「くねくねって知っているか?」
部室で、眼帯さんが突然そんなことを言い出した。僕はいまいちわからず、首を傾げる。しかし部長さんは詳しいらしく「ああ、あの有名な?」と聞き返していた。
「ああ。とある時期にネット掲示板かなんかで流行ったらしい怪異なんだが……俺は、融合霊の一種ではないかと疑っている」
融合霊? なんだか、以前にもそんな話があったような気がする。
「見ただけで精神異常をきたすとか、理解すると発狂するとか……あれの特徴は、視覚情報に何かしらの霊障があるというところだ」
わかるな? と、眼帯さんは自分の眼帯を指差した。
「俺の眼を奪った融合霊、もしかすれば……くねくねがそうかもしれない。もしそうならば、くねくねを生み出したのは悪の霊能結社ということになる」
悪の霊能結社……! ってなんだろう。
部長さんを見ると「へぇ、ヤバいね」と言っている。少しどうでも良さそうだった。この二人は、もう少し互いに興味を持つということがないのだろうか。
「コイツの言う霊能結社とやら、実在が怪しいんだもの」
僕の視線に気付いて、部長さんが呆れ顔でそう言った。眼帯さんはキッと彼女を睨みつける。
「お前のせいでこの前死にかけた、空き家の件だって間違いなく裏には結社が関わってるだろ」
「何でもかんでも謎の組織のせいにするのは、予後が悪いわよ……」
二人が喧嘩しそうだったので、僕は話を戻した。
「それで、なぜ突然くねくねの話を?」
「いや、そう。それだ」
眼帯さんはよくぞ言ってくれたと話を戻した。
「目撃情報があった。オカルト部として、そこに行こうと思う。顧問にも了承を得た。オカルト部の実績として申し分ないとな……」
「そんな危険なモノを見に、なぜ行かなくてはならないのよ」
「俺達が戦おうとしているものは強大だ、自ら戦いに赴かねば、強くなれない。それは先も言った空き家の件でも痛感しただろう?」
「勝手に『達』で巻き込まないでよ……」
「コイツの後輩を見ただろ? あれは歴戦の猛者だ……自ら死地に飛び込み磨いてきたに違いない……」
僕の話というか、後輩の話になった。
自ら死地に飛び込み……か。言い得て妙だな。とは思った。
週末。
顧問の先生が運転する車に乗り、僕達は見渡す限り田んぼが広がる道を走っていた。横の後輩がスマホを弄っていたが、ふと顔を上げる。
「まだ? 飽きたなぁ」
勝手についてきて、なぜそんなに失礼な発言をするのか。顧問の先生が「おう、もう少しのはずだ」と答えてくれる。後輩は「お菓子食べていい?」と珍しく礼儀正しく聞いたけど、次の瞬間にはポッキーを開けていた。
「何でそいつがいるんだ?」
眼帯さんの疑問に、僕は何と答えればいいか分からなかった。朝、準備をしていたら家にやってきて、気づいたらついてきていたのだ。
「まぁ、いいじゃない。彼女は有望よ。将来はうちのオカルト部内定ね」
「ウチの高校受かるのか?」
「先輩がいるしー、受かりに行くよー」
どこからその自信が出てくるのか。
後輩の成績は悪くなかったはず。しかし素行は知らないが、良いとは思えない。
「内申はねぇ、悪くないから推薦にしようかなぁ」
「え、意外」
思わずそう言うと、後輩は「今失礼な言い方しなかった?」と視線を鋭くする。
「先生の弱味いくつか握ってんだよね」
碌な理由じゃなかった。
「大会に出ようと思ったら、もう二人は必要だからな……」
