BanG Dream!×仮面ライダー詰め合わせ(になる予定)   作:湯豆腐に季節のエクレアを添えて~

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今回は、睦ちゃんメインです。

キバ編(豊川祥子×仮面ライダーキバ)とは・・・?

ま、まあ・・、祥ちゃんの話には、睦ちゃんは欠かせないので・・・。



第六話 変奏・死と乙女

 

『そっか。三角さんが、兄さんと・・・』

声が聞こえる。

 

聞き覚えのある優しい声。

 

一階の部屋で、朔が話している。

 

『おう。間違いないぜ。・・・どうすんだ?朔』

私の知らない誰かと。

 

『祥ちゃんにも話して・・・。いや、下手に動いたら危ないよね・・・』

『ああ、流石にな。・・・しばらく様子を見た方が良さそうだぜ』

祥のことについて、心配そうに話している。

 

危ない?

何のことか、よく分からない・・・。

 

それに、朔にお兄さんがいたことも初めて聞いた。

その人が、初華と一緒にいたら、何か不味いことでもあるのか。

 

分からない・・・・。

 

でも、聞いて困らせたらーーー。

 

『初華ちゃんが、祥ちゃんのこと好きなのは、本当らしいし、大丈夫じゃねぇか?」

『・・・・だと、良いんだけど・・。・・・清告さんの方は・・・」

 

『あいつは、今も酒飲んでぐっすりだよ。ほっとけ、あんな奴』

『でもーーーー』

『お前が襲われたのは、あいつが、どっかにチクったからだろ』

『それは、うん・・・』

 

元気が無さそうに、朔は首肯している。

 

私は、朔から借りているベッドから起き上がり、ドアを開き、廊下へと歩く。

物音を立てないように、朔から聞こえないように。

 

足音は出してないはず、聞こえてないはず。

だけどーー、

 

『あ、睦ちゃんが起きたみたい。キバット、隠れてて』

『おうともよ!』

 

朔にはバレてしまった。

 

私はそのまま階段を降り、リビングへと足を進める。

 

私がリビングに入ると、朔は今目を覚ましたような仕草をして、ソファからゆっくりと身体を起こした。

 

「あ、睦ちゃん。起きたんだ・・・。まだ朝の4時だよ?」

「・・・朔・・・」

「どうしたの?・・・怖い夢でも見た?」

 

朔が不思議そうに、私を見つめる。

いつもの通りで優しそうな表情で。

 

誰と話してたのか。

初華が何かしようとしてるのか。

祥のお父さんが朔に何をしたのか。

朔にお兄さんがいたのか。

 

無数の疑問が、私の頭に浮かび続ける。

 

でもーーー、

「・・・何でも、ない・・」

「そっか・・・。眠れないなら・・・、少し話す?」

「・・・うん・・・・」

 

私は、朔の隣で静かにソファへと腰掛けた。

 

きっと、朔が私にそのことを言わないのは、その方が祥のためになるから。

 

それに、きっと私がそれを聞いたら・・・・。

またーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『睦ちゃん、凄く良いよ』

フラッシュが眩しい。

『睦ちゃんもお母さんみたいに女優の道に進むの?』

『みなみさんとの共演見たいな~』

誰かもよく分からない人の声が響く。

 

写真撮影やメディアの取材は、あの後もまだ続いている。

 

何度、経験しても慣れる事ができない。

胸のざわめきと額から流れる嫌な汗は止まらない。

 

でもーーー、

 

 

 

『睦。今日もお疲れ様でしたわ。・・・夜も遅いですから、途中まで一緒に帰りましょう?』

祥といっしょに過ごせた。

 

『睦ちゃん、今日もお疲れ様。・・・ご飯できてるから、今から食べよう?』

朔の家で、朔と一緒に過ごせた。

 

 

それだけで、少しだけ落ち着いて。

 

 

だけど、

 

 

 

『睦。朔の事なのですけど・・・』

祥が心配そうに朔のことを相談する。

 

『睦ちゃん、黒瀬くんのことについて知らない?』

初華が、朔のことについて執拗に聞いてくる。

 

 

祥が不安そうにしている。

心配そうにしている。

 

ちゃんと話したい。

 

 

けど、それはできない。

 

 

『睦ちゃん、僕のことは絶対に、誰にも言わないでね』

朔と約束した。

それに、私が勝手に話したら、祥も朔もまた傷つく。

だから、私は自分の出来ることをしてーーー。

 

 

眩暈がしても、前みたいな変なオーロラの幻覚が見えても。

祥や朔が私を気遣ってくれたから・・。

まだ、大丈夫ーーー。

 

そうだった。

そう思っていた。

 

 

あの日まではーーー、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の夕方。

取材が終わって、朔の家へと帰路を急いでいた。

朔は、今日は一日中自分の家にいた。

私も、誰にも朔のことを言ってない。

 

何も起こらない。

平和な、いつもの夜が訪れるはずだった。

だけど、

 

 

 

『睦!』

祥が息を切らしながら、私の方へ走ってくる。

 

私の両肩を掴んで、心の底から嬉しそうに、けれど焦ったように告げた。

 

『朔を見つけましたの!』

そんな、絶対に有り得ないはずの言葉を。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

一人で夜道を歩いている時のことだった。

月明りだけが、私を静かに照らしている夜。

 

 

静寂のなかで、私はまた、未だに行方の分からない彼の姿を脳裏に思い浮かべていた。

 

優しそうな表情を浮かべ、いつも気弱そうにしている朔の姿を。

陽光に透ける薄い茶髪に、血のように紅い瞳を。

 

