BanG Dream!×仮面ライダー詰め合わせ(になる予定) 作:湯豆腐に季節のエクレアを添えて~
・・・思ってたより早いですね。
今回の話は、ちょっと長めです。
次の話の冒頭部分に回す予定だった部分も入れたので。
『prprprrprrr!』
僕は、誰もいない夜道で佇みながら、今夜も睦ちゃんに電話を掛け続けていた。
さっきも切られてしまったけど、どうしても気になって。
あの日、睦ちゃんが糸の切れた人形のように座り込んだ様子がネットで記事になってからずっとーー。
電話に出てくれても、また、傷つけてしまうだけなのに。
怖がらせてしまうだけなのに。
負担を掛けさせてしまうだけなのに。
でもーー、
どうしても心配になって。
「・・・・え・・・?」
ガチャリと、スピーカーの向こう側で回線がつながる無機質な音が響いた。
予期していなかった反応に一瞬怯んでしまう。
だけど、すぐにーー、
「睦ちゃん!大丈夫⁉」
どの口が言ってるのさ。
「あのライブの様子見てから心配でーーー」
お前の所為じゃないか。
「何もできないっていうのは分かってるんだけどーー」
じゃあ、何しようって言うの?
頭の中に浮かび上がる言葉に聞こえないふりをして、睦ちゃんの次の言葉を待った。
睦ちゃんは、少しの間を開けた後、
「大丈夫だよ!朔くん!」
弾けるような、異様なまでに明るいハイトーンの声が、僕の名前を呼んだ。
いつもの静かな睦ちゃんとは、正反対の、明るくて快活な様子で。
「心配してくれてありがとう!ちょっとお願いしたい事があるんだけど良い?」
鈴を転がすような可愛らしい声で、彼女はそう問いかけてくる。
実際に見えなくても、愛らしく首を傾げている彼女の姿が、浮かんでくる。
そのことがーー、
どうしようもなく胸をざわつかせて。
「あのね。・・・睦ちゃんと・・、あ、間違えた。私とーー」
少し照れたようなニュアンスを混ぜながら、彼女は言葉を続ける。
その様子が、僕の中での睦ちゃんのイメージと全然合わなくて。
今までの睦ちゃんから、信じられない程に変わった様子が。
あの夜、僕の中でベッドの中で震えていた睦ちゃんの汗を拭った時に振り切ったはずの、彼女に対して感じていた気味悪さを思い出させてーーー。
「・・・ごめん・・っ!」
目を逸らしたくなって、これ以上、聞きたくなくて。
僕は、咄嗟に電話を切った。
睦ちゃんは、まだ何かを言おうとしていたけど、僕の耳には届かなかった。
「はっ、……くっ、……あ、……」
そのまま、スマホをポケットに突っ込む。
乱れた息を少しずつ整える。
嫌な汗が額から流れ続け、胸の動悸は一向に収まる気配を見せない。
近くにあった電柱に身体を預ける。
あの日以降、兄さんたちからの追手がいつ現れるかを警戒し続けていたため、碌に眠れていない。
身体に強い疲労感が襲い、そのままーー、
「いや、それよりも・・・。睦ちゃんのところに」
さっきの電話のことを謝らないと。
ちゃんと会って直接。
睦ちゃんに何があったのかを、この目で確かめないと。
不安感と気味悪さに襲われながらも、僕は睦ちゃんの家へと急いだ。
睦ちゃんの家の前でインターホン越しに、睦ちゃんのお母さんに睦ちゃんの様子を聞いた。
「・・・え?帰ってない・・・。そうですか・・・」
どうやら、睦ちゃんはまだ帰っていないようだった。
祥ちゃんの家には、清告さんがあんな風になってからは行ってないし。
祥ちゃんの他に、睦ちゃんの友達は、長崎さんや高松さん、椎名さんぐらいだけど、CRYCHICが解散してからは疎遠になってるはずだし。
長崎さんとは、少し空気悪そうだし。
だとすれば、考えられるのは、僕の家ぐらいで。
「あんなことがあったのに・・・・?」
あんなに怖い思いをしたはずなのに・・。
いや、ただ帰りが遅くなっているだけかもしれない。
取り合えず、睦ちゃんが通りそうなところをーー。
「朔?」
不意に、背後から聞き覚えのある声が僕を呼んだ。
「・・・・ぇ、祥ちゃん?」
淡い青色の髪に、琥珀色の瞳を持つ少女。
豊川祥子が振り返った先に立っていた。
「・・・っ」
一瞬、思考が止まってしまったが、自分がやってしまったことを認識する。
迂闊だった。
祥ちゃんにバレないように、睦ちゃんに口止めまでしてもらっていたのに、僕の方から見つかって・・・。
すぐに、この場を離れないと・・・。
彼女から三角さんへ伝わり、三角さん経由で兄さんに知られてしまえばーーー。
いや、それなら、祥ちゃんにも口止めをーー。
「朔、睦がどこにいるか知りませんか?・・・睦が走っていなくなってしまって・・・」
僕が、ここからどうすれば良いか迷っている中、祥ちゃんは、心底心配そうな顔で睦ちゃんのことについて聞いてきた。
「・・・え、あ、ごめん・・・。僕も今探してて・・・」
何とかそれだけの言葉を絞り出す。
しかし、その瞬間、僕の脳髄の奥底に、得体の知れない強烈な違和感が浮かび上がってきた。
何で、祥ちゃんは、驚いていないんだろう?
一週間以上、行方不明だったはずの僕が急に現れたのに・・・。
それなのに、何で僕が生きていることに対して、微塵も驚いていないんだろう?
「そうですか・・・。申し訳ありませんわ。朔・・・、あなたにも言われましたのに・・」
僕が言った?
睦ちゃんのことについて?
いつ?どこで?
頭の中に違和感と疑問符が際限なく溢れ出てくる。
それを、どうにかして確かめようと、僕は祥ちゃんに尋ねる。
「祥ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかな・・・?」
「え?・・えぇ・・。構いませんわ・・・」
祥ちゃんは、少し戸惑いながらも、少しずつ話してくれた。
「朔に再会した時のことは、今、言った通りですわ。どうしましたの?そんなことを聞いて・・・」
私は様子のおかしかった朔に、数日前の再会について語り終えた。
静かな夜道で再会した時のことを。
普段は着ることのない、ワインレッドのスーツに身を包みながらも、私を優しい声音で宥め、大切なことに気づかせてくれたあの日のことを。
何故、目の前にいる彼は、自分が経験したはずの出来事をこれほど熱心に、掠れた声で問いただしてくるのだろう?
