 

「睦ちゃんが、そんなに苦しんでいる理由を知りたくて・・・・」

朔は、気まずそうにしながらも、私に告げた。

 

 

「・・・・さっき、言った通り・・・。祥の力になれなかったから・・。・・・・祥の居場所を守れなかったから」

「うん・・・。きっと、それが一番大きいんだよね・・。でも、それだけじゃない、よね?」

「・・・え・・?」

 

朔は、私にまた問いかける。

私は言葉に詰まる。

朔が私に何を言って欲しいのか、分からない。

それに、私が話したら、また間違って、朔も・・・。

 

それでも、口は自然に開く。

 

「・・・朔との約束、守れなかった・・・・」

 

「・・・・え・・・・」

朔は、きょとんとした顔をしている。

でも、しばらく経った後、

 

「・・・・そうなんだ・・・」

静かにそう言った。

優しい声音は変わることなく、いつものように・・・。

ーーそして、

 

「・・・大丈夫、怒ってなんてないから。・・気にしないで?」

朔はベッドの冷たいシーツの端を使って、私の額から絶え間なく流れ落ちる嫌な汗を、優しく拭ってくれた。

そして、優し気に笑った。

 

それでも、私の気持ちは晴れなくて・・・。

 

「・・・・それでも、やっぱり気にしちゃう・・?」

首を縦に振る。

私は、取返しのつかないことをしてしまった。

だから、私はーーーー。

 

そんな風に頭の中で考えていた時ーーー、

 

「それじゃあ・・・・、僕と、もう一度だけ、新しい約束をしてくれる?」

 

朔は、少し申し訳なさそうにしながらも、私にそう言った。

 

「僕、どうしても、睦ちゃんに頼みたいことがあって・・・。・・・睦ちゃんにしか頼めないことなんだ」

「・・・・朔・・・?」

 

「もちろん。睦ちゃんの頼み事も絶対守るから・・・」

 

「・・・・お願いしても良い?」

 

朔は、まだ私を信頼してくれている。

約束も破れずに、祥を傷つけてしまった私を。

 

その姿は、夜の闇を照らしてくれる月のように優しく映って・・・。

 

だから、私はーーーー。

 

「・・・・・うん・・・・」

その問いに対して首を縦に振った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「睦ちゃん。朝ごはんは、その・・・ごめんね、パンはないから、コーンフレークで良いかな?」

「・・・・・うん・・・・」

 

朝の眩い光がカーテン越しに薄暗いリビングへと射し込む中、二人分の朝食を準備する。

 

パンがあと何枚か残っていたはずだけど、キッチンのどこを探しても見当たらなかった。

まあ、一週間も経ったら、賞味期限切れるから、どうせ食べられないんだけど・・・・。

 

ーーーー僕の記憶違いだったかもしれない。

 

椅子に座り、テーブル越しに睦ちゃんと静かに言葉を交わす。

 

睦ちゃんの顔は、さっきまでよりは、少し余裕が出てきてくれたようで・・・。

それを見て、僕の張りつめていた心も僅かに安らいでいくのを感じていた。

 

「そっか・・・。祥ちゃんは、今、三角さんのところにいるんだ」

「うん。・・・さっき、電話で聞いたから・・・・」

「・・・・ごめんね。・・・祥ちゃんと喧嘩しちゃったばっかりなのに・・」

「・・・いい。・・・約束、したから・・・。それに、電話に出たのは、祥じゃなくて、初華だったから・・」

 

約束。・・・さっき、睦ちゃんにお願いしたこと。

 

一つは、今の祥ちゃんのことを調べて、教えて欲しいということ。

 

そして、もう一つはーーーー、

 

「睦ちゃん。もう時間?」

「うん。・・・学校だから」

「そっか・・・。ちゃんと、覚えてくれている?」

 

「うん。分かってる・・・」

睦ちゃんは、感情の読めない瞳のまま、静かに首を縦に振った。

 

「朔のことは、誰にも言わない。・・・祥にも・・」

 