急にそんなことを言い出した顧問の先生もどこかズレてるなぁ……。というか大会って、何だろう……。
目的地に着くと、怪しい風貌の人が何人かいた。顧問の先生や、眼帯さん、部長さんまで、それぞれ別の人と話をし始める。どうやら知り合いらしい。
「変な奴らめっちゃいるじゃん」
後輩の言葉を否定できなかった。
三角巾を頭に被ってエプロンを着た女の人、真っ赤なスーツ姿で笑顔が怖い人、動物の毛皮みたいな物をたくさん身につけてる人、全身黒ずくめというか顔も体付きも分からない大きな黒い布に身を包んだ人(なぜか頭は尖ってる)。
「みんな、その筋では有名な人達ね。私も知り合いは一人しかいないけど……」
部長さんが僕に説明してくれた。
なるほど、部長さんや眼帯さんの情報筋はこういう人達なのかもしれない。
「みんな、くねくねを探しにきたみたい……分かる? あの人達みんな、高度な霊能術師なの……どうやらくねくねとやらも、ここらが潮時みたいね」
今日はとりあえず、ここに居るみんなで近くの民宿に泊まることになった。夜は賑やかに食事を取り(服装は誰も変わらなかった)、思ってたより楽しいなぁって思いながら僕は寝た。
次の日
「うわぁぁぁぁ!」
誰かの叫び声で目が覚めた。
後輩と、眠ぼけ眼で声のした方へ向かうと、民宿の外でオカルト部の人達や変な服装の人達が集まっている。
ひょいと顔を出すと、何と毛皮をたくさん身につけた人が両手を天に伸ばし、くねくねと手先から足先まで波打つように踊っていた。
その顔は、目は限界まで見開き、鼻や口からはダラダラと液体を垂れ流していた。やがて、穴という穴から血が湧き出して、それでも踊りをやめない毛皮の人の肌色はどんどん土気色に変わっていく……。
皆、絶句していた。
「なにあれ、死んだ?」
いや後輩だけ、真顔でそう言った。
「く、くねくねだ……」
誰かがそう言った。
「くそっ! まさかあの『獣喰らいヨシヒサ』がやられるなんて……!」
「あの人の霊獣が負けたというのか……ッ!?」
「さすがに、そんじゃそこらの怪異では、ないようだな」
変な服装の人達が戦慄してそう言った。すごい人だったらしい。顧問の先生が血の気の引いた顔で僕達の方を見る。
「まずいことになったな。舐めていたよ。これは俺達の手には負えないだろう。帰るべきだ」
真っ当な意見だった。
しかし、眼帯さんが拳を握る。
「分かった。だが、俺は置いていってくれ……これは間違いなく、暗殺だ。結社の仕業に違いない……俺の、眼を奪った……俺は、ここで尻尾を掴んでやる……っ!」
「じゃあ置いて帰ろうよ」
後輩がシレッと言った。
そして顧問の先生の車に歩いていく。そして「うわっ!」と驚いた声を出した。
「どうしたの!?」
部長さんが慌てて駆け寄り、後輩と同じように「ああっ!」と驚きの声をあげる。
僕達みんなで車の方へ行くと、何とタイヤが全てパンクさせられていた。変な服装の人達の乗ってきた車も、全部だ。
「け、結社の仕業だ……。俺達を逃すつもりはないんだ」
民宿のオーナーさんにお願いして、レンタカーを手配してもらうことになった。数時間待てば何とかなるとのことだ。
「ギャアァァァァァア!」
みんなでぼんやりと待っていると、誰かの叫び声。またまた慌てて駆けつけると、何と今度は赤いスーツの人がくねくねしている……!
