ポケモンのVRMMO物(架空の現代)です。通してください。 作:アルファたろう
空は茜色の夕焼けに染まり始めていた。
店からの帰り道、俺の両手には二人分のゲームソフトとぬいぐるみが詰まった大きな袋が下がっている。重さ自体はどうということはない。
本当に耐えがたいのは、すぐ隣を歩くアスカの苦虫を噛み潰したような横顔だ。
「……UMAなんて、いなかった」
「いるわけないだろ」
「知らない女の子に『ピーカピカピカ! 残念だったピカね! 現実にポケモンはいないピカよ!』と煽られたし」
「絶対にそこまで悪意に満ちた言い方はしてない」
都合よく悪解釈するあたり、タチが悪い。今、どんな正論をぶつけたところで不毛な議論になるだけだ。下手に反論すれば、余計に話が長くなる。説得するだけ徒労に終わるだろう。
街道沿いにコンビニの灯りが見えてくる。
「決めた、やけ食いよ!」
「……俺も付き合わなきゃダメか?」
「予約券を届けてあげた恩を、もう忘れたとは言わせないわよ!?」
「はいはい。じゃあ早く買ってこいよ」
心底面倒だとは思う。アスカが持ってきた予約券がなければ目的を果たせなかったのも事実だ。ここで恩知らずを通すのも、それはそれで気分が悪い。
「よし。好きなものを買ってきてあげるわ」
「俺の金なら遠慮しろ」
アスカがコンビニへ駆け込んでいく。
俺は店外の長椅子に腰を下ろした。コンビニの喫煙スペースに客がいない。あの不快な匂いに眉をひそめずに済むのだけは助かる。
「ピチュ?」
不意に頭上から奇妙な鳴き声が降ってきた。
反射的に顔を上げる。
何もいない……聞き間違いか?
そう思った瞬間、顔面に柔らかな衝撃が走る。
鼻先を蹴り飛ばされた。
痛い。
いや、それよりも何だ、今のは。
反射的に周囲を見回す。
鳥か? 猫か? 誰かが何かを投げたのか?
しかし、周囲にそれらしいものはない。
代わりに、長椅子の脇に置いていた妹への土産の袋が、モゾモゾと不自然に揺れていた。
嫌な予感がする。
中身が汚されていないことを祈りながら、袋の中に手を突っ込む。その下手人の首をつまみ出す。
「ぴちゅ……」
小動物が、手の中で弱々しく鳴いた。
……なんだ、コイツは?
ネズミにしてはやや大きすぎた。鮮やかな黄色の全身、赤い丸頬。手土産のぬいぐるみと不気味なほど酷似している。
まるでゲームに出てくるモンスターだ。
「待て。落ち着け」
これは動物のコスプレか何かだ。人間が髪を染めるのと同じで、ペットの毛色を派手に塗る酔狂な飼い主だっているだろう。
……いや、本当にいるのか?
様々な疑問が頭を過ぎる。
だが、一つだけ確かなことがある。
アスカが見たら、それこそ「UMA発見!」と大騒ぎして店前で暴れ出すに違いない。
面倒なので適当に放り出そうとするが——、
「怪我、しているのか」
お腹に噛み跡が残っていた。
すでに血は止まっているようだが、乾いた血が毛にこびりついている。傷口も浅くは見えない。
首を掴んだ小動物が、小さく身じろぎした。
やはり弱っている。
途端に、雑に投げ出す気が失せた。
こんな珍妙な生き物を診てくれる動物病院なんて心当たりもないし、今の時間から探しても開いているか怪しい。
だからといって、怪我をした小動物を路上に放置して去るほど、薄情にはなれない。
乾いた血の痕を見る。
もしも、という最悪の可能性が頭をよぎった。命の危険に繋がるかもしれない。そう考えると、居ても立ってもいられない。
思考を巡らせる。
このままアスカに見つかれば、面倒なのは明らかだ。さっきの店での強引な探究が何よりの証拠。ならば、取るべき選択肢はただ一つ。彼女に気づかれる前に、ここから全速力で帰ることだ。
自分のバッグの中へ、小動物を慎重に滑り込ませた。よほど体力を削られているのか、弱々しく一度だけ「ぴぃ……」と鳴いたきり、されるがままだ。
思った以上に状態が悪いかもしれない。
コンビニの自動ドアをくぐり、店内に足を踏み入れる。
棚の前でお菓子を選んでいたアスカが、俺に気づいて振り向く。
彼女の顔色がさっと変わる。
先ほどまでの不機嫌な態度は欠片もない。
問い詰められる前に、預かっていた荷物をその胸元へ押し付ける。
荷物持ちをやめたことに文句を言われるかと思ったが、何もなく肩透かしを喰らう。
「……どうしたの?」
「悪い、先に帰る」
「えっ?」
「それじゃな」
「何かあったの? 待ってよ!」
背後から困惑が混じった声が飛んでくる。ほんの少し罪悪感が芽生えたが、足を止めるわけにはいかない。
呼び止める声を振り切り、舗装路を全力で蹴った。頭の中にあるのは「一刻も早く家に帰り着く」ことだけだ。
……いや、ダメだ。バッグの中で揺られている小動物が、走る衝撃で弱ってしまうかもしれない。
考えても仕方のない迷いが脳裏をかすめるが、今は振り払う。余計なことを考えるな。とにかく家へ辿り着くことだけに集中しろ。
息を乱しながら走り続けて数分。
昔ながらの和風建築、見慣れた我が家だ。
肺が軽く上下しているが、まだ脚を動かす余裕があった。なりふり構わずもっと飛ばすべきだったか。