 

初華や睦も探してくれているのに、それでも見つからない。

 

 

不安感と焦燥感が押し寄せてくる。

彼がいないことが徐々に日常と化しているようで。

彼がいなくなった後、心に空いた穴が、初華と睦の優しさで埋められていくような気がして。

 

温かいのに、そのことが何よりも苦しくてーー。

 

「・・・っ」

 

そんなことを思ってはいけない。

二人は、私を気遣ってくれている。

全ては、私の問題。

 

 

けれど、

息が苦しい。

視界が不規則に明滅する。

 

視界が狭窄していき、彼にもう会えないのではないか、という考えが堰を切ったように溢れ始める。

 

苦しい。

子どものように叫んで、泣き出してしまいたい。

 

でも、できない。

 

そんな泣き言を言っている暇はない。

 

それでも、身体の震えは、どうしても止まらない。

 

 

 

そんなことを考えている時だった。

 

 

 

 

 

私の視界をマゼンタとシアンの無機質な色彩が覆ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

マゼンタとシアンが彩るヴェールの中で、様々な情景が浮かび上がる。

 

『・・・あの黒い人、どこに行ったんですかね・・・』

『俺に聞かれても、困るって、キバ―ラと鳴滝のおっさんに聞くしかねぇだろ』

 

ノイズの中から、聞き覚えのない男たちの声が響く。

紫の鬼のような異形と銀色の装甲を纏った人物が、ひどく狼狽した様子で頭を掻きむしりながら話していた。

 

『まあ、ーーーだし、気にーーなくてーーも』

『それーーー、ーーー良いーーすかーー?』

けれど、彼らの輪郭と対話は、混線したラジオの音声のようにどんどんぶつ切りになっていき、消え去っていく。

 

そして、視界は元に戻り始めーー、

 

 

 

私は、気づけば先程と全く同じ、月明りだけが照らす静かな夜道へと戻されていた。

 

けれど。

 

 

ほんの少しだけ離れた、電柱の影の暗がりのなかに、

 

「思ったより強かった・・・。・・あの二人。急に速くなったり、ごつい鎧着始めるし・・・。あいつに会ったからって、ライブ感で動き過ぎちゃった・・。」

 

一人の少年が、ひどく口惜しそうな、けれどどこか疲れ切った口調で、自身の脇腹を押さえていた。

 

 

陽光に透ける薄い茶髪。

その隙間から覗く、血のように紅く、けれど優しい瞳。

いつもかけている眼鏡はどこかへ落としてしまったのか外している。

服装も普段着ではなく、ワインレッドのスーツに身を包んでいる。

けれど、その華奢なシルエットはーーー。

 

 

「・・・・朔・・・?」

黒瀬朔・・・。

私の大切なーーー。

 

 

「祥ちゃん・・・?何でここに・・、もしかして・・・・・」

彼は私の声に弾かれたように顔を上げると、困惑したように不思議そうに、その小さな首を傾げた。

まるで、自分自身がどうして今この場所に立っているのかすら、全く理解できていないかのような、無防備な表情で。

 

 

私は、そんな顔をしている朔に構わず、抱き着いた。

 

「・・・祥ちゃん?」

あまりの唐突さからか、朔は戸惑うように小さく呟いた。

 

けれど、すぐに、その不器用で温かい両腕を、私の背中へと優しく回してくれた。

 

 

その温かさが私の心を安らげてくれて・・・。

私は、全てを忘れて甘えるように彼の身体に己の身を預け、そのまま、彼の唇へ自らの唇を重ねようとしたーーー。

 

だが、

 

「ごめんね、祥ちゃん。それは出来ないんだ」

本当に申し訳なさそうに、眉を下げ、彼は静かに私に告げた。

 

そして、私の両肩に優しく手を置くと、拒絶を悟らせない穏やかな力で、私を自身から引き離す。

 

「・・・・朔。・・・どうしてですの?」

彼の温もりから引きはがされ、私は幼子のように彼に問いかけてしまう。

自分でも、ひどく身勝手な振る舞いだとは分かっていた。

 

普段は他者に責任や道理を厳しく口にしているくせに、いざ自分が限界を迎えると、彼の事情や抱える重荷を慮ることもせず、ただ一方的に甘えようとする。

 

それは、今に始まった悪癖ではないのですが・・・。

 

 

少し困ったように、それでも確固たる意志を持って彼は口を開く。

「祥ちゃん、その続きは、また後で・・・。・・・それよりも、祥ちゃんには気に掛けてないといけない子がいるんじゃないの?」

 

「・・・・え・・・」

 

彼の言葉で二人の少女の姿が頭に思い浮かぶ。

 

そうだ、睦と初華にこのことを教えなければ。

こんな私を気遣ってくれていた二人に。

 

「感謝しますわ。朔・・・。私にやらなければならないことがありましたわ・・」

 

「うん・・・。それじゃあ、またね」

 

「ええ、また・・・・」

 

私は、後ろ髪を引く、彼への執着と慕情を振り切り、睦の元へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーそして、今に至る。

私は、今、睦に先程の朔のことについて話した。

「睦。心配を掛けて・・・」

 

心を擦り減らしていた睦に、心からの謝罪と感謝の言葉を伝えようとする。

 

ーーだが、

 

「・・・・睦?」

 

「・・・ぇ、・・・なんで・・・」

 

その消え入るような声は喜びよりも驚愕と動揺が大きかった。

 

