ごっどいーたーの日記 作:林檎
×月α日
一週間の座学と怪我が完治した俺は極東支部の支部長室に挨拶をしに行ってきた。ツバキ教官の話だと本来なら適合検査を終えて数日後にヨハネス・フォン・シックザール支部長からゴッドイーターとしての任命と部隊長による正式配置の説明があるらしい。
だが俺は適合検査のときにシユウによって肋骨を折られるという失態を犯してしまった。なのでてっきり黒幕……失敬、ヨハネス支部長に怒られると思っていたんだけれど――笑み浮かべながら「キミには期待しているよ、ふふふ」とか言ってきた。
もしかしてこれはアレだろう。怒りを通り越してしまったとかそういうパターン。だから俺には正式な部隊配置もあるわけがなく、支部長の期待しているという言葉もおそらく〝失態をどうやって償うのか〟という意味に違いない。
これはヤバイ。アラガミの動物園とすら呼ばれる極東で支部長に目を付けられたら生存確率なんかほぼ0に近いに決まってる。
* * *
ヨハネス・フォン・シックザール。彼はとあるゴッドイーターの適合検査の記録映像を繰り返し見ていた。手元の資料には〝結城シン〟と書かれている。
「素晴らしい……雨宮リンドウ、ソーマに並ぶ逸材のようだ。いや、それ以上とも言える」
シユウ堕天種の攻撃を喰らった際に映像は荒れて分かりにくいが、受け身をとっていたのがシックザールという男には分かった。シユウ堕天種の攻撃速度を上回る速度で一人の適合候補生、ゴッドイーターは紙一重で攻撃を躱してシユウ堕天種を蹂躙していく。
天性のゴッドイーターとでも呼べるほどだ。アラガミの攻撃パターン、偏食傾向、それらを熟知しているような戦い方。黒髪に黒い瞳。引き締まった表情。この歳でアラガミという生き物を知り尽くしているとしたら、これほど恐ろしい子供はいない。
資料から見てもおそらくあらゆる偏食因子を取り込むことが出来る肉体だと分かっている。彼に対してあらゆる人体実験を試して人類の礎となってもらうのもまた一つの手段だろう。
「――だが飼い慣らせばこれほど頼もしいものはない。リンドウやソーマ、彼等よりも計画の役に立つだろう」
一つの計画。さらにそれをカモフラージュさせるための偽りの計画。リンドウとソーマの二人に〝表〟の仕事をさせて彼には〝裏〟の仕事を与えて上手く飼い慣らすことが出来れば人類はまた一歩、脅威から救うことは出来るとシックザールは考えた。
『ヨハネス・フォン・シックザール支部長、一週間の座学を終えました結城シンです。ご挨拶に伺いました』
「よろしい、入りたまえ」
コンコン、というドアを叩く音。まだゴッドイーターとしての身分証を持っていない身では権限がないので支部長室にすら入られない。ここでシックザールは普段通りの落ち着いた声で入るように促したが、心は少し乱れる。
(……タイミングが良すぎる。まさか、さっきの呟きごとも聞かれたわけでは……まさかな)
「結城シン、入ります。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。適合検査での見苦しい失態犯してしまい、重ねてお詫び申し上げます」
ドアが開かれ、一歩踏み込んで腰を深々と折るその姿にはシックザールは思わず目を開いた。先ほどまでの呟きごとを聞かれていたかもしれないという考えは消えた代わりに心がさらに乱れたのは言うまでもないだろう。
(適合検査での失態……? なんのことを言っている)
映像を見る限りで失態などどこにもなかった。それこそ支部内に入り込んだアラガミを討伐したのを称賛しなければならないくらいのはず。
(まさか、シユウ堕天種の初撃を喰らったことを失態だと言っているのか――ッ!!)
シックザールに衝撃が走る。神機との適合が出来なければ死、アラガミに襲われても死という状況だったにも関わらずに初撃を喰らったことを失態と言い表して深々と頭を下げる少年。
クールな外見とは裏腹にその姿勢には熱いものを感じ、結城シンという少年は物差しなんかでは計りきれない大きな存在なのだとシックザールに認識させた。これは飼い慣らすことが出来れば大きな力に成りうるが、飼い慣らせねば――大きな弊害になるのは確実だろう。
(ここは言葉を選ばねば呑まれる……な)
「キミには期待しているよ、ふふふ」
「……はい」
出来る限りの笑みを浮かべて結城シンに接する。後はゴッドイーターとしての手続きと管理は支部長直轄で特務を彼に与え、縛る。
正式な部隊配置をして特務を与えれば勘の良いゴッドイーターならば何かに気付くかもしれないと危惧したシックザール。支部長という飼い主に〝首輪付き〟がどう尻尾を振るのか、シックザールは満面に笑みを浮かべながら考える。
* * *
×月β日
今日から正式なゴッドイーターになったらしい。でも任命式というのにはあまりにも寂しいものだった。支部長室で一枚の紙切れをシックザール支部長から手渡されるというシュールな任命式。部隊配置の説明は無く、俺のゴッドイーターとしての登録と任務は支部長自らで管理するらしい。
失態を償えば正式な部隊に置かれるんだろう。それまでは特務をシックザール支部長の要請を受けてこなす簡単なお仕事。まだ子供な自分に無理難関な任務は与えないことを祈る。
医務室からの暮らしが急に豪華な一人部屋へと変わった。これはどうやらシックザール支部長の計らいらしい。嬉しいんだけどこれはどういうことだ。極東支部の地下で誰も寄り付かないような区域に部屋を与えられた。
囚人……という扱いで認識しても良いんだろか。部屋の明かりも豆電球が一つぶら下がっているだけ。暗すぎて日記なんか書くのが難しい。
* * *
×月δ日
誰か助けて。俺は今、シユウ先生の三体に追いかけられながら日記を書いている。かめはめ波みたいなのに混じって電撃も飛んでくる。もしかして適合検査のときのシユウ先生は別のナニカだったとでもいうのか。
まあ今はとりあえず。回避、回避、神回避。シユウ先生のコアの回収が主な今回の特務。ん? 待って。コア回収……って何か引っ掛かるような気が。
いや、今は生き残ることとコア回収が優先だ。
今日の日記はここで終わ――三体同時攻撃って卑怯じゃね?