僕が生きていることを誰にも言わないこと。

 

睦ちゃんにはバレてしまったから、仕方ないけど・・・。

これ以上、誰かにバレることは避けたい。

 

祥ちゃんにも・・・。

 

祥ちゃんや睦ちゃんたちの身の安全のためにも・・・。

 

さっき、睦ちゃんから聞いた通り、祥ちゃんは、三角さんのところにいるみたいだし・・・。

きっと・・・・、大丈夫。

 

「睦ちゃん。今日は、何時ぐらいに帰ってくる?」

「・・・少し、遅くなる・・・・」

「そっか・・・。んじゃあ、後でまた連絡してね・・・」

「・・・・うん・・・」

 

そんな僕の身勝手なお願いに対して、睦ちゃんはーー。

 

『・・・今日の夜も、朔の家に帰っても、良い・・・?』

そんな純粋なお願いをした。

 

僕としては、睦ちゃんが僕のことを他の人に話してしまう可能性も少なくなるし、

そして、祥ちゃんのことも、電話などよりも聞きやすい。

好都合だった。

これ以上ないほどにーーー。

 

けれど、彼女のその頼みを打算的に利用としている自分が、どうしてもーーー。

 

「・・・・朔・・・・・?」

「あ・・・・、な、何でもないよ!・・・睦ちゃん・・。・・もう一つのお願いも考えててね・・。ちゃんと、僕、守るから・・・」

 

「・・・・うん・・・」

 

小さく頷いて、睦ちゃんは玄関を出た。

 

ほんの少しだけ、元気を出してくれたような様子で。

それでも、まだ、どこか不安そうで、苦しそうで・・・。

 

 

「・・・・誰の所為だと、思ってんのさ・・・」

 

僕は、自分の内側から這い出てくる醜悪なエゴへの激しい嫌悪感に顔を醜く歪めながら、誰もいないリビングのソファへと、逃げるようにその身を深く預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

『祥ちゃん。あのね、僕は・・・・、祥ちゃんのことが』

激しい雨が世界を灰色に塗りつぶしたあの日。

彼は、気弱そうにしながらも、真っ直ぐに私に告げる。

 

誰にも見られないような路地裏で、私が雨で濡れないように、傘を差し出しながら。

 

『でも、隠し事してるままじゃ、信じてもらえないよね・・・・。・・・だから』

彼の白い肌に、赤と金色を基調とした、息を呑むほど鮮やかで狂暴なステンドグラスの紋様が妖しく浮かび上がっていく。

 

私は、その時の光景をプラネタリウムの座席のような場所から、第三者の視点で見上げていた。

 

あの日のことを忘れたことはない。

それどころか、今も私は、彼を求めている。

 

『・・・・怖いよね・・?・・・けど、僕、もう祥ちゃんに隠し事しないから・・・。・・・だから』

彼は優しい微笑みを、あの時の私に向けている。

 

 

怖くなどない。

怪物の血なんて、そんなものは関係ない。

今は、ただただ、彼が愛おしい。

 

『祥ちゃんのためなら、どこまでも一緒にいるから・・・』

朔が、あの日の私の手を取って、誓いの言葉を紡ぐ。

 

『・・・朔・・・』

 

あの日の私は、その手を静かに受け入れていた。

恐る恐る、けれど、確かに。

 

 

「朔。私は・・・・・っ」

私はたまらなくなって、目の前のドームスクリーンに映る、あの日の私の手を取っている朔に、必死にこの手を伸ばそうとする。

 

 

また、あの日のように、私に手を伸ばして欲しい。

この冷たい手を、温めて欲しい。

罪悪と無力感に押しつぶされそうな私を、立ち上がらせて欲しい。

 

そんな風に、ただ惨めに縋りつくように。

私は暗闇のなかで、過ぎた過去の映像へと向かって、上へ上へと手を伸ばしていく。

 

視界がぼやける。

身勝手な涙が流れそうになる。

 

それでも、伸ばすことを止められない。

 