「ち、近くにいるんだ……! くそっ……かかってこい! 俺はこの時のために、霊力を目に溜めているっ!」
「ふふっ」
周囲を警戒する眼帯さんのことを後輩が鼻で笑った。やめなよ。
「あ、あれを見ろ!」
黒い布の人が叫び、どこかを指さした。
田んぼの真ん中に、何かが立っている。
「見ちゃダメなんじゃないの?」
後輩の呟きが皆の耳に届くが、遅かった。一度くねくねを見てしまった僕達は、眼を逸らすことが出来ない。見ているうちに、曖昧だった輪郭がハッキリとしてくる……。理解した瞬間、おかしくなってしまうのだと、僕達は皆そう思った。なぜ、みんな同じ事を考えていると確信できるのか、その理由は分からなかった。
「ふはははは! 馬鹿どもめ!」
くねくねから視線をズラせぬまま、耳にそんな高笑いが聞こえてくる。黒い布の人だ。
「まんまと騙されたな! お前達も、アレの───」
「えいっ」
後輩の声が聞こえた。
「う、うわあああああ! き、きさまっ! なんて事を!」
「!? 今だ!」
バシッ、と。何かが弾けるような音がして、僕はくねくねから眼を逸らすことが出来た。怖かったなぁと思いながら、眼帯さんの方を見る。すると、例の眼帯を取り外して、今は光るお目目が露出している。この光が、溜めていた霊力とやらだろうか。
部長さんが滝のように汗を流しながら、地面に座り込んだ。
「死ぬかと思った……」
「助かったぞ……」
顧問の先生も膝をついている。僕は後輩を探した。すると、黒い布の人が被っていた黒い頭巾が地面に落ちているのを見つける。そして顔を上げると、後輩が黒い布の人の顔を掴んでくねくねの方に向けていた。(中はおじさんだった)
「うわっ! なんかビクビクしてきた!」
楽しそうなので、とりあえず眼帯さんにお礼を言う。
「ありがとうございます。助かりました」
「あ、ああ……あの黒い奴が囚われた瞬間、僅かに緩んだから何とか解放することが出来た……お前、なんか余裕そうだな」
部長さんや、顧問の先生のように滝みたいな汗をかいた眼帯さんに少し驚かれる。決して余裕ではなかったが、まぁ色々あって僕は諦めが早いところがあるので、このままくねくねになっちゃうんだぁなんて呑気な事を考えていたあたり、やっぱりみんなよりは余裕があったのかもしれない。
「帰ろうよ」
黒い布の人で遊んでいた後輩がそう言って、僕達はレンタカーで帰った。
車の中で振り返る。夕日の下でくねくねと踊る人影が増えていく……。僕は前を向いた。後輩が、黒い頭巾を手に持っているのが非常に気になるが、彼女のする事なので特に何も考えていないと思う。
もう一度振り返った。
くねくねする人影は、皆こっちを向いている。
終
・先輩
最近は家でくねくねしている。
後輩が家に来るたび、家に置いてある物がくねくねしていく。いや、くねくねしているのは自分だった。棚の上のフィギュアもくねくねし始めた。
後輩の置いていった黒い頭巾を被っているとくねくねせずに済む。
・後輩
窓から見える民家の中でくねくね踊っている人がこちらをすごい見てくるので、しばらく睨めっこした。
そのうちぶん殴ってやろうと思っている。
部屋にいるフィギュアがくねくねし始めたのでベランダに並べている。今4体。しかしカラスに連れ去られて3体になった。
・顧問の先生
ローンの残った車を取り返しに行きたいが、あの場所へ行くのが怖くてどうしようか悩んでいる。
パンクしちゃったので、オールシーズンタイヤを買った。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
最近想い人がずっと身体を揺らしていて不審に思っていたら、明らかな呪物を頭に被ってきたので異常に気付く。
オカルト部顧問ととある村に行き、くねくねした怪異と熾烈な戦いを繰り広げ、無事勝利した。
・眼帯
とある事件の後、手に入れた黒い布で眼帯を製作する。その効果は以前のものとは比べ物にならない程であったとか。
・塚本ちゃん
最近どんな話をしても楽しそうに揺れていた友人が突然、眼球以外を隠す黒い頭巾を被ってきて驚いたし、被っている間はどんな話をしても揺れなくなったのでこれは絶対あかんやつやでって思った。
・神戸さん
オカルト部の部長。
実は黒い布の人とは以前から友好的な連絡を取っていた。なんか悪い人だったので、自分の情報網に疑問を抱き始める。