世界を奪おう。強い船を沈めよう。私達は海賊だから   作:ミヤフジ1945

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第0話 プロローグ

 

 

歓声が、空を震わせていた。

 

何万人もの観客が埋め尽くした競馬場。

 

その中央を、ただ一頭の黒鹿毛が駆けている。

 

長い競走馬人生。

 

その最後を飾る、最後のレースだった。

 

『残り400メートル!』

 

『先頭はバッカニア!』

 

『バッカニア、先頭を譲らない!』

 

後続との差は、わずか。

 

外から一頭が迫る。

 

さらにその後ろからも、別の馬が伸びてくる。

 

『残り300!』

 

『外から来た!』

 

『しかしバッカニア、まだ先頭!』

 

『これが最後の力か!』

 

『バッカニア、逃げる!』

 

歓声がさらに大きくなる。

 

逃げる。

 

それが、この馬の十八番だった。

 

スタートから先頭に立つ。

 

風を受ける。

 

後ろの馬たちを引き連れる。

 

そして最後まで、その場所を譲らない。

 

今日もそうだった。

 

だが――

 

今日だけは、いつものレースとは違う。

 

この先に、次のレースはない。

 

『残り200メートル!』

 

『バッカニア先頭!』

 

『後続も迫っている!』

 

『しかし――まだだ!』

 

『バッカニア、先頭!』

 

観客席から、一際大きな歓声が上がった。

 

実況席の声にも、熱がこもる。

 

『これが――世界を奪った大海賊だ!!』

 

一瞬。

 

競馬場全体が、その言葉を飲み込んだように感じられた。

 

そして次の瞬間。

 

歓声が爆発した。

 

『バッカニア!』

 

『世界中を駆け抜けた大海賊!』

 

『最後の直線を、ただ一頭で駆け抜ける!』

 

『残り100メートル!』

 

『もう誰も届かない!』

 

『これが世界最後の大海賊、その最後の船旅だ!!』

 

残り30。

 

20。

 

10。

 

そして――

 

『ゴォォオオオル!!』

 

『バッカニアが逃げ切ったぁぁぁああ!!』

 

大歓声。

 

拍手。

 

叫び声。

 

無数のカメラ。

 

そして、祝福のように空を舞う馬券の花吹雪。

 

バッカニアはゴールを駆け抜けた。

 

最後まで、先頭だった。

 

やがて速度を落とす。

 

歩く。

 

ゆっくりと。

 

まるで、長い間走り続けた身体を労わるように。

 

観客の声は、まだ聞こえている。

 

自分の名前を呼ぶ声も。

 

――バッカニア。

 

――バッカニア。

 

――バッカニア。

 

その声を聞きながら、彼は思った。

 

……終わった。

 

長かった。

 

本当に、長かった。

 

アメリカ。

 

イギリス。

 

アイルランド。

 

フランス。

 

日本。

 

いくつもの競馬場。

 

いくつもの国。

 

いくつもの強敵。

 

そして、いくつもの勝利。

 

思えば、自分はずいぶん遠くまで来た。

 

最初は、ただの仔馬だった。

 

何も知らない。

 

何も持たない。

 

ただ、北海道の片隅で生まれただけの一頭の牡馬。

 

それが――

 

今では「大海賊」と呼ばれている。

 

……大海賊、ね。

 

少しだけ可笑しくなった。

 

馬なのに。

 

海賊。

 

しかも――

 

世界最後の大海賊。

 

……どうしてこうなったんだ?

 

自分でも分からない。

 

ただ、思い返してみれば――

 

ずいぶん遠くへ来たものだ。

 

本当に。

 

ずいぶんと。

 

 

 

 

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