上へ上へ、手をーーー、

 

あともう少しで、あの日の彼に手が届く。

 

 

ーーーーそう思った、その刹那だった。

 

『・・・祥、ちゃん・・・』

手を掴まれた。

 

でも、それは、弱々しく、不器用で、どこまでも優しい彼のぬくもりではない。

 

真紅の血に塗れている、重厚な漆黒のグローブ。

私の手首を掴んだ手は、彼とは決定的に異なっていて。

底知れない、悍ましい妄執に満ちていた。

 

 

そして、その手は、私の手を両手で握りしめる。

その様子に、底知れない恐怖を感じてーーー。

 

『祥ちゃんの、ためなら・・』

やめて。

あの優しい彼が告げてくれた言葉を、そんな恐ろしい濁った声で告げないで・・・!

 

 

『ずっと、どこまでも・・・』

違う、違う・・・。

あなたは、朔ではありませんわ・・・!

だから、お願いだから離してーーー

 

 

『一緒にいるから』

私の視界は、その言葉を最後に、血のような紅と夜の闇よりも暗い漆黒に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・っ、は、あ・・・っ⁉・・・ゆ、夢でしたのね・・」

悪夢から目を覚ます。

ハァハァと激しい過呼吸のなかで辺りを見回すと、そこは昨日、初華から借りた布団の上だった。

全身の皮膚には、冷や汗がびっしょりと滲んでいて、心臓の鼓動は鳴り止んでくれない。

 

 

「祥ちゃん!・・・大丈夫・・・っ⁉」

私の荒い呼吸が聞こえてしまったようで、ロフトの梯子を急いで駆け上がり、初華が私の元へと滑り込んできた。

 

彼女は、私を心配そうな瞳で見つめながら、手にした白いタオルで、私の額に滲む大量の冷や汗を丁寧に、吸い取るように拭っていく。

 

「・・・初華。どうして・・・」

「うなされてた、みたいだったから・・・。」

どこまでも優しい手つきで、彼女は私の濡れた髪を愛おしそうに梳きながら、じっとりとした汗を拭い続けてくれる。

 

その触れる手のぬくもりは、本当に、温かくて・・・。

先程の悪夢で弱っていた心が、一瞬、その優しさに甘えてしまおうとしてしまう。

 

ダメだ。

いけない。

そんなことをしてはーーー。

 

彼女まで、私の地獄に引きずり込むわけにはいかない。

それにーーー、

 

「・・・大丈夫ですわ。初華」

今、ここで彼女にもたれ掛かってしまえば、自分という存在がーーーー、

 

ただ闇を恐れ、羽を休めるための止まり木さえあれば、誰の元でもいいと縋りつく、未熟な鳥のように思えて。

 

ここで初華のぬくもりに流されてしまえば、私があの雨の日に、あの部屋の中で、朔に抱いていたあの狂おしいほどの慕情が、ただの寂しさを紛らわせるためだけの、卑しい依存心だったと、自分自身で断じてしまうような気がして・・・・。

 

そのことが、耐え難いほどに恐ろしかった。

 

「・・・・そっか。でも、このままじゃ風邪引いちゃうから、シャワー浴びよう?」

 

「・・・・ええ、そういたしますわ・・」

 

私は、そんな身勝手な考えで彼女の優しさを拒絶しようとしながらも、自らの身体を覆う不快な汗を流すために、彼女の提案を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴び、肌に纏わりつく嫌な汗を洗い流す。

 

降り注ぐ水音が、どうしてもあの激しい雨の日に朔が想いを打ち明けてくれた瞬間のことを。

そして、彼と肌を重ね、繋がり合った時の熱量を想起させる。

 

 

それらが、頭にこれ以上、よぎらないように、目をつむる。

 

 

すぐに身体を洗い流して浴室を出ると、用意されていた清潔なタオルで身体を拭う。

着替えは、初華が私の持ってきた荷物から用意してくれたようだ。

衣服に袖を通そうとした、その時ーーー。

 

『・・・どうしたの、優牙くん?』

 