額には汗が滲み、目を見開いている。

その表情には喜びの色はなく、ただ焦燥と不安がーー。

 

「・・・祥。ごめん・・・。私、用事があるから・・・」

 

睦は、私にその表情を見せないように激しく視線を伏せると、私の制止を聞かずに、その場から走り去ってしまった。

 

私は、睦の変わりようをただ茫然と見送ることしかできなかった。

 

ただ、しばらくした後、私は初華にも伝えなければならない、と思い、その場から駆け出した。

 

 

 

 

この時の私は、愛しい彼との再会に舞い上がっていて。

自らのその盲目的な歩みが、どれほど愚かで、大切な二人の優しさを踏みにじっているかを。

知る由が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明りだけが照らす、夜の静寂の中。

一人の少年と一匹のコウモリが、街を見下ろしながら佇んでいる。

 

「良かったのか?・・・あのまま行かせて?」

「・・・仕方ないでしょ・・・。僕が祥ちゃんに、一体どんな顔をして、どんな言葉を話せば良いって良いのさ」

「・・・それもそうだな」

 

紅と黒色のコウモリが、少年の肩に乗る。

少年は、その身を寄せてくる彼に対して僅かに目を丸くし、怪訝そうに問いかける。

 

「何・・・?もしかして、慰めてくれてるの?」

「・・・まあ、そんなところだ。それよりも、これからどうするのだ?」

 

少年は少しの間、昏い街並みを見下ろして考え込んでいたが、すぐに自らの肩に留まっている相棒へと向き直る。

 

「・・・う、うーん。一先ず、こっちの世界をしばらく探ろうかな・・・。やっておきたいこともあるし。・・何より、祥ちゃんと睦ちゃんとモーちゃんのことが気になるしね・・・」

 

彼は少し気弱そうに茶髪の頭を掻くと、相棒の前に自らの掌を差し出した。

 

「二世・・・」

「良いだろう。・・・ガブリッ」

 

 

そして、少年の掌にコウモリ___キバットバット二世が噛みつく。

 

鋭い牙が少年の掌を容赦なく穿ち、生々しい痛みが奔る。

それと同時に、彼の顔に黒と紅のステンドグラスの紋様が浮かび上がり、真紅と漆黒に彩られた鎧に少年の身体が包まれた。

 

夜の闇を凝縮させたような漆黒のマントが広がり、胸部のプレートに埋め込まれたエメラルドグリーンの魔皇石が闇の中で妖しく光っている。

 

そして、少年は自嘲気味に笑う。

 

「・・・ディケイド____あの破壊者さんのおかげで、こんな最悪で最高のチャンスが回って来たんだ。・・・有効活用しないとね」

 

漆黒のマントを翻し、少年は、音もなく夜の闇の深淵へとその姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

私は、祥の前から逃げるようにして、ひたすら朔の待つ洋館へと帰路を急いだ。

 

 

重い玄関のドアを開ける。

「睦ちゃん、おかえりなさい。今日もお疲れ様・・・」

その音を聞きつけて、すぐに朔がいつもの優しい笑みを浮かべながら、私を出迎えるために玄関口まで歩いてきてくれた。

 

そして、申し訳なさそうに眉を下げて告げる。

 

「ごめんね。睦ちゃん・・・。今日も、僕だけ家に引きこもってて・・・。でも、もう少しでーー、睦ちゃん?」

 

そうだ。朔は今日、ずっと家に居たはずだ。

だから、祥と朔が会うわけがない。

なのに、どうして。

 

 

『朔を見つけましたの!』

なんで、祥はあんなことを・・・。

 

 

「睦ちゃん・・・?大丈夫・・?」

朔が、私の顔を心配しているように見つめている。

 

「・・・大丈夫・・・」

私は、引き攣る喉の奥から、辛うじてその一言だけを絞り出した。

 

「・・・本当に・・・?」

「・・・・・うん」

それでも、朔は私に問いかけたけど、私はただ首を縦に振った。

 

朔は、どこか腑に落ちないような表情を浮かべながらも、それ以上は言及せず、私をリビングの方へ連れていってくれた。

 

 

 

 

「睦ちゃん。・・・・美味しい?」

「・・・・うん・・・・」

私はテーブルを挟んで、朔と一緒に夕食を食べた。

 

流れる時間は、いつもの穏やかな夜と何一つとして変わらないはずなのに。

私の心は落ち着かず、心臓は早鐘のように鼓動を刻んでいる。

 

何で。

どうして。

祥は朔のことを知っていたんだろう。

 

「いつもごめんね。睦ちゃんに隠し事の手伝いをさせちゃって」

朔が申し訳なさそうに、私に謝った。

 

朔は、ずっと家にいた。

家から出てない。

祥も最近、朔の家には行ってない。

なのに、祥には朔のことがバレてた。

 

朔が、自分から祥に見つかりそうな場所に行くわけがない。

だって、朔が私に、祥に秘密にするように言ったんだから。

なら、祥にバレたのはーーーー、

 

 

また、私が間違えたから。

 

 

「・・・そ、その。睦ちゃんから僕へのもう一つのお願い、考えてくれてる・・?睦ちゃんにだけ二つも頼み事させちゃうの悪いから・・・。あっ、まだ決まってないなら良いんだけど・・・」

 

途端に、息が浅くなる。

胸が苦しい。

全身からじっとりとした嫌な冷や汗が噴き出して、止まってくれない。

視界が、火花を散るように激しく明滅を始める。

 

朔の言葉がどこか遠くのことのように聞こえる。

 

