ソードアート・オンライン ─フィクショナル・テイル─ 作:三枝愛依
──ヴォルカンブレードを入手し、一気にステータスに勢いがついた自分は先のステージの攻略を進めようと、脳内に刻まれた記憶を頼りにフィールドを駆け進む。
どうやら、辺りには自分と同じくステータスが始めたてのプレイヤーが多く見られ、その大半はパーティーを組んでやっている。
私は特殊な存在ゆえに仲間と呼べる人を最初から持っていないが、彼らは違う。
MMORPGにおけるソロはキツイ、これはキリトくんがよく言っていた。
だから、正直なところを言うと仲間が欲しい。
だが、仲間を探そうにも、そもそも人との繋がりなんてひとつもないので、きっかけ作りさえできないのだ。
うーんと悩ませていると、突如として視界の真ん中に警告通知が表示され、アラートが鳴り響く。
聞き慣れた音、見慣れた警告。
そしていつもなら、あー面倒くさいと思うだけの演出。
しかし、それも今に限っては………。
「やっべぇええッ!!逃げろぉおおお!!!」
踵を返し、転移石のもとへ駆け出そうとした直後、自身の背後から圧倒的な支配者の覇気を感じとる。
今、これと対面したら死ぬという凄まじい圧がひしひしと背中から感じる。
「邪神出現イベントだぁぁあッ!!」
邪神。それは稀にフィールドに現れる、そのフィールドの適正レベルを遥かに上回った強さを持つネームドモンスター達のことである。
倒せば超強い武器が手に入るが、初期のフィールドであるこのフォーニアス浸食丘陵で出現するスペクトラルトレントと呼ばれる大きな白色の大樹のモンスターは、Lv90の大物だ。
本来、このゲームのストーリー本編クリア時点のレベルは40。追加DLCのマップに最初に踏み込む段階で求められる最低値が80レベル。
すなわち、クリア時点でのプレイヤーでさえ敵わない程の化け物が、最初のフィールドから現れるのだ。
「ひっ!!い、いやぁぁぁあっ!!!」
プレイヤーの恐怖の悲鳴が響く。プレイヤーが被害に遭う分には問題ない、放っておこう。
「くそッ!なんでこのタイミングで、ようやく店の子のクエスト条件が整ってフィールドに出れたのによッ!!」
そう、このゲームはSAOとは違う。
ソードアート・オンラインはプレイヤーの命がひとつだ。
しかし、このソードアート・オリジンはプレイヤーの命は無限大。
しかし、NPCにとってはデスゲームの側面を持った、悪魔のようなゲームなのだ。
「NPC同行クエスト……ッ?!」
ただ、NPCが死んでリポップしないという事実はまだ誰も知らない。
だから、ここで下手に皆に喋れば、タイムパラドックスなりなんなりが起こるかもしれない。
どうすればいい、今ここでNPCを見捨てて逃げるべきか?
それとも、自分を囮にしてNPCに逃げてもらうべきか?
私は二択に迫られ、考えで頭が痛くなり、やがて腰に携えていた剣を引き抜いて駆け出す。
「初陣だよ!ヴォルカンブレードッ!!」
邪神はその巨大な足で周囲のプレイヤーを一撃でダウンさせ、もう既にプレイヤーの生存数も少ない。
幸い、まだNPCにヘイトは向いていないが、それも時間の問題だろう。
「どりゃあああッ!!」
渾身のスラントを叩き込み、一撃でヘイトを向けさせる。
「逃げるんだッ!!今のうちに!!」
私は強く、NPCに呼びかける。
しかし、NPCはあくまでNPC。彼らは定められた範疇で行動する。
NPCは逃げる素振りを見せず、パーティーメンバーや周囲のプレイヤーが戦闘態勢に入っているのを感じとると、自らも武器を構えた。
「だぁぁ!!もう!!これ相手に戦う気かよ!ポンコツAIがッ!!」
どう足掻いても勝ち目はない、たとえここで刀を装備したところで討伐まで100年は掛かるだろう。
自分のプライドか……NPCの命か………。
私はぎゅっと拳を握りしめ、覚悟を決めて頷く。
その様を見下ろす邪神が、ニタァと笑い、這いつくばって動けずに恐怖するプレイヤー達とウィンドウを操作する私、そして武器を構えて対峙するNPCに向けて巨大な大樹の腕を大きく振り下ろした。
パリンっというガラス玉が砕ける音が響くと共に、ドォンッ!という凄まじい轟音と衝撃がプレイヤーたちのいた場所に土埃を舞わせ、やがて晴れるとそこには邪神の振り下ろした腕を掴み、もう片方の手で次々とバフスキルを重ねていく、異常なプレイスタイルのプレイヤーが現れた。
否、彼女は元からそこにいた。