私は胸の奥に這い上がる微かな疑問を感じながら、目の前に立ち尽くす彼の顔を見つめた。
その時の表情はーーー、
「・・・何が、どうなって・・・」
どこまでも不安そうで。
酷く、思い詰めた表情をしていて。
「・・・そもそも僕はワインレッドのスーツなんて持っていないし・・・」
ぶつぶつと独り言を呟き始めている。
「・・・兄さんと間違えた?・・・いや、髪色も瞳の色も僕と違うはずだし・・・。兄さんがそんなことする理由がない・・・」
彼の顔がどんどん険しいものに変わっていく。
長い、凍りつくような沈黙が流れた。
やがて、彼は決然とした、真剣な眼差しで私に問いかける。
「そのことを誰かに話した?」
「え、えぇ。初華と睦に・・・」
私の言葉を聞くと、朔は大きく目を見開き、得心が行ったように小さく呟く。
「・・・それで、兄さんが、僕が生きていることを知ってたわけか・・・」
苦し気に俯いた後、私の肩に触れる。
「祥ちゃん、睦ちゃんのことは僕に任せて・・・。それと、一つだけ約束して」
どこまでも真剣な声色で。
有無を言わせないように。
「三角さんだけには、これ以上、僕のことについて何も話さないで」
それを言うとすぐに、朔は、その場を走り去る。
何かに追われるように、何かから逃げるように。
「何が、どうなって・・・」
先程の睦の様子、今の朔の様子。
頭の中で、それらの事柄が上手くまとまらず、私は呆然とその場で立ち尽くしてしまっていた。
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「も~!朔くん、どうして電話切っちゃうの~!」
私は、さっきの朔くんの反応への不満を口にしながら、朔くんの家へと傘を差しながら歩いていた。
せっかく、睦ちゃんがしたいことをしてあげようと思ってたのに・・・。
睦ちゃんが死んじゃったように眠った後、私は睦ちゃんを守るために、表に出てきた。
私が、睦ちゃんの大事なバンドや朔くんを、睦ちゃんの代わりに守ってあげるんだ。
そのために、まず、朔くんに私のお願いを聞いてもらおうとしたんだけど・・・。
「う~ん、忙しいのかな~?」
朔くんには途中で電話を切られちゃった。
凄い申し訳なさそうな声で。
切羽詰まっているような声で。
「お話してみたかったのに~!」
睦ちゃんにあんなに優しくしてくれるから、すっごく興味があったのに。
まあ、でもーーー、
「直接、お話すれば良いよね!」
やっと、見覚えのある洋館に着いた。
電話は切られちゃったけど、ここが朔くんのお家なんだから、いつかは絶対に帰ってくれるはずだよね。
ここで大人しく待ってれば、すぐに会えるはず。
「おじゃましまーす!」
私はそのまま、玄関のドアを開けて、朔くんのお家に入っていく。
玄関のドアはいつの間にか、朔くんが直してたみたいだった。
それにーーー、
「朔くん~。もう、帰ってるの~?」
ドアに鍵が掛かっていなかった。
きっと、私よりも先に、朔くんがここへ帰ってきてお部屋にいるんだろうなぁ。
そう確信しながら薄暗い廊下を歩いていると、奥のリビングの方向から、微かに誰かが話し合っている静かな声が漏れ聞こえてきた。
『二世。・・・ここが、こっちの僕の家で合ってるよね?』
『・・・貴様の方が、覚えているはずだが?』
『そ、それは・・・、あれ以降、放浪中だったから・・。』
『そうだったな・・・』
扉の隙間から溢れてくる、朔くんが誰かと親し気に話している声。
でも、その会話の相手の声は、睦ちゃんの記憶にはないもので・・・。
「・・・う~ん・・」
耳慣れない奇妙な声に、一瞬、不思議な気持ちになったけど・・。
うん、大丈夫だよね!
「朔くん!こんばんは~!」
私は、勢いよくリビングの重い扉を押し開けて、元気よくリビングに入っていった。
「・・・え、あ、睦ちゃん?・・いや、今のその呼び方は・・・・」
朔くんは、不思議そうな顔で私の方を見ている。
眼鏡は外していて、いつもとは違う、ワインレッドのスーツを着てるけど、きょとんとした様子は、睦ちゃんの記憶と変わらなかった。
「いつもの服と同じくらい似合ってるね!朔くん!」
「え、あ、うん・・・。そ、そうかな・・・。ありがとう・・」
朔くんは少し困ったように頬を掻きながらも、律儀にお礼を口にする。
その様子が、少し可愛らしくて、もう少しからかおうとーーー
「・・・モーティスちゃん」
「・・・ぇ・・・・?」
朔くんの口から告げられた名前に、心臓が跳ねた。
私は、自分が睦ちゃんじゃなくて、モーティスだなんて、一言も言ってない。
いつもの睦ちゃんと違うことに気づいても、私の名前が分かるはずない。
なのに、どうしてーーー。
朔くんは私の名前を知ってーーー。
「え、あ、もしかして、まだ、言ってなかった・・・?やっちゃった・・・・」
朔くんがそんな訳の分からないことを言っている・・。
そんな朔くんの様子を見ながら、私は考える。
朔くんが、私のことが分かったのは、きっとーーー。
「朔くんは睦ちゃんのことが本当に大好きなんだね!」
「・・・えっ?」
「私の名前まで一瞬で分かっちゃうなんて、睦ちゃんのこと、いーっぱい視てくれてるんだ!」
「う、う~ん?・・・・そ、そうだね・・・。そういうことにしておこうか・・」
私ははしゃぎながら、朔くんの手を取って跳びまわる。
睦ちゃんに変な二つの約束をさせた時は、酷くてズルい男の子だと思ったけど。
祥子ちゃんよりもずっと、睦ちゃんのこと心配してくれてたし。
何より、睦ちゃんのことを誰よりも分かってくれてる。
ならーーー、
「あのね!朔くん、私、朔くんにお願いがあるの!」
「お願い・・・?」
「うん!朔くん、前に睦ちゃんに『睦ちゃんのお願いも聞くよ』って言ってたでしょ?」
「・・・そうだね・・・」
「あのね。睦ちゃんとねーーー」
きっと、このお願いも聞いてくれる。
私は胸を躍らせながら、彼に向かって一気に言葉を続けようとしーーー。
