破闇の守護者〜正体は100万分の1を引き当てた最強だった〜   作:時代に遅れている

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第二話 始まりの試練

ようこそ、盤上《システム》へ

 

 

      試練を開始します

 

 

脳内に、感情の欠落した無機質な声が響く。

 

 

      損傷部位を確認

 

 

"ただちに修復を開始します。内臓及び、肋骨等の骨折部位多数――修復完了"

 

 

"心肺蘇生"

 

 

「はあっ! はあっ! はあっ……!!」

 

 

オレは弾かれたように跳ね起き、大きく酸素を吸い込んだ。

 

心臓を貫かれたはずの激痛は消え失せ、定信たちに折られた骨の痛みも嘘のように引いている。

 

荒い息を整えながら、オレは周囲を見渡した。

 

 

「ここは……どこ?」

 

 

果てしなく広がる空間は、ひどく荒廃していた。

 

赤茶けた大地には無数の刀剣や槍が墓標のように突き刺さり、そして――。

 

「オェェッ……!」

 

足元には、数え切れないほどの骸が転がっていた。

 

むせ返るような血と鉄の匂いに、たまらず胃液が込み上げてくる。

 

な、なんだこの場所は……。地獄か?

 

 

「ふぁあ、よく寝た」

 

 

不意に、のんびりとした欠伸まじりの声が響いた。

 

顔を上げると、そこには一人の『子ども』が立っていた。

 

 

「って、よりによってガキの格好!? おいおい、冗談はよしてくれよ」

 

 

その子どもは、自分の小さな手足をまじまじと見つめながら頭を抱えている。

 

 

「いくら力がないからって……ガキの姿じゃ威厳もクソもないでしょ? キャラ立ちに困るでしょ!?」

 

 

一人でぶつぶつと文句を言っている。

 

……もしかして、ここが『御扉』の中なのか?

そして、目の前で文句を垂れているこの子どもが……この扉の『主』?

 

以前、動画サイトで見た解説動画の記憶が頭を過る。

 

 

――『御扉の中とは一体どんな感じになっているんですか?』

 

 

――『御扉の中には主人がおり、その主人の心象風景、または関連する光景が広がっています。そして、その主人に認められることで力を得るのです』

 

 

――『試練とは一体?』

 

 

――『主人によって異なりますから一概には言えません。ただ、等級が高かったり、主人が強かったりすると難易度が上がります。よくある話だと、「私に一撃でも傷をつけろ」とかですね』

 

 

(傷をつける? あんな子どもに……?)

 

 

オレは改めて、目の前の子どもを観察した。

だが……なぜだろう。見た目はただの子どもなのに、まったく『隙』がないのだ。

 

ただ無造作に立っているだけなのに、まるで歴戦の武者を彷彿とさせるような、底知れない威圧感が漂っている。

 

 

「えっと……お前は煌介だったよな。 煌《こう》ちゃんでいいよな?」

 

 

子どもがふと顔を上げ、オレに向かってそう話しかけてきた。

 

 

(なぜオレの名前を……って、それよりも煌ちゃん!?)

 

 

人生で初めて、あだ名で呼ばれた!

 

 

システム:煌介は初めてのあだ名呼びに感激した

 

 

脳内に再び響いた無機質な声にツッコミを入れたくなったが、今はそれどころじゃない。

 

 

「さっそくで悪い話なんだけどさ」

 

 

子どもはニカッと無邪気に笑うと、足元に刺さっていた身の丈ほどもある剣を軽々と引き抜いて、肩に担いだ。

 

 

「尺がもったいないんで、オレと戦ってくんない?」

 

 

「……え?」

 

 

状況がまったく呑み込めないまま、オレの口から間抜けな声が漏れた。

 

 

「いや、え? じゃなくて。戦うの。俺と」

 

 

「いやいや、条件とかそういうのは!?」

 

 

「いいのいいの。そういうのは、あくまで形式だけだから……というか、どうせお前じゃ俺に傷一つつけられないし」

 

 

無邪気な顔のまま、子どもは首を傾げる。

 

「もしかしてお前、俺のこと舐めてる? 舐めてるの? 傷つくよ? 泣いちゃうよ? リサイタル開いちゃうからね!?」

 

どこのガキ大将だ!

思わずそうツッコミたくなった、次の瞬間――。

ゾワッ……!!