脱衣所の薄い扉の向こうから、微かに初華の声が鼓膜を震わせた。

どうやら、誰かと電話で話しているようだ。

聞き覚えのない名前だが、初華の友人だろうか・・・。

おそらく、男性のように思えるが・・・。

 

『・・・うん・・・。その日なら、会えるよ・・。場所は、いつもの場所だよね』

扉越しに距離が離れているため、うまく聞こえない。

だが、心なしか、初華の声はいつもより嬉しそうに弾んでいるように思えた。

 

『それで、ーー朔は・・・、え?ーーーが、見つからない、の・・?』

『そ、そっか・・。大丈夫・・・。謝らないで・・・。仕方ないよ・・』

『うん。・・え?・・・ふふっ、私も大好きだよ・・・。またね』

 

初華は愛おしそうにそう言って、電話を切った。

その直後、重く深い溜息が響く。

 

 

私は服を着替え終わると、初華の元へ急いだ。

 

 

「・・・・初華・・」

「さ、祥ちゃん・・・っ⁉」

私の突然の出現に、初華はスマートフォンを隠すようにして、激しく狼狽した。

 

「・・・・さっきの電話、聞こえてしまいましたわ・・」

「・・・・えっ、そんな・・・。あ、あれは・・っ」

 

初華は、ショックを受けた顔をする。

その表情は、心底傷ついていて・・・。

 

・・・本当に、彼女は優しい・・・。

 

「朔のことを探してくれていますのね・・・」

「え・・・、あ、う、うん!・・・そうだよ、祥ちゃん・・」

私の言葉に、初華は一瞬だけ、信じられないものを見るように、意外そうな表情を浮かべた。

けれどすぐに、顔を伏せながらも、深く首肯した。

 

「・・・どうして、朔がいないことを、知っていましたの?」

「・・・えっと、それは、その・・。睦ちゃんに、教えて貰って・・」

私の疑念に、初華は気まずそうに答える。

 

・・・・そうだったのですね、睦・・・。

あなたは、初華へ朔の不在を相談してくれていた・・・。

こんな私のために・・・・。

 

そして、初華は、友人にまで頼んで、朔を探してくれている・・・。

 

本当に、・・・睦も、初華も、どうしてこれほどまでに優しいのだろう。

 

「・・・初華・・・」

「え?・・・祥ちゃん・・・?」

気づいた時には、私は初華に強く抱き着いていた。

 

「・・・本当に、ありがとうございますわ・・・。初華、本当に・・・」

「・・・祥ちゃん・・・・」

 

私は、流れる涙を止められず、初華に感謝の言葉を告げてしまう。

彼のことを探してくれている人がいることに。

こんな私の味方をしてくれている人が彼以外にもいることに。

 

救われる自分がいて。

 

「・・・・初華。朝食を用意しますわね。台所をお借りしても?」

「う、うん・・・。良いよ・・・」

 

私は、初華から離れた後、キッチンに向かい、朝食の準備をし始める。

 

そうだ、睦にも謝らなければ。

確かに、睦の失言で炎上に近い状況になったが、それでも、私のことを思って、初華にも相談をしてくれていたのだから・・・。

 

 

この時の私は気づいていなかった。

 

 

後ろで、初華が凄絶な慙愧に顔を歪めて深く伏せていたことに。

 

初華の通話の内容が、私がこの時考えていたものとは、異なっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

『お母さんが大女優だし、そっちの路線もありだよね』

『みなみさんとの共演、見たいな~』

『ギター始めたきっかけもご両親?』

『睦ちゃん、こっち向いて』

メディアの取材と、写真撮影の時の人達のことが頭によぎる。

あの人たちの言葉と、フラッシュの光が頭をかき乱す。

 

違う、と言いたいこともあった。

ギターを弾き始めたきっかけに、みなみちゃんやたあくんは関係ないこと。

 

でも、また、私が話したら・・・、全部、壊れてしまいそうで。

 