「・・・睦ちゃん?」

「・・・・ぇ・・・・」

「・・・大丈夫?」

 

朔が、ハンカチで私の額の汗を拭ってくれた。

その手つきが優しくて。

そのまま、私は・・・。

 

『睦ちゃん、僕のことは、絶対に誰にも言わないでね』

 

「・・・ぁ・・・」

朔との約束を思い出す。

 

私は、きっと。

知らないうちに、朔との約束を、また破ってしまっている。

だから、朔にこんな風にしてもらうのはーーー。

 

それに、まずは、祥のことを伝えないと。

祥にバレたことを謝らないと・・・。

 

でもーーー、

 

「何でも、ない・・・」

言えなかった。

言おうとしたけど、怖くて、喉が震えて声が出なかった。

 

また、約束を破ってしまったことを伝えるのが怖くて。

朔を傷つけたくなくて。

 

・・・この時間が終わってしまうのが、嫌で・・・。

 

 

「・・・そっか。でも、疲れてそうだから、今日はゆっくり休んでね・・」

私はその言葉に力なく頷き、夕食後、すぐにベッドに入った。

それでも、私は眠りにつくことは出来なかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

私は、静まり返った深夜の夜道を、ただ一人で彷徨うように歩いていた。

朔の家のベッドで寝ていたけど、どうしても寝付けなかったから。

朔への申し訳なさと、自分がまた間違えてしまったと思って・・・。

 

これから、どうすれば良いのか分からない。

祥に隠し事をしてたこと。

朔との約束を守れなかったこと。

 

どうすれば、祥と朔のためになることをできるのか、分からない。

 

それでも、何か出来ることがないか、頭の中で考える。

 

『・・・・だと、良いんだけど・・。・・・清告さんの方は・・・』

『あいつは、今も酒飲んでぐっすりだよ。ほっとけ、あんな奴』

『でもーーーー』

『お前が襲われたのは、あいつが、どっかにチクったからだろ』

今日の早朝、朔が誰かと話していたことを思い出す。

 

祥のお父さんが、何か朔に関係してる・・・?

 

自分が、どうしたいのか、分からない。

これが正しいのかも分からない。

 

けどーーーー、

 

私は、焦燥と不安感に駆られるまま、祥の家に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・朔、祥・・・」

見慣れたアパートが見えてくる。

もうすぐ、着く。

 

祥のお父さんが話を聞いてくれるか、分からない。

 

私は、その疑問を振り払う様にして、足を進める。

 

その途中で、

 

 

「キング。豊川清告の家に、黒瀬朔が匿われている様子はありません」

「そうか・・・。まあ、当然か・・・」

誰かが話している。

朔のことを・・・。

 

「キング・・・。やはり、あの少女の妄言なのでは?」

「僕もそう思いたいのだが・・・。初音が随分気にしていたようだったからね・・・」

 

街灯の届かない路地裏の影。

長身痩躯で漆黒のコートを纏い、冷たい丸眼鏡を掛けた男の人と、漆黒の髪を揺らす高身長の、どこか朔に似ている男の子が、そこに佇んでいた。

 

その雰囲気が、どこか怖くて。

 

「・・・それでは、引き続き、部下にも探らせるようにしましょう」

丸眼鏡の人が、無機質に指を鳴らす。

 

その瞬間、三体の異形が現れた。

 

三体の異形は全て同じような姿をしていてーー。

ネズミのように鋭く尖った鼻先や前歯。

頭部からは不気味に歪んだ角が生え、全身の要所がピンクと紫の怪しいステンドグラスで彩られている。

 

 

私は見たことのない、怪物の姿に衝撃を受け、その場から動けなかった。

 

今まで感じたことのない恐怖____本能的な恐怖が私の身体を鎖で縛る。

 

「黒瀬朔を探しなさい」

眼鏡の人は、その異形たちに告げた。

 

命令を受け取った異形たちは、夜の闇に紛れるようにして、その場から四散していく。

 

 

 

朔が危ない。

朔が、怪物に襲われそうになっている。

あんな怪物にーーーー。

ただの男の子の朔がーーー。

 

 

私は、心臓を握りつぶされるような焦燥のまま、一刻も早く朔の家に戻ってこの危機を伝えようと、逃げるようにその場を離れようとした。

 

だけどーー、

 

「・・・・ぁ・・・・」

 

足が絡まって、転げてしまった。

激しい音を立てて、地面に倒れ込む。

 

 

 

痛い・・・。

 

でもーーー、

そんなことに構っている場合じゃない。

「・・・朔・・・っ!」

早く、朔の所に行かないとーーー、

さっきの怪物のことを伝えないとーー。

 

顔を上げて、すぐに立ち上がる。

 

 

ただ、走る。

あまり走り慣れていない身体を無理矢理動かす。

息が苦しい。

 

でも、

急がないとーーー。

 

『キングーー、あのーーー、はーー』

『いやーー、後をーーしよう』

 

遠くから、不気味な声が聞こえた気がしたけれど、今の私の耳には何一つとして入らなかった。

私はただ、朔の家を目指して、必死に夜道を走り続けた。

 

朔が危ない目に遭うのが嫌だったから。

また、朔がいなくなるのが怖かったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく走った後、朔の家に着いた。

鍵の掛かっていない玄関のドアを急いで開け、二階にある彼の寝室へと走る。

 

 

ベッドの中で微かに息を立てている朔の身体を、両手で必死に揺さぶった。

 