首筋を、鋭利な刃物で撫で斬りにされたような鮮明な感覚が襲った。

 

 

「……っ!」

 

 

慌てて首に手をやるが、血は出ていない。斬られては、いない。

 

だが、コレで痛いほどわかった。目の前でふざけた口調で笑うこの子どもは、正真正銘の『本物』だ。 

 

そして……オレは心の底から恐怖した。

 

クリア条件もない。ただ、あの鬼みたいな底知れない実力を持つ怪物と正面から殺し合う。

 

そんなこと、出来るわけがない。さっき不良どもに心臓を貫かれた時の激痛と恐怖がフラッシュバックする。

 

二度も死ぬなんてごめんだ。足が小刻みに震え、無意識のうちに後ずさっていた。

 

 

「……出て行きたけりゃ、出ていきな」

 

 

オレの怯えを見透かしたように、子どもが冷たく言い放つ。

 

 

「俺は止めねぇし、お前の自由だ。だが、一つ覚えていけ」

 

 

子どもは、その小さな体躯からは想像もつかないほど重く、静かな声で告げた。

 

 

「逃げ逃げた人生に、幸福なんて来やしねぇ」

 

 

「……っ、お前に何がわかるんだ!!」

 

 

気づけば、オレは叫んでいた。

 

 

「オレが今までどんな目にあったか! ずっと……ずっとゴミみたいに扱われて、痛くて、苦しくて、誰にも助けてもらえなくて……っ!」

 

 

定信の理不尽な暴力。嘲笑する同級生たち。見て見ぬふりをする教師。

 

這いつくばって、泥水と血を啜って、ただ痛みに耐え続けるしかなかった絶望の日々。

その痛みを知りもしないくせに!

 

 

「しらねぇよ」

 

 

オレの悲痛な叫びを、子どもはあっさりと切り捨てた。

 

 

「知らないからこそ、同情もない、真に言いたいことを言えることもあるってことだ。……いいか?」

 

 

剣を肩に担いだまま、子どもはオレの目を真っ直ぐに射抜く。

 

 

「目を閉じた先にあるのは、暗闇だけだ。夜もお天道さんがあがらねぇと真っ暗だろ?」 

 

 

「……」

 

 

「煌介。お前は今、人生の夜にあたり、その陽を浴びる前に目を閉じて諦めちまってる。……それでいいのか?」

 

 

『お前は一生、俺に飼い慣らされる運命なんだよ』

 

 

『ギャハハ!! 助かるわけねぇーじゃん、サンドバッグのくせに!!』

 

 

耳の奥にこびりついた、ヤツらのゲラゲラと笑う声が蘇る。

 

一生、死ぬまで誰かのサンドバッグとして蹂躙され続けるだけの未来。

 

 

「照らされた明日を見ずにおっちんでも――お前は、それでいいのか?」

 

 

――ッ!!

 

 

暗闇の中で蹲っていた自分。

誰かが助けてくれるのをただ待ち続け、結局誰の手も差し伸べられずに心臓を貫かれた自分。

そんな人生で、終わっていいはずがない。

良くない……。

良いわけがない……ッ!!

 

気づけば、オレは赤茶けた荒野に突き刺さっていた錆びた刃を握りしめ、喉が裂けよとばかりに咆哮を上げながら、目の前の主に突進していた。

 

だが、ド素人の無謀な剣撃など、当たるはずもない。

 

相手は欠伸交じりにオレの刃をいなし、そのついでとばかりに、オレの身体に浅く、しかし確実に痛みを伴う斬り傷を刻み込んでいく。

 

数分なのか、あるいは数時間が経過したのか。

時間の感覚すら麻痺する中で、オレは鉛のように重く、言うことを聞かない身体を気力だけで立たせていた。

 

客観的に見れば、なんと醜悪で泥臭い足掻きだろう。

 

ただ生に縋り、ただ理不尽を覆す力が欲しいがために、血と泥に塗れて地を這っている。こんな無様な姿で、気高き御扉の主に認められるわけが――。

 

 

「案外、やればできんじゃねえか」

 

 

不意に、上段から振り下ろそうとしたオレの腕がピタリと止められた。

 

 

「……合格」

 

 

「は?」

 

 

張り詰めていた糸がふつりと切れ、オレはその場に膝をつく。

 

 

「ほ、本当に……?」

 

 

「なに?オレがウソつくとか思ってんの?」

 

 

大剣を地面に突き立て、子どもは不満げに頬を膨らませた。

 

 

「いや、だって……オレはアンタに傷一つつけられなかったし……」

 

 

「誰が『オレを傷つけろ』なんて条件を出したよ」

 

 

……え?