門をくぐり、引き戸を滑らせる。
思わず「ただいま」と言いかけたが、熱で寝込んな妹の顔が浮かび、喉元で声を押し殺す。
忍び足で明かりの灯る居間へ足を進める。
ドアを開けると、テレビ画面にはゲームの実況映像が流れており、妹のタケミがソファでくつろいでいた。思いのほか、ケロッとした様子だ。
俺に気づくと、表情を明るくした。
「あ、お兄ちゃん! お帰りなさい!」
「ただいま……ほら、土産のゲーム。いや、まずはこれだ」
「わぁぁっ、ピカチュウだ! お兄ちゃん、ホントにありがとう!」
袋から取り出した黄色のぬいぐるみを、嬉しそうに抱きしめた。
その視線はぬいぐるみに注ぎつつも、チラチラとゲームパッケージへ向けられている。テレビに映る実況も、どうやら例の新作ゲームのようだ。
「元気そうだな」
「えへへ。もう元気一杯だよ。明日から学校行けそう」
「ダメだ。今週いっぱいは様子を見ろって医者にも言われてるんだから、大人しくしてろ」
「えー。じゃあ、ポケモンで遊ぶのはいい?」
「病み上がりにゲームをするな」
「ケチ」
抗議とばかりに、タケミは頬を膨らませた。
実に元気そうだ。これだけ軽口を叩けるなら安心だ。もし医者の言いつけがなければ、明日から学校へ行かせていたかもしれない。
「爺さんはどうした?」
「おじーちゃんはお仕事。山で土砂崩れがあったんだって。本当は三人みんなでご飯食べたかったのにー」
「そうか……一人で留守番させてたんだな」
「うん。ほめてほめて!」
差し出された小さな頭を優しく撫でてやると、花が咲いた笑顔になった。素直な反応に、こちらの口元まで緩みそうになる。
このまま妹との会話を楽しみたいところだが、今は小動物の件が最優先だ。手短に会話を切り上げたい。
「そういえば、なんで汗かいてるの?」
「……無性に体を動かしたくなったから、走って帰ってきただけだ」
「ふーん、変なの」
さて、どうする。爺さんが不在なのは痛い。あの人なら小動物の応急手当くらい手際よくやってくれただろうに。
背に腹は代えられない。スマホでネットの情報を検索しながら、自分で手当するしかないか。
「あれ? バッグが動いてる?」
正体不明の生き物を家に持ち込んでしまった手前、妹がどんな反応を示すのか予想がつかない。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。一刻も早くこの場から連れ出さなければ。
パチパチッ、と乾いた音が鳴る。
バッグの隙間から黄色い火花が飛び散った。
痺れに耐えかね、腕から離れたバッグが床へ転がり落ちる。
「えっ!? なに!?」
「タケミ、下がっていろ!!」
痺れの残す体を力づくで動かし、咄嗟にタケミを自分の背後へ庇い立てた。
弱っていると踏んで完全に油断していた。
こいつが何なのか、俺は何も知らない。どこまで人に危害を加えられるのかも。
警戒するべきだった。
もし、妹に害を及ぼす可能性があるなら、裏山へ叩き出さなければならない。
バッグの口から、先端が黒い長耳が飛び出す。
「ぴちゅ……」
バッグから這い出てきた小動物が床へ降りた。
どう対処する?
強引につまみ出そうにも、先ほどの電撃が頭をよぎる。捕まえるなら厚手のゴム手袋でも要るが、どこにしまっていたか思い出せない。
くそ、一時の情に流された。
こんな危険な生き物を家に連れ込んだのは間違いだ。かわいそうだからといって、家族を危険に晒していい理由にはならない。
「ほら、おいで」
「タケミ!? そいつに近づくな!!」
「大丈夫だよ」
ぬいぐるみを抱えたタケミは、静かに歩み寄る。
小動物も駆け寄り、ぬいぐるみにすがりつく。
「見て見て、お兄ちゃん。ピカチュウをお友だちと思ってるみたい」
「……お前、怖くないのか」
「だって、すごく寂しそうな顔をしてるもん」
寂しそう、そんな理由で近づけるのか。
タケミの目に、この小動物は自分を脅かす危険な存在とは映っていないらしい。
冷静になるんだ。
俺には危険な生物に見えて、妹には寂しそうな小動物に見える。
どちらが正しい?
確かに不意打ちの電撃で驚かされたものの、小動物は威嚇したり攻撃しようとする素振りは見られない。
なら、本当に安全なのか?
タケミがそっと小動物の背中に手を触れた。次の瞬間、小さな静電気が走り、「痛っ」と小さく手を引っ込める。
今、妹に攻撃したか?
——道具はどこだ。早く追い返さなければ。
「あはは。この子って心配性みたい」
タケミの赤くなった指先を、小動物は舌で舐めていた。痛みを和らげようとするかのように。
……どうやら不本意だったらしい。
意図的な攻撃ではなく生理現象だったらしい。
タケミは怯える様子もなく、両手で小動物を持ち上げる。
互いの視線が交わった。
「わたしは天川 タケミ。あなたはだれ?」
「ピチュ」
「ピチュなんだ。ピカチュウにそっくりだね」
妹は笑顔で、ごく自然に話しかける。
心と心が通じ合ってるというべきか。
目の前の光景に、俺は毒気が抜かれた。