「悪いが、それは後にしてもらうと助かる」
不意に、リビングの天井から、低くよく通る声が振って来た。
厳しそうで、いかにも偉そうな声。
「も~!朔くんにお願いしようと思ったのに~!」
私は頬を膨らませ、抗議の声を上げながら天井の梁の方を見上げる。
「あれ・・・?何、このコウモリもどき?」
そこには、お家のリビングには絶対いるはずのない、奇妙なコウモリのような生き物が逆さにぶら下がっていた。
赤と黒に染まった身体に、妖しく光る一対の黄色い瞳。
黒い翼などの随所には、金色のラインが刻まれている。
「誰が、コウモリもどきだ。・・・俺の名はキバットバットII世だ」
不満げに、目の前のコウモリもどきは、ひどく不満そうに羽を羽ばたかせながら、人間と同じ言葉を滑らかに喋っていた。
「わ~!喋ってる~!ねえねえ、朔くんのお友達?」
「う、うん・・・。そんなところ・・・」
「何というか、調子が狂うな・・・・・」
コウモリもどきと朔くんは居心地が悪そうにしながらも、まんざらでもない様子で話している。
「・・・こいつ、こんな感じだったのか?」
「・・・こっちの世界の僕に言ってよ。そういうのは・・・」
そこから、朔くんとコウモリもどきは、私に聞こえないように顔を寄せ合って、ひそひそと内緒話を始めちゃった。
「も~!内緒話は良くないんだよっ!」
私がぷんぷんと怒って足を踏み鳴らすと、二人は一瞬だけこちらに気まずそうな視線を向けたけれどーー。
「それで、どうしたの?二世・・」
「あぁ、それはだな・・・」
「も~!」
結局、二人は私に構うことなく、大真面目な顔をして内緒話を続けていた。
「え?・・・今、何て?」
「だから・・・、館の周りにだな・・・」
二人は深刻そうな顔で話している。
ただ、二人とも内緒話が苦手みたいで。
本人たちは声を潜めてるつもりみたいだけど、その内容の大部分は、私の方に筒抜けになって聞こえてきている。
「数体のファンガイアが近くにいるようだ・・・」
「・・・ああ、何だ、そんなこと・・・。すぐに片付ければーーー」
「馬鹿者、リビングにモーティスがいるだろう。・・・巻き込むつもりか」
「・・・・あ・・・」
コウモリもどきに指摘され、内緒話を終えた朔くんが、ハッとしたように私の方を見る。
そして、すぐに、私の手を取り、部屋から出そうとする。
けど、途中で何かに気づいたように立ち止まり、私に告げる。
「ごめん、モーティスちゃん。ちょっと隠れてて」
朔くんは私をリビングの端にある大きなテーブルの下へと急いで押し込み、上から厚手のテーブルクロスをバサリと掛けた。
視界が、一瞬で薄暗い布のに覆われる。
その直後だった。
パリンッと窓ガラスが割れる音が響いたのは。
「・・え?な、何?」
私はクロス越しにその状況を確認する。
朔くんの周りに、同じような見た目をしている異形が集まっている。
ネズミのように鋭く尖った鼻先や前歯。
頭部からは不気味に歪んだ角が生え、全身の要所がピンクと紫の怪しいステンドグラスで彩られている。
この怪物たちの姿に、私は見覚えがあった。
睦ちゃんが、見た怪物たちだ。
確か、朔くんを探すように痩せた眼鏡の男の人に言われてた・・・。
私は、朔くんが心配でテーブルの下から這い出ようとしたんだけどーーー。
「あれ?・・朔くん、全然怖がってない?」
朔くんは、それらの怪物の来訪に全く怖がっていなかった。
冷静に、怪物たちを見回している。
そしてーー、
「二世」
「いいだろう。・・ガブリッ!」
朔くんの静かな呼び声に応じて、さっきのコウモリもどきが朔くんの掌に噛みつく。
鋭い牙が朔くんの掌を容赦なく穿つ。
その瞬間、朔くんの顔に黒と紅のステンドグラスの紋様が浮かび上がり始めていた。
けど、朔くんは、眉一つ動かさずに告げていた。
「変身」
その言葉と同時に、真紅と漆黒に彩られた鎧に朔くんの身体が包まれた。
真っ黒なマントが広がって、胸の部分には緑色の綺麗な宝石が光ってる。
真紅と漆黒のマスクに緑色の複眼が妖しく光っていて。
それら、全ての要素が、私を引き付けてーーー。
「・・・・綺麗・・・」
私は、その姿を見て、自然とその言葉を口から零していた。
そこから先に繰り広げられた光景は、一瞬の出来事だったけど、私の脳裏に焼き付いている。
恐れ戦いている怪物は、素手で貫いて。
襲い掛かって来た怪物は、首元を握り、そのまま砕く。
逃げようとした怪物は、紋章?のようなバリアの壁で拘束し、そのまま砕いた。
その圧倒的で、絶対的な姿に、私はどこか惹かれて・・・。
睦ちゃんが、朔くんを頼りに思ってた理由が分かった気がして・・・。
私は、朔くんの戦いに目を奪われていた。
戦いが終わった後、朔くんのベルトから静かにコウモリもどきが離れて、鎧が消える。
そして、朔くんはいつもの優しい表情を浮かべて、テーブルクロスを外し、目線を私に合わせて告げた。
「モーティスちゃん、大丈夫?・・・ごめんね。怖い思いさせちゃって」
申し訳なさそうに、心底心配している表情で肩をすぼめていた。
けど、私は、さっきの興奮が冷めきらず、
「凄い!凄いね!さっきの朔くん、すっごくカッコよかった!」
テーブルの下から這い出ると、朔くんの手をぎゅっと掴んで、まくし立てた。
「睦ちゃんが、朔くん、頼りにしてたのはそういうことだったんだね!」
「えぇ・・?・・・そうなのかな・・・?」
朔くんは、よく分からないように、首を傾げている。
「ねえねえ。もっと朔くんの秘密教えて!」
「え、えっと・・・。ごめん。ちょっと時間がないから・・・・」
困ったような口調で目線を逸らす。
どうやら、本当のことみたいだ。
「分かった!それじゃあね、私、睦ちゃんが大切にしてたAve Mujicaをしっかり守るから、後で教えてね!」
「え?・・・ああ、うん・・」
「約束だよ!」
「う、うん・・・。約束、だね・・・」
私は、朔くんの家から出て、自分の家に帰ろうと急ぐ。
任せてね!睦ちゃん!朔くん!