 

 

「あのな、刃物で切られたら普通に痛いんだよ! ヒリヒリするだろ! 人が嫌がることをしちゃダメだって、お遊戯の時間に教わらなかった?」

 

 

(いや、今まで散々斬り刻んできたアンタがそれを言う!?)

 

喉元まで出かかったツッコミを、オレはどうにか呑み込む。

 

 

「オレが見たかったのは、お前の奥底にある絶対に折れない魂……『火』の強さだけだしな」

 

 

先ほどのふざけた態度から一転、その瞳には歴戦の猛者のような深く静かな光が宿っていた。

 

 

「てなわけで、はい。褒美」

 

 

子どもが指を鳴らした瞬間、オレのボロボロになった制服が光に包まれた。

気づけば、その身には見慣れない衣服が纏われている。

 

下は漆黒に染め上げられた着古した袴。上には、荒れ狂う波の文様が描かれた単衣と、布地そのものが赤い炎を燻らせているような不思議な羽織が、見事に重ね着されていた。

 

どこからともなく、あの無機質な声が脳裏に直接響き渡る。

 

         試練終了

 

灯道 煌介が盤上《システム》へと昇格しました。

 

    ▶ 現在段位:1位《レベル1》

 

 ▶ "現人神/鬼日向" 火野 勝成 との契約が完了しました。

>

 

「火野……勝成?」

 

 

目の前の子どもの名前だろうか。オレがその名を口の中で反芻した直後、さらに情報が視界に展開されていく。

 

       【 獲得秘術 】

 

      ・火遁・魂 / 段位1

 

   【 篝火の特別報酬《ボーナス》】        ・残燈 / 段位1

    ・火を身に宿し者 / 段位1

    ・憎悪を薪に / 段位1

 

 

「あの、この『特別報酬』ってのは一体……?」

 

 

「こまけぇことは気にすんな。そういうのは、ただ黙ってありがたく受け取っとくもんなんだよ」

 

 

勝成はニカッと歯を見せて笑うと、小さな手をヒラヒラと振った。

 

 

「じゃあ、またな。煌ちゃん」

 

 

次の瞬間。

 

ピキッ、と足元の空間がガラスのようにひび割れたかと思うと、音を立てて荒野の世界全体が崩壊を始めた。

 

 

「う、うわぁぁぁッ!!」

 

 

足場を失ったオレの身体は、底なしの暗闇へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

「おい、見ろ! 御扉が……!」

 

 

突如として現れた赤き火の御扉が、パキンと甲高い音を立ててひび割れ、虚空へと崩れ落ちていく。

 

その光景を呆然と眺めていた不良の一人が、ひどくつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 

「チッ、扉が崩れたってことは、あのゴミムシ、中で死にやがったんだろ。……なんだよ、結局すぐ壊れる、ただの使えないオモチャじゃねぇか」

 

 

「俺たちのサンドバッグが一つ減っちまったな。マジで使えねぇ」

 

 

ゲラゲラと下劣な笑い声を上げる男たち。

だがその時――。

 

彼らの背後、つい先ほどまで誰もいなかったはずの空間の空気が、じわりと異様な『熱』を帯びた。

 

 

「……あ?」

 

 

肌をジリジリと焦がすような、尋常ではない気配。

 

振り返るなと本能が警鐘を鳴らす中、不良たちは弾かれたように背後へと勢いよく振り向く。

 

するとそこには、御扉に引きずり込まれて確実に死んだはずの『彼』が、静かに佇んでいた。

 

 

「まさか……お前、生きて……!?」 

 

 

男たちの顔が、驚愕と混乱に引きつる。

 

それもそのはずだ。先ほど自分たちの手で確実に心臓を貫いたはず、生きているはずがない。それどころか、血と泥に塗れていた制服は消え失せ、代わりに漆黒の袴と波模様の単衣、そして燃え盛る炎をそのまま形にしたような特異な羽織を身に纏っているのだ。

 

 

「……」

 

 

 

灯道 煌介は何も語らない。ただ、ゆっくりと顔を上げ、不良たちを真っ直ぐに見据えた。

 

底なしの怯えと絶望に染まっていたかつての弱々しい瞳は、もうそこにはない。

 

そこにあるのは、どんな理不尽にも決して屈しない――静かで、どうしようもなく熱い『火』の瞬きだけだった。

 

 

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