「・・・・・朔・・・・っ!・・・起きて・・!」

大きな声を、喉を震わせて絞り出す。

焦燥と不安に駆られるままに。

 

 

「・・・ん・・、睦ちゃん・・・?」

朔はすぐに目を開けて、私の方を不思議そうに見る。

 

その穏やかな表情に構わず、私はパニックのまま、必死に言葉を紡ごうとする。

 

「怪物が・・・・、朔のこと探してーーー」

その言葉を言い切るよりも前に、朔は表情を一変させる。

そして、すぐに私の身体を強引に抱きかかえた。

 

いつもの気弱な様子からは信じられない力で。

 

 

「ごめん。睦ちゃん・・・。すぐにーーー」

朔の言葉は、『ドガンッ』という何かが激しく壊れるような音で遮られた。

 

その音は玄関の方から聞こえてきてーーー。

 

 

『ここですね。・・・確か、ここはあなた様のお父様がーーー』

『今、それは関係ない。・・・ドアは壊してしまったが、それ以外は壊さないように頼む』

『仰せのままに』

 

さっきの二人の声が玄関の方から聞こえてくる。

怪物に命令をしていた、あの二人。

 

 

先程の本能的な恐怖が蘇り、足が動かくなる。

そのまま、立ち尽くしーーー。

 

「睦ちゃん、こっち・・・っ!」

「・・・ぁ・・・・」

朔は立ち尽くしていた私を強引に引きずり、寝室のクローゼット中へと押し込む。

そして、すかさず自らも入り込むと、内側から鍵を掛け、扉を固く閉ざした。

 

「・・・朔・・・・」

「静かに・・・・・」

 

暗いクローゼットの中、朔は私の身体を強く抱き寄せながら、自らの手のひらで私の口を塞ぐ。

 

朔の温もりがほんの少しだけ安心させてくれて。

 

けど、その時の朔の表情は、私が今まで見たことがないほど険しいもので。

 

 

『・・・ビショップ。お前は、一階を探してくれ。僕は二階を探す』

『かしこまりました』

 

階段から誰かが上がってくる。

足音が迫ってきて。

 

 

バタン、と扉が開けられた。

 

 

そして、その男は、威圧感を隠すことなく、周囲を見渡す。

ベッドの下やベランダ。

 

そして、クローゼットに。

 

 

『・・・・ん?・・」

 

蒼い瞳と目が合った。

 

 

その瞳に射抜かれた瞬間、嫌な汗が一気に噴き出す。

そして、身体に氷柱を差し込まれたような寒気が襲う。

 

 

朔に少し似た顔をしている彼は、一瞬だけ、動揺したような顔をしてーーー。

 

 

『・・・・まあ、今ではなくていいか・・・』

クローゼットの取っ手から手を離し、別の部屋へと足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

そこから先は、他の部屋から二人の男の足音と声が聞こえるだけで。

これ以上、この部屋に誰かが入る事は無かった。

 

だけどーーー、

 

『あの少女の跡を付けましたが・・・。無駄足でしたか・・・』

『そうだな・・・・』

あの二人の去り際の言葉は、私の頭にこびりつき、離れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「・・・・睦ちゃん、大丈夫?・・・巻き込んでごめんね・・」

僕は、兄さんとビショップがこの家を去り、身体に纏わりつく威圧感が消え失せたのを感じると、クローゼットを出て睦ちゃんのすぐ隣に腰掛け、彼女へと話しかけていた。

 

けれど、睦ちゃんは、ほとんど口を開かず、黙り込んでいる。

 

 

彼女の白い横顔には、汗が滲んでいて、その細い指先は少し震えている。

 

 

睦ちゃんのさっきの言葉。

それを思えば、睦ちゃんはファンガイアの姿も見てしまったんだろう。

きっと、部屋の窓から外を眺めていたら、僕の家に向かおうとしているファンガイアの姿が偶然見えてしまったに違いない。

 

「・・・怖かったよね・・・・?」

ただの女の子の睦ちゃんがファンガイアの姿を見たら、こんな風に怖がるのが当たり前だ。

 

なのに、睦ちゃんは、僕の心配をして、急いで起こしてくれた。

 

それなのにーーー、

 

僕は隠れることしかできなくてーーー、

 

 

「・・・・本当にごめんね。・・・僕の所為で・・・」

いつも僕はダメだ。

幼い時____兄さんたちから逃げた時から、何も変わってない。

 

変わってないから、あの時、ビショップにも簡単に負けた。

祥ちゃんの力になれず、睦ちゃんも傷つけてーーー。

 

 

「・・・ちが、う・・・。わ、私が・・・」

睦ちゃんは、静かに、けれど激しく首を横に振った。

震えながら、何とか言葉を紡ごうとする。

 

「・・・私が、見つ、かったから・・・。私の所為で・・」

緊張しているのか、恐怖しているのか。

瞳孔が開き、視線が定まっていない。

 

 

 

違う・・・。睦ちゃんは何も悪くない。悪いわけがない。

そもそもこれは、僕の問題で、睦ちゃんには何の不備もない。

約束だって守ってくれている。

 

「違うよ。睦ちゃんの所為なんかじゃないよ」

睦ちゃんの肩に触れながら、告げる。

 

けどーー、

 

「違う・・・、私が、あの人たちを・・」

 

睦ちゃんは、より一層強く震え始める。

それでも、何かを必死に伝えようと小さな口を動かす。

 

「私、が・・、私が、走って・・っ」

けれど、徐々に声が尻すぼみになっていく。

 