彼女の本来持っていた力を解放したのだ。
バフが次々とかけられていき、ステータスはぐんぐんと跳ね上がる。
先程まで腰に携えられていたヴォルカンブレードは既に姿を消し、腰の鞘から一振の金色の片手直剣が抜剣される。
「悪いね、NPCを見殺しにはできなくて……少しチートさせてもらうよ。」
バフスキルをかけ終えると、彼女は軽く拳で突きを繰り出す。
その威力は邪神を強く後ろへ突き飛ばし、そのままその巨体が地面を転がってHPの二割を削ってしまう。
「さてと……ここまでバフかけたら、SSC要らずだよ。」
金色の片手剣、金木犀の剣を水平に構え、彼女はその剣先を邪神に捉える。
「ぐおぉぉぉぉおッ!!」
あまりにも異質な存在が現れたことへの驚愕と恐怖、そして怒りで邪神は咆哮し、周囲のプレイヤーに対して麻痺状態を与えた。
しかし、彼女はそのような攻撃が効くはずもない。
「こんな攻撃あったんだ……いや、ないよね?なにこれ??」
本来は存在しない攻撃パターン、それに戸惑いながらも、彼女は片足を軸にもう片足で強く地面を蹴り、その加速は凄まじい高さを誇る敏捷力のバフにより、閃光に等しい単発突進ソードスキル・ヴォーパルストライクを見事に対応しきれない邪神の鳩尾めがけて繰り出した。
ヴォーパルストライクが直撃すると同時に青い光が僅かに輝き、そのタイミングですかさず単発ソードスキル・ソニックリープを直撃。
スキル硬直を打ち消し、次のソードスキルへと繋げるスキルコネクトを成功させ、その感覚を掴んだまま、次のソードスキル・スラントを放つ。
青い光が輝くと同時に交互にソニックリープとスラントを繰り出し、SSC連撃数は徐々に上昇していき、最初はあまりダメージとして期待ができなかったソードスキルの一撃も、その数を重ねる毎にゲージをどんどん削り始め、やがて残りHPゲージ半分まできたところで、彼女は締めに奥義技を放つ。
「エンハンス・アーマメントッ!!」
凄まじい金色の暴風が目の前の邪神を飲み込み、その威力は容易く邪神のHPゲージを全損させてみせた。
HPゲージが全て削れ、死亡状態となった邪神スペクトラルトレントは、反撃のモーションを一度さえも繰り出すことを許されないままに青い輝きの粒子へと変わり、そのまま儚く砕け散っていく。
やがて直ぐに邪神討伐の通知が流れ、壮大なBGMと共に目の前に豪華な宝箱がひとつ現れた。
いとも簡単に葬り去られる邪神。本来なら、一時間近くかけてゆっくりとゲージを削っていく、ラスボスよりも強いエンドコンテンツ的要素のモンスター。
しかし、この世界に慣れてしまったプレイヤーにとって邪神とは、オーダー条件達成用の周回クエストのようなものでしかなく、もはや彼女にとってこの壮大な勝利BGMも大した感動を与えることはなかった。
「はぁ……データ戻しちゃったよ。」
それ以上に、自身の手に握られている金木犀の剣、そして先程までとは天と地と言わんばかりに軽い身体、すなわちステータスの差に衝撃を受けながらも落胆する。
「どうしようかな、私がこのまま攻略進めるとタイムパラドックスだよなぁ………」
彼女はこの世界における、本来のストーリーを知っている。
ゲーム本編でのストーリー、それを決して邪魔したくはない。
何故なら、この世界のストーリーは結構危機的な状況に陥る未来があるからだ。
その未来は最終的にはキリトくん達の力で救われるものの、もしも存在しないはずのプレイヤーが介入したことで、未来が変わってしまった場合、その果てに必ずしもハッピーエンドがあるとは限らない。
故に、彼女は極力自身がキリトくん達一行のストーリーに関わるような行動は起こしたくないのだ。
「とはいえ、このステータスのプレイヤーがいると知られたら、いやでもキリトくん達の目に入るよなぁ。」
ステータスを開く。
HPは50万を超え、素のSCC連撃数は38、武器熟練度、EXスキル熟練度、共に1000。
正直、私が関与してしまえばラスボスだろうが、途中に出てくる強敵だろうが、全部一分も必要としないうちに勝利できる。
なんだったら、私がヘイトをかって棒立ちしてるだけでタンクとしての役職を半ば永久的にこなせるのだ。
全くどうしたものか、NPCを殺したくない一心で禁忌に手を触れてしまったが、本当に困った。
彼女はうーんと唸りながら、頭を回転させていると、突如として目の前にセーブデータの名を冠する硝子玉が再度現れた。
「………?」