もっと、何か言えたら良いのに。

そんな思いが渦巻く。

 

ーーーでも、今日はーーーー。

 

『睦。今日は、途中までいっしょに帰りましょう?』

『睦。・・・・苦労をかけて申し訳ありませんでしたわ』

 

祥が、私と話してくれた。

謝るべきなのは、私なのに、あんな風に・・・。

祥にそんな罪悪感を感じさせてしまったことが苦しくてーーー。

 

でも、祥が、私のことを気に掛けてくれたことに、どこか安心感を感じている自分がいて・・・。

 

それだけで、鉛のようだった足取りが、軽くなった。

 

それにーーーー。

 

「ただいま。・・・朔・・・」

「おかえり。睦ちゃん」

今日は、朔といっしょに過ごす。

 

朔と、約束したから。

私が約束を守ったら、朔も私のお願いを聞いてくれる。

 

どうして、朔が、祥に自分が無事であることを隠したいのかは、分からない。

けど、きっとそれは、どこまでも祥のためになることなんだと思う。

 

・・・・朔は、祥が大好きだから。

 

「睦ちゃん。ご飯できてるよ」

朔は少しはにかみながら、ご飯をテーブルへと運んできてくれる。

 

いつも家で食べているものとは全然違うけど、ずっと、温かく感じて。

 

 

「睦ちゃん、今日もお疲れ様。・・・大変だったでしょ?」

 

「・・・うん・・・・。でも、大丈夫」

 

「そっか・・。それで、祥ちゃんは、どんな様子だった・・・?」

「祥はーーー」

 

私は、朔に、今日の祥のことを話した。

途中まで二人で並んで歩いたこと。

謝るべきなのは、私の方なのに、祥が私を気遣って謝罪の言葉を告げてくれたこと。

その他には、ほんの些細な事を・・・。

 

 

その拙い言葉を、朔はいつもと変わらない、本当に優しい表情を浮かべて聞いてくれている。

 

やっぱり、朔は祥のことも、私のことも、同じくらい大事に思ってくれている。

 

それが、嬉しくて・・・。

まだ、何か話したくて、頭の中を巡らせる。

 

「・・・・あ・・・」

「どうしたの?睦ちゃん」

 

今日、祥との会話で、私の胸の奥に小さく引っかかっていた、ある『違和感』が脳裏をよぎる。

 

「初華が、朔がいなくなったこと、知ってた」

「?・・・そうなんだ。三角さんにも心配かけちゃったな・・」

 

「私は、初華に朔がいなくなったこと話してない・・・・」

「?じゃあ、祥ちゃんが直接、三角さんに話してーー」

 

「初華は、私から聞いたって、祥に言ってたらしい・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・朔・・?」

 

私の言葉を聞き終わった後、朔は表情を険しくして考え込んでいる。

今まで見たことないくらい真剣に・・・。

 

その表情を見てーーーー。

 

『長くは続かない』

あの時の祥の表情を思い出してしまってーーー。

 

 

「朔・・・!・・私・・」

また、間違ってしまったのか。

私の所為でーーー。

どうしようもない不安感に襲われてしまう。

 

その様子に気づいたのか、朔は弾かれたように険しい表情を消し去ると、急いで私の方へと向き直った。

そして、焦ったように、口を開く。

 

「だ、大丈夫だよ!睦ちゃん、睦ちゃんは悪くないから・・.・・・本当に、気にしないで?」

そう言って、朔は、いつものような笑顔でーー

 

「それどころか、睦ちゃんのおかげで、凄く大事なことを知れたから」

私に感謝の言葉を告げた。

 

私は、何故、朔が私にそんなことを言ってくれたのか、分からない。

 

けどーーー、

 

「ごちそうさまでした。お皿洗うね」

「ごちそうさま・・・。・・・私も洗う・・」

「・・・ありがとう。睦ちゃん、んじゃあ、よろしくね」

 

今の時間が、どこか温かくて、私はその疑問から目を逸らした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「初華。私も手伝いますわね」

