「オカルト部に入らないか?」
ある日、教室でぼんやりとしていたら急に話しかけられた。最初自分に対してだとは思わず、無視してしまった。
「聞いているのか? 君をオカルト部に勧誘している」
ここでようやく自分に対して言及しているのだと気づく。「え? なんですか?」聞いてなかったので聞き返すと、話しかけてきた右目に眼帯の人は大きくため息をついた。
「やれやれ、愚鈍そうなやつだ。でもアイツ……オカルト部の部長なんだが、まぁそいつが君に対してえらく期待しているんだ」
「はぁ」
いまいち返事に困っていると、友人がトコトコやってきて「なになに〜なんの話してんの〜」と呑気に言った。
「君に用はない」
「えー?」
友人はまるで気にせず、僕の横に来ておしゃべりを始めた。眼帯の人は困ったように頭を掻いて、しばらくしてこの場を去った。
放課後。
眼帯の人と、もう一人女の子が僕の前にやってきた。丸眼鏡をかけた茶髪お下げの女の子だ。真面目そうな雰囲気なのに、髪の毛を染めているのが意外である。あと、何故か足に包帯を巻いていて、その割に特に問題なさそうに歩いている。
「少し、いいかな?」
それだけ言って、僕の机に写真を置いた。僕はそれを思わず掴み、穴が開くくらいジッと見つめてしまう。
「部室に来てほしい」
僕は、ついて行くことにした。
棟を移動してオカルト部と書かれた部室に入り、眼鏡の少女は第一声にこう言った。
「オカルト部に入ってくれ。私と、この眼帯野郎の二人では全国大会に出れなくてね……」
全国大会? オカルト部で?
よく分からないが、僕はそんなことよりも写真が気になって仕方がない。
「入部してくれるなら、その写真の詳細を教えよう」
「入ります」
即答だった。
何故なら、今僕の手にあるこの写真に写っているのは───
「これは、『僕の』身体です」
今の僕や、目の前の二人と同じくらいの歳に見える男の子が写っている。どこで撮ったのかすら、いまいちはっきりと分からないくらい背景はボヤけているが、写った男の子の容姿だけははっきりと見える。
それは、かつて鏡の向こうや昔の自分の写真に写っていた姿の面影を残している。成長すれば、きっとこんな姿になっていただろうもの。
「僕の……? そうか……なるほど。『盗られた』のね」
眼鏡の少女が合点が言ったと頷く。対して眼帯の彼は、いまいちピンと来てないようだった。
「成り変わり? いや入れ替わり……? それにしては、あまりにも人間じゃないか?」
ジロジロと僕の身体を頭のてっぺんから見て、首を傾げる。これに関しては僕も詳しくないので、なんと答えるべきか困った。
「そのあたりは、僕もよく分からなくて。僕も自信が無くなるけど、意識ははっきりしてて……でも、この写真の彼が目の前に居て、気付けば僕は女の子になってて……」
母親に「貴方が私の息子である確証が、ないのよ!」と涙ながらに言われた事を思い出して泣きそうになる。でも僕は僕なのだ。
その後色々な検査や手続きをして、血の繋がりは証明できても、染色体から変化した今の僕を母は最後まで信じ切ることはできなかった。
僕が村を去ることになったあの日、父の謝罪の言葉が頭から離れない。『いつか迎えに行く』。その言葉は、"どちらに"向けられたものだったのか。
「うぅ〜……」
泣きそうになるというか、泣いた。
突然泣き出した僕に、二人は狼狽え言葉を失い、どうすればいいのか所在なさげに視線をキョロキョロさせている。
僕を僕だと信じて認めてくれているのは、後輩だけだった。まぁあの子は僕がこうなった瞬間に、普通に目の前に居たけど。
僕をこうした存在と夜通し殴り合ってたらしく、めっちゃボロボロの姿だったのはよく覚えている。
「……あー。とりあえず入部してくれるということで、入部届持ってくるわね」
「あ! 逃げやがったテメェ!」
