「なんかな? お母さんの幽霊が、話しかけてくるらしいねん」
休み時間。
友人がこんな話を語り出した。
「『ウチの子を知りませんか?』って。そんなん知らんやんな? で、知らん言うたら、それでも食い下がってくるらしいねん。『本当に知らないんですか?』って」
僕は「それは怖いね……」と相槌を打った。
「しかも、近づいて来る。そんでな? よう見たら、なんか抱いてるんや。人形かな〜思《おも》たら、それはなんと赤ちゃんやねん」
……。オチ、かな?
「でもその赤ちゃん、目がないねん。でな? まだ聞いてくるんや。『ウチの子を知りませんか』って。知らんがな、思ったその時───! その時やで!?」
オチはまだだったらしい。僕はおとなしく聞く。
「喋ってたんは、その赤ちゃんやねん。『貴方が連れて行ったんじゃないのか?』って」
「こんな話を知ってるか?」
部室で、眼帯さんが突然こんな話を始めた。
「子供が一人、歩いてるらしい。人気のない道で、近くに親らしき人間の姿はない。こちらに近付いてくる子供がこう言ってくるらしい。『今日の夕飯はカレーがいい』」
「なるほど……」と僕は答えた。
「それに対して、否定的な返答や反応を見せると『どうして?』と聞いてくる。仮に、好意的な返事をした場合は『じゃあ君の家に行くね』」
好意的……?
「分かった、とか。カレーにするね、とか。要はその子供の話に乗るんだ」
なるほど。
じゃあ否定すればいいわけだ。そう思った、その心を読まれたかのように眼帯さんは続けた。
「ちなみに否定的な反応後に来る『どうして?』に対して返答を間違うと……」
ごくりと僕は息を呑んだ。
「カレーの具材にされてしまうらしい」
『あ、せんぱぁい? もしもーし。私だけど〜』
帰宅途中、後輩からご機嫌な電話が来た。何故そんなにもご機嫌なのだろう。そう思っていると、後輩がベラベラと続きを話してくれる。
『なんかさぁ、カレー食いたいってガキがいるんだけど、今日カレー作ったりしない?』
なんだかそんな話を今日聞いたような気もするけど、ガキとは誰なのだろう? 僕の知ってる子だろうか。「ガキって誰?」と聞いてみる。
『知らないガキ』
知らないガキかぁ……。そんな話を今日聞いたような気もするが、残念ながら今日はカレーの予定ではない。
「残念だけど、カレーじゃないかな」
『そう? おいガキ、ダメだって───あ? カレーの具材にしてやる、だと? 舐めた口利くなよクソガキ。シバくぞ?』
なんだかそんな話を今日聞いたような……。
そう思いながら、後輩から通話を切られた後のスマホの画面を眺める。
まぁいいか……。
その日の夜、体中からカレーの匂いを放つ後輩が家に来た。「カレー粉かけられた」と言っているので、シャワーを貸してあげたけど服もカレー粉まみれだったので困った。
そういえば眼帯さんからこんな話を聞いたんだと、『子供が夕飯はカレーが良いと言ってくる話』を後輩に伝えると「あのクソガキじゃんそれ」と言っていた。
次の日
『先輩? 昨日のカレーのガキ居たじゃん?』
帰り道、また後輩から電話が掛かってきた。
『親見つけたわ』
それは良かった。良かったのかな?
