破闇の守護者〜正体は100万分の1を引き当てた最強だった〜   作:時代に遅れている

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第三話 狼煙をあげる

「お前……! 盤士《ゲーマー》になったってのか……!?」

 

 

狼狽する不良たちの声で、オレはようやく現実へと引き戻された。

 

ついさっきまであの底知れない暗闇に落ちていたというのに、今は見慣れた路地裏に立っている。

 

手を見下ろせば、確かに燃え盛る炎のような羽織が視界に入った。

 

実感など欠片もない。だが、多分そうなのだ。

オレは、盤士になった。あの規格外の主から、力を与えられたのだ。

 

――とはいえ、どうする?

 

オレが引きずり込まれたあの『火の御扉』は、世界で認知されている桜、翡翠、白磁のいずれの等級にも属してない。

 

今の自分がどれだけ強いのか、あるいは弱いのか、まったく見当がつかない。

 

おまけに、目の前の連中は最低ランクの桜とはいえ、実際に鳥居へ潜って何度も『ものの怪』と戦い、段位《レベル》を上げている実戦経験者だ。

 

(戦って勝てるのか……? いや、それとも逃げた方がいいのか!?)

 

長年の染み付いた「弱者としての思考」が、オレの足をその場に縫い付ける。

 

そんな風に迷っている間にも、不良たちは驚愕から一転、プライドを傷つけられたような怒りの表情を浮かべていた。

 

「チッ……! いるよな〜、ちょっと謎の力を得たくらいですぐに調子に乗る勘違い野郎!」 

 

「俺たちをビビらせたこと、あの世で後悔しやがれ!!」

 

男の一人が、風を纏わせた拳を振りかぶって突進してくる。

 

殺意の乗った一撃。さっきのリンチの記憶がフラッシュバックし、オレは咄嗟に目を瞑りかけた。

 

 

(マズっ……!)

 

 

避けられない。そう覚悟した瞬間――。

 

 

『――なに、ぐずぐずやってんの?』

 

 

脳内に、あののんびりとした、けれど底知れない威圧感を持つ子どもの声が響き渡った。

 

 

『優柔不断な男はな、大事なものを両方とも失うんだよ』

 

 

(火野さん!? 一体なんの話……って、え?)

 

 

オレが混乱した直後だった。

考えるよりも早く、オレの身体が「勝手に」動いたのだ。

 

 

シュガッ!!

 

 

風の刃を纏った不良の拳が、オレの顔面をすり抜けて空を切る。

 

オレの足はまるで重力を無視したかのように滑らかに地を滑り、最小限の動きで、かつ完璧なタイミングで致命の一撃を躱していた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

攻撃を外した不良が、信じられないものを見るように目を見開く。

 

驚いているのはオレも同じだ。

 

まるで、身体の奥底に宿った『熱』が筋肉を強制的に動かし、最適解の回避行動を導き出してくれたかのような感覚。

 

 

(身体が……勝手に攻撃を避けてくれた……!?)

 

 

熱を帯びた手足を見つめながら、オレは自分の中に確かな『力』が宿っていることを、この時初めて実感し始めていた。

 

 

(身体が……勝手に攻撃を避けてくれた……!?)

 

 

熱を帯びた手足を見つめながら、オレは自分の中に確かな『力』が宿っていることを、この時初めて実感し始めていた。

 

"灯道 煌介は知る由もない"

 

"なぜ無自覚のまま敵の攻撃を知覚し、あれほど完璧に捌き切れたのかを"

 

"それは盤上《システム》から与えられた恩恵ではなく、彼が己の力で呼び覚ました異能――極限まで研ぎ澄まされた『生存本能』の開花だった"

 

"己の身を守る術を持たず、ただ理不尽な暴力に晒され続けた泥の底の日常"

 

"そして何より、一度心臓を穿たれ、確実な「死」の淵を覗き込んだ経験"

 

"それらの過酷な要因が複雑に絡み合い、彼は向けられる殺意や『死の気配』を、皮膚が焼けるような熱の波として鋭敏に察知できる体質へと変貌を遂げていたのだ"

 

"おまけに、試練を乗り越え盤士へと昇華したことで、基礎的な身体能力も飛躍的に跳ね上がっている。危機を察知する脳の異常な処理速度に対し、今の肉体は完全に追いつき、最適解の反応を返せる状態へと仕上がっていた"

 

 

「クソッ、ちょこまかと……! まぐれで躱しやがって!」

 

 

苛立ちを募らせた不良が、顔を真っ赤に怒張させて再び突進してくる。

 

だが、今のオレにはその足運びがひどく緩慢なものに見えた。

 

恐怖など微塵も湧かない。あの御扉の中で、勝成が息をするように放っていた底なしのプレッシャーに比べれば、こいつらの振るう暴力など、ただの生ぬるいそよ風にも等しい。

 

 

『仕方ねぇなぁ、お前にやった秘術がどんな技か、特別に教えてやるよ』

 

 

脳内に、あののんびりとした声が直接響く。

 

 

『オレがあげた秘術つーのはな、己の魂を知覚して、そいつを現世に具現化する能力だ。簡単に言えば、焔を作り出すってこと』

 

 

『ただ他と違う点でいえば、自然界の火じゃなくテメェ自身の魂の形……呪術的なモンってわけ。そういう理屈だから、イメージ次第で変幻自在に扱える』

 

 

『あとはテメェ自身でなんとかしな。いつまでもウジウジしてる優柔不断なキャラって、読者に嫌われるからさ……』

 

 

(だから一体、どこの誰の話をしてるんだよ!)