私が睦ちゃんの大事なバンドをしっかり守ってあげるから!
それにーー、
睦ちゃんと朔くんが、幸せになれるように手伝うからね!
『え、ちょ、ちょっと・・・。あ、危ないから、一人で帰るのは・・・っ!」
後ろから、朔くんの気弱そうな声が聞こえたけど、今の私は特に気にならなかった。
「睦ちゃん、一体どこに行って・・・」
僕は、睦ちゃんを探そうと夜の街を走る。
取り合えず、僕の家にいるかもしれないと思って、家への道を通って探しているんだけれど。
それらしき人物は見つからない。
・・・・さっき、電話に出てた睦ちゃんは、明らかに様子がおかしかった。
それに、祥ちゃんが言ってた、ワインレッドのスーツを着ていた僕のことも気になるし・・・。
「~♪~~~♪」
「・・・え?」
不意に、軽やかな鼻歌が僕の鼓膜をかすめた。
視線を向けたその先、街灯の鈍い光の下を、楽し気にステップを踏むようにして見覚えのある少女が歩いている。
薄緑色の髪に、いつもの人形のような静かな様子ではなく、明るく、人懐っこい印象を抱くが、彼女はーー、
「睦ちゃん?」
間違いなく、僕の友達の若葉睦ちゃんだった。
そのはず、だ。
「・・・あ!朔くん、もう追いついちゃったんだ!」
彼女は僕の姿を見ると、人懐っこい笑みを浮かべながら、僕の方へ駆け寄ってきた。
彼女の異様な変貌ぶりに、僕は不気味さを感じて、少し後ずさりしてしまいそうになる。
絶対におかしい。
こんなーー、別人みたいに・・・。
そんな僕の様子は意に介さず、彼女は口を開く。
「さっきのワインレッドのスーツにコンタクト?も似合ってたけど、いつもの服も素敵だね!」
「ぇ?・・・今、何て・・・」
「いつの間に着替えたの?さっきまで、スーツ着てたのに!」
彼女が何を言っているのか、分からない。
僕は、こんな様子になってる睦ちゃんに直接会ったのは初めてだし。
スーツなんて着ていない。
コンタクトレンズなんて、怖くて付けたことないし・・・。
考えられるのは、彼女もーーー。
「睦ちゃん、そのワインレッドの僕は、何処にーー」
「もう!ちゃんと、モーティスちゃんって呼んで!さっきは呼んでくれてたのに!」
彼女は、僕の言葉を遮って、ぷくっと両頬を膨らませながら、不満そうにそう言った。
可愛らしく、ぷんぷん、といった擬音が似合う様子で。
その眩いほどの無垢さが、今の僕には、何よりも気味悪く感じられて。
身体が硬直し、上手く動かない。
僕が今までいっしょに過ごしていた睦と目の前の睦ちゃんのイメージが食い違い、バラバラになっていく。
「朔くん!約束通り、睦ちゃんの大事なバンドは守るからね!バイバイ!」
彼女は満点の笑顔でそう告げると、僕の横をすり抜け、夜霧の向こうへと軽快な足取りで去っていった。
僕は、彼女の後姿をただ見送ることしかできなかった。
数十秒後、正気に戻った僕は、睦ちゃんが歩いてきた方向から僕の家までくまなく探したが、祥ちゃんや睦ちゃんが見たと言っていた、ワインレッドのスーツを着ている僕を見つけることが出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は、昨日の出来事を頭の中で振り返る。
涙を溜めながら、私の腕を振りほどき、慙愧に満ちた表情を浮かべていた睦の姿。
真剣な眼差しで、私を問い詰め、思い悩んでいた朔の姿。
二人とも様子がおかしかった。
けど、私はーーー
何も出来なかった。
彼女の助けになれず、彼の支えになることも出来なかった。
「祥ちゃん、大丈夫?」
すぐ隣を歩いていた初華が、私の顔を心配そうに覗き込んできた。
そうだった、私は初華と共にスタジオに向かっていたところだったのだ。
昨日のことを考えすぎて、失念していた。
「祥ちゃん・・・、もしかして、黒瀬君に関係することで何かあった?」
初華は、朔のことについて聞いてくる。
そうだ、彼女にも、朔と再会したことを言っていたのだ。
朔が行方不明の時、睦と共に探そうとしてくれていたのだ。
私に負担をかけまいと。
・・・・そんな彼女の優しい声に少し安心し、私は、昨日のことをーー。
『三角さんだけには、これ以上、僕のことについて何も話さないで』
「・・・いえ、何でもありませんわ・・・」
昨日の朔の言葉がよぎった。
彼の意図は分からないが、きっと理由がある。
だから、私が勝手に、彼の言葉を破るわけにはいかない。
「そっか・・・。もし何かあったなら、いつでも言って? 私に出来ることなら、何だってするから・・・」
初華の言葉が胸に刺さり、痛い。
彼女の優しさを無下にしていることに罪悪感を感じながらも、私は歩みを進める。
やがて、私たちはいつものスタジオの前に来た。
その扉を開けようと取っ手を掴む。
睦は、今日、来ているのだろうか?
私のことを、どう思っているのだろう?