まぁ元を辿ればあの子のせいだが、その後に村のみんなから叱責と折檻を受け、特に僕の母からなんかは手酷い暴行を受けたてたし、実の親からも……。そんな姿を充分見せられたので、もはや同情すらしている。
それはさておき
そんなわけで、オカルト部に入部する事になった。
「というわけでランニングをします」
朝練があるらしい。
僕は驚いた。オカルト部なんていうのだから、文化部だと思っていたのだ。
「怪異に対抗するためには、強き心が必要なの。そのためには、まず健全な肉体……命を強く高めないといけない。朝ごはんもしっかり食べるのよ」
眼鏡の少女、オカルト部の部長が拳を握り天に掲げる。眼帯の彼があくびをして続く。
「今更説明かよ」
確かに。
とりあえず僕は早朝に学校に集合くらいしか言われず、疑問に思いながらも来たのだ。
「まぁ……ちょっとね」
部長さんは、少し言葉を濁した。
眼帯さんが少し訝しげな視線を向けて「まさか……」と呟く。何かあるのだろうか。
まぁそんなこんなで走り始めた。5分後。僕はヒーヒー言って肩で息をしている。二人のペースが早いのだ。こんな僕を見て「軟弱すぎる……」「お前もっと飯食うべきでは」などと言っているので、やっぱり僕が遅いのかもしれない。
でも言われてみれば、運動なんて最近していないし、ご飯は女の子の体になってから食が細くなった。それと同時に実家を出てから、保護観察者がいる後輩と違い一人暮らしをしているので、面倒がって食事を適当に済ます事も増えたかもしれない。言われてみれば、だが。
ムニ、と眼帯さんに背中を摘まれる。「ほら、皮じゃん」と彼が言った瞬間、部長さんが眼帯さんの顔面をひっ叩いた。
「セクハラです」
「ごめんなさい」
そんなわけで、僕のペースに合わせてもらいながらランニングを続けていた。初朝練という事で、無理は良くないとそろそろ切り上げようとした時。
「おーい。お──い」
と、どこかから声が聞こえてきた。思わず声のした方を見ると、遠くの方から一人、こちらに手を振りながら走ってきているのが分かる。
「知り合いですか?」と、二人に聞く。返事がないので顔を見ると、二人とも複雑そうな顔をして俯いていた。
「いや、君は、どう見える?」
「あいつは見えてるよな?」
どう? と言われても。もう一度、声のした方を見た。
「おーい。お──い。お────い」
声はどんどん近くなっている。そのシルエットもどんどん近づいて来る。男の人、だろうか。しかしそんなことよりも───
「速い……!」
ぶつかる───!
ギュッと、恐怖に目を瞑る。しかし想像していた衝撃はいつまで経っても僕を襲わなかった。恐る恐る目を開けると、先程までこちらに声をかけてきていたあの男の人は影すらなかった。
来た方向から、進行方向にも目を向けてみたが、見晴らしはいい場所なのに姿形を見かけない。
「はあっ! はぁ……っ!」
突然、部長さんが胸を押さえて膝から崩れ落ちた。息が荒く、しかし顔は真っ青だ。一体どうしたのだろう。不思議に思っていると、眼帯さんが舌打ちをした。
「あれが、例のやつか」
「例のやつ?」
部長さんの背中をさすりながら僕が聞くと、何かを話そうとした眼帯さんを部長さんが手で制止する。
「私が話そう……」
部長さん曰く、あの謎の『向かって来る男』はずっと昔から部長さんのそばに現れるらしい。そして、いつも身体を通り抜けてどこかへ消える。
「オカルト部の新人に、挨拶がてら見せようと思ってな」
「俺も初めて見たが……」
不敵な笑みを浮かべる部長さんだが、顔面蒼白で過呼吸に近い状態の姿を見ていると、とてもではないが平気には見えない。
でも僕には、どうしようもできない。困った顔で眉を寄せることしかできなかった。
「毎日毎日、場所時間はバラバラなんだ。でも、絶対現れて……普通の人には聞こえない声で私を呼び、普通の人には見えない姿で走ってきて、私の体を通り抜けて消えていく」