「・・・睦ちゃん、部屋で休もう?・・・さっきの二人が来ないように、僕が見張ってるから」

黙り込んでいる睦ちゃんの手を引き、もう一つの寝室のベッドへと彼女をそっと横たえた。

 

 

そして、睦ちゃんに厚手の毛布を掛けた後、僕は部屋の隅にあった木製の椅子を引きずり、そこに腰掛け、夜を明かす。

 

 

睦ちゃんは、今夜起きた出来事の残照のせいで、まともな眠りにつくことは一度だって出来はしなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

私は、重い足取りでツアーのライブ会場へと歩みを進めていた。

昨夜起きた出来事と朔への申し訳なさで、まともに眠ることなんてできなかった。

 

 

朔は、今日の朝、私に謝った。

しばらく、朔の家で過ごすことは出来ないこと。

一人でいるのは危ないから、私は、私の家で過ごして欲しいということ。

 

両親が有名人である私なら、怪物もそう簡単には手を出しては来ないだろうということ。

もしも、何かあればすぐに駆け付けること。

 

それらのことを、本当に申し訳なさそうに私に告げた。

 

 

謝らないといけないのは、私の方なのにーー。

 

それに、私がこれ以上朔の近くにいたら、朔の迷惑になることをしてしまうかもしれない。

昨日みたいに。

 

 

昨日、朔の家にあの人たちが来たのは、私の所為だ。

私が、朔の居場所をあの人に教えてしまった。

きっと、あの人たちにバレたくなかったから、朔は私に秘密にするように言ったんだろう・・・。

 

ーーーけど、

 

『朔を見つけましたの!』

 

祥にバレてた。

私が、また間違ったから。

 

 

このままじゃダメだという考えが浮かぶ。

だけど、どうすれば良いのか、分からない。

 

 

だからーー、

今は、私の出来ることをする。

今日は、Ave Mujicaのツアーライブの初日。

 

失敗できない。

失敗したら、祥が傷つく。

朔も悲しむ。

 

これ以上、間違うわけにはいかない。

 

 

ーーーーでも、

 

『睦ちゃん、祥ちゃんのことお願いね』

『何考えてるの、私とはバンドやってくれなかったのに』

『朔を見つけましたの!』

『僕と、もう一度だけ、新しい約束をしてくれる?』

『睦。・・・・苦労をかけて申し訳ありませんでしたわ』

『あの少女の跡を付けましたが・・・。無駄足でしたか・・・』

『睦ちゃんのせいだよ。あの時も、今も』

『違うよ。睦ちゃんの所為なんかじゃないよ』

 

 

頭の中で、いろんな人の声が交差する。

過呼吸の中で視界が激しく歪み、自分が今、どこにいるのか分からなくなっていく。

 

『もうすぐですわ。・・・睦?』

『睦ちゃん、大丈夫?』

『睦、無理はーーーー』

 

頭の中から響く声なのか、外から聞こえてくる声なのかも分からなくなる。

 

そして、

 

 

 

「・・・・・ぇ・・・?」

視界が弾けた。

 

純白のスポットライトが、容赦なく私の身体を射抜く。

 

濁った視界で慌てて周囲を見渡すと、いつの間にかステージの上に立っていた。

祥やみんなが、セリフを口にしている。

 

私も言わないとーー。

 

「・・もう、逃げられない・・・」

事前に覚えてたセリフを、掠れた唇から吐き出した。

 

だけど、それがーー、

 

昨日の出来事を思い出させて。

 

今は、目の前のライブに集中しないといけない。

でもーーー、

 

 

頭の中でグルグルと考えが渦巻く。

バラバラになった思考は一つにはまとまってはくれない。

 

 

無情にも、演奏が始まる。

 

 

 

演奏しないと。

そう思って、ギターを弾こうとーー。

 

 

 

「・・・・ぁ・・・」

弾けなかった。

指先がまともに動かず、歪んだ不協和音だけが響く。

また、間違えた。

またーー、

 

 

それに気づいたら、途端に体に力が入らなくなってーーー、

 

私はその場に座り込んでしまった。

 

糸が切れた人形みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

一人で、自宅のスタジオの椅子に座り込む。

私が間違えてしまった後、祥がアドリブで、私を助けてくれた。

ライブは成功した。

 

お客さんにも好評だった。

 

私のさっきの失態は、パフォーマンスとして見られてたみたいで。

スマホを見てみると、さっきのライブの話題でいっぱいになっている。

 

画面をスクロールする指が情けなく震える。

「何で、いつも滅茶苦茶にしちゃうんだろう・・・」

 

きっと、この状況は、祥が望んでたAve Mujicaの形じゃない。

なのに、あの後、祥は私を責めなかった。

 

それどころか、気遣ってくれてた。

私に苦労を掛けさせてしまった自分の所為だと。

皆にはバレない所で私に直接謝ってーーー。

 

 

「違う・・・」

全部私の所為ーーー。

私がーーー。

 

 

 

「睦ちゃん!」

可愛らしい声が耳に届いた。

私の足元から。

 

 

ムジカの衣装を着た私をデフォルメして二頭身にしたような人形が私の足に抱き着いている。

クッションのような柔らかな感触が少し心地いい。

 

 

「・・・・元気出して?」

人形が私に話しかける。

私の身を案じているように。

 

 

・・・また、幻覚。

頭ではそれが分かっているのに、これは消えてくれない。

それどころか、その幻覚はどんどん広がって、テレビ番組のような舞台がーーー。

 

 

