世界を奪おう。強い船を沈めよう。私達は海賊だから 作:ミヤフジ1945
とある日のカリブ海。
どこまでも続く宝石のように青い海と、雲一つない青空の下。
かつて海賊たちによって栄華と絶望、浪漫を育んだこの海。
その海面を、一隻の小さなヨットが滑るように海を駆けていた。
使い古された少し褪せた白い帆が風を受ける。
帆が大きく膨らみ、船体が少し傾く。
「お嬢!もう少し風上だッ!」
後ろから声が飛んできた。
「分かってる!」
舵を握る少女が叫び返す。
濡れた烏の羽根のように美しい黒髪を後頭部で一つに束ね、頭には大きなウマの耳が一対風に靡かれていた。
右耳に誂えられた、海賊旗を思わせる骸骨の耳飾り。
彼女の名前はバッカニア。
海運会社を営む村上一族の長女にして、海賊一族と呼ばれるウマ娘たちの一人。
そして、来年には日本のトレセン学園への入学を控えているウマ娘だった。
「受けすぎだ!帆、少し絞れ!」
「了解!」
バッカニアは帆のロープを操作する。
風を受ける角度が変わる。
ヨットが、ぐっと前へ進んだ。
「よし!」
バッカニアは笑った。
太陽の光が海面に反射する。
青い海。
白い帆。
そして、その上を走る小さな船。
エンジンの音はない。
聞こえるのは、風の音と波の音だけ。
バッカニアは再び舵を握りながら、前方を見つめる。
「最高だな……!」
思わず声が漏れる。
「お嬢!」
後ろから呼ばれた。
振り返ると、船の後部で帆を操っていた一人の男が落ちないように座っている。
この辺りの海を知り尽くした地元の男。
今回の旅行では、バッカニアたち村上一家の案内役を務めている。
そして。
バッカニアの付き人兼護衛でもあった。
「そろそろ港に戻った方がいいんじゃないか?」
「まだ大丈夫だろ」
「あぁ……お嬢はそう言うと思ったよ」
バッカニアの答えに男は苦笑する。
バッカニアは舵を握ったまま、楽しそうに海を眺めていた。
長期休暇。
家族旅行で訪れたカリブ海。
観光だけでは物足りない。
そう言って、自分からヨットを借りたのだ。
「しっかし、お嬢よぉ」
「ん?」
「旦那から聞いたが、来年は日本のトレセン学園に入学するんだろ?」
「ああ」
バッカニアは即答した。
「そうだ」
そして。
バッカニアはニヤリと笑う。
「世界中の宝という宝を奪ってやるのさ」
男は一瞬、黙った。
「……宝?」
「そう。宝さ」
バッカニアは海の向こうを見る。
その目には、まるでまだ見ぬ水平線の彼方まで見えているかのような輝きがあった。
「G1だよ」
「なるほど……」
「G1はただの勲章じゃない。そこまで辿り着いた奴だけが手にできる宝だ」
男は苦笑した。
「だったら、なおさらこのままアメリカのトレセンに入学すればいいのによぉ」
「アメリカ?」
バッカニアは振り返った。
アメリカは広大だ。ウマ娘のレースの熱狂は正しく大陸一と言ってもいいほどに。
男からすれば、バッカニアがこのままアメリカで走れば、きっと世界一のウマ娘になれるだろう。
そんな光景が脳裏に浮かぶのだ。
「それは嫌だな」
「どうしてだお嬢?」
「残念ながらアメリカだけじゃ、俺の夢にはちっぽけすぎる」
あまりにも即答だった。
思わず、男が呆れたように眉を上げる。
「ちっぽけって……あのアメリカだぞ?」
「おいおい馬鹿言うなよ。世界はアメリカよりもっと広いだろうが」
「アメリカで勝って、アメリカの英雄になる?」
バッカニアは笑った。
「そんなの面白くない」
「面白くない?」
「ああ」
バッカニアの笑いが変わった。
笑いから嗤いへと。
楽しげな笑いから――獲物を見つけた海賊のような嗤いへ。
そして。
再び前を向く。
青い海。
遠くに浮かぶ島々。
その向こうには、まだ見たことのない世界と夢がある。
「それに何より――」
バッカニアは舵を握る手に力を込めた。
白い帆が風を受ける。
ヨットが、さらに速度を上げる。
「極東の片田舎のウマ娘が、世界中の富と宝、栄誉を奪う」
「新大陸の栄光を!旧大陸の名誉を!」
「世界の全てを手に入れて極東へと積み上げていく!」
バッカニアは大きく嗤った。
「最っ高にロマンで、最っ強に愉快な物語だろッ!」
そのあまりにも楽しそうな笑い声が、澄んだ青い海へと吸い込まれていく。
男はしばらく唖然としたように黙ってバッカニアを見ていた。
やがて。
「……本当に海賊みたいなお嬢だな」
溜息とともにそう苦笑しながら呟いた。
「何言ってる」
バッカニアは振り返る。
「私は――」
一瞬だけ間を置いて。
ニッと笑った。
「世界を股にかける大海賊になるんだよ」
風が吹く。
帆が膨らむ。
船が走る。
その先にあるのは、まだ見ぬ世界。
そして。
まだ誰にも奪われていない、世界中の宝。
バッカニアは舵を切った。
船首が、ゆっくりと進路を変える。
目指す先は――
水平線の彼方だった。
世界よ──
「キャプテンと呼べ……おわかり?」
さぁ、黒旗を掲げよ。