ふよふよとその玉は目の前で滞空し続け、彼女は不思議そうにそれに手を触れると、その硝子玉は白く発光し、彼女のセーブデータをものの一瞬で玉の中へと吸収した。
先程まで腰に携えていた金木犀の剣も、カタナの熟練度やエクストラスキルも、何もかもが消えている。
その代わり、初期防具と初期値最大のヴォルカンブレードとLv6のステータスだけが帰ってきた。
「なるほど………一度使ったら戻れないとかではないんだ。」
いい事を知ってしまった、一度使うと後には戻れないタイプの切り札かと思えば、そうではなく任意のタイミングでオンとオフを切り替えられるチートのような存在だ。
「なら、なんの問題もないじゃん。」
先程までの苦悩が嘘のように消えていき、私は歓喜しながら目の前の宝箱を開く。
邪神武器─ネクロスリヴァー。
STR+54、VIT-0、DEX+54、パリィ時間+20%、ダメージ倍率補正+20%。
序盤で手に入ってはいけない規格外の性能を誇る曲刀武器。
その攻撃力は約181。
自身が今装備しているヴォルカンブレードの初期値最大攻撃力は59。
もはや、雲泥の差とも呼べる程の性能。
本来ならば、エンドコンテンツともいえる邪神討伐を、おそらくこの世界の時間の流れ的にユーザー達はまだヴォルカンブレード程の装備でさえも最前線の人間が持つような極上の一振として扱うだろう。
正しく、SAOにおけるアニールブレードのような、序盤ユーザーが喉から手が出るほど欲しがる武器のひとつだ。
それをまるで過去のものをするかのような性能の曲刀。
本来ならば、どう足掻いて討伐不可能な邪神に勝利したことで得てしまった。
正直、曲刀は興味がない。
確かに一線を画す強さだが、曲刀を握るなら刀を握った方が百倍強い。
故に私は、この武具をアイテムストレージにそっとしまい、装備することはなく、立ち上がる。
ダウンし、蘇生を求めるマークを浮かべたプレイヤーを見下ろしながら考える。
今ここで助けてしまうと、邪神を討伐したことが周知されてしまう。
しかし、ここで助けないとNPCの身の安全はそばにいないと保証できない。
仕方がない、何とか言い訳を取り繕って凌ぐしかなさそうだ。
私は傍で横たわる数人のプレイヤー達を蘇生し、彼らのアバターがのそりと起き上がると、ポーションを片手に武器を構え始める。
「え、えぇ?!あぇええ!!」
「ど、どこだっ!蘇生してくれて助かったぜ、あの!あのデカブツはどこにいる?!」
「ヒーラー!俺にヒールしてくれ!!じゃなきゃ、タンクができねぇ!!」
どうやら、彼らは未だにあの邪神が生きていると勘違いしているようだ。
普通はクエストクリア通知とか、画面に邪神クエストが発生中の表示が消えている点から、邪神が討伐もしくは消失したと分かるが、彼らはまだ最初のフィールドのプレイヤー。
分からないのも無理はない、ならば彼らが周囲を警戒している間にしれっと逃げるのが得策だろう。
私は、彼らを他所に先のフィールドとなるセンタリア大丘陵の転移石を目指して駆けだす。
フォーニアス浸食丘陵の邪神イベント発生の位置は、このフィールドの転移石よりも、次のフィールドとなるセンタリア大丘陵の転移石の方が近い。
周囲で見かける敵モンスターが猪系から、トレント系の樹木のようなモンスターやワスプ系の蜂のようなモンスターに変わる。
序盤のフィールドなので、彼らはどう転んでもまず負けることがない。
私はフィールドを駆け抜け、途中で敵対反応を示してくる敵モンスターは腰の片手剣を抜剣し、ソードスキルを乱雑にぶつけることで対処し、そのまま次のフィールドに出た。
───
セントリア大丘陵。
最初は急な坂道から始まるフィールドで、ここに出てくるモンスターはフォーニアス浸食丘陵とあまり変わらず、蜂系のワスプや猪系のボア、樹木のトレント。
そして新たに植物系のネペンテスも現れるが、まぁこのモンスター達はフィールドの雑魚なら問題ないし、赤宝箱にいるネームドモンスターは喧嘩を売らなければ問題ないだろう。
私は隣に見える転移石に手を触れ、自身のマップデータに転移石を登録する。
フィールドの様子や、戦闘の感覚、そしてあの白い玉の扱いについても何となくわかった。
求めていた情報を得られた私は、登録した転移石に従って早速転移門広場へと帰った。
───
登録した転移を使い、転移門広場へ戻ってきた私は、自身のアイテムストレージにある曲刀をどう扱うで悩んでいた。