『prprprrprrrprrr!』

 

出来上がる前に、手元のスマホが鳴り響く。

 

着信元を確認すると、

 

「・・・あ・・朔・・・っ」

朔からだった。

きっと、ネットニュースか何かで私の様子を知って、心配してくれているんだろう。

 

 

その名前を見た瞬間、私はすがるように通話ボタンへと指を伸ばそうとする。

 

 

「・・・ダメ・・」

けど、途中で手を止める。

 

私の所為で、朔は、危ない目に遭いそうになった。

私は、朔との約束を守れなかった。

だからーー、

 

 

「電話出ないの?」

足元の人形が、私に問いかけてくる。

純粋に私を心配している様子で。

 

「朔くんなら、きっと怒ってないよ。だって、あんなに優しいんだもん」

そんな都合の良い言葉を。

 

「睦ちゃんが出られないなら、私が代わりにボタン押してあげるね」

人形の短い布の手が、私のスマホに手を伸ばそうとしてくる。

 

 

「・・・・や、めて・・・」

「また、お話ししよう?・・・それで助けてもらおうよ?」

私は小さく制止の声を上げるが、人形は手を止めてくれない。

 

そのまま、応答ボタンを押そうとーー。

 

「や、めて・・・」

「壊れたドアは一緒に直して、またーー」

 

「睦ちゃんができないなら、私が代わりにお願いしてあげるね。だって、朔くん、睦ちゃんのお願い何でも一つ聞いてくれるって言ってくれてたもん!」

 

 

そして、電話に出ーー

 

 

 

「やめて!」

自分でも信じられないほど大きな声が出た。

私は剥き出しの衝動のまま人形の身体を鷲掴みにし、腕を振って、壁へと全力で投げつけた。

 

 

「睦ちゃーー」

人形は何かを言いかけたが、壁に激突すると、そのまま床に落ち、動かなくなる。

 

 

『prprrprrーーーー』

電話が切れた。

それを確認すると、私は急いでスマホの電源を切る。

 

 

暗転した画面を見つめながら、私は考えることを放棄して、眠りの底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

あの日以来、ムジカはバンドの演奏よりもパフォーマンスを世間から求められるようになった。

あの時の私の姿が世間に好評だったらしい。

 

でも、あの日、パフォーマンスだと思われている私の姿は、ただの・・・。

 

祥は、私のことを気遣ってくれて。

二回目のツアーライブでは、いつも通りのライブをした。

 

今回は、間違えなかった。

ギターを弾いた。

皆みたいにギターを歌わせてはあげられなかったけど、間違えなかった。

 

けどーー、

 

お客さんの雰囲気はどこかがっかりしたような感じだった。

 

 

 

 

そのツアーの帰りの夜。

祥とにゃむが揉めた。

 

今日のお客さんたちががっかりしてたことについて。

バンドの方向性について。

 

 

私も何か話さないといけないと思ってた。

 

けど、何も口に出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

帰り道、一人で帰った。

朔から何度も連絡がきた。

電話の着信音が鳴った。

メールも来た。

 

でも、出なかった。

出られなかった。

 

 

『prprprprrr!』

また、電話が鳴った。

朔からの電話。

 

震える指先で電話を切る。

嫌な汗が額から流れる中、何とかーー。

 

 

『prprrrprrrprrr!』

また電話が鳴った。

朔からの電話。

 

あの日の夜から、朔は私に電話を掛けてきてくれている。

 

また、私の所為で、朔が危険に晒されてしまうかもしれないのにーー。

 

 

「・・・・ぁ・・・・」

まだ、朔に、謝れてない。

 

朔は、私のことを信じて約束してくれたのに。

なのにーーー、

 

震える手で通話の緑色のアイコンへと近づけた。

何とか、朔に謝ろうと思ってーーーー。

 

 

 

「睦・・・」

 

 

 

聞き覚えのある声が、後ろから聞こえた。

 

振り返ると、祥が、夜の街灯に照らされながら私の方へ歩いてくるところだった。

 

何で、どうして?

祥が一番余裕がないはずなのに。

私の所為で、また壊れそうになっているのに。

 

 

「睦・・・、先程の話なのですけどーー」

きっと、祥も怒ってる。

 

何も話さない私を。

また、祥の居場所を壊しそうになっている私を。

 

私は、心の中で怯えながら、祥の言葉を待った。

祥の口から告げられたのはーーー、

 

「睦、嫌なのなら、嫌と言ってかまいませんわ。・・・祐天寺さんも私が説得しますわ」

そんな私を気遣う言葉だった。

 

 

「あなたにばかり負担を掛けてしまって、ごめんなさい」

違う。私が、祥を苦しめた。

 

 

「だから、私にできることならーーー」

私にできることなんてない。

 

 

『prprprrprrr!』

手元の電話がまだ鳴っている。

 

 

「・・・朔からですわね」

祥は画面を覗き、電話の相手が朔だということに気づいた。

 

 

「・・・睦。今夜は、三人で過ごしましょう?それでゆっくり休んでーーー」

祥は、私の方に手を伸ばそうとする。

 

「・・・祥・・・」

私も、吸い寄せられるように、その暖かな手を取ろうと手を伸ばす。

 

私にそんな資格がないのは、分かっている。

だけど、それでもーーー。

 

 

『睦ちゃん、僕のことは絶対に、誰にも言わないでね』

「・・・ぁ・・・」

私の頭の中で、あの時の約束の声が響いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「・・・ぁ・・・」

睦の唇から、掠れた小さな声が漏れた、

同時に、彼女の全身の動きが、ピタリと止まる。

 