彼女の役に立たなかった私を、どんな風にーーー。
内心、そのことに恐怖しながらも、
私は扉を開く。
睦に、どんな言葉を言えば良いのか。
そもそも、自分にそんな資格があるのか
そう、考えていた時だった。
「あっ!祥子ちゃん、初華ちゃん!おはよう!」
聞き覚えがあるけれど、聞いたことのない声が耳に届いたのは。
前を向くと、睦が。
いつも静かに佇んでいた彼女が。
明るく、快活な様子で満面の笑みを浮かべていた。
「あれ?聞こえてなかった・・?おーはーよーう!祥子ちゃん!」
彼女が小さく首を傾げながら、さらに声を弾ませる。
笑うことはあった。
幼少期の頃は、最近よりもずっと明るかった。
でもーー、こんなことはーーー。
私の動揺に気づいているのか、気づいていないのか、
彼女は告げる。
「今日も、Ave Mujica頑張ろ~!」
天真爛漫な響きを帯びた声で、私にそう告げた。
昨日までの出来事なんて、最初からなかったように。
彼女は生まれた時からこのような人間であったかのように。
私は、彼女のその陽気さと明るさが恐ろしくて仕方なかった。
それ以降の私たちの活動は驚くほど上手くいった。
睦は、今までの様子から一転し、テレビの取材に対して軽快なトークで対応して見せた。
睦と同じ顔で、睦とは全く違う笑顔で。
『私、ムジカの曲知らないんですよ~』
時折、そんな意味の分からない言葉を無邪気に口にして現場を笑わせていた。
私には、その一つ一つの言動が恐ろしくてならなかった。
メンバー内の仲も良くなっていった。
睦が私の知らないところで皆さんと話し合って、仲を取り持ってくれたようだ。
『このマカロン、何色にする?』
『悩むな~』
『赤か、黒・・。・・ってか、ダイエット中なんだよね~』
『あ~!海鈴ちゃん!』
『私、食べても太らないので』
『羨まし~』
『半分こしたら、カロリー半分だよ』
あんなに対立していたのに。
祐天寺さんや八幡さんまでも・・・。
和気藹々としていて。
だけど、どこか気が抜けているようで・・・。
バンドの練習だって、しばらく出来ていない。
ツアーだって、まだ残っているのに。
完全に締りを無くしてしまったこの空気が、私には焦燥でなかった。
どうにかしないといけないと思って説得しようとしたがーー。
『え~。いいじゃん。ちょっとぐらい~』
『そうだよ!祥子ちゃん、ちょっとぐらい大丈夫だよ』
皆さんは聞く耳を持たない。
自分が口下手であることは、朔にも言われていたが・・・。
ますます、自身が一人であることを実感されていくようで。
・・・・もちろん、彼に、朔にーーー。
連絡をしようとした。
会おうとした。
彼の元へ走り、その胸に縋って、私の心の中にある焦燥を打ち明けたかった。
彼も何度か、電話に出て、話を聞いてくれていた。
ただーーー、
「ダメだよ!祥子ちゃん!今の朔くんは、すっごく忙しいんだから邪魔しちゃダメ!」
睦に止められてしまった。
事実、朔は、最近、怪物たち_____ファンガイアに追われているらしい。
あまりの連絡のつきにくさを私が激しく問い詰めた時、彼自身が教えてくれた。
私と会う時間が少なかったのも、私を危険な目に遭わせたくなかったかららしい。
「朔くん。優しいから、祥子ちゃんに言わないけど、大変なんだから!」
そんなことは、私が、一番分かっている。
私だけが知っているのだ。
彼の秘密を。
彼の優しさを。
彼が背負っている過酷な運命も。
貴方は、一体彼の何を知っているとーーー。
「祥ちゃん!」
「・・・初華・・・?」
鼓膜を震わせた突然の声に弾かれたように顔を上げると、すぐ目の前で初華が、心配した顔で私を見ていた。
周りを見渡すと、見覚えのあるマンションの一室。
初華の部屋だった。
そうだ。
私は、今日も初華の家で過ごすことにしていたのだ。
朔が、まだ自身も家に帰れないと言っていたから、私も初華の家にーー。
「申し訳ありませんわ。初華、少しぼーっとしてしまって・・・」
彼女にそう言って、私は、すぐに鞄からライブの台本とセトリを取り出す。
そして、すぐに、作業を続けようとする。
「祥ちゃん・・・。ちゃんと寝ないと・・・」
「そんなことをしている暇はありませんわ。次のライブまで時間がありません」
「そうだけど・・・・」
私の言葉を聞くと、初華は、ますます心配そうに私の方を見つめている。
彼女に、そんな顔をさせてしまったことに罪悪感を覚え、胸が痛む。
そのまま、彼女から目を逸らそうとするが。
「健康によくないっ!」
彼女はあえて弾んだ明るい声を響かせると、両手の指でバッテンを作って、私の顔の前に突き出しながら小さく微笑んだ。
「・・・え・・・?」
その様子を見て、一瞬、呆けてしまう。
初華は私の手からそっと資料を取り上げると、諭すように、優しく語り掛けてきた。
「無理し過ぎたら、ダメだよ。・・・祥ちゃん」
「ですがーーー」
「祥ちゃんが、無理したら、黒瀬くんも心配するよ?」
彼の名前を出され、反論することが出来なくなる。
これ以上、ただでさえ過酷な宿命に追われて余裕のない彼に対して、私の不摂生で余計な心痛を掛けるわけにはいかない。
「えぇ。分かりましたわ・・」
私は、何とか絞り出すようにして彼女の言葉に小さく首肯した。
その様子を見ると、初華は表情を明るくする。
「寝れないようだったら・・・、私、と・・っ」
初華はそこまで言うと、急に照れたように視線を泳がせ、上目遣いで私を見つめながら口を開く。
「・・・いっしょに、私のベッドで寝る・・?」
少しモジモジしながら、その白い頬を赤く染めていく彼女。
そんな彼女の様子に、少し絆されーー、
「ええ、そうしますわ」
私は彼女の誘いを受けることにした。
ドキドキと脈打つ心臓を押さえながら、私は、すぐ隣にいる彼女の寝顔を見つめていた。
祥ちゃんは、最初は眠れなかったみたいだったけれど、疲れていたみたいで、すぐに眠ってくれた。
「・・・祥ちゃん・・」
暗闇の中で、愛おしい彼女の寝顔をじっと見つめていた。
子どものように安心して私の隣で寝ている祥ちゃん。
私の祥ちゃん。
私だけの祥ちゃん。
今日も私の近くにいる。
私の隣に・・・。
愛おしさが抑えきれなくなり、彼女の白い頬にそっと触れるように指先を伸ばす。
指先から伝わる柔らかく暖かな肌の感触が私の手のひら全体に広がり、多幸感に満たされていく。