今、攻略の最前線がこのリューストリア大草原のどの辺まで進んでいるのか分からないが、それでもこの武器の性能以上が必須になってくるのは、ゲームだとDLCで解放されるマップからだ。
それも、ここまでの性能なら少しの余裕をもって戦える程に。
しかし、正直なところを言うなら売ってもいい。
街の商人NPCに売っても安いが、今のSA:Oにおける、金を持ったプレイヤーで尚且つ曲刀使いのプレイヤーを探し、売り捌く。
全然なしではない、しかし相手を選ばないと入手方法を聞かれて面倒なことになる。
このゲームで曲刀使いの主要キャラクター達は存在しない。
強いて言うなら、NPC枠として登場するキズメルという名のダークエルフが曲刀使いのアタッカーだった記憶があるが、所詮はNPC。
時価でのアイテム取引など不可能だし、現時点でどこにいるかなんて分からない。
曲刀使いではないが、信用に値するプレイヤーは何人か知っている。
情報屋に情報とセットで売りに行くか、それとも安く仕入れて安く売るのがモットーな商人に売りに行くか。
さて、どちらにするべきか……。
まぁもっとも、邪神討伐報酬の情報なんて流したところで現時点では誰も手に入れられない。
誰も届かない領域の報酬の情報など、価値は無に等しい。
情報屋がそれを高値で買い取ってくれるか……無理かもしれない。
いいや、この曲刀はこっそり商人NPCに売ろう。
安価にはなるが、自分にとっては邪神装備よりも金の方が欲しい。
私は転移門広場から、商店街に向けて歩き始め、まだゲームがスタートしたてなのもあるのか、多くのプレイヤーが商店街で武器屋などの店の商品を見て回っている。
結構な数のプレイヤーが歩き回っているので、注意して歩かなければぶつかる可能性もあるだろう。
売るとなれば、どの店のNPCでも価格は変わらない。
私は近くの武具屋NPCに尋ねて取引を開始する。
「すみません、この武器の売却をお願いしたいんですが………」
私はアイテムボックスから邪神装備の曲刀を取り出し、NPCに見せる。
彼ら、彼女らはあくまでNPCだ。
特に大きな反応を見せたりはしない、故にスムーズに取引が始まり、直ぐにその曲刀は5000colという価格での売買が決定し、私は素直にNPCに武器を売り払った。
本来、今のスタート時点におけるプレイヤー間の売買なら数十万colは取れるだろう。
だが、下手に悪目立ちしたくないゆえの苦渋の決断である。
私は、手持ち金の5300colを確認し、それと同時にスキル習得画面で手持ちのスキルポイントも確認するが、熟練度の成長に比例して与えられるスキルポイントだが、その熟練度を伸ばすのにはひたすらに敵を狩る必要がある。
「うーん……最初の習得スキルは決まってるけど………って、あれ?なんで私って最初からスラントが解放されてるんだろう?」
ゲームの仕様では、片手直剣を最初の武器種として選んだ場合の解放されている初期ソードスキルはホリゾンタルアークのみ。
だが、今の自分はスラントも解放されており、今の今までそれに対して違和感や疑問が出てこなかった。
「まぁそもそも、私はこの世界の異物だし………この身に何が起きていても不思議じゃないけど。」
バグなのか、それともこの世界ではこういう仕様なのか、疑問で首を傾げつつ、スキル画面を閉じると、目の前から同じくウィンドウを開きっぱで前を見ていないプレイヤーと、激しく衝突し、そのままお互いに地面に尻もちをついた。
「いったたッ!」
「あいたたっ……ごっめーんッ!!大丈夫だった?」
自分もだが、この世界にはわりと前方不注意のプレイヤーが多いようだ。
私は衝撃で揺れる視界を落ち着かせ、目の前に差し出される手を取って立ち上がる。
「いえ、こちらこそすみませんでし……た。」
前方不注意のプレイヤーは、紺色の髪色に紺色の衣装、そして細身で背がやや低め、全体的に幼さを感じさせる女性プレイヤーだった。
しかし、その容姿とは裏腹にその正体を知る者は、彼女を目にした途端に絶句する。
ソードアート・オンラインという作品において、あまりにも強すぎて扱いに困るキャラ筆頭ともいえる最強の片手剣使い。
妖精と魔法の世界において、片手剣一本で無敗の剣士の二つ名ともいえる
「おーい……? 大丈夫??」
呆然とした様子で固まる私に向かって心配そうに顔を伺い、手を振る彼女の名はユウキ。
この世界でキリトくんの次に強いプレイヤーである。