僕は「そうなんだ」と答えた。
『なんか赤ちゃん抱いてる人でさぁ、まぁ多分あのカレーのガキの親だな。急に話しかけてくるとことか、そっくり』
なんか聞いたことがあるような……。「その赤ちゃん、目はあった?」と聞くと、「そんなん知るわけないじゃん」と返ってきた。
そっか。
次の日
「あのな? 前の話覚えてる? 続きあんねん。って言っても、私も昨日聞いたんやけど、めっちゃ驚くで、聞く?」
「うん」と答えると、友人は「あんな?」と話し始める。
「お母さんの幽霊がな、お母さんじゃなくなったらしいねん」
僕は「?」と首を傾げた。友人は続ける。
「なんかようわからへんのやけど、子供が赤ちゃん抱いてるらしいねん」
そうなんだ。僕は微妙に驚いた。母親みたいだった人はどこに行っちゃったのだろう。
「で、また聞いてくるんやって。『私のカレー知りませんか?』って、知らんやんな?」
少なくとも僕は知らないので、こくりと頷いた。
「でな? よう見たら、喋ってるのは子供やないねん、赤ちゃんの方なんや、そんでな……目、ないねん」
「誰かが悪霊を意図的に合体させたんだ、これはとんでもない陰謀かもしれない」
部室で眼帯さんが窓の外を見つめながら、そう言った。部長さんが、ごくりと唾を呑んだ。
「しかし、そんなことが可能なのか?」
「ああ……俺の右目も、そうやって『作られた』悪霊によって奪われた……」
眼帯をしている方の目を押さえ、眼帯さんは悔しそうに眉を寄せる。ふと気になったことがあったので聞く。
「そこに霊力を貯めてるって言ってませんでした?」
眼帯の下にはてっきり眼球があるものだと思っていた。
「ああ……奪われたのは視力だ。その時の霊障を逆手にとって、俺は霊力を貯蔵している」
グッと、眼帯さんは拳を握った。
「その時の悪霊は退治されたが、俺は未だに犯人を見つけてはいない。だが、絶対に霊能界に下手人はいる。絶対に見つけ出し、この罪を償わせる……今回の件、もしかしたら『奴ら』なのかもしれない」
「やれやれ、困ったね」腕を組み天を仰ぐ部長さん。「私達の手には余るのではないか?」
しかし、ところでなのだが
「あの、悪霊とは?」と聞く。
「ああ、流産した我が子を探す女霊と、夕飯前に事故で死んでしまい、いつまでも夕飯のカレーに辿り着けない子供霊が合体したんだ」
なんか思い当たる事があるような……。僕の脳裏に、うっすらと後輩の笑顔が浮かぶ。でもあの子にそんな能力はない。多分偶然だろう。
電話が来た。
『先輩? なんかカレーのガキが赤ちゃん抱いてる』
キャハハ。と、後輩はとてもご機嫌だった。
眼帯さんと部長さんの視線が刺さる。僕も、もしかしたらもしかしてなのかな? と思って、慎重に聞き出そうとする。
「あのね? 聞いて、もしかしたらなんだけど───」
『え? 何? ちょっと待って先輩、なんか話しかけてくる。は? カレー? ああ……向こうに落ちてたよ。は? 嘘だろって? んだクソガキ、見えねぇの? あの犬のウン……じゃなかった、カレー。あん? うるさいですね……』
眼帯さんと部長さんの視線が刺さる。
僕はそちらの方を向き、静かに首を振った。
『オァァァァァァァア!!』
スマホの受話口から後輩の叫び声が───!
そんな───っ!? 僕は驚き、スマホに向かって「大丈夫!?」と叫ぶ。眼帯さんと部長さんは怪訝な顔をしていた。
『はぁ……はぁ……先輩……』
スマホからは息も絶え絶えな後輩の声が聞こえてくる。「どうしたの? 大丈夫?」と聞くと、『はぁ……はぁ……』と辛そうな呼吸が返ってきた。そして
『今日、インドカレー食べに行こうよ』
元気そうだった。
終
・先輩
この後、会った後輩は特に怪我もしてなかったしカレーの匂いもしていなかったので、何故電話であんなに息を切らしていたのだろうと不思議に思った。
インドカレー屋に向かう道中、川で何かをしている知り合いを見つけ、よく分からないけど応援した。
・後輩
まさか手に抱えた赤子を武器に振り回してくるとは思わず動揺したが応戦。小学生のガキに負けるわけないだろと顔面をボコボコにして川に叩き落とした。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
街に生まれた不穏な気配を感じ、その元を辿る内に川を流れる融合霊と遭遇。
何者かへの非常に強い恨みから水難事故霊とも融合し、現世と霊界を隔てるとされる川を境界線と捉え、それを破ることで更に強力な霊を召喚しようとしていることに気付き、それを止めるために熾烈な戦いを繰り広げる。
特殊な事例の為その霊体構造はあまりにも複雑になっており、あわや取り逃すところだったが、想い人が見ていることに気付き霊力が増して無事勝利した。
・眼帯
今回の融合霊騒ぎは、自身の片目を『奪った』のと同じ、悪の霊能結社によるものだと考えている。
残念ながら今回は尻尾を掴めなかったが、次こそは絶対に手がかりを手に入れてやると意気込んでいる。