「・・・ぅう・・・」
祥ちゃんが小さく声を上げる。
気づかれてしまったと思って、すぐに手を離し、起きていないかを確認する。
起きている様子はなかった。
只の寝言だったみたい。
ほっと胸を撫で下ろしかけた、その時だった。
「・・・ぇ・・?」
祥ちゃんの閉じた目から、涙が滲んでいるのが見えたのは。
そして、祥ちゃんは、寂しそうに、切なそうに。
寝言で呟いた。
「・・・・朔・・・」
あの男の名前を。
「・・・・・・」
一瞬にして、多幸感がどす黒い怒りへと反転する。
あの男は、もういなくなった。
そのはずだった。
だけど、つい先日、祥ちゃんの口から、あの男を見つけたという言葉を聞いた。
それを聞いてから、彼にもあの男の行方を確かめて欲しいと頼んだんだけど・・・。
どうやら、まだ見つからないらしい。
彼は、ただの祥ちゃんの思い込みだと思っているみたいだけど。
それでも探すのを続けてくれている。
あの男は、まだ、祥ちゃんを鎖で縛っている。
そのことが、どこまでも憎くてーーー。
ーーコン、コンッ。
突然、ベランダの窓ガラスを軽く叩く異物音が響き渡った。
祥ちゃんとの時間を邪魔されたことに不快感を覚え、私は窓の方を鋭く睨みつける。
けれど、そこに佇んでいた影を見た瞬間、私の毒気は一瞬で消え去った。
そこには、いつもは険しい表情を穏やかなものに変え、私に向かって優しく微笑んでいる少年の姿があった。
蒼い綺麗な瞳が私のことを穏やかに見つめ、申し訳なさそうに眉を下げている。
「・・・優牙くん・・・!」
私は、祥ちゃんから離れ、窓の方へと歩く。
祥ちゃんには絶対にバレないようにして。
でも、愛しい彼の元へ、一刻も早く急ぐようにして。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夢を、視ていた。
穏やかな微睡の中で、ある男女の秘密の時間を見つめている。
『やっぱり・・・。生きてるんだ・・・』
『ああ、追手に出したものが消息を絶った。・・・つまりは、そういうことだろう・・』
カーテンの遮る薄暗い部屋の片隅で、初華と見知らぬ一人の青年が声を潜めて密談を交わしている。
初華と見知らぬ青年が部屋の中で話している。
その青年は、朔の面影と、どこか似通った顔つきをしていた。
けれど、朔よりも明らかに高い背丈に、朔の持つ血のように紅い瞳とは正反対の、サファイアのような蒼い瞳。
髪色も、薄い茶色の朔に対して、夜の闇を溶かしたような漆黒だった。
『すまない。・・・・初音。君が教えてくれた情報をもっと信じていればーー』
『ううん、良いの・・。気にしないで・・・?・・・それより』
初華が、青年の胸に甘えるように、その華奢な身体を寄りかからせる。
そして、潤んだ瞳で彼を見上げながら、その唇を青年の口元へと重ねようと縋りついたのだ。
『初音・・・。豊川さんに気づかれてしまうよ?』
『大丈夫だよ・・・。祥ちゃんなら、寝てるから・・・。それに、折角、会いに来てくれたんだから・・・』
そのまま、初華と青年は深く唇を重ね合い、お互いの背中に腕を回して強く抱き合い始めた。
互いの体温と存在を盲目的に確かめ合うように・・・。
その、暗闇で抱き合っている二人の姿が。
・・・・私と朔の歪な関係性に、どこか恐ろしいほどに似ているような気がしてならなかった。
特に、初華がその青年を二度と離さないとばかりに必死に抱き寄せている姿が・・・。
朔にしがみつき、依存し続けている私自身の醜い姿と、あまりにも重なって・・・。
・・・・何て酷い夢だろう。
現実で、あれほど私を案じ、温もりを分け与えてくれた無垢な彼女を、あろうことか私の汚れた夢の中で、ここまで浅ましく歪めてしまうだなんて。
私自身の浅ましく愚かな独占欲と重ね合わせるだなんてーー。
早く覚めて欲しい。
そう思って、私はこの光景から目を逸らす。
睦の様子がおかしい。
朔の身に危険が迫っている。
もうすぐ、ツアーのライブがある。
なのに、
こんな夢を見て、初華のことまで貶めて。
ーーー私は、一体どこまで堕ちれば気が済むと言うのだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ついに、ツアーライブの日が来た。
睦がおかしくなってしまった時から初めてのライブだ。
メンバーの気は抜けてしまっているままで、どこか締まりのない雰囲気が漂っている。
その空気に眉を顰め、焦燥に胸を灼かれながらも、準備を始めていく。
「若葉さん。準備できたよ」
スタッフの方が、睦にギターを丁寧に手渡そうとした。
だが、睦はーー、
「いらな~い」
人懐っこい、どこまでも能天気な声を響かせながら、彼女は差し出された大切なギターを受け取ることを、手でシッシッと払うようにして明確に拒んだ。
私は自分の目を疑った。
信じられなかった。
あんなにギターを大事にしていた睦が、そんなことを言うなんて。
・・・認めたくなかった。
周囲もざわめいている。
周囲の動転など、彼女は全く気にしていない様子で。
小鳥のように首を傾げながら、当たり前の日常の挨拶でもするかのように、何でもない顔をして言い放った。
「だって、私、ギター弾けないもん」
そんな、ありえないことをーーー。
「・・・睦。少し話しましょう」
「え、ちょっと・・・。祥ちゃん」
私はもう、内側から溢れ出すパニックと激昂に耐えられなくなって。
隣で慌てて止めようとする初華たちの制止の声すら一切耳に入れず、睦の細い手首を掴み、そのまま彼女を外へと強引に連れ出した。
「何考えてるんですの!あんなに、ギターを大事にしてたのに!」
ドーム会場の裏手、冷たい夜風が激しく吹きすさぶ暗闇の中で、睦に問い詰めていた。
自分の胸の奥に渦巻く焦燥や不安、動揺の全てを、目の前の彼女に叩きつけた。
けれど、彼女は、私の様子がまるで気になっていないように口を開く。
「Ave Mujicaのためだよ?」
「祥子ちゃんの代わりに皆と話したの。初華ちゃんも、海鈴ちゃんも、にゃむちゃんも、・・・皆、Ave Mujicaが大好きだよ」
「このままの方が、一生いっしょに居られるよ」
そんな、訳の分からないことを言っている。
だけど、その訳の分からない言葉が、私の胸の奥をざわつかせ、心臓の音を激しく乱していく。