 

「・・・睦・・・・?」

彼女の動きに胸騒ぎを覚えながらも、睦に問いかけようとする。

 

また、私が睦に何かひどいことを言ってしまったのだろうか。

睦を傷つけてしまうようなことを。

 

 

それでもーーー。

 

「睦、私はーーー」

睦の力になりたい。

 

彼がいなくなってからも、私の力になろうとしてくれた睦のために。

傷つき、倒れそうになっている睦のために。

 

 

 

『祥ちゃんのためなら、どこまでも一緒にいるから・・・』

『祥ちゃんには気に掛けてないといけない子がいるんじゃないの?』

あの雨の日に、私に傘を差し出してくれた彼のように。

宵闇の中で、私を宥めてくれた彼のように。

 

今度は私が、睦にーー。

 

 

「睦。・・・朔の家に行きましょう。それでーー」

「・・・だ、め。・・・約束、したから・・」

「・・・約束・・?」

 

睦は肩を震わせながら、悲痛な声でそう呟いた。

そして、途切れ途切れになりながらも、続ける。

 

「祥と、朔のために・・。でも、私・・・」

「睦・・・?」

彼女の様子は、どんどん不安げになっていって・・・。

 

「・・・だから、これ以上はーーー」

「約束、破れない・・・。祥に、言ったらーーー」

 

 

「睦、どうしましたの?・・・私はーー」

その様子がどうしようもなく心配で、私は半ば強引に睦の細い手首を引き、朔の家に歩き出そうとした。

 

 

「や、めて・・・」

やっと、朔が無事に戻って来たのだから。

最初、睦に伝えた時は睦は動揺してしまっていたけれど。

睦も彼に会えば、少しは落ち着いてーーー。

 

 

 

「やめて・・っ!」

初めて聞くほど大きい声を出して、睦は私の手を振りほどいた。

 

その勢いのまま、私は尻もちをつく。

 

 

「・・・ぁ・・、ご、めん・・」

見上げると、睦が、涙を瞳に溜めて私を見下ろしていた。

消え入りそうな謝罪を口にする彼女の顔は、自らの行動への驚きと慙愧に満ち溢れていて。

 

 

「大丈夫、大丈夫ですわ、睦・・・!少し尻もちをーー」

 

私は動転する心を落ち着かせ、すぐに立ち上がって彼女の元へと手を伸ばし直そうとした。

だが、私がその言葉を言い切るよりも早く、睦はその場を去っていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

また間違えた。

また傷つけた。

 

私は、先程の自分の行動を忘れ去るように、走り続ける。

 

祥にあんな顔をさせてしまった。

祥は、私に手を伸ばしてくれたのに。

 

 

それなのにーーー、私は。

 

 

その場に、力なく座り込む。

アスファルトの冷たさも固さも感じない。

そんなのは、思考の隅にすら入らない。

 

 

どうすれば良いのか、分からない。

 

 

「・・・ぁ・・・っ」

冷え切った頬を、一滴の雫が伝う。

雨が降り始めた。

ポツリ、ポツリと振りはじめ、どんどん強くなっていく。

 

 

あの雨の日のことを思い出す。

祥が、傷ついて泣いていた時のことを。

あの時、祥に傘を差し出した朔のことを。

 

 

私も、祥の力になりたかった。

でも、それどころかーー。

 

 

 

 

「睦ちゃん!」

目の前で声がする。

 

 

「私は、睦ちゃんの味方だよ!」

ムジカの衣装を着た私をデフォルメして二頭身にしたような人形が、再び目の前に現れた。

モチモチとした柔らかな見た目で、私に傘を差し出してくる。

 

 

「私は、誰かに味方になってもらって良いような、人じゃない」

力なく、その言葉を口にする。

そうだ。

私は、祥を傷つけた。

祥の居場所を壊しかけている。

朔を危険に晒した。

朔との約束を守れなかった。

 

 

「なら、私が、睦ちゃんのしたいことしてあげる!」

「・・・ぇ・・?」

私のしたいこと?

それはーー、

 

「朔くんを危ない目に遭わせないし、バンドだって私に任せて!」

都合の良い幻覚がそう呟く。

 

でも、それが、私にとって救いに思えて。

 

 

「・・・モーティス・・」

私は、その人形の名を呼び、震える両手を伸ばす。

 

人形は、その小さな身体で私を抱きしめた。

 

その柔らかな感触が、どうしようもなく安心させてくれて。

私は、ゆっくりと、確かに。

その重い瞼を閉じた。

 

眠りの底か、それとも、

『我、死を恐れる勿れ』

死の底か、分からないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

成り損ないの王の約束は、彼女を鎖のように縛り付け。

少女の優しさは、彼女の心を救えず。

そして彼女は、そんな自身の罪深さと無力さを憂う。

 

差し出された手を取り。

彼女はーーー。

死の安寧を享受する。

 

一人の人形が舞台を降りーーー。

 

『睦ちゃん!私に任せて!睦ちゃんのことは私が守るからね!』

新たな人形が舞台へと上がる。

 

 

同じ声、同じ顔。

けれど、決定的に違う変奏が鳴り響き始める。

 

 




第六話の閲覧ありがとうございました。

とうとう、モーティスが登場しました。
ここから、話も進んでいくので、お楽しみに。

誤字などがありましたら、報告お願いします。


励みになりますので、感想や評価などもぜひ・・・。
それでは、次回もよろしくお願いします。
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