「うん。ありがとう、祥ちゃん」

 

私は、祥ちゃんと一緒に夕食の片づけをしている。

そんなことしなくても大丈夫だよって、言ったんだけど・・・。

 

でも、こんな夜に、祥ちゃんと並びながらお皿を洗うのも、初めてのことで、ドキドキして・・・。

 

脈打つ鼓動を感じながら、今日の朝のことを思い出していた。

 

祥ちゃんは、思い違いをしている。

私が、彼と話していたのは、あの男の安全を確認するためじゃない。

それどころか、真逆の・・・・・。

 

『・・・本当に、ありがとうございますわ・・・。初華、本当に・・・』

祥ちゃんの、あの純粋な言葉が刺となって私の胸に突き刺さる。

 

祥ちゃんを元に戻すために仕方ないことだった。

彼が、幸せになるためにあの男は邪魔だった。

・・・・全部、あの男が悪い。

 

そんな理由を並べても、その刺は私の胸からは抜けてはくれない。

それどころか、拍動に合わせて、どんどん深く刺さっていく。

 

どんどん、深く、深く、刺さってーーーー

 

 

「初華?どうしましたの?」

 

そんな風に考えていると、祥ちゃんが私の瞳を覗き込んできた。

 

彼女の琥珀色の美しい瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。

その無垢な視線に、罪悪感がせり上がる。

 

 

「ううん。何でもないよ」

私は、自身の心を蝕んでいく薄暗いものを見ないように、忘れるように、祥ちゃんにそう告げる。

 

 

そして、お皿を洗いながら、少し視線を漂わせる。

 

この胸に広がる感情から逃れる方法を探すように。

 

「・・・・・あれ?」

洗濯機の近くにある、小窓に自然と目が行った。

 

換気用の、本当に小さな窓。

一応、外出時はいつも閉めている。

けれどーーー、

 

「・・・・開けっぱなしにしちゃったかな・・」

何故か、開いたままになっている。

帰った後、特に開けた覚えはないんだけど・・・。

 

・・・あ、もしかしたら、祥ちゃんが開けてくれたのかな。

 

そんな小さな疑問を胸の奥で燻らせながらも、私はそれ以上の不穏な雑音を振り払うようにして、再び手元のお皿へと手を動かし始めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「・・・・・すぅ・・・。祥ちゃん・・・」

一人の金髪の少女____三角初華が布団の上で寝ている。

その寝顔は、心底安らかで。

先程まで、胸を苛んでいたはずの罪悪感や負い目を忘れてしまっているようで。

彼女は夢の底へ意識を沈めながらも、愛おしい少女の名前を呼んでいた。

 

 

「・・・よし。完全に寝てんな」

そんな彼女の様子を一体の小さな異形が見ていた。

その異形は、小さな金色のコウモリ。

電気の消された部屋の暗がりのなかで、その一対の赤い瞳が妖しく光る。

 

彼の名は、キバットバット三世。

主であり相棒でもある少年の頼みを受け、小窓を開け、この部屋へと侵入していた。

 

「・・・・ったく、初華ちゃんも見かけによらねぇなぁ・・」

キバットは、小さな声で呟きながら、初華の部屋のタンスや引き出しを静かに漁り始める。

その呟き自体は、いつもの陽気な調子のままであったが、その目や口元は笑っていない。

 

 

当然である。

目の前の少女が、自身の古くからの親友を害する存在である可能性があるのだから。

彼の小さな体の中には、友のための義憤が燃え続けている。

 

「とりあえず、祥ちゃんに、手を出す様子はねぇし。朔にもほっとくように伝えるとして・・・」

翼の先で器用に引き出しの奥の書類を捲りながらも、キバットは小さく息を吐く。

 

「いや、ろくな証拠がねぇな・・・」

困ったように、キバットは翼の先で自らの顔を小さく掻く。

 

だが、それで諦めるわけもなくーーー。

 

 

「そうだ。携帯電話の履歴見るのを忘れてたぜ」

 