「ね?祥子ちゃん」
悪びれもせず、どこまでも純粋な瞳で私に同意を求めてくる。
そんな彼女の様子が、怖くて、恐ろしくて仕方がなかった。
「何を・・・っ、訳の分からないことを・・・」
私はどうにかして言葉を絞り出す。
「本当に分からないの?」
睦は、不思議そうな声音で私に問いかける。
「祥子ちゃんが、バンドにしがみついてるのって、そういうことでしょ?」
その言葉に心臓を鷲掴みにされているような感覚を覚えた。
けれど、
今まで見落としていた違和感に気づいた。
「・・・睦は、私をそんな風には呼びませんわ」
そうだ、睦は、私のことを"祥"と呼ぶ。
でも、目の前の彼女は、私のことをーーー。
「あなた・・・、本当に睦ですの・・・?」
私の言葉を聞くと、彼女は薄く笑って、
「睦ちゃんは、死んじゃったよ」
そんな衝撃な言葉を私に告げた。
何でもないように。
今日の天気でも話しているように。
「・・・・っ・・・!」
息が詰まった。
彼女の言っている意味が分からなかった。
私の頭は彼女の言葉を拒むことで必死だった。
「あっ、間違えちゃった!死んじゃったように眠ってるんだよ」
そんな私のことを面白がるように、彼女は笑う。
その様子が、私の神経を逆撫でして。
「ふざけないで!」
私は、大声で彼女にーーー。
「私は真面目」
私の激情を遮るようにして、彼女は先程の笑みを跡形もなく消し去り、低い声でそう告げた。
反射的に体が強張る。
でも、言わなければならない。
知らなければならない。
「寝てるって何なんですの!どういうことか説明なさい!」
月明りを雲が遮っていく。
深い闇が世界を塗り潰していく。
そして、目の前の彼女は告げた。
「私の名はモーティス」
「・・・ぇ・・・?」
彼女は、私の驚愕など、意に介さないように告げる。
まるで、一冊の本を開き、子どもに読み聞かせているように。
「ずーっと、ずーっと昔から、睦ちゃんとお話したり、お人形で遊んだりして、楽しく暮らしていました」
彼女の口から告げられる言葉の意味が、よく分からない。
「ギターを弾くようになった睦ちゃんは、それが苦しみの始まりだと知らずに、祥子ちゃんのバンドに入ったのでした」
理解したくない・・・。
「ある日、祥子ちゃんが自分勝手な理由で、CRYICをバラバラに壊しちゃった時、睦ちゃんは、祥子ちゃんに傘を差し出していた男の子____朔くんに憧れるようになりました」
「朔くんみたいに、祥子ちゃんの力になりたい。祥子ちゃんに傘を差し出せるような人になりたい」
「でも、上手くいかなくて・・・。苦しくて、それでも祥子ちゃんは、睦ちゃんに何にもしてくれませんでした」
耳を塞ぎたい。
目を逸らしたい。
これ以上、聞きたくない。
けれど、彼女は、淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「苦しくて。眠れなくて。・・・変なオーロラの幻覚も見えるようになって」
胸が痛い。
苦しい。
「そんな時に、助けてくれたのは、祥子ちゃんじゃなくて、朔くんでした」
そんな私の様子など目もくれず、彼女は紡ぎ続ける。
「朔くんと睦ちゃんは、大事な約束をしました。誰にも朔くんが生きていることを言わない代わりに、睦ちゃんを助けることを。睦ちゃんのお願いを聞くことを」
「でも、祥子ちゃんが、あの夜道で、訳の分からないことを言ったせいで。見るはずのない朔くんの姿を見たと言ったせいで・・・。睦ちゃんは、約束を破ってしまったと思って、大慌て」
心臓の鼓動が、恐怖で爆ぜる。
朔が一週間の行方不明から帰ってきたと、私が告げた時の睦の表情が鮮烈にフラッシュバックする。
あの時、睦の瞳の奥に、焦燥と不安が滲んでいた理由が、今になってやっと理解できた。
「その所為で、朔くんと睦ちゃんは怪物たちに見つかって危ない目に遭いました」
嫌だ。
聞きたくない。
私の所為で、睦が、朔が傷ついた何て、そんなーー。
私が、大切な二人を傷つけてーーー。
「朔くんを傷つけてしまったことに、深く、深く、傷ついた睦ちゃんは、深ーい、深ーい、眠りについてしまったのでした」
そこまで一気に語り終わると、本を閉じるような仕草をした。
そして、しばらく沈黙が流れた後、
彼女____モーティスは、私を睨みながら告げる。
「だから、私は祥子ちゃんが嫌い」
そんな底冷えのするような声で。
容赦なく突き付けられた彼女の言葉を前に、私はただ、目を見開くことしかできなかった。
自分がCRYCHICを壊してから今日に至るまでで犯してしまった過ちを今さらになって骨の髄まで思い知らされて。
私は何も反論することが出来なかった。
けれど、私の反応に満足したのか、それともーーー。
モーティスは、それまでの表情を一転させ、今度はどこまでも純粋な少女の笑みを浮かべて告げた。
「ねえ、知ってる?朔くんね。本当は祥子ちゃんよりも、睦ちゃんが好きなんだよ」
そんな信じられないことを。
そんなこと、あるわけがない。
彼は、私の救いでーー。
私だけの特別なーーー。
だけど、何も言い返せない。
喉が痙攣して上手く声が出せない。
「だって、朔くんは一目見ただけで、私が睦ちゃんじゃないことに気づいてくれたの。それに、私の名前まで分かってたんだよ?・・・それって、それだけ、睦ちゃんのことを考えてくれてるって証拠でしょ?」
彼女は、そのことを心の底から嬉しそうに話している。
子どものように、恋する乙女のようにはしゃぎながら。
そして、私の方を見て、薄く笑いながら告げる。
「一緒にご飯を食べて、お話して・・・。祥子ちゃんの所為で、怪物さんたちが来た夜は、クローゼットの中でずっと、睦ちゃんを優しく抱きしめて一緒に居てくれたんだよ?」
私の反応をどこか楽しんでいるように。
嘘だ。
嘘に決まっている。
あの実直で優しい彼が、私のあずかり知らないところで、そんなことをーーー。
「嘘じゃないよ。それにねーーー」
まだ、あるというのか。
これ以上、私に何をーーー。
「睦ちゃんね。朔くんのベッドで寝たんだ~。それで、朔くんに汗を拭ってもらって・・・。その後は二人で・・・。・・・あの時の朔くん優しかったな~」
「・・・・・ぇ・・・?」
きっと、ただ睦の具合が悪くて、介抱していただけだ。
そうに決まっている。