流石に気持ち悪くてね……。と締めた部長さんは、ノイローゼ状態と言えばいいのだろうか。確かに、実害はなくとも毎日こんな目に遭えば、相当嫌な気持ちになることは想像に難くない。
「だが、まさかこんなすぐに会わせることになってしまうとは思ってもいなかった。やはり君には何か……こう、引き寄せるものがあるんだろうな」
少し思い当たる節もあるので、複雑な気持ちだった。
次の日。
普通に体力つけた方がいいよ。という話になり、朝練は無理しなくていいけど、まずは健康のためのジョギングを始めたら? ということで、朝になると僕はジョギングの準備をしていた。
「先輩、最近走ってるらしいじゃん。私も走ろうかなぁ!」
玄関を出ると何故か後輩がいた。確かにその話もしたし、何時ごろ走るかって話もしたのだが。
「先輩遅くない?」
「先輩、弛みすぎでしょ」
「ほらほら、もっと早く!」
地味にスパルタなのはやめて欲しい。
しばらくそんな生活が続き、部活でもランニングをしているのでだいぶ体力がついてきた。朝のジョギングも、次第にランニングと言えるスピードになってきた。
意外と乗り気で続いてる体力オバケ(息が切れたところを見ない)の後輩と共にどんどん朝の移動範囲が広くなった。
そんなある日、新しく通りがかった河川敷の土手の上。川を挟んで向こうに部長さんを見つけた。彼女も朝走っているとは聞いていたが、ここだったのか。
「あの人、僕の入った部活の部長さんなんだよ」
「へえー」
奇遇だなぁと思い、声をかけようとする。
「おーい」
その時だった。
部長さんがびくりと身体を震わせ、立ち止まる。遠くからでも、その場で硬直してしまい怯えているのが分かった。
「おーい。お──い」
部長さんの後ろから、例の男が彼女を呼んでいる。何故彼女を呼んでいると分かるのか、何故声を張っていないのにはっきりと聞こえるのか。これらの違和感もまた、部長さんの恐怖を煽っているのだろう。
「おーい。お──い。おー
「オォ──────ーイ!!」
しかし、もっとうるさいのが横にいた。
後輩は初対面のくせに、川の向こうにいる部長さんに向かって馬鹿でかい声で呼びかけた。隣にいた僕の鼓膜が破れそうな勢いだ。
部長さんも流石に驚き、こちらを見る。そして僕に気付き、後輩に気付いて首を傾げる。その間に例の男は部長さんの体をすり抜けて消えていった。部長さんは、遅れてそれに気付いて……驚いたものの、いつもほど怯えてはいなかった。
「勝った! 勝った! キャハハっ! てかあのおっさん消えたぞ?」
声を張り上げたのはわざとだったらしい。
次の日
昨日部長さんが走っていたコースに行くと、同じ時間に彼女はやってきた。
「あら、おはよう。あなたも、おはよう」
「おはようございます」
「おはーす」
昨日少し話したので、もう後輩と部長さんは既知の仲だ。せっかくなので一緒に走ろうか、と身構えた時「おーい! お──い!」とまたあの声が聞こえた。
「出た」
「なんか怒って、る?」
いやそうな顔をする部長さん。僕もなんだか前に聞いた時と声質が変わった気がして首を傾げた。声のした方を見ると、やはりあの男がこちらに向かって走っている。顔は、見えない。
「おーい! お──い! おぉ────ーい!!」
確かに、怒っている気がする。
部長さんも「なんかいつもと違う」と怯え始めた。
一方、後輩は苛立たしげに舌打ちをした。
「うるさ」
どんどん近づいて来る男。
「おーい! お────────!!」
とても声がでかい。空気が震える様な気さえする。後輩がキレた。
「うるせ────ーっ!! 死ねっ!」
後輩は『向かって来る男』を殴りつけた。
「ええ……」
部長さんのドン引きした声が印象に残った。
次の日
後輩は腕を組んで身構えていた。
後ろには僕と部長さんが心配そうな顔で彼女を見ている。