* * *
×月∽日
昨日のシユウ先生の三体のコアは何とかゲットだぜ。ということを書きながらも左腕が折れているという恐ろしさ。
いや、特務終わって安心してた俺が悪いんだけどさ。ヴァジュラが乱入するとか聞いてないよ。ボーッとしてたけどアレはヴァジュラに違いない。
白くて青いトカサみたいなのがあって女神の石像みたいな顔をした……前見たヴァジュラと違うぞ。くっそう、記憶がボヤけてて曖昧だ。さすがに背後からの初撃はキツいでしょ。咄嗟にクレイモアの装甲でガードしなきゃ左腕ちぎれてたよ。ハハ……ワロえてくる。
回復錠が底を尽きていたから死ぬ思いで攻撃を捌きながら帰投したんだよね。行きと帰りに使用する装甲車も木っ端微塵にされたから極東支部まで走って帰った。
帰ったら整備班の人達が驚いてたけど。そうだよな、自分達が必死に作った頑丈な装甲車が壊されたんだから。お給料が来たらとりあえず全額を整備班に渡さなければ申し訳無さすぎてヤバイ。
整備班のプライドなのかわからないけど、あの距離から無事に帰ってこれただけでも良かったって……あの人達カッコよすぎるだろ、まったく。自分の身可愛さに逃げた俺のことを責めてくれても良かったのに。
* * *
フェンリル極東支部の整備班。ゴッドイーターの扱う神機から装甲車までありとあらゆるものを作り、整備する整備班の彼らはアラガミの動物園とも呼ばれる極東支部では整備班は影からゴッドイーターを支える大きな存在である。
少しのことでは動揺しない鋼の心を持つ彼ら。だがとある新人のゴッドイーターに不本意ながら動揺してしまった。入隊してまだわずかな期間というのに単独での特務を任せられる優秀なゴッドイーターに移動に使用する装甲車を貸した。
あの歳で装甲車を運転出来る頭の良さには驚いたが、それは大したことではない。問題は彼の特務が終わって帰投したときにソレは起こった。
「……すみません。装甲車なんですけれど、アラガミに大破されてしまって……回収も出来ずに逃げ帰りました。本当にすみません!!」
「な――ッ!? 装甲車なんかどうでもいい、極東支部からだと現場までは500kmくらいはあったはずだ。帰投途中にアラガミに襲われたのか? あの装甲車は極東支部内でもかなりのスピードだが……」
「いや、現場での隠し場所が悪かったみたいで」
「ということは……現場から極東支部までどうやって帰ってきたんだ?」
「え? 走って帰ってきました」
「は?? と、とにかく無事に帰ってきてくれて良かった!! なあ、みんな!!」
整備班の殆どのメンバーは口をポカーンと開けたまま固まっている。それもそうだろう、走って帰ってくるなど散歩でもあるまいし。外はアラガミが闊歩しているというのに、なぜ救出班を待たずに走って帰るという凶行に及んだのかまるで考えることがわからない。
整備班のリーダーを務める男も驚いて目を見開いたが、メンバーの動揺を少しでも抑えるために自らメンバーに声を掛けたがあまり効果はないようだ。さらに目の前のゴッドイーターは止めの一言を放つ。
「あの装甲車大破しちゃったんで、次のお給料全部整備班に渡しますね」
このゴッドイーターは何を言っているのかと整備班は固まった。中には指を差して「あの子、何を言ってるの?」とまで言い出す始末。基本、整備班の扱う物は全て極東支部と本部からの支給で賄っているために自分達でお金をかけることはまず無いといっていい。
それを目の前のゴッドイーターも指導教官からは話は聞いている筈なのに、それを敢えて給料全部を整備班に渡すときた。さすがに止めようとしたのだが、背中を見せてすぐ去って行った。
止められるのを予想していたかのようにすぐ去るその姿には整備班のメンバーは感服した。