彼が、私から離れるなんてーーー、そんなことが・・・。
だが、私の必死の逃避を遮るように、目の前で佇む彼女の白い頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
その色彩がトリガーとなり、私の頭の中で最悪のイメージが浮かび上がる。
薄暗い部屋のベッドの上で、肌を重ね合わせる朔と睦の姿。
かつての私のように睦が、朔の上に乗ってーーー。
「安心して。睦ちゃんの大好きなバンドは私が守るから」
一頻り、私の反応を楽しんだようで、彼女は、満足したよにそう言い放った。
「でも」
彼女が近づいてくる。
彼女の目を見るのが怖い。
これ以上、自分を崩されたくない。
「こんな祥子ちゃんじゃ、睦ちゃん、二度と戻って来ないかもね!」
「・・・ぁ・・・っ」
喉の奥で、完全に息が止まった。
いつも近くに居てくれた、あの静かな優しい睦の姿が、私の脳内に浮かび、そして、徐々に消えていく。
雨に当たった水彩画のように、あの子の輪郭が完全にぼやけ、霧散していく。
私の身体に水滴が落ち、どんどん、その勢いは強くなっていく。
私は身体を震わせながら、あの大雨の日に、朔が私にそっと優しい傘を差し出してくれた時のことを必死に手繰り寄せて思い出そうとした。
そうしないと、自身が崩れてしまいそうだったから。
ーーーけれど。
「今の祥子ちゃんに・・・、朔くんは、傘なんてくれないよ?」
私の顔を覗きながら、そう告げたモーティスの声に遮られた。
目的を果たしたモーティスは、ハミングでも歌い出しそうな軽快な足取りで、ドームの方に戻っていく。
私は激しい雨に打たれながら。
初華が傘を差し出し、迎えに来てくれるまでの間、私はずっと立ち尽くしたままだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は上機嫌でドームに戻っていく。
今の私は、あの祥子ちゃんに、睦ちゃんの代わりに言いたいことを全部残さず言ってあげれて。
すっごく、すっきりした気持ちだった。
祥子ちゃんも、ちょっとは、睦ちゃんのことを気に掛けてくれてたけど・・・。
そもそも、睦ちゃんが、あそこまで追い詰められたのは、祥子ちゃんの所為なんだもん。
今さら泣きそうな顔をしたって、そんなの自業自得だし、仕方ないよね
「・・・そうだ!ライブが成功したら、朔くんにお願いして、睦ちゃんと本当に付き合ってもらおう!」
前に、朔くんに言いかけた時は、冗談も少し混じってたけど・・・。
今は、心の底からお願いすることを決めた。
きっと、朔くんも睦ちゃんもそっちの方が幸せだよね!
そんな風に思いながら、私は、ドームの方へと戻っていく。
ギターが弾けなくても、何とかなるよね!
きっと、大丈夫!
そう思ってーーー
いたのに。
「・・・え?どうして、そんな話になるの?」
あれからしばらく経った後、控室では、バンドが解散しそうになっていた。
祥子ちゃん、初華ちゃん、にゃむちゃん、海鈴ちゃん、そして、私。
私が、ギターを弾けないから、ライブが出来ないという話で。
にゃむちゃんと祥子ちゃんが揉めて。
祥子ちゃんが辞めさせられそうになって。
かと思ったら、にゃむちゃんが辞めるって言いだしてーー。
それで、私にもーーー。
「やだ、やだ!解散は嫌!」
私は思わず椅子を蹴立てて立ち上がり、子供のように首を振ってその拒絶を何度も繰り返す。
「バンドは共に音楽を奏でる運命共同体なんだよ!」
誰も聞いてくれない。
それでも、何とか皆を説得しようと。
しばらく、ある日、祥子ちゃんが言っていたことを真似したり、皆が解散しないようにーーー。
それでも、変わらない。
初華ちゃんも、にゃむちゃんも、海鈴ちゃんも、祥子ちゃんも。
初華ちゃんや海鈴ちゃんは何も言わないし。
にゃむちゃんは、優しそうな声でよく分かんないこと言うし。
祥子ちゃんは、あんなにバンドにしがみついてたのに、下を向くだけで、何も言わない。
「やめないよね?・・・皆で、ずっと一緒にバンドやるんだよね?」
私は自分の存在の根底にあるものが崩れていく感覚を感じながら、皆に問いかける。
けれどーーー、
誰も何も言ってくれなかった。
「月は地の果てに沈み」
祥子ちゃんが、震える声で告げる。
「やめて・・・」
聞きたくない。
「私たちの仮初の命もここまで」
にゃむちゃんが、どこか怒っているような声音で告げる。
「どうして、そんなこと言うの!」
破れかぶれになって、声を枯らして必死に叫び続ける。
「人形たちはもういない」
海鈴ちゃんが、静かに告げる。
「私はここにいるじゃない!」
私は自分の華奢な胸を両手で激しく叩きながら、自らの存在そのものを必死に叫び、証明しようともがく。
けれどーーー、
「今宵のマスカレードをもってーー」
初華ちゃんが、私が最も恐れることを言おうとしている。
「やめて!言わないで!」
必死に頭を抱え、聞こえないように耳を閉じる。
けれど、止まらずに。
絶望的な言葉が告げられる。
「Ave Mujicaの終幕とさせて頂きます」
「いやあああああああああああああああああああああああああああぁあぁああああああああああ!!」
私の存在意義のすべてを粉々に切り裂くような叫び声と共に、私の視界は、暗闇へと完全に暗転していった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
新しく舞台に上がった人形は。
ただ一人の親愛なる少女のために。
舞台の上を無邪気に舞い続けた。
王の成り損ないに対して、滑稽なほどに過度な期待を寄せ。
親愛なる少女が誰よりも大切に思っていた少女を糾弾し。
自身も破滅の道へと突き進む。
その人形が、舞っていたのは、親愛なる少女を導く死の舞踏ではなく。
どこまでも滑稽な喜劇の檻の内だった。
第七話の閲覧ありがとうございました。
まさかの即落ちモーティスでした。
でも、仕方ないんです。
モーティスのスペックは原作から何一つ変わっていないので。
・・・それにしても、知らない所で、浮気者にされている朔くん・・・・。
一体、これからどうなっていくのか・・・。
誤字などがありましたら、報告お願いします。
励みになりますので、感想や評価などもぜひ・・・。
それでは、次回もよろしくお願いします。