『え? あんな奴に毎日嫌がらせされてるんすか? 最悪っスね、許せない!』
義憤に燃える後輩。昨日一発殴って消えたあの男が不快だったらしく、今日はメリケンサックを拳につけている。警察に見つかったら補導されそうだからやめて欲しい。
「ぉ────ーぃ!」
来た。かなり遠くから聞こえる。それだけいつもよりも声を張っているということだ。やはり怒っている。
僕達の間に緊張が走る。
後輩が走り出した。
「お──ーいッ!!」と『向かって来る男』
「おら──ーっ!」と後輩
「そもそも、あの男に触れるのね」
部長さんがそういえば、と言った。確かに、いつもぶつかりそうなのに通り抜けていくと言っていたし、僕が初めて見かけた時もそうだった。実体がないのだと思っていたらしい。
「お────ーいっ!!」
男と後輩の距離はもう間近だ。後輩は拳を振り上げた。「オァァァァァァァア!」そして、撥ね飛ばされた。ゴロゴロと土手を転がり河川敷に落ちていく後輩。唖然としていると、そのまま『向かって来る男』は僕達をすり抜けて消えていった……。
しかし部長さんは轢かれた後輩に気を取られたままで、前の様に怯えて過呼吸みたいになったりとか、そういうことはなかった。
「だ、大丈夫なの? あれ……」
「まぁ……たぶん……」
衝突時のあまりの勢いに僕も少し自信がなかったが、ズンズンとこちらに戻ってきて「明日はぶっ飛ばしてやる」と息巻いているあたり、まぁ大丈夫だと思う。
次の日
「お────いッ!」
声が、明らかに怒っていた。
後輩に、邪魔されているからだろうか? 日に日に声に怒りが込められていく。
後輩が、クラウチングスタートを切った。
『向かって来る男』のスピードは、過去最速だった。後で部長さんはそう語った。それと正面からぶつかり、後輩はまた撥ね飛ばされた。かに思えたが、しっかりと身体を掴み、そのまま土手を共に転がって河川敷に。そして「オラァァァァ! 死ねェーッ!」とボコボコと殴り始める後輩。『向かって来る男』も応戦。僕と部長さんは昨日よりも激しい展開に唖然としたまま、その様子を見ていることしかできなかった……。
次の日
家を出て、後輩を迎えに行こうと顔を上げた。
道の向こうに、見覚えのある誰かが立っている。
「おーい」
終
・先輩
怖かったので家に戻った。
ちなみに精神は自認通りの人間のものだが、それを証明する手段はない。写真に写っていた男の身体は正真正銘、生まれた時に親からもらった肉体。じゃあ今の身体はどこから出てきたんでしょうね。
・後輩
先輩から話を聞いて即座に駆け付ける。しかしあの男は見つけられなかった。それ以来、ずっとメリケンサック片手にランニングを続けているが、二度とあの声を聞くことはなかった。
ちなみに普通は『向かって来る男』に触れないのだが、彼女は殴れると確信しているので殴れるらしい。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
想い人に毎朝付きまとう『向かって来る男』の怪異と熾烈な戦いを繰り広げ、無事に勝利した。
これを口実に想い人の毎朝のジョギング(ランニング)に同行できる様になった。
・神戸さん
オカルト部の部長。
中学時代から自分を悩ませる怪異を解消したくて、オカルトに傾倒する。色々なところから情報を仕入れている様だが……?
寺田くんの事も部活に勧誘したが断られている。実は今なら簡単に入部させられるが、まだ気付いていない。
・向かって来る男
生前、あまり人に好かれるタイプの人間ではなかった。
死後、霊力が少しでもある人間ならば自分のことが見え、自分の声が聞こえることに気付く。好みの子が怯える顔が好き。
ツインテールのガキに趣味を邪魔されたので、八つ当たりにガキの横にいた奴をビビらせてやろうとしたのが運の尽きだった。