 

 

相変わらずのメタ発言に内心でツッコミを入れた直後、勝成の声からふざけた色がスッと消え失せた。

 

 

『煌介。――魂に火をつけろ』

 

 

真に迫る低く重い声に、心臓が大きく跳ねる。

 

 

「……火野さん」

 

 

ヌッと視界の端から迫ってきたのは、不良が握りしめた折れた刀身だった。

 

オレは焦ることもなく、わずかな足捌きと上体の逸らしだけで、その切っ先を紙一重でかわす。

 

 

「コノヤロー!!」

 

 

空を切る刃。体勢を崩した不良が、血走った目でオレを睨みつけ、涎を飛ばしながら喚き散らした。

 

 

「くそっ! クソ! クソが!!! なんで! なんでお前なんかが、俺の攻撃を!!!」

 

 

どうしようもない実力差を前に、強者気取りだった男のちっぽけなプライドが音を立てて崩れ去っていく。

 

 

「くそっ! クソ! クソが!!! なんで! なんでお前なんかがーー!」

 

 

激昂する男の叫びが、薄暗い路地裏に木霊する。

 

 

「なにをそんなに怒っている! オレがお前たちに何かしたっていうのか!?」

 

 

「うるせぇ! 黙れ!!」

 

 

血走った目で、男は涎を飛ばしながら喚き散らした。

 

 

「お前みたいなゴミが御扉に選ばれやがって! 誰がお前に望みを託す! 誰がお前なんかに期待するってんだよ!」

 

 

こいつらは、一体なにを言っているんだ。

 

 

「大人しく! 大人しく今まで通りサンドバッグになっていれば!」

 

 

「大人しくあの場で死んでいればよかったんだよ!!」

 

 

本当に、どこまでも自分勝手な理屈だ。他人の痛みを何一つ理解しようとしない、醜悪なエゴの押し付け。

 

オレの胸の奥で、静かだった火種が爆発的な怒りへと変わる。

 

 システム:秘術【憎悪を薪に】が発動しました。全ステータスが25%上昇します

 

全身の血液が沸騰するような、凄まじい熱と高揚感。

 

互いに咆哮を上げ、真正面から激突する。――だが、先に届いたのは圧倒的な速度で踏み込んだオレの拳だった。

 

 

「ガハッ……!?」

 

 

怒りに任せて振り抜いた右ストレート。

顔面にそれをもろに受けた不良の身体は、まるで引っ張って弾く某ストライクゲームのキャラクターのように、凄まじい勢いで路地の壁から壁へと超高速でバウンドし、ゴミの山へと深々と突き刺さった。

 

 

「ヒッ……!」

 

 

ガタガタと歯の根を鳴らし、残されたもう一人の不良が腰を抜かしかけている。

 

 

(なんだよ、なんなんだよあの異常な強さは……! あいつ、まだ段位1《レベル1》のはずだろ!?)

 

 

男の顔には、明確な恐怖が張り付いていた。オレを見つめるその目は、得体の知れない怪物を見るそれだ。

 

 

(もしやアイツ……とんでもない化け物と契約したんじゃないだろうな……っ)

 

 

「秘術――風飛脚!!」

 

 

男は悲鳴のような詠唱と共に、気絶した仲間を無理やり抱え上げると、風の力を足に纏わせて一目散に逃げ出した。

 

 

「……逃がしたか」

 

 

オレは深く息を吐き出し、拳に宿った熱をゆっくりと冷ます。

 

 

「まぁいいか。盤士同士の私闘は重い処罰の対象になる。あんな奴らのために、これ以上無理に追いかけて身を汚す方が馬鹿馬鹿しい」

 

 

そう自分を納得させ、踵を返そうとした時、ふと足元に視線が止まった。

 

 

「……それにしても、この砂は?」

 

 

奴らが逃げ去ったあとのアスファルトに、なぜか微量の奇妙な砂がこぼれ落ちていた。風で飛んできたものとは違う、どこか不自然な違和感を放つ砂だった。

 

薄暗い空間に、いくつものモニターの光が浮かび上がっている。

 

その中の一つの画面――街角のGPSの映像を眺めながら、男は手元のマグカップにたっぷりと注がれたブラックコーヒーへ、真っ赤なケチャップをドバドバと絞り入れていた。

 

 

「おいおい。鳥居も発生してねぇ路地裏から、盤士が出てきやがったぜ。それも、怪我人を背負ってな」

 

 

異様な匂いを放つケチャップコーヒーを啜りながら、男が面白そうに口角を上げる。

 

 

「これは……内輪揉めですかね?」

 

 

隣で端末を操作していた女性が、呆れたようにため息をついた。

 

 

「何にせよ、愚かなことだ。今は盤士同士でいがみ合い、争っている場合ではないというのに」

 

 

部屋の奥から響いたのは、リーダーらしき男性の重苦しい声だった。

 

彼の視線の先には、静かに、だが確実に時を刻む巨大な砂時計が置かれている。

 

 

「この『終末時計』の砂がすべて落ちきった時……その時こそ、我々の世界の終わりなのだから」

 

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