まず初めに確かめるべきことを思い出し、急いで、キバットは初華の元へ羽ばたこうとした。

 

その刹那ーー。

 

 

 

「何をしている。キバットバット三世」

 

 

 

キバットのすぐ後ろで声がした。

威圧的で底冷えのするような男の声。

 

声の主は、冷徹にキバットを見つめている。

 

 

だが、キバットは少しも動じることはなく、振り向きもせずに、飄々とした調子で笑ってみせる。

 

「そうだな~。初華ちゃんがボロを出すのを期待してたんだけどよ~。もっと良い展開になって、舞い上がりそうだぜ」

 

キバットはそこでようやく、声の主の方へとゆっくり反転した。

 

「何たって、鴨が葱背負って来てくれたんだからな」

 

男はその言葉を意に介さず、口を開く。

 

「お前が生きているということは・・・、奴も・・」

 

「そんな訳ねぇだろ~。もう少し自分の家来を信頼してやれよ~。あいつ、ライブ感だけで動く割にはいい腕してるぜ?」

キバットはバサバサと黄金の翼を大きく羽ばたかせ、不敵に赤い瞳を光らせる。

 

 

「俺が、やろうとしてんのは、敵討ちのための材料探しだぜ。・・・・この様子見るに、初華ちゃんのこと大事なんだろ~?」

 

「・・・だったら、何だ・・」

 

「ここで、暴れられたら困るだろ?」

キバットはチラチラと窓の外を見ながら、男を挑発する。

窓の外にいる何者かに目配せをするようにーー。

 

「俺も、由緒正しいキバットバット家の一員だからな~。結構、人脈あるんだぜ~」

そんなキバットを憎々し気に見ながらも、男は告げる。

 

「今すぐ、僕の目の前から消えろ・・」

 

「あいあいさ~」

 

キバットはその様子を面白そうに見つめると、自らが侵入してきた小窓の隙間から、夜空へと飛び去る。

 

静まり去った部屋。

男は去っていったコウモリの残像を睨みつけている。

 

 

だが、すぐに、眠り続ける初華の傍に行きーーー、

 

「・・・良い夢を・・。・・・初音」

彼女の決して世界に知られてはならない真の名を、優しく囁きながら。 

彼は愛おしそうに、その儚い金色の髪を、静かに撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜空の闇で、金色のコウモリが笑う。

「いや~。本当にハッタリがバレなくて良かったぜ~」

 

「朔の側に付いてる俺が、一部のファンガイア以外で、魔族の仲間なんているはずねぇっての」

自身の切れるカードが通用した安堵をその身で感じながら。

 

「それにしても、よっぽど初華ちゃんのことが大事なんだな・・・。優牙の奴・・・。朔が危なくなったら、最悪人質に・・・・。いや、あいつは喜ばねぇよな・・・」

自嘲気味に小さく笑いながら、夜の空を滑空する。

 

 

 

その姿はーーーー、

 

「何か、あいつも変なもん見て、動揺してるしな・・・・」

「祥ちゃんには悪いけど、少し朔と距離を置いてて貰うか。・・・あいつのメンタルのためにも・・・」

 

どこまでも、親愛なる相棒のことを思っていた。

 

 

 

 

 

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王の成り損ないは、一人の人形を除いた誰にも知られることなく、ひっそりと舞台に舞い戻り。

人形たちは、欺瞞に満ちた一時の安寧を得る。

虚勢の王は、自らの弱点を知られ。

成り損ないの右腕は、静かに夜空を飛びながら、ただ一人の友を思う。

 

お互いの想いは、上手く交わらず。

間奏は、歪な不協和音として響いた。

 

 

 

 




第五話の閲覧ありがとうございました。

思っていたよりも、展開進みませんでしたね・・・。
でも、後々の展開に必要だなぁと思ったため、書いておくことにしました。

・・・・気になるところもあると思いますが、しっかりと回収するので安心してください・・・・・。


励みになりますので、感想や評価などもぜひ・・・。
それでは、次回もよろしくお願いします。
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